阿修羅の世
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■シリーズシナリオ
担当:Urodora
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:10 G 85 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月04日〜01月09日
リプレイ公開日:2010年02月16日
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●オープニング
過去。
キエフ西方に位置するヴォルニ領で巻き起った騒動は一つ結末を迎えた。
デビルによって巻き起こる嵐の中、死を迎えたはずのヴォルニの領主、アレクサンドル・ヴォルニは数奇な運命の果てに吸血鬼として甦る。
新たに得た命は仮初と知ったアレクサンドルは、己の命脈が尽きたことを悟り、自らの呪われた生、皮肉を笑った。
彼は紡いだ糸に関わる配役を招き、定めを紡ぎなおす事を選ぶ。
それは同時に彼を現世呼び戻したものに対する復讐でもあった。
アレクサンドルは、すでに時の輪より外れていた中で最も有力な者を生贄とすること決める。
そのすべては一つの問いを問うため、
「何のために生きる」
その問いのため、張られた罠。
掛かった過去と鼠を嘲笑うと巻き戻される面影。
新たな舞台とされたのは、外界と遮断された小さな村だった。
新しい筋書き・役者を揃う。
繰り返されるのは悲劇か喜劇か?
ヴォルニの地に再度、飢狼の旗が立ち昇る。
●想
彼は見る。
箱庭に住む住人は自我を誇らしげに栄華に溺れる。
その姿を見て、せせら笑おう。
狭い世界、駆け抜けようとも壁に阻まれた。
彼は知る。
箱庭に住む住人は自我を誇らしげに語る。
知ることもせず走り出さないからこそ在る。
語っても、
悟っても、
織り成す全ては見えないままだった。
彼は居る。
満たされた全部ひきかえに生まれた疑念に呑まれ。
反芻する言葉の群れに敵意を持つ。
欲しいものがいったい何だったのか分らない。
問いかけた先にある答えを求めるが無言のまま。
恐れはいつしか心を蝕み、虚ろな己の内、住む鬼は吠える。
消えていく自分に愛という名の憎しみに赤を添えた。
●刃
陽光たなびく輝きを前にした少年は、刃に映る自分の面差しを見て溜息をついた。
刀身に刻まれた文字と象形が何を示しているのかは分らない。
何度か首を振り、眺める。
けれど、答えはでない。
陽の照り返し散った片は地に影を作り、流れる破線が走り抜ける。
迷いという名を籠めた光を視線、胸中に浮かぶのは戸惑いだ。
手に入れたまでは良かった。
なのに、剣を渡すための口実がない。
少女には秘密だった。
取り戻すために冒険者に頼んだなんて、言えない。
繰り返される問い、初めからどうすれば良いのかは彼自身、知っているのに自分から足を運ぶことはできない。
できないのではない、勇気がないだけだ。
そんな彼に助けは、あちらからやって来た。
「イワン、手紙! 父さんを助けにいく」
突然現れた、少女を前に手にした剣を隠そうとする。
「何?」
「これ、その」
「剣? あいつを倒すのためやつで、綺麗な剣」
ジャンヌは事態をあっさり飲み込んだらしい。
こういう時は、そういう単純な性格がうらやましい。
イワンはそう感じながらも頷く。
「うん、あげるよ。ジャンヌ。僕」
僕が持って一緒に行く。
まだ言葉を口にするのは叶わない。
「いくぞー!! 根暗ヴァンパイヤの退治、退治。フール、イワン、準備」
「ふぎゃー」
彼女の掛け声に、図太い声で猫が鳴く。
そして不釣合いな剣を携える少女は駈けた。
走っていく後ろ姿を見送りながら。
「かなわないや、待ってよジャンヌ」
イワンは呟き、ジャンヌを追い始めた。
●館
男は、男に問いかける。
問いかけられた男は、自由意志の元、彼の問いに答える。
拘束は
「後悔しているのかね、ランス君? 君は何のために残った」
襲撃された時、逃げる時間は確かにあった。
村を守る義務など彼には無い。
だが、彼には守らなければならないものが一つだけ残っていた。
「娘のため、か?」
指摘された事実
「全てが敵になろうと私はジャンヌを守る」
数秒の無言。
「全てが敵になってもか──。それが君の答えなら。生きるに値する。省みて」
