【道を継ぐ者】光と闇の饗宴

■シリーズシナリオ


担当:やなぎきいち

対応レベル:11〜lv

難易度:やや易

成功報酬:4 G 56 C

参加人数:8人

サポート参加人数:4人

冒険期間:05月02日〜05月09日

リプレイ公開日:2009年08月31日

●オープニング

●風と地の憂い
 羊皮紙に埋め尽くされた机は埃をかぶりうっすらと白く染まる。括られた薬草はすっかり乾燥し、主に放置されている期間が長いことを示していた。この部屋を取り仕切るべき青年は領主として忙殺されている。彼の認めた弟子たちも、方々で値千金の活動をしているだろう。何故なら──ロシアの地に、数々のデビルが姿を現したから。
 それは、キエフの北に位置するセベナージ領にも言えることだった。比較的被害が少ないのは新領主アルトゥール・ラティシェフの尽力に拠るところが大きい、と領民達は彼を誉めそやす。だが領主アルトゥールは其れが自身の力であるとは考えていなかった。この地のどこかに居るもう一人の支配者、風の精霊ヴァルキューレ。領主の存在など知るまい、領民のことなど考えても居まい。ただ正義を願う彼女の存在がデビルを牽制していることは、古の羊皮紙が残した影の史実が伝えている。
 だが、この地にはまだ潜んでいるはずなのだ──風の精霊では最上位に位置するヴァルキューレさえ封印させた、姦計を繰るデビルが。未だその全容を掴ませぬ、闇の存在が。

●女帝と領主
 現れたオーガの群れへの手配を騎士団に命じ、救援物資の増量を願う嘆願書を視線で撫でる。増量は自身望むところなのだが、全ての嘆願に応えていては財政が破綻する──交通と運輸の要所、キエフ湖が領内に存在する幸運に、端整な顔立ちの領主は溜息を一つ零した。
 キエフ湖の畔の商業都市にきな臭い気配がある。頭痛の種だった。
 そんなアルトゥールの思考を遮るように執務室の重厚な扉を叩く音が室内へと響く。訪れたのは近衛騎士ヴァレリーだった。一礼した男は端的に用件を述べる。
「失礼いたします。エカテリーナ様より急使が」
「ああ、もうそんな時期か‥‥伯母上が到着なさるのか。キエフ公国の屋台骨でも揺るがすつもりか──いや、人気取りかな」
「アルトゥール様」
「お前が口を滑らせなければ耳には入らないよ、ヴァレリー」
 領主就任式に来訪したノブゴロド大公妃エカテリーナが、再びこの地を訪れる。名目上は、騎士叙勲式への臨席。だが、親族とはいえたかが一領主が執り行う騎士叙勲式如きに金も時間も掛けて臨席するなど、今まででは考えられぬこと。それどころか、短期間にこれほどキエフ公国を訪れること自体、今まで例がない。
 だが、現在のキエフ公国では比較的平穏とされているセベナージ、その領主として一公国の大公妃の来訪を断ることなどできようはずもない。ましてや、彼女の息子がこの地に滞在中なのだ。同じく陰謀詭計を好むエカテリーナ大公妃とは相性の良いアルトゥールであるが、正直、この時期の来訪は歓迎できなかった。現状で、彼の両手は塞がっているのだから。
 理想に燃え正義を美徳とする従兄弟がいれば、大公妃の行動を牽制することもできようか──そう考えた領主は尋ねる。
「ペトルーハは」
「明後日に戻ると伺っております」
「間に合うか、不幸中の幸いだ」
「‥‥」
 咎めるよう咳払いをしたヴァレリーに深緑の双眸を向け。叙勲式の準備を急げ、と短く告げた。
「滞在される口実は少ない方が良い。それに──ずいぶんと待たせてしまっているしね」
 領主ではなく彼自身の口調で信を置く冒険者たちの姿を思い描いた一瞬だけ、厳しい表情が和らいだのは気のせいではあるまい。
「ああヴァレリー、彼を招待するのも忘れずに。誰にも悟られないように」

●墓守の誘惑
 貴人の墓を守る少年がいた。両の瞳を失った、名もなき白髪の少年である。失った名を、テオという。二度と見えぬ星空の様子など知る由もなく、ひんやりと冷えた空気で時間を知る。夜の風は、一人で暮らす彼の身体を芯まで冷やさんと、戸口の隙間から滑り込んできた。
 するりと扉から抜け出した猫は、気儘に墓場を歩き回る。そして、人影に気付き顔を上げた。

