【死を撒く者】滅びの館

■シリーズシナリオ


担当:U.C

対応レベル:2〜6lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 24 C

参加人数:8人

サポート参加人数:8人

冒険期間:09月26日〜10月02日

リプレイ公開日:2004年10月05日

●オープニング

「‥‥僕は‥‥死ぬ‥‥」
 暗い室内に、か細い声が響いた。
「ソノトオリダ、オマエハモウ、ナガクハナイ」
 もうひとつの声が、それを認める。
 どこか不自然な、たどたどしい響き‥‥。
 それもそうだろう。後から喋ったのは、黒豹の背中にコウモリの羽を生やした獣だ。
 正確には、その獣はこう呼ばれている。
 ──グリマルキン。
 黒の神聖魔法を使いこなす、魔生物である。
「ふふふ‥‥死ぬ、か‥‥いいけどね‥‥どうせ、生きるものはみんな、死ぬ‥‥違いは、早いか、遅いか‥‥それだけさ‥‥」
 最初の声の主は、低く笑っていた。薄汚れた床に横たわる、ひとつの人影‥‥。
 黒衣をまとった、まだ若い青年だった。名前は、誰も知らない。
 その顔は既に土気色であり、大きく切り裂かれた胸には、ドス黒く固まった血がこびりついている。最早出血するだけの血液が、彼の身体には残されていないようだ。死は、確実にそこまで迫っていた。
「あとは‥‥キミの好きにするといいよ‥‥死は、終わりじゃない。新たな始まりでもある‥‥そうだろ‥‥?」
 黒衣の若者の顔が倒れ、魔生物の方に向けられる。ただし、既に若者の瞳は、焦点が定まってはいなかった。おそらく、もう何も見えてはいまい。
「‥‥」
 グリマルキンは、何もこたえない。
「面白いだろう‥‥この世は‥‥? 僕みたいな極悪人と呼ばれる者もいれば、その僕を倒そうとする偽善者もいる‥‥そしてその両者は共に決してなくならないんだ‥‥あはは‥‥矛盾だらけさ、こんな世界‥‥こんな生物‥‥」
「‥‥‥‥」
 ひきつった笑いを浮かべる若者の顔をじっと見つめる、獣の黒い瞳。
「さあ‥‥あとは‥‥キミの好きに‥‥すると‥‥‥‥いい‥‥」
 もう一度そう言うと、若者の身体から力が抜ける。
 今、命の灯火がひとつ、この世から完全に消え去ったのだ。
 しかし‥‥。
「タシカニ‥‥オマエタチハ、オモシロイ‥‥」
 黒い獣が、ポツリと言う。と同時に紡がれる魔法の詠唱。
 その力が開放されると‥‥完全に生を失ったはずの若者の身体が、ピクリと動いた。
「ダカラ‥‥モット、モット、タノシマセテクレ‥‥」
 獣の言葉に同調するかのように、部屋がガタガタと揺れ、燭台や絵画がふわりと浮かんで飛び回る。
 暗い中には、4〜5体のズゥンビの姿も確認できた。
 そして‥‥その中に、今床から立ち上がった者も、新たな仲間として加わる。
 黒い獣の咆哮が、部屋の空気を震わせていた‥‥。


 ‥‥黒衣の若者が去っていった先が判明した。キャメロットより3日程行った森の中にある屋敷だ。ここは以前、貴族の別荘として使われていたそうなのだが、その貴族も没落して全てを失い、一族も全て死に絶えている。地元の者は、この屋敷を幽霊屋敷と呼んで、恐れているようだ。
 なんでも、噂によると、近づく者にはズゥンビが襲いかかり、家からは家具や石などがひとりでに動いて飛んでくるのだという。それが本当ならば、家には複数のズゥンビと、ポルターガイストがいるのだろう。それと、当然ながら黒衣の若者、そして猫もいる。
 猫に関しては、諸君等の報告から察するに、正体はデビルの一種であるグリマルキンであると思われる。通常の武器による攻撃が効かず、人語も解する魔生物だ。
 若者の方は、致命傷を負っている事が明らかなので、まず生きてはいないと予想できるが‥‥例え死したとしても、油断はできないだろう。グリマルキンは黒の神聖魔法のほぼ全てを使いこなす事ができ、その中には諸君等も知っての通り、死者を自由に操る魔法もあるからだ。
 ‥‥なんにせよ、これは放置できまい。
 ただちにこの廃屋敷に向かい、これらを打ち倒して欲しい。
 健闘を祈る。

