Russian Labyrince〜氷の虹〜

■シリーズシナリオ


担当:やなぎきいち

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:8 G 76 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:03月22日〜03月29日

リプレイ公開日:2007年04月09日

●オープニング

 ──今度こそ、我等が手に‥‥
 ──古の誓い‥‥必ずや果たさんことを‥‥

 夜風が重厚なカーテンを揺らす。春は未だ訪れる気配も薄く、カーテンは冬の名残を拒むように風を阻んだ。
 そして護られ人払いのされた室内で、部屋の主はゆっくりと綴られた古い羊皮紙をめくる。
「灼熱の激流、赤き怒り抱きし 大地の夢‥‥か」
 細い指が薄れた文字をなぞると、栗色の髪がさらりと流れた。
 羊皮紙に描かれているのは、色こそ褪せているものの‥‥それでも鮮やかさを鮮烈に残した、古めかしい杖。素朴な造形ゆえか、先端についた宝玉にばかり視線が向かう。大地の夢と呼ばれしその杖は『暗黒の国』の蛮族が保有していたが、デビルに奪われた。奪ったデビルは死亡したが、杖の行方は依然として知れぬ。
 飽きるほどその絵を見つめ、はらりと一枚、羊皮紙をめくる。
「生命の奔流、深き息吹眠る 森の揺篭‥‥」
 そこに描かれているのは40センチほどに切られたアカザにも似た杖。アカザであれば不可解なことだが、渦巻いた根の中央に大きな宝玉が抱かれている。
 それは部屋の主──アルトゥール・ラティシェフ(ez1098)が手にしている杖ととても良く似ていた。
 ラティシェフ家の家宝のひとつでもあるその杖は、マスカレードを付けた男に狙われはしたものの‥‥冒険者の奮闘もあり、アルトゥールの手に残っている。
 はらり、とまた一枚、羊皮紙をめくる。今度の絵は、中央に拳ほどのダイヤモンドが嵌めこまれた、王冠のようにしっかりとした作りのティアラである。
「戦慄の慟哭、澄みし眠りを招く 氷の虹」
 呟いた言葉は断言するような芯を含んだものだった。6つの宝玉のうち、所在の判明している1つである。
 これを奪うために、蛮族が村を襲撃し──決して少なくはない被害が撒き散らされた。
「アルトゥール、どうしたのです?」
「母上‥‥‥‥」
 滑るような足取りで部屋に訪れたのは、ハニーブロンドの美しい母クリスチーヌ。
「‥‥デビルや蛮族の襲撃の一端と思われるものを特定したのですよ」
 自嘲するように呟くアルトゥール。けれど、否定するようにゆっくりと首を振る。その大役は次男たる自分の役目ではないのだ、と‥‥
「これは兄上の耳に──」
「入れる必要はありません、アルトゥール。あれが跡取りなど、私も異母姉上も認めてはおりませんのよ。私たちの血を引くのは、この地を継ぐのは、あなただけ。妾の子などではありませんよ」
 皆まで言わせず、クリスチーヌは手にした扇をぴしゃりと閉じた。彼女にとってみれば跡取りは自分の息子一人。そして彼女は、最愛の息子が手柄を立てることを嫌う奇特な母親ではなかったのだ。
 母の耳に入れてしまったのは失敗だったかと胸中で溜息を零しながら、アルトゥールは蝋燭を接ぐことで視線を逸らす。
「解りました、母上や伯母上の意に沿えるよう、全力を尽くしましょう」
「ええ。私たちの領民をしっかり護り、ぜひ貴方の力を示してあげて頂戴」
 ころころと外見に似合った愛らしい笑い声を立てると、クリスチーヌは満足気に部屋を後にした。
「やれやれ、面倒なことになってしまったかもしれないけれど‥‥まずは、『氷の虹』を押さえるとしようかな‥‥」
 酷く気だるげだったアルトゥールは、自分の言葉で自分を奮い立たせるように表情を引き締めた。
 弟アルトゥールと兄リュドミールの問題ではない。母も理解している──これは、平和に暮らすべき人々を護るための行動なのだ、と。

