●リプレイ本文
「リ・ルだ。リルでいい。仇を討ちたい気持ちは察するに余りあるが、こんな前哨戦で命を落しては元も子もない。お互い協力して、まずは道を拓こう」
現場に到着すると、リ・ル(ea3888)が、そう声をかけた。
「‥‥」
視線の先にいる人物は、リルにチラリと目を向けると、
「仕事に入る前に、ひとつだけ言っておくわ」
良く通る声で、言う。今回の依頼人であり、ラウラと名乗った少女である。名前を皆に告げた以外は、今までずっと沈黙を通していた。どこか近寄り難い‥‥というより、近寄るな、と言外に言っているような雰囲気を身体に纏っている。そんな少女だ。
「あたしはあたしのやりたいようにやる。指図は一切受けない。あんた達の仕事は、ここを仕切っている盗賊の親玉の前に、何があろうとあたしを連れて行くことよ。依頼人が誰かって事を、忘れないで」
無表情に、平然とそんな言葉を言ってのけた。
「‥‥」
面と向かってきっぱりそう告げられたリルは、思わず面食らい、隣のボルジャー・タックワイズと顔を見合わせる。2人共、同じような表情だ。鳩が豆鉄砲、という奴である。
「なんていうか‥‥可愛い顔してるのに、可愛くない事言うコね‥‥」
小声で素直な感想を述べる九重玉藻(ea3117)。
「はっはっは。いいねえ。俺は好きだぜ、そういうはっきりモノを言う女の子は」
「‥‥そんな」
少女の言葉をエルドリエル・エヴァンス(ea5892)に通訳されたルクス・ウィンディード(ea0393)は、声をあげて笑い出す。明らかに面白がっているようだ。隣で困った顔をするエルドリエルとは好対照である。
「率直に意見を言ってもらえるのはある意味ありがたいが‥‥先が思いやられる事は確かだな」
スピア・アルカード(ea2096)はそう呟き、
「‥‥」
「‥‥」
エイス・カルトヘーゲル(ea1143)と、ナラク・クリアスカイ(ea2462)は、共に無言だった。
ただ、エイスの方は若干不安そうな表情を浮かべたのだが、ナラクの方は眉一筋動いていない。仮面の下の瞳は、涼しい色を浮かべたままだ。
「なるほどな。よくわかった。それじゃあ‥‥」
と、リルはすぐに気を取り戻したようだったが、ふと顔に笑みを浮かべ、
「別の提案だ。俺達と模擬戦をしてくれ」
そう、言った。俺達、とは、リル自身と、隣のボルジャーの2人のようだ。
「‥‥」
少女は何もこたえず、またじっとリルに目を向けた。表情に変化はない。
「そっちの動きを知る為と、あとはこっちの実力も見ておいた方がいいだろうと思ってね。作戦をより確実に遂行するためにも、ぜひ協力してくれ」
リルもまた、物怖じせずにそう告げる。笑顔を浮かべた顔から察するに、悪気や他意はないのだろう。純粋に言葉通りの意思だと思われた。
他の面々は、てっきりこのような誘いなど、少女は断るだろうと踏んだようだが‥‥。
「‥‥いいわ」
あっさりと、彼女は頷いていた。
しかし、
「確かに、そっちの実力を知っておいた方がいいわね。足手纏いはいらないから。それを判断させてもらうわ。手加減はしないわよ。もし怪我をしたら、とっとと帰ってもらうけど、それでもいい?」
ニコリともせず、そんな台詞を口にする。
「おう、望む所だぜ!」
男2人に、異存はないようだった。こちらはむしろ喜んでいるようにも見える。
「ちょ、ちょっと‥‥何言ってるの!」
エルドリエルが、少々慌てた声を出した。
「だがまあ、どちらの言い分にも一理ある」
「そうだな。ギルドは彼女の腕を保証したようだが、実際に我々が見たわけではない。戦いに赴く前に確認するのは悪い事ではないだろう」
スピアとナラクは、そんな事を言って静観の構えだ。
「けど、もし本当に怪我でもしたら‥‥それに女の子1人に男2人がかりっていうのは、訓練だとしてもちょっとどうかと思うけど‥‥」
と、エルドリエルは乗り気ではない様子である。むしろそれが普通の反応と言えるだろう。
「ほんとうに‥‥とめなくて‥‥いい、のか‥‥?」
エイスも仲間へと尋ねていた。
「おそらくは、な。ああ言っても、リル達は手加減はするだろう。少女の方はわからんが」
「それに、行き過ぎるようなら、その時に我々で止めればいいだけの話だ」
