宮本武蔵の弟子達 一

■シリーズシナリオ


担当:八神太陽

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:5 G 55 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月15日〜08月20日

リプレイ公開日:2007年08月24日

●オープニング

 神聖暦千と二年と六の月、その日は風が強かった。日本海に浮かぶ小さな小島では船が飛ばされないように固定することに追われていた。しかし風は急速な強まりを見せ、波が高くなりつつある。その時、船の固定のため港に出ていた二人の姉弟、初音と長治は大きな選択に迫られていた。目の前にはまだ固定の終わっていない船が残っている、しかし風は一層強まっていくばかりだ。初音は残りの作業を自分一人でやり、長治を避難させることにした。
「長治、あんたは帰んなさい。あと私が一人でやるから」
 初音としては長治を思っての発言だったが、それが返って長治のプライドを傷つけた。長治は意固地になって自分一人だけ避難することを拒んだのだ。
「子供扱いするなよ、俺だってもう一人前なんだ。姉ちゃんこそ先に避難しろよ」
 そう言われても初音には初音の、姉としてのプライドがある。弟を残して避難するなどもってのほかだった。
「何言ってんの。あんた、この状況分かってんの?」
「分かってるさ。だからあとは男に任せろよ」
「何が男よ、だからあんたは子供なのよ」
 というものの議論している時間はない、結局二人で作業を行うことにした。

 四半刻後、風が何とか耐えられる内に二人は無事作業を終わらせていた。
「何とか終わったわね、さっさと戻りましょ」
 風に加えて雨も降り始めている、初音は帰りを急ごうと後ろを行く長治に手を伸ばした。しかし反応はない、嫌な予感を感じた初音は急いで後ろを振り向いたが、既にそこには長治の姿は無かった。

 それから一月後の七の月、一人の少年が京都郊外で発見された。身の丈五尺弱、齢は十二、三といったところだろうか、極度に疲弊しており会話さえもままならない状態だった。第一発見者である浪人は少年の回復することを不可能を判断し、物色を開始することにした。
「悪いな、これも世の常だ」
 手早く服を脱がせ持ち物の確認に入る浪人、全身裸にしたところで浪人は思わず口笛を吹いた。
「たまげたな、ここで野垂れ死にさせるにはもったいないほどの身体だぜ」
 張りのある肌、程よくついた筋肉、少年よりむしろ戦士に近い体格だった。一丁前に刀も持っている、真剣ではなく木刀というところが少年らしいといえば少年らしいところだろうか。
「ただの少年じゃないってことか、まぁ死んじまえば元も子もないか」
 念のため隠しているものが無いか全身を確認、服にも何か縫い付けてないかを確認した上で浪人は持ち物の吟味に入った。
「結局持ち物は木刀とぼろぼろになった服だけかよ、時化たもん・・ん?」
 愚痴を言いながらもほとんど唯一の持ち物である木刀を手に取り確認する浪人、触っていると柄に彫りが入っていることに気付いた。
「銘入りかよ。しかし面白い名前だな、おい」
 浪人は一度少年を見下ろした。よく考えれば体格もいい、どこか金持ちの坊ちゃんの可能性もある。浪人は木刀を少年の手に握らせ、バックパックから保存食と水筒を取り出した。
 木刀には宮本武蔵と刻まれていた。 

 更に一月が過ぎた八の月、初音は京都に来ていた。特に当てがあったわけではない、ただ京都には冒険者ギルドという便利な機関が存在すると聞いていたからだった。地図を片手に見慣れぬ街を徘徊する初音、丸一日かけてそれらしき建物を見つけると、周囲を警戒しつつも中に入っていった。
「ここが冒険者ギルド?」
 手近な人間を捕まえて尋ねてみると、その人は運良くギルドの関係者だった。初音を受付の場所と依頼の仕方を教えると「幸運を」と言葉を残して去っていった。
「思ったより京都の人っていい人が多いのかしら?」
 去っていく関係者の背中に一礼をし、初音は受付へと向かっていった。
「いらっしゃいませ、御用件は?」
 受付は優しそうな、いかにも笑顔の似合う男性だった。
「弟を探して欲しいんです。嵐に巻き込まれてどこか飛ばされちゃったみたいで」
 受付の頭にも最悪の事態が過ぎる。しかし当の本人の前でそれを口にするのははばかられた。
「名前は長治、身長五尺弱で年齢は十二、木刀を持っているはずです。あ、もしかしたら宮本長治と名乗っているかもしれません」
「宮本、ですか?」
 再び受付の頭に嫌な予感が過ぎった。加えて今回は顔に出てしまったらしい、初音は不思議そうな顔で立っている。
「その名前に何か問題が?」
 受付は思わず頭を抱えた、しかしやがて諦めたか辺りを警戒しつつ小声で話し始める。
「最近影で宮本武蔵って暗殺者が暴れているんですよ、あんまりその名前は口にしない方がいいですよ」
 受付は親切心で言ったつもりだったが、その言葉は初音を怒らせる結果になった。
「先生を悪く言うな、先生は何もしていない」
 ギルドは異様なまでの静寂に包まれた。外では蝉が猛々しく鳴いている。 