透き通った肌を見つめた男はどこか寂しげ答え、続ける。
「死してなお、命喰らい永らえるとは無残。ランス君、君はこの世界の意味を考えたことがあるかい」
唐突な問いかけに黙ったままのを尻目に男は淡々と言葉を紡ぐ。、
「単一の世界など最初から存在しない。あらゆる世は一部、一面、永遠に続く今と意識があるだけだ。過去も未来も所詮は形骸」
一度言葉を切った男は、ランスの態度を伺った。
ランスは意味を計るかのように無言のまま、男は確認すると再度話し始める。
「私はそれが憎い。この世にある神・創造者が憎いと同じかもしれない。無限の檻に閉じ込められているのだよ。我々は。だから私は解放する。殺め無に返してみる。無意味かもしれないが、自らの影を創り放ち続け世界を彩る。赤黒が意識染めぬけば、場の遊戯、私の勝ちだ。ランス・ジャンバルジャン。君は本当に生きているのか?、聞き方を変えよう。此処はどこだ。お前は誰だ」
「何を言っている」
明確に意味を把握理解できないランスを見、男は頷いたあと、構わず続けた。
「君と私の違いは意識の差だ。君は感じ与えられるものを疑わない。だが、その根拠はなんだね。知識か、感覚か、信仰か、それとも感情か。よく考えてみたまえ。君は自分という存在すら明確に自覚できていない。そう、どこまで行っても同じなのだよ。分るかね、それを魂の孤独と呼ぶのだ」
「狂っている」
「自分でも正常ではない事を知っている。だが、誰しも自らの意識こそ正しいと錯覚し生きている。私はその一部を誇張した姿、役にしか過ぎない。世界の意思を達するための部品の一つなのだよ我々は。君もまた同じではないのか、泣き笑い、苦しみ、喜び、与えられたその全てを自らの物と錯覚しているにすぎないのではないのか。見たまえ、君。天にある空さえ牢獄への入口にすぎない」
言い切った男の瞳に迷いはない
「ギニョルに遅れた役者など役にも立たぬ、今こそ自ら幕を下す時。ランス君、矛盾しているが君は生きるのだ。世界の全てが敵になっても守る。君は立派な父親だ。だから君は生き自身を紡げ。己の定め悟れど屈さぬ姿こそ、美だ。温もりこそが命の輝き。君もまた私の作品一つ、生きるのだ。この道化に意思に抗う」
術すら、ないのだから。
会話は終わった。
男は男を置いて部屋を出た後で、虚しさに囚われた胸に手をおき過去を繰り返すだろう。
永劫とも言える時の中、彼は彼であって彼ではないのかもしれない。
自ら産んだ錠、繋がれた鎖の先には過負荷の光白の下。
静寂という環に彩られた場、初め在り終わり無き此処においての太陽式。
当然、誰もが毅然と言い切る事実に反する性情こそ、彼と言う存在そのもの。
その事実さえも抗することでしか自らを表せない裏返しでもあった。
だが、あえて最後の問いを携え彼は立ち、言うだろう。
「舞踏会の準備をしよう。最後の舞踏ならばこそ──華麗に舞うが誉成り」
故。
アレクサンドル・ヴォルニ所以、縁。
●リプレイ本文
●出発
遠い昔に歩いた道は、擦れている。
今では、発端がなんだったのか分からない。
この時、今後も続くであろう時を俯瞰するために、彼が用意した皮肉。
人は己の内に無きものを求める。
だが、無きものを求めたところで、手に入る事はない。
舞台の上で演じることで満たされる物、仮面にしかすぎないのかもしれない
もしも語る道化がここにいるならば、踊る者たちもまた。
道化に違いはない。
冬の美しさは一種独特の匂いを運ぶ。
澄んだ大気、汚れのない白に覆われた地に、東からやってくる一団がある。
軽快の足取りという重苦しい、途切れる会話の中。
「まったく、いまごろよび出すなんて、なんなのよ」
少女が一人いきまいていた。
「ジャンヌ。時間がたっているせいか、色々と記憶に曖昧な所が、誰か詳しい解説を記した物をもっていませんか?」
沖田光(ea0029)は少し照れながら言った。
「これが今まで顛末だ。私も半ば忘れていたよ」
それに応え、マクシーム・ボスホロフ(eb7876)は今までの経過を記した羊皮紙を渡す。
「不死者は、時間感覚がずれてるんでしょう。準備に半年以上かけるくらいですから」
セシリア・ティレット(eb4721)が言った。
「きっと色々事情があるんですよ。だからといって許されるわけでもないですけれど」
シャリオラ・ハイアット(eb5076)は不機嫌そうだ。
「どちらにせよ、やれることをやるだけだな」
レイア・アローネ(eb8106)の発言は至って真面目である。
