【北國繚乱】−天紅−
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■シリーズシナリオ
担当:津田茜
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:8 G 76 C
参加人数:6人
サポート参加人数:3人
冒険期間:12月10日〜12月15日
リプレイ公開日:2006年12月19日
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●オープニング
天紅の文に仕掛けられた附子の毒――
紙問屋伊勢貴の若旦那・清治郎に何者かの殺意を届けた文使いは、無残な亡骸となって川に浮かんだ。
「たいていの見世は、流しの文使いを使います。ところが総籬の松葉楼さんは、玉蓬ってぇ唐渡りの羽妖精を抱えておりやした」
さすがは総籬の大見世である。
感慨深げに頷いた吉原会所の男衆の言葉に、冒険者たちは顔を見合わせた。――染香の託した手紙に毒を仕掛けるコトができた者。
文を運ぶ玉蓬には、勿論、それが可能だろう。
附子を仕掛けた本人でなくても、下手人を知っている。或いは、カラクリの手口に気付く可能性‥‥否、既に気付いていたのかもしれない。
「‥‥清治郎さんの殺された日の玉蓬さんの行動とかって、判りませんか〜」
個人的な寄り道は、本人の口が封じられた今となっては知りようもなかったが。
松葉楼の遊女たちが出した手紙のあて先は、松葉楼が把握していた。
「皆、大切なお客様ですから、くれぐれも先方にご迷惑が掛かるような調べはご容赦くださいましな」
「そう心配せずとも《ぎるど》の方々は、何もかもご承知だ」
渋る女将を説き伏せて、玉蓬に文を託した遊女とその旦那を紙に書き出す。
何気なく視線を落とした先に松葉楼のお職・菊華太夫の名前を見つけ、御陰桜はあらと首をかしげた。
「へぇ、菊華太夫も手紙を書いているのね」
「そりゃあ、いくらお職を張っているといっても、何もせずに客を呼ぶことはできないでしょう」
そう応えた千歳の言葉に、同じく幾人もの名を連ねた紙面を眺めていた三菱扶桑も、その脳裏に何気なく交わした言葉の断片を思い浮かべる。
清治郎の登楼に、不興をもよおして去った客。
「‥‥北町の札差、久世某(なにがし)といったか‥」
■□
「それにしても、若い清治郎さんがなぁ‥‥」
「そりゃあ、トリカブトは猛毒だ」
「それよ。町内の藪医者によく見抜けたモンだ――」
粛々と執り行われる葬儀の末席で囁かれる密やかな噂話は、殊勝を装い俯いた御神楽紅水と安積直衡の耳にも届く。
毒にあたった先が床屋では、隠し通せるものでもなかったようだ。
皆、頭を垂れてはいるが、心底悲しんでいる者は少ない。野次馬半分、付き合い半分といったところか。
「伊勢貴の身上はこれで番頭のものか」
「仏頂面をしているが、内心、大笑いが止まらねぇだろうよ」
「全く、店から牡丹餅とはこのことだ――」
口さがない噂では、あったけれども。
そのひとつひとつを心に刻んで、ふたりはそっとその場を離れた。
●リプレイ本文
聞けば、袈裟懸けにバッサリ‥だったとか。
羽根妖精が相手であるから、下手人にさほど力は必要でなかっただろう。――行きつけの一膳飯屋は銚子を付けたと言っていたから、或いは、良いカンジに出来上がっていたかもしれない。
御神楽紅水(ea0009)に頼まれて、松葉楼の文使い玉蓬の行動を追っていたイツキ・ロードナイトは、件の文使い殺しを追いかける定廻りの同心からそんな話を聞きかじってきた。イツキの語力が今少し堪能であれば、その酒がたまたま店に居合わせた酔客の振舞いであったことまで聞き出せていたかもしれない。
「おや。新顔かい?」
文を受け取ったアイリス・フリーワークス(ea0908)の小さな姿に、託した女郎は僅かに双眸を細めた。――薄紅の巻き紙には香が焚き染めてあるのか、そこはかとなく花の香りが周囲に薫揺る。
「玉蓬さんの代役ですよう〜。今日は、アイリスがお手紙を配達するです〜」
大きな鞄を横掛けに肩から提げて、それらしく装ったアイリスは元気に答えて受け取った手紙を鞄に納めた。その様子を微笑ましく眺め、駄賃にと甘いお菓子を差し出した女郎はその傍らの紅水に目を止める。
「そちらのお嬢さんは‥」
「アイリスの護衛をお願いした冒険者さんなんですよう。最近はどこも物騒でシフールも大変なんです〜」
護衛半分、迷子にならぬための道案内半分といったところか。
