【Silent Voice】冒険者の声

■シリーズシナリオ


担当:やなぎきいち

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや易

成功報酬:3 G 60 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:01月27日〜02月06日

リプレイ公開日:2007年02月04日

●オープニング


 子供たちの寝静まった夜更け、男が驚いた声を出す。
「ジュガノフさんが来る?」
 男──ラリサの父親は眉間にしわを寄せた。娘を渡し、問題の無いように二度と会わないという口約束だったはずだが‥‥何か問題があったというのだろうか。
「ええ。最近は子供たちもおとなしくなったけれど、まだ納得はしていないようだし‥‥出来れば会わせたくないでしょう?」
 参ったとかぶりを振り羊皮紙を差し出して、母親は溜息を漏らす。
「‥‥背に腹は替えられない。一週間ばかり、子供たちを預かってもらうか‥‥」
 渡されたジュガノフからのシフール便に目を通すと暫く考え込むような姿勢を見せていたが、父親は決意のにじむ表情で低く言った。
「預かってもらうって、あてはあるの? ニコラもイヴァンもアリサも他の子供たちも一癖も二癖もあるわよ。それに、信頼できる人でないと‥‥」
「いるだろう、子供たちも懐いていて信頼できる相手が」
「──まさか」
 夫の言葉に心当たりがないわけではない。けれど、それは夫妻にとって‥‥いや、黙秘することで同じ罪を背負った村人たちにとっても、触れられたくない腫れ物に触れられる危険性を秘めていた。子供たちのことを誰よりも親身に考えてくれ、それ故に真実を知ろうとあの手この手を使っていた彼等。諦めたのかどうか、それすらも未だ霧の中だというのに。
「子供たちがジュガノフさんとトラブルを起こすよりはマシだ」
 他に選択肢はないのだと決意の固い夫の言葉に、妻は躊躇いがちに頷いた。
 そして、翌朝。村長も持ちかけられた話に諾と答えた。



 広大な森林を有するこの国は、数年前より国王ウラジミール一世の国策で大規模な開拓を行っている。
 自称王室顧問のラスプーチンの提案によると言われるこの政策は国民の希望となり支えとなった。
 けれど希望だけではどうにもならないことが多いのも事実──特に、暗黒の国とも呼ばれる広大な森の開拓ともなれば、従前から森に棲んでいたモノたちとの衝突が頻発することも自明の理であろう。そして、そのような厄介ごとはといえば、冒険者ギルドへ持ち込まれるのが常である。
 夫婦喧嘩の仲裁や、失せ物探し、紛争の戦力要請など種々多様な依頼に紛れ、今日も、厄介ごとが持ち込まれていた──‥‥

「数日の間、キエフで子供たちの面倒をみてほしい、ということですね」
「ええ‥‥といっても、キエフでなくても構わないのです。村に大切なお客様があるので粗相のないよう子供たちを連れ出して欲しいのです。けれど、先方の来訪の日が確定していないので少々期間が長くなってしまって‥‥一週間ほどお願いできれば、と」
 一週間といえば、決して短い期間ではない。預かった子供たちを連れてくる時間と送り届ける時間を除いても、4日間は預かっていなければならない計算になる。
「それだけの期間ともなると、親御さんも心配になられるでしょう」
「それなのですが‥‥できれば、何度か村にお越しいただいた方々だと安心して預けられると言うのです。可能であれば、そちらの方々にお願いしたいのですが‥‥」
 珍しい指定である。が、子供を預けるのであれば信頼度という点で親にも譲れないものはあるだろうとギルド員は納得をした。しかし、冒険者にも予定というものがある。現に一週間ばかり前、別件の依頼に出かけた者も何人かいるのだ。
「面識のある冒険者ですか‥‥予定が合うかどうか解りませんよ?」
「その場合は仕方ありませんね‥‥善処していただければ充分です」
 無理を通すほど子供ではない。余程子供を預けたいのだろう、依頼人は躊躇わずに頷いた。
 内容だけみれば、非常に簡単な依頼である。けれど、冒険者にとってみれば──ただ簡単なだけの依頼ではないようであった。

