蒼穹の果て

■シリーズシナリオ


担当:Urodora

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:5

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月11日〜03月17日

リプレイ公開日:2009年03月19日

●オープニング

 白い丘に風吹く頃。
 時の彼方に埋もれた村を訪れた旅人が一人。
 その旅人は赤黒い風を連れてやって来た。
 旅人の連れてきた風が吹き抜けると瞬くまに眠っていたはずの村が赤と黒に染まる。 
 ある日、旅人は強い絆によって困難に打ち勝った者の話を聞くと妬ましいと感じ、自分にとってその想いがなんなのか、必死に思い出そうとした。
 けれど旅人は最初から自分にはその何かがなかった事だけ思い出す。
 からっぽの心を抱いて彷徨う旅人は、いつしかその何かを奪う事を決めると、また旅に出る。
 ──白い丘に風吹く頃の話だ。

 
 温もりの中、君はずっと夢見ている。
 まどろみの中、見えないものを探している。
 けれど手にした地図に答えはない。
「行こう」
 誰かが言った。
 だから歩き出す。
 振り返ることもせず歩き続ける。
 歩む事を忘れ、立ち止まった時。
 君はまた地図を見るだろう。
 地図に答えはない。
「行こう」 
 誰かが言った。
 だからもう一度、あの空を目指し。
 歩き出そう。


 風が雪を巻き上げると橇は丘を駆け出す。
 そして叫んだ。
「いっけぇ!」
 世界は広い。
 そのなかには今起きている何かを忘れてしまう。そんな場所もきっとどこかにあるだろう。
 面の一点にしかすぎないここは辺境にある開拓村だ。 
 この村ではデビルによる侵攻も遠い、デビルとて攻めても仕方ない場所を侵攻するほど愚かでもなく、余裕もない。
 それだけ田舎なのかもしれないが、そんな田舎に住む人々はいる。
 粉雪を散らして走る二つの橇は急な斜面は勢いよく滑る。
「冬が終わる前にイワン。あんたには勝つ」
 挑むような態度の少女。
 彼女の名前ジャンヌ・ジャンバルジャン。
 女の子という分野に生きている。
 活発そうな感じだが凛々しいのとは少し違う、元気というのが多分正しい。
 燃えるような真っ赤な髪が特徴的、普段は後ろに編んでいるようだ。
「JJは口ばっかりじゃん。それにもう冬は終わりじゃないの?」
 答えた少年は彼女に比べると弱い、どこか媚びた感じがする。柔和な雰囲気でそう感じるだけなのかもしれない。
 競争する橇、銀白の広がりにつれて風の音と冷気の高まり連れ速度はさらに増し続ける。
 どちらも一歩も譲らない。
 ──熾烈な争いを制したのはイワンの橇だった。
「今回もボクの勝ちだね、JJ」
「しんじられない! ぜったい、なんか仕掛けがあるんでしょ」
「調べてみたらいいよ、何もないけどね」
 小憎らしいイワンの態度にジャンヌはイワンの橇を調べ始めた。
 彼女は名前が不自然に長いのでJJと呼ばれることもあるらしい。
 元はバイキングの子孫、北欧の出だとも言うが定かではない。
 彼女がこの村にいる理由はない。
 何か理由をあげるなら父親が住んでいるから、それだけの事だ。
「なにもない、なにもない。だから、この勝負はなし」
 言っていることが矛盾しているがイワンは慣れたものだ。
「まあいいよ、一勝くらいあげる」
 情けをかける。
 しかしそれが余計気に入らなかったのだろう。
「実力でたおす」
 ジャンヌは拳を振り上げ。
「暴力反対!」
 イワンはいつものように逃げだした。 
 

