白無垢の迷宮〜棺忌〜
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■シリーズシナリオ
担当:やなぎきいち
対応レベル:6〜10lv
難易度:やや難
成功報酬:5 G 47 C
参加人数:8人
サポート参加人数:2人
冒険期間:12月17日〜12月24日
リプレイ公開日:2007年12月28日
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●オープニング
●商談〜裏〜
重厚なカーテンから零れた風が、燭台の焔を揺らす。ゆらり、ゆらり。
そこにいたのは一組の男女。男は栗色の髪のハーフエルフで、女は赤毛の人間。そして二人の間には、かび臭い羊皮紙が数枚。
「ふぅん、じゃ、とりあえずデビルはいなかったわけだ。それだけなら朗報だね」
もうデビルはお腹一杯だったんだよ、と男──アルトゥール・ラティシェフ(ez1098)は皮肉気に笑みを湛えた。その髪は今までよりやや短く、襟ぐりや袖からは包帯が顔を覗かせている。機嫌は、冒険者がダンジョンへ向かう前よりも更に悪化しているようだった。
その表情と同様に状況もまた芳しくない。仕掛けの向こうにはアンデッドの存在が確認されているが、ダンジョンの規模は依然として不明のまま。持ち帰った羊皮紙は彼らに何も伝えてくれはしない。女──ルシアン・ドゥーベルグは一枚、羊皮紙を捲った。劣化した蝋を割り開いた羊皮紙だが、記されるのはかび臭い羊皮紙に似合った古い文字。羊皮紙自体も所々ひび割れ、剥がれ落ち、虫に喰われていて、良好な状態とはとても言えない代物だ。
「何か、ヒントになることが記されているかもしれませんわよ、アルトゥール様」
「‥‥古代魔法後は専門外なんだよ。冒険者の方が案外詳しかったりするだろ?」
手渡された羊皮紙を指で弾くと、そのうちの数枚をルシアンへ手渡した。
「お預かりすることは構いませんけれど、お急ぎでしたら私は同行できませんわよ?」
「寝食を忘れるほど好きなダンジョンなんだろう?」
「それはそうですけれど、聖夜祭は掻き入れ時なものですから。先立つものがなければダンジョンを趣味にはできませんわ、金食い虫ですもの」
苦笑し肩を竦めたルシアンへ、アルトゥールは片眉を上げた。
「なんだ、じゃあ結局無駄足踏んだわけかい? ‥‥いや、違うか。僕が契約不履行になってるわけだ」
「ええ、そうなります。手が空いたらまた調べさせてくださいな。商談の方に色をつけて下さってもかまいませんけれど」
「悪いね、考えておくよ」
悪びれずそう言うアルトゥールの機嫌は一層悪く、ルシアンは触らぬ神に祟りなしとばかり口を閉ざす。しかし、それが許されたのはほんの数分‥‥燭台の蝋の減少が目に見えぬほど僅かな時間だけだった。ふと気付いたアルトゥールが、口を開いたのだ。
「キミの話だと冒険者はモンスターに明るくないそうだね。アンデッドが出てくるとあれば、相応の知識のある者が必要なんじゃないかい?」
困惑気味に頷いたルシアンは暫し考え、心当たりはありますけれど‥‥と重く口を開いた。その心当たりは考えるより先に行動するタイプで、尚且つ察しが悪いという欠点を持っている。アルトゥールとは正反対のタイプだ。
「アルトゥール様があまりお好きではないタイプの男性かと思いますわ」
「キミが間に入ってくれれば構わない。このまま、ダンジョンとの関わりを薄れさせるつもりはないんだろう?」
目を眇めたアルトゥールに小さく微笑み、ルシアンは頷いた。
「ふふ、そうですわね。ご不快を与えないよう私が仲介いたしますわ」
アンデッドを呼ぶ男の異名をとる、黒髪の青年。その二つ名の通りアンデッドとの戦闘経験が豊富な彼はアンデッドに関する知識も豊富に携えている。目的地にアンデッドがいる限り、知識なく向かうより遥かに賢明な選択だ。裏を返せばその分他のモンスターとの戦闘経験は浅く、知識も持ち合わせていない。状況によっては人手の足しと考えるべきかもしれぬ。
