【Silent Voice】聖夜を喚ぶ声
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■シリーズシナリオ
担当:やなぎきいち
対応レベル:6〜10lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 96 C
参加人数:8人
サポート参加人数:6人
冒険期間:12月20日〜12月31日
リプレイ公開日:2006年12月28日
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●オープニング
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思い出したように、時折り降る粉雪。山が、家が、まるで高価な砂糖菓子のように柔らかな色味を帯びる。いずれ白一色に染まる世界の、それは前触れでもある。
「‥‥‥‥っ‥」
ナイフが手を浅く切り、ラリサは指を舐めた。聖夜祭で子どもたちに配るオーナメントを作っているのだ。ジーザスやセーラ、タロン、三賢人や聖人たち。天使や星や十字架まで、修道女たちは生活の合間に作成する。木を彫っているのはラリサと他に数名。他にはタペストリーに刺繍をしたり、プディングを仕込んだり、子どもたちを喜ばせるための準備がしめやかに行われていた。
「───‥‥」
手を止めて、少女は空を見上げる。皆とはしゃいでいたあの時と、同じ色の空。
両親には両親なりの苦渋があったはず。帰る場所はベールイ女子修道院で、新しい親はジュガノフ様なのだと、利発な少女は理解していた。我侭を尽くすのはアリサのように小さな子供の特権で、ラリサにはもう充分すぎるほどの理性が備わっている。けれど‥‥想いを馳せることくらいは、許されるだろう。
大いなる父タロンは試練を与えたもう神。
越えられぬ試練は与えぬのだと、シスターは言った。
これは自分に課せられた越えることのできる試練なのだとラリサは信じた。
その小さな胸だけでは、こんこんと沸きつづける郷愁を、止めることはできないけれども──‥‥
どこか遠くで聞こえる狼の遠吠えが。ラリサの胸に深く響いて、深く染み込んでいった。
●
広大な森林を有するこの国は、数年前より国王ウラジミール一世の国策で大規模な開拓を行っている。
自称王室顧問のラスプーチンの提案によると言われるこの政策は国民の希望となり支えとなった。
けれど希望だけではどうにもならないことが多いのも事実──特に、暗黒の国とも呼ばれる広大な森の開拓ともなれば、従前から森に棲んでいたモノたちとの衝突が頻発することも自明の理であろう。そして、そのような厄介ごとはといえば、冒険者ギルドへ持ち込まれるのが常である。
夫婦喧嘩の仲裁や、失せ物探し、紛争の戦力要請など種々多様な依頼に紛れ、今日も、厄介ごとが持ち込まれていた──‥‥
「例年のようにキエフで祈りと賛美歌を捧げる予定なのですが、準備の手伝いと護衛をお願いできませんでしょうか」
ジーザスが産まれたとされる12月25日。その前日24日から、洗礼を受けたとされる翌年1月6日までの2週間を聖夜祭と呼ぶ。
その中でも聖誕祭とは特に12月24日、25日を指す言葉だ。
「24日と25日をキエフで過ごし、祈りと賛美歌を捧げ、子供たちにクリスマスの贈り物をするのです」
女子教育をも行うベールイ女子修道院であるが、聖夜祭は多くのものが信仰に触れる機会。キエフの教会に僅かな力を貸し、より深く学んで信仰を深め、そして何よりジーザスがこの世に生を受けたことを祝うために、僅かな期間だけベールイ女子修道院を離れるのである。
「護衛は、往復の道中のみで宜しいのでしょうか?」
