【美食行進曲】最後の試練

■シリーズシナリオ


担当:やなぎきいち

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:7 G 96 C

参加人数:10人

サポート参加人数:2人

冒険期間:11月21日〜11月27日

リプレイ公開日:2007年12月03日

●オープニング

●キーラの保存食

 キエフの大通りに面したレストラン・コーイヌールに芳しい香りが充満していた。
「随分豪華になったもんだな」
 料理人キーラの元を訪れていた友人のギルド員は、感動とも呆れともつかぬ感想を漏らす。眼前に並ぶのはいくつかの皿。それぞれの皿に盛られたのは保存食の試作メニューである。

 柔らかめに作られた仔牛の干し肉は、噛み締めるとジューシーな肉汁が広がる。
 漁師の村から送り届けられたチョウザメの卵は、塩漬けにされて輝きを帯びている。
 フリェープとシートニクは伝統的な白パンと黒パン、ウートラの主の力作だ。
 多めに添えられるザワークラフトは野菜の塩漬け。付け合せにしてはかなり量が多い。
「ザワークラフトは、スープ用か?」
「ああ。ビーツが手に入れば料理心のない冒険者でもボルシチくらいはできるだろう」
「それでなくてもこの味なら充分なスープになるよ」
 ひょいと摘んで味わったギルド員は舌鼓を打った。ザワークラフトはこの時期にはどの家でも作る保存食であり、スープの素ともなる。そしてスープはこれからの時期、屋外で夜を越さねばならぬ冒険者にとっての命綱にもなる。食事が産む暖ではなく、身体に取り入れる暖かな食物。
「レバーペーストも付けるつもりなんだが‥‥」
「日持ちするのか?」
「小さな器に詰めて、溶かしバターで蓋をしてやれば日持ちもする。食べるときにはバターだけ取り除いてやればいい」
「へぇ。その辺の食事より豪華な保存食になるわけだ」
「‥‥でも、何だか一味足りない気がするんだ」
 やるからには手を抜かぬつもりなのか、眉間に皺を刻んだキーラはため息を零す。
 そんな友人の肩を叩き、ギルド員は励ますように笑みを湛えた。
「この依頼をこなせば、卵と鶏が手に入る。きっと役に立つよ」
「卵か‥‥それは是非、コネクションを築きたい所だな」
 遠くなったキーラの視線は、それらを使った料理を模索しているのだろうか。
 その視線がもし友人へと注がれたのなら、気付いたかもしれない。彼の表情がいつになく厳しかったことに。


●最後の関門

 その依頼を受けるべく、冒険者はコーイヌールではなくギルドへ訪れる。
 コーイヌールは主キーラが未だ料理の試行錯誤を繰り返しているため、邪魔をせぬようギルドへ訪れたのだが‥‥それは結果的に正解だったかもしれない。恐らく全員の顔に浮かんでいたであろう渋面を見られずに済んだのだから。
 それは、今回の依頼の内容がいかに難しい内容かということを示していた。
「コカトリス‥‥ですか」
 そう漏らしたのは誰だろうか。
「ええ。コカトリスが鶏の群れに紛れ込んだそうなのです。それも3匹。1匹はリーダー格なのか、少し身体が大きいようですね。下手に興奮させれば周囲の鶏を石化させかねないため、穏便に群れから離れさせて欲しいそうです」
 タロン神はよくよく試練がお好きなようである。3匹のコカトリスを相手に穏便に‥‥など、試練を通り越してただの無茶だ。
「退治してしまっても良いんだろう?」
「ええ。でも難しいと思いますよ‥‥依頼人の話だと、どうも鶏たちが庇おうとする動きが見えるようなんです」
「庇う!? 鶏が、コカトリスを!?」
 いくら鶏とはいえ、そこまで頭が悪いわけではあるまい。
「番犬がコカトリスを敵と認識しないそうです。そちらは何とか隔離して、家に閉じ込めてあるそうですが」
「待ってください! それではまるで‥‥」
 魅了されているようではないか。
 ──魅了するコカトリスなど、聞いたこともない。
「依頼人の息子さんが斧を持って襲い掛かったそうなのですが、攻撃を掻い潜って鋭い攻撃を返してくるそうで‥‥依頼人のご家族はほとほと困り果てているそうですよ」
「そりゃそうだろう‥‥」
 魅了をしたうえ、そんな強力な反撃を放つコカトリスが混じっているとなれば‥‥強力なのがリーダー格の1匹だけとはいえ、一般人には手も足も出るものではあるまい。コカトリスと判明しただけでも素晴らしいのだ。
「村の方々はどうされているのですか?」
「それが‥‥」
 100羽にも及ぼうかという鶏を放し飼いにしている依頼人は村では迷惑になるだろうと、村から外れた林の中に居を構えている。片道にほぼ丸1日掛かるというのだから、村人の協力など期待はできまい。いや、今回に限れば被害が広がらないことを喜ぶべきだろうか。
「退治か、追い払うか‥‥鶏に被害を出さずに、か‥‥」
 保存食に手が掛かっている。しかし、それを手にするのは容易なことではなさそうである。

