●リプレイ本文
涼風が頬を撫でる、そんな午後。熱気あふれる冒険者ギルドの正面で一人の青年が褐色の肌の友人と二人、その表情に困惑の色を滲ませていた。
「ヴィルヘルム様に見つからないようにこっそり侵入しないといけないんだよ? やっぱりペットは連れて行ったら拙いんじゃないかなぁ」
「ギルドへ預けるのはお金が掛かりますが、フィリーネ様に補助していただけるよう私からもお願いしますから、ペットを置いていきませんか?」
シャフルナーズ・ザグルール(ea7864)とレイ・ミュラー(ez1024)は順繰りに仲間の顔を見回した。そしてその腕や、肩や、傍らに陣取るペットたちの顔も。
「それもそうですね。アイス、大人しくお留守番していてくださいね」
「今回の依頼は、絶対に失敗させるわけにはいかないですし‥‥わかりました」
すんなりと理解を示したのはフィニィ・フォルテン(ea9114)とアカベラス・シャルト(ea6572)。ロバの顔に触れ、鷹に頷きかけ、愛情の一端を垣間見せながらしばしの別れを惜しむ。
「‥‥まぁ、そういうことでしたら」
「猫も駄目? だよね、やっぱり」
一瞬の逡巡を見せたデニム・シュタインバーグ(eb0346)も頷き、愛馬の鬣(たてがみ)に触れる。ローサ・アルヴィート(ea5766)は猫くらいは大丈夫なのでは、と愛猫を抱いたが、困ったようなレイの目に捕らわれ肩を竦めた。
「冗談だよレイ君、言ってみただけ! まぁ、ちょっと名残惜しいのは本当だけどね〜」
困らせる暇もなく、少し残念なローサ。帰りには思う存分遊ぼうと、そんなことを心に決めた。
一方、馬と鷹を連れたアミィ・エル(ea6592)は老いを見せぬ美しい顔を歪めた。
「わたくし、こんな重い荷物は持てませんわ。馬などと一緒にしないでほしいですわね」
馬に積載している荷物を全て持ち運ぶことはアミィの細腕では困難だ。渋る彼女へデニムとレイ、そして城戸烽火(ea5601)が声をかける。
「全てを運ぶ必要はないのではありませんか?」
「必ず必要なものだけ運べば良いのですよ、アミィさん」
「それでも持ちきれないのならあたしたちが手伝います。仲間ですしね?」
「‥皆さんがそうおっしゃるのなら仕方ありませんわね」
不承不承ペットを預けることに同意したアミィだが、そもそも彼女が本心からそんな我侭を言ったのかどうかは秋風の行方と同様に、誰にも知りえないことなのだろう。
愛すべきペットたちにしばしの別れを告げた冒険者たちが用意された簡素な馬車へと乗り込むと、ゴトリ、と重い音を立てて車輪が回り始めた。
──馬車は進む、惨劇に包まれた領地へ向かって‥‥
しばし後。
羊皮紙を握り締めたシルバー・ストームが駿馬で馬車を追いかけるようにパリの街を飛び出した。
「間に合えば良いのですが‥‥」
シュティール領領主ヴィルヘルム・シュティールの住む城を中心に広がる城下町。その片隅で馬車を降りた冒険者たちは、犯人についての想像を働かせていた。城が近付くにつれて圧し掛かるような緊張感に苛まれているのだろうか。
「ヴィルヘルム様が二人? どう言うことなんだろ。やっぱり、今城に居る人が偽者なのかな」
「理由無き凶行なのか、目的があっての凶行なのか‥‥後者と取ってた方が何かと行動しやすいかもねぇ」
雰囲気に押しつぶされまいとシャフルナーズとローサが努めて軽く言うと、アカベラスとフィニィも首を傾げた。
「何が目的なんでしょう? 恐怖? 畏怖? それともこの領地自体に何か有るのでしょうか?」
‥‥偽ヴィルヘルムがどのような存在であるか、それは全く情報のない霧の向こう側の話のようなもので。
「ジャパンでは双子が生まれたりすると争いになる前に消したり幽閉したりする事もあります」
城戸の言葉にシャフルナーズが頷く。
「双子が別々に育つっていうこともあるみたいだしね。レイさんも別々に育ったみたいだし」
