山稜を越えて #2

■シリーズシナリオ


担当:若瀬諒

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:5 G 47 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月15日〜06月21日

リプレイ公開日:2007年06月25日

●オープニング

●カーチスの悩み
「さて、どうするかな‥‥」
 ここしばらく、口癖のようになっている言葉を呟きながら、カーチスが地図を見やる。
「またそれですか?」
 その姿を見て、側近のライルが声をかける。カーチスが眺めているのは、冒険者達が敵地を調べて作り上げた『向こう側』の地図である。
「相手方の戦力を減らしも出来たし、脅威と思われずに済んだのか増援の兆しも見えない。前回より格段に侵入しやすくはなったが‥‥」
 それでも、結局はリバス砦経由の進入路は、近隣で敵が一番警戒している場所に変わりない。『冒険者など、ある程度の技量を持った者が見つかる危険を冒して侵入する』事は容易くなったが、それ以上ではないのだ。
「二桁の作業員を派遣するには、今のままではどうにもならん」
「いっそ、仮組みした資材をフロートシップで運んで一気に組み立ててしまってはどうなんです?」
「数隻の船団が必要になるな。確実に気付かれるぞ」
 カーチスが考えているのは、山稜を越えた先に橋頭堡を『秘密裏に』建設することだ。
 メイの国全体として、まだ『攻め』に転じていない以上、もし発見されれば放棄せざるをえないのは目に見えている。敵側の話になるが、ある程度『攻め』の状態で作られた『名も無き砦』ですら落とされたのだ。極秘裏に作成し、来たるときまで隠し通す。それが必要になる。
「じゃあどうするんです?」
「フロートシップを山越えさせる方法だけなら、幾つか考えてはいるが‥‥」
 だが、『時期を選ばず』『何度も行える』安定した手段ではない。
 隠し砦とはいえ、築城となればそれなりの日数を過ごすことになる。万が一の時に救援を送れず、砦を放棄して作業員を見殺しにするしかないような計画では使い物にならない。
「失礼します」
 と、調査に出ていた部下が、一枚の報告書を持って現れた。
「‥‥ふむ、いけそうか?」
 目を通しつつ、部下に問うカーチス。
「判りませんが、方角と深さは十分に思えます」
 無駄かもしれない。だが、もし「そう」であれば、事は一気に進む。
「ご苦労。では、また『彼ら』に頼むとしよう」

●山稜を潜って‥‥?
「‥‥というわけで、今回、君らには穴に潜ってもらいたい」
 集まった冒険者に、カーチスは告げた。冒険者の中には顔を見合わせる者もいる。
「前回の調査で、山脈の向こう側に幾つかの洞窟群が発見された。その周辺だが、天界の言葉で言う『石灰岩』で構成されていると思われる」
 いつ、どこで仕入れたのか、生粋のメイ人であるはずのカーチスが地学を語る。
「そして、同じ石灰岩層で出来ている山肌が、洞窟群を挟んで山脈のこちら側にもあることが明らかになった」
 調査の結果、こちら側にもやはりかなり大きめの洞窟(鍾乳洞)が存在した。近隣の村人の話ではかなり奥深く、モンスターが巣くっているために最奥にたどり着いた者はいないという。
「中は緩やかだが風が吹いているという。『向こう側』に繋がっていたら儲けものだが、繋がっていない場合、力尽くで繋げる事も考慮に入れて欲しい」
 カーチスは笑顔でそう、締めくくった。

●今回の参加者

 ea0827 シャルグ・ザーン(52歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 ea1716 トリア・サテッレウス(28歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea2449 オルステッド・ブライオン(23歳・♂・ファイター・エルフ・フランク王国)
 ea3329 陸奥 勇人(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea3641 アハメス・パミ(45歳・♀・ファイター・人間・エジプト)
 eb7879 ツヴァイ・イクス(29歳・♀・ファイター・人間・メイの国)
 eb7880 スレイン・イルーザ(44歳・♂・鎧騎士・人間・メイの国)
 eb8122 ドミニク・ブラッフォード(37歳・♂・鎧騎士・人間・メイの国)
 eb9700 リアレス・アルシェル(23歳・♀・鎧騎士・エルフ・メイの国)
 ec0993 アンドレア・サイフォス(29歳・♀・ファイター・人間・メイの国)

