【昏き街道】黒き翼を持つモノ

■シリーズシナリオ


担当:やなぎきいち

対応レベル:5〜9lv

難易度:やや難

成功報酬:3 G 2 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:08月16日〜08月22日

リプレイ公開日:2005年08月24日

●オープニング

 その街道はパリ南西に位置するシュティール領から、その西方に位置するガーランド領まを抜けるように走っていた。
 ガーランド領内では『オーガの巣』と呼ばれる場所を抜けるその街道は、冒険者の働きによりオーガ種が激減したことにより再び活気を取り戻そうとしていた。
 その街道は、シュティール領内でとある湖のほとりを抜ける。深く澄んだ藍を湛えるその湖は、晴れた日は湖面が陽光を反射してきらきらと輝き、春夏秋冬、旅に疲れた旅人を癒す。
 しかし、その輝きを見ることができる者はとても少ない──なぜなら、深く澄んだ湖は日々濃い霧を発生させているからだ。
 昼間でも灯りが必要になることがあるほどで、湖のほとりの村にある雑貨屋は松明やランタンの油を切らすことはないのだそうだ。宿を求めて立ち寄った旅人たちも雑貨屋の世話になることは珍しくなかった。


「また出おったのか‥‥」
 村長は頭を抱えた。相談役として各村に派遣されている『教師』──シュティール領では相談役と連絡役、教育係を兼ねた『教師』がそれぞれの村に派遣されている──によると、街道に現れているのはジャイアントクロウ‥‥要するに巨大なカラスらしい。通りすがりの冒険者に依頼をしてみたものの、ピカピカと輝くアーマーが気に入ったのか、それとも磨きこまれた剣が気に入ったのか、じゃれつくように寄ってきたジャイアントクロウたちに倒されてしまった。
 体中を突付かれ溶かされた冒険者たちの遺体は、死者を悼んだ村人たちの手によって、村の墓地に大仰なまでに丁重に葬られている。
「仕方がありません。ご心労をおかけしてしまうかもしれませんが、領主様に相談いたしましょう」
 村人たちでは歯が立たず、街道を使わずにじっと耐えるには食料が足りない。何せ普段から霧に覆われてしまっていて、作物などそうそう育ちはしないのだから。
「‥‥それしかありませぬな‥」
 腕の立つ冒険者を雇う金は村にはなかったが、このままジャイアントクロウを放置して街道が活気を取り戻すきっかけを失っては、村は立ち行かなくなってしまう──それどころか、繁殖でも始まってしまえばガーランド領の『オーガの巣』の二の舞いである。金を工面してもらい、しっかりと腕の立つ冒険者を派遣してもらう以外にジャイアントクロウを排除する方法は思いつかず、村長と教師は病に臥せっている領主ヴィルヘルム・シュティールの下へ向かったのだった。


「それは大変ですわね。パリの冒険者ギルドへ掛け合って、腕の立つ冒険者をすぐに派遣していただきましょう」
 領主と対面することは叶わなかったが、代理として施政を取り仕切る領主夫人フィリーネはそう言って即決した。
「ありがとうございます、奥方様!」
「あの街道は港へと通じている‥‥街道が発展すれば農林業ばかりのこの領内でも商業が栄える可能性がありますもの。あなた方の住む土地は、シュティール領の希望なのですわ」
 当然です、と穏やかに微笑むフィリーネ・シュティールの温情に感謝する村長。しかし、派遣されてくる冒険者を先に知る術があったなら‥‥何らかの手段を講じていたに違いない。

 もっとも、知る術はないので──後に不安に神経を苛まれることになるのであるが。
 それはまた後の話である。

●今回の参加者

 ea2924 レイジ・クロゾルム(37歳・♂・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea4509 レン・ウィンドフェザー(13歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea5254 マーヤー・プラトー(40歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 ea5380 マイ・グリン(22歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea5840 本多 桂(32歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea9096 スィニエーク・ラウニアー(28歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb0031 ルシファー・パニッシュメント(32歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb1502 サーシャ・ムーンライト(19歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・ノルマン王国)

