白無垢の迷宮〜風穴〜

■シリーズシナリオ


担当:やなぎきいち

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 18 C

参加人数:8人

サポート参加人数:4人

冒険期間:12月01日〜12月07日

リプレイ公開日:2007年12月10日

●オープニング

●淡雪
 遠きジャパンで初冬と呼ばれる季節は、キエフに於いては厳冬に王手の掛かった季節。そして冬は、他の季節に比べタロン神が数多くの厳しい試練を備えて待ち受ける。
 キエフの北に位置するセベナージ領では相も変わらずデビルとの鬩ぎ合いが頻発し、神出鬼没なアバドンの被害も甚大なものになりつつあった。目下、アバドンの軍門に下った村や者が確認されておらぬ事のみが幸いと言える状況である。
 冬の訪れと共に降り始めた雪はいつしか地表を覆い、そこに生きるものの息を白く凍らせる魔境となり果て。純白の雪はいつか鮮血と悲鳴に彩られるのを心待ちに、厚く層を成していく。其はまるで、魔物たちが跳梁跋扈する地に相応しくあらんとするかのようですらあった。
 そして、ほんの数日前。血生臭い願いを叶えるように現れたアバドンにより無残にも蹂躙された土地があった。
 その場所は村でもなんでもなく、岩山の麓。ただ『全てを破壊したい』という契約者の願いを叶えるためだけに、破壊された森。
 広く延焼した森にも悲劇を覆い尽くさんと淡雪が舞い始めていた。
 その淡雪を払い除け、数名の男たちが歩く。胸に刻まれた紋章は、彼らがセベナージ領の領主が抱える騎士であることを示す。
「ん? これは‥‥?」
 状況の調査に赴いていた一人の騎士が、それに気づいた。岩山の壁面に姿を現した、人が一人通れるほどの、隙間。よく見れば、苔生し雪に埋もれ解り辛いが、どうやら壁面は大きな1枚岩が2枚、扉のように合わさっている。恐らく、アバドンの襲撃の衝撃で一枚がずれたのだろう。
「明かりを」
 油断無く剣を構えた騎士の隣へ進み出て、細身の騎士がランタンで暗闇を照らす。仄かな明かりに照らされた内部。敷き詰められたのは滑らかな岩。その造詣から、この空間がヒトの手によって形成されたものであることは容易に判別できた。ランタンを持つ騎士が添えた手に煌く指輪を一瞥する。
「デビルの反応はありません」
 借り受けた石の中の蝶は近くにデビルの気配なき地で石の揺り篭に揺られ眠ったまま。
 剣を構えた青年は顔だけで振り返り、隊長らしき豪奢なマントを羽織る男と視線を交錯した。深く頷かれ、剣を構える青年はランタンを持つ青年を促し未知の空間へと足を踏み入れる。
「誰か1人、ついてこい」
 穴倉から声だけが漏れた。見習い騎士が一人、その後を追うと‥‥コツ、コツ、と足音が響いた。
 ランタンに照らされ仄明るくなった空間は、それでも依然闇が我が物顔で占拠している。どこかに通じているのだろう、湿気を帯びた風が吹きぬけざまに頬をなで、熱気を奪う。そして暫しの後、通路に鎮座する影を見つけた。
「彫刻‥‥?」
 見習い騎士が首を傾げながら近付く。その姿は異形。まるで‥‥下級デビルのインプのような禍々しさを放っていた。用心深く周囲を警戒する騎士へランタンを持つ騎士が蝶の異常がないことを告げる。安心して見習い騎士が肩の力を抜き、彫像の台座へ腰掛けた。

 ──一閃。

 考える間などなかった。完全に不意をついた斬撃が見習い騎士の背を袈裟懸けに裂く!
「うわあああ!」
「ガーゴイルだ、退くぞ!!」
 ランタンを持つ騎士が見習いに手を貸し、剣を抜いた騎士が殿を務め、一路、淡雪の世界へと舞い戻る。
 だくだくと流れる血を浴び歓喜に染まる雪は、夕陽をも浴び、毒々しいまでの紅に染まったのだった。

