●リプレイ本文
●三度、暗闇へ
幾度目かの洞窟。明らかに人の手が加わったそのダンジョンは、春の陽気に照らされて氷の封印を解き、変わらぬ場所にぽっかりと口を開けていた。
「もう、奥がどうなってるか気になって仕方なかったのよね‥‥」『ね♪』
夜の如き闇の中へ、ふわりふわりと宙を舞い行く二つの陰。姉妹のようなシャリン・シャラン(eb3232)とそのペットの妖精フレアである。ダウジング・ペンデュラムを使用した際、シャリンの胸の前10センチほどの所に煌いたレミエラの光点は、今はない。
「ちょっと待ってください、灯りをつけますから!」
気が急くのか、イオタ・ファーレンハイト(ec2055)の手元で火打石はカツカツと音を立てるばかり。
「イオ太、早くしないと置いてくにゃー♪」
「置いてくって、ルイーザも殿だろうっ」
既に灯りの点ったランタンを抱えてきゃらきゃらと楽しげに笑うルイーザ・ベルディーニ(ec0854)もレミエラを融合させたアイテムを所持しているが、光点はない。レミエラを使用した時だけ輝く光点は、戦闘時には補助照明として役に立とうが、常設の照明としては役に立たぬ。
「‥‥ああ、点いた」
「ん? まだ点いてなかったのか」
「悪いかっ」
からかうようににやりと笑う馬若飛(ec3237)の手にもランタン。反射的に見上げた身長差に軽くショックを受けたイオタを淡々と見つめるハロルド・ブックマン(ec3272)もまた同様にランタンを用意している。どうやら、レミエラの光点を補助照明とせずとも、今回は灯りに苦労することはなさそうである。
「じゃ、出発しよう。今度こそ、この遺跡での探索にケリをつけよっか!」
知ってしまえば知らぬ素振りなどできない。囚われの姫、もとい精霊を助け出すため。限間時雨(ea1968)は愛刀を鞘ごと担ぎ上げた。
「封じられてるって言う精霊も騒がしいと思ったら静かになってヤキモキしてたりするのかしら?」『しら♪』
姉妹のような2人が、くいと小首を傾げた。
●新たなる住人
「はあっ!!」
若飛の刀がゴブリンを袈裟懸けに斬る!
「おーおー、身の丈にあわねぇ武器なんぞ持っちまってな」
若飛の剣は軽やかに踊る。
「あー! 私の獲物!!」
「早い者勝ちだろ? どっちにしろ倒さなきゃならねぇんだしな」
横合いから止めを刺された時雨はつまらなさそうに次のゴブリンを間合いに収めた。剣を振るう間だけは、悲しき精霊のことを忘れていられると言わんばかりに。
「ルっち!!」
ルイーザの名剣クルテインがゴブリンの朽ちた剣を弾いた!
ルシアンは一般人、彼女の護衛も仕事のうち。冒険者の手を塞がぬよう受け取ったいくつかのランタンと自前の羊皮紙を抱え、せめて邪魔にならぬようにと剣戟の中で壁の花と化していたルシアンは、動かないという意味ではゴブリンの格好の標的だったのだろう。
「弾けろ」
掠れた声で短く詠唱され、出現した水が爆発する!