玉蓬の訃報は女郎衆には知らされていないハズだが、どこかで洩れるものなのかもしれない。女郎は数度、いそがしく睫毛をしばたかせた。
「そうかい。十分、気をつけてねぇ‥
「あ。ひとつ教えてほしいことがあるですよう」
部屋に引っ込もうとした女郎を呼び止めて、アイリスは可愛らしく小首をかしげて見せる。それから、大きく身振りも交えて太夫の部屋を指差した。
「ええと、ですねぇ。菊華太夫さんもお手紙を出すですよね? ――太夫さんは妓楼でも特別だと聞いたです。何かシキタリとかあるですか?」
花魁を第一に立てる。
それが、色里吉原の約束ごとだ。数入る花魁の中でも、太夫はまた別格で。雇い主である妓楼の主よりも上に置かれる。
「‥‥そういえば、玉蓬さんも菊華太夫にお遣いを頼まれていたっけねぇ。‥預かった手紙を置いて飛び出して行きましたよ」
「え‥?」
ぽつり、と。何気なく落とされた思い出話に、紅水とアイリスは顔を見合わせた。
「ね。それっていつの話か、詳しく覚えてないかな?」
「いつだったか。‥‥たしか、染香さんが面番所に連れて行かれる前日だったような‥」
少し性急な紅水の様子を訝しく思ったに違いない。女郎は少し眉を顰める。そして、ゆっくりと記憶を開いてくれたのだった。
染香や他の女郎衆の手紙を受け取った後、菊華太夫の御用を伺いに参じた玉蓬は太夫から帳場への用を頼まれていたという。
時間にすれば、ものの五分も掛かっていない。――それでも、玉蓬が手紙から目を離した時間が確かにあったのだ。
●似顔絵
「‥‥それはまことであろうか? 今一度、確かめていただきたいのだが‥」
表情を変えて身を乗り出した鑪純直(ea7179)に、恰幅のよい商人も困惑した風に眉を顰めた。――経済の要たる米相場を左右する蔵前の札差らしく、身に纏う雰囲気は穏やかな裡にも突け入る隙が見当たらない。
しかし、と。
諦めきれずに言葉を重ねる鑪に憐れむような視線を向けて、商人は眼前に据えた分厚い大福帳を申し訳程度に捲ってみせる。
「何度お訊ねになられても答えは同じにございます。久世某なる者、こちらにはおりませぬ。――私など名を伺ったのも、今日が初めてでございますよ」
札差は百姓から年貢として納められた米を預かり、米屋に売り抜けて現金化する侍相手の金融業だ。鑪の中では高利貸しとしての認識が強いのだけれども、こう見えて官許の職。ある日突然、思い立って始められる商いではない。
「札差と名乗っておけば、大金を持っていても不思議はない。大方、そんな風に考えての詐称ではないかと存じますがねぇ‥」
「‥そうか‥‥」
ワケ知り顔で鷹揚に頷く商人に礼儀正しく頭を下げて、鑪はくるりと踵と返す。
手繰り寄せた糸は、その途上で切れた。
だが、思ったよりも気落ちしていないことに、鑪自身少し驚く。――切れたのではなく、整理されたのだ。多すぎる可能性がひとつ消えたのだから、これは喜んでも良いかもしれない。
そう気持ちを切り替えて、鑪は折りたたんで懐にしまった和紙に衣の上からそっと手を当てる。
先日、友人に頼んで描いてもらった伊勢貴の人々の似顔絵。殺された若旦那、清治郎の他に吉原に出入りしている者がいるかもしれない。
例えば、番頭。
番頭ならば旦那以上に、店の金を自由にできる立場だ。
●賭場仲間
「あら、安積さんだわ」
気安く掛けられた女声に振り返った安積直衡(ea7123)は、大通りの雑踏の中で軽く手を挙げて合図を寄越した黒髪の美女に首をかしげる。
さて、誰だったか。
忙しく瞬きして記憶を探る物静かな男の表向きは穏やかな表情の下の密やかな動揺に、くすりと朱唇から妖艶な笑みを零して美女はくるりと表情を変えて見せた。
「あたしよ、あ・た・し☆ 御陰桜♪」
周囲の目もある。人遁の術を解いて見せるワケにはいかなかったが、一変した雰囲気は確かに御陰桜(eb4757)のそれで。思わず苦笑を零した安積に、桜は頓着せずに話題を切り出す。
「そっちの成果はどう? あたしは番頭の清吉に粉を掛けてみたのだけど‥‥」
清治郎が死んで、1番、利を得るのは番頭の清吉だ。
同じく先代の血を引きながら正妻の承諾を得られず使用人の地位に甘んじていた彼にとって、跡目を継いだ弟の存在は疎ましいものだっただろう。――伊勢貴の身代に野心を持っても不思議ではない。
そう推し量って清吉と繋ぎを取ることに決めた桜であった。
「わたくしは清治郎が手紙を受け取った結床へ」
清治郎に手紙を届けに来た文使いは、本当に松葉楼抱えの玉蓬だったのか?
