【美食行進曲】コーイヌールの主

■シリーズシナリオ


担当:やなぎきいち

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや易

成功報酬:2 G 40 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:04月04日〜04月09日

リプレイ公開日:2007年04月21日

●オープニング

 キエフの大きな通りに面したところに、小さなレストランがある。月に数日しか店を開けないため、それがレストランだと知らない人もいるかもしれない。店主は青年と呼ぶべき、まだ若い男だ。身体は健康そのものだが店があまり開かないのには訳がある──彼の腕が良いためだ。貴族や裕福な家に招かれ、その腕を振るう。そして、その手間に応じた報酬を貰っている。
 恵まれた環境で腕を奮っているはずの青年は、明かりを落とし寒々とした小さな店内で、一人古ワインを煽っていた。
「違う、こんなことのために店を継いだわけじゃない!」
 ゴブレットを壁に叩き付けて青年は嘆いた。腕が認められることは素晴らしいことだと思うし、料理のためだけに招かれるのも誇らしい。けれど、祖父から受け継いだ味をもっと多くの人に知って欲しい──彼はそのために、店を継いだはずだった。
 壁にぶちまけられた古ワインが、涙の様に壁を伝う。青年の目利きは確かだが、昨今は彼を招く貴族らが用意した素晴らしい食材を更に吟味するばかり。祖父が苦心して切り開いた良質な品を生み出す農家は量を仕入れず、仕入れそのものも月に数えるほどの回数の青年とは疎遠になって久しい。
 青年はうな垂れた。質の良い品を生み出す農家との絆──あるいはコネクション。貴族を介せば容易く手に入れることができるだろうが、ますます店を開けられなくなることは目に見えている。
「どうすればいいんだ‥‥どうすれば」
 夢を追い求めた青年は、夢を見失い、迷走していた。
「‥‥また飲んでいるのかい」
 呆れた男の声。冒険者であれば、ギルドで見かけたことがあるかもしれない。幹部から半人前の烙印を押されている新人ギルド員である。依頼人の話はどこか他人事のように聞き、時に聞き流す男であるが、青年にとっては良い友人であるのだろう。
 苦悩の元凶を知っているギルド員は、手近な椅子に腰を下ろしてじっと青年を見た。
「キミには僕というコネクションがあるだろう?」
「役に立たないけどな」
「言ってくれるね。僕は冒険者に繋がるコネなのに」
「‥‥冒険者を雇って畑を開拓させるのか? 壮大な計画だな」
「違うよ。ギルドには農家からの依頼も多数舞い込む。そこに向かう冒険者に同行すれば、農家とのコネも築けるだろう?」
 うな垂れていた青年は目を見開いた。薄暗い店内に佇む友人を見つめ──一晩考えさせて欲しい、と呟いた。

 ギルド員が冒険者の話を持ち出したのには訳がある。もちろん、友人を心配する気持ちに偽りはないし、普段の職務が脳裏にあったのもまた事実であろう。しかし、彼は冒険者が美食に餓えていることを知っていたのだ。
 今、冒険者ギルドで手当たり次第に『昨日は何を食べたか』と問えば、かなり多くの冒険者が『保存食』と言うだろう。
 市販されている保存食に入っている食料としては、干し肉や硬く焼いた黒パン、水分の少ないチーズ、ドライフルーツなどが多いだろうか。日持ちがするように乾燥しているものが多く、水分が無ければ食べ辛い。料理の才のある者が手を加えれば温かいスープなどに化けるが、保存食を食べることと比較すれば美味とはいえ、普段食する料理とは比べるべくもない。
 遠くジャパンの地では一部で抹茶味や小豆味、かすていら風味など様々な趣向を凝らした保存食が出回っていたりするようだが、ロシアで入手できるものといえば甘い味の保存食やゴールドフレークといったところ。それすらも、滅多に入手できるものではなく‥‥結果、なんとも味気のない保存食が大勢を占めている。
 そう考えているのは一部の冒険者かもしれない。しかし、表立って口にしている冒険者が少ないだけで水面下では膨大な人数がそう考えているのかもしれない。ギルド員は後者だと考えている。
 しかし、市場で入手できる食材で保存食を作ろうとすれば、市販されている保存食とたいして違わないものしか出来ないだろう。高価な食材や珍重される食材は、市場に流れることは少ないのだ。
 冒険者を介して友人が良質な食材に出会う。そして美味しい保存食を作って恩義に報いる。その保存食が真実に美味であれば、旅から旅へと暮らす冒険者があちらこちらで彼の店の宣伝をしてくれることだろう。世の中は全てが1つに繋がっているのだ。
 そして青年が心を決めた日、一件の依頼がギルドへ舞い込んだ。

