【死を撒く者】死せる水辺

■シリーズシナリオ


担当:U.C

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 78 C

参加人数:8人

サポート参加人数:5人

冒険期間:08月28日〜09月03日

リプレイ公開日:2004年09月06日

●オープニング

「‥‥今夜は釣れないねえ」
 木の桟橋の上に座った若者が、暗い水面に釣り糸を垂れていた。
 時は夜。場所はキャメロットから3日程行った場所にある港町である。
 通常ならば、昼夜問わずに船の出入りがあり、常に喧騒に包まれているような場所なのであるが‥‥今はまるで違っていた。
 ‥‥人がいない。
 複数の船こそ停泊してはいるが、そこに船員達の姿はなく、周囲もまるで死んだように静かだ。通り過ぎるのは潮の香りを含んだ夜風のみ‥‥というような状況である。
 もちろん、そんな風になっているのには訳がある。
 それは‥‥。
「おい、あんた」
 と、釣り人の背後で声がした。
 男が振り返ると、そこにはカンテラと‥‥鋭く先が研がれた銛を手にした男が2人、立っている。鍛え抜かれた体つきとよく焼けた肌は、おそらくは船乗りだろう。
 怪訝そうな顔をする釣り人に、男達は手を振り、
「ああいや、俺達は怪しい者じゃねえ。ここの港のモンだ。あんた知らねえのか? 最近ここらは物騒でな。毎晩化物が出るってんで、こうやって見回りをやってるんだ。悪い事は言わねえ、早く水辺から離れな」
 と、言ってきた。
 それを聞いた釣り人は、やや首を傾げ、化物? と、オウム返しに尋ねる。
「ああ、そうだ。動き回る死者‥‥ズゥンビって奴よ。しかも人間様のズゥンビだけじゃねえって話だぞ。さ、わかったら早くどっかに行った行った」
 見かけはゴツイが、割と親切にそんな事を説明する男達に、釣り人はどうも、と微笑んだ。
 そして‥‥。
「よかったな。今夜は駄目かと思っていた所でね‥‥でも、なかなか使えそうなのが2匹も釣れた。まあまあかな」
 ニコニコと人の良さそうな笑顔で、そんな事を口にする釣り人。
 その足元には一匹の黒猫が‥‥いた。
「‥‥あんた、何言ってんだ?」
「ふふふ‥‥」
 眉を潜める男達に、黒衣の若者はただ微笑むのみだ。
 と──周囲にいきなり湧き上がる無数の人影。
「うぉっ!?」
 男達は気配や足音より、その腐臭で気付いた。体内にガスが溜まり、青黒く膨れた醜い水死体‥‥それらが水滴を垂らしつつ、自分達へと迫ってくる。
「で、出やがったなこの野郎!!」
 声を上げ、銛を構えたが、その先は僅かに震えていた。いかに屈強な海の男とはいえ、化物相手では勝手が違う。
 が、すぐに彼らは震える必要もなくなった。
 サバァッっと水音が響き、長くて半透明の触手が無数に海中から飛び出して、男達に絡みつく。巨大クラゲ──ジェリーフィッシュだ。ただし、その身体は汚れた白色に濁り、触手の1本1本が腐汁の糸を引いている。これもまた、ズゥンビであった。
「うわー! は、離せこん畜生ーーー!!」
 力を入れれば腐った触手はすぐに千切れたが、それ以上の数の触手が十重二十重に巻き付き、さらに水死人達の手までもが伸びてきて‥‥最後は絶望的な悲鳴と共に、大きな水柱が上がる。
「‥‥水死体っていうのは、気持ち悪いよね。強度もないし‥‥」
 海中から上がってくる細かい泡を眺めつつ、呟く若者。
「でも、何事も実験してみないと、良し悪しは分からないよね。そう思うでしょ?」
 傍らの黒猫に尋ねたが、返事は無論無しだ。
「ふふふ‥‥あはははは‥‥」
 若者の笑い声が次第に遠ざかり‥‥あとは、それこそ死の静寂だけが残るのであった‥‥。