 月明かりの下、2つの視線が交わる。

 猫が全身の毛を逆立てた。
『──‥‥』
 しかし、人影が何かを呟くと、猫はビクッと身を震わせ。何事も無かったかのように、深夜の散歩を終えると、小さな戸口を潜った。
「ミャ〜‥‥」
 いつしか棲み付き、日々温もりを与えてくれている小さな同居人。その帰宅の声に小屋の主は頬を緩める。少年の使う戸口の横に拵えた小さな戸口が、同居人の出入り口。冷たい風はその出入り口を我が物顔で潜り抜けるのだが、同居人の柔かな暖かさを思えば、春の風の冷たさ程度、耐えられぬほどではない。ましてや、嬉しい報せがあったばかり。
「叙勲式が見られないのが残念だけど‥‥でも‥‥」
 招かれたのだ、甚大な被害を齎したあの屋敷に。大切な友人を祝うために。無用なトラブルを防ぐためと口止めはされたが、これ以上の迷惑をかけるつもりなど毛頭なかった。それに──そもそも少年には、この小さな同居人以外に言葉を交わす相手などいないのだ。
「一緒に、行こうね‥‥?」
「ミャ〜」
 アーモンド形の目を瞑り嬉しそうに鳴く猫は、少年のベッドに潜り込んだ。

 闇に紛れた双眸の主から漏れた含み笑いが風に吹かれて消える前に、その姿は闇に溶けて、消えた。
 月明かりに照らされた白き珠の輪郭だけが、刹那、暗闇に浮かび──後を追うように、消えた。

●潜みし影、纏いし闇
 明るき場所にできる影は濃い、それが世間の理。
 その濃い影に、好んで身を寄せる少女が一人。紺色の装束を纏った小さき椛の掌には、一枚の羊皮紙。
「‥‥ふぅん」
 昔はミミズののた打ち回った跡にしか見えなかった文字が記す依頼に目を通し、つまらなそうな声を洩らす。
「仕事だって。たくさん遊んだし、頑張ろうか」
 愛くるしい顔立ちに似合わず、その視線は冷たい。口元に浮かぶ笑みもまた、冷徹。
 傍らの愛犬も主を真似るかのように、つぶらな瞳に怜悧な輝きを乗せる。
 少女の名を雛菊、相棒の名は雛雪といった。

●今回の参加者

 ea3026 サラサ・フローライト(27歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea3947 双海 一刃(30歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea9114 フィニィ・フォルテン(23歳・♀・バード・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 ea9128 ミィナ・コヅツミ(24歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb4341 シュテルケ・フェストゥング(22歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 eb5612 キリル・ファミーリヤ(32歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb5631 エカテリーナ・イヴァリス(24歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb5758 ニセ・アンリィ(39歳・♂・ナイト・ジャイアント・ロシア王国)

●サポート参加者

ゴールド・ストーム(ea3785)/ シャリン・シャラン(eb3232)/ シャリーア・フォルテライズ(eb4248)/ ヴィクトリア・トルスタヤ(eb8588

●リプレイ本文

●門出への旅路
 新緑の中、颯爽と駆け抜けてゆく馬二頭。
 鞍上には凛々しさ滲む銀の髪の青年キリル・ファミーリヤ(eb5612)と、あどけなさの残る金の髪の少年シュテルケ・フェストゥング(eb4341)──共に此度、騎士として道を定めようという二人の姿。僅か、息が上がっているのは不意に姿を現したオーガと一戦交えたからだろうか。
「セブンリーグブーツの皆、大丈夫かな」
「自分の身はもちろん、居合わせた方の安全も守るくらい難なくこなすのではないですか?」
「だな、魔法の援護もいっぱいだし」
 二対の青き瞳が緑の輝きの下で交差する。穏やかな笑みを絶やさぬまま、先を急ぐべく二人は馬の腹を蹴った。
「──くしゅんっ」
「冷えたか、少し休もう」
 梢のざわめきにかき消されそうなフィニィ・フォルテン(ea9114)の小さなくしゃみ。耳ざとく聞きつけたサラサ・フローライト(ea3026)が休憩を提案するも、
「歩く程度の労力で進める魔法の靴とはいえ、歩く程度には疲れるわけですから休憩も必要ですよ」
「フィニィさんは喉も大事になさらないといけませんしねー」
 真顔で休憩を勧めたカーチャことエカテリーナ・イヴァリス(eb5631)の後ろで、手近な木の根元に腰を下ろし水袋を取り外したミィナ・コヅツミ(ea9128)は、僅かな水分を口に含み喉を湿らせながらフィニィに笑みを向ける。
「‥‥そうですね、楽師として召抱えていただくのに失礼があっては申し訳な‥‥いえ、アルトゥール様にご迷惑をお掛けしてしまいますね」
 歩みを止めミィナの隣に腰を下ろしたフィニィ。なるほど言葉はああ選ぶのかと、人間関係を弱点と自覚しているカーチャとサラサはミィナの所作から一つ学ぶ。
「なんというか、振り返ってみると感慨深いな‥‥」
 もう暫く進めばラティシェフ家の城と呼ぶべき屋敷に到着しようが、サラサの意識は過ぎ去りし過去へと向かう。
 一年を通じアルトゥール・ラティシェフ(ez1098)と関わってきた。そして今、長く研鑽を重ねてきた吟遊詩人、月魔法の使い手としての道を離れ‥‥ウィザードを師と仰ぐ薬師として、新たな道を選ぼうとしている。
「一つの区切りとして気を引き締めねば、な」
(「一つの区切り‥‥」)
 サラサの言葉に、双海一刃(ea3947)は何を思い描いたのか。口にするには、彼は寡黙すぎた。
 風が、漆黒の髪を引くように‥‥さらりと流した。