「‥‥は?」
 ギルドのカウンター越しに、身を乗り出さんとする男──彼が依頼人である。メモを取るため用意した木片に、インク壷から上げたばかりのペン先からインクが滴り落ちる。ですから、とめげずに依頼人は繰り返した。
「暴れ牛を取り押さえて欲しいんですよ」
「はぁ‥‥暴れ牛、ですか。乳牛が暴れるのですかね‥‥」
 きょとんと目を瞬くギルド員。乳牛、というのはミルクを搾るための牝牛である。依頼人は、その牧場の主だった。広い牧草地に放し飼いにし、愛情を注いで牛を育てている。
「ミルクを搾るためには仔牛を生まないといけないわけですよ。うちには、その父親になる雄牛がいるわけです」
「なるほど。それが暴れているのですか? それとも、牝牛が?」
「雄牛です。もういい加減に年を取ったので新しい種牛を買ったんですが、どうもそれが気に入らなかったようで‥‥」
 気に入らないどころか、事情を理解する頭があれば牛にとっては死活問題だ。少しでも利益を大きくするため、種牛と牧場の牝牛たちの相性を確認し次第、年老いた雄牛は肉牛として市場に出す予定なのだ。依頼人にとっては、二束三文でも売れれば恩の字なのである。
「私たちの手には負えないんです。勇んでいった息子も怪我をし寝たきりですし‥‥冒険者の方なら、生け捕り‥‥なり何なりしていただけると思いまして!」
「生け捕りが希望なのですね」
「ええ‥‥難しいと思いますが」
「牛1匹なのですよね?」
 珍しく行間を読んだ新米ギルド員であるが、難しいと言われて怪訝な色を滲ませた。
「乳牛たちも興奮して暴れるのですよ‥‥下手に捕らえてストレスを与えるのもミルクの味を落としそうで困っているのです」
 言い辛そうに語る依頼人を宥めながら新米ギルド員は依頼書を作成すると、さっとペンを走らせた羊皮紙をシフール飛脚へと預けた。あて先はもちろん、悩める料理人──友人である。
 友人の名はキーラ・アンハート、店の名はコーイヌールといった。

●今回の参加者

 eb3530 カルル・ゲラー(23歳・♂・神聖騎士・パラ・フランク王国)
 eb4366 ヌアージュ・ダスティ(37歳・♀・ジプシー・人間・ノルマン王国)
 eb5183 藺 崔那(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 eb5612 キリル・ファミーリヤ(32歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb5631 エカテリーナ・イヴァリス(24歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb5885 ルンルン・フレール(24歳・♀・忍者・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 eb8120 マイア・アルバトフ(32歳・♀・クレリック・エルフ・ロシア王国)
 eb8684 イルコフスキー・ネフコス(36歳・♂・クレリック・パラ・ロシア王国)