 ‥‥遣り残したことがある。

 その想いが子供たちに関った冒険者の多くの胸に、しこりのようにわだかまっている。
 今回の依頼が彼らの光明となるのかどうか──今はまだ、その答えを知るものはない。

●今回の参加者

 ea9344 ウォルター・バイエルライン(32歳・♂・ナイト・エルフ・ノルマン王国)
 ea9383 マリア・ブラッド(21歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb5183 藺 崔那(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 eb5604 皇 茗花(25歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb5631 エカテリーナ・イヴァリス(24歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb5669 アナスタシア・オリヴァーレス(39歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 eb5885 ルンルン・フレール(24歳・♀・忍者・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 eb5900 ローザ・ウラージェロ(25歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)

●サポート参加者

ユキ・ヤツシロ(ea9342)/ フィーナ・アクトラス(ea9909

●リプレイ本文


 子供たちを預かる、その日も雪が降っていた。
「よろしくお願いします。ニコラも、イヴァンも、ヘルガも、皆きちんと言うことを聞くのよ」
 防寒服を着込んだ子供たちにマフラーを巻いて、大人たちは深々と頭を下げた。何度も依頼を誠実にこなし、そして時間があれば顔を見せに来る──子供たち以上に、開拓に手を割かねばならない大人たちにとって、それらは信頼に値する行動であった。
「大事なお客さんですか、それは確かに準備とかも大変ですよね、私たちに任せておいてください!」
 やはりジュガノフなのだろうか、と僅かな疑念を抱きながらも、ルンルン・フレール(eb5885)の声は努めて明るい。
 しかし、子供たちだけでなく、大人たちまで無理をしているようで‥‥いつしか疑念に心配する気持ちが加わっていた。
 舞い落ちる雪の向こうに村が見えなくなったころ、エカテリーナ・イヴァリス(eb5631)が唐突に足を止めた。
「茗花さん、やはり私は‥‥」
「それなら、私も同行します」
「‥‥そうか」
 言葉を濁したカーチャと、どうやら行動を共にするつもりらしいローザ・ウラージェロ(eb5900)。二人に頷き、皇茗花(eb5604)は子供たちをひとつ所に集めた。
「最初にキミ達は言ったな、それがどんなに不都合でありつらい真実でも受止めると」
 その真摯な眼差しに気圧されたように頷く子供たち。茗花の傍らに立ち、カーチャも真っ直ぐに子供たちを見つめる。
「もし‥‥何があったとしても、村の大人達を怨んだりしないで下さい。‥‥大人だからこそ、どうにもならない事だってあるんです。ラリサや皆を大切に思っているからこそ、ここまで事態を隠し続けているのでしょうから」
「何か、知ってるのか?」
「未だ、ただの想像です。私も、ここに来ていない仲間も、全てを知るために全力を尽くします。信じてください」
 ニコラの言葉をも正面から誠実に受け止めるカーチャ。まだ言い足りないと口を開きかけたイヴァンの肩に積もった雪を払い、茗花は視線を交わす。
「ラリサ嬢はハーフエルフだ。どこの国でもハーフエルフの歩く道は平坦ではない。その事実をどうやって受止め、乗越えて行くかは彼女自身の課題だと私は思う」
 自分たちの言葉を真剣に聞いてくれた冒険者たちが、想像もしていなかった大きな結論を導き出そうとしていることを──子供たちも肌で感じ取ったようだ。
「‥‥ニコラ、これを貸しておくので私の代わりに皆をお願いします」
 そっとニコラの腕に大切にしているレインボーリボンを結んだ。ハッと見上げたニコラの顔が責任感を帯びた凛々しい表情に変わる。
「無茶だけはしないでくださいね、約束ですよ」
「カーチャたちもな」
 レインボーリボンを手で押さえ、ニコラは小さく笑った。
 仲間たちが見えなくなるまで見送ると、カーチャとローザは二人にとっての決戦の地へと‥‥引き返した。