●喧騒
「じゃ、まあ、よろしく頼むよ。一応、成果は期待しているからさ」
 純白の毛皮の彩る濃紫の重厚なマントを羽織り、栗色の髪の青年がギルドに姿を現した。纏う衣服からも、面立ちからも、青年が貴族であることは明白。視線の先は先ほどまで青年が通されていた、貴賓の依頼を受ける為に設えた別室‥‥貴族の中でも位の高い者で、且つ本人が訪れるとなればかなり酔狂な人物だと推察される。
「お任せ下さい」
 一礼し見送るはウルスラに心酔するギルド幹部。その態度に満足したように麗しき笑みを残し、ギルドの正面で待機していた壮麗な馬車に姿を消す。ごとり。ゆっくりと進みだした馬車にはセベナージ領主ラティシェフ家の紋章が刻まれていた。
「今のは、アルトゥール様‥‥でしたかの」
「ああ。相変わらず厄介な仕事を持ってきてくれるものだ」
 背後から声をかけた三つ編みヒゲのドワーフギルド員に小声で返し肩を竦めた。その表情は言葉に反し固くは無い。

 そして幹部が指示し作成された依頼書に記されたのは、ダンジョン探索の依頼だった。
 ダンジョンはアバドンの襲撃の影響で発見されたもので、デビルの気配はない。
 モンスターは、発見された入り口からほど近い個所にガーゴイルが鎮座している以外は一切不明。また、どんなトラップがあるかも当然不明。
 そして、美術品や薬草等として価値があると思われる物以外、発見した宝物は持ち帰って構わないという。
 もちろん、美味しい話ばかりではなく、2つばかりの絶対条件がある。
 その1‥‥一度で無理なら二度三度と挑戦し、ダンジョンから逃げ出した場合に被害を与えると思われる非友好的なモンスターは殲滅すること。
 その2‥‥ダンジョン製作という特異な趣味を持つルシアン・ドゥーベルグを同行し、彼女の望みを叶えつつ安全を確保すること。
「厄介だろう?」
「厄介ですのぅ‥‥」
 ルシアン・ドゥーベルグ、ノルマンを拠点にロシアまで規模を拡大したドゥーベルグ商会の女社長であり、商人ギルドからも一目置かれる存在だ。しかし、その特異な趣味ゆえに、他に類を見ない浪費家でもある。商会の規模の割に生活が質素なのは、その辺りに原因があるに違いない。
 アルトゥールとは仕事を通じて交流があり、此度も既に「生ダンジョン‥‥!」と目を輝かせているという。闇雲に先行したり、無闇に罠に触れたり、戦闘時に飛び出したりはしまいが、ダンジョンの角から角まで踏破してマップを作ったり、目を引く罠を解除して構造を学ばせる、くらいのことはする必要があるだろう。
「厄介ですのぅ‥‥」
 ドワーフのギルド員はぽつりと呟いた。しかし、その呟きが冒険者に告げられることは無かった。

●今回の参加者

 ea1968 限間 時雨(30歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb3232 シャリン・シャラン(24歳・♀・志士・シフール・エジプト)
 eb7693 フォン・イエツェラー(20歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ec0854 ルイーザ・ベルディーニ(32歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 ec1182 ラドルフスキー・ラッセン(32歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ec2055 イオタ・ファーレンハイト(33歳・♂・ナイト・人間・ロシア王国)
 ec3237 馬 若飛(34歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ec3272 ハロルド・ブックマン(34歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

限間 灯一(ea1488)/ フィニィ・フォルテン(ea9114)/ イワノフ・シェーホフ(eb5635)/ 坂田 奈美(ec2534

●リプレイ本文

●訪れし土地
 冬である。恒例のレース、聖夜祭の準備に忙しい者も多いだろう。
 そんな中で受けた依頼は、ダンジョン探索。セベナージ領で発見された人工物である。───ハロルド手記より、一部抜粋。