●サポート参加者

木下 茜(eb5817

●リプレイ本文

●謎の同行者、キーラ・アンハート
「‥‥‥‥」
 息を止め‥‥まではしないものの呼吸の数を減らしたイルコフスキー・ネフコス(eb8684)の視線が、キリル・ファミーリヤ(eb5612)の視線と正面からぶつかった。返されるのは困ったような、どこか曖昧な笑み。
「キリル殿、どうかしたのか?」
 キリルが困ったような顔をすることは(本人にとっては悲しいことに)少なくはない。しかし、そうと知っていても看過できないのがヌアージュ・ダスティ(eb4366)の長所であり、短所である。
「実は、ですね‥‥」
「皆、今回はよろしく〜‥‥って、その人は?」
 朗らかに挨拶をした藺崔那(eb5183)が、曖昧な空気の原因をずばりと尋ねた。聞きにくいことを聞けるのは彼女の長所であり、短所でもある。少なくとも、それが相手にとって好意的に響くのは類稀なる長所だと、カーチャことエカテリーナ・イヴァリス(eb5631)は少し羨ましく思う。
「キーラ・アンハートさん。今回同行されるという方です」
「あ、そういえばそんなことが書いてありましたねぇ〜」
 掲示してあった依頼書を思い出し、ルンルン・フレール(eb5885)がぽんと手を打つ。どんな依頼であれ、依頼書の隅々まで目を通しておくのは基本。けれど、ルンルンもマイア・アルバトフ(eb8120)もここに集う仲間たちも想像していなかった──昼間から酒の臭いをプンプンと漂わせた、足取りも覚束ない男だなんて。
「ぼくカルルっていいます。今回はよろしくお願いしますなのっ♪」
 一歩引いた冒険者たちの中から進み出たカルル・ゲラー(eb3530)は、教会の天使画にいそうな無邪気な笑顔で握手を求めた。キーラは、面倒くさそうに手を伸ばす。
「キーラだ」
「キエフに残られたらいかがですか」
 名などきいているのかいないのか、一刀両断するのは揺るがぬカーチャの眼差し。邪魔だと言わんばかりの彼女に注意しようとしたマイアをキリル──より早く、ルンルンが止めた。
「カーチャさん、ちょっと不器用なんですよ〜。本当は、酔ってたら移動も危険だし、牛と対決するのも危険だから、代われるならキーラさんの目的を済ませてきます、って言ってるんですよぅ?」
「ええ? 今のがそうなるの!?」
「ふふ、そうなるんですよ〜。カーチャさんは難しいんですぅ」
 内心で想っていたことを言い当てられ僅かに見開かれた目が、珍しく動揺したことと、それが図星だったことを如実に伝えていた。にこにこと上機嫌に笑うルンルンから視線をそらして、カーチャは咳払いを1つ。
「‥‥私は、足手まといになると、事実を言ったまでです」
 憮然と取り繕ってみても、不器用な優しさはマイアに伝わった。
 ばつが悪そうに憮然としているのはキーラも同じ。舌打ちなどしながらも、申し出を断った。
「いや、自分で行く。いいミルクかどうか‥‥自分で確かめたいからな」
「それなら、まずはお酒を抜くことからだね。そんな様子じゃ味もわからないし、冷静に話もできないでしょ?」
 イルコフスキーの言葉は、キーラの二の句を封じた。同行することを了承して依頼を受けたのだから、彼が行くという限りそれを妨げることはできない。
「まあ、理由については道中で少しずつ話して貰えばいいだろう。キーラ殿には誰かの馬に乗ってもらうこととして、一先ず出発しよう」
「そうですね。僕のイワンでよろしければ、どうぞ」
 キリルが手綱を引く馬にキーラを乗せて、冒険者たちは今なお牛が暴走しているかもしれない牧場へと出発した。


●暴れる雄牛と哀れな牛舎
「牧場は広くて、気持ちが良いな」
 さすが牛を放牧するだけのことはある、と澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込んだヌアージュは、吸い込みすぎたのか「げふん」と咽たように咳払いし、ぶんぶんと首を振った。
「いかんな、休息に来たわけではなかった‥‥仕事だ仕事」
 しかしたっぷりと張ったピンクの乳房が気になって仕方ない。
「仕事はあそこで待ってるよ」
 崔那が示した指の先に、もうもうと立ち上る土煙。
「元気ねぇ‥‥」
「元気ですねぇ‥‥」
 マイアとキリルが半ば呆れて煙を眺める。雄牛だけではなく、触発された牝牛も土煙を立てて追従する。その土煙の向こうに薄っすらと見えるもの、あれは‥‥
「まさか、牛舎じゃないよね?」
 イルコフスキーが目を眇めた。しかし、認めたくなくともそれはやはり牛舎のようだ。扉はぶち破られ、所々壁が崩れ、出入り自由の様相を呈しているけれど。
「とりあえず、まずは雄牛を取り押さえないと、雌牛の興奮も収まり難そうだよね」
「‥‥やってみましょう」
 レインボーリボンを腕に結んで、カーチャが立ち上がった。

 まずは、騒動の元凶となったらしい新しい雄牛をイルコフスキーと依頼人が離れた場所に避難させる。ホーリーフィールドで安全を確保すると、カルルも加わりまだ触発されていない牛たちを誘導する。
「わふたくん、右ー!」『わんっ!』
 一方、暴れる牝牛達にテレパシーの巻物で話しをして落ち着かせようとしたルンルンは、
「みんな落ち着いて、怖くない、怖くないから、ぁ、ぁぁ!?」
 テレパシーのスクロールを読んでいる間に、牝牛の突撃を喰らい吹っ飛んだ!!
「ルンルンさん!」
 イルコフスキーが倒れたルンルンに聖なる結界を張り、駆け込んだマイアが癒す。
「大丈夫? 作戦の要はルンルンさんなんだから、無茶しない程度に無理はしてね」
「う〜、難しいです〜っ」
 傷が癒えたばかりの身体を押され、ルンルンはよろりと結界を出た──合掌。
 問題の暴れ牛はカーチャとキリルが引きつけ、崔那とヌアージュが力ずくで押し留める──予定。赤い布は危険な上に牝牛も興奮してしまうと依頼人に泣き付かれ、お蔵入り。
「角だけは、くれぐれも気をつけてくださいね」
「ええ、キリルさんも」
「それもだけど、ルンルンさんみたいに弾き飛ばされない様、注意してね」
 しかし、牝牛も共に併走して暴走しているため、まずは勢力を削がねばならないようだ。ルンルンが手渡されたロープを小さな角に投げ、握った端をヌアージュが引く。タイミングを合わせて飛び込んだ崔那が引いたロープに合わせて力を加え、転倒させる──意外に、この作戦が嵌った。
「一度取り押さえてもまた暴れだしちゃったら意味無いしね。なるべくそうならない様にしないと」
 そして、驚いているうちに群れから引き離す。多少の怪我はイルコフスキーとマイアに任せることにして、目を瞑った。見る間に数の減った群れから‥‥いつしか、雄牛が孤立していた。
「カーチャさん、フォローはお願いします」
 そういい残し、しっかりと盾を構えたキリルは暴走する雄牛に斜め前から詰め寄った!