●今回の参加者

 ea3026 サラサ・フローライト(27歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea9114 フィニィ・フォルテン(23歳・♀・バード・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb3530 カルル・ゲラー(23歳・♂・神聖騎士・パラ・フランク王国)
 eb4366 ヌアージュ・ダスティ(37歳・♀・ジプシー・人間・ノルマン王国)
 eb5183 藺 崔那(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 eb5604 皇 茗花(25歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb5612 キリル・ファミーリヤ(32歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb5631 エカテリーナ・イヴァリス(24歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb5885 ルンルン・フレール(24歳・♀・忍者・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 eb8684 イルコフスキー・ネフコス(36歳・♂・クレリック・パラ・ロシア王国)

●サポート参加者

ゴールド・ストーム(ea3785)/ クルト・ベッケンバウアー(ec0886

●リプレイ本文

●冬の中の春
 コカトリス退治へと向かう、その道中。やはり1日に数回は食事をせねばならず、足を休める機会もある。
「お約束でしたから、お弁当を作ってきました」
 しかし、エカテリーナ・イヴァリス(eb5631)がお弁当を取り出したとき、藺崔那(eb5183)は目を瞬いた。いや、その約束は確かに彼女らの眼前で交わされたものなのだが‥‥しかしキリル・ファミーリヤ(eb5612)は、嬉しそうに弁当を受け取った。
「ありがとうございます。気持ちは込められそうでしたか?」
「‥‥普段よりは食べられる程度ですので」
 それでも収穫祭で屋台の手伝いをし教示を受けたのだ、パンにバターを塗り具材を載せるだけなら殆ど失敗はないと。
「コホン、さあ我々も食事にしようではないか」
 衆人環視では可哀想かと声を張ったヌアージュ・ダスティ(eb4366)だが、保存食を紐解く間にも目はちらちらと戸惑うカーチャと笑み零すキリルを盗み見てしまう。
 その味わいは‥‥極めて平凡で褒めるところも貶すところも見つからぬ味‥‥それはカーチャも重々承知している。しかしキリルの表情は幸せを滲ませる笑顔で、それがカーチャを戸惑わせた。
「味の方は‥‥?」
「胸が温かくなる味ですね。努力が伝わってきます」
 指先に刻まれた小さな切り傷を、そっと手を取って癒されて、カーチャは伏せた視線を逸らせた。
「うう、いいなぁ‥‥ラブですよラブ!」
 うっとりと目を細めたルンルン・フレール(eb5885)にうんうんと頷くヌアージュ。サラサ・フローライト(ea3026)の目には言うほど愛の篭ったシーンには見えぬが‥‥それが彼女が恋愛に興味がないからか、ルンルンが並々ならぬ興味を抱いているからか、この食事中に判別することは叶わなかった。

●冬の中の秋
 村からも遠く離れた森の際、未だ雪に覆われぬ地。
 木製の質素な柵に区切られて家の裏手に広がるは、夏場には青々とするであろう牧草地。
 数十の鶏が、そこに放たれていた。
「おお、いるいる」
「え、何?」
 皇茗花(eb5604)は予想外の所から発された疑問符に苦く笑い、首を振る。
「いや、イルコフスキーではなく」
「茗花さんはコカトリスがいるって言いたかったのでは?」
 フィニィ・フォルテン(ea9114)の言葉にイルコフスキー・ネフコス(eb8684)が合点が行ったと頷く。考えてみれば彼をイルイルと呼ぶほど二人は親しくない。
 改めて視線を投げれば、誰の目にも明らかに鶏でない変な生き物が3匹。鶏の足に鶏の頭。でもそれを繋ぐ首や長い尻尾は明らかに蛇。翼に至ってはまるで蝙蝠である。
「凄い‥‥絵に描いたようなモンスターだね」
 カルル・ゲラー(eb3530)が唖然とするのも当然だろう。その隣ではサラサも呆気に取られている。
「どこをどうしたら共存するんだ‥‥」