「いえ、うちでお預かりしている大切な娘さん方に間違いのないよう、それとなく守っていただきたいのです。もちろん、冒険者の皆様も聖誕祭を祝われるでしょう。守っていただく人数は多いですが、キエフはさほど危険ではありませんし、この夜だけは家族と過ごす方もおります。私どももおりますので、常に数人が付いていてくだされば充分かと思います」
どうやら、殺気立つほどに警戒する必要はないようだ。キエフと往復、修道院にいる間の食事は供されるようだし、冒険者たちとしてもやりやすい仕事なのではないだろうか。ギルド員はそんなことを考えながら羊皮紙にペンを滑らせていく。
「あと、準備の手伝いというのは一体何を?」
「キエフの皆さんと一緒に賛美歌を捧げるため、公園をお借りすることになっているのです。そちらの飾り付けを‥‥華美にならない程度に、お願いします。余裕があれば、子供たちへの贈り物を作る方にも手を貸していただきたいですが」
まだ少し時間があるような気がしたが、準備のことを考えれば順当なのだろう。
「それから‥‥できれば、で良いのですけれど、見知った方にお願いできると助かります。皆、安心しますので」
微笑んだ修道女は優雅に一礼し、しずしずとギルドを後にした。聖女然とした姿にギルド員は溜息を漏らした。
「あれで、ドワーフじゃなければなぁ」
もっさりとしたヒゲはギルド員の聖女像をぶち壊してくれたようである。
●リプレイ本文
頭上には澄んだ青空が広がっていた。雲を裂くように一羽の鳥が飛んでいく。
防寒服の隙間から柔肌めがけて侵入しようとし続ける冷涼な外気を襟を立てて必死に阻害しながら、ルンルン・フレール(eb5885)は2人のジャパン人を交互に見上げた。
「ラリサちゃんの後見人の、ジュガノフさんという人のことを調べてほしいんですー。何人もの女の子の後見人になってる人らしいんですけど」
「問題ない人物であればよいが、少女が不幸になりそうなら、それを放っておく事もできんからな‥‥その、確かラレコ嬢とか言ったか?」
「そんな柔らかそうな名前じゃないですよー! ラリサちゃんです、ラしか合ってないじゃないですかぁっ」
真幌葉京士郎はゲルマン民族にも似た赤い髪をなびかせて協力を約束した。適当な名前に膨れたルンルンの頭をぽむぽむと叩き、沖田光が女性のようなやおたかな笑みを向ける。
『大丈夫です、任せてください。シュガノフ氏の種族から特殊能力、例えデビルだったとしても調べて見せますから!』
訳された言葉に安堵するルンルンであるが、言葉が通じずとも国が違えども2人のことは信頼しているようだ。
「万が一そっちの趣味の人だと大変ですものね!」
「あの、気にするのはそこだけではないですよね?」
生真面目さゆえに聞き流せなかったのだろう、エカテリーナ・イヴァリス(eb5631)が彼女にしては控えめにルンルンへ声を掛けた。
「そうそう、重要なのは『そっち』がどっちかってことだよね!」
「それも違うかと」
ぐっと拳を握った藺崔那(eb5183)にも冷たく放つ。
「カーチャさん冷たいっ。ま、それはともかく。ジュガノフって?」
崔那にとっては聞き覚えのない名前の方がより気にかかったようだ。何か知らないかとルンルンや仲間たちを見回す。
「ルンルンさんの言ったとおり、ラリサさんやレイラさん、他にも数人の後見人になっている人物ですわ」
ローザ・ウラージェロ(eb5900)、まるで小さな子どもにするように根気強く説明。でも崔那が気付いてないのでセーフ。
「侍女を養成、なら良いが‥‥もし複数の花嫁候補養成というなら穏やかな話ではない。後ろ暗い話ならば何とかしてやりたいが、事実を調べない事にはな」
ラリサの為にはどんな無茶もしかねないマリア・ブラッド(ea9383)をちらりと見遣り、皇茗花(eb5604)は釘をさす。