 ──ガッ!!

 角と盾がぶつかり合う! よろめいたキリルの隣にカーチャが飛び込み、二撃目を受ける!
 その隙に反対側からヌアージュがにじり寄り、背後に回った崔那と、徐々に雄牛のスペースを狭めていく。しかし雄牛も諦めない! ガツン! ガツン! と鈍い音を響かせて冒険者を弾き飛ばそうと体当たりを続ける。それは、盾や板を構える4人にとって厳しくはあったが、願ったとおりの状況だった。スクロールを手にしたルンルンが、射程距離まで間合いを詰めた!
「雄牛さん、もうやめて。今の暮らしが不満なら私達が代わりに育‥‥」
 言い淀み、財布の中身と、依頼人の顔を交互に見たルンルン。ほろりと浮かんだ涙を指で拭い、スクロールを広げた。
「ごめんなさい、今はこうするしかないの!」

 ──ピキピキピキッ

 記された精霊文字に目を走らせると、見る間に雄牛が凍り付いた。すかさず、崔那がロープを巻きつける。
「貧乏って罪なのね‥‥」
 再び涙を拭うルンルン。小指が立っているのも、芝居がかっているのも、きっと気のせいだ。
「用が済めば食肉に‥‥悲しい話だけれど、それも私たちの業よね。ごめんなさいね、おやすみ‥‥」
 氷の棺に封じられた雄牛に、マイアは、敬意と哀悼を表して深々と祈りを捧げた‥‥


