【昏き街道】霧に潜み連鎖するモノ
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■シリーズシナリオ
担当:やなぎきいち
対応レベル:4〜8lv
難易度:やや難
成功報酬:3 G 36 C
参加人数:8人
サポート参加人数:3人
冒険期間:09月07日〜09月16日
リプレイ公開日:2005年09月17日
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●オープニング
その街道はパリ南西に位置するシュティール領から、その西方に位置するガーランド領までを抜けるように走っていた。
ガーランド領内では『オーガの巣』と呼ばれる場所を抜けるその街道は、冒険者の働きによりオーガ種が激減したことにより再び活気を取り戻そうとしていた。
その街道は、シュティール領内でとある湖のほとりを抜ける。深く澄んだ藍を湛えるその湖は、晴れた日は湖面が陽光を反射してきらきらと輝き、春夏秋冬、旅に疲れた旅人を癒す。
しかし、その輝きを見ることができる者はとても少ない──なぜなら、深く澄んだ湖は日々濃い霧を発生させているからだ。
昼間でも灯りが必要になることがあるほどで、湖のほとりの村にある雑貨屋は松明やランタンの油を切らすことはないのだそうだ。宿を求めて立ち寄った旅人たちも雑貨屋の世話になることは珍しくなかった。
その街道へ棲みついてしまったのはジャイアントクロウ。
街道の一角を占めていた『オーガの巣』が駆逐され、街道が活気を取り戻そうとしていた矢先の事態だった。
その村は、街道を通る者たちの宿場町として栄え、街道を通る者たちが落としていく金銭によって細々と生き延びている‥‥そんな村であったから、棲みついたジャイアントクロウは脅威でもあり、そしてそれ以上に迷惑以外の何物でもなかったのだ。
シュティール領領主代理を務め施政を取り仕切っていた領主婦人フィリーネ・シュティールの采配もあり、冒険者の手を借りてジャイアントクロウを退治したのであったが‥‥
今、その街道へ霧が再び立ち込めていた。
夜の帳が街道を包み、帳に紛れてぞろりと蠢くモノがあった。
それはジャイアントクロウの死体に群がり‥‥クラウドジェルへも食指を伸ばす。
──一面を覆いつくすのは白い霧。
──一面を覆いつくすのは蠢くモノ。
そして闇を見通し蠢くモノを見つめる一対の瞳‥‥
それらの異変に気付いたのは、やはり村の者たちと領主より派遣されている教師だった。
「大変だ! で、でっかいネズミが大量発生してやがる!!」
「先生! うちの娘が熱を出して‥‥大きな梟がどうのこうのってうわ言を言うんです!!」
「うちのガキもなんだ! 先生、何とかならないのか!?」
でっかいネズミ、もちろんジャイアントラットのことである。そして、事もあろうに疫病を運んできてしまったのだ!!
「とりあえず、病人を隔離してください! 何がきっかけで伝染するかわかりませんから。病人の世話は私がします、他の方は近寄らないように」
「では、わしは領主様へ薬と冒険者の要請をしてこよう。薬が届かねば悪化する一方じゃからな‥‥2〜3人、供をしてくれ」
『教師』と村長はてきぱきと指示を出し、病人を村はずれの一角に隔離し、馬を駆って──農耕馬だったが、村長が走るより早かったのだ──領主の館に救いを求めた。
領主夫人フィリーネ・シュティールの名でギルドへ依頼書が掲示されたのは、その2日後のことである。
●リプレイ本文
●再び遇い見えるモノたちの嘆き
「で、何でお前がいるんだ?」
ツンと顎を上げ尊大な態度で男を見下すレイジ・クロゾルム(ea2924)をサーシャ・ムーンライト(eb1502)はハラハラと見つめる。そんな些細なことを言い争っているときではないのに、と。
「まぁ、来てしまっているものを追い返すわけにもいかないだろう?」
「‥‥それに、今回は人手が必要ですから‥」
「たってるものは、おやでもつかうときなの。うごけるなら、きっとなにかのやくにたつとおもうのー」