●今回の参加者

 ea4266 我羅 斑鮫(32歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea4329 李 明華(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea6354 小坂部 太吾(41歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb1528 山本 佳澄(31歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb3402 西天 聖(30歳・♀・侍・ジャイアント・ジャパン)
 ec1064 設楽 兵兵衛(39歳・♂・忍者・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 初音の話では、初音とその弟長治は日本海に浮かぶ隠岐という島に住んでいるらしい。四方を海で囲まれた小さな島で、島民の多くは漁をして暮らしているということだった。
「私がたどり着いたのは舞鶴という場所でした。港にいらっしゃった漁師の方々の話ですと、潮の関係で多くのものが流れ着いてくるそうです」
 初音自身優れた操舵技術をもっているわけではなく、流されるがままに流されてきたということだった。その他に長治に関する情報を聞いた上で、冒険者達は思い思いの場所へと向かっていった。

 我羅斑鮫(ea4266)、設楽兵兵衛(ec1064)は初音が流れ着いたという舞鶴へと向かった。両名とも韋駄天の草履を所持しているということが理由の一つだった。加えてもう一つ、我羅には思うところがあった。
「身体を鍛えているといえど、海で漂っていれば体力も精神力も著しく消耗する。そのため記憶を混乱しているのではないか?」
 専門ランクの小型船舶を持つ我羅の意見だ、説得力がある。舞鶴から京都までの初音が歩いて来た道を逆から辿るためにも我羅と設楽は舞鶴に向かう事にした。

 李明華(ea4329)、山本佳澄(eb1528)は酒場を始めとする飲食店を中心に聞き込みを開始していた。酒場は多種多様な人種の集まる情報の集積地、情報収集の基本だ。加えて長治の好物は初音曰く魚介類らしい。二ヶ月前、魚、この辺りをキーワードに二人は情報収集を開始していた。

 西天聖(eb3402)は武器屋を中心に回っていた。隠岐に住む剣客の宮本武蔵は優秀な自分の弟子には木刀を渡すようにしているらしい。長治も武蔵に見初められた者の一人、証拠となる木刀は長治が肌身離さず持っているということだった。その木刀が売りに出されていないか確認するためだ。

 小坂部太吾(ea6354)は暗殺集団「宮本武蔵」の情報を求め、見廻組の元へと向かった。また長治は日本海側からやってきたこともわかっている、そちら側に顔の効く人物もいれば何か情報がつかめるかもしれないという思いもあった。

 舞鶴へと向かった我羅と設楽は少なくとも四日後の夜には帰還を約束、京都に残る四人は定時連絡の方法を確認してそれぞれ行動を開始した。
 

 一番初めに有力と思われる情報を入手したのは李と山本だった。ちょうど二ヶ月ほど前に魚の燻製を購入する男がいるという情報が入った。
 情報源はある居酒屋の店主。客の出入りが激しいので顔は覚えていないものの、小魚の燻製を持ち帰りできないかと聞いてきた人物がいたということだった。
「その男性の特徴は?」
「どんな小さなことでもいいのです」
 李と山本は勢い込んで尋ねたが、店主は首を横に振るばかりだった。どこにでもいるような、何となく存在感の薄い男だったということだった。
「せめてどちらに向かったかは分かりませんか?」
 李の言葉に店主は首を傾けながらも右側を指差した。店は南向きだったため、右は西を指す。これがどのような意味があるのか現段階では不明だったが、二人はひとまず左京を探す事にした。

 次に情報が入ったのは小坂部だった。最近京都に立ち寄った役人の一人が餓死しかけた少年を見かけたら連絡して欲しいと伝言を残していたということだった。
「何か詳しい事は分からんのか?」
 小坂部が尋ねると見廻組の者は両手を軽く挙げた、降参ということなのだろう。小坂部の誠意が通じたのか実際に話しを聞いた人物と会うことは出来たが、決定的な情報を手に入れることは出来なかった。
「俺が話しを聞いたのは庄吉、俺に話しをもちかけた男の名前なんだけどな、ともかく庄吉と同郷だっていうだけだと思うぞ。なんでも庄吉のお袋さんが死にそうな子供を見かけたってことが理由らしい」
「他に何か聞いたことはあるじゃろうか?」
「そうだなぁ。木刀握り締め、やらなきゃいけないことがあるとか呟いていたと聞いたぞ」
 庄吉の話は本当にそれだけだった。庄吉は京都の北側、つまり日本海側に二日程行った所にあるという予備情報を聞き出すと、小坂部は愛馬轟天号に跨った。

