【揺れる心】お嬢様の誘拐

■シリーズシナリオ


担当:八神太陽

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 9 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月22日〜06月27日

リプレイ公開日:2007年06月30日

●オープニング

 京都の米問屋都村屋、現主人都村庄之助は自分の死期が近いことを悟っていた。身体の節々が痛み、目も弱っている。懇意にしている医者からは余命三ヶ月を宣告されていた。どうせ死ぬのなら生涯現役を望み、今でも店を取り仕切っています。しかし長く仕えているものには主人の微妙な差異も分かるらしく、体調が良くないことを何となく察してはいましたが誰も噂することができませんでした。
 そんな庄之助には死を前に2つの悩みがありました、自分の愛娘お池と店の将来です。そこである晩、庄之助はお池を自室へと呼びました。
「お池、お前は誰か想いを寄せる相手はいないのか?」
「・・・・」
 お池は父、庄之助の言わんとしていることを悟りましたが、何と言うべきか言葉が出てきません。彼女も既に16を迎え、結婚を考え始めてもおかしく無い時期ではあります。しかし結婚とは家と家との繋がり、自由に恋愛できるものではありません。これは同時に庄之助の悩みでもありました。庄之助の妻は既に他界、子供はお池1人しかいないため、養子を取らない限り家の存続が不可能になるのです。もちろんお池も事情を分かっていますので、幼い頃から家の手伝いをしてきました。しかし家の存続という重い責任を考えると、決断ができなくなっていました。
「・・ふぅ」
 庄之助は一度大きく息をつきました。
「我が娘ながら昔の俺によく似ている」
「そうですか?」
「・・似ている、そっくりだ。一人ですべてを抱え込もうとするところが特にな」
「・・」
 お池は何と答えればいいのか分かりませんでした。
「辰一と龍一、どちらがいい?」
「・・どちらでも」
 辰一と龍一は都村屋の二枚看板。幼い頃から都村屋に勤め、地道に人脈を広げて今の都村屋に大いに貢献しています。もし都村屋を継ぐものがいるとすれば、辰一か龍一のどちらかだろうという噂をお池も耳にしていました。
「そうか、ならばこれからの二人の働き振りを見て考えるとするか」
 そう言うと庄之助はお池を下がらせ、眠ることにしました。

 庄之助が眠りについて一刻ほど経ったでしょうか、若い女性の叫び声が屋敷に響きました。
「何事だ?こんな時に」
 何人かの従業員が目を覚まし、事態の解明に乗り出します。しかし起きた従業員の声で寝ている従業員が起され、事態は混乱を招いていきます。騒ぎを聞きつけた龍一は一度従業員をまとめ、状況の収集に乗り出します。
「落ち着け、主人はお休み中だぞ」
 龍一の静かな一喝で従業員は冷静さを取り戻した。
「辰兄が実家に戻られている今、皆それぞれ不安はあるかもしれない。しかし我々は子供ではない、自分のやるべきことを各々自覚しろ」
 場が落ち着いたのを確認して龍一は従業員一人一人に仕事を与え、自分は庄之助の様子を確認に向かいました。

「失礼します」
 龍一が庄之助の寝室前で声をかけると室内から返事が聞こえてきました。龍一は一礼して部屋に入ると、庄之助が身を起して龍一を見ています。
「何事だ」
「現在確認中です。お騒がせして申し訳ありません」
 その時、襖越しに声が聞こえてきました。
「龍一さん、いらっしゃいますか?」
 龍一が襖を開けると、従業員が一人座っています。
「御主人も起きていらっしゃいましたか、失礼しました」
「構わん、用件はなんだ」
 庄之助に促されても従業員は答えにくそうにしています。
「どうした?」
「それがその・・まことに申し訳ございません」
 従業員はいきなり平身低頭誤り始めました。なかなか話を切り出そうとしない従業員に龍一は訝しさを覚えつつ、頭を上げさせます。
「何がどうなっている」
「それがその・・お嬢様がいらっしゃらないのです」
「何だと」
 庄之助の瞳孔が開き、そしてそのまま布団に倒れこんでしまいました。龍一は従業員を責めようかとも考えましたが、今は庄之助の身の方を案じ、従業員を冒険者ギルドへと向かわせることにしました。
「この事件は可及的速やかに解決する必要がある。お嬢様もだが主人の心労も考えなければなるまい。君は急ぎ冒険者ギルドへ向かい、応援を要請してくれ」 
 従業員は責任も感じていたのか一目散にギルドへ向かっていきました。

●今回の参加者

 ea9032 菊川 旭(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb0406 瓜生 勇(33歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb1872 瓜生 ひむか(22歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb3402 西天 聖(30歳・♀・侍・ジャイアント・ジャパン)
 eb7343 マーヤ・ウィズ(62歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)

