●リプレイ本文
京都郊外西の山の山中に今回の依頼人虎二は身を潜めていた。どうやら付近の木こりとも仲が良いらしく、匿ってもらっているらしい。冒険者達が訪れるとひとまず木こりが対応して、後で虎二が顔を出した。
「手間掛けさせて申し訳ありません」
謝る虎二に冒険者達は軽く首を横に振ると、早速本題を切り出した。
「それよりも打ち合わせを行いましょう。配役は私達の方で考えてきましたから」
瓜生ひむか(eb1872)が事前に相談していた作戦を虎二に話した。
「・・なるほど。私が最後にネタ晴らしをするということですね」
「そういうことじゃ。そのためにちょっと集めてもらいたいものがあるんだけどいいじゃろうか」
西天聖(eb3402)が求めたものは変装用の衣装だった。冒険者達は前回の依頼で顔の割れているため、山賊役をする西天と菊川旭(ea9032)は変装することが必要不可欠だと考えていた。また瓜生勇(eb0406)にも一つ考えていることがあった。
「それと脚本にあった賄賂の証拠というものを見せて欲しいのですが、よろしいですか?」
「もちろんですよ。まず証拠の方ですが、これですね」
虎二が取り出したのは一つの書簡、そこには奉行所の役人に金二十両を提供したことが明示されていた。
「とはいえ私の捏造ですけどね、ちなみに都村屋の私の部屋には賄賂を捻出するために調整した裏帳簿もあります。両方とも終わったら燃やしてください。服の方は明日までに用意しましょう」
安堵の表情を浮かべる西天と勇。しかし一人だけ、今まで聞き役に徹していたマーヤ・ウィズ(eb7343)が初めて口を開いた。
「あなたの考えは辰一さんが不在であることが前提になっていますが、もし戻ってきたらどうするのですか?」
マーヤは虎二を見つめると、虎二は目を逸らした。
「それは机上の空論ですよ。戻ってきた場合のことはその時考えることにします」
そう言うと虎二は服の調達と言って家を出て行った。
そして当日、山賊役をやることになった菊川と西天は前もって虎二に頼んでおいた衣装に袖を通した。
「なんだか不思議な気分ですね」
「まさか山賊に扮する日が来るとは思わなかったのじゃ、じゃなかった思わなかったね」
頑張って口調を変える西天を他の冒険者達は新鮮な様子で見つめていた。
「口調を変えるだけでも結構印象が変わるものね」
「ですね。西天さんの新たな一面が見られたと言うか、そんな感じです」
口々に出される感想に西天は必死に美顔運動をしながら必死に恥ずかしさを紛らわせていたが、それもそれでなかなか面白いものだった。しかしこれから化粧を施してもらう約束の菊川だけは必死に擁護に回ったり、作戦を促そうとみんなをなだめて回っていた。
「それほど時間もないことですし、早く作業にとりかからないと・・」
「そうじゃそうじゃ、早速化粧を始めませんとね」
まだ微妙に口調に慣れていない西天だったが、菊川の助け舟に乗って二人でそそくさと化粧に入った。そこで残された三人も最後の確認を行うことにした。
「まずわたくしがそばの茶屋で周囲の確認。辰一さんが来るかどうかは不明ですが、役人が来たときは龍一さんにばれないように話しをつけるつもりよ」
「そしてあたし達二人が実行部隊ね」
話す勇の傍らでひむかが大きく頷いている。
「こっちも話が大きくならないように穏便に進めるつもりです。シャドウバインディングなど捕まえる魔法がないのがちょっと問題ですが、発動を似せるだけなら問題ないはずです」
力強く言うひむかに勇は暴走しないか多少の不安を感じたが、妹の失敗を補うのも姉の役目だと割り切っていた。事前に虎二から受け取っていた賄賂の証拠品である帳簿をマーヤに渡し、ひむかの肩を軽く叩いた。
「無理するんじゃないよ」
「それはこっちの台詞です」
上目遣いに恨めしげな瞳を浮かべるひむか、一方の勇はその視線を受け流している。そんな二人のやり取りをマーヤはお茶を片手に微笑みながら見つめていた。
「龍一さんと辰一さんもこんなに仲がよければいいのですけどね」
ふと天井に光るものが見えた。マーヤが見上げると羽虫が蜘蛛の巣に捕まっていた。
冒険者五人と虎二が京都に着いたのは申の刻を多少過ぎた頃だった。冬ならすでに闇が覆い始める時間だったが今は夏、まだ日は十分高かった。あまり早い時間にやると役人に嗅ぎつけられるのも早いだろうというマーヤの意見を取り入れたものだった。
「別にやましいことをやっているわけでは無いけど、痛くも無い腹を探られたくは無いですから」
わざわざ面倒事を増やす必要は無い、また夕方なら龍一がいる可能性も高いということで他の冒険者達もその案を受け入れたのだった。
冒険者が配置につき、まず山賊役の菊川と西天が都村屋に押し入っていく。
「ここが都村屋さんですね、なかなか立派な店構えじゃないですか」