●リプレイ本文

●鍾乳洞
 その洞窟は、神が創り出した天然の大聖堂のようであった――
 後にそう語ったのは、イギリス出身のナイト、シャルグ・ザーン(ea0827)であった。
 元々、純・軍事的な目的で訪れた一行に、その光景はまるで不意打ちのように飛び込んできた。
「おお‥‥」
 誰からともなく、ため息のような感嘆の声が漏れる。
「これはまた‥‥綺麗、ですね。想像以上に‥‥」
 アハメス・パミ(ea3641)の言葉が、広い空間に吸い込まれるように消えていく。
 鍾乳洞――それは、石灰岩からなる地層に雨水や地下水が溶解浸透し、何十万年という長い歳月をかけて穿たれた空洞である。
 ロード・ガイすら降り立っていない遙かな過去から、気の遠くなるような時をかけて創られた自然の美。
 天井にはつららのような鍾乳石が幾つも垂下し、ぽたぽたと雫の垂れ落ちる床にはタケノコのように石筍が頭をもたげている。闇の中、手回し発電ライトの指向性の高い光と、松明の揺らめく炎が、天と地を繋ぐ幾本もの巨大な柱を浮かび上がらせる。
 美しい――
 天井までの高さは10メートルを超えるだろうか。幅も優にそれくらいはあり、奥行きは想像もつかない。
 外部から差し込む光ももはや途絶えた洞窟内。冒険者達の持つ光では、天井までの距離感はおぼろげで何とも掴めない。
『うーん‥‥届かない、かな?』
 リアレス・アルシェル(eb9700)が、うんしょと上に伸ばしたモナルコスの指が宙をかく。
 入り口からしばらく、屈んで――時に這って進むしかなかったモナルコスだが、ここなら楽に直立できる。ゴーレムを持ってきたことを後悔しかけていた一行は、ここに来てほっと胸をなで下ろした。リアレスの提案で装甲を取り外し、出来うる限り引っかかりを無くした事も大きい。
「しばらくは楽に進めそうだな。打ち合わせ通りに隊列を組もう」
 オルステッド・ブライオン(ea2449)の言葉に隊列を組む一行。
 隊列は以下の通りになる。

 前衛がオルステッドの他、陸奥 勇人(ea3329)、及びトリア・サテッレウス(ea1716)。
 中衛に、冒険者から同行を依頼された築城技師のゴーヌと、その護衛のアンドレア・サイフォス(ec0993)とツヴァイ・イクス(eb7879)。アンドレアがゴーヌの前、ツヴァイが後ろを守る。
 その後ろにリアレスが駆るモナルコスと、交代要員となるスレイン・イルーザ(eb7880)、及びドミニク・ブラッフォード(eb8122)。
 殿を務めるのはシャルグとアハメスだ。

「なんといいますか‥‥奥までこの調子なんでしょうか」
 周囲を警戒しつつも、辺りの景色に目を奪われてアハメスが口を開く。
「ある程度の様変わりはあるが、まあこんな調子じゃな」
 アハメスの言葉を聞きつけて、ゴーヌが言う。
「‥‥そうですか」
「どうかしたのか?」
 軽く、吐息にも似た返事にツヴァイが問いかける。
「いえ、この洞窟にハンマーを入れ、穴を穿つのが少し勿体なく思えただけです」
「ああ、それはあるな」
『わわっ?!』
 頷き歩くその頭上で、リアレスの慌てた声が響いた。
「そうも言ってられないみたいだが」
 肩幅が通らず、モナルコスがぶつかった衝撃で、細い柱が一本、崩れて落ちる。
『意外と神経使うねー、これ』
「カニ歩きするモナルコスとは、また貴重なものを見せて貰いました♪」
「‥‥トリア殿、真面目にお願いします」
 ポロン、とリュートを鳴らしそうな声で言うトリアに、ため息混じりのアンドレアが忠告する。
「いやだなぁ。これでも僕は十分真面目ですよ」
「‥‥」
 殴っても喜ぶだけの彼の御し方を、正直に言って彼女は知らない。幸い、何かあったときに縛り付ける為のロープは手元にあるが――
「余計に喜ぶでしょうね」
 アンドレアは気を取り直すように頭を振った。
「ここは印の必要は無いかもしれんが、一応、と」
 ぺたぺた、と、手近な石筍に入り口から進行方向への矢印を描くドミニク。
『わわわっ?!』
「うおっ!?」
 モナルコスがぶつかって落とした鍾乳石を、スレインが慌てて避ける。
『ごめんなさーい』
 アハメスの感慨をよそに、着々と環境破壊は進んでいた。

