●リプレイ本文
「森へピクニックに行こう」
誰かがそう言った。
だから森の魔女の館を訪ねる。
魔女は元気そうだった。
プースキンがお茶を運んできた。周りに勧められたが、アレクはなぜかここに来るのをいまだに拒んだ。
終点となるはずの今でも、彼にとっては終わっていないのかもしれない。
魔女は、そんなアレクの様子を見て、
「一度決めたら絶対に曲げないね。頑固なところが似ている。というよりも、そっくりだ」
魔女が言ったのを皇茗花(eb5604)は聞いた。
茗花は、そのまま、氷の溶け始めた湖に釣りに出かけた。
ピクニックまでは、まだ間がある。
何が釣れるわけでもなかったが、ぼんやりとする時間は有意意義だった。
戻る途中、三人のデコボコした連れがいつものように暴れている姿を見て、平和というものの有り難味を茗花は感じ、ピクニックに向かう。
ディディエ・ベルナール(eb8703)は、リン・シュトラウス(eb7760)の入れたハーブティーを飲みながら。
「お加減はいかがでしょうか〜?」
「いいわけないね」
エフェミアは冷たい。
リンが間を取り持とうとしたが、付け込む隙はないようだ。
「良くも悪くもおさまるべきところに皆おさまったようです、はい。領主も黒い僧侶もこの世から退場しましたし」
「そう、アレクサンドルもゲオルグは死んだのね・・・・・・哀れな男たち」
エフェミアは、ディディエに昔話をした。
魔女には母親が一人いた。その母親は聖女と呼ばれ街の奥に住んでいる。
聖女は全てに優しく振る舞い許す、罪作りな女だ。
女は慕う男は幾人もいたが、もっとも高きものは、手を出す事を禁じられている。
「際限の無い優しさなんて、時に残酷なもの。崇拝すべきものに手を出せないのなら代用品が必要。狂った男の相手をする物好きもいない。だから、みんな逃げた、私も逃げた。あとはどうなったか? あなた達のほうが知っているんじゃない」
「では、黒い僧侶も?」
「黒い僧侶。ゲオルグは、領主の作った失敗作よ。自らの精神を映し絵にして、得るべき女と似たものを合わし、交合を経て夢想に耽る。でも、そんなことは無意味よね。どれだけ矯正して自分に近づけようとも、結局他人は他人だし、満たされるわけない」
そこまで言うと、エフェミアは黙った。
「星を見に行きませんか」
リンが言った。
その先で、彼女が問い魔女が応じるかどうかは別として・・・・・・。
リンとディディエがピクニックの準備に出て、最後に残ったリディア・ヴィクトーリヤ(eb5874)が魔女に礼と挨拶を告げた時、彼女は一言だけ呟いた。
「叶わなかった想いを胸に秘めているほうが、綺麗だと思わない」
リディアはそれにどう答えるべき迷ったが、
「それが大人の恋かもしれませんね」
と、だけ言った。
マイア・アルバトフ(eb8120)は、三人の坊やたちを集めて話している。
「三人ともよく頑張ったわね」
「マイアさんが褒めてるぞ」
ジルが驚愕した。
「熱でもあるデスか?」
「マイアさん、今日は雨ふってないよ」
ニーナとアレクも驚いた。
マイアは内心、苛めてやろうかと思ったが、
「あたしが言うのも変かもしれないけど。でも今は素直に褒めてあげたい気分なのよ。今から、ちょっとだけお話するから聞きなさい」
「お酒の呑み方ですか?」
「だまって、きけ」
ジルは殴られた。
「皆きっと色々と思い悩むだろうけど・・・・・・寧ろ今も思い悩んでるかもしれないけど。周りの好意には素直に縋るようにね。向けられた好意に気づかないフリはしちゃ駄目よ。あなたたちはまだ不幸を背負って気取るには若いわ。そんなのはもっと歳をとってからにしなさい。若いうちは素直でいるほうが楽でいいわよ」
「マイアさんって、まともだったんだね、僕やっと気づいたよ。いつものんで暴れてたし」
アレクは、マイアをかなり誤解していたようだ。
「ともかく、そういうことよ、いい。一人でじゃ何もできないんだから、誰かと一緒に」
この時、傍らにいたリディアのセンサーに何か言い知れない不穏感がよぎる。
「マイアさん」
「何、リディア君」
「抜け駆けは許しませんよ」
「な、何のことか、あたしには分からない」
マイアはとぼけたが、のちに彼女が結婚することが発覚する。
そして袋叩きではなく、祝福される。
マイアは、その後、もはや誰も訪れることのない彼の墓標に向う、彼女はあの時約束した。
だから、彼を忘れることはないのだろう。
その後で、キエフで待つ未来の伴侶に、マイアは一つの言葉を告げるために戻る。
