●リプレイ本文
●馬車に揺られて珍道中
「パンチュさんの上司、ぼったくりすぎだよなぁ」
目的地の近くを通るガードナー商会の馬車へ相乗りさせてもらったマリオーネ・カォ(ea4335)、お金を取った上に護衛までさせるガードナー商会代表の幻影へ舌を出した。馬車の責任者、ガードナー商会のパンチュが苦笑して頭を掻くと、髪がずれた。
「でも乗らないわけにはいかなかったのよね。歩くと‥‥」
辿り付けるかどうかわからなかったし、と続く言葉を爽やかな笑顔で濁すフィーナ・アクトラス(ea9909)、傍らでぽむっと手を叩いたナロン・ライム(ea6690)が脳裏に浮かんだ単語を口に乗せた。
「フィーナさんって、ひょっとして方向音痴ですか?」
「うーん‥‥そうとも言うわね」
苦笑しひょいと肩を竦めるフィーナ。この場にアール・ドイル(ea9471)がいれば「そうとしか言わねぇよ」と小突いたかもしれないが、彼は所持金を惜しみ徒歩で気ままな別行動だ。
口を尖らせていたマリオーネもひとしきり騒ぐと、これも情報料だと割り切り、幌の中を踊るように飛びながらパンチュやガードナー商会の者に質問攻めを開始した。
「で、シュヴァルツ卿について聞きたいんだけど。何か知ってる? 何でもいいんだ、どんな事をした人かとか、夫婦仲はいいのかとか」
芸人ならば、相手に合ったネタで売り込むのは常套手段☆
「え、ええと‥‥代々貴族の家系ですね。ゲーニッヒ卿が何か功績を立てて貴族に封じられたわけでは‥‥って、お客様の情報は話せません!」
「そう硬いこと言わないでさっ♪」
にかっと笑い更に勢いを迸らせるマリオーネにレティシア・ハウゼン(ea4532)も珍しくその表情を崩し苦笑を浮かべた。
「あまり困らせないであげてください。またいつお世話になるかも解らないのですし」
何だか朗らかな雰囲気に、ナロンはリュートベイルを奏で、先日までイギリスで耳にし馴染んだ歌を口ずさむ。
明るい曲を振りまきながら、抜けるような青空の下、馬車は轍を残して進んでいった。
●拾われし赤子
「孤児院に拾われた時に持ってたものとか、サーガではそういうのが付き物だわ。流浪の貴種がその身分を示すものって‥‥そうよ、まるで貴種流離譚のお話そのものという感じよね」
その抜けるような青い空の下で、ヘルガ・アデナウアー(eb0631)は夢見るようにそう呟いた。ヘルガはシャルロッテ・ブルームハルト(ea5180)と共に、依頼人レイ・ミュラー(ez1024)の案内で彼が育った孤児院へ向かっていた。
もちろん、シャルロッテとレイの間に体を割り込ませ、ヘルガはレイの傍らをきっちりガード!
