山稜を越えて #3
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■シリーズシナリオ
担当:若瀬諒
対応レベル:8〜14lv
難易度:難しい
成功報酬:5 G 97 C
参加人数:10人
サポート参加人数:1人
冒険期間:09月14日〜09月21日
リプレイ公開日:2007年10月29日
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●オープニング
●混沌の秋
秋は気をつけろ。
肥え太った恐獣どもが群れをなし、冬支度へとはしるモンスターや盗賊どもが人々を狙う。
秋は気をつけろ。
リバス砦に駐屯する兵士は、誰とも無く囁く。
秋には敵がやってくる。
春や夏に砦を奪われても、秋までに取り返せばいい。
だが、秋に砦を奪われてそのまま冬になると、リバス砦は雪に閉ざされた難攻不落の砦となる。
秋は気をつけろ。
秋にはカオスニアンがやってくる。
●リバス砦襲撃
「‥‥状況は?」
「悪いですね」
カーチスの問いに、ライルが答える。
カオスの地を望む山脈の一隅、近隣で唯一山越えの出来るルートを塞ぐように作られたリバス砦は、メイの対カオス戦線の最前線の一つである。
そこに敵の大侵攻がかかったのは先日のことであった。
リバス砦のほぼ対面、数ヶ月前から砦の動向を監視するように造られていた敵陣地に動きがあったのが、一週間前。
近隣の村にかき集められていた恐獣が続々と到着し、大部隊を為すまでにわずか数日。
そして先日、ついに敵の攻撃が始まった。
「敵兵力はティラノサウルス・レックスが二体、デイノニクスやヴェロキラプトル騎兵が多数、翼竜が数個群、歩兵が約400。また、竜脚類と思われる巨大な恐獣が三匹、麓に集められているのを隠し砦からの偵察隊が確認しています。近日中に前線に到着するでしょう。規模としては昨年を大きく上回りますね」
現在耐えられているのは、ひとえに、改築によって強度を増した城壁が敵の攻撃を防いでいるおかげである。例え城壁まで押し切られようと、そこらの破城槌程度ではびくともしないのだ。
「こちらの兵は?」
「70名、といったところですね。純粋に物量不足です」
「だからリザベに兵を回すのは反対だったんだ。まったく、既に泥棒が家に入り込んでるからと、外の泥棒のために玄関の鍵を開けておく馬鹿がどこにいる?」
「とはいえ、未だ混乱の続くリザベ領内陸部を知らんぷりは出来ませんし。玄関だけ守って家屋を占拠されるのも意味が無いでしょうから」
コングルスト砦が落とされたことで始まった西方動乱は今も沈静化していない。
兵はどこでも足りず、リバス砦からも兵員を回している。
メイは広い。
カオスの地からメイへ抜けるルートなど幾つも存在する。リバス砦は主要な玄関の一つに過ぎない。
既にコングルストという玄関の一つが落とされ、大兵力がなだれ込んだ状態で、無駄な兵を遊ばせておくわけにはいかないのは判る。判るが――その隙を突かれて大攻勢を受ける立場からすれば、愚痴の一つも言いたくなろう。
「コングルストが落とされただけならいい。だが、ここでリバス砦まで落とされると総崩れになるぞ」
ただリザベ領に侵攻するなら、壊滅したコングルスト砦のルートから攻め込めばいい。通行目的でないのであれば、目的はまさにリバス砦そのもの。落とすつもりでやってきているのは明白である。
「どうします?」
「どうするもなにも‥‥数が揃わない以上、質と作戦で対応するしかないだろう?」
カーチスは羊皮紙に何かを書きつづると、ライルに放り投げる。
「これは‥‥?」
「ついでに、隠し砦のお披露目と行こうじゃないか。洞窟の拡張は終わっているんだろう?」
目を見張るライルに、カーチスはにやりと笑みを浮かべた。
「敵軍の背後からゴーレムによる挟撃を仕掛ける。頭を叩けば、あとは何とかなるもんさ」
●疑惑
「しかし、ティラノはともかく竜脚類か。あまり戦闘に向くとは思えない恐獣だが‥‥」
独りになったカーチスは小さく呟く。
恐獣の中で最大級の巨大さを誇る竜脚類。
