お寺さまを助けて

■シリーズシナリオ


担当:津田茜

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:5 G 58 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月29日〜07月09日

リプレイ公開日:2007年07月07日

●オープニング

 恐怖に味付けされた魂を喰らい、彼は少し満足する。
 俗世から切り離された清廉な神域で功徳を積んだ高貴なる魂も、死の間際には恐怖に震え泣き叫ぶのだ。――己の限界を覚った瞬間の、裡より噴出した絶望に支配される悲痛ほど快いものはない。
 この痛快な発見に、彼は歪めた唇から歪んだ嗤みを吐き出した。

 彼の者は、如何なる顔をするだろう。
 己が悪意の掌中にて踊らされた駒に過ぎないことを知らされた時――冒した罪業に、震えるだろうか?

 呑み込んだ魂の温もりに陶然とした時、
 彼の傍らで裂いた獲物を喰い終えた鬼が、血に濡れた顔をあげて彼を見た。青く光る双眸が不思議そうな色を湛える。

『――うまいの、か‥それは‥‥?』

 大きく耳まで裂けた赤い口から吐き出された素朴な問いに、彼はまた嗤った。
 鬼に魂の価値が判るとは思えない。それでも答えてやろうという気になったのは、その方がきっと面白くなるだろうから。

『旨いだけじゃない。寿命が延びる』
『‥‥寿命が‥?』

 どす黒い欲望を湛えた青い目が剣呑な光を帯びた。
 渇望せずとも、鬼族の寿命は呆れるほど長いのに――彼らの長たる天狗に至っては、不老不死の神通を持つと囁かれている――彼らは皆、生きることに貪欲だ。

『功徳を積んだ者ほど、喰らえば甚大な力を得られる』

 脂っ気の抜けたバサバサの髪に覆われた耳に向かってそう囁き、彼はやりとまた嬉しげな笑みを作った。
 焚きつければ走り出す。――仕込みはいくつあっても、多すぎることはない。中々、動き出さぬひとつにイライラするより、ずっと退屈せず建設的だ。
転がり出せば、周囲を巻き込み加速度もつく。引き摺られ、走り出すモノもあるかもしれない。

のっそりと動き始めた鬼の背中を見送って、彼はまたくつくつ嗤った。

■□

「人食い鬼?!」
「――人喰鬼ちがう、山姥」
 
 ぎょっと身を引いた手代に、パラっ子たちはふるふると小さな頭を横に振る。
 のほほんと暢気な彼らが持ち込んだ話にしては、まとも‥‥もとい、ずいぶん重大で恐ろしげな依頼だ。

「なんか、お寺ばっかり狙われてるし」

 善光寺を初めとする大きな寺こそ被害はないが、
 山間部の集落に拠を構える寺の、住職ばかりが襲われているのだという。――この凶報はもちろん本山たる善光寺にも伝えられ、騒ぎとなった。
 見るからに恐ろしげな人喰鬼とは異なり、正体を隠した山姥はどこにでもいる老婆とさほど変わらぬ外観をしていて見分けにくい。ただの老婆が相手なら邪険にするワケにもいかぬのが聖職者のつらいところだ。
 善光寺はこの鬼を退治する剛の者を募ると共に、事態が収まるまでは新しい住職を山寺に遣わすことも差し止める決定を下したという。

「お経あげてくれる人がいないのは、ねぇ」
「うん。ちょっと困る」

 何やら微妙に困惑の趣旨がズレているような――
 はぁ‥、と。
 盛大に吐息を落としたパラっ子たちを前にして、手代もまたどこか煮え切らない意味不明の吐息を落としたのだった。

●今回の参加者

 ea9327 桂 武杖(40歳・♂・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb5713 鬼 灯(26歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb9572 間宮 美香(29歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ec0586 山本 剣一朗(27歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ec2529 空谷 響(28歳・♂・僧兵・人間・ジャパン)
 ec3065 池田 柳墨(66歳・♂・僧兵・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 江戸市中、あるいは、京の都では――
 すっかり定着した感のあるシフール便が、地方へ足を伸ばした途端に姿を見かけなくなるのは、彼らが日本古来の在来種ではないせいだ。
 彼らのネットワークを利用できないだろうかと考えた池田柳墨(ec3065)だったが、残念ながら、北信濃を網羅できるほどの情報力はない。――尤も、幾重にも連なる険しい山に閉ざされたこの土地を隅から隅まで知り尽くしていると豪語できる者は、探しても見つからないだろう。上州自慢の真田忍軍の力をもってしても、きっとムリだ。

