【悪魔の門】 愚者と賢者のエピタフ

■シリーズシナリオ


担当:Urodora

対応レベル:6〜10lv

難易度:難しい

成功報酬:5 G 94 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月19日〜04月25日

リプレイ公開日:2007年04月28日

●オープニング

●天秤

 愚か者の末路は笑えないファルス。
 天秤がどちらに傾くかは神の意図。ならば運命の糸に絡まった意志は、無意味なものだろうか?

 リュミエールは、一通の書状を差し出した。
「地獄への招待状だ。多分愚者の騎士殿からじゃないかな。まったく大掛かりというか、無駄に派手というか、来なければ村一つ滅ぼすだとさ。まあ、どうせ目的はその箱だろ」
 彼女が指した箱は、いまだ開いていない。
「大人しく渡してしまっても良いんだけど。ほら、言いなりはムカツクじゃん。しかし今までの話を聞いたところ小人数なのに、どうやって村一つ滅ぼすつもりなのだろうな。それで、俺としては、ささやかな抵抗をしたいなと思ってさ」
 言葉にできない、胸の奥にある何かを探した後、彼女は言う。
「ついて来てくれるかな? 一人じゃ約束の場所までたどりつけないからさ」
 地味な白い眼帯。それを着けたリュミエールは、なぜか照れた様子で、こちらを向いて恥ずかしそうに笑った。

●違えぬ誓約の果て 夢幻の如き底

 部屋に二つ人影がある。
 一人は蒼い鎧の男。一人は僧衣を羽織った初老と思しき人物。鎧の男は、揺れる灯火を見つめ呟いた。

「悪魔と愚者は地の底にあり。拭う年月、水面に映った陽炎なれど、逆に歩き血塗られた道を選ぶのも、また真なりか?」
「問いですかな、そぞろに道ゆきて着いた先にこそ愛ありぬ。それもまた生ならばこその赦したるや」
 その言葉の後、顔見合わせた二人は、どこか楽しそうにも見える。
「戯言だよ。自分を騙すのためのね。結局、どれもこれも感情の帰結だ」
「やはり許すつもりは無いのですな。何度目の説法かは分かりませんが、まだ戻れますぞ」
 老人の問いに、何事かを考え込む男。彼はしばし虚空を見据えた後首を横に振った。
「無理さ。貴方が私の立場ならば、こうするしかないだろう」
「いいえ、神は全てを許すでしょう」
「神か・・・・私は自由が欲しい。だからこそ此処にいる。確約された生などいらない」
「演ずるふりをして生きれば良いのです。誰も咎めはしません」
 その老人の言葉を断ち切るかのように
「問答はこれまでだ、メティオス卿。我は愚者、愚者は無知の証。ゆえに」
「無限の可能性ですか・・・・。それでは地の底まで、この老体もお供しましょう。神の愛は、分け隔てなく与えられるものです」

 朝日を合図に、彼らは村へと旅立った。

●疾風の瀑布

 揺れる灯火は再び点る。
 
「しかし、あんたも物好きだな。賭けだろこれは?」
 差し向かいで座った、男と女。
 黒いフードの男と紫のローブの女は、友好という二文字が欠片も感じられない調子で会話をすすめている。
「そうですね。そうお思いならば、ゲオルグ殿は付き合う必要も無いと思いますが」
「まあな、と言っても目的のためには混乱が起きるのは好ましい」
「目的? 悪魔ですか、常人の力で悪魔を支配できるわけがないと思います」
「支配が無理なら、支配されても別にいいね。俺は力が欲しいだけだからな」
「ご自由に、私はあの方に忠誠を捧げた身。アビスの果てまで付き合うのみです」
「無事を祈ってるぜ、いくらあんたたちでも、正規軍相手に易々と勝てるとは思えんからな」

 フードの男が去るのを確認した女。
 灯りを消すと、彼女もまた暗闇に沈んだ。

●墓標

 精霊の眠る場所、石碑に刻まれた印は永遠の安らぎとなるだろう。
 太陽は落ち星が空に巡った。星の輝きは闇があるからこそ今に届く、その照らし出している光も遠い彼方にある命の墓標。
 
 いまだ石碑は一つ、墓標に記される文字は無く。

 新たな石碑に記すべき物語は始まっていない。

 それは神の天秤と手のひらの中で孵化を待っている。

 刻まれるその日を夢見て。
 



 ※リュミエール−Files  
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●今回の趣旨

 一シナリオ内、二本立て両リンクとなります。選べるのは一人一本です。
 よって参加者全員であえて一本しか選ばない選択も可能です。
 

 内訳、難易度の目安、時間系列は

・スタート

↓一本目、悪魔の門最下層で、愚者の騎士と対決します。難しい++


↓ニ本目、村を襲撃してくるらしい、風の旅団に対して備えます。難しい−


↓襲撃? 

