【揺れる心】お池と龍一と辰一と

■シリーズシナリオ


担当:八神太陽

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 9 C

参加人数:5人

サポート参加人数:1人

冒険期間:09月25日〜09月30日

リプレイ公開日:2007年10月04日

●オープニング

 神聖暦千と二年と九の月、都村屋は歓迎一色に染まっていた。三ヶ月間行方不明とされていた都村屋店主の娘お池が戻ってきたからだ。
「皆様にはご迷惑おかけしました」
 深々と頭を下げるお池。それを制したのは今や都村屋の実質的店主となった龍一だった。
「頭を上げてください」
 言われるがままに顔を上げるお嬢、それに龍一は優しく微笑んだ。
「お嬢の無事が従業員全員の願いでした。今しばらくはお嬢の無事な姿を皆に見せてやってくださいませ」
「そうですね」
 短く答えると、お池は全従業員に笑顔を振り撒いた。

 その後、お池は父である店主の枕元で龍一に事の顛末を語った。
「父が不調を訴えるようになった時、私は運命を悟りました。自分には都村屋を継ぐしか選択肢が残されていないのだと」
「‥」
 言いたいことはあったが、龍一は敢えて何も言わずにお池の次の言葉を待った。
 お池も龍一の心情を察したのか一つ大きな深呼吸をつき、また淡々と語り始めた。
「私は生まれてから今まで都村屋の成長と共に人生を歩んできました。そしてこれからもそうなのだろうと悟っていました。しかし心のどこかでは自分を否定する私が存在していることに気づいたのです」
「‥」
「私は都村屋の中しか知らない、外の世界を知らない。だから自分が今から選ぼうとする人生が正しいかどうか自信が持てなかった。それで辰一に相談したのです」
「そこで狂言誘拐を演じたというわけですか」
「はい‥」
 力なくお池はうなだれ、龍一の言葉を待った。そして龍一は軽い調子で答えた。
「いいんじゃないですか?辰一はその辺り詳しいみたいですし」
 中西屋の方面から調べなおしたところ、辰一はどこかで忍びの術を学んでいたことが判明した。また調査関係が強く、人の弱みを掴むのが得意だったらしい。
 龍一は更に言葉を続けた。
「お嬢はお嬢、都村屋の娘であると同時にお池という一人の女性です。たまには人に反抗し、怒鳴り、理不尽な言い訳をするのが私の知っているお嬢ですよ」
「龍一も変わりましたね、昔は他人の心情なんて気にもしなかったのに。そんな風に私を思っているとは知りませんでしたよ」
 初めて心からお池は笑った。

 そして数日後、都村屋に一通の手紙が届く。宛先は辰一、しかし龍一は迷うことなく開封した。
「これを今読んでいるのは龍一だろうか、人というものは変わるものだ」
 手紙はいきなりそんな文面から始まった。
「正直お前がそれほど変われるとは思わなかった。だが俺には俺でやるべきことがある。そのためにお嬢が必要なのだ」
 理由を一切書かないまま手紙は本題へと突入した。
「お前とも決着をつけたいと思っている。そこで提案だ、俺は五日以内にお嬢を奪いに参上しよう。お前は自分の意思でやりたいことをやればいい」
「これが辰一の文字ですね」
 どこからともなくお池が現れると、彼女は手紙を奪って懐へと隠した。
「どんな手を使っても構いません。五日間、守ってくださいね」
 お池は五日後を結納の日に指定し、龍一に微笑んだ。
「断れそうにないですね」
「断りたいのですか?」
「滅相もない」
 万全の布陣を組むために、龍一は側近と化した虎二を冒険者ギルドに向かわせた。

●今回の参加者

 ea9032 菊川 旭(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb0406 瓜生 勇(33歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb1872 瓜生 ひむか(22歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb3402 西天 聖(30歳・♀・侍・ジャイアント・ジャパン)
 eb7343 マーヤ・ウィズ(62歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)

●サポート参加者

我羅 斑鮫(ea4266

●リプレイ本文

「月に一度とはいえ毎月来ると通っているような錯覚さえ覚えるわ」
「そうですね。不思議なものです」
 都村屋を総評したのは瓜生勇(eb0406)、瓜生ひむか(eb1872)の姉妹だった。二人にはこの家が自分達の住んでいた島と重なって見えていた。
 二人の住んでいた豊後の島と京都の繁華街にある一軒の反物屋。大きさも人口も違う二つのものに既視観にも似た雰囲気を感じていたのは掟だった。
 代々引き継がれてきたものを守る伝統と新たなものを作り出そうとする時代。二つは全く別のもののような様相を見せつつも時に大きく対立する。それを二人は身をもって感じていた。
「入ろうか」
「はい」
 二人は都村屋に、そして自分達にけじめをつける一歩を踏み出した。