だが、やつらはあくまで草食恐獣であり、鋭い牙もなければ、肉食恐獣ほどの爪もない。あるのはひたすら巨大なその体躯と、それを支える強靱な脚。
「いったい、やつら何に使うつもりだ‥‥?」
呟く声が、広い執務室に溶けて消えた。
●リプレイ本文
●緋色の銀機
「こいつがシルバーゴーレムか」
煌々と松明の灯された洞窟内。その巨人は圧倒的な存在感を示してそこに在った。背後に赤銅色のオルトロスを従え、ロールアウト直後の傷一つ無い銀の機体が松明の明かりを受けて緋色に染まる。
「こいつの行く修羅の道を暗示しているような色だな」
にやりと笑みを浮かべて言う陸奥 勇人(ea3329)の瞳には、どこか嬉々とした色が浮かぶ。
「初回から大一番だからね! うー、でも乗りたかったよーヴァルキュリア」
「はは‥‥今度何かでお返しさせてもらうぜよ」
フィオレンティナ・ロンロン(eb8475)の言葉に応じるのは、今回、ヴァルキュリアに乗る事になったカロ・カイリ・コートン(eb8962)。共に、ヴァルキュリアへの騎乗経験は無い。
「そろそろ陽も落ちます。どこで時間を取られるか判りませんから、すぐ出立しましょう」
アハメス・パミ(ea3641)が一行を促す。
『速やかな移動で竜脚類が前線に合流する前に捕捉すべき』という彼女の提案は、ここまでの道すがら、棄却されている。『必要な休息は入れた上で、万全の体勢で戦場に赴く』。それが一行の出した結論。間に合うかどうか判らない状況で消耗するリスクを取るより、確実性を重視したわけだ。尤も、リスクを恐れた分、竜脚類到着前に追いつく可能性はこの時点で無くなったと見て良い。
「しかし、この大きさのゴーレムをどこから外へ出すのだ?」
「確か、ゴーヌ殿が変な仕掛けを作っていたはずですが」
シャルグ・ザーン(ea0827)とアンドレア・サイフォス(ec0993)の会話に、耳ざとく口を挟んだのは当のゴーヌ。
「がははは! ワシが作った最高の仕掛けをとくと見よ!」
ゴーヌが声と共に、壁面を操作する。
ゴゴゴゴゴ‥‥
あんぐりと口を開ける冒険者の前で、鈍い音と共に壁の一部が動き、滝の裏側へと繋がる道が開かれた。
●守りの砦
「秋に狙ってやって来るって、カオスニアンってイナゴ?」
「再び冬になる前に、もう一波乱かな」
遠くのカオス軍を眺めつつ、城壁の上で会話する二つの影。鎧騎士のリアレス・アルシェル(eb9700)と、水ウィザードのイリア・アドミナル(ea2564)の二人だ。
彼女らに鎧騎士のクーフス・クディグレフ(eb7992)を入れた三名が今回、リバス砦の防御に回ることになる。配備されるモナルコスは四体、余りは砦の鎧騎士が乗り込む。
「まだ、件の恐獣の姿は無いようだな」
ほっと息をついて呟くクーフス。行きがけに情報をまとめた結果では、巨大な竜脚類に破城槌を装備してリバス砦の城壁に突っ込ませるのではないかという予測がなされていた。もし予測通りで、隠し砦の遊撃隊が間に合わないようであれば、突撃してくる竜脚類をモナルコスのみで止めなければならない。
「――最悪、覚悟しておかねばな」
遙か下の地面を見下ろし、クーフスは呟いた。
「来たぞ!」
突然、見張りの声が上がる。
「迎え撃て!」
「こいつを切り抜けりゃ今日も生き残れる!」
途端に慌ただしくなる砦の中、冒険者も互いに視線を交わしあう。
「それじゃ、行きましょうか」
「イナゴ退治だね」
「即席スリングで遠距離攻撃だな」
三人はそれぞれ頷くと戦闘態勢に入った。
●闇夜を駆ける
真夜中――雲間から覗く月明かりが、谷間を駆ける三騎の巨人の姿を映し出す。
カロ、フィオレンティナ、そしてスレイン・イルーザ(eb7880)の駆る三騎の金属ゴーレムだ。最低限だがアハメスにより目立たぬよう偽装されている。
三騎に併走するように、戦闘馬に騎乗したシャルグとアンドレアが続き、周囲を警戒するようにグリフォンに騎乗したアハメスと勇人が低空を飛ぶ。
『しっかし、本当に滝を割って出撃することになるとはにゃあ』
『フィオレントロスの初出撃はバッチリ決まったよ!』
『だいぶ濡れたがな』
また勝手に自機に命名したフィオレンティナと、突っ込むスレイン。
『水も滴るいい鎧騎士、ってかにゃあ』
「集中しろ。右前方にモンスターだ」