・エンド

 の順です。襲撃を長期で耐えるなどすれば、合流も可能かもしれません。
 旅団襲撃は村に到着した時点で知っていると判断して、対策を立てて構いません。


○状況

 一本目は、相手の数が少ないのと交渉条件になりうるアイテムを持っているところが、有利な点です。
 今回はリュミエールも同行して赴きます。

 ニ本目は、村の自警団が使えます。さらに襲撃されたとしても、時間を引き伸せば、村で要請していた
警備と調査の軍、それが到着する可能性もあります。
 相手の目的がもし村の全滅だとするならば、やりようによっては少人数で長時間耐えることも可能で
しょう。

 
 ※敵の情報は、分かっていることだけ表記しておきます。

○愚者の騎士

 蒼色の鎧を着た男、ジャパンの刀剣と思しきものを得物とします。
 ディザームを使ったのは確認されていますが、他の詳細は不明です。その剣捌きは神速の太刀。
 彼のお付には、やはり女風使いと白の僧侶がいるようです。
 さらに黒の僧侶という人物も協力者としています、しかし今回彼らがついて来ているのかは不明です。

○風の旅団

 忍者を中心とした傭兵団、首領は手練れの女風使いです。
 彼女は、ストーム、ウインドスラッシュ、トルネードを使うことが確認されています。

●その他の基本情報

 前回までと同じなので省略します。

●補足

 必要と思われる情報や質問は、適宜アレクに聞いてください。

●関連事項

 行動の結果によって、今後に影響があります。


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●今回の参加者

 ea2970 シシルフィアリス・ウィゼア(20歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 eb1118 キルト・マーガッヅ(22歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 eb5076 シャリオラ・ハイアット(27歳・♀・クレリック・人間・ビザンチン帝国)
 eb5584 レイブン・シュルト(34歳・♂・ナイト・人間・ロシア王国)
 eb5604 皇 茗花(25歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb5856 アーデルハイト・シュトラウス(22歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 eb5887 ロイ・ファクト(34歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 eb6853 エリヴィラ・アルトゥール(18歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb7876 マクシーム・ボスホロフ(39歳・♂・レンジャー・人間・ロシア王国)
 eb8684 イルコフスキー・ネフコス(36歳・♂・クレリック・パラ・ロシア王国)

●リプレイ本文

『違えぬ誓約の果て 夢幻の如き底』

●道

 暗闇を進む人影に緊張の色は無い。
 地獄の底への遊歩道、ここは一度は通った道。無事帰れるかどうかは別として彼らは重苦しい気分など微塵も感じさせずにその坂を下りてゆく。
 そんな中、男を女を呼びだし、問われていた言葉の意味を答えた。
「そう、結果がこうなるのは分かっていましたよ。彼女に直接きちんと貴方のこれからの想いを告げてくださいね」
 これから決戦というのに、なぜか獣耳バンドをつけて歩いているシャリオラ・ハイアット(eb5076)は、どこか物憂げな視線を目の前に立つ無愛想な男に向けた。
 それを聞いた男、ロイ・ファクト(eb5887)は淡々と
「ああ、それが俺の務めだ」
 そう言うなり踵を返し立ち去って行く、シャリオラは、そんなロイの後姿をじっと見つめていた。
 彼女は、このまま上手く行くわけが無い、必ず何か問題が起きる。そう一人確信しているようだ。だが、今のところ自分が出る幕ではない。そうも思ってもいるらしい。
 なぜ、シャリオラがここまで拘るのかは分からないが、ロイとエリヴィラ・アルトゥール(eb6853)の仲を許しつつも、彼女はまだ認めてはいないようだ。

「君達。生きるか死ぬかの瀬戸際に色恋ですか」
 妙に吹っ切れたような表情のリュミエールが、先ほどから寄り添うように並んで歩いている、男女一組をからかうように言った。
「リュミエールさん、仲が良いことは良いことだよ」
 リュミエールの揶揄にイルコフスキー・ネフコス(eb8684)が真面目に答えたが、かえってそれが、二人には恥ずかしかったらしく、組の片割れであるエリヴィラは照れているようだ。
「油断しないことね。愛は絆を深めるけれど、新たな苦しみも産むものよ」
 どこか悟ったような言葉を残し、横を通り過ぎる女が一人。名をアーデルハイト・シュトラウス(eb5856)。どうやら彼女なりには祝福しているようなのだが、普段の態度が態度なので、その真意が少し掴みにくい。
「それにしても、眼帯仲間が来ないとはね」
 リュミエールが、少し寂しそうに呟いた。
「きっと、寝坊して遅刻したんだとおいらは思うよ」
 大きく頷くイルコフスキー。
「坂道を転がってて戻れなくなったと、あたしは思うな」
 エリヴィラの言うことにも真実味がある。
「まあ、贈り物はギルドに頼んできたからそのうち届くだろう。皆には無事戻ってからあげるぜ」
 ということで、リュミエールのプレゼントが依頼完遂後に贈られることになった。

