宮本武蔵の弟子達 二

■シリーズシナリオ


担当:八神太陽

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:5 G 55 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:09月16日〜09月21日

リプレイ公開日:2007年09月25日

●オープニング

 草木も眠る丑三つ時の事、京都某所では揺れる一本の蝋燭の下に一組の男女が密会していた。
「男の方はもう落ちたんだって?長は仕事が速いことで」
「残るは女。それは俺達の担当ということになった。女に男を殺させる、それと今回はぎるどを上手く利用しろということだ」
「了解したわ。雇った冒険者を証人に仕立て上げるなんて、長は相変わらず博打好きなんだから」
「その下にいる俺達も十分博打好きだがな。まぁいい、男の確保に成功したら俺が団子を注文する、それが合図だ」
「上手くいきそうなら立ち去り、無理ならこちらも注文だったわね」
「二皿目を頼む金は無いがな」
「・・変なところで金ケチるのね」
 男は団子一皿分と冒険者ギルドへの諸経費となる金子の入った袋を白い女の掌に落とした。
 
 神聖暦千と二年と九の月、隠岐で暮らしていた初音と長治の姉弟が嵐のせいで生き別れとなり、京都で無事再会を果たして早一月が経過した。
 しかし、二人は隠岐に帰ることなく、未だに京都の街に滞在している。理由は長治の変貌だった。
「剣は所詮殺人道具、剣術は血塗られた歴史の結晶。剣が血を血で贖う行為ならば、俺は二度と剣を手にしない」
 帰ってきた長治の第一声がそれだった。そしてそれ以来、今までは肌身離さず常に持っていた木刀を一度も触握っていない。
「誰にそんなこと吹き込まれたの・・?」
「誰でもない。俺は悟ったんだ」
「だったら勝手にしなさい」
 長治は京都で剣に頼らない生き方を見つけるという。この一月、二人の会話は終始このような感じだった。

 そんなある日、初音のもとに一人の女性が訪ねて来た。
「お初にお目にかかります。雪と申します」
 着物も肌も白く透き通っている綺麗な女性だった。どこからか初音と長治が本物の宮本武蔵の弟子であるという話を聞きつけて、二人に会いに来たらしい。疑念も湧いたが、ともかく話だけでもという雪の言葉に初音はしぶしぶ了解し近くの茶屋まで移動した。

 茶屋には時間帯のせいなのか、旅芸人風の女性が一人いるだけだった。二人は芸人風の女性からなるべく離れた場所に席を取ることにした。
「初音様は暗殺集団宮本武蔵というものを御存知でしょうか?」
 雪が団子を一皿注文して茶娘を遠ざけ、初音に尋ねて来た。まだ雪の本心は見えないものの、初音は知っている範囲で質問に答えた。
「剣術排斥を目標に掲げているという暗殺集団だったかしら・・」
 『剣があるから人は互いに憎しみ争い合う、だから全ての人々は剣を捨てるべきだ』という考えの下で集結した集団らしい。剣士というよりまるで宗教のようだ。あまりに急進的な考えに賛同者は少ないと思わえるのだが、既に幾つもの剣術道場の道場主が寝込みや酒で酔った所を狙われ死亡しているという。
 にわかに信じ難い話だが、役所が剣術道場に注意を呼びかけているというから、暗殺者が存在するのは確かなようだ。
 暗殺と言う手段は好ましくないが考え方は一部共感できる、初音はそう感じていた。しかしどうしても許せない部分もある。
「何で『宮本武蔵』なのかしらね」
 暗殺のための隠れ蓑なのか、それとも自分達の考えを広める宣伝のためなのかは不明だが、初音にとって師匠にあたる『宮本武蔵』の名を悪用しているのが一番許せなかった。
「犯人達を捕まえて、理由を吐かせてみたいわ」
「貴方様ならそう言っていただけると信じていました」
 雪が答えると同時に、茶娘が団子とお茶を運んでくる。初音はしばらくの間、雪の柔和な笑顔を見つめる事になった。
 