苦笑してマーヤー・プラトー(ea5254)がレイジを宥め、マイ・グリン(ea5380)とレン・ウィンドフェザー(ea4509)もマーヤーと一緒に男を擁護する。確かに、今回齎された依頼はジャイアントラット等のモンスター退治と同時に疫病患者の看護をしなければならない、手のかかる仕事である。
マーヤーとサーシャは仲間たちの顔を見回した。ルシファー・パニッシュメント(eb0031)はそんなやり取りなどどこ吹く風で知らん面‥‥ということは、ルシファーとしては問題はないということだろう。本多桂(ea5840)とスィニエーク・ラウニアー(ea9096)は同行に異議がないようだ。
「足を引っ張ったら容赦しないからな」
「はっはっは! 俺の実力を知って泣きを見るのはお前だ!」
短く嘆息するとレイジは思考を切り替えた──足手まといと思うから面倒なのだ、捨て駒と思えば良い、と。そう思えばこの男、ラクス・キャンリーゼもなまじ妙な知恵が付いておらず単純な分だけ扱いやすい便利な手駒だった。使い潰すには少々外野が五月蝿い気もするが。
「急いだ方が良さそうだし、先行できる面子で先に行きましょうか」
そうして冒険者は二手に分かれることとなった‥‥先日苦い酒を飲んだばかりの桂、今度は果たして旨い酒で喉を潤すことができるのだろうか。
その答えは霧の向こうにある──‥‥
●薬を護りしモノたちの戦慄
薬を積んだ馬を見遣ったマーヤーは知らず苦い笑いを浮かべていた。
「肝心の薬の護衛はこれだけかい?」
「でも、むらもたいへんなの。レン、みんなのぶんまでがんばっちゃうのー」
驢馬に跨る小さなエルフはそう言って無邪気なスマイルを振り撒く。護衛に残った面子の中では唯一のマジックユーザーたるこの無垢なる破壊神レンは薬を積んだ馬に並び、そこを自分の居場所と定めた様だった。
「こんな物を奪っても面白みもあるまい」
女や金ならまだしも、そう続けたルシファーにマーヤーが僅かに嫌悪感を抱いた。正しき騎士、正騎士マーヤーには襲撃者に近い性質のルシファーはどうにも好ましくないものなのだろう。
セブンリーグブーツを履いた仲間を見送り、荷を乗せた馬の速度に合わせて村へと向かう。
「お、あんなところにジャイアントラットが‥‥」
「──ぐらびてぃーきゃのんっ」
「おぉっ!?」
ラクスの脇を掠めネズミを吹き飛ばす重力波!! 冷や汗を流すラクスに、レンはきゃはっと笑った。
「ししはうさぎをかるのもぜんりょくなの。レンはししじゃないから、もっとぜんりょくでたいじするのー」
「そ、そうか‥‥俺も全力だけどな!」
後半は明らかに空元気‥‥ラクスが初めて他人を恐ろしいと思った瞬間だった。
しかし吹き飛ばされたネズミもそれだけで死ぬほど大人しくもなく──すばしこく細やかなうごきでレンを翻弄しながら寄ってきたジャイアントラットは、マーヤーの聖剣アルマスに叩き斬られ、ルシファーのサイズに首を落とされ、ラクスの剣に叩き潰され、冒険者にもその愛馬たちにも傷を負わせることは叶わなかった。
「このジャイアントラットも群れの一角なのかな。多少なりとも全体の数が減らせていれば良いのだけれどね」
武器についた血糊をボロ布で拭いマーヤーはこの先に待ち受ける困難を案じた。
●穢れし地に踏み込むモノたちの活動
セブンリーグブーツで足並みをそろえた先行部隊の冒険者たちは、村に着くと各々予定していた行動を開始した。
「じゃあ、あたしらは先に行ってるからね」
桂とサーシャはジャイアントラットが現れている街道へ向かいテントや罠の設置を行う。
「ええと‥‥友なる風よ、ジャイアントラットさんたちの呼吸を探してください──ブレスセンサー」
スィニーは村に深入りせず、ジャイアントラットの呼吸から行動を把握し、進入経路の特定を急ぐ。
「ジャイアントラットの攻撃を受けた者が発病か‥‥備蓄の食糧も荒されているとはな」
ふん、とレイジは鼻を鳴らした。他に感染した者やしなかった者の行動を聞くと、どうやら感染経路などというほど大それた話ではないようだ。フェイテル・ファウストや森羅雪乃丞がパリの図書館で調べあげた情報と突合すれば体液を介して感染していることは明白。