●闇に巣くうモノ
「何か来るぞ!」
 微かに流れる風を頼りに奥へと進む一行。
 その先頭を歩いていた勇人が鋭い声を上げた。
『俺の出番の時に来るとは、敵ながらよく判っている。必殺の『ドリルパンチ』をお見舞いしてやろう』
 モナルコスに騎乗してよく判らないことをのたまうドミニク。
「『ドリル』ってなんです?」
『いや、俺もよく判らないが洞窟といえば天界では『ドリル』だとか』
「トリア殿の他にも、もう一人いたのですね」
 こちらは実力行使が利きそうですが、と物騒なことを呟きつつ、周囲を警戒するアンドレア。前後左右、どこも闇。この状況では、どこから敵が来るか判らない。
 せめて僅かな物音でも逃さぬように、一行は出来る限り慎重に歩を進め――
「ッ!!」
 がぐぉん!
 刹那。隊列の先頭、勇人のいた空間に巨大な質量が覆いかかった。
 轟音と共に落下した『それ』は闇の中で土煙を上げながら、捕らえたはずの獲物を確認するように動きを止める。
 ‥‥が、そこにはただ地面があるのみ。
 狙われた当の勇人はその単純な落下攻撃をあっさりと回避して、既に次の行動へと移っていた。
「はぁぁあ!!」
 気合と共に振り回される、赤い槌。その一撃は見事に『それ』の体を叩き、鈍く濁った音を響かせる。
「――!!」
 声も無く痛みにのたうつ巨体。
 勇人はひとまず大きく下がり、一行と共に改めて『それ』と対峙した。
「ワーム‥‥か?」
「恐らく間違いないであろう」
 ツヴァイの呟きにこくりと頷くシャルグ。
「まさに巨大なミミズですね」
 剣を構え戦闘態勢を取りながら、アハメスも呟く。
 10m程の長い体に人数人分の太さ。はっきりとした形は見えないが、その輪郭だけ見ればミミズそのものだ。
「どんなに巨体でも、虫は虫だな」
『そうだ、大人しく『ドリルパンチ』の餌食になるがいい』
 スレインに続くように、びしっとワームを指差しながら言うドミニク。『ドリル』が気に入ったのかどうなのか。
「この辺りがワームの生息地だとすると、他にいないとも限らないな。横や後ろへの注意も――」
 オルステッドが言いかけたその時。
 言葉を遮るように、地を這う音が一行の耳へと届いた。

「挟み撃ちは、好ましくありませんね」
「後ろのはどこから沸いて出たんだろう‥‥」
 ゴーヌを囲むように護りながら、アンドレアとリアレスも得物を構える。もちろん、周囲への警戒も怠らない。
「あの図体だからな‥‥近づいてくるだけでも厄介だ。後ろは頼む!」
「うむ、任せるである」
「殿としての務めです」
 勇人の言葉に殿の二人は力強く頷きを返し、少しずつ迫ってくる第二のワームへ得物を向ける。
『俺も後ろの虫に『ドリルキック』を!』
 パンチからキックに変わった。手に『ドリル』がついていないからだろうか。足にもついていないが。