あくまでも淡々としているスピア、及びナラク。ただし、既に体の力を抜き、いつでも動けるような態勢だ。万が一の際は、やはり割って入るつもりなのだろう。
「面白くなってきやがった。ま、どっちもがんばりな」
ルクスも止める気はまったくないようで、
「‥‥まったく、戦い好きは長生きできないわよ‥‥」
玉藻はもう諦めた様子だ。
「じゃあ、早速始めましょうか。準備はいいの?」
「ああ、バッチリだ」
リルとボルジャー、そして少女──ラウラが向かい合っていた。その距離はおよそ5mといった所だろうか。どちらも自然体で立ち、武器はまだ抜いていない。
「もう一度言うけど、手加減はしないわ。それでもいいのね?」
「構わないぜ、男に二言はないからな」
「‥‥そう。わかったわ」
「はは、どっからでも来て──」
‥‥いいぜ、と言い掛けたリルの口が止まった。少女の姿が僅かに霞んだ、と思ったら、自分のすぐ脇にいる。
「うぉぁっ!?」
思わず上がる驚きの声。が、それよりも早く、身体に染み付いた戦士の勘が反応し、身を捻りざま、横にステップした。
──ヒュン!
僅かに遅れて、自分のいた空間を何かが過ぎていく。少女の手だ。それには30cmほどの短剣が握られていた。いつ抜いたのか、よくわからない。
入れ替わる形で、今度はボルジャーがショートソードを手に少女に迫る。
──キィン。
今度は美しい音がした。鋼と鋼、刃と刃が噛み合い、互いの動きが止まる。
「‥‥なるほど、確かにこりゃ手加減なしだ。面白い!」
ニヤリと笑うと、リルもロングソードを抜き放つ。ふつふつと、身体の底から何か熱いものが沸いてくる感覚。思わず訓練である事を忘れてしまいそうだ。
「行くぞ!」
声を出し、リルもまた、剣戟を繰り返す少女とボルジャーの元へと走った‥‥。
「ふむ‥‥言うだけの事はある」
模擬戦の様子をじっと見つめ、ふと呟くスピア。
「あの女の子が? それともリル達が?」
玉藻が聞くと、
「さんにん、とも‥‥だな‥‥」
エイスが、言った。
「もう‥‥本当に怪我したらどうするつもりなんだか‥‥」
エルドリエルは気が気ではないようだ。
「いや、それはないな」
相変わらず落ち着いた声は、ナラク。
「3人共、ギリギリの所で決定打を決める事は避けているようだ。殺気もない。当たれば確かに無事では済まないだろうが、気を抜かなければ当たるまい」
「気が抜けたら‥‥どうするの?」
「戦いの最中に集中力が切れるようでは、プロではないさ」
スピアがさも当然のように言った。
「はぁ‥‥」
それを聞いてため息をつくエルドリエルだ。そんなものなのかな、と思う反面、やっぱりよくわからないような‥‥。
「いいぞ! そこだ! 野郎なんぞ畳んじまえ!!」
ルクスはルクスで、笑顔で少女を応援していた。
と──。
空より急降下してきた1羽の鷹が、戦う3人の脇を掠めて岩の上に降り立った。すると、とたんにその輪郭が崩れ始め、膨らみ、人間の姿に変化していく。
「‥‥ふう」
やがて完全に姿を変え、小さく息を吐いたのは、エヴィン・アグリッド(ea3647)であった。ミミクリーの魔法で変化していたのだ。
「ご苦労様。そっちはどうだったの?」
と、玉藻が声をかける。エヴィンは彼女へと振り返り、
「奴等が防衛線を張っている場所を見つけた」
そう、こたえる。
「で、陣容は? 相手に何か動きはあるか?」
スピアが問うと、エヴィンは頷き、
「今から説明する。それより‥‥」
ふと、武器を抜いた3人へと目をやった。
「‥‥何か問題でもあったのか?」
「いや、単なる訓練だ。問題ない」
すぐに、ナラクが平然と言う。
「訓練、ねぇ‥‥」
エルドリエルが呟いたが、無論、それ以上は何も口にしなかった。
「どうやらここまでだな。で、どうだ、俺達の腕前は?」
動きを止め、剣の構えを解くリル。
「‥‥」
少女も無言で短剣を腰の鞘に戻すと、彼に背を向ける。
ややあって、言った。
「‥‥まあ、その位なら合格ね。でも、首領の人狼はあたしよりも速いし、残忍で、狡猾な奴よ。隙を見せたら命はない‥‥それは覚悟しておく事ね」
「そうか、強いんだな」
少女の言葉にも、リルはむしろやる気を見せて不敵に笑う。
「‥‥」
ラウラはそれ以上2人に言葉をかけず、近くの岩に寄りかかると、じっと俯いた。雰囲気は相変わらず『あたしに近寄るな』と言外に言っているようだ。
