【護衛騎士】偽リノ戦

■シリーズシナリオ


担当:やなぎきいち

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:5 G 55 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:09月20日〜09月25日

リプレイ公開日:2007年10月01日

●オープニング

●冒険者ギルドINキエフ

 広大な森林を有するこの国は、数年前より国王ウラジミール一世の国策で大規模な開拓を行っている。
 自称王室顧問のラスプーチンの提案によると言われるこの政策は、ラスプーチンの企てたクーデターが潰え、彼がデビノマニと化した後も‥‥まるで壮大な協奏曲の如く彼の存在を誇示しながら、皮肉にも国民の希望となり支えとなり続けていた。
 けれど希望だけではどうにもならないことが多いのも事実──特に、反逆の徒ラスプーチンが姿を消した『暗黒の国』とも呼ばれる広大な森の開拓は、そこに潜む膨大で強大なデビルたちが存在の片鱗を見せた今、従前から森に棲んでいたモノたちとの衝突以上の恐怖を伴うこととなった。
 そして、それは終わらない輪舞曲。広き森を抱き開拓へ希望を抱く公国、歴史ある都市を築き上げ開拓の余地のない公国、牽制しあう大公たちの織り成す陰謀の輪は際限なく連なっていく。まるで、それがロシアの業であるとでも言うように。
 不穏と不信、陰謀と野望。それらの気配を感じた人々や、それらを抱く人々による冒険者への依頼も増え、皮肉なことに冒険者ギルドは今日も活気に溢れていた。もっとも、夫婦喧嘩の仲裁や、失せ物探し、紛争の戦力要請など種々多様な依頼が並ぶ状況に変わりは無いのだが──‥‥


●謎の依頼人ペトルーハ

 粗末ながらも清潔さを感じさせる衣服を纏った少年──と呼ぶには少々年嵩のある男がギルドのカウンターに腰掛けていた。黒い髪を細かく結い上げているが、線はあまり細くない。そしてロシアの多くがそうであるように、彼もまたハーフエルフのようだ。以前ペトルーハと名乗った、彼である。
「先日は助かった、冒険者もなかなか侮りがたいものなのだな。勉強になった」
 表情を見る限り手放しで褒めているようではあるのだが‥‥悪意の感じられない表情から冒険者という珍しい存在に対し勉強になったと本当に思っている様子でもあるのだが、三つ編みヒゲのギルド員は引退冒険者という経歴が手伝ったか、やはりあまり好意を抱けなかったようだ。いや、どこかで見たような気がしていた少年の素性が未だに思い出せないという苛立ちもあったのかもしれない。
 しかし、そこは仕事と割り切って三つ編みのヒゲを撫で、ギルド員は少年に今回の依頼の内容を尋ねた。
「秋に大きなお祭りがあるという噂を聞いたんだが、その際の護衛をお願いしたくてね」
「まだ日数はありますが、今から‥‥ですか?」
「事前に、その実力を見せてもらいたいんだ。当日身辺警護を任せられる人物がいるか、人となりも確認しておきたい」
 単純に童顔なだけなのか、それとも言動が大人びているだけなのか、ギルド員は相変わらず判断がつかなかったが‥‥今回も、金貨がつまった皮袋をポンと手渡され、大人しく羊皮紙にペンを滑らせた。
「では、改めてお名前を伺っても宜しいですかな」
「ピ‥‥‥ペトルーハだ」
 ドワーフギルド員のさりげない誘導に引っかかりそうになったが、相変わらずペトルーハと名乗る少年。どうやら、やはり身元は隠しておきたいようである。


●護衛募集!

 そのシンプルな依頼が張り出されたのは9月のちょうど真ん中‥‥月道の開く日だった。
 依頼人はペトルーハと名乗る少年。護衛対象もまた、その少年である。
 そして、付された条件が1つ。事前に実力を測らせてもらう、というものだ。
 その方法はギルド員へ一任されたため、三つ編みヒゲのギルド員はギルドマスターのウルスラや幹部と相談し、打ち捨てられた建国前の旧街道に場所を確保し、模擬戦闘を行わせることとした。
 大まかなルールは簡単。A班・B班に別れ、互いの陣地を落とす、それだけだ。
 立会人はギルド幹部、及びウルスラがどこかから手配した浅黒い肌をした隙のない男。それぞれ、どちらかの陣営を近くに隠れ見守ることとなる。


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<地形>
    <A>
■■○□■■□○■■
■□■■■□■■□□
□■□□□■□■■□
■■□■□□■□□■
□□□□□□□□□□
■□■□■□■■□□
■□□■□■□□■□
□■■□■□■■□■
■■○□■■○■■□
    <B>