 一人、修道院へと向かったのはマリア・ブラッド(ea9383)であった。
 首尾よくラリサとの面会が叶ったマリアは、家族に見せるような自然な笑顔を少女へ向けた。
「こんにちは、ラリサちゃん。元気かしら?」
「マリアさん‥‥」
 和やかに目を細めたラリサをぎゅっと抱きしめて一頻り再会を喜び合うと、マリアは本題を切り出した。
「あのね、ラリサちゃん。今回私たち、イヴァンたちをキエフに連れてくる仕事を請けたの」
「‥‥!!」
 胸に仕舞いこんでいた名前を不意に聞かされ、ビクンと身体を震わせるラリサ。
「今、アンナさんたちが迎えに行ってるわ。皆、あなたに会いたがっているの‥‥会ってくれないかしら?」
「それは、駄目‥‥。会ったらいけないって、言われてるし‥‥‥‥帰りたくなっても、困るもの‥‥」
 ゆるゆると首を振るラリサを、膝を折り同じ目線でじっと見つめた。
「ラリサちゃん、無理はしなくていいの。姿を見せるだけでもいい‥‥出来る限りでいいから。でも、出来ることならラリサちゃんが帰れない理由をラリサちゃんの口からイヴァン達に話してあげて」
 ラリサの、切れ長の瞳が潤む。気丈で大人びたラリサとて、決して大人ではないのだ──親からも家族からも友からも引き離された少女、会いたいと願うその気持ちは子供たちの誰よりも強かったのだ。
「イヴァン達はラリサちゃんが何の説明も無いまま急に居なくなって凄く心配したの。きっと納得はしないだろうけど、ラリサちゃんの口からちゃんと事情が聞きたいと思うの。だから、お願い」
「‥‥さよならって、まだ‥‥誰にも言ってないの‥‥! っく、うぇぇん‥‥」
 ぽろぽろと大粒の涙を零して、声を押し殺すようにして‥‥ラリサは初めて、自分の言葉を話した。
「うん、うん‥‥辛かったよね‥‥」
 涙の元凶を排除することもできない‥‥冒険者のなんと無力なことか。
 少女の涙が枯れるまで、マリアは自分の無力とラリサの悲しみに、涙を落としていた。



 村に戻ったカーチャとローザは、ラリサの両親の元を訪れていた。
「事情を‥‥本当の事をお聞かせ願えませんか。隠し続け、隠されつづけでは、お互いに傷付けあって、いつか何処かで亀裂が生じて‥‥村にいる全員が不幸になってしまいます」
「な‥‥何のことだか、さっぱり‥‥っ」
 カーチャの言葉に明らかな動揺を見せる父親。しかし、そう易々と口を割るつもりもないようだ。
「時間は全てを解決してくれはしません。時にはきちんと話し合わないとならない事だってあるのです」
 身を乗り出すようにして父親に迫るカーチャ。金の髪が毀れ、特徴的な耳があらわになる‥‥しかし口を割らない父親に、今まで成り行きを静かに見守っていたローザが重々しく口を開いた。
「私たちはジュガノフ氏の事も、氏の仕事も知っています」
 そう前置きし、大真面目な顔でローザはかまを掛けた。
「修道院でジュガノフ氏から、ラリサさんの引き取り先が決まったと聞きましたが」
「‥‥本当ですか。まだまだ先のことだとばかり‥‥」
 衝撃を隠せず、両親は息を呑んだ。
「どうして、ラリサさんを手放すようなことを」
「あの子は頭が良い。ここで育てていたら満足な教育も受けさせられません。養子に出すことは常々考えていたのです‥‥」
「そこに、ジュガノフ氏が話を持ちかけて来たのですか」
「良かれと、思ったのです。今は辛くても、それがいずれあの子の幸せになるはずですから」
 親は、子供の将来に責任がある。子供はラリサだけではなく、この村は決して裕福ではなかった。
 一度手放したら二度と娘として接してはいけないこと、もともと娘がいなかったものとして扱わねばならないこと。
 ジュガノフの提示した条件は確かに厳しかったが、その代わり、多くの代金と食料を支払われ、ラリサは貴族として何処に出しても恥ずかしくない教育を受けさせられる。両親の希望の条件は全て、充分以上に満たされていた。
「仕方が無かったという事情は判りました」
「ジュガノフさんがいらっしゃるのですね? 隣室で話を聞かせていただいてもよろしいですか」
 暫くためらった後に頷いた夫妻へ、カーチャとローザは初めて笑顔を見せた。
 ──4人の護衛を連れた恰幅の良い男、ジュガノフが村を訪れたのは、その翌日の事だった。