そして冬だというのに彼女はときおり露出度が高い。
イワンが微妙に意識している時もあるにはある。少年期は難しいものだ。
レイアになぜなのか聞くと戦闘時に動きにくいからだと答える。
例えばここで、その点に色々注目することもできるのだが、もはや時間もない。
そのため、このあたりで切り上げよう。
「そういえばシロ来てたね」
ジャンヌがフールをあやしながらつぶやく
出発前の事だが、一頭の白狼が手紙を携えてやって来ていた。
文面は、
「病欠します」
と、あった。
忙しい時期なので、病気になったのだろう。
お大事に。
話を戻そう。
今回は目的からして色々重苦しい事情があり、やはり暗い空気は否めない。
そのためか、やや暗めになりつつある一行だったのだが──。
依頼主であるジャンヌが、冬空の下いきなり、
「ネクラ男をぶっとばすぞー!」
そんな勢いで拳を振り上げた。
暗さという二文字があまり相応しくない行動だ。
彼女の態度に唖然とする彼らを前にジャンヌは言った。
「悪いやつは一回ぶっとばさないとわかんないでしょう」
正論である。
正論であるから、賛同するものも確かにいる。
「そうですよ」
シャリオラは拳を握った。
「ですね」
セシリア力強く、
「倒します」
沖田はこくりと頷く。
三人はどちらかというと、熱い。熱血チームだ。
迸る熱血組とは対照的に、マクシームとレイアは冷静に事の成り行きを見つめていた。
この二人も隠れ熱血的部分があるといえばある。
ここでみんな一緒に拳をあげて特攻するぜ。
そんな展開もあるだろう。
しかし、勢いで突撃すれば落とし穴に、はまるは必須。
なぜなら、相手は罠が大好き陰険男なのだ。
熱気を抑えるために、
「落ち着つくんだ。みんな」
レイアが言った。
だが、テンションが上がり始めた四人を止めるには弱い、
「たおせ、タオセ、倒せ、たおせマーチ!」
ジャンヌを筆頭に行進を始める彼ら、もはや冒険なのか遠足なのか謎で、いったいこれからみんなで何をしにいくのか不明瞭、とにかく何かを倒すことはよく分かる。
もう面倒だ。
質問なんて無視して、倒してしまえばいい。
独り、若者のテンションについていくに人生をかみ締めた男は心の中でそう思いつつ。
「どうしろと──」
冬空を見上げる凍えるマクシーム、彼はいかなる時も胃痛が友達であることに気づいた。
●館
館は目の前にあった。
雰囲気は悪くはない。
やや古ぼけているがそれなりの構え。
指定された場所はどうやらこの館のようだ。
一行はたいした障害もなく、館に辿りつき門をくぐった。
客室というには古びた応接間、その机上に一通の手紙があり、ここで待つよう指示が書いてある。
一瞬どうするか判断に迷った彼らだったが、選択権はこちら側にはない。
人質を取られている身としては、待つしかなかった。
何処か苛立ちの混じった緊張張り詰めるなか、シャリオラはふと足元に目をやった。
「ぐぎゃーん」
「なんですか、このかわいくない猫、しっし」
視線があったシャリオラと猫のフールは敵対した。
なぜかは解らないが、深い理由があるような気もする。
「きっと、猫の名前が悪いんだろうよ」
マクシームは訳知り顔だ。
「名前とは?」
レイアが聞く。
「フール。愚者ですよね? じゃ天敵かもしれない」
マクシームが答えるのを遮り、セシリアが言う。聞いたマクシームは肩を軽くめたあとで頷く。
一部の者たちには暗黙の了解にも似た空気が流れた。
しかし、レイアや沖田には何のことか解らない。
それを感じとったマクシームは、
「よし、暇潰しにオヂサンが調べた昔話をしよう! 今は昔、悪魔の門というものがありました──」
マクシームが過去の冒険を語り始める。
中身は長くなるので、ここでは割愛しよう。
しばらく時が経った。
短くない話を聞き終わったレイアがまとめる
「まとめると、シャリオラはかつて愚者という名前の男に、存在意義を否定された上、お前如き雑魚は失せろ。そう捨て台詞を吐かれた? と」
誤解のないように言うと、事実である。
「何か脚色されまくってません? もう忘れましたけれど。ただ、最後はボコボコにしましたよ」
シャリオラが割り込んできた。
セシリアは思った。
伝聞が正しければ、ボコボコにさせてもらったような気がする。
あえて言おうと思ったが、ここでシャリオラにボコボコにされるのは嫌なので黙った。
彼女は意外と暴力的なのだ。
「そうか、強かったわけだ」