「・・それで作戦ですが」
 雪は頼んだ団子を手につけることなく、一箇所だけ印のつけられた地図を広げて熱弁を繰り広げていた。いつの間にか初音は雪の作戦に参加する事になっているらしい。
「私が集めた情報によりますと、この山に隠れ家があるようなのです」
「どうして分かるの?」
 初音が尋ねると、雪は少し逡巡したあと答えた。かねてから目星をつけていて、先日襲われた剣術道場から逃げ去る連中の後をつけたのだという。
「豪胆ね。他に仲間は?」
「いいえ。初音様の力を借りても多勢に無勢。冒険者ギルドの方に依頼するつもりでいましたが、その前に貴方様の協力を得たかったのです」
「随分と、買ってくれているのね」
 雪曰く、敵が本当に宮本武蔵の関係者ならば、こちらも宮本武蔵の関係者がいれば敵の裏をかけるのではないかということらしい。そこで初音に白羽の矢が当たったのだという。
 話を聞いた初音は参加しても良いと思うようになった。もうしばらく京都に滞在する事になりそうだったし、僥倖というべきか雪が調べたいと言った場所は長治の発見場所のすぐ近くだった。長治の変貌の原因が何かつかめる可能性もある。しかし、その前に確認しておきたい事がある。
「貴方も被害にあわれたのですか?」
 多少厳しい口調で初音が尋ねると、ややトーンを落として雪が答えた。
「そんな所です・・」
 力が入ったのか地図を持つ雪の手が震えている。やがて地図を描く線が何かで濡れたのかにじみ始めている。
「・・わかりました。手伝いましょう」
 初音はそっと雪の手に自分の手を重ね合わせた。 

 二人が席を立とうとすると、茶娘が頼んでいないにも拘らず団子を運んできた。
「これは?」
「あちらの方からです」
 初音が茶娘の指差した方向を見ると、そきほどまでは誰もいなかった場所に男が一人胡坐をかいて座っている。
 戸惑う初音、しかし雪は初音の手を取り早々と立ち去る準備を始めた。
「受け取れませんとお伝え下さい」
 雪は茶娘に団子一皿分の料金を渡して、初音を急かすように店を後にした。

「良かったのですか?」
 心配するように尋ねてくる初音、しかし雪は慣れた様に答えた。
「あれは最近都で流行っている口説き方ですよ。あんなことする男にろくな人間はいません。それに私達にはやらなければいけない使命がありますから」
「・・そうね」
 まだ何かしらの不安を感じつつも、初音は前を行く雪と冒険者ギルドへ向かう事にした。

●今回の参加者

 ea4266 我羅 斑鮫(32歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea4329 李 明華(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea6354 小坂部 太吾(41歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea6476 神田 雄司(24歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb1528 山本 佳澄(31歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb3402 西天 聖(30歳・♀・侍・ジャイアント・ジャパン)
 eb5475 宿奈 芳純(36歳・♂・陰陽師・ジャイアント・ジャパン)
 ec1064 設楽 兵兵衛(39歳・♂・忍者・人間・ジャパン)

●サポート参加者

鳴滝 風流斎(eb7152

●リプレイ本文

 移動後の依頼二日目の早朝から、雪の指定した山は不気味な雰囲気に包まれていた。前日まで降り続いた雨のせいで霧が発生し、山を覆っているためである。
 おかげで見通しがかなり悪かった。
「入るのを拒んでいるようなじゃな」
 小坂部太吾(ea6354)がぽつりと感想を漏らした。
「でも逆に考えれば、何かいるっていうことかもね」
「・・じゃな」
 李明華(ea4329)、西天聖(eb3402)が小坂部の後に続く。周囲には冒険者達に踏まれた落ち葉や木の枝の擦れる音がかすかに響いていた。
 今の季節、本来ならば木々は赤く色づき、少しずつではあるが葉が落ち始めているはずである。しかし今は運が悪かったのか霧が全てを覆い隠し、道行く者に紅葉を楽しむ余裕など与えてはくれなかった。
 そして冒険者達は霧の奥に別の何かを感じていた。空気が肌にまとわりつくような殺気のようなものだった。
「この先に待っている者がいるとすれば、普通なら暗殺集団ってことじゃろうな」
「・・普通ならね」
 すでに事態が普通ではないことは誰もが分かっていた。冒険者達が馬や己の足を走らせて稼いだ時間、手にした情報はこの依頼が普通ではないことを物語っている。

「俺としては雪という名前が気になるな」
 三人は山に入る前の神田雄司(ea6476)と山本佳澄(eb1528)の会話を思い出していた。
「消えそうな名前だろう?」
「ですね。何かの暗示でしょうか」
「長治さんも姿を消したようですし、急いだ方が良さそうですね」
 二人は今、万が一に備えて雪と初音を見張っている。この山の何処かにいることは間違いないだろうが、連絡をとる手段は無い。
 三人は再び無言になり、山の奥へと進んでいった。