●箱

 地獄の底にたどり着いた彼は、愚者と対峙した。
 シャリオラは、自らの計画を遂行するため交渉材料として箱について切り出す。それを聞いた愚者の騎士の傍らに控えた初老の僧侶は、
「それでは、結界を張りましょう。貴方に敵意が無いのなら、問題なくこちら側に腕を差し伸べられるはず」
 その提案にシャリオラは困惑した、彼女はこの箱を使って相手を騙そうとしているのだ、敵意が無いとは言い切れない。このまま前に進むべき、後ろに戻るべきか。
「どうかしましたかな? もしや」
「な、なんでもないです。それでは、いきますよ」
 シャリオラの言葉を聞いた僧侶は両者の間に聖なる壁を張った。もう後戻りはできない。
 さて、どうする。このまま箱を渡してしまうくらいならば、いっそ。答えをはじき出すための計算しながら、シャリオラは一歩ずつ歩みよる。
 策を弄した結果、相手にとって一段有利な状況を作り出した。ここで失敗すれば実力差を覆すことは、もう不可能だろう。
 予想以上の重圧に、彼女は押しつぶされそうだった。仲間の命全てが自分の手の中にあると同じ。一歩、また一歩。
 死刑台への道のりは遠くに見えるが・・・・すぐそこだ。
「もう良い、つまらぬ細工は辞めよ」
 シャリオラの動揺する態度を見た愚者の声が、静寂の包む場に響く。
「お前たちは何故此処やって来た? 無可能なればこそ、己が信念と力で切り開いて見せよ。我さえも越えられずして、何が冒険者だ、冒険とは逃げることではなく、立ち向かうことであろう。さあ来るが良い、最早言葉は要らぬ」
 抜いた剣を差し向け、蒼を翻した愚者の言葉で始まった。

●雷

 その閃光の輝きを見た時、美しさとともに死の匂い感じる。
「ここまで来たからには、戻らぬ覚悟なのですね・・・・参ります」
 立ちはだかったのは、紫紺のローブを羽織った黒髪が綺麗な女だった。女は一人前に進むと呪文の詠唱を開始した。
 彼が抜いた剣は、障壁を破るのに振るうしかなかった。ロイ、エリヴィラ、アーデルハイトの斬撃を一度耐え切った。だが、彼らはの足はそこで止まる。
 続けて、イルコフスキーが障壁を作り出し、シャリオラもまた詠唱を始めた。
 女の詠唱が終り。
 それは来た。
 青白き雷光は暗闇を切り裂いて進む、起きた事柄を知覚する前に轟音が耳を叩く、何もかも終わり通り過ぎすると痛んだ身体だけが残る。
 一瞬で吹き飛んだ結界、雷撃の刃が消え去った後、膝をついて前を向く彼らに向け愚者は見下すように言った。
「その程度か・・・・つまらん。ならば機会をやろう」
 彼は剣を収め、黙って立っている。
「魔法というものは本当に厄介ね」
 アーデルハイトは、剣を支えに立ち上がると、前に立つ魔術師を睨みそう言った。続けて傷を治療するためイルコフスキーが動く、彼は全員の傷を治すと悔しそうに、
「ごめんね、おいら。もう何もできないや・・・・」
 言って、リュミエールを守るかのように下がった。
 誇りを傷つけられた戦士に向け、愚者はさらに抉るかのように、
「三人まとめて来るがいい。他の手出し無用」
 と、宣告した。