 キャメロットから3日程行った港町で、連夜ズゥンビによる被害が出ている。
 話によると、確認できただけでもヒトのズゥンビが5〜6体。そしてそれとほぼ同数のジェリーフィッシュのズゥンビも出ているそうだ。これらはいずれも夜、水辺に現れ、通りかかる者を海の中に引きずり込んでは仲間を増やし続けているという。これをなんとかするのが、今回の依頼である。
 また‥‥以前見られた猫を連れた黒衣の若者の姿も見られたそうであるので、この者がズゥンビ騒ぎを引き起こしている張本人であると思われる。倒すべきはズゥンビだが‥‥余裕があるなら、この者もなんとかしなければならないだろう。ただし、依頼はあくまでズゥンビの駆逐であるので、無理はしないように。
 無事の帰還を期待する。
 ‥‥以上である。

●今回の参加者

 ea0018 オイル・ツァーン(26歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 ea0043 レオンロート・バルツァー(34歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 ea0385 クィー・メイフィールド(28歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea1749 夜桜 翠漣(32歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea3438 シアン・アズベルト(33歳・♂・パラディン・人間・イギリス王国)
 ea3449 風歌 星奈(30歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea4319 夜枝月 奏(32歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4600 サフィア・ラトグリフ(28歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

クロヴィス・ガルガリン(ea0682)/ アーシャ・レイレン(ea1755)/ 黄 安成(ea2253)/ リーベ・フェァリーレン(ea3524)/ 朱 華玉(ea4756