事件の根幹に関わることだから、念を入れてもやりすぎという事はないだろう。――髪結いの話では、間違いなく玉蓬であったということで、それ以上の進展はなかったが。
「それと。これから、先日のお礼を兼ねて医者の祥庵先生のところへ足を伸ばすつもりだったのですが‥‥どうも‥」
目つきの宜しくない者が、ちらりちらりと視界に入る。
同じ町内の住人たちからは藪医者だと囁かれている祥庵の長屋には、その手の輩が頻繁に出入りしているようだ。
「ふぅん。あたしもね、少し気になるコトがあるのよね」
伊勢貴の番頭、清吉に縁を繋ごうと策を弄した桜だが、なかなか相手が思うように誘いに乗ってこない。――葬式や跡目の挨拶廻りなど、忙しい日々を送っているせいで余裕がないということも、もちろんありえるが。
「‥‥他に女がいるんじゃないかって思うワケ‥」
たいていの男なら、桜の色仕掛けに鼻の下を伸ばすものだ。
ごく稀に、全く心を揺らさない者がいる。――色事の対象に、異性ではなく同性を選ぶ者ももちろんそうだが。もうひとつ、他に強く心に決めた女性がいる場合にも、手慰みの色仕掛けは通じない。
「このあたしを袖にしようってんだから、相手は佳い女に違いないわよ。例えば――」
「例えば?」
言い注した言葉の真意に、桜はふと口を噤んだ。
桜の意図を問いたげに呟いた安積もまた。小さな沈黙の中で、ふたりは探りあうかのように互いの顔を見合わせる。
―――例えば、吉原の太夫とか‥?
「そ、それにしても‥よ。伊勢貴さんほどの大店が何だって藪だと噂される町医者とつきあっているのかしら?」
もちろん、近所だということもあるだろうけど。
こほん、と。咳払いをひとつ。話題を変えた桜の言葉に答えたのは、彼女の応援に駆けつけたゴールド・ストームだった。
「清吉と祥庵先生は、この近くで開かれている賭場の仲間であるらしいな。――人相の良くない輩も何人か出入りしているというが‥」
●核心
「色々と話を聞く前に謝っておく。花魁にとって嫌な事も聞くかもしれない。‥‥その時はすまない」
おもむろに詫び言を切り出した三菱扶桑(ea3874)に、菊華太夫は訝しげに細い眉を寄せた。総籬でお職を張るだけのことはある。そう、納得させられる美貌の持ち主だが、今は感嘆を落としている場合ではない。
「正直に言うと、おまえも容疑者の1人として上がっている」
面番所に引き立てられた染香は、次のお職に決まっているのだと聞いた。
裏を返せば、菊華の地位を脅かす存在であるということもできる。――栄光と地獄を併せ持つ吉原で、華やかに世界に身を置けるのはほんの一握りの幸運な者だけだ。
菊華の輝くばかりの美貌が白く強張って行く様を、三菱はなるべく感情を表に出さぬよう淡々と語りながら目に焼き付ける。
「――北町の札差、久世某が何故清治郎が登楼していると聞いただけで帰ったのか理由は分からないか?」
「‥‥さて。あちきには用が出来た、とだけ申されました故‥」
知らない‥と、言う。
女将の記憶に残っているような事実ではなく、久世が帰ったのは他に理由があるはずだ、と。
見えない壁を作られてしまったのかもしれない。
どこまでも頑なな菊華の様子に、三菱はゆるゆると吐息を落とした。――鬼と見紛うばかりの大男を前にして尚、臆さずに胸を張り続ける。あるいは、それが花魁の矜持というものだろうか。
十分に間を置いて、三菱は菊華の足労を労った。
「そうか。‥‥色々聞いてすまなかったな‥」
晴れて事件が解決した暁には――
用意していた言葉は、紡ぐことができなかったのだけれども。