「もし、ジュガノフさんが高潔な方だったら‥‥」
僅かな可能性を、希望を捨てずにアナスタシア・オリヴァーレス(eb5669)は胸の前で小さく手を握った。
「かといって、子供たちのフォローをしないわけにはいきませんね。私たちはまだ、あの子たちの依頼を完遂していないのですし」
静かに言い、ウォルター・バイエルライン(ea9344)は折り目正しい仲間に向き直る。
「カーチャさん、茗花さん。お願いできるでしょうか」
「ああ、もとよりそのつもりだ」
「こちらこそ‥‥私たちの分まで負担をお掛けしますが、よろしくお願いします」
口角を上げてクールに微笑む茗花とレインボーリボンをそっと握るカーチャの身体からは、使命感が茶柱のように立ち上っていた。
キエフを発つ茗花とカーチャを、そして一足先に修道院へと向かうマリアを見送ると、残された一同には大きな仕事が待ち受けていた。そう、広場の飾り付けである。
「日数も限られていますし、目途はつけておかないといけませんね」
ウォルターは周囲を見回した。観賞用らしい落葉樹の、紅葉を経た残骸。そこかしこに枯れ残る雑草。隅にはゴミが山の如く積み上げられていた。
「えっと‥‥まずは掃除から始めた方がよさそうね」
アンナの言葉に「ええー!?」と叫ぶルンルン。
「‥‥夢がないですぅぅ‥‥」
「でも、お金をいただいてのお仕事だし、やらなくちゃいけないと思うのね」
しくしくめそりとわざとらしく泣くルンルンの肩をぽんと叩き、崔那はほら、と指差した──物陰から彼らをみつめる子供たちの姿を。
「楽しみにしてる子たちもいるみたいだし、ね?」
「‥‥わかりました。夢を紡ぐために頑張ります〜。いつか王子様に迎えに来てもらう理想のシチュエーション、体現してみせますよ!」
「よくわかんないけど‥‥オモシロそうだね、乗った♪」
ほわわんと夢見るような表情になったと思いきや気合を入れて拳を握ったルンルンに、どうせなら楽しまなくちゃね、と崔那もやる気ゲージアップ☆ フライングブルームを本来の箒として構えて、さかさかと落ち葉を掃きはじめる。‥‥が。
「それでは、私は‥‥腹が減っては何とやらといいますし、美味しいものでも買ってきますね」
「あっ、ずるい! 抜け駆け!!」
「崔那さんは仕事があるでしょう」
「崔那さん、手を動かして下さい! ローザさんも、そういうのはお腹が空いてからにしましょう。食事をしたばかりですよね?」
ゴゴゴゴゴ‥‥っと大地を揺るがすような効果音が聞こえたような気がして、2人は大人しくウォルターの指示に従った。
そんなこととは露知らず、カーチャと茗花は村への道を急ぐ。子供の面倒を見る人手がなく冒険者を雇った村である、二人が無料で面倒をみれば子供たちをキエフに連れてくることも可能かもしれない──しかしそれには危険が伴う。里心がつくという、危険が‥‥。
「茗花? どうしたんだ?」
「近くまで来たのでな、聖夜祭のプレゼントを持ってきた」
躊躇う時間はなかった。2人を目にし、イヴァンが飛んできたのだ。
「ニコラ! 来いよ、カーチャもいるぜ?」
「っせーな、だから何なんだよ」
にやりと笑うイヴァンを小突き、ニコラはカーチャの手を引いた。
「プレゼントなんて後だ、後。大人が入っても狭くないように隠れ家改造したんだ、見せてやるよ!」
「そうですか、それは楽しみですね」
目を細め手を握り返すカーチャにくすぐったそうに笑い、ニコラは走り出した。
「‥‥ニコラはカーチャさんが好きなのか?」
「本人に言ったら怒るぜ? バレバレなの、気付いてないからさ」
ひょいと肩を竦め、イヴァンは茗花の荷物に手を伸ばした。
「半分持ってやるよ。茗花も来るだろ?」
