【美食行進曲】嘆きのウートラ

■シリーズシナリオ


担当:やなぎきいち

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:7 G 23 C

参加人数:10人

サポート参加人数:4人

冒険期間:09月05日〜09月10日

リプレイ公開日:2007年09月15日

●オープニング

●新たなる任務

 食事の手を止め、癖のある赤毛の女性が唸った。
「最近、キーラ殿からのお呼びがかからぬな‥‥」
 キーラというのは懇意にしているレストランの主の名だ。冒険者の集う酒場・スィリブローの食事も悪くは無いが、半ば貴族に召し抱えられているキーラのそれに比べればどうしても落ちる。『味に拘った保存食』の作成に係る最低限必要なものリストに卵が入っていたため、卵スキーとして意気だけは昂揚していたのだが、それもひと月ともなれば息切れし始めるのも道理。
「それだけ平和だということです、良いことだと思いますが?」
 度々神聖騎士と間違われる女性騎士が、今日も背筋を伸ばしてそう語る。デビルの跳梁が目立ち始め、追随するようにモンスターの動きも活性化している昨今だ、コーイヌールの主には申し訳ないが農家や商人が安全なのだと思えば食事など二の次でよい、と生真面目な彼女はそう思う。
「実は、料理が作りたくないだけだったりして」
「女は愛嬌ですよ、料理の腕はその辺でカバーすればいいんですっ」
「‥‥私に愛嬌を求めるんですか」
「大丈夫、彼なら多少足りなくても目を瞑ってくれるよ♪」
 華国の装束に身を包んだ女性──というには少々面立ちが幼く、少女というにはメリハリがある──と花の名を持つ仲間が愉しげに笑うと、白い装束を纏った騎士は重い空気をまとって溜息をついた。
「楽しそうですね」
 声をかけたのは穏やかな笑みを湛えた神聖騎士風の男性──いや、こちらはれっきとした神聖騎士、である。フォークで皿に残った鶏肉を転がしながら、赤毛の女性がにんまりと笑う。
「噂をすれば何とやら、だな」
「何か、僕のことを話されていたのですか?」
「女同士の内緒話だよ」
 華国の少女がウィンクした。こう言えばフェミニストな彼はそれ以上突っ込めない──のだが、そんな所まで計算しての発言ではないようだ。
 案の定、青年は困惑の滲む笑みを浮かべたが‥‥本来の用事を思い出し、凛々しく表情を引き締めた。
「キーラさんから連絡がありましたよ。今回は少々厄介な状況になっているようです」


●表層の難題

 何が違うのかときかれれば、答えは明白──現在進行形で人の命がかかっているという一点において、今までの依頼とは全く状況が異なっていた。
「貧民街に近い場所に、ウートラという店がある」
 朝を意味するその店は、その名の通り早朝から店を開けていた。立ち並ぶ他の店よりずっと早い時間から。‥‥言い忘れていたが、ウートラはパン屋である。貧民街をターゲットに、薄利多売どころかツケを快諾し商売をする、その姿勢は素晴らしい。もちろん踏み倒されることなど日常茶飯事で、ウートラは赤字の日の方が圧倒的に多かったが‥‥幸せだった。
「その店と契約の交渉をしようと考えた日に、その依頼があったんだ。解決しないと、交渉もできないからな」
 愛想の悪いキーラが他人のことで肩を落とす程に、状況は悪い。
 事の発端は、ウートラの主人が目に入れても痛くないほど溺愛している愛娘が行方不明になったこと。遊びに出かけたきり戻らない愛娘。貧民街に住む子供達と遊び、夕方になって別れたことまでは判明しているのだが、以降の足取りは不明。
 一晩程度なら誰かの家に転がり込んでいる可能性もあるだろう。けれど、そうは問屋が卸さなかった──既に三日が経過している。
 娘はふわふわした赤毛の愛らしい少女。屈託なく笑い、素直に育った、人見知りはしないがちょっと泣き虫で、誰からも愛される少女だと──近所や貧民街の者達は語る。つまり、少女は恨みを買うような人物ではない。
 赤字の方が多いというのは誰の目にも明らかで、金銭目的とも考え難い。
「パン焼き職人としての腕を妬まれた、のでしょうか」
 神聖騎士が首を傾げたが──脳裏に浮かぶ名前に眉根を寄せた者もいた。