リンは、ジルから逃げた。
なぜなのかは、彼女が一番よく知っているだろう。
ジルは、逃げるリンを追った。
「なんで逃げるんだよ」
「なんでも」
ジルに掴まれた手をリンは振りほどく、ほどかれた手をジルはみつめたあと、拗ねたように言った。
「石碑いくんでしょ? いかないの。一人だと、危険だから」
リンは、目を合わさずに
「・・・・・・一人でいく」
「ね、もしかして、嫌いになったの?」
不安げにジルは言った。
ジルは、自分が犯した過ち、過ちというほどのことでもないが、彼の感覚からすると重大な出来事らしく、それなりに後悔していた。いや、どちらかというと恥ずかしさのほうが強かったのかもしれない。
だから──。
ここに来る前にキール・マーガッヅ(eb5663)に聞いた。
「キールさん、その」
起きた出来事を告げられたキールは、ジルに何を言うべきか迷った後、ただ独白する。
「お前を見ると過去を思い出す。お前の今までと俺の過去が全く同じだとは考えていないがな 何か教えることができれば、お前の力になれるかもしれないと考えた、それは否定しない」
ジルはキールが何を言いたいのかは、分かるようで分からなかったが
「思う事は伝えるようにしていたが、俺には向いてないのだろう、結局、お前にとって枷にしかならなかったのかもしれない」
黙って聞いていた。
「形だけの師匠として、これが最後にしよう。一度自分から全て捨ててみるのも手だ、全てを誰かに奪われたのではなく、自分から捨てる、その意思が決定的な違いだ どうしても必要なら、後から拾いなおせばいい」
キールは、そこまで言うと言葉を切った。ジルはそのキールの様子を見て、少し可愛いと思った。
彼らしくない事を努力して行っているのを見て、そう感じたのかもしれない。
だから、ジルにしては珍しくキールを労わるように優しく包むように話しかけた。
「キールさんって、しゃべるの向いてないよね。でも、そういうところも含めて好きだよ。師匠」
ジルの言葉にキールは、やはり彼らしくもなく照れた。
──。
「ね、もしかして、嫌いになったの?」
「好きとか嫌いじゃなくて」
ジルは、半ば無理矢理リンの手をとると、
「いくよ、いやでもついて行くから」
リンはしばらく抵抗したが、強引にジルに引かれて石碑に連れて行かれた。
石碑を見つめていたリンは、手向けた花が拭く風に散っていく姿を見た
その光景を眺めていた、彼女は悲しさに包まれた。
沈痛な面持ちのリン、ジルはどうすれば良いのか考えた。
(一度自分から全て捨ててみるのも手)
自らの殻を破るの手。
思い切って、ジルはリンを後ろから抱いた。
リンは、予測外のジルの行動にかなりの衝撃を感じた後、急に暴れだした。
「リンさん、もう子供じゃないんだから、俺より年上でしょ」
さすがのジルも、これには困惑したようだ。
「年上も、ない、の」
「もう・・・・・・いい子だから」
しばらくあやしたあとで、リンは落ち着きを取り戻した。
らしい。
ケイト・フォーミル(eb0516)はラドルフスキー・ラッセン(ec1182)と共にニーナのお守りをしていた。
不釣合いといえば、不釣合いだが家族のようにも見える。
ケイトもラドルフスキーの二人は、どこか大人びたニーナの様子に何かを感じていたが、何も言わない。
「ほ、星空を見に行こう」
ケイトが言った。
「いくデス」
ニーナが言った。
「それもいいな」
ラドルフスキーが答えた。
三人はそれぞれの想いを抱いて星を見ることにした。
冬の名残が色濃く写す天窓は、澄んだ空気が煌いている。
「二人とも、どうしてずっと一緒に冒険してきたの?」
ニーナがぽつりと呟いた。
月が隠れた。
ケイトは、その一瞬を利用して。
「じ、自分はニーナを娘のように感じていたから、だから母と思ってもらいたいと思うのは、迷惑なのだろうか」
ケイトが独白した言葉にニーナは、黙って彼女の手を握った。
ラドルフスキーは、こんな時に気が利いた言葉一つかけられない自分の情けなさを多少感じたが、
「ニーナ、幸せってなんだろうな」
「今日のラドラドは、真面目」
「学問は、人を動かすことは出来るけど、幸せにするには、不十分なものの気がする」
「だから、それ以外で学ぶんだよ、きっと」
「かもな」
ニーナの言葉にラドルフスキーは、頷いた
しばらく、彼らは他愛のない話をして過ごした。
ケイトに肩車されたニーナ、ラドルフスキーは寒さのあまり、炎を起こして消す。