●リプレイ本文

「約10名、という事でしたね、被害者は」
 シアン・アズベルト(ea3438)が、言った。
「ですが、町の人が把握していない犠牲者は、他にもいるかもしれません」
 と、レオンロート・バルツァー(ea0043)が、補足する。
 昼の間に周辺を回り、聞き込みをして得られた成果がそれだ。
「そんでもって、さらにクラゲが少なく見ても5〜6匹やそうや。まともに生きてる時は、刺されると痺れる毒があるそうやけど‥‥ズゥンビになってもそれがあるかはわからひんのやて。ちなみに痺れても、しばらくほっとけば治るそうや」
 クィー・メイフィールド(ea0385)も、自分の仕入れてきた情報を述べる。
「‥‥まあ、確かにわからないでしょうね。出会った者は皆死んでいるみたいだから」
 少々怖い事実をさらりと言って、夜桜翠漣(ea1749)が背負っていた大きな袋をその場に下ろした。
「なんなんだ、それは‥‥?」
 ふと、夜枝月奏(ea4319)が尋ねる。袋は結構大きく、縛られた口からは鋭く尖った銛の先が何本か飛び出していた。
「クラゲ対策に少々用意してみました。ズゥンビを倒すために貸して欲しいと言ったら、漁師の皆さんが協力してくれたんです」
「‥‥ほう」
 翠漣の台詞に、あらためて袋に目を向ける奏。どうやら銛だけでなく、他にも何か入っていそうである。
「で、どうする? これから見回りとか、する?」
 皆を見ながら、風歌星奈(ea3449)が言った。
「構わないけどよ、うろうろしても仕方ねー気もするな。どうせ出るのは水際だって話だし。ここで待ったらどうだ?」
 サフィア・ラトグリフ(ea4600)が、そう返す。彼はずっと水面に目を向けていた。彼等がいるのは船着場のすぐ側であり、目の前は海、背後は大きな倉庫が立ち並んでいる。船着場からは幾本もの木の桟橋が海に向かって伸び、3〜4人乗りの小型の船が無数に泊まっている‥‥といった感じだ。大きくもなく、かといって小さくもない漁港である。
「‥‥たぶん、あの野郎はどっかで見物してるんだろうしよ」
 面白くなさそうな口調で、そう付け加えるサフィア。
「まあ、間違いなくそうでしょうね。既に、我々の事も気付いているかもしれません。かといって見回らないわけにも‥‥」
 と、言いかけて、シアンは背後に振り返った。その時にはもう、剣に手をかけている。
「向こうから、来てくれたみたいですね」
 袋から、銛を一本取り出す翠漣。
「‥‥手間が省けたな」
 オイル・ツァーン(ea0018)が、無表情に呟いた。
 そして‥‥。
「ごきげんよう、また会いましたね、皆さん」
 暗がりから聞こえてくる、声。
 ただし、足音は複数だ。
 ──ぴちゃん、ぴちゃん‥‥。
 湿った音を上げながら、近づいてくる人影。
 青黒く変色した肌。
 体内にガスが溜まり、膨らんだ身体。
 水を吸ってぶよぶよの肉からは、粘液質の腐汁が垂れ落ちている。
 ‥‥水死人のズゥンビ、それが5体。
 その中に混じって、黒衣の僧服に身を包んだ生者がいた。
 顔はニコニコと微笑んでいるが、どこか無機質な笑みだ。足元には、鳴く素振りすら見せない1匹の黒猫を連れている。
 彼こそが、死者を操り、凶行を繰り返している張本人であった。
「意外だな、最初から顔を出すとは思わなかったぜ」
 呟きながら、ロングソードを抜くサフィア。他の皆も、間を置かずに戦いの態勢を取る。
「やっほー、また、会ったね☆」
 と、星奈などは軽い調子でひらひら手を振っていたが、そんな彼女にも隙はまったくない。
「‥‥貴方にとって、強さとはなんですか?」
 翠漣が、問う。
「貴方は以前、名前を捨てたと言いました。その力は誰のものなのですか? 存在しない者が何をしようと意味がない。存在しない者に力なんかない。だから貴方は勝てない」
 落ち着いた声音で、彼女は言った。
「強さなんて、僕はどうでもいいよ」
 対して、若者は遠巻きに冒険者達の周囲を回りつつ‥‥こたえる。
「前にも言ったけど、僕は僕自身で何ができるか、それにしか興味がない。強さや、名前や、力のあるなしなんて、あまり気にはしてないよ。ついでに言うと、勝ち負けにもこだわっちゃいない」
 ごく簡単に、彼はそう言った。
「‥‥その割には、今回は最初からやる気に見えますが?」
「そりゃそうさ。キミ達は僕を止めにきたんでしょう? なら振り払う火の粉は払わなきゃ」
 レオンロートの台詞にもすぐに返答しつつ、彼は次第に海へと近づいた。時々指で地面を指し示し、冒険者達の周囲にズゥンビを配置しながら。
「ところで、名前くらい教えとけよ。喧嘩売るのに困んだろーが」
 今度はサフィアが、伝法な口調で尋ねた。
「じゃなきゃ‥‥そうだな、ずっと性悪根暗黒猫付属品って呼び続けてやんぞコラ」
「はは‥‥それも困るけど、でも、悪くはないよ。面白いね、キミは」
 それを聞いて、軽く笑う若者。
「‥‥ちっ、こっちは面白くもなんともねーぜ」
 サフィアの方は嫌そうに顔をしかめる。
「捨てた名なら、私が拾ってあげるわよ☆」