 ──時節は春。生命の季節、芽吹きの季節、巣立ちの季節。


●城門の別離
 多忙を極める領主への挨拶を一度で済ませるため、城下で落ち合い、共にセベナージ領主の館の門扉を潜った七人であったが‥‥今か今かと待ち構えていた数名の騎士に出迎えられた。
「かなり早まったはずなんですが‥‥どうして到着が解ったのでしょうね」
「あんまり早く着くのも失礼かと思って、シフール便出しておいたんだ」
 首を傾げたミィナの疑問へ小さく答えるシュテルケ。出迎えなど想像もしていなかった彼は申し訳無さそうに小さく背を丸めたのだが──
「連絡感謝する。キリル、シュテルケ、こちらへ」
 騎士は騎士で二人を待つ用があったのだろう、キリルとシュテルケはたちまち拘束されてしまった。
「あの、アルトゥール様へご挨拶を‥‥!」
「到着の報は伝えよう。二人には覚えておいて貰わねばならぬことが多い、こちらへ」
「え、でも俺、アルトゥールさん、じゃなくて様にお話ししたいことが!!」
「お会いできるよう計らおう。今はこちらへ」
「馬は厩舎で預かろう」
 手綱を引く者、荷物を運ぶべく手を貸す者、導く者。恐らくこの城内での使用人がそうであるように、彼等もまたてきぱきと話を進めて行く。当事者の二人は元より、フィニィやミィナにすら口を挟む余地は見つけられず引き離されてしまった。
「‥‥手順や基本的な礼儀作法などを叩き込まれるのでしょう。夜になれば身体も清めねばならないでしょうし」
「ああ、カーチャさんは経験されているんですね」
 名のある者が祝いに駆けつけるのならば、それなりの礼儀作法があるに越したことはない。日程的に諦めていただろうが、時間に多少なりとも余裕があるのならば、彼等も主の名誉のために後輩へ叩き込んでおきたい知識などもあるに違いない。
 なるほどと納得したミィナは、敬虔なるセーラの信徒キリルよりも、溌剌とした奔放なシュテルケへ思いを馳せた。叙勲式までの一日と少しの時間、何よりの苦行となるであろうシュテルケへ、僅かばかりの応援の祈りを送る。
「では、私たちだけでもご挨拶にうかがいましょうか」
 常より穏やかな物腰のフィニィだが、纏う雰囲気が常以上に穏やかなことには理由があった。友人シャリンの魔法、フォーノリッジの示した未来。『叙勲式、デビル、襲撃』や『叙勲式、アルトゥール、危険』といったキーワードで垣間見た未来に‥‥冒険者が警戒している最悪の事態は起こっていない。
 警戒を惰るつもりはないが、幾分気持ちが安らいでいるのは疑いようも無い。
 アルトゥールへの挨拶と言われ、仕官を願わぬカーチャと一刃、ミィナはそれぞれ視線を交わしたが、彼等を招いた貴族への挨拶を怠るのも礼を欠きすぎるだろうと、同席することを選ぶ。
 何より、彼等は知っていた──セベナージの若き領主は機嫌を損ね易いのだ、と。
 だがしかし、多忙を極めるアルトゥールの身が空くには暫しの時間が必要で、代表としてじっと待つフィニィが挨拶を行えたのは、徐々に長くなりつつある日も傾きかけた夕刻。徒歩でセベナージに向かったニセ・アンリィ(eb5758)が到着した後、当初からアルトゥールが予定していたであろう時刻である。