「ただいま、フール!」 
 自宅に戻ると猫が出迎えた。
 黒の混じったセーブルの毛と青い瞳を持つ無愛想な猫は一瞬だけ様子を伺うがすぐに彼女の存在自体を無視してその場を去った。
「かわいくない」
 いつもそうだ。
 彼女が可愛がろうとすると逃げる。
 だから、たまにかんしゃくをぶつけるときもある。それさえも無視されるので、もっともっと可愛くない。
「ジャンヌ。またいじめているのですか?」
 奥からやって来たのは彼女の父親、ランスという名だ。
 線の細い男、まだ若い、優しげな感じがする。
「ちがう」
「暴力はいけませんね、力は何も解決しませんよ」
 ランスはジャンヌにいつもそう言う、なぜかは分らない。 
「ちがうってば」
 ジャンヌは否定するが求められているのはその答ではない。
「返事はどうしました?」
「はい」
 ランスはそれを聞くと頷き、なぜか壁に飾ってある剣に視線をやるが、その動作を見慣れているジャンヌは特に何も感じなかった。
 

 ある日の事。
 開拓村の近くには今は廃墟となった館がある。
 誰が建てたのかは分らない。
 領主というのがもっともらしい答えだが、なぜこんなところにあるのかは説明できない。
 館に遊びにいった子供が帰らなかった。
 だから親が捜しに行くが、その親も帰らない。
 その友が捜しに行き事実を持って帰ってきた。
 戻らない村人はそこにいる。
 今では生きているとは言えない。
 その言葉を残すと帰ってきた友は、現実という病を村に運んだ。
 一部の者は何が起きたか気づく前にすでに違う世界に去った。
 残された一部の者は抵抗するか? 逃げるか? の二択を迫られる。
 事態が最悪に進んでいるの気づいた時、戦う事を選んだものは少数だった。

「神の皮肉。ですか」
 ランス・ジャンバルジャンは独り呟いた。
 すでにこの村は終わりに向かっているのは確かだろう。
 逃げれば良い。
 彼の理性はそう告げている。
 だが悩む彼の視線の先にあるのは一振りの剣だ。
 その剣を飾っておいたのではない。
 あえて自分の目に触れる場所に置いておいた。自らを縛るため。
 彼は剣を二度と握らないと決め、全てを見ずここに逃げ生きてきた。
 それでも見過ごせないものある。
 きっと今の彼にとってがそうであるように──枷は誰でもない自らの記憶と想いだけだ。
 ランスはどうするか決めるとジャンヌを呼んだ。
「ジャンヌ、父さんは館に行きます」
 ジャンヌは、最初からランスがそう言うと思っていた。
 だから否定もせず、
「私も行きます」
 真摯に答えた。
 聞いたランスは数秒だけ悩む、だが用意していた返事をすぐに返した。
「止めても無駄なのは分っています」  
 そうなるのを覚悟していたのだろう、彼はどこか寂しそうに笑う。
 それでも一人で後を追ってくるよりはましだから。
  

 ジャンバルジャン親子が退治に行く頃。
 イワンの家族はキエフの知人のもとに逃げることを選んでいた。
 それがきっと正しいのを彼は理解している。
 縋れるものは何もない、なぜなら自分は子供だから。
 だがキエフに着いた彼は冒険者ギルドの前に立っている。
 理屈よりも感情がそうさせた。
 それほど多くはない報酬を手にしたイワンは
「村を救ってください、お願いします」
 そう言って頭をさげた。
 

●今回の参加者

 ea0029 沖田 光(27歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea7242 リュー・スノウ(28歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 ea9342 ユキ・ヤツシロ(16歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb4721 セシリア・ティレット(26歳・♀・神聖騎士・人間・フランク王国)
 eb5076 シャリオラ・ハイアット(27歳・♀・クレリック・人間・ビザンチン帝国)
 eb7876 マクシーム・ボスホロフ(39歳・♂・レンジャー・人間・ロシア王国)
 eb8106 レイア・アローネ(29歳・♀・ファイター・人間・イスパニア王国)