●今回の参加者

 ea0018 オイル・ツァーン(26歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 ea0043 レオンロート・バルツァー(34歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 ea0385 クィー・メイフィールド(28歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea1749 夜桜 翠漣(32歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea3438 シアン・アズベルト(33歳・♂・パラディン・人間・イギリス王国)
 ea3449 風歌 星奈(30歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea4319 夜枝月 奏(32歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4600 サフィア・ラトグリフ(28歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

ローゼン・ヴァーンズ(ea0310)/ アーシャ・レイレン(ea1755)/ 大隈 えれーな(ea2929)/ 冬花 沙桜(ea3137)/ レイリー・ロンド(ea3982)/ アルヴィン・アトウッド(ea5541)/ 夜枝月 藍那(ea6237)/ 獅臥 柳明(ea6609

●リプレイ本文

「さあ、一気に行こか。ザコに構ってる時間はあらへんからな」
 クィー・メイフィールド(ea0385)が、クレイモアを構え、言った。
「‥‥」
 彼女に並び、無言でオイル・ツァーン(ea0018)も進み出る。マントの中の両手には、既にナイフが握られていた。
 彼等の前には、2体のズゥンビがいる。場所は森の中に立てられた館の正面だ。
 元は貴族の別荘だったらしいが、今はその主もこの世になく、長年放置されてきたらしい。古びた館の表面には蔦が絡み、以前は細かな手入れが行われていたと思える庭も、雑草の蹂躙になすがままになっている。
 そこに‥‥黒衣の若者と、猫が入っていったとの情報を受け、冒険者達はやって来たのだった。
 ‥‥決着を、つけるために。
 チラリと、クィーが横に視線を飛ばした。
 それで頷いたローゼン・ヴァーンズが、高笑いと共にウインドスラッシュを放つ。
 風の刃に続いて、オイルもまた、マントの裾を閃かせ、疾った。
 魔法の風がズゥンビを切り裂き、オイルのナイフが追い討ちをかける。
 もう一体のズゥンビには、疾走の術で機動力を高めた大隈えれーなが死角から襲いかかり、体勢が崩れた所でレイリー・ロンドがオーラパワー付きのロングソードで斬りかかる。そこに獅臥柳明も加わって、一気に相手を葬り去っていた。
 そして、屋敷のほぼ中央にある観音開きの扉めがけて、アルヴィン・アトウッドがウインドスラッシュを叩き込む。
 固く閉じられた木の表面に魔法が食い込むと、音と破片を上げてそれは吹き飛んだ。
 ぽっかりと姿を現す、屋敷内部への突入口。
 薄暗くてよくは分からないが、入ってすぐの所は、広い玄関ホールになっているようだった。
 ‥‥この中に、倒すべき相手がいる。
 冒険者達は、迷わずなだれ込もうとしたが‥‥。
「待って、何か来ます」
 夜桜翠漣(ea1749)の落ち着いた声で、足を止めた。
 屋敷の中で、何かがキラキラと、僅かに光を反射している。
 それを全員が視界に捉えた、と思った次の瞬間、
 ──ヒュヒュヒュン!
 空気を切り裂き、冒険者達へと向けて飛来する物体。
「!」
 前に出ていたオイル達が横に飛ぶ。
 シアン・アズベルト(ea3438)の掲げた盾の表面で、硬い音が連続した。
 夜枝月奏(ea4319)が、柳明から受け取った小太刀を一振りすると、キン、と澄んだ響きがして、足元の地面に小石が転がる。
「‥‥壁の破片、か。こっちはなんかの家具の一部みたいだ」
 サフィア・ラトグリフ(ea4600)が、周囲に散らばったそれらを見ていた。
「騒霊‥‥ポルターガイストの仕業、ですかね」
「ええ。まず、そうでしょう」
 レオンロート・バルツァー(ea0043)の言葉に、翠漣が頷く。
 話をしていても、冒険者達の目は屋敷の内部に向けられたままだ。再び、宙に無数の何かが浮かび上がり、ふわふわと揺れている。
「‥‥次が来ます」
 シアンが、盾を構え直した。
「さて、どうします?」
 奏が、誰にともなく尋ねる。
「‥‥言うたやん。雑魚にかまってる時間はない‥‥ちゅうか、もったいないて」
 クィーが、すぐに言った。
「ならば、手段はひとつ、ですね」
 ロングソードを構えるレオンロート。
「決まってるよな」
 サフィアも、レイピアを一振りする。
「‥‥」
 後は、喋る必要がなかった。
 再び唸りを上げて飛んで来た物に魔法を叩き込むと、総員が武器を手に、一斉に突っ込んでいく。
 嵐のような激しい突進で、本格的な戦いの幕が切って落とされた。