そんな彼を見て、ニーナは笑った。
ラドルフスキーが柄にもなく、ニーナを淑女扱いしたが、それほど上手くはいかない。
ケイトはそんな二人の姿を微笑ましいと思う。
彼らは、彼らなりの信頼というものによってつながれている。
セシリア・ティレット(eb4721)は、アレクを連れ出した。
お膳立てしたのは誰でもない、誰かだろうが、今は気にする必要はない。
月に踊り映えるのは重なる絵だ。
差し出した手、自らより幼き惑う手に温もりに鼓動を打ち、繋ぐ指先は滑らかだった。
普段と違う彼女の様子に気づいていたとしても、少年がそれを問うには、まだ幼い。
部屋に影が差した。
闇が場を通り、暗闇は瞬く。
戻る光、気がついた時には、すで彼女がいた。
「おねえ」
言葉を続ける前にセシリーは、アレクの唇をふさいだ。
包む温もりに困惑し、起る衝動に抗い背いた。
離した時が、帰る。
セシリーはアレクを見つめた。
俯く彼は、どうすれば良いのか分からない。何を話せば良いのかさえ分からない。
だからセシリーは、諭すように言った、
「もっと…会えない間の分までも満たして下さい愛して」
「僕」
戸惑う愛という言葉は抽象的すぎる。きっと彼の知るものではない。
理解した彼女は、
「アレクさんは、私のことが好きですか、私のことをいっぱい好きになって下さい」
問いを変えた。
聞いた彼はゆっくりと頷いた。だが、頷いた後も身動き一つしない。震えているようだった。彼の様子を見たセシリーは、自らの緊張の糸が解ける音を聞いた。
そっと歩み寄り、髪を撫で。紅潮した彼の頬を手のひら差し伸べたあと囁く、
「大丈夫」
火照る曲線に沿い、指を滑らしおろす。
アレクは、静かに瞼を閉じた。
朝が来た。
彼女の腕の中で目覚めたアレクは、しばらく無言のままだった消え入るように、
「まっててくれる、もどってくるよね」
セシリーはアレクが何言いたいのか、理解した。
「きっと」
答えて、抱きしめた。
二人の行く先にあるのは鐘の鳴る丘だ。
ジルは、アレクの様子が変わったことに気づいた。
アレクとセシリーの雰囲気から、起きた事を特有の嗅覚で察知した彼は、なぜか、やりきれない世の不条理の存在を感じた。
ああいう直情やら、無愛想やら、朴念仁ばかりモテモテなのに、なぜ自分は?
そこで、あれから昨夜星空を見に行って、それなりに良い感じだったリンに、
「リンさん! 俺、昨日の続きを、やり」
「その先は言ったら、殴る」
早速、殴られた。
どう変わろうと、やはりジルは、ジルのようだ。
時は過ぎた。
村を訪れていた茗花が結婚式を覗いたあと、帰る前。
リディアは、三人を呼んで彼女にとって最後となるかもしれない問いかけをした。
「アレク君、ジル君、ニーナさん……答えは出ましたか?」
三人はお互い、顔見合わせたあと言った。
「先生! 答えは」
それぞれの答えは、それぞれのものだった。
リディアは、返って来た返事に何も言わずただ微笑み、
「もう私の生徒からは卒業ですね、貴方たちは既に立派な一人の冒険者です」
そう言った。
茗花は、ディディエと帰る前に出会った。
「一年、ありがとう。楽しかった。 また機会があれば一緒に冒険をしよう」
ディディエは普段と違い、きっぱりとした口調で言った。
「そうですね」
彼らの前には、いつものように過ごしている仲間達の姿がある。
いつか終わりを告げるとはいえ、ここまで歩んできたのは確かだった。
去るものがいて、残るものがいるにせよ。
少しずつ去っていく人影を目で追いながら、茗花は誰に言うでもなく、
「グッドラック」
呟いた。
誰もいなくなった後。
彼は一人、湖上の遺跡に向かった。
溶けた雪が湖に流れ込む。
橋の上、湖面に浮いた氷は薄く、皮膚に感じる大気は、晩秋に感じた冷ややかな空気とは違い、暖かな風を運んで来る。
歩むたび、滑りそうになる道を慎重に進み、目の前に佇む遺跡を前にした時。
一つの光景を思い出し、彼はそれを取り出した。
確かめるように、何度もざらつく感触を指でなぞったあと、勢いよく弾いたコインは赤銅色。弧を描き陽に輝いた銅貨は、波紋を立てると湖に消えて行く。
たどり着いた場所、背を向け遺跡を守る者に向けて彼は言う。
「ただいま」
無言のまま応じ、振り返る彼に駆け寄りしがみつき、抱きついたまま、ゆっくりと一言、一言、噛み締めるように言った。
「ずっと、いっしょだよ」
プースキンが笑う。
アレクも笑う。
安らぎは最初から。
ここにあった。