●リプレイ本文

 歩いてきた。ずっと。
 空をぼんやり眺めていたのはいつの頃だったろうか? 踏む雪の感触湿った重さは冬の終わりを告げている。
思えば遠くまできたものだ。
 マクシーム・ボスホロフ(eb7876)は振り向いた。彼の先にある足跡、追ってくるそれは自分でつけたものだ。春の目覚めにより歪つになりつつあっても、確かに其処にある。
「季節の終わりか」
 発した独り言になぜかマクシームは声も立てずに笑った。
 自分でもなぜおかしいのかは分らない。
 分厚い手袋を何度か握る。
 ごわついき鈍い温もりの中、手のひらはじっとり汗ばんでいる。
 後悔しているのだろうか? らしくない。そうらしくもない。 
 内に沸き起こった想いを彼は必死に振り払った。
 物思いに耽るマクシームの後方、少し遅れて進む一団がある。
「スノゥ静かにですの」
 足早に進む雪道、隣で唸り声を耳にしたユキ・ヤツシロ(ea9342)は言う。
 広がる平原に佇む狼は彼女の声を聞くと大人しくなった。
 皮膚を刺す大気の冷たさ、ときおり白丘の向こうから吹きつける風にユキの細い体が震え、睫毛が揺れるた。
「セシリー待ちなさい!」
 あがる声にユキは見た。
 防寒着の塊が突進していく姿を、追う影は追われる獲物を捕まえると頭突きを食らわした。
 普段なら驚く場面なのかもしれない。だがユキは微笑み走る影を見送った。
 シャリオラ・ハイアット(eb5076)は、セシリア・ティレット(eb4721)を追っている。シャリオラはセシリアの煮え切らない態度に多少苛立ちのような物を感じつつも心配している。
 だからこそ頭突きを放った。。
「はい、これで心配を掛けさせた分はチャラにしてあげますよ」
 顎にいった衝撃にセシリアは軽い目眩を覚えた。
「痛い。もっと上手な教え方があるんじゃないですか、シャリー」
「直情なのに弱気なら何を言えば分るのですか」
「それだと私がバカみたい」
 セシリアの問いにシャリオラはそれが当然とばかりに、
「ええ、その通りです」
 セシリアはシャリオラにどう言い返すか、悩んだ。
 けれど言い返す言葉は浮かばない。何も言わずセシリアは痛みを受け入れたように見えた。

 目の前の光景をぼんやりと見つめながら、レイア・アローネ(eb8106)は出発前の事を思い出していた。
 所用でギルドに立ち寄ったレイアは依頼人であるイワンをみつけた。どうやらイワンは何かを悩んでいるようだった。
 レイアはしばらくの間、イワンを見つめていたが
「何かあるのなら私でよければ話してみるとよい。力になれるかは分らないが」
 話しかけた。
「僕もついていけばよいのでしょうか?」
 悩んでいた原因。
 口ではそう言っているが、レイアはイワンの顔に真実ではない何かを感じた。
 だから、
「来たいのか? それなら着いて来ると良い。依頼人の願いだ止めはしない」
 突き放した。
「え、でも」
「私は悩むのにあまりむいていない性格だと思う。人に何かをいえるほど賢くもない。ただ」
「ただ?」
「嘘をついてまで無理をしても怪我をするだけだ」
 レイアは淡々と言葉を紡ぐ。
 イワンは最初からその答えを待っていたのだろう、どこか明るげな様子だ。
「とめてくれてありがとう、本当は」
 礼をしようとするイワンだがレイアは遮り
「感謝するのは早い。まだ何も終わっていないのだから」
 肩を軽く叩き立ち去った。
 