恋する乙女には、孤児院へ向かいたいと言ったシャルロッテが抜け駆けしようとしたようにしか思えず‥‥できるだけレイの近くにいようとするヘルガ。
殿方と二人っきりになったら会話が続かない、と内心不安だったシャルロッテが安堵に穏やかな微笑みを浮かべているのを見て更に勘違い。絶対に負けない!! と内心で拳を握りしめた。
「でも、レイさんが孤児院育ちだなんて、ちょっとビックリだわ。孤児から騎士になるのって大変だったんじゃ‥‥」
「幸運だっただけですよ」
苦笑するレイに、シャルロッテは重ねて口を開いた。
「今まで、ゲーニッヒ卿と関わりがある‥‥なんていう話を聞いたことはありませんか」
「いいえ、全く。そのような話があれば喜んで馳せ参じたのですが」
表情を翳らせたレイ。いつも穏やかな彼に差した影は、シャルロッテの胸に騎士と同じ心痛を与えた。
「すみません‥‥」
「気にしないで下さい。その分、大家族に囲まれて幸せですから」
ゆっくりと微笑みを浮かべたレイに、シャルロッテも微笑みを返した。
レイの腕にしがみ付いたヘルガが頬をぷうっと膨らませた。
●聖なる鐘の響き
「もしレイさんがゲーニッヒ卿の子どもなら、行方不明になったと騒ぎになった、っていう記録が残ってるかもしれないからね。そういうのが残ってそうな所をあたってみるわ」
仲間達にそう告げたフィーナは教会へ向か‥‥うために、ゲーニッヒ卿の邸宅へ出入りすることの多そうな店を回り情報収集をする、というナロンをしっかり捕まえた。
「しっかりお送りしますね」
そして無事に教会へ着いた二人は女神セーラへ祈りを捧げ、司祭へ向き直る。
「すみません、依頼で調べなければならないことがあるのですが‥‥こちらで保管してある過去の資料を見せていただけませんか」
「何を調べるかは守秘義務があるからお教えできないの。でも決して悪用はしないとタロン様とセーラ様に誓うわ。だから‥‥我儘だけれど、お願いします」
白い髭を蓄えた老司祭へ頭を下げるナロン。フィーナも共に頭を下げる。柔和な老司祭は快く了承し、資料の山が築かれた部屋へと案内してくれた。
羊皮紙に負荷を与えないようにと陽の差さない薄暗い状態に保たれたその部屋は埃っぽい空気で満たされていた。
「火と水の扱いにはくれぐれも気をつけていただけますかな。あとは、お帰りの際に声をかけていただければ結構じゃて」
去り行く老司祭の背に礼を述べ、棚に机に積み上げられた羊皮紙の山を見上げた。
「これは‥‥あまり役にはたてないかもしれないですけど、俺も手伝いますね‥‥」
「ありがとう、助かるわ。それじゃ、これから資料の山との戦いね‥‥」
少しでも身軽になろうと魔法少女のローブを脱ぐフィーナ。14歳以下の少女が身に着けると効果のあるマジックアイテムらしいが、フィーナは25歳‥‥もうずいぶん前に、その域を出てしまっている。
「フィーナさん、そのローブを着ても‥‥14歳にはなれませんよ?」
「ナロン君、男性は寡黙な方が魅力的よ」
ハンドアックスから持ち替えたばかりのブレーメンの名を冠した強力なアックスをにっこりと掴み上げるフィーナ。
その手からあっさりとアックスを取り上げるナロン。
「ダメですよ、資料の山は武器で退治するものじゃありません」
爽やかに微笑んだナロンの判定勝ちだった。計ったように、教会の鐘が重厚な音を奏でた。
●ハイ・ソサエティの語らい
レティシアはその晩現地で開かれたある貴族の夜会へ参加することになった。ギルドからの紹介状は得られなかったが、神聖騎士というその職業が信用を勝ち得たのだ。
失礼のないように用意しておいた礼服を着込み、自分より少し歳若い少女に囲まれ、笑顔を浮かべるように努めながら粗相の無いように気を配る。
「あら、アイシャ様だわ」
豊かな栗色の髪にシルバーとトパーズの百合を咲かせた少女を見、レティシアと共に語らっていた少女の一人が声を上げた。
「可愛らしい方ですね」
「近くに御住まいではないのですけれど、すっかり親しくなってしまいましたの。──アイシャ様」
黒い髪の少女に声をかけられ、気付いたアイシャが歩み寄ってくると‥‥恋の話に花が咲く。
「アイシャ様、その後、あの騎士様とはお会いになれまして?」