 目の前にぽっかりと口を開く穴。闇の中に潜む、かもしれない誘惑にシャリン・シャラン(eb3232)の瞳は輝く。
「ん〜、お宝探しってなんだかわくわくするわよね☆」
「目的は宝捜しじゃないぜ?」
「もう、ラドラドってばノリが悪いわね。解ってるわよーだ」
 ぷーっと頬を膨らませたシャリンの言葉にラドルフスキー・ラッセン(ec1182)は眉根を寄せる。しかし宝に意識が傾いでいるのはシャリンだけではないようだ。
「ダンジョンダンジョンお宝探しー♪ まだ見ぬお宝があたしを呼んでるにゃー!」
 上機嫌に鼻歌を歌うルイーザ・ベルディーニ(ec0854)にラドラドは脱力し肩を落とした。
 片や、同行人ルシアン・ドゥーベルグ同様、お宝よりダンジョンに意欲を燃やす者もいる。冒険者とはいえ、未踏のダンジョンに遭遇できる確率はとても低い。そして、そこを攻略できる可能性はそれ以上に低いのだ。
「キエフに来て最初の依頼はダンジョン探索‥‥うん、良い感じ♪」
 ダンジョンに加え腰に下げた念願の村雨丸、二つの理由で上機嫌の限間時雨(ea1968)は、仄かに寒気で赤らんだ頬を両手で押さえ少しだけ身体を振るわせると、防寒服の襟を寄せた。忍者の秘術を織り込んだ自慢の装束も、それだけでは寒さには勝てぬ。
「‥‥でも、なんてゆーか、ホントに寒いね、ロシアは!」
「本格的に冷え始めるのはこれからですよ」
 フォン・イエツェラー(eb7693)の言葉に時雨は思わず頬を引きつらせ、誤魔化すように周囲を見遣った。そして、その惨状に表情を曇らせる。
「アドバンって殆ど、天災化してるじゃねーか。世界最強の魔術兵団とかでも何とかできねぇのかね」
「赤天星のこと? あれは陛下のお抱えだから無理じゃないかにゃー」
 荒野と化した周囲を見回し呆れた馬若飛(ec3237)の言葉にルイーザは肩を竦める。
『キエフ公国内とはいえ、セベナージはノブゴロドに連なる地。故に国王も計略を練っていると推察する』
「貴族ってのは‥‥」
 あまり日の経たぬ足跡の上に残されたハロルド・ブックマン(ec3272)の文字に吐き捨てようとした言葉を飲み込みんで、若飛は顔を顰めた。依頼人もまたそこに連なるのだと、気付いたのだろう。
「行きましょう、ガーゴイルを破壊して──全てはそこからです」
 自身の身の丈ほどもあるペルクナスの鎚を背負い上げたイオタ・ファーレンハイト(ec2055)はフォンの手にランタンがあるのを確認し、暗闇に足を踏み入れた。

●灰色の護衛
 依頼人はアルトゥール・ラティシェフ氏。セベナージ領主の次男。
 附された条項は、ルシアン氏を同行すること、並びに彼女の護衛、そして危険物の排除である。───ハロルド手記より、一部抜粋