 ──空は茜色にその色を変え始めていた。


●護り学ぶ虹、闇と白の邂逅
 刻は少々前後する。
「こちらこそよろしくお願いいたします」
 警備に加わりたいと申し出れば意外にもあっさりと了承され、一介の冒険者と自認していたカーチャは逆に少々戸惑った。だが、希望すれば仕官が叶うまでの信頼を築いたことを考えれば当然の判断だろう。
 まして、浅い歴史に長く名を刻む古き貴族に仕える騎士団長として彼は紋章学にも長けている。ロシア王国に存在する紋章を掲げているのだ、カーチャの掲げる紋章がヴァレリーに対し確かに身元を保証していた。小さな領であれど、学んだものから見れば親族までぞろりと判明してしまう。無論、それは粗相が有れば親類縁者まで累が及ぶということでもある。胸元へと潜めたレインボーリボンにそっと手を触れ、気を引き締める。
 式典とはいえ、先日行われた領主の任命式に比較すれば、その規模は小さなもの。厳重な警備による物々しさが醸しだされているのは、エカテリーナ大公妃やその子息が参列するために他ならない。故に、心証を良くしようという下心を抱いた村や町の長や商人等も顔を見せることから、騎士叙勲式としては規模が大きく見えるというのが正直な所。
「だからこその警備、ですか‥‥」
 説明を受け得心の行ったカーチャは真摯な表情で頷いた。出入りする人数が置ければ危険が増すのは、護衛や警備の依頼を経験した冒険者ならば駆け出しでも解ること。
「警備をする側としては、この大人数はあまり歓迎したいものではありませんが‥‥戯言を進言しても詮無きこと。アルトゥール様がお決めになられたことであれば、ラティシェフ家の名に瑕かぬよう最善を尽くすのみです」
 一通りの警備状況を説明し、ヴァレリーはそう締め括る。
 独自判断を優先する冒険者であることを考慮され、式典会場の一角を居とした遊撃を命じられたカーチャ。帯刀も許可された純真の守護者は、姿勢を正して一礼し、耳にした警備状況と実際との差異を測るべく場内を歩き始めた。
 同じ頃、城内を歩く青年が一人。
 叙勲式に向けて徐々に高まる「緊張」には戸惑わぬが「晴れやかなムード」がどうにも肌に合わない。闇に忍ぶ一刃にとって場内の空気はどうにも居心地が悪く、友人たちの愛馬イクサとイワンの元へと足を向けた。
「あれは‥‥テオ?」
 見紛うはずも無い、ぼさぼさとした白き髪、眼窩を覆う長い前髪、控えめな姿勢に痩せ細った身体‥‥それは確かに、墓守を命じられ、真摯に全うしようとしていた少年の姿だった。彼に墓守の任を与えた者は領主、この城は領主のもの。テオがこの場にいるのならば領主が関わっていることは疑う余地も無い。
 声をかけようとした一刃は、ふと、自然と潜めていた足音に気付く。それは体の芯まで染み付いた行為で──テオには音が必要だろうと、僅かな衣擦れと足音を立てるように、歩き方を変える。
「‥‥一刃さん?」
 逆に不自然なのか、一定の音量に癖があるのか。声を掛けるより先に、厩の少年は訪問者の名を言い当てた。
「ああ。シュテルケも城内にいるぞ」
「ええ‥‥祝いたいだろうからと、アルトゥール様がお招きくださったんです」
 使用人としてですけれど、と続いた言葉に、一刃は一つ提案をする。
「城内の仕事の方が叙勲式に近い、俺が目の代わりになろう」
 シュテルケがいれば彼が率先して手を上げるだろうが、当の叙勲式では彼の自由は無いに等しい。妙案に思えたそれに、テオは躊躇いながら頷いた。
「‥‥今の城内を歩くのは恐ろしかったんです、あの‥‥ありがとう、ございます‥‥」
 間取りも知らぬ場所。使用人の分際で下手な相手にぶつかりでもすればどんな叱責を受けるやもしれず、同様に忙しなく働いていよう使用人へ迷惑をかけることも心苦しく、音の溢れる厩で馬や馬車の世話をしていようと。失った双眸には映らぬ友の姿を脳裏に鮮やかに描き、遠くから祝いの祈りを捧げようと、小さな胸に秘めていた。けれど、もう少し近くにいられたら。彼の新たなる歴史を、もっと近くで感じられたら。それはテオにとって、この上ない幸せだ。
 主の幸運を祝福するよう、足元の猫がにゃあと鳴く。
「ただ、猫はあまり連れて歩かない方がいいかもしれない」
 以前に黒猫が起こした騒動‥‥言葉を選んだ一刃が多く語らずとも、当事者たるテオは覚えている。
「‥‥そうです、ね‥‥」
 暫しの沈黙の後、少年は頷いた。テオがこの場にいられるのはアルトゥールの厚意にすぎない。アバドンと共に在った少年をどれほどの者が覚えているか解らぬが、テオと猫の組み合わせは、少なくとも領主の胸中を複雑な色に染め上げるに違いない。
「ここまで来て留守番にさせて、ごめんね。後で、迎えにくるから‥‥」
「みゃ〜」
 気にするなとでも言いたげにゆらりと尻尾を振り、猫はイクサの鞍上で丸くなった。