青年に連絡を取り、二度目のアタックの日付を打ち合わせることには──キエフは収穫祭の赤と緑に彩られていた。
●冒険者ギルドINキエフ
アンデッドを呼ぶ男こと、ラクス・キャンリーゼ(ez1089)はたて続けて遭遇したアンデッドとの戦闘に意欲を燃やしていた。リカバーポーションとヒーリングポーションを1つずつルシアンから受け取り、毒のトラップ対策に解毒剤を預けられ‥‥彼に言わせると『ついで』に数枚の羊皮紙も預かって。
「ゲルマン語じゃないんだな。‥‥わかんね」
目を走らせただけで解読を諦めた。
「未使用の羊皮紙を用意したから、ダンジョンのマップは写して届けて頂戴ね。今回は宝っぽいものがあっても持って帰ってくること‥‥仕事が終わってから検分させてもらうわ」
「わかった。ま、宝なんてどうでもいいんだけどな」
ニッと笑い、感触を確かめるかのようにラクスは何度か拳を握った。彼にとってはアンデッドを倒すことこそが目的であり、宝箱云々は過程にすぎぬのだろう。
「で、日数は6日なのか?」
「何とか7日もらえたわ。何でも、聖夜に血を流すのは無粋なんだそうよ」
「‥‥ま、いいけどな。それまでに掃除を終わらせればいいんだしな」
良くできました、と小さく笑うとルシアンはギルド員に頭を下げた。そして再び、ギルドへ依頼書が掲示される。
──目的は引き続き、ダンジョン内の非友好的なモンスターの排除。
ただし、今回はルシアンの検分が受けられぬ限り報酬は規定通り、である。
ふと、ラクスが訊ねた。
「いつなら宝を見てもらえるんだ?」
「23日の朝一なら。昼には予定があるから、無理よ」
「‥‥早く帰ってくればいいんだな」
シンプルに理解し、男は大きく伸びをした。
●リプレイ本文
●施しし氷棺
冬、この国の人々が最も忙しい時期である。私達も忙しい。
残念ながら、聖夜祭には全く関係のない事柄ではあるが。───ハロルド手記より一部抜粋
アイスコフィンで封じられた石扉は封印した姿のまま、そこに在った──といったら過言だろうか。少々様子が異なっていたのは事実である。
「マジか‥‥」
短髪を掻き上げるように空を仰いだ馬若飛(ec3237)の言葉は短い。プットアウトを使用するつもりだったラドルフスキー・ラッセン(ec1182)は仲間を振り返った。
「どうする?」
「‥‥マグナブローでフォローしていただいた方が確実のようですね」
油も使えるものなら、とバックパックから予備を取り出しながらフォン・イエツェラー(eb7693)も石扉を見上げた。
辛うじてアイスコフィンで封じられるサイズだった扉は氷付けのまま、この時期特有の吹雪によって雪に覆われている。あの時ですら周囲は薄っすら雪化粧を施されていたのだから予想して然るべき姿というものである。
『まずは予定通り火を炊くところから始めよう』
雪に指でそう書いたハロルド・ブックマン(ec3272)の提案は当初の予定通り。問題は薪として燃やせる枝が雪の下に埋もれているということだけ。そして彼らの行うべき1つ目の仕事は、雪の下から薪として使える枝を探す事と相成ったのである。
「うう、冷たい‥‥」
率先して雪を掘らされ‥‥もとい掘っていたイオタ・ファーレンハイト(ec2055)の手は見るからに霜焼け予備軍。見かねたシャリン・シャラン(eb3232)は彼の文字通り頭の上から同情を投げかけた。彼女のウェザーコントロールで雪こそ舞ってはいないが、空気は冷たく体温で溶ける雪も冷たい。
「あたいの手袋使う? ぐしょぐしょになっても中に入ったら乾かせばいいし☆」
「寒くないですか?」
「あら、紳士な騎士様が防寒服の中に入れてくれるんじゃないの?」
「‥‥解りました」