 入り口から直進すること数十メートル。3つの光源により照らされたのは通路より明らかに広がった空間。その中央に、第一の敵が鎮座していた。一見すると石像そのもの──しかし、静かに動いた瞳は感情もなく冒険者らを見据え、翼を広げて滑空した!
「食らえ!」
 前列の時雨が迎撃の衝撃波を放つ。豪華に鎚を振るい追い討ちをかけようとしたイオタが手にしたランタンの置き場に迷う間に、中衛の若飛が飛び出しメイスを振るう!
「お〜‥‥硬ぇ」
「ランタン、預かるわ」
「頼む」
 差し出されたルシアンの手にランタンを預けたイオタは左の盾でガーゴイルの一撃を防いだ!
 ──ガッ!!
「くっ!」
 鈍い音。イオタの腕が僅かに揺らぐ。
「にゃ、っと!」
 ルイーザのペルクナスの鎚が横薙ぎにガーゴイルを打ち付け、破片が飛散する!
「危な‥‥っ」
 リュートベイルを構えてルシアンを庇ったフォンの頬を石片が浅く裂いた。
「ルシアンさん、壁沿いへ」
「でも、灯りが」
「流魂もいる、何とかなる!」
 ルイーザに前線を譲り武器を変えた若飛は鋭く告げた。
「気をつけてね」
 フォンからランタンを預かったハロルドに誘われ、ルシアンは壁際に向かう。
 ──ギィン!!
「避けるなー!」
「大振りするな!」
 ガーゴイルにかわされた鎚の一撃は空を切り対面にいたイオタのそれとぶつかり合う。
「コンパクトに、狙いを絞れば良いのさ‥‥喰らえ、マグナブロー!」
 真下から噴出したマグマに焼かれ、ガーゴイルは声無く墜落した。フォンの剣が流麗な剣舞に似合わぬ鈍い音を立てた。
「フレー、フレー、フォーン♪ 頑張れ頑張れみんなっ☆」
「貴女は何を頑張るのかしら?」
 壁際に下がったルシアンは応援に精を出すシャリンを見上げ、訊ねる。
「見ての通りよ。戦闘能力は皆無だから、ルシアンと一緒に応援してるの☆」
「‥‥そう」
 言いかけた言葉を飲み込み、ルシアンは瞳を伏せた。もし依頼人が彼女であれば、飲み込むことはなかっただろう。胸中は長く吐かれた息が代弁していた。
 その後、飛び立つ間も与えられぬまま、ガーゴイルは砕けた石像と化した。
「丁度いい。野営地はここにするか」
 ラドラドが荷物を降ろした。ダンジョンの中は地中ゆえかやや暖かく、防寒服の内はじっとりと汗ばんでいる。
「何だろう、これ。ガーゴイルの欠片‥‥じゃないよね」
 ガーゴイルだった石片を退かしながら何かないかと調べていた時雨の手には、どこから零れたのだろう、透明の欠片が乗っていた。生憎とモンスターに詳しい者も石に詳しい者もおらず、判断はルシアンに委ねられた。
「ルシアン、何だかわかる?」
「ダイヤモンド‥‥みたいだけど」
 その碧の瞳が輝く。何の変哲もなさそうなダイヤモンドの欠片を覗き込んだ若飛は結論を促した。
「ダンジョンの専門家としては、持っていった方がいいと思うか?」
「加工済みだし関係ある可能性は高いでしょうね」
 罠の可能性もゼロじゃないけれど。そう肩を竦めたルシアンの言葉に賭けて欠片を握った時雨は、二手に伸びる広い通路と、その間に存在する2本の通路をじっと見据えた。そこに潜む全てを、暴こうとするかのように‥‥

●美しき結晶
 自領内で遺跡が発見されれば、その中身の所有権は領主が持つ。当然の話である。
 しかし、この依頼は報酬の他に発掘した物品の一部も我々の報酬となる。報酬面としては破格と言える。───ハロルド手記より、一部抜粋