「うわ、人がいっぱい〜!」
 キエフに訪れ、子供たちの中で誰よりもはしゃいだのはヘルガである。
「わぁ、綺麗なものも沢山売ってるのねっ」
「少しだけなら買ってあげるわよ?」
「俺はブリヌィの方がいいけどなー」
 笑いながら言ったアナスタシア・オリヴァーレス(eb5669)にすかさず手を上げるイヴァン。
「やっぱり最初は船着場と市場からがいいかな〜」
 しっかりと与えられた引率の任をこなそうとしている野汰と野眞が飼い主・藺崔那(eb5183)尻尾を振った。ヘルガの手を引いていたアンナもそれがいいと足を向けた。
「うわぁ、海だー!!」
 初めて見る海に感動の声を上げる子供たち。
「飛び込むなよ」
「しねーよっ」
 呼びかけた茗花に舌を出し、イヴァンとボリスは海辺を走る。犬たちも釣られて走り出す。
「ニコラは走らないの?」
「俺は、カーチャにあいつらのこと頼まれてるからな」
 にやりと笑った少年にアンナは思わず笑みを零した。子供だったはずなのに、いつの間に大人になったのだろう。
「なあ、アンナ、ルンルン。今度は勉強教えてくれね? 少しずつでいいからさ」
「ええー!?」
 ルンルン、思わず叫ぶ。
「せっかく遊べるのに、何で勉強なのー!? 子供はもっと、勉強サボって遊んだりするものじゃないのっ?」
「あはは、ルンルンはそんな子供だったんだね。僕も似たようなものだったけど♪」
 聞こえていたらしい崔那も思わず噴出していた。
「ニコラたちは、村にいたらなかなか勉強できないのよね。毎日遊んでたら、勉強も新鮮なんじゃないかしら?」
 何にせよ、やる気があるのはいいことだとアンナは二つ返事で了承した。



「‥‥調べれば調べるほどに解りませんね」
 初日からサロンめぐりをし情報収集に精を出していたウォルター・バイエルライン(ea9344)が、行き詰まったのだろうか、溜息をついた。止むことを忘れたような雪に、真実までも覆い隠されてしまう気分だった。
「先の粛清騒ぎなど、此方の宮廷も騒がしいですからね‥‥進んで目を着けられかねない行為をして危ない橋を渡る商売人はそうそう居ないと思いますが‥‥」
「ノーヒント?」
 首を傾げたのは崔那。勉強は仲間たちに任せてウォルターと共に調査に当たっていた。前回に引き続きフィーナが調べてきた話では、ジュガノフは貴族や有力な商人などとしか取引をしていないという。引き取り先に加え、嫁ぎ先も似たり寄ったり。
「一応、調べがつく限りでリストにしてもらったんだけど」
「助かります。正直、一人ではどうしても回りきれないと感じていたところなのですよ」
 友人から渡された羊皮紙をそのままウォルターに手渡すと、その紙面に目を滑らせた。
「何か、共通点でもあれば良いのですが‥‥」
「ロシアで貴族っていうと、やっぱりハーフエルフが真っ先に思い浮かぶんだよね。でも、ベールイ女子修道院にいたのって種族関係ないみたいだったし」
「ベールイ女子修道院‥‥」
 ウォルターは口の中でその言葉を反芻する。
「‥‥そうです、ハーフエルフですよ! あの修道院に預けられているのは、エルフと人間、そしてハーフエルフのみです」
「あ、言われてみればそうかも」
 サロンにいたのはハーフエルフの貴族ばかり。貴族というだけでは、この国では完全なステータスにならないのだ。
「ハーフエルフ同士の夫婦間では、必ずハーフエルフが生まれるわけではありません。人間の血とエルフの血、どちらかが濃くなりすぎることの無いように調整する‥‥ロシアの貴族ではそれは常に話題に上ることのようですよ」
 それはサロンでも度々耳にした話題だ。どこの誰はエルフの血を入れるらしい、あああそこは人間が続いたから、そんな世間話を。
「ええ〜? 何か納得いかないよ。それなら貴族同士の婚姻で済ませればいいだけだし」
 崔那の言葉も尤もだ。しかし、ウォルターは言葉を続けた。
「養子に貰う方は嫁に送り出すのです。貴族というのは自分の子供を相手自身かその子供と婚姻させて、血縁関係になるという事で派閥を作ります。つまり、良縁は常に倍率が高い。少しでも美しく、少しでも器量良く、少しでも頭が良い、それが明暗を分けますからね。プロが育てた好条件の娘を金で買う、楽な話だという事でしょう」
「そんな‥‥」
「いくら優れた娘でも、養子に貰ったのが貴族以外の生まれというのは都合が悪いわけです。一度ベールイ女子修道院を通し、ジュガノフ氏が後見人になることで、ジュガノフ氏の庶子を養子に入れたとして扱え、体面も良い。ジュガノフ氏自ら口を割ることは無く、貴族側も体面があるため口を割らない‥‥そういうシステムなのでしょうね」
「そんなの‥‥納得して、なんて言えないよね。大人の勝手な都合だもん」
 崔那は大きくかぶりを振る。いつしか頭に積もっていた雪がぱさりと落ちた。