「あの子‥‥」
その姿をじっと見ながら、玉藻がふと眉を潜める。
先ほど人狼の事を口にした時、言葉の端に何かとても冷たく、強い意志を感じたような気がする。
それが何かは分からないが‥‥なんとなく放っておけなかった。
「あなた、敵討ちの相手は今回の敵だけじゃないんだから、気をつけるのよ」
そう、声をかけてみたが、
「余計なお世話だ。あたしの事より、自分の事を心配する方がいい」
返ってくるのは、そんな可愛さの欠片もない言葉だ。とりつく島もない。
「いや、まったくたいしたもんだ。あらためてよろしく頼むぜ。パートナーとしてな」
ルクスもさりげない微笑でそんな事を言いつつ近づいたが‥‥ゲルマン語が通じなかったせいもあってか、頭から無視されていた。
‥‥エヴィンの説明によると、賊の一党はここより1km程谷を遡った所に居を据えているとの事だった。
そこは川の中に大きな朽木が倒れており、自然の橋のようになっているという。それを渡ってどちらの川原にも行けるため、守るには都合がよいのだろう。あとは情報の通り、ジャイアントの戦士らしいのが2人と、コボルト7、8体の姿が確認できたようだ。
「一応、今も向こうにはニューラが残ってくれてる。何かあったらすぐに飛んでくるだろう」
と、最後に彼は付け加えた。
ちなみにニューラはシフールだ。エヴィンはミミクリーの魔法の効果が切れる前に戻ってこなくてはならないので、あまり長時間の偵察はできない。
「なるほど。まあ、予想の範囲内だな」
もたらされた情報を聞き終えて、スピアが言った。
「そうだな。向こうが全員同じ場所に固まっているなら、問題ない」
リルも頷く。
「いく、か‥‥」
エイスが谷の先へと目をやった。これから一戦を交える事になる相手の待つ方向へと。
既に彼らは攻め方を打ち合わせており、それを実行に移すだけだ。新たに話し合う事もない。
「‥‥」
少女も無言で、歩き出した。
相変わらず無表情のまま、先頭に立って。冒険者達を促すとか、待つ様子すらない。
彼女は冒険者達があらかじめ決めてきた方策など何ひとつ知らないのだが‥‥聞こうとする意思すらないようだ。
「ついて来いって事かな。はは、格好良いねえ」
ルクスが惚れ惚れしたように言って、後に続く。
「‥‥さてはて、どうなる事やら」
「なるようになる。ならなくとも、最善を尽くせば後悔はしないものだ」
「だといいけどね」
達観したようなナラクの台詞に、うっすら微笑む玉藻であった。
‥‥15分程で、賊が見える位置まで来た。
エヴィンの情報通り、川には大きな朽木の倒木があり、橋となっている。その周囲で、人影が動いていた。ジャイアントは川を挟んで倒木の近くに1人づつ。コボルドも大体半々に分かれているようだ。その配置を、岩陰に潜んだ冒険者達が息を潜めて確かめている。
と──。
「コボルト‥‥くる」
エイスが、そっと声を出した。
その台詞の通り、見回りとおぼしきコボルトが、並んでまっすぐにこちらへと近づいてくる。
「‥‥どうする?」
エルドリエルが仲間に尋ねると‥‥。
「‥‥」
無言で、少女が動いた。
「ちょ、ちょっと!」
岩陰から岩陰へと足音も立てずに動き、こちらからコボルトに近づいていく。エルドリエルが慌てた声を出したが、当然のように無視だ。
「‥‥まったく、困ったお姫様よね」
「姫を守るのはナイトの勤めだ。私も行かせてもらう」
ため息混じりの玉藻と、スピアがただちに後を追った。
「持っていけ」
その彼らに、ナラクが手持ちのリカバーポーションを放る。万が一の場合の保険だ。
「よし、俺もだ!」
やや遅れて、リルとボルジャー。
「さて、と‥‥」
それを見送りながら、ルクスは空魔玲璽と頷き合い、皆とは違う方向に向かった。彼等の襲撃目標は別にある。
「いよいよね」
「怪我をしたり毒を受けたら、私に言って下さいね〜」
エルドリエルの隣で、エルミーシャ・メリルが笑顔で手を振っていた。彼らは後方からの魔法担当だ。
「じゅんび‥‥よし‥‥」
同じく魔法担当のエイスが、腰にぶら下げた袋の中身を確かめ、頷いていた。
かくて──戦いが始まる。
地を蹴り、岩を踏み台にして少女が跳んだ。
──ゴァッ!?