●『美味しい保存食』商品化計画
 漸く重い口を開いたキーラから事の経緯を聞きだしたのは、夕刻、彼が無事に依頼人と契約を結んだあとのことだった。
「‥‥言ってしまっては悪いですが、確かに本末転倒になってしまっていますね」
 やはり一刀両断のカーチャ。剣技でなくとも、彼女の切れ味はやはり鋭い。
「とはいえ、貴族の方からの頼みも無碍に断れませんから、キーラさんが悪いとは一概に言い切れませんが」
 瞳を翳らせたキーラの反応に、取り繕うように加えたカーチャ。食品の流通も問題だが、キーラが留守中にでも安心して任せられる相方も一緒に探した方が良いのでは、と提案を1つ。
「だが、キーラ殿の店として繁盛している側面もあるのだろう? 腕が良くとも、同じ味を覚えるのは難儀だぞ?」
「確かに。毎日同じ食事をしていても、お母さんと同じ味付けができるわけじゃないし」
 ヌアージュの言葉に崔那も頷く。そういうものですか、と気の無い返事をするカーチャ。
「味を極めるなら貴族のお抱えになる方が近道だと思うけど、大勢に食べて欲しいんだったら‥‥やっぱり妥協は必要かな。保存食っていうのも、僕は面白いと思うよ」
 召抱えられれば日々料理のことだけ考えていられよう。店があれば利益や支出のことまで考えねばならず、味を極めるには遠回り。その点、保存食は冒険者が日々口にするものであるし、何より──
「この国では真冬の食事は干し肉や塩漬け肉、ピクルスやザワークラフト‥‥保存食が日常の食事になるのよ。他の国より、保存食を商売にするのは向いているんじゃないかしら? 味気ないのは事実だしね」
 にこりと優雅に微笑んでマイアは賛同した。
「‥‥確かに食べられないよりは良いといった感じではありますが、私はそこまで不満は」
「けれど、同じ食事ならより美味しいほうがいいですからね」
 贅沢を好むわけではなくても、美味しい食事は心を元気にしてくれる。キリルは『美味しい保存食』計画に賛成のようだ。
「まあ、確かに変わった保存食の流通は限られているので、頂いたり手に入れても中々食べられませんね」
 半月も依頼に掛かりきりになることだってある、たまには変化がないと保存食に飽き飽きしてしまうのは事実。カーチャも自分なりに、理解できる箇所を探していた。彼女が自分で作る料理は市販の保存食とあまり変わらない味だったりするのかもしれない。
「私は断然、協力しちゃいます! 美味しい保存食のある生活って、憧れですし〜♪」
「ぼくも保存食が味気ないって言ったことあるかも、ゴメンなさいなのっ☆ 一緒に頑張っておいち〜保存食をつくるねっ♪」
 ノリノリなのも若干名。彼らは保存食の味について言及した経験がある。しかし‥‥渋面を浮かべている者もいた。
「美味しい料理を作る為の材料調達用のコネ作り‥‥それって、他人を信用してないだけじゃないかな? 信用できる食材調達の得意な人に巡り会うことで解決した方がいいんじゃない?」
「俺は、俺の力で切り開いてみせる。巡り合ってもいない、いるかいないかも解らない奴を信用なんてできるか」
 イルコフスキーの提案は、今のキーラには受け入れられなかった。巡り合いは神の導きという名の偶然によるもの。その偶然を待つ時間があるなら、キーラは自分の足で探すことを選ぶ。
「理想はわかるけどさ。おいら、料理する人はやっぱり料理の腕を磨いてほしいな」
「そのためには、貴族のお抱え料理人になるのが確実な道なのであろう? カーチャ殿ではないが、本末転倒になるのではないかな」
 首を傾げたヌアージュの言葉に、幼顔の司祭は返す言葉を持っていなかった。
「‥‥と偉そうなことを言っても、私も味にこだわった保存食を食べてみたいだけなのであるがな」
「私、お口の中でとろける様な保存食って食べてみたいです」
 ぺろっと舌を出したヌアージュと、うっとりと惚けてルンルンが言った一言がキーラの心に火を灯したことを彼らが知るのは、もう少し後の話のようだ。


●お楽しみはこれからだ!
「さてと。セーラ様も見てるし、最後まできっちりやらないとね」
「ああ、掃除のこと? 牛たちのストレスが少しでも減れば、牛乳ももっと美味しくなるかもしれないね」
 互いの手を叩いてマイアと崔那が牛舎に向かうと、すでに仲間たちが環境整備の真っ最中☆
「無理はしないでくださいね?」
「大丈夫ですよ。折角キリルさんに怪我を治していただいたんです、雄牛の氷が解ける前に隔離できる環境を整えておきたいですから」
 とんてん、かんてん。
 とんてん、かんてん。
「牝牛さんたちに怪我は残ってないみたい」
 イルコフスキーがカルルと共に飼葉を与えながら、にこにこと微笑んだ。
「それなら、ミルクを絞ってみましょうか」
 バケツを用意し、清潔な布で乳牛の乳房を拭く依頼人の息子。じーっと見つめるヌアージュの視線に気付き、やってみますか、と笑みかけた。
「いいのか?」
 うずうず。
「‥‥本当にいいのか?」
「もちろんですよ」
「おお‥‥!」
 目を輝かせたヌアージュは、恐る恐る乳牛の乳首に触れた。暖かく柔らかい手の平サイズのそれを、根元から握るように絞ると、ぴゅーっと白い液体が飛び出した。
「すごいな、湯気が立っているぞ!」
「暖かいですからね」
 興奮してまるで幼子のようなヌアージュの耳には、とんてん、かんてんという音は認識されていないようだ。
 興味津々の崔那やルンルン、カルルらもたっぷりと乳絞りを堪能し、搾りたてのミルクを味わって、頬を緩めた。
 ──確かにこのミルクは、美味しい保存食計画に必要な気がする、と。


●カルルくんの日記
 にゃっす! 今日は牧場に行ったよ〜。乳搾り、楽しかった〜♪
 キーラさんは、無事にミルクの仕入先を確保したみたい。ついでに、仔牛さんの仕入先も確保したことになるのかな?
 仔牛さんはちょっとかわいそうかも‥‥でも、マイアさんもイルコフスキーさんも言ってたけど、いつも食べてるのに今日だけかわいそうっていうのも変かなぁ〜。
 とりあえず、おいしい保存食に向けて、確実に一歩踏み込んだ気がするよぉっ☆
 おいしい保存食のメニューでも考えながら、これからもがんばってキーラさんのお手伝いするぞ、っと♪