「ジャイアントラットに傷付けられた者、それらの者や発病者の体液に触れる機会のあった者は隔離区画へ行け。直ぐに薬が届く、それまでの辛抱だ。ジャイアントラットに荒された備蓄庫の食料は浄化するまでは口にするな、感染の恐れがある──いや、少しもらっていこう」
「あ‥‥レイジさん、まだ村にいらしたんですね」
「うむ。しかし俺に出来ることはこれで全てのようだ。そちらも目処がついたのか?」
「はい。とりあえず、近くの巣穴と通路は‥‥煙で燻してきましたから、少しは安全だと思います‥‥」
自分に出来ることは先に先にと片付けねば被害はどこで拡大するかも判らない。スィニーはジャイアントラットたちの巣穴や通路になっていると思われる穴を見つけるとハーフエルフの特徴である耳をフードでしっかりと隠して村人に協力を依頼、次々に燻し窒息させることで使い道にならなくなるように仕向けてきたのだ。村人の協力で予想以上に早く片付いたが魔力の消耗は否めない。
「隔離区画にある通り道らしい場所は、申し訳ないのですけれどマイさんにお願いしてきました‥‥」
マイは逸早く隔離区画へ向かい、足りないであろう人手として教師とともに患者の看護に当たっている。
●遅れ現れたモノたちを連れて
小さな破壊魔‥‥もといレンが薬を持って隔離区画へ訪れたのは先行隊が到着した翌日だった。
「マイちゃん、せんせー、レンおくすりもってきたの。おてつだいがんばるのー」
「ああ、ありがとうございます! 死者を出さずにすめば良いのですが‥‥」
瞳を曇らせる教師にレンは首を傾げた。
「そんなにぐあいのわるいひとがいるのー?」
「いいえ、まだ大丈夫です。マイさんが滋養になる料理を作ってくれたり、甲斐甲斐しく世話をしてくれていますから、患者も安心しているようですし。けれど油断はできませんから‥‥」
そのマイはちょうど朝食を配膳しているところだった。
「‥‥食べるものを食べて、ゆっくり休んで、清潔にしていれば大概の病気や怪我は治るものです」
そんな持論からマイが作り出したのは小さく刻んだ野菜をふんだんに使ったシチューに柔らかな焼きたてパン、蜂蜜を落としたヨーグルトなど、量が少なくとも栄養が十分に摂取できると思われる料理の数々だ。病人食ということで食材も少し贅沢、そのうえプロの料理人に匹敵するとも思われるマイの腕もあり、料理は大好評。
「マイ姉ちゃん、おれ、病気になってラッキーだったよ」
「また病気になったらご飯作ってくれるー?」
「‥‥そんなこと言う子のところには来ませんよ。‥‥元気に過ごしていたら、また、作る機会はあるかもしれないですけれど、ね」
疫病にかかって良かったなど言い出す子供たちをやんわりと窘めるマイ。
「‥‥さあ、お食事が済んだらお薬ですよ」
「ちょっとにがいけど、くちがまがるだけでのんだらげんきになるの。レンもがまんしてのんだから、キミもまんしてグッてのんでほしいの」
零さないように薬湯の入ったカップを両手でしっかりと握って、レンがにっこりと微笑んだ。
●待ち伏せるモノたちの絡まりあう思惑
「スィニエーク様、あちらにもお願いできますか」
仲間といえども両親に愛を以って躾けられた礼節を忘れないサーシャは新たに仕掛けた罠へスィニーを誘導する。
「まさか、こんなに次々とかかるなんて‥‥思いませんでした‥‥」
光量を抑えたランタンの下にスクロールを広げたスィニーは纏わりつく霧を払いもせず手にしたそれを詠み──食料を中心にファイヤートラップを仕掛ける。
ジャイアントラットの数が多いのもあり、またジャイアントラットが夜間でも動きを休める性癖が薄いのもあるのだが、次々にかかるのにはもう1つ大きな理由があった。もう一人のスクロール使い、いつしか『スクロールコレクター☆』の二つ名を冠されるほどになったレイジだ。
「ジャイアントラット達よ、あっちに美味い食べ物があるぞ。他の生き物はまだ気づいていない。急いで食べろ」
しかも逃げ出すラットはクエイクのスクロールで妨害するのだからなかなかに容赦が無い。トラップにかかったジャイアントラットは少し離れた位置からミミクリーで射程を変化させたルシファーが凶刃を振るい、ほうほうの態で逃げ出したものは桂とマーヤーが突き刺し、叩き斬る!!