レイアは斜めな理解を示す。
「強いというより、強情なだけですよ、ああいう男は」
「にゃ」
フールはそこまで聞くと、ジャンヌの元に去っていった。
戻ってきたフールを沖田と共にあやしていたジャンヌは何気なく彼に聞いた。
「ね、沖田さん、猫好きだよね」
沖田はジャンヌの問いの内容を反芻したあと
「ええ、うちおっきな猫がいますから」
答えた。
沖田の返事を聞いたジャンヌ、フールは彼女の様子をみつめていたが、また何処へともなく去っていた。
「ああ、フール。もう猫ってわがままだよね」
そんなジャンヌに、
「それがいいんですよ」
沖田は頷くのだった。
●問い
それからしばらくすると、使者がやってきた。
使者は不気味な姿だったが、あえて気にするものもいない。
携えた文を渡す相手に敵意らしきものはない。
どうやら、答えは一人ずつ聞くことになるようだ。
最初に招かれたのは沖田だった。
開かれた扉は静寂を破る。
締め切った部屋の中央、暗がりを照らす灯が揺れた。
訪問者に気づいた彼はゆっくりと振り返ると沖田に言った。
「偶然という采配によって此処にやって来た者よ。だからこそ話したまえ、それが君の生を示すものならば」
沖田は口ごもったあと、
「何故冒険をしているのか?、何故生きるのかですか?」
そこまで言葉を口にした後、沖田の内に、目の前の男に対して嫌悪にも似た感情が生まれる。
自分に向けられた冷ややかな瞳に写しだされている虚がとても居心地が悪い。
「そうだ」
沖田の自問を聞き、彼は促す
「‥‥‥‥そんな事、僕は僕の力で誰かが喜んでくれるなら、それが嬉しいと思って冒険をしているし、この手で護れる者があるのなら、その為に冒険をしている‥‥‥‥生きているのは、大切に思える人の笑顔を見ていたいから、関わり合う色んな人達の笑顔に合いたいから‥‥‥だから、僕は生きる。そこに、生きている喜びがあるから。ゲームとか言って、命を弄ぶ物を許せないし‥‥‥‥‥嫌いです」
沖田はあえて淡々と言葉を紡いだ。
憤るほどのことでもなかった。
自分の言葉には自分なり真実が含まれているから。
「己の手によって笑顔を守る。それもまた一つの答えだな。君は私が嫌いと見える。清算の時はまだ遠い、結論を急ぐ必要もない。次だ」
次に呼ばれたのはシャリオラだった。
「神の下僕でありながら、神を真に是認しているのか? 答えるがいい」
「とりあえず何故生きるのか? ですか? そんな事聞かれてもいきなり答えるなんて難しいですね」
「だからこそ、問う価値がある」
「そんなものがパッと答えが返せる人なんてとんでもなく強い、そう、力とかじゃなくて人として強い人。
もしくは、何かに盲目な‥‥ああ、それも強さか」
「生きるのは強さだということかね」
「違います。少なくとも私みたいにとりあえず何か漠然と冒険している女には答えだせなんて無茶な話です。聖職者なんて言っても神様がいつも何か示して下さるわけでもなし」
「では、君は何のために神に仕えているのだ、いや生きているのだ」
ここまですらすらと返答してきたシャリオラが詰まった。
脳裏には用意していた答えはあった。
「そんなこと分るわけないでしょう」
「答えなどない、それが君の答えかね」
「まだ。みつけてないだけです」
たが、彼女は胸のうちにあった何かを答えなかった。
なぜかは解らない。
自分で理解できないうちは言葉にして示すものではない。
そんな気がしたからなのかもしれない。
「今だ問いつづけているのだな。よかろう、次だ」
部屋に入ってきたマクシームを見て、彼は言った。
「経た年月は君がもっとも長い。なればこそ奇なるものを期待している」
「ご期待に沿えるかは別として。私の答えは簡単だよ」
そこまで言うとマクシームは言葉を切り、続けた。
「何のために生きるのかは分らない。分らないからこそ、 明日起こることを煩うのではなく今日という日を精一杯に生きるべきなのではないか、どうだい偶にはいいこと言うだろ」
「理解できないならば考えなくても良いということかね」
「考えてもしかたいことを考えるくらいなら、今を生きればいい」
「君は老獪だな」
「残念ながら私の言葉じゃない。そう、神様って奴の教えの一節だ」
「神か、私からすればもっとも憎むべき存在だ」
彼はそこまで言うと黙った。
マクシームは声をかけるべきか迷ったが、沈黙は短く。
「結末にはまだ遠い、次だ」
レイアは、問いかけから始まった
