【死を撒く者】死臭の町

■シリーズシナリオ


担当:U.C

対応レベル:1〜4lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 20 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:08月14日〜08月19日

リプレイ公開日:2004年08月18日

●オープニング

 ──月のない、夜だった。
 町中に、ゆらゆらと人影が揺れている。
 たよりない足取りで進むその者の肌の色は極端に悪く、目もどろりと濁って光を宿してはいない。
 着ている服はあちこちが破れ、半ば固まった血と泥に覆われて、汚れていた。
 それは‥‥生者ではない。
 ズゥンビと呼ばれる、動く死者だ。
「‥‥あなた‥‥」
 と、小さな声がした。
 死者の足が、止まる。
 そのまま、時が凍りついたような沈黙がしばし流れたが‥‥。
「あなた‥‥やっぱり、あなたなのね‥‥」
 もう一度同じ台詞がして、路地から1人の若い女性が姿を現した。
 ズゥンビの方はピクリとも動かず、止まったままだ。
「覚えているでしょう? 私です。あなたの妻です‥‥」
 震える声で、恐れる眼差しで‥‥それでも女性はズゥンビへと近づいた。
 一歩、また一歩‥‥。
「‥‥無駄だよ」
「ひ‥‥っ」
 新たな声がして、思わず悲鳴を漏らす女性。慌てて振り返ると‥‥背後にいつのまにか男が立っていた。
 黒髪に黒い瞳、着ているのも黒い修道服のようなものだ。それらとはまったく対照的に、肌だけは白い。
 年は‥‥20歳そこそこくらいだろうか。どことなく幼い面影も残した顔に、ニコニコと人懐っこそうな微笑を浮かべている。
「‥‥あ」
 しかし、女性は背筋にぞくりとしたものを感じて、思わず身を縮め、一歩後ろに下がってしまう。
 笑顔に‥‥温度が感じられなかった。
 表情こそ笑っているが、心にはまったく別の『何か』を孕んでいる‥‥そんな印象を受けたのだ。
「その人は、とっくに死んでるんだよ。死んだ人は、単なる肉と骨の塊さ。今は動いてはいるけど、それは魔力を受けて動かされているだけ‥‥記憶なんて、腐った脳細胞には一欠だって残っちゃいないよ。なにしろ、ズゥンビなんだからね」
「‥‥一体‥‥貴方は‥‥」
 生徒にものを教えるような優しげな口調で語る若者に、顔色を無くした女性が問いかける。
 すぐに、とどめの一言が返ってきた。
「僕? 僕はそのズゥンビを造った術者だよ。ついでに言うと、殺したのも僕さ」
「‥‥な!?」
「とはいえ、直接手を下したのは、僕が造った他のズゥンビだけどね。ほら、こいつらだよ」
 言葉と同時に、若者の背後の闇から、さらに新たな影がゆらめきながら現れた。
「ひ‥‥ひぃ‥‥っ!」
 それを見て、思わずその場にへたり込んでしまう女性。
 そこにいたのは‥‥やはりズゥンビだ。ただし、人ではない。
 潰れた鼻に、口から覗く短い牙を持った、小柄な体躯のオーガ族‥‥ゴブリン。
 ゴブリンのズゥンビが5体、そこにいた。
「い、いや‥‥いやぁ!!」
 悲鳴を上げ、逃げようとした女性の身体が、夫のズゥンビにぶつかって止まる。
「あ、あなた‥‥助けて。お願い‥‥あなた‥‥」
 涙を浮かべて懇願する瞳と、それを見返す死魚の眼‥‥。
「‥‥その人、殺して」
 若者は、あっさりと言った。
「女性のズゥンビは弱いから、いらないな。バラバラにして捨てちゃうか」
 そう呟いて、さっさと背を向ける。
 ほどなくして‥‥すさまじい女性の絶叫が響き渡り、すぐに静かになった。
「これが愛ってやつかな‥‥ズゥンビになってるのに、生前を思い出して平気で近づいてくるなんて。理解に苦しむよ」
 そんな事を言う若者の足元に、一匹の黒猫が寄ってくる。
「君も、そう思うだろう?」
 微笑みかけたが‥‥もちろん、猫は何もこたえない。
 そして、1人と一匹は多くの死者達を連れだって、夜の闇へと消えていった。
 ‥‥この町では、連夜ズゥンビに住人が襲われており、その被害者は既に20人あまりになろうとしているのだ──。