●リプレイ本文

 眩しいほど照りつける太陽の下、菊川旭(ea9032)、瓜生勇(eb0406)の両名はそれぞれ自分の愛馬にまたがり辰一の故郷の村目指して馬を走らせていた。あまりの暑さに二人は汗をかき、馬もかなり参っているようだった。
「少し休憩しませんか?」
 先を急ぐ旅ではあったが、馬を殺すわけにはいかない。近くを流れる小川を見つけた二人は、どちらからと言うわけでもなく馬を降り水場に近付いていった。暑さを忘れさせるような涼しげな音が二人の耳に聞こえてくる。小川の中にはメダカが気持ちよさそうに泳いでいた。二人は馬に水を飲ませることにし、自分達も軽く食事することにした。
 小川のそばの下草に腰を下ろし、二人は都村屋から貰った握り飯の包みを解いた。さすがに米問屋らしく、米にこだわりがあるらしい。勇は二つあるうちの一つを口に運ぶと、自然と言葉がこぼれた。
「おいしい」
 同意を求めようと勇は菊川の方を振り向くと、彼は握り飯を右手に持ったまま小川の中のメダカを見つめていた。
「どうかしたの?」
 尋ねる勇、すると菊川は重い口を開いた。
「何故辰一殿は不在なのだろうか?」
「・・親戚の結婚式のはずよ?」
 勇は都村屋で聞いたままの事を答えた。しかし勇の答えに納得できないできないのか、菊川は微動だにしない。
「勇殿、俺は辰一殿は庄之助殿のために動いていると考えていた」
 自分の手にある握り飯が妙に粘りついている気がする。額から汗が噴出し始めていた。菊川は粘り気を取るために一度親指を軽く浮かせると、その弾みか握り飯は菊川の手を離れ小川へと落下していった。
「どうしたの?」
 勇は急いで小川を覗き込んだが、すでにメダカが握り飯に群がり始めている。勇は自分の握り飯を笑顔で一個菊川に差し出すと、菊川はその握り飯をしばらく見つめ受け取った。
「改めて考えると、握り飯は不思議な食べ物だな。一粒一粒は小さいが、こうして集まるとなかなか大きく、そして旨い」
「そうですね。ご飯粒一つ一つは爪よりも小さいですからね」
「・・そうだな、そろそろいくか」
 二人は握り飯を食べ終わると、腰を上げ再び馬にまたがり先を急ぐことにした。
  
 一方都村屋では瓜生ひむか(eb1872)がパーストを発動させ、事件当夜の状況を調査していた。
「まずはお池さんの部屋でしょうか」
 夜ということもあって犯行現場は特定されていなかったが、従業員の話ではお池の部屋の方から聞こえたらしい。ひむかはお池の部屋の立ち入り許可を龍一に求めることにした。
「・・お嬢様の部屋、ですか」
「はい、そこが犯行現場である可能性が一番高いです」
「・・・・」
 龍一があまりいい顔をしない、不思議に思ったひむかは龍一に尋ねた。
「何か問題でもあるのですか?」
「お嬢様の部屋に他人を入れるのは庄之助様から固く禁じられておりまして・・」
「時と場合によるでしょう?」
「・・」
 結局、女性であるひむかの頼みということで龍一はひむかの願い出を許可し、ひむかは早速お池の部屋へと向かっていった。

 同日昼頃、西天聖(eb3402)は犯人の進入、退却路を調べると称して店内、店外をゆっくり観察して回った。店のあちこちには鳴子、落とし床など泥棒避けだと思われる罠が未作動のままになっている。しかし盗賊関係の技能を持っていない西天は自分が罠を見つけきれたことに疑問を感じていた。ちょうどそばに従業員の少年が通りかかったので、西天は少年に聞いてみることにした。
「こんな罠じゃ泥棒にもすぐ見つかってしまわんじゃろうか?」
 西天の率直な意見だったが、少年は自分が答えを知っているのが嬉しいのか自慢げに答えた。
「辰一兄さんに決まっているじゃないですか。手先がすごい器用なんですよ」
 西天はまだ見ぬ辰一という人物の特徴を心に刻みつつ、自分の質問に少年が答えていないことに気付いた。
「店にある罠は全部辰一さんが作ったのじゃろうか?」
「そうらしいですよ。罠の場所も辰一兄さんが決めたらしいですし」
「場所?」
「んー詳しいことは分かんないんだけど、泥棒避けでも従業員が嵌らないようにしたとか何とか聞いていますよ」
 どこからか少年を呼ぶ声が聞こえる。少年は西天に一礼して去っていった。
「辰一さんは盗賊の心得があったんじゃろうか?」
 しかしその声に答える者は既にいない。ふと西天の脳裏に辰一の故郷へと向かった菊川と勇のことが過ぎった。

 依頼を受けて丸一日が経過し、マーヤ・ウィズ(eb7343)は緑茶を片手に縁側から庭を眺めていた。
「・・」
 マーヤは朝から医者を呼びに行ったり、龍一の手伝いをしたりと基本的に龍一のそばに付き添っていた。どんな状況であろうとも店は営業するという龍一の意見の下、多くの従業員が店に出ている中でマーヤが一番近くで龍一と接する機会が多くなっ