 翌日、アルトゥールはギルドの扉を叩いた。
「エカテリーナ様絡みの仕事ですか?」
 歴史の浅いこのロシアで古く家柄の良い貴族に数えられるラティシェフ家の次男坊を認め、迎えに現れたギルド員の言葉に、アルトゥールは鼻を鳴らす。
「伯母上絡みでなくとも仕事はあるんだよ? ‥‥領民を護るためにね」
 貴賓待遇で通された別室で純白の毛皮のコートを預け、柔らかなソファに腰を下ろしたアルトゥールは、とても簡単に言い放った。
「ある品物を受け取ってきて欲しいんだ。それだけのことだけれど‥‥蛮族が同じ品を狙っている。決して奪われず、必ず持ち帰ってくれ」

 ──アレは我等がモノ
 ──取り戻せ、希望と絶望を我等が手に

 そして‥‥
 ふぅ、と吐かれた煙が風に流され、寒空に消えた。

●今回の参加者

 ea3190 真幌葉 京士郎(36歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea6738 ヴィクトル・アルビレオ(38歳・♂・クレリック・エルフ・ロシア王国)
 ea8785 エルンスト・ヴェディゲン(32歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 ea9096 スィニエーク・ラウニアー(28歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ea9128 ミィナ・コヅツミ(24歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ea9909 フィーナ・アクトラス(35歳・♀・クレリック・人間・フランク王国)
 eb0882 シオン・アークライト(23歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb4341 シュテルケ・フェストゥング(22歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)

●サポート参加者

テラー・アスモレス(eb3668)/ 斉 蓮牙(eb5673

●リプレイ本文

「吹雪いていないだけで、随分雰囲気が違うものだな」
 視界が開けているということは、それだけで安心感をもたらす。数ヶ月前に訪れた際は吹雪いており、移動には安全の確保と防寒対策が何より優先された。
「次に来るときは、景色を楽しむ余裕があるといいわね」
 思いもかけずフィーナ・アクトラス(ea9909)から返された言葉に頷き、真幌葉京士郎(ea3190)は速度の落ちてきた愛馬真九郎の腹を蹴る。依然として冷たさを孕んだ風が頬を撫で、襟足を正したシュテルケ・フェストゥング(eb4341)はふと首を傾げた。
「でも、なんで襲われるって確信を持ってるんだろう」
 アルトゥール・ラティシェフ(ez1098)の口ぶりを思い出したのだ。悴んだ手が大切な杖を落とさぬよう擦り合わせながら、ミィナ・コヅツミ(ea9128)が推測し口を開く。
「あたしも詳しくは知りませんが、怪盗が狙ったことも考えると、かなり価値のある美術品のシリーズみたいですね。蛮族の村を壊滅させてデビルが杖を奪ったこともありますし‥‥狙いがアレだと考えるなら、そういう結論になるかと思いますよ」
 問題の美術品は存在の確認できたものが、全部で3つ。
 彼の持つ、エメラルドの宝玉を抱く杖、『森の揺篭』。
 デビルに奪われ依然として行方の知れぬ杖、『大地の夢』。
 そして今回の依頼の元となったティアラ、『氷の虹』。
 その他に、所在不明のもの──サファイアを抱く杖『雪の源』、ガーネット抱くブローチ『炎の涙』、アメジストを抱くマント留め『眠りの歌』の3つ、合計6つがあると言われている。この中のいくつが現存しているかは正直なところ解っていない、とアルトゥールは語った。そして、美術品という以上にどんな意味があり、何故デビルが狙ったかも不明だ、と。
「デビルに狙われている可能性があるだけでも目は離せないというのに──此度のティアラはギルドの報告書で存在が明るみに出ているからな」
 エルンスト・ヴェディゲン(ea8785)の言葉に、自身も報告書に目を通したシュテルケはなるほどと頷く。どこから誰の耳に入るかも知れないと言われれば、確かに其の通りである。シオン・アークライト(eb0882)も追従し同意を示した。
「危険の芽は早めに摘んでおく‥‥アルトゥールの伯母上、エカテリーナ様ならそうお考えになるでしょうね」
「すくなくとも‥‥暴力で奪おうとする方には、渡したくありません‥‥」
 蛮族の略奪は、まさに地獄の片鱗だった。スィニエーク・ラウニアー(ea9096)は静かに拳を握る。
「見えてきたぞ──目的の、村だ」
 ヴィクトル・アルビレオ(ea6738)の顔、いや声にハッと気を引き締める。無事に辿り着けたのは、蛮族やデビルがこちらの存在を知っていないだけかもしれないからだ。
 そして、これから自分たちは──彼らに敵対するであろう行動にでるのだから。