 
「どうかしましたか? ぼんやりして」
 レイアを引き戻した声。
 声の主は沖田光(ea0029)。中性的な美しさを持つ志士の青年だ。
「ちょっと考え事を。そうだ、不躾だが一ついいかな?」
 イワンとのやり取りを思い出し、レイアは沖田に聞いた。
「僕で答えられることなら」
「どうして退治に来たのか」
 レイアの問いに沖田はしばらく考えた後、
「ヴァンパイアの非道は、昔キャメロットにいた頃、散々目にしましたから‥‥‥見逃しておく事は出来ません」
「非道か、非道なのだな」
「なぜそんな質問を?」
 レイアは少し迷ったがイワンとのやり取り、自分が始めてヴァンパイアと戦う事を含め話した。
「あの子がですか? 僕とも話したのに」
 沖田も出発前にイワンと話をした時の事を思い出した。
 その時は、
「相手が相手です、僕も絶対にその親子を助け出してきます、とは言い切れないけど‥‥‥それでも、僕達の出せる全力で、村とその親子を助けに行ってきます」
「お願いします」
 出来る限りの事はする。そう励まし特に変わった様子はなかった。
 レイアにそう話すと、
「異性のほうが話しやすいかったのかもしれない。年頃だ」
 少し照れ混じりにレイアがふとそんなことを言った。女であることを意識されたのを恥じらったのかもしれない。
「かもしれませんね」
 沖田は素直に頷いた。


 太陽の光が降り注いでいる。
「目的地はあちらで御座いましょうか?」
 リュー・スノウ(ea7242)の視線の先に小さな点の集まりを見つめている。
 彼女は村についての情報をイワンから聞いていた。
 村といってもそれほど大きなものではない。
 戦闘が出来るものは少数、たいていの者は逃げたはず。
 イワンはそう言った。
 それを聞いてリューは一安心した。勝ち目がなければ無駄に争うよりは逃げたほうが良いからだ。
 ほっと一息ついたリューの耳に入ってきたのは、
「まちやがれ、セシリー! 大人しくシャリオラの制裁を受けろ」
 走る防寒着、シャリオラ
「やれるものなら、やってみろです」
 逃げる防寒着、セシリア。
 どうやらセシリアは素直に頭突きを受けいれなかったようだ。
「あらあら」 
 リューはにっこり笑う、
「緊張感はいったいどこに行ったのかね」
 マクシームは呆れた。
「とめた方がよいですの?」
 ユキは配している。
「大丈夫ですよ、それだけ元気があるのなら」
 沖田の言うとおりかもしれない。
「きっと転んで雪だるまになるのがオチだ」
 レイアが宣言したとおり、その後二人は転んで雪だらけになる。
 晴れた日の出来事だ。

 
●村

 アンデッドがいることは事前の調査で分ったが、踏み入れないわけにはいかない。

 物陰より現れた人影に注意を奪われた。
 おぼつかない足取りで歩む者を見た時ユキは何かを悟ると詠唱を始める。
 ユキの動きに隣に立つリューもそちらを見た。
 彼女達の視線の先にあるのは人であることを失った者たちの群れ、白昼の元でも生きる死者は夜を待たず進んできた。
 意思はある。日の光を受け痛みに苛まれている。何者かの命によってそう強制されている。
 このまま放置しておけば崩れ去るだろう。
 二人を守る白狼は攻撃を開始しようと。
「待って」
 ユキはスノゥを撫でた。もう駄目だと分っていたが、苦しむ姿に躊躇したのだ。
 救えるかは分らない。
「安らぎを与えるの神の教えで御座います」
 リューはユキを諭しユキは理解した。
 唱えた呪文、創った光で彼女達はその場に温もりを点すと彼女たちの狼が全てを終わらせた。

 村の調査に向かった沖田は小屋に隠れていた住人を見つける。熱に浮かされているその姿が探る記憶に引っかかた解答は
「感染している?」
 以前の経験から起きている事態を知った沖田、治療すればまだ助かるのかもしれない。だが、連れて行くのは無理だ。外には住人の残骸が歩む。
「大丈夫、すぐ助けに来ます」 
 氷の柩に眠らせた。
 そして無言のまま沖田は外に出た。彼を襲う人影を視認すると沖田は首を数度横に振る。彼らに出来ることは少ないのを知っている。
 沖田は詠唱を始める。
 生まれた火球。
 迸る火炎の熱さ、鎖から解放したい。
「これしか、僕にはできないから」 
 呟いて撃った。 