 のどかな風景と同化するが如く時間が止まり──呆然と眺めること数分。

「こうして眺めていてもしかたありませんね、取り掛かりましょうか」
 キリルの声に我に返り、柵の外にテントを張る許可を貰うと早速下準備に取り掛かる。
「コカトリスって名前は有名だけど、意外に知られていないんだね」
 崔那の呟きにフィニィが憂い顔で頷いた。彼女のゴールドが調べた範囲では薬草で防ぐことは叶わず、彼女やサラサらの知る伝承はコカトリスの恐ろしさしか詠わぬ。彼らの中で最もモンスターの知識が豊富なルンルンですら、コカトリスの石化を解く方法は知り得なかった。特殊な草を食べるという伝承がないわけではないが──伝承に伝わる草は伝承の中にしか存在しない草。石化を解くことができるというウィザードがキエフにいるようだが、その費用は月道使用量に匹敵する莫大な金額。
「石の中の蝶に反応はありませんね‥‥」
「じゃあ本当に、周りを魅了するコカトリスってことなんだね」
 フィニィの指輪に変化はなく、イルイルは思案顔になる。同族のカルルを振り返ると、彼は任せておけと親指を立てた。カルルは人懐こい笑顔を浮かべて、依頼人を見上げ尋ねた。
「あのね、鶏さんの餌場を作って引き離したいんだけど‥‥場所と餌をもらってもいいかにゃー?」
「構いませんが‥‥あの、鶏もあのモンスターも同じものを食べていますよ?」
「鶏さんの餌を食べちゃうの? 違うもの食べたりしないの?」
「ええ‥‥少なくとも私は目立って違う物を食べている所は見ていないですね」
 伝承に一分の真実が含まれている可能性に賭けたのだが、現実はそう甘くない。なおも食い下がるカルルに、色よい返事は与えられず──行方を見守る崔那とイルイルは顔を見合わせた。
「‥‥なんであれ、全力を尽くすだけだよ」
「うん。恐い相手ではあるけど、負けられないよね」
 できることからコツコツと。それが彼らの身上であり、信条である。

●冬の中の羽毛
 物憂げな表情で柵に凭れる女性が一人。褐色の肌にいつも浮いているバイタリティは形を潜めている。
 視線はひたすらコカトリスと鶏の上を往復し、他に注がれることはない。そしてその口からは絶えず言葉が漏れている。
「うまい保存食まで、あと少しだな。ん、楽しみだ。保存食とはいえ、素材は豪華だからな、さぞかしうまい味がするのだろうな」
 見つめなければならない現実と、目を逸らしたい現実が交錯しているのだろう。キーラの料理を思い出すとじわりと唾液が湧く。のびのびと育てられた鶏や卵の味を想像すると、目尻が緩やかに垂れ下がってくる。
「卵は使われるのだろうかな? うむ、楽しみだ」
 そんなヌアージュであるが、僅かな違いも見逃すまいとするその瞳は鶏とコカトリスから逸れる事はない。
「コカトリスの味は鶏に似ているのだろうかな」
「そろそろ帰ってきてください、ヌアージュさん」
 カーチャの声が冷たく断じる。馴染んだ仲間を相手にするとより一層言葉が鋭くなる気がするが、ヌアージュもそれは既に把握していることで。まだ役に立てる情報はないのだが、と僅かに朱の差した頬を掻いた。
 ヌアージュが戻ると、羽毛の塊──もとい鶏たちを背景に、仲間たちが情報交換の真っ最中。しかし、これといって有益な情報は入手できず仕舞いだったようだ。
「犬にリシーブメモリーを掛けさせてもらったのだが‥‥魅了の原因となりそうな特殊な行動は見られなかった」
「しっかり息もしてますし〜‥‥よっぽど格好いいのか、何か別の存在なのか不思議だよね」
「強いていうなら前者だろうな」
 ルンルンの言葉にサラサは頷く。件のコカトリスと他のコカトリスとの違いは、その佇まいが目を引くか否か──それだけなのだ。
「それってヒントにならいよー! ノーヒントは流石に辛いなぁ」
 最前線の担当が確定している崔那は天を仰ぐ。石化を解く手段は噂に過ぎず、防ぐ手立てはない──それは彼女に死ねと言っているようなものだ。
「ダーシャンにも前線を担わせてくれ」
 ストーンゴーレムならこれ以上石化のしようもあるまい、と茗花が提案する。
 それぞれの分担を決め、善は急げとばかりにひらりと柵を乗り越えた‥‥テリトリーに侵入された鳥たちの視線が一斉に注がれる‥‥