 久々に訪れた冒険者や見知らぬ冒険者を、その村の人々は温かく迎えてくれた。問題の『氷の虹』所有者の女性も例外ではなく、暖かな暖炉の前に通し、ホットワインやハーブティーを振舞って再会を喜んだ。
「お久しぶりです、ヴィクトルさん。その節はお世話になりました。皆さんも、怪我は良くなったみたいですね」
「その節は世話になった。襲撃は防げず、怪我をして迷惑を掛けたというのに、土産まで頂いてしまって‥‥」
「ずっと申し訳なく思っていたんです。きちんと謝ることができてよかった」
 見る人を怯えさせる強面に渋い色を浮かべてヴィクトルは頭を下げ、申し訳なさそうにミィナも頭を下げた。村人に被害が出なかった、その点では確かに成功だった。しかし、仲間はみな重い傷を負い、家や家畜なども少なからぬ被害を受けている。すっかり襲撃の面影を失くした村だったが、事実が消え去るものではない。
「今回は、何かお仕事で?」
「ああ。‥‥非常に言い辛いのだが‥‥」
「あのさ、ヴィクトルのおっちゃん」
 ふと脳裏を過ぎる疑念。慌てて口を挟もうとしたシュテルケを任せておけと手で制し、ヴィクトルは事情を説明する。
「蛮族が村々を襲撃している理由が、どうやら貴女が所有しているティアラを探している、というもののようなのだ。こちらの領主夫人クリスチーヌ様と御子息アルトゥール様から、悪夢が繰り返さぬうちに預かるようにと、依頼があったのだ」
 その言葉で女性の顔に浮かんだのは、否定というよりは拒絶。
「もちろん、状況を正確に把握して安全だと判断がつけばお返しするわ」
「フィーナ姉ちゃん」
 袖を引くシュテルケ。このままでは話が進まないではないとスィニーとミィナがシュテルケを部屋の隅へと引っ張る。
「シュテルケさん‥‥彼女から杖を預からないと、依頼が果たせませんから‥‥」
「そうですよー。交渉はヴィクトルさんがきちんと考えてくれてますから、お任せしましょう?」
 というか、他の冒険者は安全に運搬し、襲撃に対処することしか考えていなかった。ヴィクトルとミィナ、そして──シュテルケを除いて。
「違うんだよ。俺、報告書を読んだんだ。姉ちゃんたちがこの村に来たときの依頼のやつ」
「あの‥‥それが、どうかしましたか‥‥?」
 室内でもフードを目深に被ったまま、スィニーがおずおずと尋ねた。
「あの人はさ、受け取るべき人が来るまでティアラを預かってるんだろ? それって、アルトゥールさんのことなのかな?」
「‥‥え?」
 ミィナとスィニーはハッと息を呑んだ。アルトゥールは、両親共にハーフエルフである。領主というだけで、代々守り通してきた物を手放すだろうか? ましてや、人知れず受け継いできた品である。
「でも、それは‥‥」
「だけどさ、蛮族も森に長く住んでるエルフがほとんどだろ? もし向こうが受け取り人だとすると横取りになっちゃうだろ?」
 この場にいる半数以上が彼女の言葉をその耳で聞いていたはずなのに──失念していた。
 そして正に、ヴィクトルと女性との交渉も、その一転で暗礁に乗り上げていた。
「そのティアラがこの村にある限り、蛮族たちはまた襲ってくるでしょうね。貴女は家族や村人たちまで危険に晒す覚悟がある?」
「代々、そうまでして護ってきたのです‥‥受け取られるべき方が現れるまでは、手放せません」
 シオンの言葉にも頑なな返事を返す。エルンストは万が一の可能性に掛け‥‥知人の名を口の端に乗せた。しかし、僅かな希望は露と消える。
「もう、いっそのこと直接話してもらうのはどうかしら。彼女も、それなら納得がいくと思うのだけれど」
「それは妙案かもしれんな。もちろん、力ずくで奪おうというのなら俺たちが止める──どうだ?」
 今にも泣き出しそうな腹の虫を必死で抑えながら提案したフィーナに、京士郎が同意を示す。依頼人らは難色を示すかもしれないが、此度の依頼の真意は領民を護ることにある。
「そういうことでしたら‥‥」
 たっぷり思案した彼女の背を押したのは、以前蛮族の襲撃を退けた冒険者たちの真摯な眼差しだった。
 仮に領主子息と意見の相違があろうとも、彼らはおそらく守り抜いてくれるはずだと信じて。