目の前に突然現れた人の姿に、2体のコボルトは驚きの声を上げたが、その時にはもう、ラウラは彼らの頭上を飛び越えて背後に着地、身を捻って反転すると、間を置かずにコボルド達へと向かって突っ込んだ。右手には既に短剣が握られている。
ドドッ、と肉を打つ音が連続した。
1体は少女の拳を顔面に受けて張り倒され、もう1体は足払いでその場に転倒させられる。剣を振る暇すら与えない、風のような襲撃と攻撃だ。
──グ‥‥ガ‥‥ッ!
くぐもった声を上げつつ、コボルトが起き上がろうとする。1体だけだ。顔面を殴られた方は脳震盪でも起こしたらしい。完全に昏倒している。
が、やっぱりそいつも、剣を構えるどころか、立ち上がる事すら許してはもらえなかった。
「‥‥いいから寝ていろ」
ごっ、と後頭部に誰かの足が叩き込まれる。情け容赦が微塵も感じられない蹴りだ。
背後からの新たな人物の接近にまったく気付いてはいなかったコボルトはそれをまともにくらい。悲鳴も上げる事なく、白目を剥いて派手に地に転がる。
「うわ〜、なんか可哀相かも」
見ていた玉藻が、そんな事を口にした。
蹴った当人──スピアはじっとラウラに目を向けている。少々厳しい目つきだった。
「ムチャをするな。敵はコイツ等だけじゃないんだ」
そう告げると、ラウラはスピアへと振り返り、
「無茶なんかしてないわ。この程度の相手なら、する必要もないし」
淡々とした口調で、そう返してくる。
「ほう、たいした自信だな」
「自信じゃなくて、事実よ。ただのコボルトなんかに、あたしを殺す事はできないわ‥‥絶対に」
「‥‥」
はっきりと言い切る少女に、スピアがやや眉を潜める。そんな自信が、果たしてどこから来るのか‥‥? コボルト達の持つ毒の剣は、威力こそ低いかもしれないが、囲まれて一斉に切り付けられでもしたら、余程の達人でも避けられまい。そして一度攻撃を身に受けたら最後、じわじわと毒で弱り、あとは嬲り殺しが待っている。
この少女、ラウラにはそんな簡単な想像すらつかないのか‥‥? 先ほど見せてもらった彼女の腕前は、確かに手練れのそれだった。ならば、考えが及ばないはずがないと思うのだが‥‥。
スピアには、わからなかった。今は、まだ‥‥。
「残りが団体さんで来るわよ!」
玉藻の声が飛ぶ。
今の騒ぎで、さすがに冒険者達の存在に気付いたコボルト達と、剣と盾を構えたジャイアントがこちらに向かって来ていた。
「さて、じゃあここからが本番ね」
エルドリエルが、すっと前に進み出る。
こちらももちろん、他の顔ぶれが揃っていた。
「始まったな‥‥」
物陰に潜んでいたエヴィンが、慌ただしく動き始めた賊の動きを見て、仲間の襲撃が開始された事を悟った。
彼はあれから、再びミミクリーで鷹に変化し、先回りの上、他の面々とは反対側の川原の上流に移動し、待機していたのだ。
「俺達も出るぞ」
「あい! りょうかいなのですー!」
ニューラ・ナハトファルターが、自前の羽を羽ばたかせ、ふわりと浮かび上がった。
「まあ、そこそこにな。俺もお前も、こんなところで死んだらつまらん‥‥」
そう言うと、マントをばさりと閃かせるエヴィン。
次の瞬間、彼の身体を魔法の光が包み込み、みるみる体の輪郭が変化した。本日3度目のミミクリー。変身した姿は‥‥狼だ。
「よーし、突撃なのですー!」
ニューラの元気な声と、エヴィンの咆哮が響き渡る。
それを聞いて、朽木の橋を渡りかけていたもう一人のジャイアント戦士とコボルト4体の動きが止まる。
「ええい! こっちにもいやがったか! お前とお前はこのまま向こうに行け! 残りは戻るぞ! 付いて来い!」
身振りでコボルド達に指示すると、ジャイアントが2体のコボルトを引き連れ、踵を返した。
「暑中御見舞いに一撃あげるわね。受け取って!」
迫り来るコボルト達に向かって、手を一閃させるエルドリエル。
既に呪文の詠唱は終わっており、瞬時に解き放たれた魔力が、彼女の意思に従って破壊の力を形成した。
それは、凍える風雪の嵐。アイスブリザード。
吹き荒れる雪と、身を切る冷たさを持った風が、優秀な猟犬となってコボルト達に襲いかかる。
──グァッ!?