 ──そして、猫の瞳は閉ざされた。


●願いの礎
 少年が領主と言葉を交わす時間を与えられたのは、沐浴を行う前。叙勲式の流れと即席の礼儀作法を叩き込まれ、ノヴゴロド大公妃エカテリーナをはじめ、地位ある者の絵姿を幾人分も目にし、名を漬け込まれ──シュテルケの頭が悲鳴を上げようという頃だった。
「アルトゥールさ‥‥様」
 慣れぬ敬語に苦心しながら、姿勢を正したシュテルケは目通り叶ったアルトゥールへとぎこちなく臣下の礼をとる。
 人払いをした執務室には、隣の間に控えているフィニィの爪弾く安らぎの竪琴の音色が静かに響いていた。
「あの‥‥あいつに会う機会を設けていただいて、ありがとうございました。改めて色々な事がわかった気がします」
 友の背負うもの、負う罪業、負わねばならぬ過去。
 それを一緒に背負いたい、というシュテルケ自身の願い。
「そんな理由は、本当は騎士になる動機として正しいものじゃないのかもしれないんだ‥‥ですけど」
 茫漠としていたモノが、確かな輪郭を結んだ。
 揶揄するように口の端を歪め、アルトゥールはミードの揺れるゴブレットを掌で弄ぶ。ねっとりとした黄金の液体がゆっくりと波打ち、甘い芳香がふわりと広がった。
「キミはそうしたいと願った。騎士になることが、『彼』を守る手段だと思ったんだろう? 平穏こそが、『彼』を守るための道だと」
「はい。あいつがアルトゥール様のために全てを捧げると決めたなら、俺も一緒に歩いていきます」
 頷くシュテルケの瞳に迷いは無い。もう、揺るがない。
 返答と眼差しに目を細め、アルトゥールは満足気に蜂蜜酒を口に含んだ。
「ならば間違っていないさ。彼が咎人であることは紛れもない事実だけれど、今は僕の領民であることも事実。領民を守りたいという動機は騎士として不思議なものではないよ? 金のために擦り寄ってくるハーフエルフより、よほど高潔な行動理念だと思うけれどね」
 栗色の髪がさらりと流れ、知を湛える深緑の瞳がシュテルケに注がれる。
(「この人が、キリルさんが認めた人。テオの主人‥‥俺が剣を捧げる人」)
 色を変えぬ彼の瞳、そこに垣間見えぬ思考を読む術など持ち合わせていないが‥‥知らず、シュテルケは膝を折っていた。
「明日の予行演習かい? 明日は長い、今日は早く休むといい。眠りを導ける香をサラサに持たせよう」
 確りと足元を固めつつあるのだろう仲間の名に頷き、少年は席を辞した。沐浴を済ませ、まだなさねばならぬことがある。

 ──春とはいえ、まだ冷たい風が、シュテルケと入れ替わるよう執務室へと滑り込んだ。


●朝靄の城
 セベナージ領を三分するように存在するドニエプル川とキエフ湖。セベナージ領の財源が比較的潤っているのは、流通と交通の要という地の利に因る所が大きい。
 朝晩で水温を変えぬ水面から立ち上る朝靄が、城に、街に、紗を掛ける。
 早朝に蠢く影。
 それは漁師であり、商人であり、鍛錬を怠らぬ騎士であり、身を粉にする使用人であり、気侭な動物であり‥‥
「みゃ〜」