「アレクサンドル・ヴォルニ。 私から貴様に問う。何故生きる目的を問う? それを欲する? 人は生きることを疑問に思わない。 わかっているのだろう? 死に損ない。お前には最早生きる為の目的がない。だから他者に問う」
強い怒気、ではない。
怒りを内に秘めている。
レイアは彼の答えを待った。
しばらくというには短い間、考えた彼は、
「君は賢いな。だがそれでは、目的がないものは生きる意味はないということか」
彼の答えを予想していたレイアは、哀れみをこめて、
「貴様は悲しい男だな。問いに答えよう。私の生きる目的は――ない」
言った。
「ないのなら、なぜここにいるのだ」
「見つけることが生きる目的だからだ。お前の言うとおり人は孤独だ。無意味だ。錯覚だから他者が必要なのではないか?」
レイアは黙った。
「その通りだ。だからこそ私は」
彼は口ごもった。
「いや、答えを出すには今一度彼女に問う必要がある。君は美しい。だからこそ、今は退け」
返す言葉はいくつかあったが、レイアは退出した。
「答えは用意できたかね」
アレクサンドル・ヴォルニと呼ばれる男は、初めて彼女に顔を向ける。
茶番ともいえるこの劇の鍵となる彼女自身の答えを聴くために。
「セシリア・ティレット。答えるがいい」
「人の道を踏み外し、外道となってしまい可哀想に、苦しいのね、貴方を助けたい! 自分に溺れる者はいずれこのまま闇に落ちます、貴方を束縛している鎖を断ち切らねばなりません」
セシリアの語調は強い。
だが、アレクサンドルは笑った。
「セシリア君、君は自分が何のために此処に来たのか自覚していないようだ」
罪は罰をもって制されるものなのだ。今となってはその罰さえ無意味ではあるが。
その言葉に内にあるのは、憐れみにも似た何かだ。
「そのように世迷言を聞くために私は此処に来たわけではありません、貴方を滅さなければ」
「力をもって事を成すのならば、力によって報復されるのみ。君の行いを正義というのならば、それは君自身の奢った我にしかすぎない。まあいい、君の生きる意味は自らの正義を通することなのだろう。答えは出揃った。戻り待つが良い」
●凶事
戦わなければ決することができないのは、初めからわかっていたことだ。
選択を選ぶのが速いか、遅いか。
それだけの差にしかすぎない。
応接間に下りてきた彼は、
「人質は解放した。館を包囲する手はずになっている。逃げる時間はある。選択するのは君達次第だ」
伏せていた兵の存在を告げる。
予期はしていたが、唐突に発せられた言葉に冒険者たちは驚きを隠せない。
その言葉は同時にアレクサンドルが自ら滅びを選んだことを意味している。
もとより彼は、何も求めてはいなかったのかもしれない。
このまま帰るの良いかもしれない。一部の心にそんな想いがよぎったとき。
「だまれ! ネクラ男」
ジャンヌが叫んだ。
「そうだったな、大事な客人を忘れていた」
まっすぐな視線、みすえる瞳は、
「ゆるせない」
一言。
単純だが、そこにある意思は堅い。
「ならば相手するのが礼儀というものだろう」
ジャンヌは戦うことを選んだ。
彼女に護衛として雇われた冒険者たちも戦うことを選ぶしかない。
偶然はどこにもない。
あるのは必然だけだった。
自らが仕掛けた炎が身を焼き尽くすとしても、彼は成すべきことを成す。
「君達の返答に敬意を称そう。私は答えが欲しいわけではない。気づいた上でそうするしかなかった。何かを捨てずに何かを得られる。そう信じられるほど──強くはない」
走り出すことさえできないのなら。
後悔という帳に隠れて脅えるしかないだろう。
過ぎ去った今を嘆き、やってくる明日を見つめるだけだ。
夜は来て、また去り、繰り返される天地に新しい陽が昇る。
昇る陽を誰しも自らが望むのだから。
だが、その望みさえ打ち捨て求める物をあるならば、全てに逆らうもまた生ではないか。
「我は不死者、宵闇の王。己の答えが真と信じるならば、自らの力にて越えてみせるがいい」
立ちふさがる彼の顔に、翳りが見えたの気のせいだろうか。
「だまれ! ネクラ男」
ジャンヌの宣言に
「語るは仕舞い、剣を抜く時よ」
彼は答えた。
初めに仕掛けたのはマクシームだった。
暗がりより現われた下僕に銀色の矢を放つ。
非戦闘員であるジャンヌ・イワンはセシリアの張ったホーリーフィールドのうちに守られた。
「どうした、来ないのか? 時間をかければ不利になるだけだぞ」