 冷たく澄んだ空気が炎の爆ぜる小さな音を遠く遠く響かせる。吹雪の気配はないが、夜の帳が下りた森はどこか神経を尖らせるようで、京士郎は油断なく周囲に目を配る。
「気になりますよね‥‥」
「必要以上に神経を張り詰めて無駄に疲れなくてもいいって、頭では解ってるんだけどね」
 ミィナとフィーナの会話も周囲を窺いつつ声を潜めたものとなっていた。危険はないようで、犬たちは丸くなって穏やかな寝顔を見せている。だが背後のテントでは仲間が眠り、護送すべきティアラも在る。見張りを申し出た以上、気を抜くなというのが無理な話なのかもしれない。
 しかし、平穏は長くは続かなかった。犬たちが目を開き、森の奥をじっと見つめる。
「敵か?」
「しっ」
 唇に人差し指を当て、フィーナは耳を澄ました。押し殺すような、足音‥‥自分を見つめる仲間たちに頷き、懐に手を入れた。その所作で気付いたのだろう、潜んだ者たちが抑えていた気配が殺気に変わり、犬たちが飛び起きた!
 そして、フィーナの呼子笛と敵の放った矢が夜の静寂を鋭く切り裂いた!
 リュートベイルで矢の雨を凌いだ京士郎は聖者の槍を振り抜いた。衝撃波が虚空を貫く。
「さすがに待ち伏せ、奇襲はお手の物、みたいね」
 衝撃波を避けた弾みで月光を反射した鏃目掛け、すかさずダガーを投じるフィーナ!
「ぐっ!」
 短い悲鳴が聞こえる。蛮族が次の矢を射るよりも、警戒し眠りの浅かった冒険者たちが飛び起きる方が早かった。
「そこなんだな、任せろっ!」
 夜目の利かぬシュテルケはにやりと笑い戻ってくるダガーの後方目掛けて衝撃波を放つ。打たれた木が激しく揺れ、積もっていた氷柱交じりの雪が降り注ぐ。
「うわあっ!!」
 予期せぬ妨害に第2射は明後日の方向へ消えていく。しかし、冒険者にとっても予期せぬ事態があった。元来気配を殺し森や夜陰に潜むことを得意とする蛮族たちを、得意の目だけでは見抜くことができないのだ。ブレスセンサーで凡その位置こそ把握しても、魔法は基本的に相手を視認することが前提なのだ。
「セーラ様‥‥」
 ミィナの祈りが矢如きを通さぬ結界を作り上げたが、そこまでだった。ならば追い立てようとスィニーが放った雷光は木々や岩に阻まれ、蛮族には届かぬ。膠着状態の中、シオンは女性と二人、そっとヒポグリフへと近付いた。
「テュール、頼むわよ」
 しかし、ヒポグリフは──夜陰へ警戒の唸りを響かせた。
「エルンスト」
「デビルではない」
 焚き火の明かりで指輪を確認したエルンストは気を引き締めた。蝶は羽ばたいておらず蛮族の襲撃だと裏付けている。
「でも、吹雪いていませんよっ!?」
「吹雪いている日にしか現れないなら、冒険者のペットは死に絶えてるわよ」
 悲壮なミィナの叫びに、フィーナは笑顔を絶やさぬままに辛辣な言葉を投げかけた。
「今回は雪狼に噛まれぬよう、気を付けねばならんな‥‥さて」
「京士郎さん、シュテルケさん‥‥武器に、炎を‥‥」
「頼む」
 自身にレジストコールドを付与したスィニーは、フロストウルフにダメージを負わせ得るよう二人の武器に、次いでフィーナのダガーにも炎を纏わせる。
「結界を出たら集中砲火を浴びるでしょうから‥‥」
「助かるわ」
 シオンと女性、テュールにもレジストコールドを付与すると、フィーナから受け取ったソルフの実を飲み下す。
「虹を渡せ!」
「無理な相談だな」
 飛び出してきたジャイアントたちを、京士郎とシュテルケが飛び出して迎え撃つ!
 しかし、その言葉を聞き流せない者たちがいた。
「貴方たちはなぜティアラを狙うの?」
「我らこそ古の盟約によって定められた所有者! 余所者の手には渡さぬ!」
 ダガーを投じながらの問いかけに、血を滴らせたダガーと同時に言葉が返る。
「事情が解れば、協力もできるかもしれないのに」
 フィーナは唇を噛んだ。力押しがしたいわけではないのだと、この状況下で言葉にしても信用されぬだろう。
「戦いが目的ではない、邪魔さえせねば手は出さぬ!」
「笑わせるな!」
 夜陰から投げられた言葉を一笑に伏して蛮族に踊りかかるシュテルケ。受けた斧がギシギシと音を立て、両者がにらみ合う。
「尋ねたいことがある! シードルという男を知っているか!」
「あの腑抜けが夢を奪われなければ、我等が虹を探すこともなかった。それだけのこと!」
「同じ部族の仲間なのか!?」
「我らは気高き白き狼を奉じる部族。使命を忘れた者等と一緒にしないでもらおう」
 尋ねたエルンストは目を細める。事態は想像していたよりも複雑らしい。シードルに尋ねた所で、何か情報が掴めるものかどうか。
 声のする方角へブラックホーリーが射出された。風の刃や雷光が激しい音と光を奏で、交錯する武器を照らし出す。
 気配はすれども雪狼の姿が見えぬまま、じわりじわりと蛮族が押されていく──そんな最中。