 星奈も言ったが、やはり笑っただけで、返事はない。名を告げるつもりはないようだ。やはり、それこそ彼の言う通り、どこかに『捨てた』のだろう。
「‥‥君は一体何がしたい?」
 打って変わって、重い声と表情で奏が尋ねた。
「自分の強さは他人で測るものではない。測りたいのであれば、自ら冒険者になればよいであろう」
「冒険者、ねえ‥‥」
 奏の台詞に、また薄く笑う若者。
「僕の方こそ聞きたいな。冒険者なんて、なんの意味があるのさ? たかだか数Gの報酬と引き換えに命を張るような仕事もやる、割の合わない何でも屋じゃない。キミ達が欲しいのはお金? 功名心? どっちも下らないよ。自分の力は、自分のために、好きなように使えばいいじゃないか」
 言いながら、彼は海に突き出た桟橋のひとつへと進んでいく。そこには船がなく、7〜8mも進めば行き止まりだ。そして、彼はその行き止まりの手前まで来ると、海を背にして振り返る。
「‥‥僕に言わせれば、それをしないのは、単なる偽善者か、嘘つきか、あるいは馬鹿だね」
 微笑んだまま、若者はそう口にした。
「なるほど‥‥我々は馬鹿か」
 奏が、目をすっと細める。妙に低い声だ。
「‥‥自分の力を試す。以前あなたの目的は私達と同じだと言いましたね。しかし私達とはそこに至る過程も手段もまったく違います。一緒にされるのは酷く不愉快であり、心外です」
 シアンが、一歩前に進み出る。落ち着いているように見えるが、口調は断固としたものだ。
「そう、なら訂正するよ」
 軽く肩をすくめる若者。
 そして‥‥こう告げた。
「君達冒険者は、力の安売りをするのが取り得の、ただの道化者だね。確かに、僕とは違う」
「‥‥」
「‥‥」
 場に沈黙が降りる。
 若者の言葉は、明らかな挑発だったろう。それに乗る必要はない。
 冒険者達は、そう理解した。
 理解はしたが‥‥。
「ふざけるな‥‥てめー‥‥」
 奏が日本刀を構え、呟く。口調が変化していた。
「貴様と違って、俺は真の武を目指しているんでな、考え方が全然違うんだよ!」
 刃に炎がまといつき、照り返しを受けてか、彼の瞳が赤みを帯びる。バーニングソードの魔法だ。特に奏はこれを炎の牙と呼ぶ。
「‥‥」
 シアンもまた、オーラパワーを発動させていた。ただ、彼の場合は少々装備が重く、闘気魔法が効果を表すまでに時間を要する。
 黒衣の若者は‥‥手を軽く振っただけだ。ただし、それを受けて、緩やかな半円を描いて冒険者達を囲んでいたズゥンビ達が前進を始める。
「来いっ!」
 それには、ロングソードを構えたレオンロート。
「‥‥悪趣味だよな、ホント」
 舌打ちをしつつ剣を構えるサフィア。
「はいはい、そう言わないの。お仕事お仕事」
 彼に軽くウインクする星奈が並び、立ち塞がった。彼女の肩のあたりにいたシフールのアーシャ・レイレンが、星奈にレジストメンタルをかけると、ふわりと上空に飛び、黒衣の若者に目を向ける。あとは監視が役割だ。
 そして、動き出したのはズゥンビ達だけではなく‥‥。
 ──ひゅん。
 剣が振られ、殆ど手ごたえもなく、空中で蠢いていた何かを両断する。
「アタシはズゥンビが嫌いやねん。それを作り出すヤツはもっと嫌いや‥‥」
 ロングソードを振り抜いた姿勢のまま、ぽつりと漏らすクィー。
 海中から伸びてきたズゥンビジェリーフィッシュの触手が、湿った音を立てて彼女の足元に舞い落ちた。
 それを一瞬だけ悲しそうな顔で見つめたが、頭を一振りすると、すぐにいつもの表情になり、
「あんたたちのいるべき場所はここやない。元のとこに帰したる」
 さらに伸び上がってくる多数の触手に向かう。
 無論、クィーだけではない。
 マントの内側から先に重りを結びつけ、さらに数本をよじり合わせたロープを取り出したオイルがそれを取り出し、力の限りに触手へと振る。
 ぶん、と重い音を上げて半円を描いた軌跡に存在した触手はロープに絡み付き、勢いと重さによって次々にぶちぶちと千切れ、その場に汚れた粘液を撒き散らした。元々頑丈でもないクラゲの身体だが、ズゥンビ化によりさらに脆くなっているようだ。
「‥‥」
 オイルが目で合図を送ると、銛を手にした翠漣が水際へと走る。
「貴様等ごときに捕まるか!」
 後から後から触手は沸いてくるが、奏が側に付き、炎を放つ刀で薙ぎ払った。もちろんオイルも、クィーもいる。
「そこ!」
 水面から突き出ていたジェリーフィッシュの頭部に、銛を投擲する翠漣。十分近づけた事もあって狙いは外れず、ほぼ真ん中をぶち抜くと、銛は貫通して水中へと消えていく。
 が、相手はズゥンビだ。それでも残りの触手を伸ばしてくる。
「しつこいな、こいつら!」
「大丈夫」
 舌打ちする奏の隣で、さらに翠漣は手にしたものを放った。
 空中でぱっと広がったそれは、魚を捕るための投網だ。
 その場にいた2、3体の身体に被さり、動きを封じたと見るや、さらに新たな銛を投じる。銛にはロープが結ばれており、投じた後も回収可能だった。
 ‥‥かくて、ジェリーフィッシュは無力化されていく。