●剣

 エリヴィラの上段からの一撃を愚者は回避すると、続けざまに来た横薙ぎのロイの鋭い閃を己の剣で受けた。さらに背後を突こうとしたアーデルハイトの斬を瞬時に立ち位置を変え交わした彼は、
「こうでなくてはな」
 再びまみえた次の回、愚者の早々に振った打撃はロイの利き手を打った。宙を回転しつつ弾かれた獲物は遠く壁際に飛ぶ、ロイは咄嗟に勢いよく後ろに飛ぶと落ちた武器を追って一時離れた。
 その間、二人の女を弄ぶかのように舞踏を繰り返す彼の前に、女たちは少しずつ血に塗れる。
 例え敵わないとしても、エリヴィラの束を強く握り締め想いを込め振るった一撃は、空を切った。しかし駆けつけたロイが回避した瞬間、体勢崩した愚者へ向け、アーデルハイトとほぼ同時に斬りつける。
 愚者は体を捻りを受け流そうとしたが、避けきれず。噴出した血に、愚者の蒼い鎧が朱に濡れる。
 ついに愚者に剣を届いた。それによって彼らの意気は上がる、数を前に少しずつ押されはじめている愚者。
 何度目の斬り合いだったろうか、消耗した愚者を見て、アーデルハイトは剣を胸に添え習っただけの、神への信仰を示す印を切り言った。
「終りね、貴方が信じる神の元へ行くといいわ。でも、私は神なんて信じない」
 冷たく言い放ち彼女が剣を振ろうとした時・・・・刃は何かに弾かれる。そしてその男が前に出た
「神は天と万人の心にあり、信じることこそが大切なのです。さて、これで貸し借りは無し。よもやここで斬り、自らの誇りを汚すようなことは無いでしょうな」
 愚者を守るかのように新たな結界を張る、躊躇して冒険者を確認したあと僧侶は彼に近づくと治療を始める。そして彼は皺が深く刻まれた顔を歪めると言った。
「いたしかたない、これを使う時ですな」
 彼が差し出したのは一振りの剣。愚者は無言のまま受け取り抜き、元よりの持っていた曲刀と共に両手に剣を構える。
「命惜しくば立ち去れ、加減はできぬ。いや、微塵に切り刻まれ血に伏すのも、また道か」
 今、次の終わりがやって来た。

●血

 目の前が赤で覆われている、痛みなのか涙なのか、分からない。
 血に呑まれ床に倒れた彼女は、ただ彼の無事を願う。その時胸を探り当てた何か、きっとこれが最後のポーションだろう。
 負けられない。負けない、私は強くなる、そう誓った。今度こそは、絶対に負けない。そう思った彼女は、ポーションを飲み干すと立ち上がり突撃する。
 猛り狂い愚者に向かって進む、願いを秘めて、眼差しはただ前に。
 エリヴィラが走り出した頃、立つだけで精一杯のロイに向け愚者は言った。
「退け、お前たちは良くやった」
 だがロイは
「負けっぱなしじゃ、気がすまん。それに」
「それに?」
「これ以上格好が悪いところを・・・・見せられるか」
「女か、ならば育む命もあるものを、生き急ぐとは」
 愚者の右手と左手が交差した、それに続く剣の残影をロイを見ていた。放たれる綺麗な十字。その赤で刻まれた印がロイの胸に一瞬咲くと、彼の意識は途絶えた。
 アーデルハイトはロイが倒れたの見て、エリヴィラの様子を伺った。彼女の懸念は半ばあたり、半ば外れる。
 襲い来る衝動にエリヴィラは耐えていた、ここで自らを失えば二度と帰れないような気がした。この衝動は甘美で悦楽のようなものだ、身をゆだねてしまえばきっと楽になれる。
 鈍痛と快楽は続けざまに彼女を襲う、だが彼女は耐えきった。強くなると心に決めた、彼と約束した。
 衝動を押さえ込んだエリヴィラは剣構え直し愚者に対した
「ロイさんをよくも、でも負けない。あんたなんかに、あたしの剣を受けろ!」
 数合打ち合い、受け続けたエリヴィラ、軋む彼女の盾がついに砕けた。受ける術を一つ失い、彼女もまた二刀の前に沈んで行った。
 残るアーデルハイトは回避を主力で、積極的に攻撃にでる事が出来ない、いつしか手数に負けた彼女も地に手を着いた。
 
 血溜まりに倒れた戦士達は皆虫の息も両刀を掲げた愚者は命を刈り取るため前に進む。
 邪魔するものは、もう何も存在しない。

●壁 
 
 愚者の行進の前に立ちはだかる彼と彼女。
 どちらも無力な二人、眼帯の女は震え、小柄な男は自らの力の無さを悔やむ。それでもその二人は自らを壁として阻んだ。
「愚者か何か知らないが、無益な戦いはやめようぜ、これが欲しいのだろう、ならやるよ」
「神様は、こんなことを望んでいないよ。おいらは何もできないけど、これ以上は進ませない」
 両手を広げた小さな身体はとても弱い壁だ。けれどその壁はすぐさま崩された。振るわれるた刃。男の血と女の着けた眼帯が白い羽のように暗い部屋に舞う、そして駆け寄るもう一人の女。
「あなた達は箱が目的なのでしょう、なぜ無抵抗な人間にまで剣を向けるんですか」
「賢しい小娘は黙るが良い。お前は何のために此処に来た。ただ口を動かすだけか?」
 黙ったシャリオラを見、愚者は無言で数歩進んだ後、急に立ち止まる。
「メティオス卿、気が変わった。こやつ等を移動できる程度に回復してもらいたい」
 愚者は後ろに控える、初老の僧侶に向けて言った。
「それでは、蝕まれるのを拒むと言うことですかな」
「今の力だけで無理ならば、必要だろう。だが、・・・・信じてみたい気もする」
「この者達に感化されましたか」
 愚者は剣を収めた後、シャリオラに言った。
「娘、命と箱は預けた、大事に守れ。それがお前たちの生命線だ、失った時は終焉が訪れると思うが良い。帰るぞ遥風、メティオス卿。イレーネが待っている」