 貴族間の悪しき風習に蔓延り、彼らから黙認される商売
 生半可な貴族より金回りの良い裕福な商人──ジュガノフ

 否定するように頭を振った女騎士を不審げに見遣りつつ、キーラは条件を付け加えた。
「交渉が成立するよう、それとなくコーイヌールの株を上げておけばベストだな」
 表層は難題だが、潜伏する真の依頼もかなりの難題だった。

●今回の参加者

 ea3026 サラサ・フローライト(27歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea3190 真幌葉 京士郎(36歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea9114 フィニィ・フォルテン(23歳・♀・バード・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb3530 カルル・ゲラー(23歳・♂・神聖騎士・パラ・フランク王国)
 eb4366 ヌアージュ・ダスティ(37歳・♀・ジプシー・人間・ノルマン王国)
 eb5183 藺 崔那(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 eb5612 キリル・ファミーリヤ(32歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb5631 エカテリーナ・イヴァリス(24歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb7876 マクシーム・ボスホロフ(39歳・♂・レンジャー・人間・ロシア王国)
 eb8684 イルコフスキー・ネフコス(36歳・♂・クレリック・パラ・ロシア王国)

●サポート参加者

ゴールド・ストーム(ea3785)/ 以心 伝助(ea4744)/ シャリン・シャラン(eb3232)/ 鳳 令明(eb3759

●リプレイ本文

●コーイヌール

「むむむ、最近は動物退治が続いたから今回も、と思っていたが、人探しか」
 予想が外れ、ヌアージュ・ダスティ(eb4366)は唸る。矢を確認していたマクシーム・ボスホロフ(eb7876)が手を休め、頷いた。
「しかも、手掛かりは無いときているからな‥‥厄介だ」
「こういうときはまず落ち着かねば」
 とりあえずと、取り出した保存食を食べようとしてフォークをかじるヌアージュ。動揺を通り越しているのだろうか。そっと肩を叩き、フィニィ・フォルテン(ea9114)が宥めた。
「落ち着いてください、ヌアンジュさん」
「う、うむ。落ち着いているぞ」
 わざと呼び間違えたフィニィはそれにすら気付かぬヌアージュに困惑し、やれやれと藺崔那(eb5183)が保存食を取り上げた。
「はいはーい、そこまで! 食べても解決しないでしょ。もったいない食べ方しないのっ」
「腹が減っては戦はできぬぞ?」
「さっきスィリブローで食べたばっかりだよ、これ以上は眠くなるだけ!」
「眠くなると、考えるの嫌になっちゃうよぉ〜?」
 カルル・ゲラー(eb3530)がぴっと指を突きつける。既に考えるのが嫌になっているなんて言い出せるはずもなく、ヌアージュはしゅんと背中を丸めた。
「‥‥この状況では料理どころではないので、またの機会に。すみません」
 急転直下の状況に、約束を反故にしてしまったとエカテリーナ・イヴァリス(eb5631)が謝罪するが、キリル・ファミーリヤ(eb5612)は「ああ」と手を叩いて小さく微笑んだ。
「気にしないで下さい。この状況では僕も味などわからないでしょうからね」
「ウートラに話を聞くことから始めるとするか。行くぞ」
 早いうちに1つでも多くの情報を得ることが有益と踏み、マクシームは率先してコーイヌールを後にした。
 追随しようとしたイルコフスキー・ネフコス(eb8684)はふと足を止め、十字を切った。

 ──神様、おいら頑張るよ。


●情報屋

「娘は必ず見つけ出す。私達に任せろ」
 ウートラの主人へそう言いきったサラサ・フローライト(ea3026)の調査は、友人伝助を巻き込んだものとなった。
 頼りにしているという言葉の重圧に耐えた情報屋の耳に届いた中には、組織立った人身売買の情報はない。
「日数が限られていたからか?」
「というより『無い』んでやすよ」
 伝助の耳に届く、人身に関する組織立った話は『身寄りの無い子供や収入の関係で手放された子供の後見人となり、しっかりとした教育を受けさせ、身分ある者の養子に出す』──そんな慈善事業。
「最終的に養子に迎え入れるのは跡取に困った貴族‥‥と、あっしの見解では政略結婚の手駒にされたケースもありやすね。まあ、あくまで『身寄りのない子供に教育を』『不幸な子供を養子に』という活動っすけども」
「身寄りのない子供が、本当に孤児なのか誘拐されてきたのかは解らない‥‥ということか」
 ご明察、と伝助は呟く。人身売買と仮定した場合、『後見人』が『仲介人』に当たるだろうか‥‥テレパシーを詠唱したサラサは、フィニィが効果範囲内にいないことに気付き小さく舌打ちをする。
『サラサさん』
 その時、折りよくフィニィからテレパシーが届いた。状況を尋ねる声に、ちらりと伝助に視線を流しサラサは応える。
『人身売買の組織はないようだが‥‥一歩間違えば人身売買になりそうな組織はあったぞ』
 たった今受け取ったばかりの情報の全てを中継のフィニィへ送ると、サラサは不器用に謝礼を口にする。
 借りがあるので料金はいりやせん、と指に嵌った輝きを示され、再度礼の言葉を口に乗せ、別れた。
 後姿を見送りながら、サラサは人知れず呟く。
「アルフリーデ‥‥」
 それは過去を呼び覚ます‥‥ウートラの娘の名。