 ──そして、目覚めた猫は朝靄に紛れ城を歩く。気の向くまま、足の向くまま。


●聖堂の祝福と宣誓
 5月4日。春らしく青い空が広がる中、城の一角に設けられた聖堂では祈りの声が響き渡る。
 ステンドグラスを抜けた陽光が、身も心も清らかにせんと祈りを捧げる人々の頭上へ煌いている。
 キリルにとっては心安らぐ場所、聖堂。据えられた聖像は慈愛の母ではなく再現の父であるが、それでも、キリルにとって特別な場所に違いは無い。
 司祭の取り仕切るミサは、騎士叙勲を受けるキリルとシュテルケに父タロンの祝福を与えるためのもの。傍らのシュテルケは、荘厳な雰囲気よりも司祭の威圧感に緊張しているようにも見える。
 父タロンのおわす聖堂で失礼だろうかとも思ったが、頭を垂れたキリルは胸中で神聖騎士として最後の懺悔を行った。
(「聖なる母セーラ様。アルトゥール様へと、お仕えする方を変えること、どうぞお赦し下さい」)
 仕える相手が変わろうと、セーラへの信仰に変わりはない。聖なる母は今までと変わらず、キリルの心に共に在る。
 ただ、今後の人生を捧げる先が変わるだけ。
「──大いなる父タロンの祝福を」
 一瞬、ミサを取り仕切る司祭が黒く淡い光を帯びた。
(「デビルか!?」)
 ニセの視線が指に眠る石の中の蝶を射抜く。しかし、蝶は微動だにせず、じっと息を潜めている。
 漲った緊張に隣に座るミィナが気付き、そっと手で制す。彼女の指にも、揃いの蝶の姿。こちらの蝶も羽ばたく気配も見せていない。
「タロン様の奇跡‥‥神聖魔法です」
 ディスカリッジの効果をリバースで逆転させ、グッドラックとして祝福しているに違いない。使用できる司祭の数など限られていようが、今日のために招かれたのだろう。
 そんな彼らの不安など他所に、儀式は進行して行く。
 荘厳な雰囲気の中、純白の装束を身に纏ったキリルは鎧を着けアルトゥールの前に跪いた。
「ジーザス教、寡婦、孤児、蛮族の暴虐に逆らい試練に立ち向かう全ての者の守護者となるよう」
 低く告げる言葉は楽の音に負けず反響し、聖堂に響き渡る。
「我が剣をアルトゥール様に捧げ、真理を守り、孤児、寡婦、祈り働く無辜の人々を守護することを誓います」
「キリル・ファミーリヤを我がセベナージ領の騎士に叙する」
 誓いの言葉を口にしたキリルの腰へと若き領主は剣を佩かせ、首筋を素手で打ち──キリルは多くの人々が見守る中、アルトゥールの騎士となった。
 同様の口上を述べられ、シュテルケも誓いの言葉を口にする。
「真理を守り、孤児と寡婦、祈り働く無辜の人々を守護し‥‥俺も、セベナージのために持てる全てを振るうことを誓います」
「シュテルケ・フェストゥングを我がセベナージ領の騎士に叙する」
 緊張で震えそうになる声を押し殺すシュテルケを、会場の隅から一刃が見守る。傍らにはテオの姿。シュテルケからは見えぬ位置であるし、もちろんテオにはシュテルケを見ることなど叶わぬ。
 だが、シュテルケの誓いはテオのため、テオの祈りはシュテルケのため。傍らに立つ一刃には、その想いがひしひしと伝わり来る。この場に連れてきたのは正解だったに違いない、二人の少年は互いにこの日を忘れず生きるだろう。デビルになど、二度と惑わされずに。
「‥‥晴れの席ではあるが、やはり、落ち着かないな」
 この後に用意されているパーティーの席の方が、他人に紛れ込めるだけまだマシだろうか。そんなことを考えた一刃の背に突き立つ、視線。
(「──!?」)

 ──鋭く振り返った瞳が捕らえた視線の主は、テオの愛猫。興味もない様子で、姿を消した。


●喜びと祝いの饗宴
 聖堂からホールでの宴席へと移れば、厳粛で荘厳な雰囲気など軽やかに消し飛んだ。
 この様に盛大な式ではなく、小さな領で、自分の父から叙任されて騎士となったカーチャ。けれど、それでもとても緊張し、心には希望と不安が入り乱れていた──もうずいぶんと歳月も経つが、まるで今日のことのように鮮烈に思い出す。
 表情の薄いカーチャが今日は花芽も綻ぶ笑顔で、晴れて騎士となったキリルとシュテルケを迎えた。
「おめでとうございます。そしてこれからも頑張りましょう」
 剣を捧げる相手は違っても、共に、仲間として。
「ありがとうございます、カーチャさん」
「色々教えてくれよなっ」
 緊張に支配された叙勲式の先、何時も凛々しいカーチャの柔らかな笑顔に迎えられて新米騎士は心からの笑顔を取り戻した。
「シュテルケ君、手合わせ願えるかな?」
「は、はい! 俺で良ければ、よろしくお願いします!」
 息吐く間もそこそこに、先輩騎士からシュテルケが指名されれば、キリルはアルトゥールに名を呼ばれる。どうやら、二人に自由はなさそうだ。それもまた経験ですね、と背中に笑みを送り、カーチャは警備に戻る。
 ──否、戻ろうとした。白髪の少年を視界に納めるまでは。
「テオさん、いらしていたのですか」
「厩で見かけて、な」
 傍らの一刃が言葉少なに説明する。傍らに彼がいれば間違いはないだろうと緊張を解いたカーチャの隣へ、ゾーリャのドレスに身を包んだサラサが立ち並んだ。金の髪に純白を纏うカーチャと銀の髪に漆黒を纏うサラサの対比は人目を惹いたが、気にする三人ではなく、気付けるテオではない。
「いたか?」
「いや、見当たらない。猫は環境変化が苦手なものだが‥‥」
 小声で交わされる言葉に、テオは不安を滲ませながら耳を傾ける。
「猫?」
「ああ、テオの連れてきた猫が昨夜から姿を見せていないらしい。叙勲式でちらりと見かけたのだが‥‥」
「厩舎と聖堂でパーストを掛けた。どちらも同じ猫に違いない」
 テオと猫の組み合わせには、どうにも良い印象を抱けない。蝶は眠りについたままだが目覚めさせるには距離が足りないだけという可能性も残り、冒険者達は行方の知れぬ猫が気になって仕方がない。
『どうかしましたか?』
 アルトゥールを気に掛けつつ客へ異界の話を面白おかしく聞かせていたミィナは、雰囲気の異常を察しカーチャへとインタプリティングリングを使用し声を掛ける。テレパシーとインタプリティングリングで、猫の姿とその不在が、エカテリーナ大公妃に所望され竪琴を奏でるフィニィに、ペトルーハの傍らに影のように付き従うニセに、アルトゥールに紹介されているキリルに、騎士と剣を交えるシュテルケに、伝えられていく。
『皆さんが近くにいれば大丈夫でしょう。ぺトルーハ様やアルトゥール様にお掛けしたレジストデビルもまだ暫く効力があります。あたしも万一に備えて残ります、こちらは任せてください』
『連絡役とこちらでの警護は私が請け負います、ミィナさんも一緒に向かってください。お二人の門出に煙る憂いを晴らしましょう』
 ミィナの卓越した神聖魔法とフィニィの月魔法はどちらもデビルに対し有力な対抗手段である。ニセ、シュテルケ、キリルの腕は疑う余地もない。フィニィが彼等と残るのなら心強い。
「お兄ちゃんたち、どうしたの? 面白いお話?」
 興味津々で輪に加わった赤毛の少女が、愛くるしい笑みを浮かべて一刃を見上げた。
『その子はあたしが』
 ミィナの声が一刃の脳裏に響く。しかし、一刃は動かない。
「猫を探している。君は何を?」
「お兄ちゃんたちと一緒、お呼ばれしたの」
 無邪気に笑む少女の頭を撫でると、少女はくすぐったそうに目を瞑る。
『一刃さん?』
 ミィナの声が再び響く。少女は‥‥姿を変えているが、雛菊(ez1066)に違いない。以前はアルトゥールの命を狙ったはずだが今日は彼の依頼で来ている、つまり冒険者の味方。
「どこかで猫を見ませんでしたか。まだ若い黒猫なのですが」
「‥‥あの子?」
 少女が指差したのはフィニィの足元、彼女が腰掛ける椅子の影。ゆるりと伏せ、じっと、集いし人々を見ている。
『蝶は眠ったままダゼ』
 ニセの声が、テレパシーで繋がれたサラサの脳裏に届く。ならばデビルではない、が‥‥かつてこの城に現れたラスプーチンにも蝶は反応を示さなかった。油断はできない。