「‥‥どうやら始まったようね。さて、じゃあ少し面倒だけど、こちらも動きましょうか」
 同じ頃、その動きをやや離れた木陰で見つめる影がひとつ。
 誰にも気付かれず、姿を現したのは、風歌星奈(ea3449)だ。
 他の冒険者達が突入を図った正面玄関からかなり離れた屋敷の一角に素早く駆け寄ると、上を見上げて手を振った。
 すると、ちょうど星奈の頭上部分、屋敷2階に張り出したテラスから、ぱさりとロープが落ちてくる。
 そこには、シフールのアーシャ・レイレンがいた。
 彼女達は正面突入を避け、他の冒険者達とは別行動を取る事にしていたのだ。
 テラスの奥の部屋の安全は、既にアーシャが確かめてある。
 やがて、星奈が登り終えると、彼女達もまた、静かに屋敷内へと侵入していく。

「ぬぉぉっ!!」
 玄関から内部へと踏み込むと、待ち受けていたように、脇に置かれていた大きな戸棚が倒れかかってきた。が、気合と共に、レオンロートがそれをスマッシュの一撃で粉砕する。
 四方から飛んでくる破片や小さな家具調度類を一通り魔法と剣で叩き落すと、一旦飛来がピタリと止んだ。
 広いホールのほぼ中心‥‥冒険者達の正面で、4つの人影が揺れている。まるで来訪者を待ち受けるように‥‥。
「とんだ結末だな‥‥最期には自分まで死体かよ」
 顔を歪めて吐き捨てるサフィア。
 4体のズゥンビの中の1人は、黒衣を纏った若者であった。これまでに、彼らが何度も会い、戦ってきた相手だ。
「今の貴様に何を言っても始まるまい。だが‥‥哀れだな、これが力を求めた者の末路という訳か」
 レオンロートも彼へと振り返り、言った。
 無論、ズゥンビとなった若者には、その言葉は届かない。もう自分の意思など、残ってはいないのだから。
「‥‥今度こそ黒衣とデビルを倒し、この事件の決着をつけましょう」
 シアンが、大剣の切っ先をズゥンビ達へと突きつける。
 黒猫‥‥グリマルキンの姿はない。
 しかし、必ずどこかでこの様子を見つめているのだろう。
 そう確信させるだけの嫌な視線を、冒険者達は確かに感じていた‥‥。

 飛んできた置物を、冬花沙桜とレイリーが叩き落す。
 その方向を、翠漣が見定めていた。
「そっちの壁を攻撃して下さい」
 声に従い、アルヴィンが直ちにウインドスラッシュを放つ。
 真空の刃が壁に突き立ち、ザン、と大きな音が上がった。
 大きく抉られた壁の亀裂の中に、白い煙のようなものが渦巻いている。
「‥‥あれが奴の本体か」
 ナイフを手にしたオイルが迫る。飛来した石や木の破片は、それを投じて弾き落とした。
 するすると動いて上へと上がっていく壁の中の霧。その動作はかなり速い。
 しかし、
 空気が帯電し、一気に弾けた。
 天井部分に青白い火花が縦横に駆け抜ける。と同時に、高らかな笑い声。ローゼンが動きの先めがけてライトニングサンダーボルトを撃ったのだ。
 天井から白いもやみたいなものが染み出し、電撃の中でのたうち始める。
「効いているようですね。姿が見えているうちに、畳みかけましょう」
 翠漣のその言葉の直後、繰り出される複数の攻撃。
 アルヴィンの魔法が飛び、オイルからは奏から借り受けたシルバーナイフが放たれた。
 さらに、ローゼンの第2撃、ウインドスラッシュが天井に突き刺さると‥‥邪な霧は次第に動きを鈍くさせ‥‥やがて消えていく。