●サポート参加者

フィル・フラット(ea1703

●リプレイ本文

●街道に訪れるモノに対する考察
 馬車に揺られて丸二日。冒険者たちは霧に包まれた村へと辿り着いた。
「ものの見事に真っ白‥‥噂以上ね」
「‥‥フレイの気紛れが生み出したのでしょうか。私の故郷も大概、霧の多い街でしたけど‥‥」
 白く紗の掛かった村に本多 桂(ea5840)が半ば感心したような、半ば呆れたような複雑な表情を浮かべる。傍らのマイ・グリン(ea5380)は白霧に覆われた村に故郷を重ね胸に描いた。
 一方、馬車から降り立ったレイジ・クロゾルム(ea2924)は出迎えご苦労と村長に声をかけ、早速街道を襲う被害の実情を確認する。
「大きなカラスが住み着いてしまいましてな‥‥通りすがりの冒険者に依頼したのじゃが、突かれ溶かされ殺されてしまったのです」
 溶かされる‥‥その表現に、冒険者たちは一様に怪訝な表情を浮かべた。
「‥‥普通、ジャイアントクロウは爪と嘴以外の攻撃手段は持たないはずですから、被害者が溶けていたというのは妙だと思います」
 モンスターについて多少の学を修めているマイ、未だ確たる土台を築いていない知識から記憶を手繰り、ジャイアントクロウの名とその姿を思い出す。
「‥‥何だか溶けたと聞くと、この前あったアンデッドのジェルを思い出しますね」
 スィニエーク・ラウニアー(ea9096)がそっと漏らした言葉に、ルシファー・パニッシュメント(eb0031)が頷いた。
「またジェルが関係しているのか? ‥‥つくづくジェルに好かれたものだな」
 自嘲するルシファーにラクス・キャンリーゼが胸を反らして何故か張り合う。
「俺はアンデッドに好かれているけどな!」
 どこか自慢げに言い放たれた物騒な言葉に村長は後ずさり、眉間と額のしわを深めた。それを見て、レン・ウィンドフェザー(ea4509)がラクスの袖をつんつんと引っ張った。
「あのね、ラクスくん。それはじまんにならないの。ほんとうにアンデッドがきたらレンがどっかんするけど、そんなはなしをしてみんなをこわがらせちゃダメなの」
 レンの舌っ足らずな言葉にマーヤー・プラトー(ea5254)も深く頷く。共に依頼を受けた仲間として、忠告をしておく必要があった。
「君の言動で村人や他の仲間たちも影響を受ける、時と場合によっては危険に晒されるということを自覚してくれ」
「馬鹿に何を言っても通じん。ラクスには囮でもさせておけば被害も拡大しないだろう」
「そうそう、馬鹿には何を言っても通じないんだよな」
 自分を殺しかけた筋肉質な年上の友人のことを思い出し大きく頷くラクス。まさか自分のことだとは夢にも思っていないのだろう。
「‥‥囮役は必要かもしれませんけど‥‥それでも、ラクスさん一人にお任せするのは可哀そうだと思います‥‥回復手段がないから、尚更‥‥」
「わたくしはリカバーが使えますけれど、不十分でしょうか‥‥」
 レイジに返したスィニーの言葉にサーシャ・ムーンライト(eb1502)がおずおずと手を上げた。
「まて! サーシャとレイジ‥‥だったか、まあどうでもいいんだが、俺を殺す気か!? 少しはスィニーを見習え!!」
「2日も一緒にいて名前を覚えられないような人間に価値があるとでも?」
 面白がってラクスを煽るレイジ。力関係が決したらしいのを見計らってか、村長の表情に不安の色が濃くなっていくのを見て取ってか、マーヤーが強引に話を切り上げた。
「囮のことは後で考えればいいさ。とりあえず街道に向かって、滞在できるように陣営を築くとしよう」
 面白い見世物だったのに、と呟かれた桂の言葉は、幸いにもマーヤーの耳には届かなかった。


●襲来せしモノを撃墜するための行動
「そうか、クラウドジェルだ」
 テントの設営もそこそこに、グリーンワードで周辺の木々へ『大きな鳥以外のモンスターを見たか』と訪ね歩いたレイジ。
『飛ぶものが』
『わからない』
『溶かして食べる』
 要領を得ない回答から頭を悩ませながらレイジが抜き出したキーワードはその3つ。『霧には魔物が潜む』と村人が漏らしていたことも重要なヒントだろう。‥‥仲間たちとの会話でジェル系モンスターという当たりがついていたのが救いだった。

 ──クラウドジェル、雲のような姿で空中を浮遊するインセクト。

 二月ほど前、友人に頼まれジェルについて調べた時に、そんな話があった。
「クラウドジェルなら霧に紛れて接近してくる可能性は高い、油断するなよ」
「‥‥擬態能力にすぐれているゆえ、発見できる可能性は低いだろうがな」
 それでも気を配らないよりはましか、と片頬を歪めるルシファー。
「‥‥ぷ。ちょっと、てつだってほしいの。レンだととどかないの」
「ちょっと待ってね」
 メイドを生業にしているマイとサーシャを手伝いながら保存食に手を加えていた桂、レンの頼みで少し離れた木へ銅鏡を吊るす。
「離れてるけど平気?」
「だいじょうぶなの。おもうぞんぶん、どっかんするの♪」
 愛らしい微笑みで桂を惑わせたレン、呪文を脳裏に思い描き、ジャイアントクロウ相手に思う存分魔法を放てると心を躍らせているようだ。
 待つだけしかない作戦‥‥精神を消耗する手段だが、それぞれが策を弄し、来るべき襲来に備えた。