背後で起きた突然の爆発に巻き込まれ、ゴブリンたちは耳障りな声で悲鳴をあげた。
「人が入らなかったのはゴブリンが棲み付いたから、なんて‥‥何か皮肉よね」『よねっ』
天井付近に避難したシャリンは前後の通路に視線を送る。友人ゴールドから盗賊や侵入者の噂がないことは聞いたが、それがこの状態に因るものならば歓迎はできない。いや、住み着いたのがゴブリン程度だったことを歓迎すべきか。ともかく、今のところ増援はない。
「──この洞窟を選んでしまったことが不運だったんですよ」
最後の一匹に止めを刺したイオタが剣を振るい滴る血を弾きながら亡骸に呟いた。ルイーザと時雨の黄色い声が飛んで、全然シリアスではなかったけれど。
「これで1階は踏破よね? ダウジングにも反応があれば良かったんだけど」
ふわりと降りてきたシャリンに頷き、ハロルドはルシアンの持つマップを覗く。ゴブリンの存在は彼女のフォーノリッヂで予め予測することができたが、ダウジング・ペンデュラムはただ垂れ下がるばかりだった。反応がないのか、それともマップ内に祠が無いのかは解らない。
「地下に下りてみましょう。まだ見てない場所も、見つけていない隠し通路やトラップもあるかもしれないもの」
ゴブリンの身体から立つ血の臭いに口元を押さえたルシアン、その瞳は好奇心に輝いていて──ハロルドは小さく笑った。
そして潜った地下、時雨の言葉で風の流れを追うと──風の吹き込む天窓を発見した。シャリンが覗くと、切り立った崖に囲まれた大地がある。
「外れみたい」
「じゃあ、この階層かなぁ‥‥」
うーん、と首を傾げる時雨。六芒星の中心にあったのは隠し扉で、1階の通路はそれを封じるための補助的な何かだったのだろう。
問題の祠は──風の流れ着く先にあった。生命の気配のない祠ゆえ、アンデッドの攻撃を免れたのだろう。
遠目に見ると、小さな礼拝堂のような、粗末な祠だった。
「それじゃ行きましょ♪ ‥‥って、フレア?」
意気揚揚と進もうというシャリンだが、相棒は一向に進む気配がない。嫌々をするように首をふり、じりじりと後退していく始末。そういえば封印されているのは精霊だったわね、と呟いたシャリンはうーんと首を傾げた。
「大丈夫よ、フレア。あたしも一緒だもの」
きゅっと手を握ってウィンクをひとつ。築いた太い絆に従いシャリンに引きずられるようにフレアも先に進み始めた‥‥
●裏切りの記憶
「これが祠?」
粗末な祠、けれどその前に立つだけで‥‥重圧を感じる。スクロールを使ったハロルドが新鮮な空気を溢れさせてなお、その重圧は軽減されることなく圧し掛かってくる。
罠の類が無いことをルシアンと共に確認した若飛が、その扉に手をかけた。
「‥‥開けるぜ?」
空気が張り詰める。鬼が出るか蛇が出るか‥‥どちらにしても戦闘になれば勝ち目はないと感じていたのは若飛ばかりではあるまい。
もっとも──この場の誰もが、封じられているであろう精霊に対し武器を向ける気など持ち合わせていないのだが。
──ギギ‥‥
鈍い音を立てて軋んだ扉がゆっくりと開く。
「‥‥剣?」
「剣だねぇ」
幅2m、奥行き3mほどのその中には、一振りの剣が収められていた。漆黒の鞘に収まった剣は、若飛の目にも時雨の目にも、至極シンプルなロングソードのような形状に見える。そのほかには、何もない。
2人の隙間から何対もの目が祠の中を覗いていると、なあ、と若飛が呟いた。剣に注がれていた視線が、声の主に移る。
「ちなみに、封印ってどう解くんだ?」
「‥‥‥‥」
そういえば、誰も知らない。
あの羊皮紙には書いてあったのかもしれないが‥‥ダンジョンへの道中で依頼人の館に寄る時間はなかったのだ。しかし、ルシアンの言葉が真実であればキエフの言語研究施設へ移送されたそうなので寄れたとしても見ることはできなかったのだが。
「剣を取るか、鞘から抜いてみれば良いのではないか?」
羊皮紙に記された文字列ではなく、ハロルドがゆっくりと言った。
「そうだね、できることからやってみよ。自由で奔放な風がこんな狭いところに封印されてたら‥‥可哀相だもの」
「裏切り、か‥‥つれぇな」
左手の指をさする若飛の言葉。ハロルドは目を伏せ喉に残る傷に触れ、同情を呟いたルイーザは瞳を翳らせた。
「‥‥俺たちは裏切らない。それでいいだろう?」
仲間のことも、精霊のことも。
そっと背を支えたイオタに揺らいだ心も支えられ、ルイーザは笑みを浮かべて頷いた。
●囚われし風
「それじゃ、いくよ」
剣に手を伸ばしたのは時雨だった。柄と鞘に両手を添え、掲げるようにそっと持ち上げると‥‥実体を伴った重量感が伝わった。
ごくり、と誰かがつばを飲む音が聞こえる。
ゆっくりと添えた手で握り締め、剣を抜き放った──途端、猛烈な風が冒険者を吹き飛ばさんと吹き荒れた!!