●貧民街・1

「ごめんね、お日様は何も知らないみたい」
 テレパシーが終わるのを待ち、項垂れながらサンワードの結果を伝えたシャリンへ、それが解っただけでも助かりますからと柔和な笑みを零して、フィニィは頭を下げた。
 そして改めて、仲間達へサラサから得た情報を伝達する。
「お金も怨恨の線もないみたいだから、娘さんがすっごく可愛いというのがミソなのかもっ」
 ウートラでそういっていたのはカルルだったか。店や主人、その家族の話や周囲の聞き込みに寄れば、店の売上は少なく、恨まれるような覚えも無ければ素行の悪さもない。‥‥となれば、真実味を帯びてきたのは、誘拐の線。
「‥‥ジュガノフ」
 そのシステムから連想された名を口の端から零し、カーチャが唸る。
「シュガノフか‥‥その名、以前にも少し聞いたな」
 忌々しい過去、ジュガノフの後見を受けベールイ女子修道院に預けられた少女について言葉少なに語るカーチャへ真幌葉京士郎(ea3190)が驚くべき事実を告げた。同じ名の少女が婚約披露の席上でデビルの襲撃を受けたということ。
「もっとも、あれはツェツェリフという家の娘だったが」
 情報と記憶の連鎖が生じる。キリルが王城で目にした紋章。あれは確か──
「ツェツェリフ? 豪商じゃないですか。息子さんは赤天星魔術団の出世頭ですよ。そういえば、少し前に養子縁組をしていますね‥‥」
 赤天星魔術団といえば、ルーリック家直属の魔術団である。システムを完全に瓦解させるには一介の冒険者では役不足だと悟り、崔那はやるせなく溜息を零す。
「また大人の私利私欲の為のものだったりするのかな‥‥。そうだったら許せないよ」
 けれどその手は、虚しく空を掴むばかり‥‥。
「ゴールドさん」
「解ってる、どこまで出来るかわからねぇが調べてやるぜ」
 立ち去ったゴールドと入れ替わりに合流したヌアージュが、新たな情報を齎した。
「大きな箱を持った者は見かけなかったようだが、子どもなら簡単に入ってしまうような大きな袋を持った者なら見かけたらしいぞ」
「本当か。行き先は」
「大通りの方だそうだ」
 皆まで言わせず放たれたヌアージュの言葉に、身を翻した京士郎はまだ知らない。
 冒険者もまた、大きな荷物を持つ者だということを。
 ‥‥目撃情報を辿って到着するのは冒険者ギルドだということを。


●ウートラ・1

「‥‥‥」
 組んだ手に額を押し付け、アルフリーデの無事を祈るフィニィ。ゴールドの情報によれば、ジュガノフの屋敷に大きな動きはない。しかし、氏は商売の都合で9月10日の未明にキエフを発つという。彼が絡むのであれば、それまでに動きがあるはずで──猶予はない。
 しかし、頼みの綱のダウジング・ペンデュラムも日々移ろいゆく貧民街に正確な地図がないため役に立たず、空気を嗅ぎ分けるタイプの崔那の犬たちが探るには時間が経ちすぎていて‥‥有益な情報が少ないまま三日もの日数が経過した。
 心労は限界を覗かせはじめ、ウートラの主人の顔にも心労の中に諦観と絶望が現れはじめた。
 ふっくらとした小さな手で年季の入った手を握り、笑顔を絶やさぬままカルルは励ます。
「ぜったいぜったい連れ帰ってくるねっ! おじさんに笑顔を取り戻すって、約束するよっ」
 それは約束。
 そして自らへの誓い。
 ──原動力が食欲だとしても、真摯な態度に偽りはない。
 そのとき、ウートラの扉が激しい音を立てて勢い良く開かれた!
「フィニィ嬢、当日遊んでいた娘が見つかった、サラサ嬢へ連絡を頼む!」
 駆け込んできた京士郎。カルルは励ますように主人の背をぽんぽんと叩き、フィニィは表情を引き締めて詠唱を開始した。