大人びたところのあるイヴァンだが、明らかに背伸びした行為。一人前に見られたい年頃なのだろうなと茗花は微笑ましく思いながら、甘えることにした。ただし、プレゼントの菓子だけは自分の手でしっかりと持ったまま。
甘いお菓子と引き換えに思い話を切り出そうとしている頃。水を得た魚のように満面の笑みを浮かべる者がいた──マリアである。
「もしこの依頼が無ければ聖誕祭は一人で過ごす予定だったから受けてよかったわ。ラリサちゃんも居るし。一緒に楽しく過ごしましょう、ね?」
表情の少ない顔で頷き同意を示したラリサもどこか暖かな雰囲気をかもし出しながらマリアの隣でオーナメントを丁寧に削っている──が、その手が止まった。
「マリアさんが来てくれなかったら‥‥一人きりだったから‥‥」
ぽつり呟くその視線は地に落とされていて、マリアは咄嗟にきゅっとその手を握った。
言葉など何も出はしない。けれど、ただひとつ変わらぬ温もりに、ラリサは張り詰めた表情を緩めた──全幅の信頼を滲ませて。
数日後。茗花とカーチャがキエフに戻る頃には飾りつけも終えた仲間たちが、ベールイ女子修道院から修道女と少女たちもまた、キエフに到着していた。生誕前夜を祝う日に、聖なる女性たちの歌声がキエフを純白に染め上げていく──‥‥
そして熱心に祈り、共に歌い、祈りを捧げる者たちはといえば、ローザの口コミを利用した巧みな広告戦術で想定していたよりも多くの人数が集まっていた。手に手に掲げる蝋燭に暖かく照らされた人々は、氷のような気温に負けぬ熱気を孕んでいるようだった。
しかし、待ち望んだ白馬の王子はやはり現れず、ルンルンはしょんぼりと肩を落とした。
「しくしくしく、どうせ今年もシングルですよー」
「すみません、私たちが抜けたせいでしょうか。全面的に任せきりになってしまいました‥‥」
「あ、それは大丈夫ですよー。むしろ、装飾のアイディアを貰って助かったくらいですし♪」
ルンルンの言葉に嘘はない。緑の常緑樹に赤いリボンが飾られて、木に飾るための燭台にも赤い装飾が施され、寒々しかった公園は温もりを放つ色合いを要所要所に抱き込んでいた。少しでも協力できたことにカーチャは安堵の息を漏らす。
むしろ、失策に肩を落としているのはウォルターやアンナだった。プレゼント製作の手伝いのため先行したのがマリアただ一人だったため、用意できたプレゼントの数が予定より少なかったのだ。この人の集まり具合では、少し足りないかもしれない‥‥いや、確実に不足している。
「大丈夫ですよ。マリアさんが自腹でお菓子を焼いてくれたそうですし、それできっと足ります‥‥美味しかったから、喜ばれると思いますし」
「え‥‥ローザさん食べたんですか? ‥‥いつの間に‥‥」
ラリサを見守っていた目を見開くマリアへ「秘密です」と僅かに目を細めたローザ、勝利の色を帯びた笑みを見せた。
手袋の下にマジックグローブを装着して警戒にあたっていた崔那は警戒を緩めることなく送れて合流した仲間たちへ、今回のもうひとつの主題を持ち出した。
「そういえば、ジュガノフのこと、まだ話してなかったよね」
フィーナ・アクトラスやアウレリア・リュジィス、サイーラ・イズ・ラハル、ゴールド・ストームらの協力もあり、ある程度の情報が集まっていた。
「身元が判明したのか。貴族だったのか? それとも裕福な商人だろうか?」
「後者、裕福な商人でした。その辺の貴族では顔負けの財力ですよ」
ウォルターの言葉に、予想はしていても驚きを隠せない。
「レイラさんや修道女の皆さんの話では、人徳者のようです。多額の寄進もされているとか‥‥ただし、それがなくなると経営が立ち行かなくなるだとか、脅迫されているだとか、そういった黒い話ではないようでした」
「レイラとラリサの他にも何人もの後見人になってるみたいだよ。貴族や商人に養子に入る人が多いみたいだけど、修道女の道を選ぶ人も中にはごく稀にいるみたい」