 去っていく彼らを見つめるシャリオラの中に滾る感情、かつてない敗北感と無力感、屈辱を味わった彼女。
 それは、悔しさよりも怒りに近い感情を含んでいるものであった。

 
『疾風の瀑布』

●キャンプ

 シシルフィアリス・ウィゼア(ea2970)、キルト・マーガッヅ(eb1118)、レイブン・シュルト(eb5584)、皇茗花(eb5604)、マクシーム・ボスホロフ(eb7876)ら五人は 出立した他のメンバーを見送った後、各自の行動を開始した。
 キルトの提案により、自警団は班分けをされ、シシルの集団移動訓練を施したあと、村の周囲に警報用の罠をマクシームの指導の元張り巡らした。
 後は、相手がやって来るのを待つだけだ。
  
 陽が夜に走る。
 暗闇が覆うそこで彼らは闇が来る前に会合を開く。
「きっと、無事終りますよね」
 シシルが誰に言うでもなく、そう呟いた。
 振り返ってみると、晩秋の依頼から、この村に足を運びはじめてそろそろ半年。遺跡に興味を持ち、言葉も習得した彼女にとって、この地に多少なりとも愛着があるのかもしれない。
「大丈夫だろ。しかし、庶民を巻き込むなって・・・・。戦争ごっこは権力者だけでやればいい」
 黙々と弓の手入れをしていたマクシームが、その手を止めてシシルに返した。
「シシルさんは、地下へ行った皆さんが心配ですか? あの方たちなら、なんとしてくださると思います」
「し、心配なんてしてません。皆強いですから」
「あっちは、あっちで私たちの心配をしていると思うよ、キルト殿」
 ちょっと慌てるシシルの後、茗花が続ける
「無事帰りましょう、風はいつか生まれた場所に戻るのです」
 キルトは、手元のタブレットに眼をやり、自らの思いを重ねた。
「悩んでいても仕方ない。俺は剣を振るだけだ、それでいい。お互い生きて戻れるさ、きっと」
 レイブンの言葉を最後に、彼らの元に嵐がやって来た。


●風

 風の訪れを感じていた。
 いつかまたこの時が来るのを彼女はどこかで知っていたのかもしれない、なんであれ出会いは突然であり、そしてまた数奇なものだ。
 彼女が気配も感じさせず、その彼女がキルトの前に現れた時、警戒よりも驚きがキルトを襲った。
 仲間の誰かに告げようと思う、しかしなぜこんな時期に現れるのか不可解でもある。
 あえて、キルトは何もせず旧知の間柄かのように話しかけた。
「お久しぶりですわね、こんなところで会うとは奇遇。お元気でしたか? 風のイレーネ」
 キルトの前に立っている女は紫色のローブを着込んだ黒髪の女は、それを聞くと、
「こんなところで会うとは思いませんでした。確か、キルトと言いましたね。辺境の片田舎にしてはものもしい警備だと思ったら、貴方達の仕業ですか」
「ええ、風の噂で、風の旅団が襲ってくるという冗談のような本当の話を聞きましたので、それなりに警備をさせていただきましたわ」
「噂ですか、噂は噂にしか過ぎませんよ。物事には必ず表と裏があるものです。ともかく挨拶はこのへんにしましょう、次に会う時は」
「お互い命を掛けてですわね」
 二人の間に緊張が張り詰める。
「そろそろ、夕飯だから交代!? 誰だ」
 食事の交代でキルトの元にやって来たマクシーム、その姿を見た、イレーネはすぐさま走り去った。驚いたマクシームは、
「キルトさん、ありゃいったい?」
「お友達ですわ、それはそれはとても仲の良い」
 その問いに、キルトは皮肉めいた言葉を残した。


