【坂東異聞】 漣-さざなみ- 後編
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■シリーズシナリオ
担当:津田茜
対応レベル:7〜11lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 96 C
参加人数:6人
サポート参加人数:5人
冒険期間:02月07日〜02月14日
リプレイ公開日:2006年02月16日
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●オープニング
山間の峡谷を流れ下る水に棲むモノ――
それは美しい娘の姿をした川の支配者であるかと思えば、
舟を沈め溺れた者を水底に連れ去る恐ろしい魔物の姿をしていたり――紐解かれた伝承は、様々な顔を見せる。
大地を潤し、命を育む優しきモノ
大地を削り、命を呑み込む荒々しきモノ
決まった形を持たぬが故に、いかなる形にも変じる水の姿そのままに。
■□
子供は合わせて13人。
大火で親とはぐれた子もいれば、口減らしに捨てられた子もいる。行き場を失くして市中を徘徊している子供を言葉巧みに匂引し、上州へ向かう舟に乗せたのだという。
思わぬ水難に遭遇し、人買い共々、寒風逆巻く川へと投げ出されたきり、今も行方は判っていない。
「――川を少し上ったとこに流れが合流してる場所があるみたい」
捕らえた人買いたちを江戸へ連行する者たちの帰りを待つ間に、残った者で手分けして手がかりを探す。
炭焼きの話によると川に流れ込む支流は、その先の洞窟――長い時間をかけて水が山を穿ってできた鍾乳洞から流れ出しているという。
厳冬期にも枯れることのない緑の苔を岩肌に貼り付けたその洞窟は、土地の者たちの間で昔から水神の棲家であると囁かれている場所だ。
「冬でも苔が枯れないということは‥‥いくらか暖かいのかもしれないな」
もちろん神の存在を信じていないワケではないのだけれど。
不思議以外の言葉で説明できる現象を模索する思考も、次へと進む大事な指標なのだから。
「この時期に川へ投げ出された子供たちが生きているとしたら――」
舟を沈めたモノの目的が、売られた子供を不憫に思い助けようとしたのなら。もちろん、もっと単純に活きた餌だと認識したのかもしれないが。
どちらにしても、川に繋がっている場所で未だ捜索の手が伸ばしていないのは、とりあえずここだけだ。
探検は、冒険者の本領。
なかなか楽しい気分にはなれそうにないけれど。――誰にともなく顔を見合わせ、その眸に揺れる決意の光に彼らはこくりと頷きあった。
●リプレイ本文
滔々と絶えることなく澄んだ水を吐き出す洞窟の奥に、水の神が棲んでいるという。
大地を耕し生計を立てる者たちにとって水の恵みは欠くことのできぬものであるから、水を司る存在に畏敬を抱くのは自然なことかもしれない。水にまつわる伝承は、その気になって探せば枚挙に暇なく転がっていた。――もちろん、その伝説が真実かどうか‥は、別の話なのだけれども。
川姫――
それが、和紗彼方(ea3892)が拾い集めた手掛かりを元に天霧那流が識者の記憶より探り当てた水底に棲むモノの名前であった。
レンティス・シルハーノ(eb0370)とジークリンデ・ケリン(eb3225)の祖国で【フィディエル】と呼ばれる水の精霊は、比較的、穏やかな性格であると伝えられている。――互いに友好的な関係を築いているというよりは、人の営みが概ね彼らの善しとする許容範囲の内に収まっているという表現が正しいのかもしれない。
御伽噺を紐解けば、正直者の善行に報いたという話と同じ数だけ、不心得者に罰を与えたという話も伝えられていたりして‥‥。
さて。
沈んだ舟には、人買いと浚われた子供たちが乗せられていた。
珍しいことではないが、いつの時代も露見すれば極刑が科せられる大罪である。――悪党の非道に怒り、売られた子供を憐れんだ水妖の思惑が今回の事象の根本にあるのなら‥‥行方不明の子供達はまだ生きているかもしれない。
「だって。餌にするつもりなら、ならず者の人達も捕まえるはずだもん」
餌にするつもりなら、身のしまった大人より子供の方が柔らかくて美味しそう。と、いう理屈を当てはめるコトもできるのだけれど。