アレクサンドルは、見ていた。
レイアが剣を抜いた。
同時にレイアはある一方から気を感じている。
「いる。片割れか」
殺気というには虚ろな気だ。
何者なのかは見当はついている
しかし直接戦闘を得てとするのは、レイア・沖田の二人しかいない。
セシリアも戦えないことはないだろう。
敵のタイプから防衛する場合は圧倒的に強い。
しかし彼女は自ら攻めるのならば、隙ができる。
そしてジャンヌたちを守りつつ、戦闘するしかない冒険者側にとって守勢の核を除くのは無謀といえる。
感じる気配はさらに強くなる
レイアは判断に迫られた。
純粋に戦って勝てる見込みがあるは、この中では自分だけだろう。
レイアは決めた。
「沖田、此処は頼む」。
沖田の何事か迷ったが、理解し頷いた。
「分りました」
レイアは見えない敵に行く。
戦いは続いている。
戦場は狭い館の中、条件としてはどちらも同じではあるが、数が多い冒険者側はうかつに動けない、動けば無意味に被害出すことになる。
かといって、この戦闘人数では自由に攻められるわけでもない。
大規模な攻撃呪文を使うこともできず、アレクサンドルは見ているだけだ。
膠着状態に陥りつつある
事態を変えるための一石が必要だった。
それは、思いもよらぬところからやってきた。
「追ってくるが良い、逃せば、無に戻るぞ」
アレクサンドル自ら動いたのだ。
彼は背後にあった隠し扉を破ると外へ逃げ出す。
突然の出来事に慌てたマクシームが矢で追う。
だが、壁を虚しく撃つだけだ。
すぐに素早く行動を起こした彼らの背後。
そこには新たな影があった。
場を移す。
鎌という武器は見た目の奇矯さに比べて、それほど強力な武器ではない。
あえて場を離れ、相対したレイア。
数合打ち交わしたレイアの剣が相手の手元を激しく打った。
高い音と共に大鎌は地を回る。
「安らかに眠れ」
レイアの言葉、とどめを刺すべため、刃を向ける彼女。
その時、背後で異変が起きた。
異変はアレサンドルが脱出と時を同じくするものだ。
「火攻めか?」
彼女の言葉の通り、館は炎に包まれた。
その頃。
「あの詐欺師、こんな罠を! 何が生きる意味です。最初から殺る気満々だったんじゃないんですか」
シャリオラが憤り、怒りをぶつけるかのように、聖なる力を生死体にぶっ放す。
「いかれ領主殿であるからして、このくらいの事は当然のお約束だな」
マクシームは何かを悟っている。
「ふははははは、私の試練を乗り越えてこそ、生きる意味がある。しねししねしねしねしね口封じだ。ですか。立派なこと言うわりに、やること意外とせこいですよね」
セシリアの言うことにも一理ある。
「それにしても趣味悪いですね、火攻めって、僕に対するあてつけでしょうか」
沖田がぼそりと言った。彼は火の志士だ。
「ほのぼのしてる場合じゃないよ、このままだとみんな死んじゃう」
ジャンヌが慌てるが、
「いや、こういうのに慣れてるわけだよオヂサンたち。伊達に冒険者してないから」
マクシームは動じない。
そのやりとりを見ていたイワンは、僕は冒険者にはなりたくない。
心からそう思った。
しばらくすると
「何をやってるんだ、逃げるぞ」
止め刺す暇もなく戻ってきたレイアが言った。
のんびりしていわけではない。
脱出するというだけなら簡単だ。
だが、相手が逃してくれるわけもない。
唯一安全を確保できる出入り口は、きっと敵がいるだろう。
レイアと沖田の二人は切込み、血路を開くことになった。
案の定、伏せていた敵の数は多く、逃げる通路は狭い。
「退け」
レイアが一匹しとめる。
その時、油断が生まれた。
上方、投げられたの何者かの刃。
戦闘の二人は分っていたが反応できなかった。
隣にいた沖田はさらなる判断を強いられた。
沖田の背後に守らなければならないものがある。
宙に舞う婉曲、回転する刃の描くきらめきは美さえ感じる。
自らの得物を手にして、迎え打とうと沖田は思う。
もしここで失敗すれば──。
だから、沖田はあえて受け止めた。
思っていたよりも熱い。
「二人とも大丈夫、ですか?」
血が額を滑る。
沖田が守ったのは二人の子供と一匹の猫だ。
「沖田さん」
ジャンヌの問いかけ、
「猫さんは」
「元気だよ」
イワンが答える。
格好をつけてはみたが、痛みは正直だった。
沖田は苦痛に耐えながらも、語る。
「男の子は強くならないと駄目ですよ」
「しゃべらないで怪我」
心配そうなイワンに