○……本陣候補。各陣営でどちらか選んでください。
■……木、茂み。
□……拓けたスペース。中央の□一列は旧街道。


<班分け>
 A班・B班の振り分けは、完全にランダム。
 参加を表明した(挨拶卓で名乗った)冒険者を先着順に【A】【B】【A】【B】と交互に振り分ける。
 同じ班になった仲間と共に最善と思われる作戦を立てて臨んでほしい。
 なお、同じグループになりたい人がいたなど、変更は一切なし。細工を弄していたと思われる場合は減点対象となる。


<詳細>
1) 開始は4日目以降、双方のチームで任意の時刻を設定。
2) 冒険者には、EP:0のネックレスを首にかけてもらう。
 これを奪われた冒険者は【死亡】したものとし、戦線離脱。
 また、ダメージが【瀕死】になった場合も戦線離脱である。
3) 全ての戦闘終了後、回復はペトルーハが責任を持って教会に委任するものとする。
4) 各種アイテムの使用は許可するが、消耗品の代金等は支払われない。
5) 模擬戦闘の趣旨により、ペットの戦術的使用は全面禁止。

●今回の参加者

 ea3190 真幌葉 京士郎(36歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea4744 以心 伝助(34歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea5766 ローサ・アルヴィート(27歳・♀・レンジャー・エルフ・イスパニア王国)
 ea9114 フィニィ・フォルテン(23歳・♀・バード・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 ea9128 ミィナ・コヅツミ(24歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb0882 シオン・アークライト(23歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb1052 宮崎 桜花(25歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb5758 ニセ・アンリィ(39歳・♂・ナイト・ジャイアント・ロシア王国)

●サポート参加者

鳳 令明(eb3759)/ フォックス・ブリッド(eb5375

●リプレイ本文

●一日目

 その日、冒険者たちが先ず行ったことは‥‥ギルドの一角に設けられた部屋で、依頼人との対面だった。
「ふぅん、君たちが護衛になるのか」
 興味深げにじろじろと見比べられ、フィニィ・フォルテン(ea9114)は居心地悪そうに俯き、ちらりと隣人を盗み見る。隣に立つ宮崎桜花(eb1052)はその視線に気付くことなく、普段通りに凛と背筋を伸ばしていて、その姿がフィニィの心を支えた。
「命懸けで仕事に当たるという覚悟は、当然、してきたな」
「お仕事には命を懸ける‥‥って普通の事じゃないんすか?」
 成功か死か、忍者は常にそんなもので──以心伝助(ea4744)にはそれが別段特別なことには思えず、きょとんと依頼人を見返した。
「ペトルーハサン、宜しく」
 挨拶をしたニセ・アンリィ(eb5758)は小さな疑念を抱いていた‥‥ペトルーハは愛称のはずだ、と。依頼人が本名を隠すのなら触れぬのもまた仕事、怪訝な表情は押し殺したけれど。
「未熟な身ですが、尽力致しますね」
 にこりと微笑んだミィナ・コヅツミ(ea9128)をじっと見つめ、ペトルーハは呟く言葉で一刀両断にする。
「未熟な冒険者に守られるのか? それはまた随分と不安が残るな」
「あら、謙遜よけ・ん・そ・ん」
 ミィナの肩に腕を回し、ローサ・アルヴィート(ea5766)がにかっと笑い飛ばす。矛先を治めたペトルーハの興味を更に逸らさせるべく自己紹介をしたシオン・アークライト(eb0882)の名に、ペトルーハの視線は更に不躾なものになる。
「君が魔獣騎士か」
「そう呼ばれる方もいらっしゃるわね」
「ゴホン!」
 ギルド幹部のわざとらしい咳に我に返り、真幌葉京士郎(ea3190)と視線を交わす。
「仲間と剣を交える覚悟があるのか?」
「試されていると有っては、それに答えぬわけにはいかんだろう‥‥」
「‥‥口だけでないことを祈る」
 つらつらと皮肉を並べ立てた依頼人に抱いた感想はそれぞれであるが、反骨心と闘志に火をつけられたことだけは事実であったようである。