 ‥‥キャメロットから2日程行った所にある町で、毎夜ズゥンビが現れ、住民を襲っている。
 殺された住人は、次の夜にはズゥンビとなって現れ、新たな獲物を求めて町をさ迷い歩いているのだという。
 しかも、現れるのは住人のズゥンビだけではなく、ゴブリンのズゥンビまでもが5体程混じっているそうだ。
 さらに、どうやらこの事件には、裏で魔法によりズゥンビを造り出している者がいるらしい。猫を連れた正体不明の若者が、ズゥンビと共に現れるという情報もあった。
 今回の依頼は、町に現れるズゥンビを撃退することであるが‥‥場合によってはこの術者と対決する事になるかもしれない。ズゥンビを操る魔法という事からして、黒の神聖魔法の使い手である事が予想される。
 ただ、この術者が何の目的でこのような凶行を働いているのかはまったくの不明だ。
 気になる所ではあるが‥‥依頼の目的はあくまで町に現れるズゥンビの撃退であるので、対応は行く者の判断に任せるものとする。いくら術者と言えども、全てのズゥンビを破壊されれば、それ以上この町での凶行はできまい。それが第一目標であるので、くれぐれも忘れぬように。
 それでは、健闘を祈る。
 ‥‥以上である。

●今回の参加者

 ea0018 オイル・ツァーン(26歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 ea0043 レオンロート・バルツァー(34歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 ea0294 ヴィグ・カノス(30歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea1749 夜桜 翠漣(32歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea3438 シアン・アズベルト(33歳・♂・パラディン・人間・イギリス王国)
 ea3449 風歌 星奈(30歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea4319 夜枝月 奏(32歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4600 サフィア・ラトグリフ(28歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

クロヴィス・ガルガリン(ea0682)/ 黄 安成(ea2253

●リプレイ本文

 重い雲が低く垂れこめる夜だった。
 遠くから、かすかに遠雷も響いてくる。
 そんな中‥‥。
「どうやら、今夜は待ち伏せされてるみたいだね」
 ふと、若者の声。
 地面にしゃがんだ彼の指が、草に隠れるようにして張られたロープを軽く引いている。ロープには、木片や金属片などが結び付けられており、ひっかかった者がいれば、即座に音を立てるような仕掛けになっている。いわゆる鳴子、というやつだ。若者はそれを目ざとく発見し、直前で立ち止まったのだった。
「‥‥おそらく、町の連中が雇った冒険者かな。まともにやりあうのも面倒だから、尻尾を巻いてもいいんだけど‥‥」
 そう呟きつつ、足元に目を向ける。そこには黒い猫がいて‥‥彼をじっとみつめていた。
「わかってるよ。それじゃあ、つまらないよね‥‥ふふ‥‥」
 薄く笑う、黒衣の若者。
 彼の背後には、生ける死者──ズゥンビ達がずらりと並んでいる。
 この町を連夜襲い、住人を殺し、ズゥンビへと変えている恐怖の主が‥‥この若者であった。

「‥‥嫌な夜ね」
 生温い風を頬に感じ、夜桜翠漣(ea1749)が低くそんな言葉を口にする。
 まとわりつくような夏の夜気に、じっとりとした湿度。優れない空模様は、今にも雨が降り出しそうだ。
「やれる事はやりました。あとは待つだけですよ」
 シアン・アズベルト(ea3438)が、言う。
「そうですね。相手が来ないのであればそれでも構いませんが‥‥おそらくは来るでしょうし」
 空を見上げつつ、目を細める夜枝月奏(ea4319)。
 その言葉に確証はない。勘だ。が、それを全員が感じているとすれば、もはや勘ではないかもしれない。今夜の空気が、重苦しい雰囲気が‥‥冒険者達に強くそう思わせる。
「こんな事を平気で仕組める野郎だ、絶対にクソ意地悪いよな‥‥」
 忌々しそうに吐き捨てるのは、サフィア・ラトグリフ(ea4600)であった。
 昼のうちに町に入った彼らは、町の者への説明と、雑多な準備を既に終えている。
 何があろうと万全‥‥と言い切るほどの自信家はいなかったが、十分に撃退できるだけの手は打ったはずだ。
 しかし‥‥。
 それでも、安心などはできなかった。
 今の空と同じで、冒険者達の胸には、晴れない雲がある。
 なんのために、こんな非道をするのか‥‥その目的は? 意図は?
 それに、相手はズゥンビとはいえ、元々は町の人々である。彼らを手にかけねばならない事に、若干の後ろめたさを感じたとしても、それはむしろ当然と言えたろう。
 同じ、この世界に生きる者として‥‥。
 ──カラン。
「来ましたね」
 遠くから聞こえてきた音に、奏が足を止めた。町の周囲に仕掛けた鳴子に、何者かがかかったようだ。
 音は止まらず、カランカランカランと、絶え間なく鳴り響く。動物や、風ではありえない。
 後は、無言で頷き合い、走り出すのみだ。
 冒険者達には、迷う間も、思い悩んでいる暇もありはしなかった。