●館

 偵察どころではなかった。
 勢いよく放った矢が一体の死体を打ち抜いた。
 放たれた聖なる力が灰に戻した。
 何度それを繰り返したか分らない。
 館に向かう途中、周辺にいたと思われるアンデッドも村にやって来たようだ。
「矢の残りも少ないな。そっちはどうだね? レイアさん」
 マクシームはレイアに聞いた。
「問題ない」
「そうか、ここから本番だ。どうやら親子はいないようだな。私はしばらく援護をした後屋根上から侵入し確認してくる。戻って来た後は其方の番だ」
「やれるだけのことはやろう」
 マクシームは館へと向かった。
 残されたレイアは肌に強い殺気を感じた。どこからか分らない。
 今まで屠ってきた物とは明らかに違う何かだ。
 レイアはどうするか迷った。館に行く途中、傍にある森から殺気は感じられる。確かに此方を何が見ている。
「そこの二人」
 レイアはセシリアとシャリオラの二人に声をかけた。
「少し調べたいことがある。この場を頼む」
「なんだか知らないけれど、頼まれましたよ。シャリオラさんにお任せです」
 シャリオラは胸を張った。
「分りました。なんとかします」
 セシリアは剣を握った。久しぶりに自分の力だけで戦う、そんな感覚をセシリアは感じていた。
「今の敵なら大丈夫だろう」
 レイアは森へと進んだ。
 薄暗い森の開けた場所。日の光が差さぬそこにいたのは異質な存在だ。
 赤いローブを羽織ったそれは構えた鎌を横になぎ払うと言った。
「貴様の命運も此処までだな」
「型どおりの科白か、もっと気の利いた物を頼む」
 レイアは剣を抜き、戦いは開始を告げる。
 ローブは誘うように鎌を揺らす。
 待っていても仕方ない、レイアは自ら仕掛けた。
 様子見に軽い一撃を放つ。
 レイアの剣が地を叩く音の後、敵の鎌が空気を裂き同時に彼女の肌に血が咲く。
 手加減している場合ではない、レイアはそれを知った。
 息を整える。
 踏み込む呼吸を計る。
 この間合い、相手から来させるのが良い。
 あえてレイアはニ撃目を囮に使う。
 振るわれる鎌をその寸前で避け反撃を狙うため。
 刃と刃の交錯する瞬間、自らが剣を振るう時、レイアはローブと目が合った気がした。


 血まみれになって帰ってきたレイアに皆驚いた。
「たいした事ではない」
 彼女は笑った。
「集った縁で御座います。治療が必要でしょう」
 やって来たリューは、レイアの治療を始めた。
「彼女は?」
 ユキの事を聞いたのだろう。ユキは狂化した。自らを守るためにスノゥの返り血を浴びた結果だ。落ち着くまで時間が必要だろう。