 それから四日が経過した。舞鶴まで向かった我羅と設楽が無事京都に帰還、ほぼ同時刻に小坂部も京都に戻ってきた。全員が揃ったところで冒険者達は情報交換を開始した。
「まず舞鶴の方だが、男の子を拾ったという女性を見つけた。木刀を後生大事に抱えていたという事だから長治に間違いないだろう」
「しかし四、五日後にはいなくなったそうです。『やることを思いだした。拾ってくれた恩は忘れない』と手紙を残していましたよ」
 設楽は預かってきた手紙を初音に見せた。初音はその手紙を受け取ると、文字を確認して小さく頷いた。
「確かに長治のものです」
 初音は手紙を設楽に返した。設楽がそれを受け取るのを確認して、我羅は話しを続けた。
「問題の長治の行方だが、どうやら京都に向かった事は間違いないようだ。何が目的なのかが分かれば、まだ探しようがあるのだがな」
「そこからはワシの方に続くんじゃな」
 小坂部が我羅の後を継いだ。
「どうやらあまり人通りのない道を選んで京都に近付いていたようじゃな。迷惑をかけたくなかったのか、狩をしながら食を繋いでいたのかは不明じゃがな」
 一呼吸を置いて小坂部が続けた。
「何かとりつかれたかのように『やらなきゃいけないことがある』と言っておったそうじゃ、この辺りは我羅殿と設楽殿の調査との一緒じゃな。だがワシも何をやろうとしているのか、まではわからなんだ。舞鶴から似たような事を言っていたとなると、隠岐にいたときから何か考えがあったのか、それとも流されるうちに何か思いついたのか、といったところじゃろうか」
「あとは舞鶴で療養中に聞いたというところですか。記憶を覚醒させるほどの何か、という事になりそうですが」
 自然と視線は我羅と設楽に集まったが、二人は首を横に振った。そこで続いて李と山本が報告に入る。
「今回の事件と関係があったのかは未だに分かりませんが、魚の燻製を大量に買っていった男がいたそうです」
「西の方に行ったそうですが、まだ見つかっていません。大量というのが漠然とした感じではありますが、それなりに購入したのなら見た人がもっといてもいいような気もします。何となくですが違和感を感じています」
「違和感というのなら私も同じじゃな」
 西天も口を開いた。
「私は武器屋を回っていたのじゃが、何か違和感というかつけられているような気がするのじゃ」
「つけられている、ですか?」
 山本が聞き返すと、西天が小さく頷いた。
「犯人は見つけられんかったが、気配は確かに感じたんじゃ。オーラエリベイションを使えば特定できたかもしれんかったが・・」
「使わないで正解でしょうね。犯人に気付いている事をばらすようなものです」
 再び西天は頷いた。
「何となくじゃが誘導しているような気もするのじゃ」
 西天は今まで回った武器屋を名前を読み上げる。初音が地図を広げ一件一件に印をつけていくと、右京はすでに終了していた。李と山本は思わず顔を見合わせる。
「つまりは左京に何かあるのかしら?」
「どうじゃろうか?」
 李の発言に小坂部が口を挟んだ。
「長治殿は人混みを避けているようじゃった。もしや山の中の可能性もあるぞ」
「そうかもしれないわね」
 山本が同意する。李と山本は左京を見回ったのだ、それでも見当たらなかったのだから理由があると考えるべきだろう。

 次の日、冒険者達は京都郊外西の山に入った。夏の暮れということもあって蜻蛉がちらほら飛んでいる。
「今までの情報を元にすると、ここに何かあると思うべきだな」
「だが過剰な期待はしないほうがいいじゃろう。暗殺集団もなりを潜めているようじゃからな」
「・・嵐の前の静けさ、と言う言葉がありますよ」
 不意に目の前の蜻蛉が避けた、少なくとも冒険者達にはそう見えた。そして避けた先から男の子が現れた。
「あんたら、何者だ」
 男の子は木刀を冒険者向けて突きつけた。
「これ以上の進入は何人たりとも許さん」
 子供の割に古風な言葉遣いをする変な子供だった。しかし、冒険者にとってはこの場面で出くわす男の子を変という一言で片付けることはできるわけがない。我羅は後ろについてきていた初音に確認を取った。
「やはり彼が長治か」

 冒険者達への依頼は長治の居場所の発見、見つけた以上一応任務は終了だ。長治の件は初音に任せ、冒険者達は見守る事にした。
「これでよかったのか?」
「任務という意味では終了です。ですが何も解決はしていない気がします」
 それでも長治は初音に手を取られるように京都に向かっていく。冒険者達も二人に続いて京都へと向かった。