「けれど、双子の兄弟と言う事も無いでしょう? それならフィリーネ様が知らないとは思えませんし、やはり何かが化けているのだと思います」
昨今のパリ周辺ではデビルが多々見受けられ、一番下位と見られているインプにまで変身能力が確認されている。つまり、デビルの可能性は否定できない。
また、忍者の人遁の術にタロンを信奉するクレリックや神聖騎士の使うミミクリーなども他人の目を欺くことのできる技能だ。デニムも困惑を表情に滲ませる。
「そうですね。魔法や忍術とも思えませんし‥‥」
「どちらにせよ、わたくし、この様な嘘は嫌いですわ。おっほっほ!」
嘘は人を幸せにするためにつくもの‥‥そんな持論を持つアミィは偽物に対して憤慨しながらも、高らかに笑った。その性根を叩きなおしてみせましょう、と。
「「しー!」」
目立つのを嫌った仲間たちに一斉に指を立てられたのはほんのご愛嬌。
やがて城に近付くと、今か今かと待ちわびていたフィリーネの指示を受けた使用人に手引きされ、小さな通路から惨劇のシュティール城へと忍び込んだ。
フィリーネから借りた侍女の着る服に袖を通し、シャフルナーズと城戸はそっと城内を歩む。
「犯行の始まった時期ですか? 皆さんが薬草を採りに行って下さった直後‥‥未だ病床に縛り付けられていた頃ですわ‥」
シャフルナーズの脳裏に、危惧を裏付けるフィリーネの言葉が響く。回復する前から入れ替わっていたとなれば‥‥本物のヴィルヘルムは未だ回復せぬままに拘束されているということだ。青ざめる夫人を励ますレイ。ここは彼に任せるべきだろう。
「レイさん、フィリーネ様をよろしくね?」
「この身に替えてもお守りします。シャフルナーズさんも、城戸さんも、お気をつけて」
頷いた城戸は、老執事の姿を捜し求めた。未だ拭えぬ、一抹の不安。
「城戸様、いかがなさいましたか? お1人であまり歩かれては危険でございますよ」
「それは執事さんも同じでしょう。単刀直入にお伺いしますが、ヴィルヘルム様に双子のご兄弟がいたというような話はありませんか?」
城戸の発言に目を瞬く老執事。その反応が全てを物語っていた。
「いいえ、わたくしは先々代よりお仕えしておりますが‥‥その間一度も双子が生まれたことはございません」
城戸と友人の我羅斑鮫が案じていた懸念は杞憂に終わったが、それは‥‥人であらざる者が関わっている可能性をより濃厚にさせた。
「‥‥ヴィルヘルム様のこと、よろしくお願いいたします」
深々と頭を下げる老執事は心労からか、見るからにやつれ‥‥まるでその生を代償にしても構わないと言わんばかりの悲壮感を漂わせ、深く祈りを捧げるのだった。
慣れぬ所作で身を隠しながら、アミィはこの城で久々に見た太陽を見上げた。
「大丈夫そうですわね」
一応周囲を確認し、日陰に入らぬよう用心しつつ懐から一枚の金貨を取り出した。現在のノルマン王国国王、ウィリアム3世の横顔が彫られた貴重な記念メダルだ。金色に輝くメダルを華奢な手で握り、太陽へと祈りを捧げる‥‥
「わたくしを越える神々しさで輝く太陽よ、その輝きでヴィルヘルム・シュティールを騙る者の所在を明らかになさい──サンワード!」
達人と称えられるべき精霊魔法は、けれど空しく魔力を宙に散らすばかり‥‥
「これしきのことで諦めませんわよ?」
不敵な笑みを浮かべ、凛と背を伸ばす。この時間であればヴィルヘルムの部屋にも陽光が差し込んでいるはず。粘り強く、白い肌に珠玉の汗を浮かべながら、普段のアミィからは思いもつかない集中力で呪文を詠唱する。
──その姿は、太陽を崇めるに相応しい気高さを溢れさせた。
惜しむらくは、その姿を見た仲間がいなかったことか‥‥もっとも天の邪鬼なアミィのこと、誰かが見ていたのならばそのように努力する姿など見せはしないのだろう。
数度目の詠唱が実を結び、太陽が応えた。
空に燦然と輝く太陽が告げた場所は──
「‥‥させませんわ!」
アミィは金色の髪を靡かせるように駆け出した!!