 ──そして猫は、注視する冒険者の視線を受けながら、するすると人々の足元をすり抜け中庭へと向かってゆく。


●嫁ぎし女
 するりするりとすり抜けていく猫を追い、先頭で中庭へ降り立ったカーチャは‥‥アルトゥールの母クリスチーヌと語らう口髭の男性と、その傍らに寄り添う女性の姿に足を止めた。
「‥‥ラリサ‥‥」
「カーチャさん? ご無沙汰しております」
 面立ちにこそあどけなさが残るが、立ち居振る舞いは淑女そのもの。嫁いだとは聞いていたが、この場に訪れることができるほど有力な者が相手だとは考えていなかった。ラリサが挨拶をすれば、傍らの男性もカーチャへと不躾な視線を投げかける。
「そちらは?」
「エカテリーナ・イヴァリス様、以前お世話になった冒‥‥女騎士様です」
「ダヴィード・オルロフスキーだ」
 どこか尊大な空気を滲ませたダヴィード、年の頃は三十代半ばだろうか。貴族か豪商か‥‥クリスチーヌが話し相手に選ぶのなら前者だろうか。そう判断し、騎士として一礼する。常より姿勢の良い凛としたカーチャの礼は、絵姿から抜け出した騎士そのもの。
「エカテリーナ・イヴァリスと申します。アルトゥール様より命を受けておりますゆえ、ご挨拶しかできぬ非礼をお許し下さい。ラリサ様、また後ほど」
 だが、猫を見失うわけにはゆかぬと、非礼を詫びて先を急ぐ。
「知っているか?」
「いいえ」
 一刃の問いかけにカーチャは答えを持たない。あいつがいれば、と親しい情報屋の姿を思い出したサラサだが、いないものは仕方がない。再びまみえる前に、キリルかシュテルケにでも尋ねれば判明するだろう。
 そんな追いかけっこを他所に、貴族に囲まれるペトルーハの邪魔にならぬよう陰に控えていたニセは、ある決意を固めていた。ペトルーハが風に当たりにバルコニーへと場所を移すと、胸に秘めていた言葉を口にした。
「オレの剣を、ペトルーハに捧げてもイイカ?」
「私に? アルトゥールではなく?」
「友のために、っつー方がしっくり来るゼ」
 自由を求め放浪を続けることも考えたが、友の為にロシア最北の公国へ骨を埋めるのも良いだろう。
 友の周りに数え切れぬほどの敵が群がり来ることは明白だ。その全てを掛けて守るものが一つあるのも悪くない。
「それならば、喜んで」
 表情に浮かんでいた笑みが消える。
「オレの剣をペトルーハ‥‥ピョートル二世殿下に捧げ、騎士の誓いを立てる」
 ピョートル二世は捧げられた剣を取り、告げた。
「ニセ・アンリィ、汝の剣と忠誠を受け入れます。友と袂を別とうとも、我が剣となり盾とならんことを。‥‥簡易ではありますが」
 今までは友として、これからは主として騎士として、二人の縁は続いていくこととなる。
 そんな月明かりのバルコニーの死角で、いよいよ猫を見つけたのはサラサだった。
「いた、あそこだ。テオ、呼べるか?」
 テオが招けば猫は擦り寄って、サラサに捕らえられる。逃げる素振りも見せず、アーモンド型の瞳でサラサをじっと見つめていた若い猫が身を捩ったのは、彼女を追ってきたミィナが到着した時だった。
「蝶は反応しませんが‥‥念には念をといいますし、ニュートラルマジックを掛けておきます。何かの影響下にあっても困りますしね」
「そうしてもらえると助かります」
「それは困るのぅ」