 そして一昼夜。

「‥‥来ます」
 スィニーの言葉を肯定するかの如く、辺りに独特のだみ声が幾重にも響く!!
「来た、ジャイアントクロウだ!」
 突出するのは危険ですし‥‥できれば、後衛を護衛してくれると嬉しいのですけれど‥‥そんな話を持ちかけられていたラクス、俺の力の見せ所だ!! とスィニエークやレンを守るべく後ろに下がる。
 そして準備段階の詠唱が響く!!
「──ミミクリー!!」
 ルシファーのミミクリー、レイジのライトニングアーマー、マーヤーのオーラパワー、スィニーのフレイムエリベイションが次々に詠唱を終えて発現する!!
 そしてタイミングをずらし、接近してきたジャイアントクロウを迎え撃つサーシャ!!
「貴方に罪はないのかもしれませんが──ホーリー!!」
 白き光がジャイアントクロウを貫く!!
「チャンスが来るまで攻撃を受ける‥‥か。待たされるのはあまり好きじゃないのよね」
 潮騒のトライデントを操るのは夢想流の使い手、桂。
 多方面の炎を映し輝く穂先へ、ジャイアントクロウが飛来する!! タイミングを合わせ、掠めるように槍を振るう!!
「そうそう、その調子。行動力のある男は好かれるわよ」
「ほう、それは良いことを聞いたな──グラビティキャノン!!」
 別方面からアゾットを目がけ急降下するジャイアントクロウを重力波が迎撃する!!
 傾いだジャイアントクロウへ、稲光が襲い掛かる!!
「‥ぷ♪ レンもがんばるの」
 桂に頼み木に下げてもらった銅鏡を棒で突き、揺らす。
 スィニーへ狙いを違えたジャイアントクロウの視界の端で、炎を反射しきらりと輝く!!

 ──ゴッ!!

「あたまわるいの。──グラビティーキャノン!」
 銅鏡を狙い木の幹へ突進したジャイアントクロウへ、レンの重力波が襲い掛かる!!
『カァア!!』
 宙へ戻り態勢を立て直すジャイアントクロウの頭部を、横合いから投げられたマイのダガーが掠めるように切り裂いた!!

 ──そのジャイアントクロウが、突如、濃霧に包まれた。


●白き霧に潜むモノを炙り出すための策
「ちっ、ジェルか!?」
 ジャイアントクロウを、腕を伸ばす勢いで貫いたルシファーは槍を下げ、代わりに飛び出したマーヤーが魔力を付与した日本刀を振るう。
 腕に伝わる、確かな手応え!!
「クラウドジェルだ!!」
「これでもくらうの!!」
 レンが準備しておいたインクをクラウドジェルへぶちまけた!!