たまらず、犬頭達の足が止まった。
「まだまだ‥‥だ‥‥」
そこに、エイスのウォーターボム。
「‥‥」
ナラクのディストロイが連続で撃ち込まれ、先頭の2体をその場に崩れさせる。
そして、
「邪魔だ! どけどけぇー!」
ロングソードを抜き放ったリル、ボルジャー、やや遅れてスピアが突っ込んだ。
少女は‥‥そこらじゅうに転がる大岩の上を次々に飛び、コボルト集団の横へと回り込んでいく。
「あの動き、まるで野生の獣のようだな」
先ほど倒れたコボルトに、着実にまたディストロイを当てつつ、ナラクが横目で彼女の動きを追っていた。
「こ‥‥の‥‥!」
もう一体が起き上がったが、そちらの顔には呪文の詠唱を中断したエイスがすぐ側まで駆け寄り、腰に吊るした皮袋を顔面に叩きつける。中身は塩だった。たちまちそれが目に入り、コボルトが悲鳴を上げた所で、
「避けて!」
エルドリエルがエイスに声をかけつつ、ウオーターボム。
魔法の水球は狙い通り、脇に退いたエイスを掠めてコボルトの胸に炸裂。大きく弾き飛ばし、急流へと放り込んでいた。
「‥‥うむ、お見事」
そこに、ナラクも歩いてくる。手にはコボルトが持っていた剣を携えていた。どうやらそちらも片付いたらしい。
「いるか?」
と、手にしたものをエイスに差し出したが、
「‥‥しゅみ‥‥が‥‥わるい‥‥」
じっと剣を見た後、彼は首を横に振る。
まあ、それもそうだろう。
所々サビが浮いている上に、刃こぼれもおびただしいボロボロの剣だ。うっすらと濡れているのは、表面に毒が塗られているからだが‥‥それを考慮に入れたとしても、武器としては3流だろう。
「だろうな。私もそう思う」
ナラクも簡単に言うと、あっさりとそれを川へと投げ、捨てていた。
‥‥なら、なんで‥‥きく‥‥?