 ──カーチャが頷くのと同時に頭上から響いたのは、女性の声。


●古(いにしえ)の悪夢
 月を背後に背負い、少し離れた城壁に腰掛ける小麦色の肌の妖艶な女性。素肌に布を巻きつけただけの姿はこの席に相応しくない。咄嗟に指に止まる蝶へ視線を落としたサラサだが、反応はない。
「蝶が感知するには遠いか。だが‥‥疑いようはないな」
 呻くように告げるサラサの背筋を、冷たい汗が滑り落ちる。
「心配せずともタダの猫じゃ。今は妾の大事な目でもあるがの」
「あの視線は、お前か」
「これは異なことを申す。視ていたのはいつでも猫じゃ」
 くつくつと笑う。
 繋いだままのテレパシーが異変を伝え、ニセが、フィニィが、二人の新米騎士が駆けつける。会場の人々はアルトゥールとヴァレリーらの騎士、そして雛菊が守るだろう。彼ら冒険者は、ここで、妖艶な彼女を引きとめねばならない。
「おお、おお。増えるのう」
 愉しそうに笑む女に、フィニィの涼やかな声が呼びかける。
「あなたは誰ですか。どうして、此処へ現れたのですか」
「ふぅむ‥‥小娘の割に難題を振りおるのう。妾は妾、汝らが生まれるより遥か古より、この地の主じゃて」
「この地はヴァルキューレとアルトゥール様が守る地です、デビルの住まう地ではありません」
「妾が手ずから封じてやったというのに、あの女も執念深いのう。妾より余程地獄が似合う女じゃ」
 悪意などないかのように笑う彼女の姿。しかし総毛立つような恐怖と悪意が全身を苛む。
 そして、動くことすらできぬ冒険者を眺め、女は悪戯を思いついた。
「ふぅむ‥‥汝らであればこれが何か解ろうか」
「あれは‥‥あいつ‥‥!!」
 ギリ、と歯が軋んだ音を立てた。柔かく温かみのある白い玉、記されているのは‥‥
「妾が飽いてこれを使う前に、妾の許へ辿り着いてみぃ。そうじゃな、レギーナとでも呼ぶがよかろう」
 レギーナと残した女デビルは漆黒の髪を靡かせ、闇に溶ける様に、その姿を消した。
「あの玉は、あれは‥‥!!」

 ──アバドンに奪われたまま行方の知れなかった、テオの魂の半分。

●新たなる試練
 希望通りテオを送るシュテルケの表情は、決して明るくない。
 ラリサと言葉を交わす機会を得たカーチャも、その表情は暗い。
「セベナージで、ここの次に大きい街の領主様です。ヤコヴ大公やウラジミール国王と繋がっているという噂が絶えませんね」
 ダヴィード・オルロフスキーについてそう伝えたキリルの表情も浮かぬ。
 身を挺し守るだけでは、戦うだけでは叶わぬことがあるとニセの額に刻まれたシワも深い。
(「今以上に‥‥誰かの助けとなる為の力が欲しい」)
(「デビルや戦乱の為に傷ついた人々を癒せるように‥‥」)
 アトランティスという名の異界の薬学事情を伝えたかったミィナも、サラサやフィニィの願いも、セベナージを訪れる前以上に切実で深いものと形を変えた。
「やはり俺には陽の当たる道を『常に』というのは無理そうだしな。考え直す機会になったのはありがたい」
 闇色の衣を纏う少女の髪を撫で呟く。彼ら忍びは闇から闇へと駆け抜け、歴史の狭間に生きる存在。表舞台は性に合わぬというのも道理だろう。
 一つの区切り、冒険者達がそう位置づけていた騎士叙勲式。

 ──一つの区切りは、新たなる試練となり冒険者たちを迎え入れた‥‥。