ていた。そんな中マーヤが気付いたのは龍一の瞳の先にあるものだった。
「彼はお池さんが大切なのでしょう?」
 今の状況では店、庄之助、お池の3つが問題になってくる。どれを選ぶのが個人の自由だろうが、全くお池に感知していない様子は好きにはなれなかった。
「そういえば、菊川さんと勇さんは無事届いたでしょうか・・」
 しばらく庭を観察していたマーヤであったが、枯山水の庭園に足跡一つ発見できずにいた。庭の片隅には倉が見え隠れしていたが、龍一自身が真っ先に確認したとのこと。マーヤが中に入ることは許されなかった。
「何かありそうなのですけどね」
 しかし今のところ龍一を説得する材料がマーヤには無かった。
「龍一さんが依頼をしたと聞いていましたけどね」
 今回のお池奪還の依頼をしたのは厳密には従業員だったが、その従業員は龍一の命で来たと発言している。マーヤには演出のような気がしていた。
 その時玄関が急に騒がしくなる。何事だろうと店のほうに向かうと西天が先についていた。
「何事かしら?」
 背中から声をかけられた西天は驚いた表情を見せたが、マーヤの顔を見て落ち着きを取り戻した。
「脅迫状が届いたようじゃ」
 
 菊川と勇が村に着いたのは翌日だった。食糧は多めに貰っていたからこそ飢えることはなかったが、二人の心に都村屋に対する不信感が芽生えたのは動かしようの無い事実だった。
「やっと着きましたね。時間かかった分、帰り急がないと」
「・・出発前、聖殿に言われた言葉覚えているか?」
「『気を引き締めて』だったかしら」
「今こそその時だ。後ろを振り向かずに聞いてくれ」
 一呼吸おいて菊川が言葉を繋ぎました。
「誰かにつけられている。この村に入ってからずっとな」
「・・!」
 勇が耳に神経を集中させると、確かに誰かがいるような気配を感じます。
「私達、狙われている?」
「まだ何ともいえんな」
 勇は村に入ってからのことを振り返ります。自分の歩いた道、自分の見た家々、自分の感じた事。そして一つの可能性に行き当たりました。
「私達、敵だと思われている?」
「かもしれん」
 村に入って以来、二人は人物を見かけていませんでした。
「こうなると手がかりは後ろの人物だけか」
 二人は歩きながら策を練ることにした。

 脅迫状が届いたという知らせを受けてひむかも一旦調査を止め、店に顔を出しました。
「脅迫状が届いたと聞きましたが?」
 店では客人の目もあるためか騒ぐことはありませんでしたが、黒山の人だかりになっていました。しかし誰も口を開くこともせず、お互い顔を見合わせているだけでした。
「どうしたのです」
 ひむかが人だかりの中に西天とマーヤの顔を見つけて呼びかけます。しかし二人は神妙な顔をし、やがて鉛のように重くなった口を開きます。
「脅迫状の宛先が辰一殿宛てになっておるのじゃ」
「しかも『次期店主である辰一殿宛て』と銘打ってある。龍一さんも脅迫状を読んでいいものなのか悩んでいるのですよ」
 ひむかはもう一度人だかりを見回すと、指揮を取るべきである龍一が中心で脅迫状片手に悩んでいます。
「何故読まないのですか!お池さんの命がかかっているのでしょう」
「・・」
 しかし龍一は動こうとはしない。マーヤはすでに諦めているのか座り込んで茶を飲んでいた。
「個人の情報には手を付けたくないそうなんじゃ」
 龍一が動こうとしない理由を西天が代弁しました。
「お互い好敵手として認めてきた存在、店を大きくするためにお互いの手の内を探らないように取り決めをしているらしいのじゃ」
「それも時と場合によるでしょう」
「私もそう言ったんだけどね」
 あまりの頑固さにマーヤはすでに説得を諦め、菊川と勇の帰りを待つ体勢に入っている。一方西天は二人が辰一を連れてこられるのかどうかさえ疑問に感じていた。
「そういえばパーストの結果はどうなったのじゃ?」
 ひむかは二人をお池の部屋近くまで案内した。 

 ひむかがパーストで見たものは二人の忍者。覆面をしていたが、一人が顔を見せるとお池はおとなしくついていった。
「少なくとも顔見知りの犯行に間違いはないようじゃ」
 ひむかがファンタズムで顔を見せた忍者の幻影を作り従業員に尋ねるとやはり辰一だった。
「状況は悪化しているわね」
 三人の頭にまず浮かんだのは、辰一を迎えに行った菊川、勇の顔だった。
「勝手に殺すな」
 颯爽と現れたのはその菊川と勇だった。大きな外傷こそは無いもののかなり疲れている。
「でもしばらく休ませてください・・」
 
 菊川と勇が目を覚ました時にはすでに夜になっていたが、二人は村で聞いてきたことをひむか、西天、マーヤに伝えた。
「彼は村を追放されたらしい。そこで京都まで逃げ延びらしいのだが」
「京都で力をつけ、かつて自分を追い出した村人に復讐しているみたい」
 周囲に沈黙が走る。
「復讐のためにお池さんをさらったと?」
「しかしそれでは当主にはなれないじゃろう?」
「もう一波乱ありそうですわね」
 都村屋の夜はふけていった。