とか思ったエイスだったが、ナラクは真面目そのものの顔をしていたので、やめておいたようだ。
ライトの魔法を抱えたニューラがコボルトの周囲を飛び、注意を引いたところで、狼に変じたエヴィンが死角から飛びかかり、首に噛み付いて押し倒した。
が‥‥。
「ナメんじゃねえぞこの野郎!!」
蛮声と共に振り下ろされる巨大な刃。
一瞬早くエヴィンの狼は飛び退いたが、下のコボルトは間に合わなかった。
ゴン、と腹に響く音がして地面が揺れ、赤いものが周囲に飛び散る。
「ち、外したか」
ジャイアントの大男が、コボルトを粉砕した武器を地面から引き抜く。両手持ちの大型戦斧だ。しかも今の威力をみると、スマッシュのCOが込められていたと見える。
「‥‥仲間でも容赦なしか。やってくれる」
距離を置いて魔法を解き、ヒトの姿に戻ったエヴィンが僅かに顔をしかめ、言った。
「仲間だぁ? へっ、こいつらは獣と一緒だ。自分達より強い者に適当にエサを与えられて頭を撫でられれば、命令を聞くようになるのさ。それだけだぜ」
「ほう、なるほど」
エヴィンは、静かにこう言ってやった。
「それじゃあ、お前等と一緒だな」
「なんだと?」
「お前等も、人狼に飼われてるそうじゃないか。やっぱりエサを与えられて、頭も撫でられているのか? まあ、大方そんな所だろうな。いかにも頭が悪そうな獣面だ」
「‥‥」
真正面から投げつけられた言葉に、大男の目が吊り上がり、顔全体がみるみる赤くなっていく。
「てめえら! バラバラにしてやるぜ!!」
鼓膜を揺るがす大音声を放ちつつ、戦斧を振りかざして突進してくるジャイアント。
「きゃー怒ってますー!!」
「援護を頼むぞ!」
悲鳴を上げるニューラから離れつつ、エヴィンは魔法を発動させる。またもミミクリー。しかし、今度は変身のために用いるのではなく‥‥。
「武器なら、こちらの方が間合いが広いぞ!」
「なにっ!?」
クルスロングソードを握ったエヴィンの腕が、ぐん、と一気に伸びる。ミミクリーの違った利用法である。伸ばせる距離は、最大でおよそ6メートルだ。
「そっちこそ舐めんじゃねえ!!」
が、ジャイアントも負けてはいない。
間合いはこちらが上だが、手数は同等、パワーは向こうが遥かに勝る。
ニューラがサンレーザーを撃とうとしたが、
「余計な真似すんじゃねえ! カトンボが!!」
呪文の詠唱に入ったニューラを見て、エヴィンの相手を残りのコボルトに任せ、大男は骸と化した方のコボルトの体を無造作に掴み上げると、ニューラへと向かって放り投げる。
「にゃぁぁぁああぁぁあ〜〜〜!?」
自分へと向かって飛んできた血まみれでズタズタな死体に、悲鳴を上げるニューラ。当然呪文は中断された。
「覚悟しやがれ!!」
「くっ!?」
そして、コボルトと大男が、怒涛のラッシュをかけてくる。間合いをいくら広げようと、手数がついていかなければ意味がない。瞬く間に劣勢になり、エヴィンの剣が大きく弾かれて宙に舞った。
「いいザマだな! さっきの威勢はどこに行った!」
それを見て、勝利を確信した大男だったが‥‥。
「‥‥やはり頭の中身は獣並みだな。状況も読めないと見える」
「なに‥‥?」
腕を普通の長さに戻したエヴィンは、平然としていた。
彼の言葉の意味は、すぐに知れる。
「はは、どうやらいい場面に間に合ったようだぜ」
「‥‥!?」
不意に聞こえてきた新たな声に、大男は愕然と振り返った。
「よう」
そこには、笑顔で手を上げるルクスがいる。彼は向こうの仲間と離れ、身を隠して気付かれないように、密かに朽木の橋を渡ってこちらに来ていたのである。
「うおおおおお!」
もう1人、空魔も一緒だった。裂帛の気合と共に地を駆け、一気に迫ると、ストライクのCOを込めたナックルを叩き込む。
「なんのぉー!」
それを戦斧の柄で受ける大男。ギィン、と金属音が上がり、火花が散る。
両者の戦いに気を取られたコボルトの胸を、再び腕を伸ばして拾い上げられたエヴィンの剣が貫いた。
「こ、今度こそー!」
ニューラの放ったサンレーザーが、大男の背中を焼く。
「ぐぁっ!?」
大男から力が抜けたその瞬間、空魔が牛角拳を胸に叩き込んだ。
骨が砕ける鈍い音と共に、数十センチ程宙に浮くジャイアントの巨体。
「久し振りの戦闘だ‥‥楽しもうぜ!」
最後に控えていたのは、ロングスピアを構えたルクスだった。足場が悪く、チャージングは使えなかったが、それでも十分に武器はその役目を果たし‥‥大男の胸を貫くと、衝撃で川へと弾き飛ばしたのである。