「きゃああ!!」
それは誰の悲鳴か。思わず目を瞑った者には解らない。
彼らが次に目を開けた時、祠の中には、白銀に輝く鎧を纏いう美しい女性があった。
その長い髪は内から溢れる風に靡き、手にはきらめく槍と盾を掲げている。
「‥‥そんな」
吹き飛ばされ地に斃れたシャリン、その声が震えた。呟いたのは、風の精霊としては最高位に属する者。さすがのシャリンも詳しくは知らない、彼女の名はヴァルキューレ。
本能のままに動くエレメンタルフェアリーのように知能が低いわけではないのだろう、現れた者たちを値踏みするかのように静かに佇み、襲い掛かってくる気配はない。構えていたお陰で辛うじて踏み止まったイオタは、じっと女性を観察する。居並ぶ冒険者たちを睨むその瞳には、確固たる怒りと悲しみが存在していた。
「お前たちは誰だ?」
耳を打つ凛とした高い声は、それだけで聞き惚れそうな甘やかな美声。しかし、その静かさが積もり積もった怒りを伝え、空気は否応なしに張り詰めていく。
「ここにいた者たちはどうした」
「貴女がここに封じられてから、長い時が流れています。彼らは死し、アンデッドとなってこの場に留まっていましたが‥‥私たちが永遠の眠りを」
威風堂々としたヴァルキューレへ畏まり、イオタが事実のみを伝える。
吹き抜ける風へ耳を傾けるようにその言葉を聞いた精霊は、目を眇めてイオタを、次いで冒険者らを見つめた。
「ならばなぜお前たちはここへ来た」
「風は暗い遺跡で閉じ込められているものじゃなくて、空を駆け巡るものでしょう? 私は精霊さんへ自由を取り戻させたかっただけ」
ただそれだけ。
叩きつけられた壁から立ち上がり、じっと精霊を見据えて言った時雨は‥‥封印の媒体だった剣に視線を落とした。刀身まで濡れたような漆黒の剣は決して禍々しくなどなく、その手に収まっていた。ヴァルキューレは真実を見つけようとするかのように、静かに時雨と彼女の握る剣を見つめた。
「この遺跡を訪れたのは偶然です。調査の依頼を受けて訪れ、アンデッドの群れに遭遇しました。その仕事の最中に──ここの歴史を知り、アンデッドたちを安らかな眠りへ導きました。封印をといたのは‥‥私たちの雇い主がそれを望んだからです」
「歴史を知る術などあるわけがない」
イオタの言葉に鼻白むヴァルキューレ。残していない歴史を知る術はあるまい。ましてや、人はデビルに与したのだ。
「ここに貴女を封じてしまった者の一人が‥‥その罪深さに悩み、全てを記して残しました。私たちはその記録を見て事実を知り、ここまで来た。ここにデビルを封じようとしたこと。デビルの甘言に乗った者たちの裏切りで貴女が封じられてしまったこと。貴女の呪詛を恐れるあまり逃げ出してしまったこと。全てが記してありました‥‥悔悟の想いと共に」
イオタの言葉を継いだのは掠れた無機質な声。ハロルドのこんなに長い台詞を聴いたのは、若飛ですら久しぶりのことだった。しかし、言葉で伝えるべきだと──示せる数少ない誠意だと信じ、揺るがぬ冷静な瞳で告げる。
●戦乙女の想い
再び、沈黙が場を支配しかけたとき。若飛が深く頭を下げた。
「順番が逆になっちまったが、まず謝らせてくれ。ほんとにすまなかった」
「‥‥今の話が真実ならば、お前が謝罪する理がないだろう」
「でも、同じ人がやった事だからな。時代も大分、変ったとは思うけど人はあんま変わってない気もする。相変わらず、デビルにはよく騙されるしな」