●襲撃

 襲撃自体は予測されていた事だったはずだった。規模と相手がどうであれ。

「マクシームさん、今の状態で残りはどれくらいですか?」
 キルトが確認するかのように聞いた
「ざっと50人はくだらないな・・・・しかしこんな村一つに大層なことだ」
 呆れたようにマクシームが言う 
「50人ですか、まあ、それくらいなら。なんとかなりませんか? って簡単にはならないかな、やっぱり」
 シシルは冗談めかして言っているが、事態は深刻といえば深刻である
「相手のやる気は買うとしても、私たちだけでこれ以上村を守れるだろうか?」
 戦いを始めて一日半、茗花の言うように村人を含め、自分たちの疲労も濃い。それよりも、敵が予想外だったほうが大きい。
「なぜ、正規軍が村を襲うんだ、彼らはこの村を守りにきたんじゃなかったのか?」
 レイヴンの質問に答えられる者はいない。
「敵だと思っていた、風の旅団が奴等と戦っているおかげでまだ持ってはいるが、彼らも数には適わないようで押され始めている」
 マクシームの言葉にシシルは、
「忍者は、本来純粋な戦闘向きでは無いので。恐らく長くは持たないでしょう」
「となると、頭を叩くのが一番ですね」
 シシルの意見に頷く面々。
「頭ってのはあの、朱色の奴等か? 見た感じ一般兵とは格が違う気はするが」
 レイブンの言う朱色とは、朱色の鎧で揃えた騎士団のことのようだ、彼らが統率した軍がやって来たのは、約一日前。村を警護するために派遣されたと思い、歓迎した村人の期待は裏切られる。なぜなら彼らが始めたのはその逆の事、焼き討ちと掃討をはじめたのだから。
 冒険者達にとっても、それは想定外のことだった。
 急遽作戦を変更し、流用した彼らのおかげで被害は最低限度に押さえられたが、今のところ劣勢であることには違いない。
 さらに予想外だったのは、村を滅ぼすため雇われたと思われていた風の旅団が軍と交戦を始めたことである。これによって一時的だが均衡が今は保たれている。
 その時間を利用して彼らは次の行動を練っていた。
「元々、訓練自体はしていないわけではないですし、なんとかならないでしょうか? 耐えれば、地下へ行っていた仲間も戻ってくるかもしれませんわ」
 キルトは期待を込めて言う
「確かに、だが待つならば、最低でもあと二日弱は耐える必要があるかもしれない」
 それを聞いたマクシームは答える。
「私に一つ考えがあります。最悪の場合彼らは戻って来ないかもしれません、待っているだけでは何も解決しません」
 何事か、考え込んでいたシシル一つの案を提案した。
 それは中枢一挙に叩く案のようだ。敵を誘い出し、手薄になった陣に一撃を加え一気に畳み込むという案のようだが
「その策の問題は、囮になる部隊が必要と言うことだな。雑魚を引きつけなければならない」
 マクシームの言葉に、場を沈黙が覆った、それを破ったのは、
「俺がやろう、指揮が出来ないわけでも無い。といっても一人では流石にきついが」
「では、私もついて行く。回復役は必要だろうし、ゴーレムもいる。時間稼ぎも出来ないことも無い」
 レイブンと茗花は、こうして一部隊を率いて囮役を演じる事となった。
 

●激突 

 レイブンと茗花率いる自警団が、軍の部隊と交戦を始めたころ。 
 敵の本営を突くべく、移動を開始した。メンバーには近接戦に長けているものが残っていない、がその代わりに遠距離からの攻撃に優れているのが強みだろう。
「近づかれたら、私たちの負けですね」
 シシルの言葉にキルトが頷く。
 マクシームの索敵を元に、シシルとキルトが魔法を叩き込み、そこへ自警団を突撃させるのが基本戦術だろう。
「倒れるまで打ち続けますわ、私の誇りに賭けて」
「そろそろ矢も残り少ないから、慎重に狙わないとな」
 その言葉を合図に、元は教会だった場所を舞台に戦いは幕を上げた。
 開幕キルトとシシルの氷と風の暴風が吹き荒れる。隙を衝かれた敵兵はたじろいだが、すぐに指揮系統を立て直した。そこへ、マクシームが指揮官と思しき者を遠距離から狙い済まして射ると、馬上より指揮官は倒れた。 
 それを逃す彼らではない、シシルが連続で水と氷の呪文、キルトが相手が接近できないように暴風で足止めを繰り返す。
 執拗な連打に疲労した敵へ向け号令が飛んだ、自警団とはいえ戦士である。相手は弱体化し、選ばれた兵と思しき朱色の数も少数だ。
(これは勝ったかな)
 内心そう思いつつ。残った矢、銀の矢を番えたマクシームは、視認できる最後の朱色の騎士へ向け矢を放つのだった。
  