多少前傾姿勢で身をかがめつつ、出入り口の柱の感触を確かめる菊川。その横から西天が店に入り、龍一を呼び出した。
「この店で一番偉い人はどなたかしら」
移動中にも言葉の練習をしてきた二人、山賊振りも板につきはじめている。やがて店の奥から龍一が現れてきた。一月前から比べて随分とやつれた様子がある。西天は苦労したんだろうなと心の中では同情しつつも本題に入った。
「貴方方に耳寄りな話をお持ちしたのですが、一緒に茶でもどうですか?」
「そんな挑発には乗りませんよ」
そういって再び奥に戻ろうとする龍一、そこを菊川が呼び止めた。
「噂ですが、虎二って人が山賊に捕まったらしいですね。お知り合いですか?」
龍一の足が止まる。首だけを菊川と西天の方に向け睨みを利かせてきた。
「お前達がやったのか?」
「さぁ何のことですか?」
とぼける菊川、そこに西天が追い討ちをかける。
「分かった、お前達の話を聞こう」
龍一は店の奥へと菊川、西天を招き入れた。その様子を確認していたマーヤが冒険者役の瓜生姉妹に店に入るように合図を出し、二人に突入を支持。まずひむかが店に近寄り、テレパシーを龍一に送った。
「龍一さん、外です。ひむかです、偶然通りかかったので手伝いますね。まずは騒ぎが大きくならないように番所には走らせないで下さい。あと、あちらの目的は何か確認してからのほうが良いと思います。いざとなれば術で彼等を拘束しますので安心してください」
実際はシャドウバインディングを使えないひむかだったが、今回捕らえる対照は菊川と西天。捕らえた振りをしてもらうように約束してあるので何の問題も無いはずだった。それでも念のため勇がロープも準備している。すぐに龍一から返事が返ってきた。
「前回助けてくださった方ですね。山賊を応接間まで案内しているところです。襖越しに待機していてもらえますか?どうやら虎二が捕まったようですので荒々しい手段には出られませんから」
「了解しました」
早速ひむかは勇とともに店に入り従業員達に事情を説明。従業員の方も顔を覚えていてくれたらしく、すんなり店の奥へと通してもらえた。その様子を見ていたマーヤは軽く息を吐き、茶菓子として頼んだ団子を一つ口に入れた。
「これであとは何事も起こらなければ任務完了ですね」
あとはひむかのテレパシーを受けた虎二が店に入り種明かしをするだけ。虎二にも化粧をさせるかどうか多少議論はあったが、種明かしをするのに化粧はおかしいだろうということで今回は断念している。
念のため最後に再び辺りを確認するマーヤ、役人が来る様子も無いので再び茶を飲もうとすると背後から声をかけられた。
四半刻程経った頃、ひむかに呼ばれて虎二が店の中に入っていく。従業員も驚いたようだが何食わぬ表情で入っていく虎二の様子を見てある程度事情を察したらしい、誰も止める者はいなかった。そして応接間では怒るでもなく、ただ冷静に物事を見つめようとする龍一がいた。
「説明してくれるな?」
「・・もう分かっているのでしょう?」
相変わらず疑問符だらけの会話に勇が口を挟んだ。
「龍一さん、騙すような真似ですが状況を進めるためには必要なことだと考えますわ。あなたが辰一さんと堂々と対等に精進したいと思うのはいいことだと思いますけど何時帰るか判らないのですわ、その手紙一刻を争うものだと取り返しがつきません。
後で辰一さんに詫びるという事で確認だけでもしてはどうでしょうか?」
後押しするようにひむかも言葉を挟む。
「人は知っている面だけではないのです」
「・・分かった。虎二、例の物を」
勢い良く立つ虎二、そしてそのまま辰一の部屋に入って手紙を手にすると、そのまま応接間に戻ってきた。龍一は手紙を受け取ると、辰一に一言侘び封を切った。
「すまぬ、辰」
手紙にはこう書かれていた。
「お池は手に入れた。報酬はいつもの手はずで」
怒りに任せて手紙を破ろうとする龍一、それを菊川と西天が急いで止めた。
「折角の証拠じゃ。無にしてどうするつもりじゃ?」
「これでやっとお池さんが取り返せるかもしれないのじゃないか」
二人に諌められ思いとどまる龍一、しかし未だに辰一のことを信じたい気持ちも残っており龍一の心の中では葛藤が続いていた。
「私には辰がこんなことをする人間だとは思えません」
その時、応接間の襖が開く。そこには長身長髪で程よく筋肉の付いた男が底には立っていた。後ろでは必死に男を押さえようとするマーヤの姿もあった。
「俺がどうしたって?」
「辰・・」
龍一の言葉から冒険者達はこの長身の男の正体を悟った。一斉に批難の眼差しを向けられる辰一、しかし本人は涼しげな顔で龍一に尋ねる。
「主人とお嬢をしらないか?帰国の報をしたいんだが見当たらないんでな」
「お前、何を抜け抜けと・・」
組み付こうとする龍一、そこに冒険者達が割って入ったため誰も怪我をすることはなかった。しかし応接間は重い空気に呑まれたままだった。