「いた! あそこ!」
 最初に駆けつけたのは、翠漣だった。
 町外れに位置する、共同の墓地‥‥その中で、いくつかの人影が揺れている。
 シアン、奏、僅かに遅れてサフィアも到着し、すぐに遠巻きに囲み、村への侵入路を断った。
「‥‥3体、ですか。いずれも人間のズゥンビですね」
 剣を構えつつ、シアンが言った。
「しかし黒幕はいやがらねえ‥‥気に入らねえな」
 と、こちらはサフィア。彼の言葉通り、情報にあった黒衣の若者の姿はない。
 冒険者達を発見したズゥンビ達が、のそりと動き出した。何かを求めるかのように手を突き出し、まっすぐに向かってくる。
「とりあえず、やるしかないですね」
「ああ、上等だ!」
 翠漣の拳がオーラパワーの力を帯びて淡く輝き、サフィアがロングソードを抜き放つ。奏は無言で手にした日本刀にバーニングソードをかけていた。
「この一撃で負の呪縛を打ち砕く。永久に眠りなさい!」
 真っ向からズゥンビへと叩きつけられるシアンの巨剣。オーラパワーの力が付加されたスマッシュの一撃は、相手の左鎖骨から右脇腹へと一気に抜け、一刀の下に両断してのける。
「悲しいな、あなた方には罪はないのに‥‥もう一度あなた方を殺さないといけない」
 静かな言葉と共に、炎を帯びた日本刀が美しい軌跡を描いた。
 奏の横薙ぎの斬撃が、一体のズゥンビの首を夜空に舞わせる。
「わたしは夜桜、死の上に花咲く者‥‥」
 さらに、翠漣の拳が胸の真ん中に炸裂し、大きく後ろに弾き飛ばした。
 ズゥンビはそのまま地面をごろごろと転がったが‥‥うつ伏せに倒れた体がピクリと動き、地面に手を付いて起き上がろうとする。
「‥‥まだ動けるのか、こいつ‥‥」
 そこに、サフィアが近づいた。
 既に頭はなく、ぐしゃりと胸は陥没し、折れた肋骨が外に飛び出している。生きている人間なら、2度は即死しているだろう。
「ズゥンビになったものは、痛みも恐れもない、か‥‥まったく‥‥」
 地面でもがく死体に、剣を叩きつける。おそろしく嫌な行為だが、こうするしか倒す‥‥いや、救う手段はない。
 ‥‥じわりと地面にドス黒い血が流れ、ようやくそのズゥンビは動きを止めた。一定以上身体を破壊されれば、さすがに死者は死者へと還る。
 振り返ると、残り一体も仲間の手により、既にただの死体へと変えられていた。とはいえ、満足感や高揚感はほとんど感じられない。おそらく、皆似たような気分だろう。
「‥‥嫌な仕事だな」
 思わず、そんな言葉が口から出た。
 その、刹那、
「危ない! 足元!」
 翠漣の言葉が飛ぶ。
「‥‥なっ!?」
 地面の下からぼこりと手が突き出され、自分の足に掴みかかろうとしている。
 サフィアは反射的に地を蹴り、後ろに跳んだ。
 ぼこ、ぼこ、と、さらに2箇所の土が盛り上がる。手が、頭が、それに続いてズゥンビの身体が地中より現れた。
「第2陣、ですか‥‥」
 シアンが、それらを見回す。
「このズゥンビは、まだ着ている衣服が新しい‥‥たぶん、今夜新たに造られた者達ですね」
 奏がそのように判断した。
「となると、やっぱり私達、ここにおびき出されたと考えた方がいいでしょうね‥‥」
「ええ、十中八九、こちらの分断を図った相手の策略です。鳴子も、わざと引っかかったと見るべきかと」
 翠漣の台詞に、頷く奏。
「しかし、この程度の数で我々を倒せるなどとは、向こうも思ってはいないでしょう。となると、ここのズゥンビの目的は‥‥」
「俺達の足止め‥‥時間稼ぎか! 畜生め!」
 シアンの言いかけた言葉を、サフィアが続けた。
 ‥‥鳴子で冒険者の一隊をおびき寄せ、適当にズゥンビの相手をさせておいて、その間に術者は町へ‥‥そんな所だろう。
 相手の意図は理解したが、とりあえずは新たに現れた相手をなんとかしなければなるまい。
 ‥‥やるか、と全員が武器を構えたが、
 ──ボッ!
 突如、黒い光が町へと続く道より飛来し、ズゥンビの腹のあたりに吸い込まれた。それを受けたズゥンビはよろけ、後ろに倒れて尻餅をつく。
「‥‥お困りのようじゃな。どれ、手を貸そう」
 暗い道から、黄安成が姿を現した。
「町に術者と多数のズゥンビが現れました。ただちに戻って下さい」
 と、クロヴィス・ガルガリンもいる。事前準備の手伝いと戦闘要員として、彼らもまたこの町を訪れていたのだ。
「‥‥やはりそうですか。では、ここは手早く片付けましょう」
「死者に祈っている暇もありませんね‥‥」
 奏とシアンが剣を手に、生ける死者へと向き直った‥‥。