イオタの懐に潜り込んだシャリンはふふん、と顎を上げて女性陣を眺めるが、どうやら喰いつきはイマイチのようで‥‥少々不満気に鼻を鳴らした。
「こないだはデビルとかいなかったけど‥‥奥底に何か封印されてるとか‥‥だったらやだにゃー」
ルイーザ・ベルディーニ(ec0854)はふと頭に浮いた可能性を払拭するように首を振る。限間時雨(ea1968)はにやりと笑って友人を肘で突いた。
「敢えて封印されてるとしたらまた大物ってことだもんね。二匹目のアバドンとか?」
「もうデビルはお腹一杯です。疲れるし」
両手で胸の前に×を作ったルイーザはきりっと表情を引き締めた。
「こんなもんか?」
適当に枝を集めたラクス・キャンリーゼ(ez1089)が会話に水を差すまで、二人の楽しげなやりとりは続いた。
集まった木々に油を撒き、火を放つ。パチパチと軽い音を立てて燃え上がる炎が氷棺を暖めるが、魔法の氷棺が溶けた水は滴らず、全体の体積が徐々に減るように小さくなっていくばかり──それも上部は冷気に晒され続け、なかなかにままならぬ。
「破壊と再生を司りし炎よ、氷棺を焼き尽くせ‥‥!」
ラドラドのマグナブローによる追い討ちが火勢を煽り、時間をかけて‥‥再び、ダンジョンへの入り口が姿を見せた。
●開きし扉
ルシアン氏は趣味で身を滅ぼすタイプではないらしい。そうでなければ商会の社長など務まりはしなかっただろう。
だが、ラクス氏と知り合いであったのは意外だった。───ハロルド手記より、一部抜粋
ガーゴイルの破片散る部屋に拠点を築き、一路、宝箱へと向かう。
「金貨もこれだけあると有難みが失せるわよねー」
両手に抱えられる数枚ずつながら箱から金貨を運び出しながら、シャリンが溜息を漏らした。
「それじゃ、いきます」
金貨のしたに現れた底板を動かすとレバーが姿を現す。そのレバーをフォンが動かすと、重い音と共に宝箱が動き階段が現れた。風に流され、腐臭が溢れ出したがそこにアンデッドの姿はない。
「‥‥いない?」
階段を飛び降りたラクスは周囲を見回し首を振った。設置し発動させた道坂の石を左手に、シャスティフォルを右手に構えて階段を駆け下りようとしたイオタ目掛けてルイーザのとび蹴り!!
「イオ太も飛び降りるにゃー!!」
「ってルイーザ! 蹴るなぁぁ!!」
「いやんイオタってばカッコいー!」
時雨が黄色い完成を上げる。ルイーザが分裂した‥‥とイオタがぼやいた声はきっと二人の耳には届いていまい。
「なあ、イオ太」
「イオタです」
「だからイオ太だろ、そんなことよりお客さんだぜ」
その一言でルイーザと時雨も階段を駆け下りる!
降りた先は狭い通路。埋め尽くすようにアンデッドの群れがぞろり、と現れる。
「イオタ、あそこまで行くにゃ!」
「無茶するなよ!!」
言うだけ無駄か、と苦笑しつつイオタはルイーザと走る!
「硬くない敵なら任せるにゃ! 蝶のように舞い蜂のように刺ぁぁす!」
「骨を刺しても意味ないぜ?」
「言葉のアヤだっつーの!」
ラクスに突っ込むルイーザは殴りたい衝動をスカルウォリアーに向ける。懐に飛び込み振るう左右の攻撃がカッ、カッと軽い音を立てる。ズゥンビ系アンデッドは骨であろうと総じて体力がとても高くなる傾向がある。蜂のように刺す一撃も、武器のスレイヤー能力も、一撃が軽いのでは目に見えたダメージは与えられぬ。しかし突出した彼女を狙うアンデッドたちを背後からイオタが切り伏せていく。
一方、背を合わせて戦う時雨とラクスに息の合った連携は見られぬが的確にフォローを入れていくフォンと、若飛の適切な援護もあり確実にダメージを叩き出し積み重ねていく。
──しかし。
「フォン、ぶつかるわよ!!」
「くっ‥‥すみませんシャリンさんっ」
味方の剣と剣が火花を散らす。シャリンの指示なくば互いの剣が味方を刻もう。前衛5人が戦えるほど通路は広くないのだから当然の結果だ。
──ドォォン!!
──ドォォン!!