「人の住んでる集落にはひとつか、ふたつ」
「この辺りの山は行場だから、霊窟なんかを数に入れるともっと多いよね」

 パラっ子たちの説明に、桂武杖(ea9327)と空谷響(ec2529)は不吉な予想に見合わせた顔を思わずしかめた。
 
「‥‥それは、つまり‥」
「山姥の噂を知らずに山に籠もっている者もいるということか――」
「かも」

 山姥に喰われた僧は、善光寺に届けられた以上に多いのかもしれない。――荒行といえ時に死と隣り合わせの過酷な修行なモノであるから、あるいは、それも仏の導きといえるのかもしれないけれど。

「徳の高い人ではどうだ?」

 横合いから問いを発した山本剣一朗(ec0586)の助け舟に、パラっ子たちは神妙な顔で首をかしげる。
 この一帯で神に匹敵するほどの法力を有するモノといえば、天狗だが。例え喰らいたいと思い立ったところで、彼らは山姥の手に負える相手ではない。――行者や僧であれば皆、それなりに神の奇蹟を執り行えるが‥

「やっぱり、善光寺上人さまか――」
「‥‥戸隠の別当さま?」
「だよね」

 無論、容易に近づける相手ではないけれど。
 より高位の者を狙っているとするならば、その周辺で隙を伺っているはずだ。殊に、戸隠などは、平地にある善光寺に比べ圧倒的に山深い。

■□

「これ、新しいお寺さま」

 向けられる期待の視線が、なにやら少し面映い。
 独特の調子で紡がれるパラっ子の挨拶に、池田はついつい零れそうになる苦笑を隠して口元を引き締めた。――きっと今ごろ、空谷も同じような感覚を味わっているだろう。
 檀家を持つなど、まだもっと先の話だと思っていたのに。
 山姥の注意を惹く為の囮だと理解っていても、どこか気が改まるのは向けられる信仰心が本物だからだ。

「京都のお寺で修行したんだって」

 役目とはいえ、この朴訥な人々を欺くのは心が痛い。
 必ず山姥を退治して騒ぎを収め、彼らにささやかな安寧を取り戻そうと胸に誓った池田だった。

■□

「あちらのお寺に新しい和尚さんが来はったらしいですなぁ〜」

 狭隘の集落を訪れた鬼灯(eb5713)のはんなりと間延びした西国訛りに、珍しい舞いを見物に集まった人々はへぇと顔を見合わせる。

「なんでも徳の高いお方やとか聞きましたでぇ〜」

 水をもらいに立ち寄った家にまでそれを吹聴して回るのは、思惑があってのことだ。
 好んで人を喰らう性を持った化け物は、人里近くに潜んでいる。――運悪く群を逸れ出た者を取って喰らうのが本来の習性だ。
 今回は少し勝手が違うけれども、根本的なところが変わっていなければ鬼灯の声に耳を傾けるかもしれない。
 

●仏を厭うモノ
「――仏具の破壊で、ございますか?」

 空谷の問いに、宿坊の僧は思案気に眉を寄せた。
 先日、訪れた宝界寺の有様に不信を抱いたのは空谷だけではなく。桂もまた、その疑問を口端に乗せた。

「宝界寺の仏具の破壊。あれは人の関与を離れ、魔物が聖地を汚す行動や決壊を破壊する行動に似ている」

 都人を心胆寒からしめた黄泉人の動向は、間宮美香(eb9572)も先日からずっと気に掛けている。
 風の噂によれば、イザナミだとかの神を祀るものとやらの動きもあるのだとか。――重なれば、関連を疑いたくなるものだ。