 その頃マクシームは、館の親子と連絡を取っていた。
「逃げれるけれど、逃げられない」
 娘のほうはただそう繰り返した。
 彼女がなぜそう答えたのかはすぐに分った。



●扉の向こう

 ──やり直しが効くか効かないか、そんなことはどうでも良いじゃないか。

 館の内部はそれほど障害がない。 
 いや、まったく無いといっても良い。
 館を壊す案もあったが、話を聞いてきたマクシームがその必要はないと断言した結果。そのままにした。
 親子が居ると思われる部屋は二階だった。
 扉を開くと、館の主が出迎えて言った。
「よく来た、上出来だ、上出来。幾人かは此処まで来てくれる思っていたよ冒険者」
 館の主は戦う気は無いようだ。
 傍らに捕われた二人がいる。
 違う捕われているのは父親のほうだけのようだ。 
「君は最初から自由だよジャンヌ、なのになぜここにいる」
 主は言った。
 だが、少女は動けない。
 逃げれば良いはずだ。しかし逃げられない。
 奪われるものが自分の命なら、まだ納得もできる。
 けれど、引き換えに贖われるのは誰でも無い。
 戦闘態勢に入ろうとする冒険者を制すように主は言葉を続けた。
「助けるための条件を出す。簡単だ。君達はなぜ冒険をしている? 生きている? 単純な質問だ。それに答えてもらおう。その答えさえ知れば私は自ら醒める事のない眠りにつこう。無論、今すぐ終わらせてもらっても構わない、抵抗する気はない。だが、その場合は此処には無い命が一つ失われる」
 此処にはない命? それが何かは分らない。だがやり方が非道だと誰しも思った。
 中でも彼女、セシリア一番激昂した。
「卑怯者、正々堂々戦いなさい」
 主はその声を聞いたことがあった。
「確かセシリアだったね、君の望みどおり私を倒せば良い。己の信じる正義によって裁く権利が君にはある。そのかわり仮初の命とはいえ命、償いを求める。無駄に奪う必要もないのに奪うなら、私と君いったい何が違うのだね」
 冷静な口調にセシリアはより逆上した。
 自分が悪いわけではないと思った。
 倒すまでもない、追い詰めて自分にとって必要な情報だけ吐かせれば良い。 
 そう感じた。
 だから彼女は剣を抜く、主はその様子を静かに黙って見ている。
「辞めなさいセシリー!」
 剣が振るわれる寸前。
 シャリオラはその剣を自ら受けた。なぜかは分らないが、ここで終わらせてしまっては全てが無意味になると感じた。
 自分の役目ではない気がしたが、それでも動いていた。
「いたいじゃない、セシリー。落ち着きなさい」
 血にまみれた剣を見て、セシリアは正気に戻った。
「いや、いや、いや、いや、いや、いや、いやー」 
 叫びに場の空気が変わった。シャリオラの治療に回復したユキが走り、レイアが柄に手をやる。
 その行動を牽制するかのように主は言った。
「待ちたまえお嬢さん。招待状はきちんと贈る。それが私の流儀だ。それだけではない答えを出す手助けをしよう」
 その言葉にマクシームは主を睨んだ。
 目の前にいる誰でもない、誰か、その正体は彼を知っているが耐えた。冷静さを失えば相手に乗せられるだけだからだ。けれど、沖田は耐え切れなかった。
「お前が、この村を狩り場にしたのか? その上この仕打ち。僕は絶対にお前を許さない」
 主はそんな沖田の態度など気にもせず淡々と返した。
「そんなに怒らないで欲しい。これは遊びゲームだよ。報酬が命というだけのね。当然降りる事もできる。その場合の報酬は救える命と知りながら見捨てた。になるが、それもまた記憶に残るギフトだろう。私は此処を去る。地下に生き残りがいる助けると良い。それでは返答を期待しているよ」

 ジャンヌは解放された。父は残して。
 彼女に贈る言葉があるのだろうか。
 館を出た時、ジャンヌが不思議そうに聞いた。
「何? わたしも飼ってる猫がいるんだ」
 ユキとリューのスノーウルフを見て、ジャンヌは言った。
「こちらはポチ」
「スノゥですの」
 彼女は二匹の狼に近づいた。
「猫逃げちゃった。生きてるかな、わかんないよね」
 ユキとリューは顔を見合わせたあと、必ず生きている。
 そう励ます。
 ジャンヌは空を仰いだ。
 目の前に広がる青がなぜか歪んで見えた。
 声のない悲しみを間近にした二人は少女を優しく抱きしめた。



 いずれ全てが終わる。
 崩れはじめた世界が閉じる前、与えられた終わりとは違い、自らの意思によって導く結末を求めたい。
 冒険の果てに何があったのか? 何もないのなら、それでも良い。
 では、何のために君は此処まで歩いて来たのだろう。
 知りたい事はきっとそれだけだ。

 続