●四日目

 ピィ─────‥‥! ピィ─────‥‥!
 呼子笛の高い音色が旧街道へ染み渡る。笛を吹き鳴らした男の姿は、次の瞬間、木陰に消え去った。

「始まりやしたね」
 手刀で印を結び、疾走の術を発動させると伝助はネックレスへ視線を落とした。古びた木製のそれは見るからに脆く、衝撃が加わればすぐに割れてしまうだろう。
「守り通すだけでも一苦労だな」
 日に翳すよう摘み上げた京士郎に苦笑を返し、周囲に視線を巡らせる。大胆にも旧街道まで通った視線は、本陣の場所をさっくりと相手へ知らせてしまうだろう。そのリスクを負ってでも優先させたのは魔法の射程か機動性か。
「貴女が要よ、フィニィ。よろしくね」
「そんな‥‥足手まといにならないよう頑張ります」
 しかし守りに入ったAチームはじきに時間を持て余すこととなる──‥‥

 一方、Bチームはといえば。
「なかなか不思議な感覚ね、こーゆーのって」
 広範囲の陣形を変えたAチームとは違い、本陣の守りをガチガチに固めていた。枝や丸太でのバリケードなど、その最たるものであろうか。
「雛ちゃんを護るってくらい気合入れていきましょう!」
「ええ、そうですね!」
 効果時間の決して長くないホーリーフィールドが常に展開される陣営は、攻め入る者にとって脅威となろう。──攻め入る者がいれば。
「‥‥来ないナ」
 縄梯子の見張り台に陣取っていたアンリィがつまらなそうに呟いた。応援のみだった鳳と違い、陣地形成を手伝ったフォックスの存在はすぐに立会人や依頼人へも伝わったが、不必要な戦力差が生じるよりはと参加を許されたアンリィ。闘技場で鍛えた力を存分に発揮する良い機会だったが、双方が防衛策を取っていたのでは膠着しても当然か。しかし、魔法がいかに恐ろしいか──それもまた、彼は身体に叩き込まれていた。
「よしっ! このままじゃ埒があかないし、ここはひとつ遊撃に行ってくるわ」
「気をつけてくださいね、ローサさん」
「うん、ミィナちゃんもこっちはよろしくねっ」
 キューピットボウと矢筒を確認し、愛すべき森へ身を潜めてローサは敵陣営へと距離を詰めていく‥‥。
(うわっ!)
 ひょっこりと覗いた先は想像した以上に見晴らしが良く、ローサはサッと身を引いた。街道から一直線に切り開かれたAチームの陣営、その一瞬だけでも本陣の場所を把握するには充分な時間。
(流石にここは通れないわよねぇ‥‥)
 本陣から死角になるよう木々や茂みに身を潜め、東から回り込むように近付く。
(あら?)
 ふと目にとまったのは不自然に散らばる、乾いた小さな枝。踏めばさぞかしいい音が響くだろう。
(伝ちゃんかしらね。ふっふっふ、森の中のローサさんを甘く見ちゃ駄目よ?)
 こんなブービートラップには引っかからない、そう言わんばかりの笑みで後続のために小枝を除け、結んであったロープを解き──結び付けられた草に足を引っ掛けた。
(ちょ、罠多すぎだから!)
 しまった、と思う間もなかった。視界に滑り込んできたのは、伝助。咄嗟に番えた2本の矢を、放つ──!
「本気でやらないとやられちゃうから悪く思わないでよ!」
「お互い様っすから」
 表情の薄い顔は忍としての顔か。疾走の術を用いていた伝助はギリギリで交わすと的を絞らせまいと駆け巡る。
「これは‥‥引くしかないかなっ」
 距離を置こうとしたローサに、猛烈な睡魔が襲い掛かった。
「フィニィ、ちゃん、ね‥‥」
 番えた弓を放つも、半ば閉じた瞳では鋭さを欠き、京士郎の盾に簡単に防がれ。
「悔し‥‥な‥‥」
「ネックレス、いただきやす」
 パキッ。小さく軽い音を立て、木製のネックレスは本当に簡単に割れた。

 ──ローサ・アルヴィート、脱落。


 午後一番に始まった模擬戦闘だが、その後は大きな変化もないまま刻一刻と時だけが冷酷に過ぎていく。
 ローサはディック・ダイ(ez0085)の傍らで、模擬戦闘の行く末を見守っていた。
「ちょっと、あたし暇なんだけど!」
「とっとと脱落するからだぜ? 少し黙ってろ、悪目立ちするだろう」
「拷問だわ‥‥」
 子供をあやすように、適当に頭を叩くとディックはじっと目を凝らす。
(女心以外は鋭いのよねー?)
 その視線の先には、ミィナの姿が──‥‥