 何度目かの分岐点。食事を兼ねた休憩でも、ハロルドがまず行うことはマッピングである。
「ねえ、地図見せてくれない?」
 時雨の声にペンを止め、作成していたマップを差し出す。ガーゴイルの部屋から右手に伸びた通路は、数箇所から左に通路を伸ばしながらも直進し‥‥その先にはガーゴイルと似た石像があった。見える限り、部屋の造りもほぼ同様。
 同じくガーゴイルの部屋から左手に伸びた通路は、数箇所から右に通路を伸ばしながら直進し‥‥再び石像に行き着く。
 石像を嫌い支道に入ってみた結果、細かい点では左右非対称ながら、目立つ道の伸びる先は更に奥──
「今いるのって‥‥」
『石像とガーゴイルを頂点として正三角形を描いた時の頂点、に近しい場所』
「だよねー。ねえルシアン、ちょっといい?」
 名を呼ばれ、羊皮紙を覗き込んだルシアンは二人に頷いた。
「罠にしろ何にしろ、何かがあるのはその頂点‥‥六角形の真中よね」
「ならば、先に中心点へ向かうのも策だな」
 ラドラドの言葉に神妙に頷く時雨。先頭を行く彼女とイオタが、罠という一点において、明らかに危険なのだ。その不安も当然で──シャリンの占いで発見できた引火を誘発する油の罠が1つ、ラドラドのインフラビジョンで発見した水槽へ落下させる罠が2つ、同じく酸を噴出する罠が1つ、ハロルドのクレバスセンサーが発見した落下型の罠が2つが既に発見されていた。そのどれも、次回のためにと発動しないように避けて通ったままだ。
「まぁ、アレよ。罠の構造を詳しく調べるってお楽しみは後に取っておく方が良いじゃない?」
 胸に一抹の不安は残るのだが──護衛も兼ねる冒険者に逆らうつもりは毛頭ない。にかっと笑った時雨に、少し考えてルシアンも頷いた。
 後にその不安は後に現実のものとなる。
「それでは、時間もありますし中心点まで行きましょう。食事はそれからに」
 フォンの提案に異論を唱える者はなく出発し──場所は中心点へ移る。
 そこに置いてあったのは、宝箱。‥‥多分。
「‥‥見るからに宝箱って感じね」
 興味津々という風情でシャリンは宝箱の周りを飛ぶ。
「まあ、鍵が必要ってのが定石だよなあ」
 若飛が慎重に宝箱を調べるが、特に鍵穴もない。代わりに見つけたものは‥‥
「なんだ、これ。花か?」
「雪の結晶じゃない?」
 覗きこんだシャリンが指摘する通り、どうやら銀とダイヤモンドの欠片で作られた雪の結晶のようだ。
「6箇所欠けてるわね」
「ダンジョンが予想通りの形なら‥‥ガーゴイルの数と同等だな」
 ラドラドの言葉に、時雨は顔を顰めた。
「斬れない敵はニガテなのになぁ」
「あたしも、あいつ固いから嫌い。軽い武器で蝶の様に舞い蜂のように刺して相手おちょくるのが好きなのに」
 ルイーザも頷く。しかし、掠れた声で水を差したのはハロルドだ。
「クレバスセンサーに反応がある。この下に何かある、ようだ」
 進み出たイオタが手を添え持ち上げるが、動かない。フォンも手を貸すが、蓋すら開かない。
「ということは‥‥どちらにしてもガーゴイルは倒さなければいけませんね」
 フォンが告げる、その頭上から‥‥姿無き襲撃者が現れた!
「うわあ!!」
 まず襲われたのはラドラドだ。シュウシュウと肉が焦げる臭いと酸の臭いが鼻を突く。
「上! ジェルがいるわ!!」
「ああ、やっぱ出た! 鬱陶しい!」
「どけ、ルイーザ!」
 ラドラドごと攻撃するわけにはいかない。ルイーザが鎚を棄て武器を変える間に、若飛がメイスを振りかざす!
 アイスコフィンは無理か、と次の手に思索を巡らせるハロルド。ガーゴイル用に用意した武器は、仲間へ向けるには強すぎるという欠点を併せ持っていた。
 手を出しあぐねる冒険者たちの眼前で、突如、ジェルが炎に包まれた!!
「無茶よ、ラドラド!!」
 ジェルの腕から強引に転がり出したラドラド、その衣類を焦がす炎を、シャリンは火傷も厭わず叩いていく。差し出されたポーションの蓋を開けながら、彼は仲間たちへ告げた。
「気兼ねなく、逝かせてやれ」
「当然」
 時雨の村雨丸が隙を突いてジェルを貫く! 伸びたジェルに足を囚われながらもフォンの剣が分断せんと振り下ろされ、突如現れた水が弾ける。
 冒険者の皮膚を、服を、髪を溶解させながら‥‥ジェルはやがて動きを止めた。