「そう言われてみれば、襲われました者たちの持ち物など、お数珠や経文などが荒らされておりましたような‥‥」

 痛ましげに顔を歪めた僧につられて、空谷もまた吐息を落とす。
 その行状にただ単純に鬼の仕業だと言い切れないような不自然さを感じるのは、きっと気のせいではないはずだ。
 聖職者が唱える神聖魔法には確かに鬼を退ける効果あるが、それは彼らの肉体に物理的な危害を与えるからこそ。例えば、仏像や経典といった仏具に付与された聖印が鬼を退散させたという話はあまり聞いたことがない。
 神の奇跡を恐れるのは鬼ではなく、もっと別の‥‥

「そうそう。イザナミの神で思い出しましたが」

 にこりと善良そうな笑みを浮かべて、僧侶は取りとめなく走ろうとする桂の思考を遮った。

「戸隠の名の由来は『雨の岩戸』にございますそうで、彼の地には仏の他に古来の神も祀られてございますよ」

 それも、複数。
 ――その上、九頭龍神を祀る社まであるという。


●甲斐の虎、越後の竜
 甲斐の領主が、越後の領主の折伏を依頼したらしい。
 名のある寺に金を積んで戦勝祈願を行うのは、珍しいことではないけれど。

「甲斐のお殿さまって、上杉はんやったけ?」
「「えっ?!」」

 先日、拾い上げた噂のひとつに心を留めた鬼灯の投げてよこした素朴な疑問に空気が揺れた。
 その思いがけない言葉に、誰もが思わず息を呑んで鬼灯を凝視する。

「そんで、越後のお殿さまは?」
「‥ほ‥鬼灯さん‥」

 脳裏に近隣の勢力図を思い浮かべているらしく視線を宙に漂わせた鬼灯に、美香はおそるおそる声を掛けた。何やら大許のところで勘違いをしている。

「甲斐のご領主は武田信玄殿じゃぞ」

 こほんと空咳をひとつ、池田がさりげなく指摘をいれた。
 甲斐の虎、越後の竜と近隣諸国を揺るがせる大勢力も、鬼灯の中ではさほど大きくはないのだろう。

「そういえば、この辺りの領主は上杉から武田へ鞍替えしたと聞いたが‥‥」

 もともと上杉氏よりであった勢力が、いつの間にか武田氏の支配下に――水ものとはいえ、確かに不自然さも拭えなかった。桂の問いに僧侶とパラっ子は同時に首を頷かせたが、理由を問われるとさすがに言葉を濁す。

「‥‥何しろ武田様は、あのとおりの策士でございますから‥」

 奸計に嵌められたというのが、正直なところなのかもしれない。
 武田氏の得意とする諜略の一環なのか。煮え湯を飲まされた上杉氏にも、動機はある。あるいは、それ以外の思惑が絡んでいるということも。――鬼を従える術があるのだとすれば‥そんな可能性にも想像を巡らせる桂だった。

「のんびりと平和なだけがこの地の取り柄だと思うておりましたものを」

 僧の吐息に、鬼灯は艶やかな顔に曖昧な微笑を浮かべる。
 山間の小国にも、小さいなりに様々な思惑が渦を巻いているらしい。


●お寺さまを助けて
 横たわる障害が過酷であるほど、達成時に得られるモノは大きい。
 試練には、どこかそんな妄想が付いて回る。――間違ってはいないけれど、度を過ぎると取り返しのつかない結果を呼ぶことは意外に見落とされがちだ。
 巡礼、木食といった修行も、ひとつ間違えば死に至る。
 霊場と呼ばれる山には修行に失敗して行き倒れた者を救済し、弔う場所がいくつかあって、その役割を担っているのは地元の人々だ。

「――来ましたね」

 険しい山道の畔に建てられた庵を見下ろす潅木に身を隠し、精霊が発する淡い光に包まれた美香はほんの少し眸を細める。
 地精が伝える気配が敵であるのかどうかまでは、判らなかったけれども。
見た目には背の曲がった小柄な老婆と、その後ろを黒い影のような人影がついてくる。――姿は確かに見えているのに、そのモノの存在は本当に影のように希薄だった。

「あれがそうでしょうか?」
「こればっかりは、誰かが確かめてみなしゃーないなぁ」

 人に紛れることのできる魔物はやっかいだ。
 そう苦笑を零す鬼灯だったが、自身が動く気配はない。
 進んで危ない橋を渡ろうという者は、やはり多くないと思う。――心に決めた人の為ならという想いがあるだけ鬼灯は前向きだ。
 少しづつ近づいてくる足音に、空谷と顔を見合わせた池田はそっと数珠を握り締めおもむろに経を唱え始める。