「お行きなさい! エリザベス!」
コボルト達と戦闘を繰り広げる場に、玉藻がいきなり高笑いをしながら走り込んできたかと思うと、一際大きな岩の上に立ち、ジャイアントを指差して叫んでいた。
次の刹那、彼女の体からぼん、と煙が立ち昇り、目の前に巨大なガマが召喚される。大ガマの術で呼び出されたこの使い魔こそ、彼女の言うエリザベスらしい。
ゲェコ、と鳴くと、間にいたコボルト達を跳ね飛ばしつつ前進、まっすぐにジャイアントへと向かうエリザベス。
「‥‥怪しい術使いやがって!」
舌打ちしつつ、大男が盾を構える。コボルト達が次々に倒され、もう1人の仲間のジャイアントも川に落ちるのを見た彼は、既に撤退を考えていた。が、それができるかどうか‥‥。
エリザベスの前足による一撃を盾で受ける、と見せかけて素早く横にステップしてかわしてみせた。オフシフトのCOだ。
続けざまに、今度は少女が襲いかかった。右手の短剣に加えて、さらにもう一本、腰から短剣を抜き、左手に構えている。目にも鮮やかな蒼い刀身の、美しい剣だ。
「‥‥ほう」
ナラクが、瞳を細める。
蒼い光と銀の光が流れ、2連続の斬撃が打ち込まれた。ギン、と硬い音がして、これは盾と兜で弾かれる。今度はダブルブロックのCOを使用したらしい。
「食らえ!」
着地したラウラへと向けて、大男が反撃の剣を打ち込んだが、
「この娘はやらせんよ!」
飛び出してきたリルが、同じダブルブロックでそれを受け止めていた。
「‥‥あんた、リルって言ったわね」
「ああ、そうだ」
「今の、十分避けられたわよ。無駄な事しないで」
「そりゃ失礼したな!」
礼でも言われるかと思ったのだが、まるで冷たい声に思わず苦笑する。
「くっ!」
剣を引き、下がるジャイアント。チラリと背後に目をやると。
「‥‥逃げるつもりだな? だがそうはいかない」
既にスピアが回り込んでいた。
他は、リル、ラウラ、そしてエリザベスによって囲まれ、退路は完全に断たれている。
「ジャイアントの戦士が強いか、パラの戦士が強いか勝負!」
ボルジャーが前に進み出ると、
「舐めるなこのチビがぁーーー!!」
追い詰められ、逆上した大男が盾を捨て、剣を振りかぶって向かってきた。
が、ボルジャーも一歩も引かずに迎え撃つ。
「少しの間だけでいい、ジャイアントを足止めしておいて!」
スピアが声を上げると、やや後方のエイスとエルドリエルが頷いた。
‥‥いくらジャイアントでも多勢に無勢だったろう。
既に、勝敗は決していたのである‥‥。
「パラッパパラッパ! おいらはパラさ!」
少々調子の外れた声でボルジャーが歌い、踊っていた。ジャイアントを倒した勝利の歌と踊りらしい。
そのずっと後方で‥‥。
「本当に仇を討ちたいなら、こんな所で無茶をしてはいけない。君が追い求めている相手は‥‥この先の高みにいるのだろう?」
ふと、ナラクが少女に言った。
返事など期待しない、独り言のようなものだったのだが‥‥。
「‥‥あんた達、揃いも揃って似たような事を言うのね」
やや間を置いて、ふと口を開くラウラ。
「あたしの事は必要以上に構わないで。それが、あんた達のためでもあるから」
「どういう意味だ、それは」
「さてね‥‥言葉通りよ」
‥‥それ以上、ラウラは何も言わなかったし、ナラクも聞かなかった。
戦いの後の、奇妙な沈黙があたりを支配する。
が‥‥その時。
「死にやがれ!!」
「!!」
倒した、と思ったジャイアントが血に染まった上体を起こし、隠し持っていたナイフを投擲する。背を向けていたラウラへと向かって。
その狙いは正確であり、心臓を裏から貫く‥‥はずだった。
しかし、ラウラは倒れず、蒼の短剣を抜き放つと、大男へと電光の速さで駆け寄り、目の前に突きつける。蒼い刃と蒼い瞳。2つの同じ色を前にして‥‥大男はハッとした顔をした。
「当たったはず‥‥てめえ‥‥まさか‥‥」
「‥‥っ!」
何かを言いかける男を蹴り飛ばし、川の中へと叩き込む少女。
「だ、大丈夫!?」
慌てて回復魔法の使えるエルミーシャが駆け寄ったが‥‥。
「うそっ!!」
目を丸くして、彼女は口を押さえていた。
「‥‥」
ラウラは何も言わず、どこかへと歩いていく‥‥。
「服は切れてるのに‥‥身体には全然傷がなかった‥‥どういう、こと‥‥?」
呆然と呟くエルミーシャ。
その意味は‥‥もちろん誰も知らず、冒険者達は1人の少女の後姿を、黙って見送るのみだったのである。
■ END ■