●深部へ
『『ドリルパァンチッ!』』
 ドリルでもなんでもないモナルコスの一撃が、壁に叩き込まれる。
 闇の中での戦いとはいえ、今回の一行は手練れ揃い。ワームを倒すのにそう時間はかからなかった。慣れてくれば、時折現れるワームを倒す手際も更に上がる。そうして冒険者はワームの縄張りを通り過ぎ、更に深部へと進んでいった。だが、やはりというか――進むに連れて、ゴーレムでは通れない地形が増えてくる。
『『ドリルゥキィィックッ!』』
 装甲が取り除かれたとはいえ、そのパワーに変わりはないゴーレムの一撃が岩を削る。が――
「やはりここは無理ではないか?」
 オルステッドの言葉が響く。上下にS字にくねった段差は、ゴーレムの一撃により、人が通るのに不都合はない状態まで拡げられている。だが、ゴーレムには狭すぎる。
「やっぱり、この辺でゴーレムを置いてかなきゃならんらしいな」
「それなら、やはり先ほどの地底湖をフライングブルームで抜けるのがいいだろう」
 勇人の発言にオルステッドが応じ、アハメスが続く。
「そうですね。方角的にもこの道よりは適していますし、風があることでは向こうも同じです」
「地上の湖と同じようにちゃんと対岸がありゃいいんだがな」
「その場合は潜って進む事も検討する必要があるな」
「水中ね。見た目の割に、なんとも手強いダンジョンだな。遣り甲斐もあるってもんだぜ」
「根っからの冒険者とは、ああいうのを言うんだろうな」
 ここに来て更に生き生きとする勇人を見て、ツヴァイが呟く。
 暗闇の中を進むこと、既に丸一日が経過しようとしている。印こそ付けてきたが、無事に陽精霊の光の下へ出れるかも判らない。気の抜けない、押し潰されそうな暗闇の中で、勇人の快活さはある意味『光』だった。
「それじゃ、秘密基地を目指して、洞窟探検、続行ー!」
「おお、嬢ちゃん、よくわかっとるな! 男の浪漫はやはり秘密基地、城、それに尽きる!」
「こういう所に来るとわくわくするよね。おてんばだった昔を思い出すなー。ねぇ、ゴーヌさん、この洞窟そのものを秘密基地にしちゃえないかな?」
「勿論ワシもそのつもりじゃ! これが向こう側に繋がっていたら、補給線の分断を心配せずに済む隠し砦が造れるぞ!」
 ‥‥訂正。生き生きしてるのは他にもいるようである。

「河、ですねぇ♪」
「駄目です」
 モナルコスを岸辺に残し、二本のフライングブルームを使用して無事に渡り終えた地底湖の対岸。壁に穿たれた横穴の中へ地底湖の水が流れ込んでいく。そして、水と共に風の流れもまた‥‥
「何がですか? 僕はまだ何も言ってませんよ?」
 無下に却下されたのを不服そうに、トリアがアンドレアを見る。
「飛び込もうとしているでしょう?」
「ははっ♪ そんな馬鹿な。ですが――ああっ、駄目ですよドルバッキー! そんな所に行っては! 河に流されたらどうするんですか♪」
 ‥‥敢えて何も言うまい。
 飼い主の無言の期待に、ドルバッキー‥‥トリアの飼い猫はつぶらな瞳を見開いてふるふると首を振り――諦めたように首をうなだれると、自ら河に飛び込んだ。
「ドルバッキー! よくやりました♪ いえ、なんてことを!」
 飼い猫を追って笑顔で飛び込むトリア。水の流れに流されて、その声はどんどんと遠くなっていく。
「‥‥はぁ」
 ため息をついて頭を振るアンドレア。
「‥‥あ〜、悠陽(ゆうひ)。追いかけて明かり照らしてやってくれ」
 勇人の命令に、勇人のペットである陽のエレメンタラーフェアリーが、一人と一匹の後を追いかける。
「なんという勇気とペット愛――俺も見習わなければ」
「あれは見習うべきではないと思うが」
 ドミニクのズレた感動に、オルステッドはそう突っ込んだ。
「で、どうする?」
 追うか、追わざるべきか。むしろ死者一名と報告して今の出来事を無かったことにすべきか。こちらがわで進める道は他にもある。
 ‥‥冒険者達は、悩んだ。