ラドラドとハロルドの魔法は狙うまでも無く、打てば当たる入れ食い状態。しかし効果は浅く、スカルウォリアーとズゥンビの群れが持つ無尽蔵の体力を前に、じわりじわりと押されていく。
「道坂の石、効果なんてあるのですか!?」
「あれは設置型の結界だろ! 動かしたら意味ねぇぞッ」
フォンの言葉を乱暴に切り返すラクス。その言葉通り、道坂の石は設置型であり動かせば効果は消えるのだ。
「く‥‥仕方ありません、一旦引きましょう!」
味方同士は満足に剣も振れず、倒しても倒しても湧き出すアンデッド。崩れた陣形では戦列を支えることすらいずれ覚束なくなろう。
「ハロルド、ラドルフスキー、先に上がるぞ!」
ラドラドとハロルドを伴った若飛が通路を封ずべく階段を駆け上り宝箱に手をかけた。
「皆、引いて!!」
現状、唯一の利であろう素早さを活かして距離を稼ぎ、通路を閉じた。
稽古のようにただひたすら武器を振るったその汗が血と混じり、額を、頬を、身体を濡らしていた。
●踊りし文字
人の縁とは斯くも不可思議なものである。
縁がそれであれば運命は言わずもがな、というものだ。―――ハロルド手記より、一部抜粋
ポーションで傷を癒し、癒しきれぬ疲労を軽減するために足を伸ばす。無残な敗退を期した、と頭を垂れるのは時雨ばかりではない。
「羊皮紙を先に読むべきだったんだ」
先を急ぐ余り、冒険者たちはその時間すら確保できぬままだった。未知のダンジョン攻略を目指し、アンデッド殲滅を目指したが、見落としは余りに多かった。
「ラクス、貸してくれ」
「ついでの荷物か、ちょっと待ってろ」
ラドラドに促され羊皮紙を取り出すラクス。取り出されたる羊皮紙に記されたのはかび臭い紙に似合った古い文字。所々ひび割れ、剥がれ落ち、虫に喰われていて、良好な状態とはとても言えない例の羊皮紙、である。
バックパックに突っ込んであった羊皮紙を取り出しぽんと投げたラクスにただでさえシャープなラドラドの目尻が釣り上がる。
「こんな無造作に扱うな!!」
投げられた羊皮紙からはらりと表面が崩れた。ほんの小さな面積だったが‥‥ラドラドは激昂し、受け取った羊皮紙を慎重に広げていく。羊皮紙が隅々まで照らされるようにランタンを置き、指でなぞりながら単語を吟味していく。
「ゲルマン語じゃなかったぜ?」
投げかけるラクスの言葉など、既にラドラドの耳には入っていない。羊皮紙を覗き込んだ若飛は首を傾げてロシア王国に生を受けた仲間達を振り返る。
「確かに。華国語‥‥なわけねーわな。この辺の公用語がゲルマン語になったのっていつからだっけか」
「東ヨーロッパ平原にノブゴロド公国が成立したのは神聖暦862年だが‥‥」
「ですが、キエフ公国の歴史は浅いですから240年ということもないでしょうね」
「それにしたってかなーり昔だよなぁ‥‥それなのに仕掛けとか凝った作りだし、ちゃんと動くし」
イオタとフォンの言葉に再び首を捻る。
「なあ、前回持ち帰った奴ってダミーじゃねえの?」
「その割には豪勢だったような気がするわよ」
ひょいと若飛の肩に座ったシャリンを見上げ、ルイーザも同意する。
「あたしもちょっと思ってたんだよね、アンデッドが守護者だったら‥‥って」
「デビルとかはそういうの出来そうだが。デビル魔法って奴かぁ? ‥‥悪ぃ、想像が悪い方に行った。そっち関係は絡んで欲しくねぇなぁ」
「それ、もうあたしたちが言ったにゃー」
「若飛も意外と情報収集能力が甘いね」
けらけらと笑う時雨とルイーザ。この二人がタッグを組んだら勝てる者はいない、のかもしれない。
「真面目な話だとね、デビルよりは誰かのお墓かなーって思ってたんだよね。匂いもあんまりないし」
『匂いが篭らないのは風が抜けているからと思われる』
ハロルドの筆跡がそう告げる。確かに、1階では停滞していた空気が地下への通路を開いてからというもの、若干ではあるが流れ始めている。
「じゃあどこかに風の吹く場所がある‥‥ってヤバくない? アンデッドが外に溢れちゃうよ」