「まだなのですけれど、伯父様が探してくださっているの。きっと、近いうちにお会いできますわ」
夢見るような眼差しで頬を染めるアイシャ。
静かに話を聞いていると、彼女の恋が見えてきた。
お忍びで歩いたパリで出合った優しい騎士様。修行として今は冒険者をしているのですと語ったまっすぐな瞳が自分だけを見つめてくれることを願ってしまったアイシャ。
一介の冒険者を探し当てることなど、箱入りのお嬢様には無理な話。ましてや身分を越えて結ばれるなど、歌物語でしかありえない話である。
──少女に出来ることは、任せろと言った伯父をただ信じることだけ。
少女の恋を応援し、ワインで火照った体に夜風を浴びようとレティシアは少女たちの輪を離れた。
●酒の肴はいかがですか
酒場の喧騒の中に紛れワインを煽ったアール、小さく舌打ちし、叩きつけるようにジョッキをテーブルへ置いた。
ゲーニッヒ卿の邸宅を訪ね警備として雇われようとしたアールだったが、紹介状もなにもなく、僅か二日間という短期間であり、しかも本当に通りすがりのハーフエルフであれば雇われるはずもない。
「この街で位が高いのはゲーニッヒ卿なんだよな? 何か、酒の肴になるようなおもしれぇ話はねえか?」
「ゲーニッヒか。子供がいねえから姪っ子を溺愛してるとか、そんな話程度しかしらねえなぁ」
同じテーブルに就いた男は話題にもならないとつまらなそうに吐き捨てた。
「アイシャちゃんなら可愛いから仕方ねえよ。手前ェんとこの娘とは大違いだからな」
「また来てるんだろ。本当に、よく呼ぶよなぁ」
遠目に見たことがあると自慢する男たち。本当に可愛いのだろう、酒場の男たちも溺愛しているように見える。
「アイシャ‥‥アイシャねぇ‥‥そんな嬢ちゃんじゃ、ハーフエルフなんざ近寄れもしねえンだろうな」
「当たり前だろ、図々しい」
へいへい、と口の端を歪めるアール。そのテーブルにルティエ・ヴァルデス(ea8866)が就いた。ルティエは馬を駆り、別行動で一足先に現地を訪れていたのだ。
酒場には不釣合いな上品な風体の男性に、男たちが話し掛ける。
「お、兄ちゃんは夜会帰りかい? アイシャちゃん可愛かっただろう」
「残念ながら違うんだな。でもそんなに可愛いらしくてしかも貴族なら、婚約者としても引く手数多なんだろうね」
「そういえば、そんな話は聞かねえなぁ」
「アイシャちゃんの親父とゲーニッヒは、男と女が生まれたら婚約させるつもりだったらしいけどな」
「生きてりゃ今ごろ、アイシャっつー嬢ちゃんはゲーニッヒんちの嫁か」
そうなるな、と頷く男たち。ということは、レイがゲーニッヒの息子ならばアイシャはその婚約者ということになる。
酒を煽るアールの脇を肘で突付き、ルティエが囁いた。
(「フィーナ君からの伝言だよ。ゲーニッヒ卿の御子息は死産だという記録が残っていたってさ」)
『息子』が死んだのならば、レイが息子だという話はガセだ。ゲーニッヒは思うところがあってレイを手元に置きたい、ということになる。
(「それから‥‥これは昼間聞いた噂。今の奥方は後妻だって‥‥『息子』の母親ではないらしいよ」)
一人目の奥方は出産に体が耐えられず死亡したのだという。前妻とも今の奥方とも、ゲーニッヒは関係が良好であるらしい。
食堂で愛想をふりまき、食べきれないほど大盛りの料理をほうほうの体で平らげて得た情報だ。おかげでルティエはずいぶんと時間が経つのに腹が空いていなかったりする。ありがたくて涙がでそうだ。
そしてアールが注文した料理が出来上がり‥‥香ばしく鼻腔をくすぐる匂いに、ルティエはそっと目尻を拭った。
●迷える子羊は腹がすく
「う、旨そうな匂いが‥‥だめだめ、仕事仕事っ!」
マリオーネは酒場から漏れる香ばしい匂いの誘惑を振り切り、ゲーニッヒの邸宅へこっそりと忍び込んだ。
誉められた方法ではなくたって、結果を出せば問題なし♪
「えへ、ボクってば方向音痴さん☆」
言い訳を口にしながらあっちを覗き、こっちを覗き。
けれど、予想していたように警備の厚い部屋はない。強いて言えば来客のある部屋だが、それは珍しいことではないだろう。
ふらりふらりと探索を続けるマリオーネを襲う、またしても暖かい料理の匂い!!