 ──オォォォォン‥‥!

 雪狼の遠吠えが響いた。弾かれたように蛮族が冒険者と距離を取る。その動きは‥‥
「何? フロストウルフを奉じる部族‥‥これじゃ、まるで‥‥」
 シオンにはむしろフロストウルフの指示で動いているような印象があった。しかし、それ以上に気になることは、蛮族の視線が自分たちへと向いていないことだった。
「蝶が!」
 ミィナの鋭い叫び。それは、デビルの出現を知らしめるものだった。
 蛮族たちは茂みから飛び出したフロストウルフを先頭に、冒険者の背後の森に現れたインプやグレムリンに踊りかかった!
「私たちに奪われる方が、デビルに奪われるよりはマシ、ということか。どうやら、相当に厄介な代物のようだな」
 呟いてヴィクトルはインプへと魔法を仕掛ける。ミィナが聖なる守りを与える。援護の魔法が飛び交う中、隙あらばダミーを奪おうと伸びる手を京士郎とシュテルケが貫く。
「ここは食い止めるわ、早くアルトゥールさんのところへ!」
「フィーナ‥‥無事で!」
 長い会話を嫌い、テュールは数歩駆けると空に飛び立った。
「急ぐわよ、しっかり捕まっていてね」
「はい」
 しかし、そう簡単に事は運ばない。空中で待機していた数匹のインプが鞍上の二人に襲い掛かったのだ!
 インプはそこに本物が在るとは知るまい。ただ、誰も逃がさぬようにと動いているだけに違いない。
 だが、片手に手綱、片手に剣を持つシオンは──背後からの攻撃に為すすべはない。
「きゃああああ!」
 女性が虚空に引きずり落とされる! がくん、とバランスが崩れる中、シオンは咄嗟に手を伸ばす。
 指先と指先が、微かに触れた。

 見開いたシオンの視界の中で、地面に激突する寸前。
 飛び出した白い影が、襟を咥え茂みに投げた! そして白い影──2匹目のフロストウルフは勢い余り木の幹に突撃した。飛び出したエルフが降下したインプを牽制する。
「古の盟約に従い虹を護りし者よ。運命は回り、役目は終えた。──虹を我らに」
 インプを退けながら掛けられた言葉に、女性は頷く。そして差し出された小さな木箱を受け取ったエルフは、それを雪狼に託す。

 ──オォォォォン‥‥!

 遠吠えと共に蛮族は去り、追いかけずに残った群れの半数のデビルを退治した頃には──全てが夢であったかのように、静寂だけが残された。
 女性と仲間に回復を施しながら、現れたデビルの存在にミィナは溜息を零す。
「引けなくなったわね」
「乗りかかった船だ」
 シオンとエルンストの言葉にフィーナは乾いた笑いを零す。
 そしてヴィクトルは、貴族特有の気紛れを体現したような依頼人にどう説明するか‥‥それを考え、スィニーとシュテルケが後ずさるような、渋面を浮かべていた。
 上り始めた太陽を映し、京士郎の髪が、瞳が、燃えるように赤く輝いた。