この世界、夜は決して安全ではない。ゴブリン等を蹴散らしつつ、彼らはカオス軍の背後へと進軍していった。
●竜の脚を持つ巨獣
そして、決戦の日の夜明けが訪れた。
『あれか、竜脚類』
『おっきいねぇ。さあ正念場だよ。がんばろうモナルコス』
「今日は流石にこれを使うことになるかもしれませんね」
ソルフの実を弄ぶイリアの視線の先に、昨日より明らかに多い軍勢が見える。本腰ということだろう。軍勢の先頭近くには、見たこともないほど巨大な恐獣。
「悪い予想が当たったな」
クーフスが呟く。計三匹の竜脚類の胴体には左右一基ずつ、二本の破城槌がまるでバズーカーのようにくくりつけられている。
死闘の始まりだった。
遅れること、僅か――
「既に始まっておるな」
カオス軍の後方、やっと陣をその目に収めたシャルグが呟く。
「よし、このまま突っ込むぞ!」
「はい」
勇人の声にアンドレアが短く答える。
「大丈夫ですか? 震えているようですが」
アンドレアの様子を見て、アハメスが声をかける。
『なに、あたしも武者震いに身体が震えているぜよ!』
「私のは、武者震いなどでは無いですよ。ただ単に怖いだけです。こういう戦は初めてですから」
今更退こうとも思っていませんが‥‥そう続ける。
「ここで『怖い』と口に出せる貴殿は強い。心配いらぬ」
口数少なく告げるシャルグに、アンドレアは小さく笑みを返す。
「それでは、行きましょう」
アハメスが改めて告げる。
『いくぜよ! 遅れた分、めいっぱいゴーレムを動かしちゃるきに!』
『いっけー、フィオレントロス!』
『‥‥全力を尽くす』
鎧騎士の三名も頷き――次の瞬間、放たれた矢のように、全員が突撃を開始した。
●炎の中の対峙
「敵襲ーッ!」
「な‥‥ッ、いったいどこから!」
浮き足立つカオス軍を切り裂き、三騎の巨人と四騎の兵で成る精鋭部隊が駆ける。守りの薄い補給部隊をかき乱し、目指すは大型恐獣――竜脚類。
「さぁて、派手に行こうか。手加減抜きでな!」
「火は嫌いですが、止むをえません」
他の者を先に行かせ、勇人、シャルグ、アンドレアの三人は、敵をなぎ倒しつつ糧食に火を放っていく。もうもうと立ち昇る煙が砦への合図だ。
「だいぶ火が拡がったな。よし、囲まれる前に行くぞ!」
「それは困るな」
燃え盛るテントの影から、ゆらりと現れた一人のカオスニアン。先を行く仲間との間を塞ぐようにして立ちふさがる。
「貴重な糧食を灰にされたのだ。その命で贖ってもらおう」
「お前は――!」
その男に勇人とシャルグは見覚えがあった。カオスニアンに支配された村で相対した指揮官だ。
「ここは我が輩に任せてもらおう」
勇人の前に馬を進めるシャルグ。
「ほう、お前達やはりメイの飼い犬だったか」
「時間がない。通らせて貰う」
「やれるかな?」
ランスを構えるシャルグに対し、指揮官が片手を上げると現れる十数体の中型恐獣騎兵。
「こりゃ、強引に突破するしかないな」
勇人だけなら飛べばいいが、残り二人はそうはいかない。方法は一つ。突っ切るしかない。
「あの時の決着、つけるといたそう」
オーラの盾を構え、シャルグがチャージングの体制に入る。その斜め後ろにアンドレアと勇人が付いた。
ピンと張りつめた空気の中、互いの隙を探る永遠とも言える数秒の時が流れる。
燃え盛る糧食が大きく崩れ、朝方の空に巨大な炎が立ち昇った瞬間――三騎は一斉に突撃をかけた。
●戦場の巨兵
『邪魔だ』
短い声と共に、すり抜け様に赤銅色の巨人から放たれた一閃が、中型恐獣に致命的なダメージを与える。
『ムカツク指揮官にフィオレントロス・ぱーんち!』
迂闊にも低空を飛行していた翼竜を騎兵ごと『ハルバードで』叩っ切ったのは、同じく巨人を駆るフィオレンティナ。
『ロンロン家家訓! やられたら十倍返しっ!』
どう見ても乗っていたのは伝令の一兵卒だとか、ツッコミ処は多いが敢えて言わない。気持ちよく戦っているのだからいいのだろう‥‥きっと。
『急ぐぜよ。竜脚類が動き出したきに!』
混乱のさなか、それでも迅速に命令が下ったのだろう。遊撃隊が切り込むより早く、竜脚類が砦を目指し進み始めた。対して、彼らに向かってくる巨大獣脚類――ティラノサウルス・レックス!