 同じ頃、宿奈芳純(eb5475)、我羅斑鮫(ea4266)、設楽兵兵衛(ec1064)の三名は宿奈のダウジングを頼りに、先を行く依頼人達とは別に反対側から山に入っていった。
「こっちの方向でいいか?」
 霧のためか視界がはっきりしない。加えて三人の行く方向は、他の冒険者達が上る方向より斜面が急だった。
 視界が悪い上に落ち葉と昨夜まで降り続いた雨という悪路の中、進路を確保するためにも我羅が先頭に立ち、宿奈に時折方向を確認しながら前を進んでいく。
 二人の後方から設楽が周囲を警戒しつつ忍び足で続いた。  
「そっちで間違いないようです」
 宿奈がダウジングペンデュラムを揺らしながら答える。しかし見えるのは霧と木々ばかりだった。
「この霧に何か変なものでも入っているのかもしれませんね」
 設楽の言葉に二人の頭の中にはいくつかの可能性が思い浮かんだ。しかし確証が無いのか二人とも無言のまま先を進む。
「長治さんも霧の中を彷徨っているんでしょうね」
「少なくとも手がかりがあるはず」
 ペンデュラムは、宿奈の持つ地図上の山の裏側中腹辺りで今もゆっくりと円を描いている。道中奇襲される可能性も含め、三人は慎重に歩を進めていった。

 日が高くなるにつれ、霧が薄くなっていく。兎の刻を回る頃にはある程度視界が通るようになっていた。
 霧に乗じて身を潜めていた神田と山本は尾行を諦め、雪と初音と共に行動をとっていた。
「何か見つかりましたか?」
 いつの間にか先頭を歩いている雪が、ふと足を止め振り向き様に二人に尋ねてきた。
「特に何も見つかりませんでしたね」
 二人の動向を探っていたのだから見つかるはずが無い。山本が正直に答えた。
 そして雪もその回答を知っていたのか、一度妖艶な笑みを浮かべ、また薄いながらも霧立ち込める山の中を歩き始めた。
 雪が木を掻き分けながら進んでいく。その様子を後ろから見ていた山本は妙な違和感に襲われていた。
「何故あれほど迷うことなく進めるのでしょうか?」
 横を行く神田に聞こえる程度の声で山本が話しかける。 
「何か目的がある・・?」
「例の仲間かもしれんな」
 暗殺集団の被害者の話によると、女の忍は男と行動を共にしているらしい。つまり、この山の中で待ち受けている可能性が高いということになる。
「行くしかないですね」
 山本の言葉に神田は悔しそうに呟いた。
「誘われているような気もするがな・・」
 しかし二人には他に選ぶべき道が無い。
 いつ戦闘になってもいいように二人は鞘に手を当てながら雪と初音を追っていった。

 それからどれくらい時間が経っただろうか、日は南の空へと上り西の方向へと動き始めている。朝から山に立ち込めていた霧もいつしか消えていた。
 視界も晴れ、冒険者達の目の前には秋らしい紅葉が一面に広がっていた。
「絶景じゃな」
 燃えるような紅葉、火翼の志士と呼ばれる小坂部には何か感じるところがあったのかもしれない。
「・・まるで昔を思い出すようじゃ」
 一本の木に軽く手を当て、その感触を確かめながら小坂部は呟いた。
「何か・・」 
 西天が声をかけようとした。しかしそれを遮り、李が小坂部の背後から声をかける。
「何か・・あるわ」
「なんじゃと?」
 李の視線の先には一本の木刀が地面に刺さっていた。
「これは長治殿のものじゃな」
 周囲を確認したうえで西天が木刀を抜いた。柄の部分には長治の名が確かに彫られている。
「長治殿、初音殿とは一度手合わせしたかったのじゃ」
 感動のあまりか、西天の瞳は多少潤んでいる。その横で李は訝しがっていた。
「何故ここに長治さんのものがあるの?」
 その問いには誰も答えられなかった。