 高僧のそれらしく、聞こえるように。
 ――そして、逸る自らの心を落ち着かせるために。

 一歩、また、一歩。
 乾いた土を踏む足音が、ひどくゆっくりと遠くに聞こえ、庵の梁に身を潜ませた桂も剣を握り締めた掌に力を込めた。
 静かな闘志を込めて銘のある剣に力を付与する。
 じりじりと張り詰めていく緊張の中‥‥どちらが、先に動きを起こすか‥‥危うい均衡で生気と死気が鬩ぎ合い、そして――

 ‥‥バァ‥ン‥ッ!!

 身をすくませるような乾いた音を立てて飛んで来た戸板を払った大錫杖が重い衝撃を受け止める。
 死角から突き出された腕は、鋭く尖った爪を持っていた。
 空谷の喉もとを狙った山刀は目標を僅かに捕らえ損ない、ざくりと嫌な音を立てて袈裟を切り裂さく。
 ちり、と。
 小さな痛みが皮膚を焼き、空谷に命の重さを改めて知らせた。
 隙を突いて物陰から飛び出した山本の日本刃が、白く刀身をきらめかせながら山姥の太い腕に赤い筋を走らせる。――両断できなかったのは踏み込みが甘かったのか、あるいは対峙するモノの器量に拠るところかもしれない。

 ‥‥グ‥ガァ‥

 耳障りな声を発して反射的に腕を払った爪先が、池田の振るった長棍棒に当たり骨の砕ける嫌な音が庵を囲む谷間木霊した。

「うわ。痛そうやわ」

 思わず首をすくめた鬼灯の隣で、両の手で印を組んだ美香も呪文を完成させる。
 真っ直ぐに飛んだ不可視の波動が庵を包み、居合わせた全ての者に襲い掛かる。ビリビリと空気を揮わせる衝撃に押し潰されそうになる身体をどうにか支え、桂は薄紅の光を纏わせた剣を逆手に構えて梁より身を躍らせた。

 ギャアァァ――

 大地を地に染めてのたうつ鬼に、空谷は錫杖を突きつける。
 膂力と戦闘力で勝る相手に流石に無傷とはいかず、息を弾ませる冒険者たちの着物にも流れ出した朱が斑を散らした。

「僧を襲うのは貴方の考えだけではないでしょう、何があって僧ばかりを狙ったのです?」

 答えは無い。
 ‥‥あるいは、空谷の問いが理解できなかっただけかもしれないけれど。
 死の痙攣に身体を震わせる山姥に代わって応えたのは、神経を逆撫でするけたたましい笑声だった。

「知ッテドウスル?」

 振り仰いだ屋根の上で、彼は冒険者たちを見下ろして口元を歪める。
 一見、人‥‥侍の姿をしたそれは、だが、彼をとりまく禍々しく不吉な空気は、とても人のモノとは思えない。

「どうするだと?」

 不快を露わにした池田に、彼はまた耳障りな嗤声を吐き出した。
 見下ろされる位置にいるコトが不安を生み出すのだと実感し、桂は気概に負けぬよう腹に力を溜める。

「価値ノ判ラヌモノを欲シガルノハ、破滅ノ因ダ‥‥」

 そう言って、彼は少し悲しげに動かぬ躯となった鬼へと視線を向けた。もう少し、使いたかったのだけれども。
 情況を楽しんではいたが、決して遊んでいるワケではない。
 小さく肩をすくめ、彼は険しい視線を向けてくる邪魔者たちを見下ろした。

「何レ、判ル」
「「なにっ?!」」

 どういう意味だと糾した声に応える者はなく――
 天空の青に溶けるように掻き消えた影を探すことを諦めて、池田は血に染まった大地へと視線を戻した。

「‥‥弔ってやらねば‥な」

 死ねば、皆、仏になれる。
 そう言ったのは、誰であったか。――その人の名を思い出すことは出来なかったが、その言葉が真実であれば良いのに‥と、思った。