●闇の向こう
「随分、流されましたねぇ、ドルバッキー」
 闇の中をどれだけ流れているのか判らない。
 悠陽(ゆうひ)がライトのかけ直しを数回やっている所を見ると、十五分か、もっとか。急流を下ったり、天井が迫ってきて
そろそろ飽きてきたのか、勇人の所へ戻りそうな雰囲気もある。
「冷たい水に僕も凍えてきましたし、そろそろ岸に上がりたい所ですが‥‥おおっ?」
 またも流れが速くなる。
 そして行く手に、白い光。
「おおおおっ?! もしかしてこれは、当たりを掴んでしまいましたか?」
 どんどん速くなる流れと、ぐんぐん近づいてくる光。
「おおおおおおおおっ?!」
 そしてトリアは『滝壺の上空に放り出された』。

●貫通
 一方――
「はッ!!」
 光の微かに漏れる壁の亀裂に向けて、ツヴァイのバーストアタックが叩き込まれる。
 結局彼らは、河と平行に続いているように思われた道を選んだ。万が一、全滅するわけにもいかないし、そもそも、カナヅチがいた。‥‥ゴーヌだ。
「はッッ!!」
 何度目かの攻撃に、亀裂が大きく広がり、光が更に差し込む。
「後は任せるである」
 肩で息をするツヴァイを下がらせ、前に出るシャルグと勇人。
 無言で頷くと、それぞれの獲物を振りかぶり――
「「せやあっ!!」」
 勢いよく叩き込まれたハンマーが、ひびの入った壁を吹き飛ばした。
「きゃあっ!」
 壁の崩れる音と共に、何者かの悲鳴とどたばたとした物音が響く。
「む?」
「誰だ! カオスニアンか!?」
 攻撃の直後で体勢の崩れた二人に代わって、オルステッドが前に飛び出す。
「女性の声のように聞こえたが‥‥」
 サンソードの束に手をかけ、スレインも一歩踏み出し、油断しないよう辺りを見回す。
 そこは、変わらぬ洞窟内であった。
 違うのは、どこからか差し込む陽の光。微かな明かりだが、闇に慣れた瞳には刺すほどに痛い。
 目を細めながら見渡したそこは、ずいぶんと広い、二十畳ほどはある空間だ。雑然と散らかった干し草や木の椀、そして、部屋の隅に固まって恐怖の目でこちらを見つめる、みすぼらしい女子供の集団――ざっと数えて二十人はいる。
「あ、あんたたち! いったいなにもんだい!」
 恐怖に震えながらも、一番肝っ玉の据わってそうなおばちゃんが冒険者達に問いかける。
「それは、私たちの方が知りたいが‥‥いや、ここは私ではない方がいいな」
 すっと下がると、視線でリアレスを促す。一行の中では、威圧感などからは一番遠い存在だ。リアレスは小首をかしげて少し悩んだ後、前へ進み出る。
「えっと、私達、洞窟内で迷っちゃったんだけど‥‥ここはどこなんでしょう? メイの国とか?」
 現れたリアレスの無邪気な問いに、おばちゃんらの恐怖が消えた。
「そんなわけあるかい。ここはヒの国さ。今はカオスの地なんて呼ばれてるがね」
 おばちゃんの返事に、シャルグはにやりと笑ってドミニクの胸をどんと叩いた。むせるドミニクの横で、勇人とツヴァイが腕を交わす。
「成功、だな」
 わけが判らず目を白黒させる人々の中、冒険者は互いに苦労をたたえ合った。

●難民
「つまり、彼女らは元々近隣の村落の住民で、カオスニアンから逃げてあの洞窟に隠れ住んでいたわけか」
 報告を受けたカーチスが言う。
「ですね。女子供は逃がせたものの、男達はカオスニアンに捕まり、奴隷のように働かされているようで。詳しい資料はここに。彼女たちは順次、洞窟を通して『こちら側』へ移送を進めています。同時にゴーヌ氏は『向こう側』出口に居座って築城を開始しています。それと、行方不明だったトリア氏も発見されました。すぐ近くに出たものの、合流が出来ず自力でリバス砦まで歩いて帰ってきたそうです」
「ご苦労なことだ。まあ、ワインの一本でも差し入れてやれ」
 はい、と言うライルの返事を聞きつつ、カーチスはパンと報告書の束を閉じた。
「さて、どうしたもんかな」
 低い声が執務室に響いた。