どことなく残念そうなローザの表情はさておき、崔那は耳にしたことをそのまま告げる。
「それと、レイラさんたちの話だと‥‥養子に入った人はそのまま嫁ぐ場合が多いみたいですね」
道中もどんな花が好きだとか、どんな服が好きだとか、そんな話をして少女たちに溶け込んでいたルンルンは別ルートでの情報収集が可能だったようだ。アンナも同様にシフール飛脚から情報を引き出そうとしたのだが‥‥飛脚としてのプライドか、はたまた食指が動かなかったのか、屋敷の場所程度の情報しか入手できなかった。が、そのお陰で聞き込み作業が行えた者がいる。この辺りは、仲間との連携の勝利だろう。
「‥‥貴族や富豪向けの人身売買‥‥?」
ぽつりと呟いたローザの言葉に身を強張らせる一同。
「ですが‥‥いい人みたいです‥‥よね?」
修道院に預けられているジュガノフに関係する少女たち。少なくとも、納得の上で修道院に来ている少女が多い。
「何かひとつ、とても大事なことを忘れているような気がするのよね‥‥?」
「ベールイ、女子修道院。ジュガノフ。ラリサさんにレイラさん。貴族、富豪、養子‥‥」
頭を悩ませるアンナの言葉に、ウォルターがぽつりぽつりと呟いて。ふと思い至った。
「‥‥人間とエルフとハーフエルフ。確か、ベールイ女子修道院にはそれしかいないのですよね」
「英才教育なら当然なのね」
──冒険者間での温度差に、マリアが気付いた。
「ハーフエルフ、でしょうか。ロシアは、確か‥‥ハーフエルフの方が優遇されているのですよね‥‥?」
仲間を全て平等に扱いがちな冒険者と、ロシア王国出身者の『常識』が目隠しをしていた。
「なるほど。人間とエルフなら確実にハーフエルフが生まれますが、ハーフエルフとハーフエルフの間には人間やエルフも生まれますからね‥‥」
「ハーフエルフの跡継ぎを残すため、子供を引き取って、貴族に相応しい所作と知識を身につけさせて、売る‥‥か」
ウォルターと茗花が導かれた答えを口にした。
「確かに、そういう風潮はありますね。ハーフエルフの親や祖父母、それまでの血脈によって、ハーフエルフ同士でも子供にハーフエルフが生まれる確率が高いと言う方もいらっしゃいます」
カーチャに身についたロシアの貴族としての知識は、それを裏付けるものに違いない。
「‥‥ラリサちゃん‥‥」
マリアは歌声を披露するラリサを遠くから見つめた。過酷な運命か、それとも幸福な結婚か。少女に報せるには、あまりに重い現実であった。
翌日、貧民街の子供たちへプレゼントを配り歩き、少女たちに悪戯を働こうとした男や、寝室に忍び込もうとした男。男ばかり7名ほど成敗して、キエフでの護衛は完了した。
が、ウラジミール国王や諸大公の拉致騒ぎの静まらぬ最中、護衛の者たちに気の休まる間はなさそうだ。蛮族の襲来に戦々恐々としながら、足早にベールイ女子修道院へと女性たちを送り届けることになるのだろう。
そして、お節介を選んだ2名はといえば──ラリサに子供たちからの贈り物を届け、そしてラリサの作ったオーナメントを数個ばかり失敬してカーチャと茗花は数日後、改めて村を訪れていた。ラリサからのプレゼントだと、オーナメントを手渡すために。
「カーチャ、帰る前に‥‥頼みたいことがあるんだ」
ラリサの弟ニコラは、オーナメントをそっと撫でて──サンクトペテルブルグの大聖堂から飛び降りるような表情をうかべた。カーチャは視線で続きを促す。
「あのさ‥‥前みたいな、単語を書いた板を作ってほしいんだ。いつかラリサに手紙をかけるように」
「そんなことくらい‥‥おやすい御用です」
花が咲くように微笑んで、カーチャはニコラを抱きしめた。
ニコラも、ラリサも、子供たちも、誰も彼もが幸せになれば良いのに、と──聖夜の奇跡を願ってやまなかった。