背徳の少年騎士デニムに導かれ、ローサとアカベラスは石造りの階段を下る。
「なぁんか、アカベラスさんが歩くとますます空気が涼しくなる気がするね、デニム君?」
「そうですか? こんなものだと思いますけれど」
クール過ぎるまでにクールなアカベラスがとても場に馴染んで見えて、そして相乗効果だろうかますます地下が肌寒くなった気がして、得意分野は森というアウトドア派の朗らかなローサはつい茶々を入れた。もっとも、使命感と責任感を背負ったデニムに見事なまでにスルーされ、ローサはやれやれと肩を竦めた。
「着きました、ここです」
デニムが石を動かすと‥‥壁が動き、氷の棺に囚われたヴィルヘルムが現れた。
「足だけでも氷を溶かして確認しましょう」
言うが早いか、アカベラスは背負ったバックパックを床に下ろすとランタン用の油と毛布を取り出し、毛布に油を染み込ませる。
「あ、これ。フィニィさんが使ってって、預かってきたの」
ローサがフィニィから預かった油もしっかりと染み込ませる。
「凶行の犯人はこっちじゃないと思うんだけど、失礼するよ。ごめんね」
ローサの弁明を待ち、アカベラスは火をつけた毛布をそっと氷棺へ押し付ける──目に見えた変化は無い。
──1分、2分。
アカベラスたちがちょっと確認するためには、足先の氷が溶けるだけで良いのだ。しかし、その足先の氷がなかなか溶けない。水となって滴り落ちることもなく、足先を覆う氷だけが薄れるわけでもなく‥‥
「‥‥おかしいですね?」
デニムが怪訝な表情で氷棺を眺める。触れればひんやりと冷たい、氷そのもの。けれど人肌で溶けることもなく‥‥
「ああ、忘れていました」
「何を?」
ふと小さな溜息を吐いたアカベラスに、ローサが続きを促した。水の精霊魔法を得意とする彼女であればこそ気付くこともあるのかもしれない、と期待を込めて。
その期待に返されたのは、僅かに失望を滲ませる声だった。
「魔法で作られた氷は一部分だけを溶かすことができません。水に還ることもなく、発動したときと同様に、空気に還るのです‥‥気長に溶かしましょう」
意外にマイペースなアカベラスにデニムもローサも思わず膝の力が抜けた。
ローサの脳裏にフィニィからのテレパシーが届いたのは正にそんな瞬間だった!
憂い顔の歌姫は暗闇が苦手のため、地上に残っていた。フィリーネに借りた城の中心となる部屋は中庭の脇に存在する陽光の差す明るい部屋で、フィニィは定期的に月魔法テレパシーを詠唱して状況の把握と共有化に努めていた。
「‥‥そういえば」
慌しい最中に追いついた友人シルバー、彼に渡された羊皮紙に目を通していなかったとふと思い出した。
軽い音を立て開かれた羊皮紙に書かれていたのは、モンスターの名前‥‥デビルにのみ気を取られていたフィニィたち、姿を写し取り残虐な行為を繰り返すことで知られるそのモンスターの名前が出なかったのは何故だろうか。
その羊皮紙に走り書きれていた名前は──『ドッペルゲンガー』、デビルではなくクリーチャーに分類されるモンスターの名。写し取った者の技術をそのまま使用する悪質なモンスター。
「皆さんに伝えなくては!」
「何を伝えるというのかな、金の髪の乙女」
詠唱を始めたフィニィの心臓を射抜くような言葉‥‥それは紛れもない、領主ヴィルヘルムの声。
「こんなところに愛らしい鼠が潜んでいるとはな──」
顔色ひとつ変えずに振るわれた剣は、髪の一房と共にフィニィの肩口をざっくりと切り裂いた!