「これくらい大丈夫です、いつものことですから」
沖田は笑顔を作って答えた。
「あの時、止めを刺しておけば」
レイアは得物の主が何者か理解していた。
特徴ある曲り刃が鎌を示している。
自ら決着をつける必要がある
「私がやる。沖田を連れて行け」
マクシームが沖田に肩を貸した、治療するにも今の状況ではきつい。
脱出するのが先決だった。
結果、脱出にはなんとか成功した。
だが沖田はイワンを庇いを怪我を負い、レイアは敵と対峙したまま館の中。
炎が立ち上がり、爆音が周囲にに轟き、煙は館を包んだ。
崩れゆく館は終わりを暗示している
散り散りになった中、仲間を探すべく駆け出したシャリオラとセシリアだった。
その前に現れたのはヴァンパイヤの成れの果て、数は多い。
戦力的に劣るわけではないが、突破するのは無傷ではすまないだろう。
増える影を見据え、シャリオラは考える。
自分が出来ること何なのかを。
考える時は短い、迷う時間は仇になる。
襲い来る敵は傍にいる。
いま、進むべき道は分らない。
災を祓うが神の定め。
ならば、自ら結果を得るのが。
シャリオラの答えか決まる前に敵が動く、とっさにシャリオラは身を乗り出した。
そして背後を振り返り。
「私に任せなさい」
詠唱後、解放される聖なる力が打つ、だが彼女の呪文では限界がある。
すぐさま敵の攻撃がきた。
避ける間もなく、一撃を受けたシャリオラは苦痛に顔を歪ませる。
「こういう役回りは私には向いてない、な」
唐突なシャリオラの行動に動揺していたセシリアが正気に戻る。
「どうして、私も戦います」
セシリアが剣を抜こうとした時、
「バカも休み休み言いなさい。この状況で誰があの子たちを守るんですか。考えるより動け、何のためにここまで来たんですか、あの陰険野郎に鉄拳くらわすためでしょう」
シャリオラの瞳はセシリアに行けと言っている。
けれど彼女を置いて──
「でも」
「格好つけさせて欲しいですね。シャリオラさんが此処で死ぬわけないんです」
セシリアは迷う、今は迷う時間ではない事も知っている。
迷いを断ち切った、
「無事で帰ってきてください」
敵を引き付けるシャリオラ、その隙を見てセシリアは沖田やジャンヌたちを連れて突破した。
独り残されたシャリオラは自らに言い聞かせる様に呟く
「生きる意味? そんなもの冒険して見つけ出せ! だから私も自分で見つけ出す」
放つ光は黒いが白い。
輝きが弾けるが、多勢に無勢。
初めから結果は見えていた。
包囲され立ち尽くすシャリオラ。
朦朧とする意識に光を見え、どこからか声がする。
「よく頑張った、少し休むといい」
レイアの声を聞いたシャリオラは気を失った。
雪歌う、火の粉舞い散る原の下、男は独り定めを待つ。
足音来たりて振り返り、微笑み浮かべ、声をかける。
「幕を引くのは君かね、セシリア・ティレット」
「私では不服ですか?」
「筋書きは歪んだほうが面白い、君では調和にすぎるが、それもまた興だろう」
「口の減らない男」
「一人で守りきれるか、試させてもらおう」
詠唱を開始した。
「ホーリーフィールド!」
守護の壁は生まれる。が、爆炎と共に消えた。
「次だ」
繰り返される劇は同じ結末を生む。
セシリアにあるのは必殺に近き呪文。
しかし接近できなければ意味は無い。
焦りがセシリアを包む。
その黙を打ち砕いたのは、一本の番い。
放った主は焼け焦げ、ときおりむせながらも、指先と切っ先の位相を敵に向ける。
心に願うのは、間に合え。
鋭い音が空を疾る。
セシリアとアレクサンドルの間に割り込んだ銀にアレクサンドルの意識が矢に移った。
交差する意識が現実に瞬きを与えた。
セシリアが間合いがつめた。
アレクサンドルが呪文を唱える。
再び、矢がやってくる。
魔法二つ。
詠唱する時は──。
浄化に術が勝った。
命無きもの痛みが襲った。
横たわる彼に戦意はもうない
まるで敗北ではない。自ら選んだ結末だと言うかのように。
「貴方たちがやりなさい」
セシリアはジャンヌとイワンに言った。
終幕のための剣はある。
イワンが取り出した聖剣をジャンヌに渡す。
小さな身に不釣合いなジャンヌは、振りかぶると。
降ろした。
消えていく穢れは、人と魔の境を失わせる。
終わり来るのなら、静寂の中が良いと彼は感じた。
最初から何もなかった。
亡き者を再び起こしたところで、何かを得られることはない。
幕が下りた劇の再演は必要ない。
胸に突き刺さった剣にそっと彼は触れ。