 その頃。

 囮として向かったレイブンたちは苦戦していた。どうやらこちらにより多く兵が派遣されたようだ。
「参ったな、支えきれないかもしれない」
 すでに負傷者が数多く出ている。
「レイブン殿、どうする? さすがに私もそろそろ限界かもしれない。まあ久しぶりに殴らせもらって、すっきりしたが」
 そう言って茗花は小手を差し出した。
「余裕だね、でも時間の問題だ。あっちは上手くいったのだろうか」
 慣れない指揮をしつつレイブン、向かってきた兵の一撃を自らの剣で受けた時にそれが砕け散った。
「やれやれ、思い出深かったのに」
 その場は拳で切り抜けたあと、レイブンを短刀を取り出すと獲物とした。
 だが、少しずつ劣勢に追い込まれていく、彼ら・・・・。

 そんな時だった。
 何処からとも無く風が吹き込んだ。その風は強い、とても・・・・。
「短い時間ですが、お手伝い致します。風は形なきもの、誰にも捕まえられない」
 紫色のローブを着た女が呪文を唱えると。立ちはだかるもの全てを吹き飛ばす風が巻き起こった。
 
●誇り

 かくして、本営である教会を占拠した冒険者を前に軍は撤退を始めた。襲撃して来た相手が違うとは言え、村を守りきった彼らは歓喜の声を持って村人に迎えられた。
 疲労困憊し、早々に眠りについた仲間達、だが一人その女だけは目覚めていた。
 これはその夜の話だ。
 月の下、立った女が二人。それぞれの想いと決意をのせて、
「決着をつける時ですわ」
「受けてたちましょう、風の名を賭けて」
 女達同時に詠唱を始めた、そして風と風が合いまみえる。吹き荒ぶ音が何度もぶつかって消える。
 いつしか音が消え、静けさが支配した此処。いったいどちらが立ち、どちらが倒れたのか? それとも互いに立っていたのか? その結果は・・・・風だけが知っている。
 

『エピローグ』


●宵闇

(私の剣では遠いかしらね)
 アーデルハイトは自らの力不足を感じていた。剛より柔に、力より技に比を置いた彼女の剣技は破壊力において確かに欠けるのかもしれない。
「何か、悩んでるなんて珍しいですね、というより夕飯ですよー」
 アーデルハイトを呼びにきたシシルは、そこで思い悩む姿。普段見ることのできない彼女の一面を知った気がした。
「そう、今いくわ。どんな時でも食欲はやってくるわね。今日の夕飯は何かしら?」
「シチューです。マクシームさんが味見だけしたみたいですよ、みんな怪我してるから大変です」
 運びこまれた茗花とレイブンも含め、みんな傷だらけである。なぜ体力が無いシシルあたりがまともに動いてるのか気になる。しかしそのあたりを言い出すと、即寂しいエンディングになるので見逃して行こう。 
「茗花さんが、まるごと、まるごと。うなされてたし、レイブンさんはバーストのバカ野郎とか寝言のように言ってました。彼女まるごと大好きなんですね、普段は全然そんな素振りを見せないのに」
 そういうシシルもまるごとを着て、何かの部活動に参加していたような気もするが
「私のイメージと着ぐるみは合わないわ」
「イメージチェンジもたまにはいいですよ、熱いアーデルさんとか、面白そう」
 確かに見てみたい、きっとレアな場面だろう。張り手ではなくて拳で殴ってそうだ。
「それより彼女の様子はどう?」
「シャリオラさんですか、いつも通り普通ですよ。動けないロイさんを見て色々復讐というか、いたずらをしていたようですけど」
 いったいシャリオラは何をしたのだろう? 兎耳バンドを装着させて似顔絵を描いたのなら面白いのだが、
「私も傷が痛むのでそろそろ戻ります。無理はしないでくださいね」
 そういい残し、シシルは傷ついた身体を引きずるように歩き出した。

●シンフォニア

 目覚めた時、繋いだ手の温かさを感じた。悔しさもあったが生きていることの実感。その幸せのほうが彼らにとっては大きいのかもしれない。
「ロイさん、また負けちゃったね」
 傷だらけの顔のエリヴィラが悔しさをにじませながらも、ロイの無事を確認してほっとしたように言う。
 ロイはそれを聞いて何度も自分に言い聞かせるかのように、
「あと少しだ、もう少しで届く」
 ロイは実感していた、届かないわけではない。だが、まだその距離は遠い。エリヴィラもまた同じだろう。初めて相対した時は手も足も出なかったが、今の愚者はその手が届く存在だ。
 彼は持参した指輪を思い浮かべた。何の気なしに持ってきた物だが、まだ渡すには早い。そう、全てを守れるようになった時にこそ・・・・。
「もっと強くなりたいな」
 物思いに耽るロイを現実に引き戻したのは、エリヴィラの声だった。
「俺もだ」
「一緒だね」
「一緒だな」
 顔を見合わせた二人は、どちらかともなく笑い出し手を差し伸べ繋ぐ。
 お互いその温もりを感じながら、全身を襲うと痛みと疲れを前に深い眠りへと彼らは落ちていった。