●貧民街・2

 時は少しばかり遡る。
「貧民街絡みの少女の誘拐自体は珍しいことじゃないし、親が誰かわかっての誘拐じゃない可能性も結構あると思うんだよね」
 悲しいかな現実を知るイルイルは、冷静に分析していた。
 そして過去に貧民街で行方不明になった者──決して数は多くなかったが、彼らが見目麗しく聡明だったことを突き止めた。
「貴族なんてのはな‥‥!」
 貴族に敵愾心を抱く者たちの口を開かせるのに要した三日間。幼さが紗を掛けているが、イルイルの物腰は聖職者のもの。その揺るぎない眼差しに射抜かれて、無神論者と成り果てていた男たちも居住まいを正したのだ。
 行方不明になった子供たちの親は、総じて数日で捜索を打ち切り──口をつぐんで貧民街を出て行った。何があったのかなど、自明の理である。
(つまり、アルフリーデさんには誘拐される素養があった、っていうことかな‥‥)
「その前後で、怪しい人を見かけたとかいう話はないかな」
「‥‥そういえば、冒険者らしい3人連れを見かけたな。時々見る顔なんで気にしてなかったが、時々挙動不審の時があるぜ」
 逸る心を抑えて一頻りの会話に付き合ったイルイルが酒場を出ると、日は傾きかけていた。立ち話をしていた男が片手を上げ、話し掛けてきた。下町風の面立ちが周囲に溶け込ませていた、マクシームである。
「何か解ったのか」
「犯人は冒険者かもしれないんだ。3人連れの‥‥」
「‥‥戦士が二人にウィザードが1人か?」
 どうしてそれを、と目を丸くした司祭へ、マクシームは言葉を交わしていた男達を示した。
「今その話を聞いてたんだ。そういえば、やけに警戒して歩いてるときがある──ってな」
 しかも、面倒見がよく、子供たちの遊び相手も勤めていたとくれば限りなく黒に近い。
「おいらも少し話を聞ける?」
「大丈夫だろ」
 小声の会話を切り上げた時、マクシームの脳裏にフィニィの声が届いた。
『マクシームさん。当日の目撃情報を京士郎さんが』
『悪い、俺とイルコフスキーは少し遅れる。場所だけ教えてくれ』
 掴みかけた尻尾をみすみす手放す自虐的な趣味など、ない。


●貧民街外れの小屋・1

「ここだ」
 ぐらりと傾いだサラサの身体を京士郎が抱きとめた。太陽が頭上から降り注ぐ、4日目の昼日中。
「無理をさせてしまったか‥‥すまない」
「いや、大丈夫だ」
 惨劇の目撃者は、再び惨劇を目撃せずに済んだことに安堵しつつ、男の胸板から身を起こし気丈に大地を踏む。
「すみません、テレパシーは届かないようです‥‥」
 物陰に身を潜めたフィニィがテレパシーを使ったが、アルフリーデからの返答はない。
「目視もできませんし、面識もありませんから、仕方ないですよ」
 魔法に頼りすぎたかと猛省するフィニィには、キリルの慰めも空しく響いた。
「ここには生きたまま連れて来られている。連れ出された痕跡もない」
 魔力が底を尽きそうなサラサ、それでもいつ倒れても困らぬようにと調べた情報を共有することは忘れない。
「‥‥本当にジュガノフは関わってるのかなぁ」
「想像はしていましたが、評判は良いですね。慈善活動に私財をなげうち、貧困に喘ぐ市民を救うと‥‥」
 崔那の言葉にカーチャは小さく語った。炊き出しを行うこともある。ベールイ女子修道院が貧民街へ配った聖夜祭のプレゼントは、彼の私財で賄われていたと知った崔那の胸中は複雑だった。
 こっそりと様子を伺っているうちに、偵察に向かっていたマクシームが足音を忍ばせて戻った。
「扉は正面と裏の2箇所だな。人数は3人より多いかもしれない」
「ふむ‥‥夜を待ったほうが懸命かもしれんな」
 ヌアージュが返す。順に見張れば裏をかかれて引き渡されることもないだろう。
「助け出すのはこれからが本番だね」
 静かに闘志を滾らせた武道家が拳を握った。白く、筋が浮くほどに。