 そしてそれらの予想は──ローザとカーチャの帰還によって、裏付けられた。
 その、平たく言ってしまえば人身売買のシステムが──ロシアの上流階級では暗黙の了解を得、半ば常識と化しているという恐ろしいまでの事実と共に。



「あふ‥‥」
 欠伸をかみ殺したルンルンはベールイ女子修道院の礼拝堂を見上げた。ここに、マリアがラリサを連れてきているはずだ。
「さあ、ニコラ、イヴァン。随分と時間が経ってしまったけれど、最初の依頼‥‥ラリサさんはここにいるわ」
 先頭に立っていたアンナが扉を開ける。
「‥‥ラリサっ!」
「ニコラ、イヴァン、ボリス‥‥ヘルガに、アリサまで‥‥」
 見守るように一歩下がって立つマリアの前で、ラリサはアリサを抱き上げ、他の子供たちに抱きつかれた。
「心配したんだぞ、ラリサ!」
「いきなりいなくなるなんて‥‥酷いわよっ」
 礼拝堂の高い天井に、湿り気を帯びた声が響く。
「ごめんなさい‥‥心配、かけたのね‥‥」
 頬に一滴涙を流し、謝りながら仲間たちを宥めるラリサ。
「‥‥ラリサさん」
 小さく呼びかけた崔那の声に、ラリサは小さく頷いた。
「皆に会えるのは‥‥多分、今日が最後。私はここで、貴族としての勉強をして‥‥貴族としてお嫁にいくの」
「ラリサは貴族じゃないのに?」
 ボリスの呟きに、ラリサは一瞬言葉を詰まらせた。
「私を娘に欲しいっていう、貴族がいるから」
 まだ引き取り手はいない。けれど、それは今口にすべきではないと、ラリサは判断したのだ。
「ふざけんな! ラリサは俺の姉さんだよっ!」
 ニコラの叫びに驚いたアリサが泣き出した。
「‥‥」
 爪が食い込むまで握り締めたニコラの手をそっと包み、カーチャは少年の心を支える。その温もりに、カーチャから自分に与えられた立場を思い出す。
「ずっと、さよならが言えなかったことが‥‥心残りだったの」
 瞳に優しい光を湛えて、ただ一人の弟を抱きしめる。
「ニコラ。どこに行っても、あなたは私の‥‥自慢の弟。アリサ、お願いね‥‥」
「ラリサも俺の姉さんだからな、忘れんなよ!」
 二人の影が、揺らめいた。いつしか茗花の指示で、皆の手に修道院の燭台が握られていた。
「本当なら赤い提灯を掲げるのが、私の故郷での祭りなのだが‥‥」
 雪がステンドグラスを打つ雪の中、蝋燭の明かりが静かに揺れる。
「これ、私から‥‥」
 皆が勉強を頑張る間、ルンルンが得意ではない裁縫で作った、小さな‥‥恐らく、熊。
「離れていても、相手を想うとき、心は確かに繋がっています‥‥それを忘れないで」
「そして、互いの心を照らす灯りを。それが家族であり友なのだからな」

 短い蝋燭が消えるまでの短いその光景は、いつか訪れる永遠の別れまで、きっと忘れることはないだろう──‥‥