●冬の中の石像
「セーラ様、おいらたちを護って‥‥!」
 イルイルのホーリーフィールドが自陣を確定すると、各々が戦闘を補助する魔法の詠唱に入る。レジストメンタルが、オーラエリベイションが、グッドラックが、オーラパワーが、冒険者たちを支援すべく包み込んでいく‥‥
「私が幻惑する、接触するまでに準備を完了させてくれ」
 サラサの使用したのは鶏の締め方をイメージしたイリュージョン。しかし、コカトリスの動きをほんの刹那止める効果しか持たなかった。フィニィが眉を寄せる。
「抵抗されたのでしょうか?」
「いや、わからない」
 頭を掴んでぐるぐる回し引きちぎる──そんなことをすれば手から石化することをコカトリスが知らぬわけがない。クリーチャーという不可思議な生物故か魔法に強いことも判明している。しかし、何れの理由にせよコカトリスに効かなかったという事実だけは揺らがぬ。フィニィとサラサは頭を切り替え、ワイナモイネンの竪琴での足止めに戦法を変えた。
 爪弾くフィニィの髪が音と共に風に靡き、鶏たちは聞き入るように足を止めた。
 そろり、そろりとコカトリスめがけて崔那とヌアージュ、カーチャ、キリルは鶏の中を抜けていく。鞘から抜いた剣が盾や鎧にぶつかり音を立てぬよう、細心の注意を払い──しかしコカトリスは竪琴に惑わされず、冒険者を敵と見定めた!
 ガチョウのような鳴き声と共に、その一匹が崔那を襲う!!
(カウンター喰らうと危ないな)
 余裕を残して避けながらも、予想より鋭い攻撃に内心で舌打ちする。
「くっ!」
 二発の攻撃を喰らわせたものの、手数の多いコカトリスの三撃目がついにカーチャの柔肌を啄ばんだ!!
「カーチャさん‥‥フィニィさん!」
「無理です‥‥!」
 キリルの声に首を振るフィニィ。これだけ騒ぎが広がってしまえばワイナモイネンの竪琴は効果を発揮しない。カーチャは構えた剣を槍の如く貫くことだけに使うことを決めコカトリスを狙う!
「ダーシャン、コカトリス迎撃せよ」
 メダルを握り締めて命ずると、ゴーレムはその命を果たすべく稼動を始める。
「クチバシコワイコワイ、セキカコワイコワイ」
 うわ言のように呟きながらヌアージュは紙一重でコカトリスの攻撃を避ける。嘴にだけ神経を注いだヌアージュに攻撃が当たらず、コカトリスは一声鳴いた。
「パックンちゃんGO‥‥修行の成果今ここに!」
 ルンルンに召喚された大ガマがヌアージュに集中していた一匹に痛烈な一撃を浴びせる!!
「ホーリー!」
「コアギュレイト!」
「スリープ!」
 ここぞとばかりに後衛から支援が飛び、それでもヌアージュに固執した一匹はルンルンと大ガマのコンビネーションによって息の根を止められた。

 しかし、混戦は冒険者に想像以上の不利益を齎して──

「──!」
 援護をしていたオリヴィエがコカトリスの一撃に沈む。衝撃によろめき結界から踏み出した飼主をカーチャが庇う!
「危ない!」
 そのカーチャも動かぬ彫像と成り果てる。回避を知らぬゴーレムも文字通りの石像と化していた。
「出てくるなと‥‥!」
 騒々しい鶏の鳴き声に顔を出した依頼人の幼子。ヌアージュは誰よりも、その命を重んじ‥‥身を投げ出した。
「家に、──」
 幼子は目を丸くし、ぼろぼろと涙を零して走り去る。
 しかし、中核を担うべき崔那とボス格のコカトリスの一戦は逆に動きがないままだった。どちらも相手の攻撃を待つかのように微動だに似せず、埒があかぬ。
「‥‥隙を作ります!」
 意を決したキリルの攻撃が背後からコカトリスを狙う!!
 しかしボスとして並々ならぬ警戒心を抱くコカトリスに死角などなく、紙一重で交わしたコカトリスはその嘴でキリルを射止める‥‥!
「喰らえ、龍咆!!」
 捨て身で作られた隙を見逃す崔那ではない。
「絶対に助けるから!!」
 一撃の元に生命の灯を吹き飛ばした崔那の必死な言葉を耳に、微笑みを浮かべたままキリルも彫像と成り果てた。
 我に返った鶏が逃げ惑う中、カーチャの一閃で3匹目のコカトリスの首が、宙を舞った。