刃を滴る赤さえ、もはや自らの内にはない事に気づく。
「素朴な疑問だ。今日に至るまでの人生、精一杯生きたと感じられる瞬間はあったかね?」
朽ち、失っていく時、滅びにすがって眠りに落ちるアレクサンドルに、マクシームは問いかけた。
「マクシームと言ったな・・・・・・。私は私なりの選択を欲し求めた。その結果がこの結末ならば、不満などない」
「正しいかは別として、あんたの意地には敬意を表そう」
矛盾した想いにそこで区切りをつけるとマクシームは去る。
吹きつける風の音が一段と荒々しい。
骸はすでに世より喪われつつある。
敵を屠り追いついたレイアは、形が失せていく彼に言った。
「世界に意味がない、だからこそ世界に意味はあるはすだ。私は今、お前を救う為に生き。お前は今日、私に救われる為に生きた。それでいいんじゃないか?」
レイアの声は彼に届かない。
「滑稽だ。愚かなのは誰でもない」
アレクサンドル・ヴォルニの最後の言質は、そこで終わった。
●帰路
星降る夜、キエフに戻る途中に寄った宿の事だ。
寝つかれないのだろうか、夜道を散歩する人影があった。
「悲しい男だった」
レイアは思い返している。
何のために生きる、その問いの意味を。
他者に必要とされる為に私は生きている。
今まで出会った者達に、これから出会う者達に必要とされる為、
だからこそ──。
「レイアさん、何ぼーっとしてるの?」
「ジャ、ジャンヌ!?」
物思いにふけっていたレイアは驚いた。
「こんな夜更けに独りで危ないぞ」
「だいじょうぶだよ。それよりレイアさんっていつも、こーんな顔だよね」
ジャンヌはそういうと、唇の両側を指でつまみあげる。
どうやら、しかめっつらをしている。
そう言いたいらしい。
「そ、そうだろうか」
「たまにはニコニコしようよ」
ジャンヌが笑った。
「ほら沖田さんも」
ジャンヌとイワンの保護者という名目で散歩をしていた沖田も、
「そうですね、レイアさんは表情が硬すぎます」
同意する。
「沖田さん、やってみせてよ」
イワンがせがむ。
「そうですね、じゃあ、こうかな」
沖田が微笑んで見せると。
「こ。こうか」
真似るレイアの笑みはぎこちない、笑顔というよりも、
「変な顔」
ジャンヌが噴出すのを堪える。
「ニャーン」
フールが鳴いた。
それはまるで レイアの顔を笑っているかのようだった。
「こら、皆。子供は寝る時間ですよ」
ジャンヌたちがいないのを知ったセシリアが追ってくる。
「逃げようイワン、沖田さん」
「はい、怖い鬼ですね」
沖田が真っ先に走り出す。
「まってよ二人とも」
駆け出す三人。
「誰が鬼ですか!」
追う鬼を見送るレイアが真顔にもどる。
何度か自分の頬を何度か触ったあと、レイアは独り微笑み。
「帰ろう、また誰かと旅に出るために」
呟くと歩き出した。
「騒がしいな」
外の喧騒に釣られ、やって来たマクシームは寒さに身を震わせる。
生きる意味。
高尚な理屈をいくら考えたところで、答えが出るわけなどない。
今回だって自らの答えが出たようで、出ていないのかもしれない。
冷えた手をすり合わせる、温もりが指に生まれた。
じっと手をみつめる、
ささやかな温もり。これだって、立派な答えだろう。
「一仕事終えた後、休める場所がある。それだけで良いさ」
「なーにブツブツいってんですか、オヤジ」
最後にやってきたシャリオラがマクシームを見つけて声をかける。
「いや、何、オヂサン今日は少し酔いたい気分だと思ってね」
「私も飲みますよ、付き合います」
シャリオラも頷く
「神の使徒が酒かい、お手柔らかに」
「酒はこういう時のためのものですから」
宿に向かい踏みしめる足音二つ。
それは星降る夜の事だ。
冒険者たちは無事、キエフに帰還した。
問いに対する答えはそれぞれだった。
問いに対する答えが重要だったわけではない。
答えにたどり着くまでこそが、意味だった。
それだけのことだろう。
元より、亡きものであったアレクサンドル・ヴォルニ。
その名は永遠に葬られることになる。
ジャンバルジャン一家のその後は平和と聞く。
こうして劇の幕は閉じる。
が、全ての終幕には、いまだ暫しの余裕がある。
キエフへの道すがら、一組の男女がいる。
「救いがたきは、亡霊の妄執、それとも女の執念。いったいどちらだ?」
男の呟きに女は答えた。
「どちらも救えない。それに違いありません」
「笑えんな」
死してなお、亡霊は、我道を逝かん。