男の言葉に、精霊は薄い笑みを浮かべた。彼女が始めて人を見たその日から、ひょっとしたら人間は変わっていないのかもしれない。
「人は弱いから‥‥でも、したことが許されるわけじゃない。本当に‥‥ごめんなさい。人を恨まないでなんて傲慢なこと言えないけど‥‥できることなら、人に害をなすことはしないでほしいな。あたし、風は好きだから」
しゅんと肩を落としたルイーザの姿は、決して偽りではない。自由で奔放で大好きな風が敵になるのは悲しすぎる。
その想いが伝わったのだろうか、石突を地面に下ろした。
「確かに彼らの犯した罪は重い。しかし彼らは死して尚貴方の眠る祠を護っていた。彼らの魂の悔恨と贖罪の念がそうさせたと私はそう思いたいのです」
それは、この地に生を受けたイオタが言うべき言葉。謝罪の言葉を口にするのにもっとも相応しい者は、彼だろう。
ゆっくりと瞬きをし、精霊は小さく言った。
「‥‥ここにはあのデビルが封印されるはずだった。吹き抜ける風は、私がこの地を監視するためのもの。正義のための戦い故に私は力を貸したのだがな‥‥」
どこか自嘲じみた言葉は、冒険者の言葉に一抹の真実を見出した証。
「行き場のない怒りがあるならとりあえず、俺にぶつけて発散してくれぃ! 死なん程度でっ!」
「‥‥積年の恨みを無にするに相応しいかどうかは、人の今後を見よう。今私が責めねばならぬのはあのデビル、お前たちではない」
真顔で告げたヴァルキューレは、しかしふっと笑顔を浮かべた。
「救い出してくれたことは感謝する。お前たちと雇い主とやらが正義のための戦うことがあれば手を貸そう──だが、先ずは私を護りし者たちを天へと導くとしよう。お前たちにも、絶えることなき風の加護を」
精霊の纏う風が強くなった。ふわりと風に浮かび、風に乗って──ヴァルキューレは去っていった。
「‥‥あの精霊を封じるほどの相手が、まだいるってことですか‥‥」
「アバドンじゃないよね、きっと‥‥ヴァルキューレより頭悪そうだし」
イオタと時雨は残された言葉に渋面を浮かべたが、そのデビルと対峙するときは彼女と肩を並べるときだと思うと──それも悪くないと、頬が少しだけ緩んだ。
「さて、残った時間で罠解析とかするか? 俺も指の感覚、大分戻ったし少しは手伝えるぜ♪」
若飛の声に、様子を見守っていたルシアンも笑顔で頷いた。これで心置きなく、ダンジョンを探索できるというものだ。
「──ああっ!?」
「どうしたの、シャリン?」
「お近付きのダンス、踊り損ねちゃった‥‥」『た‥‥』
肩を落とすシフールの小さな背を時雨が叩いた。きっと踊る機会もあるよ、と。
そして探索に戻った一行は、水を得た魚と化したどころか耐えていた反動も加わって気合い漲るルシアンから、3フィートの棒を与えられ、一歩一歩全ての床から天井まで舐めるようにチェックするという地獄のような作業を与えられたのだった。
「マニアって、マニアって怖い‥‥」
「ルっちの鬼‥‥!!」
さしもの時雨とルイーザもげんなりと岐路についたとかつかなかったとか☆
●5月20日
人は偏に未熟である。完全と言う言葉から最も遠い存在と思える。
それ故に何時の時代も人はデビルに騙されていたらしい。宗教家も頭の痛い事である。
人が弱い限り、それは続く。人が強くなる時は果たしてくるのか―――ハロルド書記より、抜粋