「邪魔や!」
 迫ってきたズゥンビに一撃を浴びせるクィー。
 と──その剣にかけられていたオーラパワーの効果がふいに消失した。
「なんや?」
 突然の事に、一旦攻撃を中断して後ろに下がる彼女。効果時間には、まだ余裕があったはずなのに、何故‥‥。
 原因は、すぐに知れた。
「‥‥ニュートラルマジックで、強化を無効化されたんですよ」
 代わりにシアンが進み出て、ズゥンビの頭部にジャイアントソードを叩きつける。
 その隣で、ライトニングアーマーの魔法をまとって他のズゥンビの相手をしていた柳明の身体からも、雷の光が消え失せていた。
 他のズゥンビが冒険者達に向かってくる中、黒衣のズゥンビだけが最初の位置から動いていない。魔法を発動させると、すぐにまた同じ魔法の詠唱と動作に入り‥‥それをただ機械的に繰り返している。唱えている魔法は、言うまでもなくニュートラルマジックだ。
「貴様ァ!!」
 ズゥンビの囲みを抜けたレオンロートが、一直線に若者へと向かったが‥‥。
「待て!」
 奏の静止の声と、レオンロートにかけられていたオーラパワーの効果がニュートラルマジックで無効化されるのがほぼ同時。
 そして、部屋の奥の暗がりから、もうひとつ、別の魔法が飛来した。
「うぉっ!?」
 魔法の光はレオンロートの胸のあたりに吸い込まれ、彼はその衝撃で立ち止まる。
 その隙にズゥンビが彼へと近づいたが、えれーなが割って入り、阻止した。
「くそ‥‥!」
 たいしたダメージではなかったようで、胸に穴の開いた服を破り捨てると、レオンロートは横に移動して距離を取る。
「‥‥黒幕のお出ましですね」
 暗がりの奥に目を凝らし、奏が呟いた。
 その中から、背中にコウモリの翼を生やした、異形の黒豹が進み出てくる。
 ‥‥グリマルキン。
 デビルの眷属にして、黒の神聖魔法の全てを使いこなす魔性の生物だ。
 配下のズゥンビ達を駒にして冒険者達の足を止め、ニュートラルマジックで強化も打ち消し、自らは離れた安全圏から魔法による攻撃を行う‥‥という考えなのだろう。冒険者達もそう読んだ。
「‥‥いけすかねえ野郎だ」
 サフィアが、悪魔の獣を睨む。表情にはありありと不快感が現れていた。
「無残なものだな‥‥」
 オイルは、黒衣の若者をじっと見ていた。
 その実力は、よく分かっている。だが、今は悪魔の命令の赴くまま、単に冒険者の力を削ぐだけの人形だ。
 とはいえ‥‥無論、過ぎた同情の念を抱く者はいない。
「楽しみのためだけにズゥンビを生み出してきたんや。まあ、好き放題してきたんやから、その姿も自業自得やろ。それに‥‥そろそろ年貢の納め時やで」
 クィーの剣には、翠漣が再びオーラパワーをかけていた。
「‥‥貴様の命脈を俺が断ち切る‥‥感謝するんだな」
 獅子の仮面の奥で、レオンロートが目を光らせる。
「人々を死人として来た報い。まさしく因果応報ですが、その姿はやはりあまりにも憐れです。黒衣の者よ、あなたに秩序ある終わりを与えましょう」
 シアンも、前に進み出た。
「あのふざけた猫野郎は任せたぜ」
 サフィアも、黒衣の若者しか見てはいない。
 自然と、オイルと奏が、グリマルキンに向き直った。
「兄さん負けないでね」
 藍那のグッドラックを受けた奏が、焔の牙‥‥バーニングソードを発動させる。
「では、決着をつけましょうか‥‥」
 翠漣は、やや後方についた。全体の支援と補助に回るようだ。
 それら全ての動きを見つめながら、グリマルキンは動かない。冒険者達の考えなど、全て見通している、とでもいう風に。
「行くぜ!」
 が、気にするのも面倒だ、とでもいう風に、まずはサフィアが動いた。
 たちまちニュートラルマジックが放たれ、翠漣が彼にかけたオーラパワーが無効化される。
 そして、続けざまにグリマルキンがブラックホーリーで狙い撃つ様子を見せたが‥‥。