●森

 マクシーム・ボスホロフは、朝焼けを浴び一人、精霊の森に居た。
 そんな気障な格好が似合うとは自分でも思っていないが、何の気なしにやってみたかったようだ。痛む傷は魔法で多少引いたがやはりまだ本調子ではない。
 やってくる朝はいつも平等。昨日までの戦いが嘘のよう、けれど確かにその戦いはあったはずだ。

「戦う事自体に意味なんて無いものを、また平和な生活が消えたか・・・・」
 何の気なしに独り言を呟くと、意外なところから声が返って来た。
「いいこと言うねー」
 マクシームがその声に振り返ると、元気そうなリュミエールの姿があった。
「眼帯さんか、眼帯はやめたのかい?」
「やめた、やめた。出発前に聞かれた質問の答えを教えに来たよ」
「質問? ああ、愚者と悪魔についてだっけ」
 マクシームは出発前にそんな質問していたようだ。
「聞きたいんでしょ、愚者については今回の事を含めて推測でしかないけれど。後は、私的な話でしかないよ」
 彼女がマクシームに話した内容をまとめると、愚者は武具を今回手に入れたことは確かだと思われる。
 きっと今回彼が持っていた剣が、それではないのだろうか? そして彼らの言動から推測すると禁忌に近い武器だとも、考えられる。
「封印を解かなかったのは、解くと後戻りできないからだと思う。魔剣なんてものは、たいていろくでもない物だし、蝕まれるという言葉からしても良くない事態が待っていそうだ」
「だが、彼らはその剣を手に入れてどうするつもりだったのだろう」
「そうだね、力を手に入れるからには使うためだろうし・・・・・・。まあ、俺は一杯食わされたわけだ。村を守ってることからして、奴等も芯から邪悪ってわけでは無いのかもね。やる事はいちいち勘に触るけど、始めから協力するって手もありそうなものなのに」
 村を襲うと言うのは、確実に例の箱を持参させるはったりだったようだ。なぜ彼らが村を守ったのかは分からないが、その点は領主の軍と何かしら関係があるのかも知れない。
 次に話したのは、昔、そう昔起こった出来事。彼女の師の話のようだ。
「と言うことで、リュミエールさんは命の恩人。悪魔を追っていたのと憎むのは仇だから。そんな陳腐な物語。少しだけ遠い昔の話。けれどもう終った事」
「今回のことで気がすんだなら、私は何も言わないがね」
「話が分かる、伊達にオヤジしてないね。過去なんて生きてる奴が勝手に背負ってるものだよ、だから」
「忘れてしまうよりも、想い出にするわけだ」
 マクシームは柄にも無く、洒落た科白を言ったあと、自分でもおかしくなったのか、笑いを堪えている。
「慣れてないのなら言わなきゃいいのに、私の中で記憶は生かしておけばいいだけ、それが償い・・・・さ」
 一人納得している彼女。
 その言葉を聞いたマクシームは、肩をすくめると昇りはじめた太陽に視線を移すのだった。
 
 こうして一つの物語は終わりを告げた、しかしそれはまた違う話のへの架け橋にも成りうる。ヴォルニフより派遣された騎士団は何故この村を襲う必要があったのか? 箱を彼らに預けた愚者の騎士は、これより何処を目指して進むのか?
 
 その先に続く道、それはまた違う機会に語ろう。


●エピタフ

 ところどころ昇る煙。
 静かになった戦場には、二度と物を言わぬ夢見る者たちの残骸が転がっている。
 全てを守れなかった・・・・そんな後悔がよぎるとしても、何かを守ったことには変わりは無いだろう。
 春の風はいまだ肌寒い。
 森に立つ一つの石碑、その石碑で白い何かはためいた。 
 今にも吹き飛ばれてしまいそうな布の下、墓標捧げられた木片に文字は
『永遠に眠る光へ安らぎを』
 と、刻んである。
「これでいいの?」
 墓標に祈りを捧げていた小柄な人影、パラの青年に問われた女は答える。
「リュミエールは、あの時死んだ、時はもう戻らない。今の私はソフィア。ソフィア・ラドノフ。今まで付き合ってくれてありがとう。さよならは言わないわ、また会えるといいわね・・・・小さな勇者さん。そうそう、あの箱はキエフの教会に預けるから、警護の点はご心配なく。それじゃこのへんで」

 吹いて来た風に握ったリボンを離した彼女、解かれた長い髪が無造作に流れる。
 手を振りながら去って行く様子と、風の中を踊る布を眺めていたイルコフスキーだったが、もう一度だけで石碑に祈りを捧げたあと、仲間の元へと戻って行くのだった。
 



 【悪魔の門】 了