「はあっ!」
 迫ってくるズゥンビの手をオフシフトでかわすと、横合いから鮮やかな蹴りが飛ぶ。星奈の鳥爪撃だ。しなやかな身体から繰り出された一撃は見た目以上の破壊力を発揮し、首の骨を叩き折ると同時に、ズゥンビの身体を3メートルも後方に弾き飛ばし、建物の壁に激突させる。
 傍らでは、レオンロートとサフィアが、共にロングソードを手に、複数のズゥンビの相手をしていた。
 死人の動きは遅く、そしてやはり水死体なので強度がない。
 剣はたやすく腐った肉を切り裂き、骨を断つ。その度に臓物を撒き散らして崩れていく死人達。あたりはたちまち黒いタール状の血液で濡れ、凄惨な光景へと変わっていった。
「‥‥なんというか‥‥ひどいものですね、これは」
「‥‥つか、俺、水死体嫌いってか、海が嫌いになりそうだ」
 さすがに、男達もやりきれない顔をしている。囲まれさえしなければ、なんとかするだけの自信も技量もあるが、生理的な嫌悪感だけは‥‥やはりなかなか消えそうもなかったようだ。
 視覚的、嗅覚的、そして心情的にも最悪な戦いが、しばしの間続いた‥‥。

「やっぱりこの程度じゃ、複数の冒険者相手には通じないか‥‥手駒を考えないとだめだね」
 一方、次々に倒されていくズゥンビ達を見ながら、黒衣の若者はまるで人事のように淡々と呟いている。
「今回も様子見? いいわね〜気楽で。ま、いいけど。あまり一人で無茶しない方がいいわよ。人間が一番『怖い』んだから」
 星奈の声と共に、大きな水柱が上がった。鳥爪撃で弾き飛ばされたズゥンビが1体、海に叩き落されたのだ。
「ゆくぞ!」
 若者のいる桟橋に、黄安成が足を踏み入れる。
 その瞬間、桟橋の両側の海中から、残りのズゥンビの手と、ジェリーフィッシュの触手が一気に現れ、伸びてくる。あわよくばホールドで拘束の上、リードシンキングで意思を読もうという考えだったが、そう簡単には近づかせてはくれないようだ。すぐにブラックホーリーを放ちつつ一旦後退した。
「なるほど、自分自身を不利な水際に置いたのは、やっぱりこんな事ですか。けれど‥‥」
 翠漣の目が、傍らにいたリーベ・フェァリーレンに向く。
「わかった!」
 それだけで察した彼女が、直ちに魔法を発動させた。
 リーベの身体が淡い光に包まれると、黒衣の若者のいる桟橋の周囲の水位がみるみる下がっていく。マジカルエブタイドの魔法だ。
 あっという間に3mも下降した水面に、ズゥンビとジェリーフィッシュの身体が露わになると、そこに冒険者達の攻撃が集中した。
「これ以上の悲劇を食い止めるため、ここで倒させてもらいますよ!」
 そんな中、盾を前面に構えたシアンが、桟橋を一気に駆け、黒衣の若者へと向かう。
 生き残りのズゥンビが桟橋をよじ登り、掴みかかろうとしたが‥‥。
「邪魔をするならば、もろともに斬るのみ!」
 オーラパワーの力を秘めたジャイアントソードが、ぶん、と空気を鳴らして横薙ぎに振られる。腐った腕が、首が、ドス黒い血の糸を引いて夜空に跳んだ。
 巨剣の軌跡は、黒衣の若者の身体にも十分に届くかと思われたが、その僅かに前、
「ふふ‥‥」
 ためらいも見せず、彼は背後に飛び、水位の下がった海中へと身を躍らせる。水音が上がり、彼の身体は腰まで沈んだ。
「次は、キミ達向けの相手を用意するよ。正直、何度も邪魔されるのは、業腹だからね」
「ふざけんなてめー! 逃げられると思うな!」
 奏と、怒涛の勢いで服を脱ぎ去ったレオンロートが、若者を追って海中へと飛び込む。
「逃げる‥‥? ふふ、次の準備をしに行くだけさ。その気があるなら、すぐにまた会えるよ。僕と、そして新しいズゥンビ達にね‥‥」
「‥‥ズゥンビ作って悦に入ってるなんて‥‥悪趣味やなあ。友達少ないやろ?」
 クィーが挑発したが、彼は笑みを浮かべただけで、魔法を発動させた。
 黒い光が身体を包み、みるみる身体が変化していく。そのままあっという間に一匹の魚になると‥‥小さな水飛沫と共に、黒衣の若者は姿を消した。黒猫もまた、姿がない。
 ただちにリーベがパッドルワードで桟橋に残っていた水溜りに彼の行き先を尋ねたが、大まかな方向しかわからないようだった。とはいえ、それも情報は情報だ。
「‥‥必要も理由もなくただ力を試す者、か‥‥終わらせねばならんな、誰かが‥‥」
 物静かなオイルの、声。
 それは、この場にいる冒険者全ての代弁かもしれなかった‥‥。

■ END ■