 ──空中に、黒く輪郭を現すジェル。

「なんだ、これは?」
 ぶよぶよした謎の物体へ不用意に近付き剣を閃かせたラクス。剣ごとラクスの腕を包み込むジェル!!
「うわああっ!!」
「ラクスさん!!」
 自分の角度からライトニングサンダーボルトを発したのではラクスにもダメージが行ってしまう、スィニーは詠唱した呪文をジャイアントクロウへ向けて発現させる!!
「ラクス!! 気をつけろ!!」
「どうやって!!」
「頭を下げるのよ!!」
「うおっ!?」
 日本刀を振るうマーヤーの邪魔にならぬよう身を反らしたラクス、桂の指示に頭を下げると髪を切り裂いてトライデントが振るわれる!!
「こっちです!」
 バランスを崩したラクスの腕を、ぐい、と引いたのはマイだ。
 ずるり、とジェルから溶けかけ爛れた腕が抜き出される!!
「無茶なさらないでください、ラクス様。慈悲深きセーラ様‥‥──リカバー!」
 サーシャが慌ててラクスの傷を癒す。そんな間にも高速詠唱を交え間断なくグラビティキャノンを放つレイジへ、ジャイアントクロウの爪が届く!!
「──小賢しい!!」
 そして攻撃を受けた恨みを晴らそうとするように、クラウドジェルへ攻撃を仕掛けている桂やマーヤーへもその嘴で、爪で、容赦ない攻撃を仕掛ける!!
「ああっ! もう、邪魔よっ!!」
「──くっ! マイ君、レン君、援護を頼む!!」
 言われるまでもなく、マイは銅鏡に括りつけた紐を握り器用に振り回す。レンの提案で何箇所にも分散しておいた焚き火の光が乱反射し、ジャイアントクロウの意を削ぐ!!
「こんなにたくさんジャイアントクロウがいるとはおもわなかったの♪」
 グラビティーキャノンでその翼を狙い打ち、錐揉み状に落下させて次のターゲットを探すレン。
 落下中に体制を立て直したジャイアントクロウへ、魔法の力でマイの元へ戻っていたダガーが再び襲い掛かる!!
 貫かれた翼から血を滴らせながらだみ声を響かせ、地面へと落ちるジャイアントクロウ。
 その体に、ルシファーがスピアをつき立てる!!
「そのまま空を忘れ、永遠の眠りに就け」
 鼻先で嘲(あざわら)うルシファーの言葉を解することなく、ジャイアントクロウは死んだ。
 しかし気は抜けない。
 まだ空を舞うジャイアントクロウの姿があるのだ!
「面倒だな。──ストーン!」
 激しく魔法を振りまいたレイジはソルフの実を齧り魔力を補うと、マイ目掛けて急降下したジャイアントクロウにストーンを見舞う!!
「一分凌げ」
「‥‥簡単に言われても困ります」
 困惑したように返すマイだが、それでも手元に戻り来たダガーをしかと受け止め、再び投げる!

 ジャイアントクロウが屍や石像と化して全て地面へ落ちたとき。
 素早く振られた桂のトライデントとマーヤーの必殺の一撃がクラウドジェルを撃墜した。
「確かに1羽とは聞いていなかったが‥‥」
 頭を振るマーヤー。クラウドジェルと対しながらも、10羽にも及ぼうというジャイアントクロウのだみ声は途絶えることがなかった。‥‥どうも耳にこびりついているような気がしてならない。
「クラウドジェルも1匹とは限らないわけですけれど‥‥近くにはいないみたいですね‥」
 いつしか薄れつつある霧の中に、クラウドジェルの姿は見受けられなかった。
「そろそろじかんなの、ほうこくしにむらへかえるの」
「そうね、酒の一杯でも出してもらえれば嬉しいんだけど」
 自分の服をきゅっと掴んでにっこりと微笑む小さな破壊神へ笑みを返して、桂は荷物を纏め始めるのだった。


●現れ出でた美しきモノの姿
 村へつくころには霧が晴れていた。
「珍しいですのぅ。当面は晴れないと思っておったのですが‥‥折角ですし、見ていかれますかな?」
 村から5分ほど歩いた場所、そこは見晴らしの良い丘の上で‥‥眼下には透明度の高い藍色の大きな湖がゆったりと横たわっていた。
 森に囲まれた湖は夏独特の深い緑を映し、湖を渡った風が冷涼な空気に深森の香りを乗せて運んでくる。
 覗いた太陽を反射し煌く湖面。その合間には、遠目にも時折魚が見てとれる。
 小船が出ているところを見ると、あの魚たちは村人たちの食料となるのだろう。
「疲れも癒されるようですね」
 サーシャがほう、と溜息を吐いた。
「毎日見られれば観光資源になるだろうに、惜しいね」
「そうですね‥‥でも、毎日見れなくてもここにあるのは変わりませんし‥‥時折り見られるというのも、良いと思います」
 村人にとって街道だけが命綱であることを懸念していたマーヤーが漏らしたそんな思いに、スィニーが微笑んだ。
「ま、隠れた名所っていうのも乙なものだしね」
 こんな光景を見ながら飲む冷酒はさぞかし旨いだろうと桂は少し口寂しい。もらったワインも美味だったが、やはり馴染んだ味は別格なのだろう。
 その丘の上で振舞われた少しばかりの魚料理とワインに戦いの疲れを癒し、冒険者たちはパリへの岐路に就くのだった


●新たに蠢き始めるモノの気配
 霧が再び立ち込める。
 夜の帳が街道を包むと、ぞろりと蠢くモノがあった。
 それはジャイアントクロウの死体に群がり‥‥クラウドジェルへも食指を伸ばす。

 ──一面を覆い尽くすは深い霧。

 ──一面を多い尽くすは蠢くモノ。

 そして闇を見通し蠢くモノをじっと見つめる一対の瞳。

 街道を覆う深い霧は、未だその内に悪意あるものを抱き続ける‥‥
 ‥‥そう、冒険者を誘い続ける円舞曲のように‥‥