「捕虜にするメリットは無いからナ‥‥もうネックレスを奪われタと思った方がイイゼ」
 アンリィの言葉に瞳を伏せ頷くミィナ。
「命に別状はないはずですから、心配は後にしましょう。問題はローサさんが情報を持ち帰る前に倒されてしまったことです」
 思考を切り替え、桜花は状況を整理する。
「どちらも守備を重視している以上、動かなければ状況は変わりませんけど‥‥そろそろ、動くんじゃないかしら」
 翳りゆく空にほんのりと輝く、月。
 悲しいかな、いつも背を預ける親友だからこそ、その手の内は痛いほど知り尽くしている──お互いに。
「‥‥お出ましダゼ、詩人サンダ」
 アンリィの目が捉えたのは、ローサの残した罠に悪戦苦闘しているフィニィの姿だった。ローサならば仕掛けているに違いない、と信じていたからこそ発見ができたのだが‥‥それはどちらかというと偶然に因るもの。そして発見したからといって解除できるわけではないのだ。
「落ち着きましょう、フィニィ。今、縄を切るわ」
 夜になれば有利なこともある。しかし夜になれば不利なこともある。罠の発見や解除もそうで、シオンに圧し掛かる血の呪いもその1つ。
「よし、これで大丈夫よ」
 俯きがちに伝えるシオンの言葉に、鍛えぬかれた聴覚を研ぎ澄ましていたフィニィは事前に繋いでいたテレパシーと肉声で仲間へ伝える。
「残りの3人は本陣ですが、すみません、見つかってしまいました」
『遅かれ早かれ戦う相手だ。フィニィ嬢、集中砲火を浴びぬようにな』
「はい‥‥やってみます」
 見つかっているのならば仕事は早いほうが良い。ムーンフィールドを展開し、一撃を防ぐ盾を作る。次の刹那、その結界を雷光が粉砕する!
「間に合いませんでしたか」
 小さく息を吐くのはBチームの桜花。一度目の詠唱に失敗したロスが大きかったのだ。
「イヤ、充分だゼ桜花サン」
 見張り台のヘビーボウを引き絞り、放つ──しかし飛び道具はシオンの警戒するところだった。
「強引すぎる男は嫌われるわよ?」
 余裕の笑みを覗かせるシオンによって、貝殻のバックラーに傷をつけながら飛来した矢は迎撃される。
 防いだシオンへ小さく舌打ちしたアンリィは見張り台を下りられるように態勢を変え、再び弓を引き絞る。遠目にそれを見たシオンの背筋を冷たい汗が流れていった。アンリィの射撃、精度は低いが威力は想像以上に大きかった。盾で受けきれず自身の身体を最後の盾とした時にどれだけのダメージとなるのか‥‥未知数である。
「強引はこっちもだけどね‥‥フィニィ、見えてるわよね?」
「いけます。私の『命』、お預けしますね」
 信頼の視線を交わし、再び呪文の詠唱を開始するフィニィ。そう、桜花のライトニングサンダーボルトが届いたということは──
「アンリィさん! 起きてくださいアンリィさん!!」
 ミィナが頭上で睡魔に屈したアンリィの名を叫ぶ。咄嗟に結界内にいた桜花が鞘でアンリィを叩き起こした。
「やっぱ魔法とは相性悪イナ‥‥」
 頭を振り立ち上がったアンリィは見張り台から降りることを選ぶ。手の内を読まれたこの状況下での戦闘が、しかもホーリーフィールドに含まれぬ見張り台に固執することが、有利だとは思えなかったからだ。
「‥‥駄目です、恐らくホーリーフィールドが」
 再びの詠唱に、発動するはずのスリープが巧く効かない。結界の存在を示唆され、シオンは柳眉を寄せる。フィールドくらい叩き壊す自信はある、が、この30メートルほどの距離が憎い。強力な魔法の射程が短いことを考えれば、尚更踏み込み辛い距離だ。
 しかし、足踏みをしているのはBチームの方であっただろう。アンリィも桜花も充分すぎるほど戦うの力は備えているのに、本陣の警備があるため飛び出せないのだから。

 その膠着状態は、ほんの僅かな隙で動いた。

「来たな、侍騎士‥‥!」
 身を隠し接近していた京士郎が本陣と僅かな距離まで迫っていたのだ! 戦いの気配に、アンリィは小さく唇を舐めた。口元が緩むのを止められず、大剣スクリューミルを構える。
 アンリィの仕掛けた罠を看破し、京士郎は小走りに本陣へと駆け込む。焦ったのはミィナ──結界は、一度解けた後でなければ掛けなおせないのだ。そのタイミングに合わせて、京士郎が駆け込んできた。恐らく、見計らっていたに違いない。
「勝負だゼ!」
「‥‥遠慮しておこう」
 カウンターを狙ったアンリィの眼前で、バリケードに足を掛け、京士郎は軽やかにアンリィの頭上を飛び越えた。
「京士──伝助さん!?」
「ご名答っす。結界はここまでっすよ」
 しかし桜花が滑り込み、ミィナのネックレスを奪うまでは至らない!!
「貴方を落せばまた五分です!」
 未だ残る疾走の術で本陣を霍乱するように駆ける伝助を、ミィナのコアギュレイトが拘束した!!
 しかし、同時に──アンリィと桜花が、スリープの餌食となった。だが、ターゲットまでの距離が違う。
「これで双方、遊撃は失ったわけですね」
 ミィナの白い手が、伝助のネックレスを奪った。