 都村屋は間近に迫った結納に向け慌しかった。従業員もだが、お池と龍一の婚姻の話を聞きつけた常連客や親類までもが顔を出し都村屋の中は人がごった返していた。当然話題の中心となるお池と龍一もそれほど時間が取れるわけも無く、瓜生姉妹が来店した時には菊川旭(ea9032)は出されたお茶と茶菓子に舌鼓を打っていた。
「お池さんは?」
「接客中ということだ。俺の知る限り既に三組目だな」
「まだ昼にもなっていないのですよね?」
 ひむかが確認の意味も込めて窓の外を確認すると、確かに太陽はまだ東の空に浮かんでいる。
「おそらくだが、お池殿は自分の無事を伝えるためにもすぐに結納をした気がする。常連客や親類に確認と婚姻の両方を同時に知らせるために」
「確かにその方が皆さんも都合がいいわね」
 勇が同意する。しかし障子越しの声は二人の意見を否定した。
「そんな崇高な考えは無いですよ。二回来店するところを一回で済ませられれば訪問者も増えるかもと思っただけです」
 声と共にお池が姿を現す。多少気疲れしたのかウンザリした表情だった。
「でもおかげで皆さんの祝辞が二倍になっちゃいました」
 お池が両手を挙げる。思わず三人から笑みがこぼれた。
「いいと思いますよ?苦労がいっぱいあったほうが楽しい事もいっぱい感じられますよ」
 ひむかが笑顔で答える。お池も笑って同意した。
 その後、夜の見張りに向け菊川は仮眠、瓜生姉妹は我羅斑鮫(ea4266)とともに罠作成と昼間の護衛についたのだった。

 その日の夜、夜間の見張り役である西天聖(eb3402)、マーヤ・ウィズ(eb7343)にもお池は自ら差し入れを持っていった。
「危険じゃよ、お池殿。昼間に我羅殿が罠を設置したと聞いているのじゃが、お池殿自身が動かれては何のために私達が警備しているのか分からなくなるのじゃ」
「多分辰一は来ませんよ」
 お池は薄く笑いながら西天の疑問に答えた。
「捕らえられている時に何度か本音を話してくれました。彼は自分の村を人達を見返すことが目標みたいです」
「そうね。私もそんな話は聞いたわ」
 マーヤも話しに参加した。
「でもまだ納得はできないの。何故辰一さんは村人から嫌われているのかしら?」
「そこまで詳しくは‥ただ両親の話を嫌がっていたので、何か考えがあるのかもしれません」
「両親ね‥」
 いくつかの可能性をマーヤは浮かべていた。しかし口にはせず、自分の胸の内に留めることにした。
「あとは何事にも金がかかるとよくぼやいていましたね」
「じゃが賭博をやるのはどうかと思うのじゃ。中西屋名義で借りていた倉庫が賭博場じゃったのじゃろう?」
「彼は手段を選びませんからね。求めるのは結果、私の狂言誘拐に応じたのもその為だと断言していましたよ」
「なるほどね。でもそれなら今襲ってきてもよさそうな気がするわ?」
 マーヤが尋ねる。それにはお池も多少困った顔を浮かべて答えた。
「半分私の勘だけど、今襲っても彼には意味がない気がするの」
「なぜじゃ?」
「彼はお金が欲しいわけじゃない。本当に欲しいのは名誉じゃないかしら、と思うの」
「名誉というよりは悪の名声に近い気がするわ」
「それは悪の名声の方が時間がかからないと考えたからではないのでしょうか?」
「‥そういうところまで手段を選ばないのじゃな」
 半刻ほど話して、お池は様子を見に来た龍一とともに逃走路となりそうなところを確認しにいった菊川にも言葉をかけ、戻っていった。

それから三日間、辰一に動きは無かった。
「どうやらお池殿の読みが当たったようじゃのう」
 最大の問題日である五日目ということで、夜の見張り担当だった菊川、西天、マーヤも結納の日だけは起きていた。   
「むしろわたくしにはお池さんが演出したようにも見えましたけどね」
「‥あとは辰一さんがどう来るか、ですか」
 可能性で一番高いのは人遁。当然それは警戒しなければいけないことではあるが、他にも屋根の裏から奇襲という可能性もあった。
「今の所、辰一の物と思われる仕掛けは無かったな。もちろん昨日の夜までだが」
 逃走路の他にも罠を仕掛けそうな部分も菊川は確認していた。依頼初日に我羅が多くの罠を仕掛けているため厳密な判断は難しい。しかし菊川の見た限り、初日から罠が増えているということは無いということだった。
「となるとやはり人遁じゃろうか」
「誰か狙われそうな人はいたかしら?」
 マーヤが瓜生姉妹に尋ねる。しかし二人は素直に首を縦には振れなかった。
 依頼が始まってから結納までの四日間、瓜生姉妹は実に多くの人を見ていた。ついに身を固める決心をするというお池を一目みたいという野次馬に近いものも少なくは無かったが、実際にお池に挨拶をした人だけでも相当な数に上っていた。その中から狙われそうな人を探すと作業は辛いものだったようだ。
 証拠というわけではないが、お池と龍一に寄せられた祝いの品だけでも相当の数に上っている。
「それだけ注目している人も多いというわけか」
 何気なく呟いた菊川だったが、西天とマーヤの心には引っかかるものがあった。