「たぶん、それは大丈夫だと思いますよ。今まで表に現れていなかったということは、アンデッドが出入りしない場所なのではないでしょうか」
ああ、なるほど。
フォンの言葉に納得させられ、時雨は頷いた。仕掛けの作動に伴って空いた通風口なら臭いは篭るはずで、それがないということは臭いは風に流され浄化されていたということなのだろう。
『どうだ』
頭を寄せ合う仲間達から外れ、ハロルドはテレパシーでラドラドへ解読状況を尋ねた。
「精霊とか、封印とか‥‥デビル、って単語もある」
『デビルか‥‥』
表情の動かぬ顔に、それでもうんざりとした色が滲む。デビル三昧の生活は御免被りたいのは皆同じなのだろう。
ラドラドの口からぽつりと漏れた説明的な言葉に、仲間達も会話を止めて耳を傾けた。
「虫食いも崩れた箇所もあるから憶測を混ぜるが‥‥」
そう前置きしてラドルフスキーが語ったことは、冒険者の表情を歪めさせた。
●真実の欠片
「かつて、このダンジョンは強大なデビルを封印するために作られた。作成した人々はこの地に住まう、デビルを嫌う精霊の協力を勝ち得てデビルを策に嵌めるべく画策をする。しかしデビルに策は通じず、多くの人が誑かされ‥‥」
「されて‥‥どうなったの?」
促すシャリンの表情から、いつもの明るさは陰を潜めていた。
「裏切った人々によって、この地にはデビルではなく精霊が封印されたそうだ。裏切られたと考えた精霊は、呪詛の言葉を吐いて最期の時まで人々を責め続けた」
「裏切らなかった人のことも?」
「ああ。呪詛は恐ろしかったのだろうな、精霊と共にいた者たちも逃げ出そうとしたようだが、彼らをも内部に残したまま、地下の封印へ続く通路は閉じられたようだ。アンデッドたちは、恐らく彼らの成れの果てだろう」
「そんな‥‥」
フォンが唇を噛んだ。デビルを倒そうとしたが故にアンデッドとして彷徨い続けることとなるとは。
「羊皮紙を書いた人はどうしたんです?」
「イオタ、想像してみろよ。たった一人で、自分を裏切ったと思っている相手──しかも問答無用で攻撃してくる相手を助けられるか?」
「でも、一人じゃなかったかもしれない」
「ああ。だが『強大なデビル』とそれに誑かされた連中も一人じゃなかっただろうがな」
若飛も静かにそう語った。
「その羊皮紙に書いてあることが嘘だって可能性は?」
「もちろんあるだろうが‥‥」
『嘘を書くなら高価な宝を一緒に置いておく意味はないと考える』
尋ねた時雨の言葉へ返すべく、ハロルドの言葉が踊る。ルイーザも、それには同感のようだ。
「風精の指輪なんて精霊の加護を受けた指輪なんだし、精霊の仲間だった人が持ってたって考えたほうが自然じゃにゃーかい?」
絡み合う時雨とルイーザの視線はどちらも悲しい色を滲ませていた。
デビルを封じるべき封印へ、結果的に、形だけとはいえ騙し討ちをして精霊を封印した人々。
加護を与えた人々に裏切られた精霊の怒りはどれほどだったろう。
そして、羊皮紙を認めた人物の心痛は‥‥
「早いですが‥‥キエフに戻りましょうか」
「ちょっと待てよ、まだ時間はあるぜ」
イオタの肩を若飛が掴んだ。
「ルシアンと話すのでしょう?」
「宝も無ぇんだ、急いで戻る理由はねぇだろ」
冒険者の間でも足並みは揃っていない。
「じゃあ聞きますが‥‥本当に、この遺跡を暴くんですか? 精霊と戦──いたくはない、つまり宥める必要があるんですよ?」
「でもイオ太、依頼は依頼だよ?」
「そうですが‥‥」
いっそ羊皮紙の情報がなければ迷うこともなかったかもしれない。
だが、彼らは知ってしまった。真実の欠片を。
「せめてアンデッドだけでも‥‥眠らせてから帰りませんか」
控えめなフォンの提案に異を唱える者はなく。
結局、3日間で都合6度のアタックを経て、目に付くアンデッドは全て眠らることに成功した。
消費した膨大な量のポーションや油等の消耗品はキエフに戻った後に依頼人より支給されたのだが‥‥懐が痛まなかった喜びは、なかった。