『――こいつを先に倒せって事かにゃあ?』
カロの額に冷や汗が滲む。視線の先には、二体のティラノサウルス。
『一体目は全員で速攻。すれ違い様に叩き込んだら、三人はそのまま竜脚類へ向かうぜよ! 止めと二体目はあたしが引き受ける!』
叫び、カロは駆けた。
●死闘
「永遠の冬、大いなる吹雪の精霊よ、世界を氷原で覆う大いなる息吹を此処に、アイスブリザード!」
詠唱と共に、荒れ狂う冷気が上空を舞うプテラノドン騎兵を直撃した。半数以上がそれだけで墜ち、運良く耐えきった者も多くは乗り手を失った。
「‥‥ふぅ、なんとか成功かな」
イリアの腕を持ってしても決して成功率の高くない超越魔法。しかもたった一発で精神力の半分近くをごっそり持って行かれる。だが、それだけの価値はあった。昨日の戦果を含めれば、翼竜部隊はほぼ全滅だ
「あと1回、ソルフの実を使ってもあと‥‥2回が限度かな」
他の魔法をまるで使わず終えられるとも思えない。失敗の可能性を考えれば、あと1回と思っていてもいい。
「地上は、出来るだけ任せます」
『任せろ!』
『狙いより回数っ。あれだけいるんだから外れても当たるよね』
モナルコスに乗ったクーフスとリアレスが応じる。
「間違ってはいませんけど、せめて当てるつもりで」
『出来るだけ前に飛ばすよう心がけよう』
「クーフスさん、やっぱりスリング使用禁止です」
『なに!?』
弓はどんな下手でも後ろには飛ばないが、スリングは飛びかねない。結局、クーフスの他、射撃の技量におぼつかなかった砦の鎧騎士の一人もスリングから投石に切り替える。
そこに――
『まずい、竜脚類が来るぞ』
動いたのは三体全て。切り込み部隊はティラノらと相対している。初撃に間に合わない可能性は高い。
『あはは‥‥イリアさん、早速二度目、お願いできます?』
引きつった笑顔で告げるリアレスに、イリアは無言で頷いた。
『流石はヴァルキュリア。モナルコスとは違うぜよ』
全身に傷を幾つも作りつつも、白銀のゴーレムは立ち続ける。
『とはいえ、一対一はちいと無理だったかにゃあ』
攻めは互角――いや、ややこちらが上。だが、ひとたび守勢に回ると、ヴァルキュリアの反応速度ですら避けきれない。初撃からより多くの傷を与え続け、やっと互角といったところか。
『今、死人返りを使われたら死ぬかにゃあ‥‥?』
未だ止めを刺し切れていない一体目を視界の隅に押さえながら呟く。その声が聞こえたかのように、麻薬の力で再び立ち上がる血まみれの巨獣。
――これで二対一。絶対的不利な状況。
『まだまだ。トカゲの数を揃えた所で、人間様に勝てると思うなァァッ!』
白銀の巨兵は雄叫びを上げてティラノに襲いかかった。
●飛翔
「アイスブリザードッ!」
『駄目だよ。止まらない』
中、小型恐獣が一撃で倒れ伏す中、倒れず直進してくる三匹の竜脚類。
『‥‥仕方ない』
先行してくる一匹に視線を向けたまま、クーフスが長槍を片手に後ろへ下がった。
『二匹目以降は任せるぞ!』
『え‥‥何を!』
クーフスの駆るモナルコスは咆吼と共に助走を開始し、竜脚類目掛け――翔んだ!