『きゃあああ!』
完成した呪文に乗せられてローサの元へ送られたのは文字通り身を裂かれる悲鳴!!
「いい声だな。しかし声量が大きすぎる」
剣を構え、胸元を‥‥生命の源を狙うヴィルヘルム。避けられない──フィニィの目に恐怖に満ちたその時。
「おっほっほ! 貴方の好きにはさせませんわよ! 暖かく眩き閃光よ、彼の者を射抜きなさい──サンレーザー!!」
高らかな笑いと共に現れたアミィ! 陽光が届く場所ならば彼女の魔法は強力極まりない。そして、悲鳴を聞いて駆けつけたシャフルナーズも呪文を詠唱する!
「気高き太陽の怒りを知るといいわ──ダズリングアーマー!」
声に振り向いたヴィルヘルムの瞳を、踊り子が纏った太陽が焼く!!
「ぐっ!」
そのまま庇うように立つシャフルナーズの後ろで、フィニィはポーションを口にする。受けた傷が癒えていき‥‥
「きゃああっ!」
次の瞬間、シャフルナーズが攻撃を避けきれずに太腿をざっくりと切り裂かれた!! アミィの魔法だけが唯一、僅かずつながらヴィルヘルムへ傷を与え‥‥しかし狙って投げられたダガーに貫かれそうになったアミィを何かが突き飛ばした!
「遅くなりました、大丈夫ですか!?」
「もっとスマートに助けてほしいものですわね」
膝についた埃を払いながらデニムへ送る一言はそんな冷たさで。けれど感謝は行動で示す、それがイイ女!
「くっ、強い‥!」
偽ヴィルヘルムに振るわれた剣を避けきれずに辛うじて受けたデニムは力量差に愕然とした。その下に騎士団を持つ領主ヴィルヘルムは、確かに騎士団員から敬愛されるだけの技術を持っていたのだろう。
そして、その技術の全ても模倣する‥‥それはドッペルゲンガーの特徴でもあった。
「うわあっ!」
「デニムさん!」
駆け込んできたレイはデニムから意識を逸らさせるようにヴィルヘルムに攻撃を仕掛けるが、簡単にかわされる。
二人の騎士の攻撃はなかなかヴィルヘルムに届かず、逆に領主の攻撃はその全てが痛烈に冒険者を痛めつける。満身創痍の冒険者たちの唯一の希望は、その戦力差。ドッペルゲンガーは一人、仲間は8人。それだけを心の拠り所に‥‥剣を振るい、魔法を詠唱する。
何度目だろうか、ポーションも使い果たし傷だらけになったフィニィとアカベラスがそれでも挫けぬ強気心で呪文を詠唱した!
「猛りし氷雪の牙を受けよ──アイスブリザード!!」
「猛りし悪意に安寧を──スリープ!!」
‥‥アイスブリザードが消え去った後に残ったのは、静かに眠るヴィルヘルム。
「民の盾となり正義を貫く、それが騎士です。そのためなら名誉が犠牲になろうとも悔やみません──さようなら」
眠りにつくヴィルヘルムへ渾身の一撃を振り下ろすデニム。どろりと領主の顔が溶け‥‥やがてぐずぐずと崩れ去った。
その間に老執事が氷棺から連れ出したヴィルヘルムは、冷え切った体でベッドに横たわりながら‥‥満身創痍の冒険者に微笑んだ。
「フィリーネも、皆も‥‥拙い言葉だが、ありがとう」
隣で微笑むフィリーネの姿を見、ローサはレイを突いた。
「元気だしなよ〜? いざとなったら奪えばいいんだしっ♪」
「‥‥それもそうですね」
「ええっ!?」
冗談です、と笑うレイの向う脛を思い切り蹴り飛ばす。それが、シュティール領に笑顔が戻った瞬間だった。