 ──以心伝助、脱落。

 しかし余裕はない。
「桜花さん、桜花さん!! アンリィさん!」
 ゆさゆさと桜花を揺する。駆け寄り、アンリィも揺する。二人が戦列に復帰するのは、バリケードをシオンらが抜けるのとほぼ同時だった。
「先に、フィニィさんを!」
「させないわよ!」
 桜花の攻撃を鎧で受け、返す剣がネックレスを破壊する!!
「くっ!」
 見届ける間もなく、シオンの身体が呪縛される!

 ──宮崎桜花、脱落。
 ──シオン・アークライト、脱落。

「シオンさん!」
 手を貸そうとしたフィニィの喉元に大剣が突きつけられた。
「‥‥‥」
「いただくゼ」
『京士郎サン、全滅です‥‥!』
 首にかけられたネックレスが、プツンと切れた。

 ──フィニィ・フォルテン、脱落。

 異変に気付いたのは当然だった。月夜を飛んでくる巨大な臼など、気付かぬはずがあろうか。
「罠も何もないな」
 苦笑しつつ、オーラを纏い臨戦態勢を整える京士郎。しかし、その笑みも臼が地面に着地し、アンリィが姿を見せるまで。
 罠も恐れず歩み寄るアンリィへ、一閃した桜華から衝撃波が襲い掛かる!!
「脅しではない、寄らば斬る!」
 アヴァロンの盾で衝撃波から身を守ったアンリィは、薄っすらと月光を放つフィニィの置き土産へ渾身の一撃を放つ!!
 壊された結界の中、二人の男が対峙する──
「真幌馬京士郎、いざ参る!」
 抜き放った刀を、全力でアンリィへ叩き込む!! その重い一撃を盾で受けたアンリィからのカウンターは、こちらも京士郎の盾が受け止めた!
 重い一撃が盾とぶつかり、火花を散らす。
 赤い髪がなびき、汗が玉と散る。二人が回避を考えれば何か違っただろうが、お互いに斬り、受け。そして受け、斬る、それだけを考えていたがために戦いは平行し──じわりじわりと追い詰められていくのは京士郎だった。
 京士郎が僅かによろめいた隙に、本陣を示す旗へと駆け抜けるアンリィ!
「おぬしを倒すことよりも、旗を奪うことが先決ダカラナ」
「護衛が本分だ、やらせるわけにはいかん!」
 旗の代わりに掴まれたのは、意思の力だけで身体を割り込ませた京士郎の‥‥その首にかけられたネックレス、だった。

 ──真幌馬京士郎、脱落。

 そして、それが勝敗の決した瞬間でもあった。


●五日目

 負った傷は教会で診てもらう──前に、ミィナが全て回復させた。死者を出さぬためのネックレスとはいえ、京士郎とアンリィの一戦は際どく、その身に少なからぬ傷を負っていたためだろう。
「これで満足、なのだろうか?」
「もちろんだ、冒険者は良い意味でも規格外なのだな」
 京士郎の言葉に目を輝かせるペトルーハ。依頼人としての高慢な顔ではなく、恐らく素顔なのだろう無邪気かつ素直に感心する少年に若干戸惑いを浮かべ、それなら良かったと頷いた。
 その少年はまず伝助に語りかけた。
「気配を感じさせず周囲の危険を読むとは、まるで夜陰の蜘蛛のようだった」
 次いで、シオンへと視線が向かう。
「相手の先の先を読み、守り抜く。相談時からの戦術の選択にも敬服した」
 そして、ローサへと向き直る。
「早々の脱落は残念だが、護衛対象という檻から離れ活路を見出そうとする心意気がいい」
 羨望の混じった眼差しを贈り、そして参加した冒険者を見回して──すまなさそうに視線を落とした。
「顔が知れていないとはいえ、収穫祭は人が多すぎる。折角の祭にすまないが、よろしく頼む」
 ぺこりと頭を下げたペトルーハ。
 ‥‥彼について詳しく知るのは、あと少しだけ先の話。