●封じられし宝物
 現時点で気になる事、それは「書物は美術品に分類されるのか」である。―――ハロルド手記より、一部抜粋

 5体のガーゴイルを順に倒すのに要したのは油10個分の時間。それに睡眠時間が加わって、残り時間は僅かとなっていた。ジェルとの戦いも重ねて疲労も溜まり、全員が無傷とはいかない。ルイーザの腕にも、だくだくと血を流す傷があった。ポーションを、飲み干す。
「お腹すいた‥‥」
 触発された腹の虫が大声で鳴いた。大事な保存食はバックパックの中、つまり野営地だ。
「あーあ、お腹すいたにゃー」
「‥‥」
 じーっと見詰めるルイーザの一対の眼。
「にゃー」
「‥‥わかりました、一食差し上げますからあまり見ないでください」
 イオタの負け。実のところ、あまり勝ったことがないのはここだけの話。
「おけおけ、戻ったら返すにゃー。いやぁ、イオ太ってやっぱ騎士の鑑だよね!」
 こんな時ばかり‥‥と米神を押さえるイオタ。
「見せ付けてくれちゃってー♪」
「違います」
 時雨の言葉に努めて平静を装うイオタ。
「後で占ってあげるわね☆」
「要りません」
 シャリンの言葉に努めて平静を装うイオタ。
「お揃いの鎚を持つ仲なんだろ」
「違いますっ」
 若飛の言葉に努めて平静を‥‥
「いやん、もうイオ太ってば照れ屋さんっ」
 ぷちん。
「ルイーザも乗るな! 突付くなっ!!」
「ま、まあ相手は女性ですから‥‥」
 いなすフォンの言葉も悲壮感を煽るばかり。
「‥‥ま、強く生きてくれ」
 ぽん、とラドラドに肩を叩かれ、イオタは保存食を噛み締めた。なんだかいつもよりしょっぱかった。
 さて、腹が膨れればいよいよ本命の宝箱。
「いきますよ」
 フォンが1つ、また1つと欠片を嵌め込んでいく。6つの欠片が結晶を完成させたとき、カチッというかすかな音が聞こえた。
「んじゃ、ご対面〜ってな♪」
 太い腕が開いた宝箱の内側には、くるくると巻かれたかび臭い羊皮紙が数本。まばゆいばかりの古めかしい金貨。法衣に包まれ、指輪や武器、ポーションなども見つかった。
「ポーションで生きてるのは1つだけね、あとは割れてるわ。鏃だけになった矢は‥‥まあ、使えないこともないわね」
 1つずつ確認しながら取り出していくルシアン。300枚に近い金貨も全て取り出すと、箱の中を探り始めた。
「空じゃないのか?」
「ハロルドさんの話を信じるなら、何か仕掛けがあっていいはずよ‥‥これね」
 敷板の端に見つけた隙間にナイフを差し込むと、一箇所が外れた。現れたのは質素なレバー。
「代わろう」
 用心のために盾を手に、イオタがレバーを引くと。

 重い音と共に宝箱が動き、階段が現れた。

「閉めて、イオ太!!」
「えっ!?」
 反射的にレバーを押すが、微動だにしない。
「押すぞ!」
 ラドラドが宝箱を元の位置へと押す! 若飛の、フォンの、ハロルドの、時雨の手が加わり、宝箱は元の位置に戻った。レバーもまた、同様に。
「何があった?」
「スケルトンがいたんだよね。これ、動かしたらヤバいかも‥‥」
 視線を交わす冒険者たち。同規模の地下がありモンスターも多いのであれば、回復手段の補充は必須だろう。
「えっと、貴方たちに渡せるのはこれくらいね」
 ルシアンが選んだものは、オーガパワーリング1点を含む指輪3点、スクロール、法衣、水晶のダイス、スリング用の礫、銀の鏃、ポーションの計9点。
「金貨は万一の時のダミーに置いていきましょう。アルトゥール様も金貨より書物の方が気になるでしょうし」
「ええ、それで構いません」
「充分すぎるくらいだよね」
 フォンと時雨が間髪要れずに頷いた。そう、破格の報酬だ。その上‥‥まだ未踏破の階下もあるのだから。
「ルシアン、依頼人に日程をもっともらえるよう交渉してみてくれねぇ?」
「そうね‥‥一応進言はしてみるけれど、期待しないで頂戴」
 若飛と言葉を交わすルシアン、その両腕に抱えられた書物をラドラドとハロルドがいつまでも恨めしそうに見詰めていた。

 ──そして、第1回目の挑戦はアイスコフィンで入り口を封じることで幕を閉じた。
 課せられた条件の1つを満たさぬままに。