●貧民街外れの小屋・2

 入り口付近に佇んでいた二人が昏倒した。
「今のうちに」
 眠りの水底に叩き落したフィニィが仲間の背を押す。しかし、異変を察知した冒険者が小屋から矢を放つ!
「させないよっ!」
 展開されたイルイルのホーリーフィールドが矢を弾く!!
(本当に何故、子供に関わる事が多いのでしょうか‥‥)
 虹色を靡かせる剣、カーチャが結界から飛び出した! 一瞬早く、煌めく剣がカーチャを捉え──
「危ない!」
 マクシームのダガーが寸分違わず戦士の腕を貫き切っ先を逸らす! その隙を逃さず、カーチャの剣が男を打ち据えた!
「ここは私に任せろ!」
 決して大きくはない身体で大の男を締め上げながら、ヌアージュが叫ぶ!
 深紅の髪を風に遊ばせながら、舞うようにその背を守る京士郎。
 その激しい攻撃は、裏口から進入する仲間たちから気をそらせるためのものだった。

 不意に、アルフリーデを締め付けていたロープがちぎれた。
「大丈夫?」
 虚空から降り注ぐ声は幼さを残す少年の声。パラのマントで身体を覆っていたカルルがロープを切ったのだ。
「今助けるからね」
「そうはさせねぇ!」
 飛び込んだキリルが見たのは、カルルに声と共に襲い掛かる雷光!!
(子供たちとの約束、破るわけにはいきません!)
「アルフリーデさん!!」
 咄嗟に少女の身体を突き飛ばしたキリルの身体を、カルルもろとも雷光が貫いた!!
「くぅっ!!」
「喰らえ、双龍爪!!」
 キリルの影に小柄な身体を隠していた崔那の華麗な一撃が、ウィザードの意識を吹き飛ばした。
 倍ほどの戦力差があれば小さな小屋が落ちるのも早い。崔那は証拠となる品を探したが‥‥何が上がっても、ジュガノフには辿り着けないのだと。頭の隅で、冷静に感じる自分がいることを否めなかった。


●ウートラ・2

「パパ!」
「アルフリーデ!! ありがとうございました‥‥!」
 アルフリーデを抱き締めたウートラの主人は、これで何度目だろうか、またも深々と頭を下げた。
 京士郎はその頭を上げさせ、小さく笑った。
「なに、無事で本当に良かった」
「しかし‥‥本当に、お礼はいいのですか?」
「私達はコーイヌールに雇われた冒険者だ、気にしないでくれ」
「コーイヌール?」
 何故コーイヌールの名が出るのか解らず、ウートラの主は眉を寄せる。その変化に気付かず、京士郎は精一杯遠まわしに、コーイヌールを売り込む。
「‥‥この店のパンは美味いな。いつか冒険中でも楽しめるようになったら‥‥ああ、キースという者が美味しい保存食を作ろうとしている、もし縁合ったら協力してやってくれ」
「キースではなくて、キーラ殿だぞ?」
「っていうか直球すぎない?」
 微笑んだ京士郎にヌアージュが突っ込み、依頼中さり気なくコーイヌールを売り込んでいた崔那がずんばらりと一刀両断にする。頬を赤らめた京士郎の横で、空気を読めず更に直球のサラサ。
「うむ、報酬の代わりといってはなんだが、今後コーイヌールをよろしく頼む」
「うわ、サラサさんっ!」「ここでそうくる!?」「剛速球‥‥」
 ぐらりと傾いだ冒険者の視界の中で、ウートラの主が戸惑いながらも頷いた。
「お礼といえばパンくらいしか用意できませんし、キーラさんと改めてお話させていただきましょう」
 これは今日のお礼です、後でご賞味下さい、と白く柔らかなパンを配り‥‥止められるのも聞かず、またしても深々と頭を下げた。


●カルルくんの日記

 はあ、い〜っぱい頭使ったら疲れたにゃー。
 特製のとびっきり美味しいパンも貰ったし、今日は早く寝よっと♪