人ならざるモノが、若い娘を人身御供に要求するのも御伽噺では定番だ。――例えば、自分と田之上志乃(ea3044)を比べれば、どちらかと言えば志乃の方が美味そうに見えるのではないだろうか。
力強く水妖の性善説を語る彼方の隣で、ちらりと物騒な可能性を思い浮かべた田原右之助(ea6144)だったが、口には出さないのが大人の分別というものだろう。田原にとっても、子供たちの生還は望ましいことなのだから。
「まァ、水神さまさお助けンなったなら運がええだよ」
少なくとも、地元の者たちから水神と崇められる存在だ。悪しき意図ばかりではないと信じたい。
志乃の言葉に、王零幻(ea6154)も己の内心を覗き込むように静かに首肯する。
「哀れみか、敵意か。あるいは、ただの気まぐれかもしれぬが‥‥」
いかなる思惑が働いていたのだとしても。その行いが結果として子供たちを救ったのならば、礼を尽くすのが道理というものだ。
「まぁ、いつまでもアチラの好意に甘えっぱなしってのもアレだしな。迎えくらいはこっちから出さねぇと」
田原の言葉に、志乃も大きく頷く。
いくら好意的とはいっても、精霊とは元来が気紛れなものだ。――また大変な長寿の持ち主でもあるから、うっかりその好意をアテにしたりすると思いがけない待ちぼうけを喰らいかねない。 他にも気がかりがあった。首尾よく子供たちを保護したとして‥‥
「身寄りの無いのがほとんどだっつー話だし」
行き場のない想いの捌け口を探すかのように視線を天に彷徨わせ、田原は冷気に白く吐息を落とす。
ヴァルフェル・カーネリアンだけでなく、シルハーノの知人であるアウレリア・リュジィスと天馬巧哉も番所や奉行所を訪ねるなど、手を尽くしてくれてはいるのだが。何処も山積した問題の処理に追われている現状では、浚われた子供の親や身内を探し出すのは至難であった。
「‥‥ともかく、先ずは子供たちを無事に見つけ出して保護することに専念しましょう」
ジークリンデの進言に、皆、気持ちを引き締める。
●水神の棲む場所
支流の重なる川面には、薄く靄が立ってた。
交じり合う水の温度が異なる為に引き起こされる現象であると理解できるシルハーノの目にも、乳白色の紗を透かして洞窟の姿はどこか重厚な威厳と緊張を湛えているように想われた。
感覚を研ぎ澄ましている分、精霊の力もより強く感じられる。
「‥‥慎重に進みませんと‥」
灰を水に落とさぬようにとの心配りから点された提灯の火を見つめ、誰にともなく呟いたジークリンデの自戒にシルハーノも慎重に棹を握りなおした。
「しっかり先導してくれよ」
舳先に座った志乃に声を掛け、ゆっくりと舟を押し出す。
「――っと、その前に」
シルハーノに声をかけ御神酒の入った徳利を取り出した田原に続いて、志乃も懐から竹の皮に包んだお結びを取り出した。
二拝二拍手。
偉大なる存在に手を合わせる志乃と田原。そして、彼方の礼に倣って、王とジークリンデ、シルハーノも見よう見真似で手を合わせる。――信じる神は違っても畏敬を抱き、礼を尽くすのは大事なことだ。 祈りを奉げる仲間が顔を上げるのを待って、シルハーノは吐息をひとつ。棹を操り、ゆっくりと流れの奥へと舟を進める。
――風が途切れた。
陽光の下では翳すら映らぬ提灯の光も穿たれた岩盤の入口を潜れば、途端、鮮やかに濡れた岩壁を煌かせる。
川面を滑る風が絶え、ふわりとほのかな温もりに包まれた。――舟を浮かべる流れは速いが、御しきれないほどではない。
提灯の明かりを頼りに周囲の変化に目を凝らす志乃の隣で、ジークリンデは軽く呼吸を整え揺蕩う精霊に呼びかける。
ジークリンデの詠唱に応えた精霊の姿にも似た淡く赤い光が暗い水面に揺れた。
インフラビジョンの効果を通して眺めると、世界は温度の違いによって姿を変える。――洞窟の岩肌や、水の流れは青。仲間の顔は赤といった具合に。
冷たいはずの岩壁のところどころに赤く張り付く熱源は、洞窟に棲む生き物だろうか。害のあるモノでなければいいのだけれど。
こちらを窺うように動き始めた赤い影にジークリンデは綺麗な顔を僅かにしかめた。
「‥‥気をつけてください‥」
静かな警告に、彼方と田原は顔を見合わせる。