「しつこい男は、モテないわよっ!」
 ゴッ、と唸りを上げて、風歌星奈(ea3449)の拳がズゥンビの顔面へと派手にめり込む。のけぞった所でさらに足払いをかけ、その場に転倒させた。
「うぉぉぉぉぉっ!!」
 そこに、ロングソードを振りかざしたレオンロート・バルツァー(ea0043)が突進、大上段から容赦のない一打を叩き込む。
 すぐ側では、オイル・ツァーン(ea0018)が両手にダガーを構え、ゴブリンのズゥンビを相対していた。
 掴みかかる両腕を避け、肘関節のあたりに斬りつける。
 ゾンッ、と重い音と共に、確かな手ごたえ。
 が‥‥。
「‥‥それでも止まらん、か。やはりヒトのアンデッドより頑丈だな」
 なおも押し返すかのように近づくズゥンビを見て、一旦後ろに下がる。
 それと入れ替わるかのようにして‥‥。
「ならば、これはどうだ!」
 ぶん、と空気が鳴り、何かが空中を走り抜けた。
 ‥‥スピアだ。
 ヴィグ・カノス(ea0294)が手にした短槍を投擲したのであった。
 シューティングPAEXが付加されたその攻撃は、正確な狙いでもってゴブリンズゥンビの喉元に突き刺さり、衝撃で後方に弾き飛ばす。スピアにはロープが結び付けられており、ヴィグはすかさずそれを引いて、武器を手に取り戻していた。
 しかし、喉に大穴が開いてもなお、ズゥンビは立ち上がろうとする。
「じっとしていてもらおうか」
 オイルが駆け寄り、相手の手と太股に深くダガーを打ち込んで地面に串刺しにし、固定。
「そこかぁぁぁぁ!!」
 とどめとばかりに、レオンロートがロングソードの連打でめった打ちにする。
「‥‥予想以上にしぶといね。でもってこいつら‥‥」
「数が多いな。どうやらこちらが本命らしい」
 星奈があたりを見回し、オイルが静かにそう言った。
 何体かは倒したが、まだ5、6体のズゥンビがまっすぐに向かってくる。こちらは4人。しかも相手には、まだ姿を現さない術者もいる。
「ちょっとこっちのムードが悪い、かな」
 ふっと眉を潜める星奈。
「ぬ、ヌードは悪くないぞ! 男の肉体美は実に良いものだ!」
 とたんに、なんか勘違いしたレオンロートが声を荒げる。が、当然無視だ。
「やはり、相手の戦力を削ぐのが第一だな。手筈通り、例の場所に誘い込もう」
「な、なにっ! 全力で脱ぐのか!? い、いいのか!? いいんだな!?」
 ヴィグの言葉も、変な風に聞こえたらしい。これも皆にスルーされた。
「迎え撃ちに行った人達も、そっちで合流しようとするでしょうしね。了解」
「では、そういう事で」
「行くか」
 星奈、ヴィグ、オイルが頷き、後退を始める。
「脱いでいいのか? 駄目なのか? どっちだ〜〜〜!」
 常人には理解されない悩みを抱えたレオンロートも‥‥もちろん続いた。