『ウオオオオォォオォォォォッ!!』
氷吹雪で騎手を失い、ただ突っ込んでくる巨体目掛け、槍を抱えた1.1トンの巨人が激突する!
『クーフスさんっ!』
胸を深々と貫かれ、倒れる竜脚類。それでも勢いを殺しきれず、城壁にぶつかる竜脚類の激しい音が響く。
「‥‥悪運の強い人ですね」
轟音の中――奇跡的に潰されずに済んだモナルコスの右手が『無事だ』とばかりに上がるのを見て、イリアがほっとしたように呟く。
そして。
「やっと来たようですよ、『彼ら』が」
イリアの指さす先――そこに待ち望んだ希望が見えた。
●破城槌
『止まれぇぇぇっ!!』
柱のようなその脚にハルバードを叩き込み、フィオレンティナが叫ぶ。切り裂かれた脚から血飛沫が上がるが――止まらない。そこへスレインの二撃目が襲いかかる。
『いける!』
ぐらりと揺らぐ巨体を前に、彼らはそれぞれの得物を再度振り上げた。
「止めてもらいましょうか」
グリフォンの騎上から矢を叩き込み、アハメスが竜脚類の騎手に告げる。
「止めると思うか?」
「では、死んで頂きます」
放たれた矢は確実に騎手を捉え、バランスを崩した騎手は地上へと落馬する。代わりに鞍へと着地し、刀を抜くアハメス。
「‥‥せめて破城槌を脱落させられればいいのですが」
近づく城壁を前に祈るように呟き、刀を構えた。
『ぐあぁぁっ!』
胸甲を貫いた牙が、制御胞のカロの肩を直撃する。
『またぶん回されてたまるかよ!』
振り抜いた剣で頭蓋を貫き、その牙から脱出するヴァルキュリア。白い機体は既に返り血で真っ赤に染まっている。
『まだまだ、ぜよ』
残るは一体とその騎兵。ポーションを飲み、動くようになった左腕で盾を構えようとするが、巨人の腕は反応しない。限界が近いのだ。おそらく、あと一撃。
『ここで死ぬわけにはいかんきに』
「まったくだ」
絶体絶命のピンチに突然、耳元で聞こえてきた声。
「だいぶ後れたな。決闘に勝って戦に負けるわけにもいくまい」
「他のお二人ほど役には立てませんが」
指揮官に打ち勝ち、兵のただ中を突破してきた勇人、シャルグ、アンドレアがそこにはいた。それぞれ死闘をくぐり抜けてきたのか、大なり小なり傷を負っている。
「騎兵が残っているな。俺が叩く。止めは任せるぞ」
飲み干したポーションを投げ捨て、勇人が駆ける。
『おおよ!』
もはや、負けはあり得なかった。
●撤収、そして
アハメスによってぎりぎりで破城槌を脱落させた竜脚類が城壁にぶち当たった轟音が、カオス軍の最後のあがきの声となった。
ほぼ同時に残りの竜脚類は倒れ、ティラノも地に伏した。
そして――突如襲った濃霧が戦場を包み込み、晴れたときにはもう、カオス軍を襲った敵は一人残らず砦の中へと逃げおおせていた。イリアのミストフィールドである。
「やられたな」
だらりと降ろした片腕を押さえつつ、敵の指揮官が呟く。
この片腕はもう、使えまい。そしてこの軍勢もまた。
「撤収する!」
指揮官の声が戦場に響き渡った。
「あーん、もっと綺麗なヴァルキュリアに乗りたかったのに、ぐちゃぐちゃ! 制御胞まで血まみれ!」
砦内。叫んだのはフィオレンティナだ。
「多分、カロのだな」
「そんな。カロ‥‥ワタシ‥‥カロの分まで頑張るからねっ!」
「誰が死んだってー?」
死闘の後ですぐはしゃぐ面々に、シャルグが呆れたように呟いた。
「元気なもんだ」
‥‥本当に元気なものである。