 その後、吹き出した血を浴びたヌアージュの石化が解けた様を目にしたカルルの機転により3人は石化から回復した。

●冬の中の口福
「ご覧のとおり、卵もきっちり入手してきたぞ」
 待ちわびていたキーラへと胸を張るヌアージュ。自分の手で好物の卵料理の未来を拓いたのだから当然だろう。
 だから‥‥その卵がソースになると聞き一番落胆したのもまた彼女だった。
「確かに、卵料理はあまり保存に向かぬと思うが‥‥」
 しょぼん。
 精彩を欠く友の肩を叩き、崔那は言葉無く慰めた。

 そして、冒険者の勢いを殺いだ物がもう1つあった。

 しばしの後、すでに完成形に近かった保存食にソースが添えられ冒険者に2食ずつ手渡された。しかし、保存食の数はぴったり20食。つまり──
「ええ!? 試食はできないんですかぁー!?」
 この世の終わりとばかりにルンルンが叫び、崔那も落胆を隠し得ぬ。イルイルもまた大きく肩を落とした。
「ルンルン殿はまるで餓鬼道に落ちた者のようだな」
「何ですか、それ」
「お師匠殿に聞いてみるといい」
 首を傾げるルンルンに小さく笑みを零し、茗花は「どうする」と仲間を振り返った。
「では、私の分を1食提供しよう」
 保存食をバックパックに仕舞いかけていた手を止めて、サラサが頷く。様々な器の重さか水分か、通常の保存食に比べ随分と重量があるのが特徴のようだ。
 卵は──酢や調味料と合わせ、クリーム色のもったりとしたソースになっていた。
 10人という人数で分けるのだから、1人当たりはとても少ない。しかし‥‥それでも、一口、また一口と含む度に沈黙が場を支配して行く。
「‥‥凄いな。材料入手の経緯と合わせて一曲出来そうだ」
 漸くこぼれたのは、サラサの一言だった。その曲を歌いたいのはフィニィも同様なのだが、思い浮かぶ言葉がないのだ。そんなフィニィにカーチャの鋭い一言。
「黙っていてください」
「‥‥ええと」
「言葉が出ないということもありますから。曲は、作ったときに聞かせてください」
 唖然とするフィニィにキリルがさらりとフォローする。もちろんですと微笑んだフィニィを横目に、イルイルはキーラに尋ねた。
「今後どうするの?」
 新しいものを作ることは大変で、それを維持することは更に大変なこと。それは解っているのだが‥‥
「僕としては、ぜひ更なる高みを目指してほしいな」
「君はまるでタロン神の使徒だな」
 小さく笑うキーラは、しかし多くの人の口に料理を運ぶという当初の目的を果たし、充分に満足していた。不服そうなイルイルに、キーラは静かに首を振る。
「保存食を作っても、扱ってくれる店がなければな。エチゴヤやドゥーベルグ商会と交渉してみるつもりだが‥‥これが軌道に乗るまでは他の仕事は無理だ」
「それもそうだね」
 それが難しいことはイルイルも承知している。そして手を伸ばすが──試食用に供された保存食は、すでに姿を消していた。スッと立ち上がった茗花がキーラに右手を差し伸べる。
「美味しい物を求める為なら我ら再び何度でも冒険に出ると誓おう」
「その時は、よろしく頼む」
 キーラが強く手を握り返した。食べ物の前に、美味しい料理の前に垣根などない。人々はただ高みへ昇るべく手を取り合う‥‥いずれまた、手を組む日が来るだろう。そこに食べ物がある限り。

●カルルくんの日記
 皆が石化しちゃった時は、どうしようかと思っちゃった〜。早く片付いたからペットさんたちもキエフに運べて、みーんな元通りのはっぴーえんど☆
 それで、やっと辿り着いたおいち〜保存食は、ザワークラフトをスープにするのがツウの食べ方だって、キーラお兄さんがこっそり教えてくれたにゃ〜。食べる時に試してみようっと♪