──ぐ〜‥‥きゅるるる‥‥
腹の虫が強力な自己主張を始めた。実はマリオーネ、今回の依頼に際して保存食を買い忘れたのだ。道中は仲間の保存食を分けてもらっていたが、単独行動をし始めてからは何も食べていない。ちなみに、別行動をしているヘルガも保存食を忘れ、同じように仲間の保存食で空腹を凌いでいる。
「はあ〜‥‥いい匂いだなぁ」
今度はマリオーネの負けだった。食堂や酒場とは違う、貴族お抱えの料理人が奏でる香りに誘われ、迷わず厨房へと進んでいった。
けれど、忍び歩きの得意なマリオーネでも人が忙しなく働く厨房を見つからずに移動することは出来ない。
「生殺しかよっ!」
小さく毒づくと朝から跳ねっ放しの寝癖をくるりと指で巻き取った。
しぶしぶ匂いに背を向けると、メイドたちの噂話が耳に飛び込んできた。
「アイシャ様、恋をされているのね」
「‥‥今さらゲーニッヒ様の息子が見つかったって、アイシャ様は困るだけでしょうにね」
──やっぱり息子だったんだ。
にんまりと笑みが浮かんだ。レイが本物の息子ならゲーニッヒに裏はない。
しっかりと収穫した情報を抱え、外に出ようと窓を開けるマリオーネ。
「うわっ」
吹き荒れていた強風が窓をすり抜け廊下を駆け抜ける。廊下の突き当たりで石壁を隠す重厚なカーテンを揺らした。
「ん? なんだ?」
何かが見えた気がして全力でカーテンを動かすと、煤を被った肖像画が現れた。黒い髪の女性の姿。
「誰だろう?」
確か、ゲーニッヒ卿の奥方は茶金の髪だったはず。良く顔を見ようと更にカーテンを動かすマリオーネの周囲が突然明るくなった!!
「誰だ!!」
「やべっ!!」
締め切った廊下を吹き抜けた風に、警備兵が様子を見に来たのだ! 咄嗟に窓から飛び出すマリオーネ!!
「‥‥やばかった‥」
──ぐぅ〜
汗を拭うと、漂う香りに空腹を思い出した。
ぽりぽりと頬を掻き、一度情報を伝えに仲間の下へ向かうことにしたのだった。
●表と裏の狭間の影で
「仮説がいくつか出来そうだね」
集まった情報を整理し、ルティエは溜息をついた。ナロンも首を傾げる。
「でも確かに葬儀の記録はありましたよ?」
ナロンもフィーナが見つけたゲルマン語の資料を必死に読んだが、確かにその死産という記録があった。間違いない。
「どうします、このままレイさんに伝えますか?」
「伝えないわけにはいかないと思います‥‥でも、冷静に情報を整理するのは私たちのような第三者でないと」
おずおずと言ったのはシャルロッテ。孤児院の出資者にゲーニッヒ・フォン・シュヴァルツの名はなく、レイが知っている以上の情報は現れなかった。もちろん、ヘルガが少し期待していた貴種流離譚のような、身分を示すものも何も出てこない。
孤児院とゲーニッヒは全くの無関係だった。気になることといえば、一月ほど前、レイに関しての問い合わせがあったということくらい。しかし、貴族の従者を思わせるその人物は決して名乗らず、レイの名を出し、彼が孤児院へ入った時期を聞いて去ったのだという。
ヘルガと、必死で追いかけたマリオーネと共に食事をしているレイが戻るのはもうすぐだろう。
「‥‥めんどくせぇな」
パズルのピースを組み立てるのは自分の仕事ではないとばかりに、アールが溜息をついた。
愛憎が絡む血縁騒動、辿り着く場所はどこにあるのだろうか‥‥