 やがて結納の儀式が始まる。関係者が多いことから、屋敷の大広間で執り行われる事になった。
 冒険者達は関係者一人一人を注意深く観察し万一に備えるが、関係者の中に不審な動きをするものはいなかった。
 しかし不意に大広間の襖が開かれる。そこには辰一が立っていた。
「辰‥」
 龍一は思わず呟く。しかし顔は緊張でいっぱいだった。
 そしてそれは他の従業員も同じだった。従業員の中では事情に詳しい虎二も龍一と辰一の顔を交互に見比べている。
 そんな緊張の中、辰一は堂々とお池と龍一に近寄っていった。菊川と勇が抜刀してお池と龍一の傍に控える。その間に西天はオーラエリベーションを発動、ひむかとマーヤもいつでも詠唱できるように態勢を整えていた。
「それ以上近づくな」
 歩みを止めない辰一に菊川が警告を発する。すると辰一は一度足を止め菊川の顔を見ると、ニタリと笑った。
「止められるもんなら止めてみな、この俺をな」
 それが全ての始まりだった。辰一は一足飛びで菊川との距離を詰め、隠し持っていた短刀を袖から取り出し襲い掛かる。菊川は短刀を刀で受け止めた。そこにマーヤのグラビティキャノンが炸裂、辰一を庭先に吹き飛ばした。そこに勇が襲い掛かる。
「今の内に他の人は避難を」
 西天が声色を作り、集まっていた人々の誘導に入る。ひむかも関係者に被害がでないようにストーンウォールで石の壁を作り上げた。

「なぜお池さんを襲うのです」
 鍔迫り合いの態勢で勇が辰一に問いかける。すると辰一は自嘲気味に笑った。
「そんな質問をするあんたらには多分一生理解できんさ」
 辰一は一度引いた。
「襲いたくなったから襲う、それだけだ」
 辰一は砂塵隠れを高速詠唱。再び屋敷内に戻ったが、そこを避難誘導を終えた西天が相対した。
「貴殿は嘘をついているのじゃ。何も今お池殿を狙う必要は無いはずじゃ」
 西天が叫ぶ。だが辰一は先ほどと同じ言葉を繰り返した。
「今襲いたくなったんだよ。それだけだ」
「それならもっと確実な方法があったじゃないかしら。正面から入るとは思わなかったわ」
 マーヤの問いかけにも辰一は『襲いたくなっただけ』と答える。しかしひむかは辰一の言葉に既視観にも似たものを感じていた。
「あなたは止めて欲しかったんじゃないですか?」
 辰一の動きが止まった。

「‥俺の親父は抜け忍だったらしい」
 動きを止めた辰一は訥々と語り始めた。
「経緯はよく分からんが、お袋のために抜けたんじゃないかと俺は思ってる。そして親父はお袋と俺の三人で別の村で普通に暮らすことを選んだんだ。村人に抜け忍だとばれるまではな。あとは察しがつくだろ?」
「‥あなたのお父さんは殺されたのね。忍の掟として」
「そういうことだ。最後にいくつか手ほどきしてくれたけどな」
「しかしそれではお池さんをならないはずだ」
 聞き役に徹していた菊川が思わず言葉を挟んだ。
「だからアンタにゃ分からんと言ったんだよ。俺が都村屋の金で何してきたか知ってんだろ?」
「賭博場を開いていたな」
「そうだ。人を集めるには娯楽が一番手っ取り早いからな。俺はそれでいいと思っていたが、どうやら世間的には良くないらしいな」
「論理は分かるが良い事とは言えないわね」
 勇が答えた。
「店のためにやっていたことが世間的には良くない、俺は笑ったぜ。その上、お嬢から狂言誘拐の手伝いと来た。これも良くないことなんだろ?」
「‥そうね」
 今度はマーヤが答えた。
「そしてあなたは引き返せなくなっていた、と言うつもりなのかしら」
「‥一度はここに戻ってきたけどな。だが俺は親父と似たような道を歩いているんだと感じてしまった。だから全てを壊してやり直そうと考えた」
「そして今度はどこに行くつもり?」
 冒険者の視線が集まる中、辰一は答えた。
「牢屋の中、かな」
 こうして辰一は冒険者に連れられ役所へと届けられたのだった。

「彼は自分の父親殿を超えられるじゃろうか」
「‥まずは人を小馬鹿にする癖から治してもらいたいものだ」