 ‥‥一行が適当にズゥンビをあしらいつつやってきたのは、町の入口にある広場だ。
 冒険者達に誘われるまま、ゆっくりとした足取りでズゥンビの群れが広場の中央辺りにさしかかると、次々に浅く掘られた落とし穴に嵌り、バランスを崩して倒れていく。
「今よ!」
 星奈の声に合わせて、次々にたいまつが投げられた。穴の底には、油を染み込ませた藁が敷き詰めてあったのだ。油やたいまつは町の協力で用意したものと、冒険者達が持ち込んだものも合わせて、ふんだんに用意されていた。普通の動物や人間ならば仄かに漂う油の臭いで警戒したかもしれないが、相手は思考能力も判断力もない生ける死者だ、その心配もない。たちまち炎は燃え広がり、大火となってズゥンビ達を覆い尽くしていった。
「うまくいったようですね」
 と、ちょうどシアン達もその場にやってくる。
 そして‥‥もう1人。
「お見事。さすがは冒険者の皆さん。良いお手並みだね」
 路地の暗がりから、猫を伴った黒衣の若者が現れた。顔には微笑を浮かべ、拍手までしている。
「わたしは『深き森』強さの探究者、夜桜翠漣。あなたは何者ですか?」
 全員が身構える中、翠漣が問う。
「何者って言われてもね‥‥見ての通りさ。名前は、とうの昔に捨てたよ。そんなもの、どうでもいいからね」
 笑顔のまま、そうこたえる若者。
「魂を弄び、不死者によって住民を恐怖に陥れる‥‥いったい何が目的ですか?」
 代わって、シアンが聞いた。
「ふふ‥‥君達と同じだよ」
「‥‥何?」
「君達は、自分の力がどこまで世界に通用するか試したいんだろう? だから、冒険者なんて商売をしている。僕もそうさ。自分の力でどんな事ができるか、それが知りたい。それだけだよ」
「ほう‥‥」
 若者の言葉を聞き、奏が前に進み出る。既に目がやる気だ。
「‥‥ひとつだけ聞かせろ。この所業は誰かの命令か。お前の趣味か?」
 その奏を手で制し、サフィアが尋ねた。ただし、彼もまた身体の力を抜き、いつでも斬りかかれる態勢だ。その時が来れば、おそらくは迷うまい。そんな気配を放っている。
「ははは、僕は誰かに命令されるのは好きじゃなくてね。上からものを言ってくる奴なんて、殺したくなるじゃない」
「‥‥そうか」
 朗らかに笑う若者に、サフィアはそれ以上言葉を重ねなかった。無駄だと悟ったのだ。
「死人の亡骸を私欲で利用する君を‥‥私は許せそうに無いっ!!」
 代わりに、奏が刀の切っ先を若者に突きつける。緊張の糸が張り詰め、戦いは最早不可避かと思われたが‥‥。
「ふふ‥‥怖いな。でも、君達の相手は僕じゃないよ。ズゥンビはね、たとえ燃えたって、動けるうちは動くんだ‥‥そのまま家に突っ込め!」
「なっ‥‥!?」
 命令を受けて、炎の人型と化したズゥンビ達が、広場から周囲の家へと向けて歩き出す。
「さて、どうする? 正義の味方を気取るなら、どっちを優先するか‥‥決まってるよね?」
「‥‥」
 微笑む若者に、誰も何も言わなかった。
 次々に背を向け、燃えるズゥンビの処理に向かったが‥‥。
 ひゅん、と、若者の死角の方向から、何かが飛んだ。ただし、狙いは若者ではない。
「‥‥危ないなあ」
 軽い音を上げて地面に突き立ったものに目を向け、黒衣の男が僅かに顔をしかめる。
 そこにあるのは、1本のダーツ。狙いは猫だった。が、素早くかわされている。
「小動物を苛めるのは感心しないな。それより、今はズゥンビの相手をする事だね。あはははは‥‥」
 そして‥‥笑いながら去っていく若者。
「やっぱり人間の方が化け物よね‥‥何を考えているのかしら」
 後姿を見送りつつ、星奈がポツリと言った。ダーツを投じたのは彼女である。あの猫は魔法で何者かが変じているのではないかと思ったのだが‥‥結局わからない。

 ‥‥後は、燃えるゾンビを『処理』すれば、それで終わりであった。
 無論、延焼は防ぎ、被害は最小限に食い止められた事は言うまでもない。
「あいつは‥‥一体何を考えているやら」
 昇る朝日を屋根の上に仁王立ちになって見つめつつ、そんな感想を述べる裸男がいたようだが‥‥とりあえず放っておかれたようだ。
 ただ‥‥あの若者は再びまたどこかに現れるだろう。
 その確信めいた予感は、冒険者達の胸から消える事がなかったようである。

■ END ■