また、志乃が水先案内、シルハーノが舵取りに専念していることもあって、剣を取って戦うのはふたりの仕事になりそうだ。――共に、二刀流。小さな舟の上では激しく動くことはままならないから、お互いの間合いと連携は入念に打ち合わせておきたい。
「水を汚したくはねぇんだが‥‥」
「うん」
そのあたりの事情を察してもらえれば、ありがたいのだが。――勿論、動物や魔物に通じるはずはない。
頼りない光の下で広げた巻物に記された呪文を完成させた王の耳に、それは意味を持つ単語として火急を告げた。
「来ますよ」
ジークリンデの声に、暗闇の中を複雑に飛翔する羽ばたきが空を裂く。
提灯が投げる淡い光の輪の中に、無数の黒い影がかすめた。
回避を諦め疾走する翳を見据えたまま突き出した月桂樹の木剣に、叩き落とされた骨が砕ける鈍い衝撃が伝わる。――彼方の刃が切り裂いたそれも、手応えというほどの厚みはなく、ただ生き物が有する血肉の柔らかさが胸に不快な漣を生じた。
広がる暗澹たる暗がりに、軽い水音が響く。
「大コウモリだべっ! わァっ!?」
鼻先を掠めた飛影に首をすくめ、志乃は慌てて手裏剣を引っ張り出そうと背負い袋に手を突っ込んだ。
川姫を引き合いに出せば、怖れる相手ではないのだけれど。
とはいえ、戦場が狭い舟の上では勝手が違う。――シルハーノが操る舟の上に静寂が戻るまでに、いつもより少しばかり時間を要した。
●漣−さざなみ−
《‥‥人間の子供がすすり泣く声‥》
ほのかな緑の光を水面に散らして王の呼びかけに応えた風の精霊は、もっと奥へ向かえと告げる。
元気がないのは、おそらく衰弱が進んでいるから。
悪党に捕まって、冬の川へと投げ出され――水妖の加護が働いたとはいえ、万全であったとは思いがたい。
ジークリンデの魔法。そして、王が巻物によって完成させた魔法を頼りに本流を逸れ、枝分かれした横穴へ‥‥
「この先は浅瀬になってるだよ」
志乃の声に、シルハーノは棹を操る手を止めた。
おそるおそる足を浸せば、水位は膝よりも下。温度の方も“湯”というほどではないが、想像よりは暖かい。
水溜りのような浅い水場を少し歩く。
「あ、あそこ!!」
提灯の光に浮かんだ光景に、彼方は思わず声を上げた。
水がなくなり、砂地になったその場所に。蹲るように座り込んだ小さな人影が、ひとつ、ふたつ。
足を止めたジークリンデは、ゆっくりと落ち着いた手つきで眼帯を外した。異彩が消え、年相応の女性らしい優しい風情が戻る。
田原が足を止めたのは、子供たちの心情を慮ってのことだ。
自分がことさら悪党面をしているとは想わないが、妖怪が着込むような古びた妖蓑を纏った姿は怯えられても文句は言えない。王とシルハーノも少し離れたところで子供たちの様子を見守る。
子供の相手をするのは、女性や子供の方が適任だ。――もちろん、手当てが必要なようであったら、手を貸すつもりではいる。
「みんな、無事だか?!」
「迎えに来たよ、一緒に帰ろう?」
突然、現れた人影に、怯えたように身をすくませた子供たちだが、掛けられる言葉に安堵したようだ。
薄暗い空間に、固く張り詰めた緊張がゆるゆると解けていく。
腹の足しにと与えた保存食を美味そうに食べる様子に、柄にもなく泣きそうになってみたりと、こちらも心に余裕ができた。
「‥‥しかし、一度に全員を乗せるのは少し厳しいかもしれん」
子供の数は全部で13人。
迎えに訪れた冒険者たちを合わせると、都合19人の大所帯である。
「少しづつ数を分けて連れ出すしかないであろうな」
シルハーノの困惑に冷静に言葉を返して、王は思い出したように顔をあげて暗がりに目を向けた。
静かに揺れる波の下で、それは今も彼らを見ているのだろうか。
「‥‥子供たちには静かにするように諭すとして‥」
子供たちの様子から、敵ではないと察してもらうしかないのだが。
大人しく手当てを受けている子供たちの様子をチラリと視線で撫でて、田原は軽く肩をすくめた。
むしろ、大変なのは戻ってからではないかと想う。
子供がひとりで生きていくには、世間の風は厳しすぎるくらい厳しい。――育ててくれる場所や人を探すにしても、そう簡単にはいかないだろうし。
「‥‥強く生きるんだぞ?」
水の守り手が繋ぎとめてくれた命なのだから。
岩肌を洗う穏やかな水音を聞くともなく耳をかたむけながら、ぼんやりとそんなことを想った。