 時間の経過に伴って、山の裏側の霧も晴れていっていた。
 自然と我羅達の移動も早くなる。三人は急な斜面を登りきり、拓けた場所に出ていた。
「このあたりですね」
 宿奈の言葉に我羅と設楽は立ち止まり、宿奈はペンデュラムを懐へと戻した。
「しかし何も無いな」
 周囲を見渡す我羅、しかし辺りにあるのは木々ばかりだった。
「となると土の中か?」
「かもしれませんね」
 暗殺集団が隠れていることも考えて、宿奈がリヴィールエネミーを発動させる。すると、すぐ近くの土中が青白く光りだした。
「・・」
 三人に緊張が走る。我羅が剣を抜き、設楽が鉄扇を構えた。しかし地面の方に動きは無い。
「掘ります?」
 設楽が我羅と宿奈に確認を取る。
 掘った穴で待っていたのは長治その人だった。
「見たことある顔だな」
 長治は穴から出て抜刀、三人に向き直った。
「ということは姉の居場所も知っているな?」
 長治の目が据わっている。
 三人は初音に会せるのは危ないと感じつつも、説得できるのは初音以外思い浮かばなかった。

 日が傾き夕闇迫る山の中で、雪を先頭に神田、山本、そして初音は木刀を持つ西天、小坂部、李と合流していた。
 合流できたことに一番喜んだのは西天だった。先ほど見つけた木刀を取り出し、初音に渡した。
「これは長治殿のものだったと記憶しているが、どうじゃろうか?」
「宮本長治・・確かに弟のものです」
 西天から木刀を受け取った初音、銘を指で触りながら断言した。
「これをどこで?」
「この近くじゃ。長治殿もこの近くにいるのかもしれんのじゃ」
「長治が?」
 初音が周囲を見渡す。すると木の陰から人影が現れた。
「ここにいるよ、姉さん」
 現れたのは確かに長治だった。後ろに我羅、設楽、宿奈もついてきている。
 李が目配せをすると、設楽はゆっくりうなづいたのだった。

 初音は長治に近づき、木刀を手渡した。
「これはあなたの命の次に大事にしていたものじゃないの?」
 長治はしばらく木刀を見つめていた。そして何を考えたのか、木刀を受け取ると初音めがけて襲い掛かってきた。
「・・長治」
 呟く初音、そこに状況をある程度読んでいたのか我羅が抜刀し割り込んだ。
「実の姉でも無理か」
 刀で長治の木刀を受け止め、我羅が呟く。
「どういうことだ・・」
 状況が見えないながらも神田が抜刀、李も棍を取り出して駆け寄る。小坂部と西天はエリベーションの準備に入った。
「長治はすべてを断ち切るつもりだ」
「断ち切る?」
「自分に繋がる全てを断ち切り、剣術と別れを告げるつもりらしい」
 神田と山本が雪に視線を向ける。すると雪が視線に応えた。
「あなたが暗殺集団の一味だったのね・・」
 目は真剣だが、口元が笑っている。雪が更に続けた。
「なーんてね」
「嘘を言える状況じゃないわよ」
 威嚇の意味も込めて山本が魔法の詠唱に入る。すると雪が軽く両手を挙げた。
「全く嘘じゃないわよ?彼、暗殺集団に入りたいって言ったんだから」
 皆の視線が長治に集まる。そして当の長治は沈黙を守ったまま、初音を見つめていた。
「嘘・・ではなさそうじゃのう」
 小坂部も卒塔婆を構える。しかし長治に構えるか雪に構えるか迷っていた。
「本当なの?」
 初音が改めて問うと、長治は静かに頷いた。
「真の平和は剣からは生まれない」
「その通りよ」
 雪が満足そうに答える。
「剣は人を殺すための道具なのよ」
「雪殿、何を言っているんじゃ」
 叫ぶ西天、しかし雪は構わず続けた。
「私の両親も剣で殺されたのだから」
 狂気に陥ったかのように叫ぶ雪、西天の瞳には涙が浮かんでいた。
「両親を殺されたから代わりに誰かを殺すと言うんじゃな・・」
「・・微妙に違うわね」
 雪が訂正する。
「母は確かに殺されたわ。でも父は私が探し出して殺したの、雪の中で私を捨てた罰としてね」
「それで雪か・・」
 辺りを静寂が支配する。
「静まり返っちゃって、暗殺集団はそんなものよ。私も嵐もね」
 雪の背後に大男が現れ、雪を抱えると再び姿を消した。
「砂塵隠れですか」
 設楽が呟く。
「どうします?」
 初音の表情が苦悶で歪む。しかしはっきりと答えた。
「両手を折って下さい」
 初音の言葉を受け、李が足払いを、宿奈がスリープを放つ。そして転倒した長治の腕を、冒険者達は初音の依頼通りに折ったのだった。