「させないわよ!」
 2階に隠れ、タイミングを見計らっていた星奈が、黒い獣の背後に降り立ってきた。
 そちらに振り向いたグリマルキンが、彼女に向かって魔法を放つ。
「おっと!」
 間一髪、ホールに置かれていた彫像の影に飛び込む事で星奈は避けた。あらかじめ、着地点の回りの状況も考慮に入れていたようだ。
 これで生じた僅かの隙に、ズゥンビへと向かった冒険者達は一気に勝負をつけていた。
「食らえ! 元根暗黒服野郎ッ!!」
 サフィアのレイピアが黒衣の腹を貫き、背中へと抜けた。
 が、それでも呪文の詠唱を続けるズゥンビの若者に無性に腹が立ち、力任せに横に凪ぐ。もはやそれは、レイピアの使い方ではない。
「アンタはもう死んでるんや。大人しく眠っとれ。それが‥‥死者のあるべき姿や」
「受け取れ!! これが貴様に殺されて行った者達の怨みの一撃だー!!」
 クィーのクレイモアとレオンロートのロングソードが唸り、目標を深く切り裂いた。
 片腕が落ち、脇腹から黒く変色した血液がどろりと流れ出す。
 避けようという素振りすらなく、そして‥‥若者の詠唱も止まらない。
「‥‥」
 もはやかける言葉すらなく、最後はシアンがスマッシュEXで大上段から斬り伏せた。
 詠唱の声が途切れ、地面に重い物が崩れ落ちる音‥‥。
「全てを捨てているのに力だけは求める‥‥とても興味があったのですが残念ですね」
 完全に動かなくなった骸に目をやり、翠漣がポツリと呟いていた。
「つぁぁっ!!」
 気合が迸り、炎を帯びた小太刀が一閃する。
 が、黒豹は奏の斬撃を空中に跳ねてかわすと、そのまま空中へと逃れた。オイルがナイフを投げて後を追ったが、それもヒラリと避けられる。
「てめー! 降りて来い!!」
 怒鳴る、奏。しかし、相手はそんな事を聞くはずもない。
 アーシャがムーンアローを放ったが、何のダメージもなかった。
 元々魔法抵抗が強い上、完全魔法防御のレジストマジックを使用したようだ。ただし、これは100%の魔法防御効果と引き換えに、使用した者もまた、魔法が使用できなくなる。
「‥‥逃げる気だな」
 僅かに眉を潜めたオイルが、相手の意図を見抜いていた。
 天井近くまで飛ぶと、そのまま屋敷の奥に消えようとする黒豹。その飛行速度はシフールよりもずっと速く、今いる冒険者達の中には、空中を高速で移動する相手を魔法以外の手段で攻撃できる者がいない。そこまで見抜いての判断だろう。
「逃げる前に教えてくれない? 教えてくれたら私は追いかけないからさ‥‥彼の名前、あなたは知っているんでしょ?」
 星奈が、声をかけた。
「どうして、おまえはあいつを選んだ。あいつは何を望んで‥‥願って、おまえを選んだ!?」
 サフィアも、問う。
 黒い魔物は止まらず、屋敷の中にわだかまる闇の中に消えていく。
 ‥‥やや間を置いて、こんな声のみが返ってきた。
「ソノオトコハ、スベテノハメツヲネガッタ‥‥ミズカラヲフクメタ、スベテノホロビヲ‥‥ジブンハ、ソノハナシニキョウミヲモッタダケニスギナイ‥‥ナマエナド、シラナイ‥‥」
 たどたどしい響きは、まるでこの朽ちた館自体が喋っているような錯覚さえ感じさせる。
「オマエタチハ、ツヨイ‥‥ダガ、ツヨサノハテニハ、タニンヲ、セカイヲ、ジブンジシンサエコロシテシマウホドノ、ホロビガアル‥‥ダカラ、オマエタチハオモシロイ‥‥」
 ‥‥そこで声は途切れ、後は何も聞こえてはこなかった。
 残されたのは、死と、破壊の爪痕のみ‥‥。
 冒険者達は、黒衣の若者を埋葬すると、言葉少なにこの場を後にしたようだ。
 自分達の力は、強さは、決してあのデビルが言ったようなものではないと、信じながら。
 それでも、心のどこかで、その言葉の意味を考えさせられながら‥‥。

■ END ■