「っと、この血も危険なのよね、気をつけないと‥‥」
ジャイアントラットとはいえ斬り付ければ鮮血を溢れさせる。返り血で纏った服をぬらした桂は夜闇の中で見辛くなった赤黒い体液が万が一にも口元へ及ばぬように服も武器も全てを慎重に取り扱った。
「レイジ殿が貰ってきた食料も残り少ないし、そろそろ本命が出てきてくれないと困るね」
残り少なくなりつつあるのは食料だけではなく、スィニーとレイジの魔力もそうであるし、戦闘の補助にオーラ魔法や神聖魔法を用いるマーヤーとルシファーの魔力も同じ。回復を担当する月銀の癒し手サーシャの精神もまた疲弊していた。体の疲労と共に襲い来る睡魔に抗す術を心得ているのはルシファーだけで、このままでは誰かが膝を付くまでそう長くはかからないと思われた。
疲労感を隠せず短い息を吐いたマーヤーは髪を掻き上げ、霧に覆われた空を見上げた。
──何かと、視線が交錯した、気がした。
「皆、気をつけろ!!」
そう叫んだマーヤーの声の方が、空を切り裂く音よりもわずかに早かった!!
●白き闇の夜空を切り裂き舞い降りたモノの羽音
「くっ!」
急所めがけ襲い掛かられた爪に皮膚を掠め切られながらも果敢に潮騒のトライデントを振るう!
──!!
鳴き声を上げるでもなく、狩人の瞳で桂を睨め付けたのは2mは下らないであろう大きな梟──ジャイアントオウル!! 現れ出でた巨大な猛禽類に、ジャイアントラットは先を争うように逃げ去ってゆく!
「ネズミも梟もまあ良く育って‥‥栄養が行き渡ってるのね」
そんな言葉しか出てこない。切られた瞼からだくだくと溢れる血が視界を奪い、殺し切れず細く溢れる殺気へ防御の姿勢を向けることが桂にできる唯一のことと成り果てた!
「桂、邪魔だ! 下がれ!!」
「ルシファー様、桂様はわたくしが!」
割って入ったルシファーは声を上げたサーシャへ向け桂を突き飛ばした!!
「ルシファー殿、受け切ってくれ!」
「ハッ、誰にモノを言っている?」
見下した酷薄な笑みを口元に湛えサイズを握り直すとルシファーは隙を作り──誘われて襲い掛かったジャイアントオウルをマーヤー渾身の一撃が吹き飛ばす!!
一歩離れたレイジはスクロールでストリュームフィールドを展開し、アグラベイションを詠唱する!! スィニーはゆっくりと祈りを込めるように魔力を織り交ぜた詠唱を行う‥‥
「雷よ轟け、電光となりて貫け、そして私の前に道を示して──ライトニングサンダーボルト!!」
深く織り交ぜられた魔力が普段以上の輝きを帯た稲妻となって体勢を立て直そうと羽ばたいたジャイアントオウルへ襲い掛かる! 堪え切れず墜落したジャイアントオウルを大地の束縛──アグラベイションが捕らえた!!
「魔力に余裕がない、一気に行かせてもらおう」
「明日の美酒のためにもね」
グラビティーキャノンの詠唱とライトニングサンダーボルトの詠唱が二重奏となる中、再び夜空を滑空する余裕を与えぬよう、戦士たちの得物が鈍い光を放った。
●対応の策を練り執り行うモノの後姿
「みんなもおくすりのんでおいてほしいのー」
「‥‥汚れ物は洗濯しますので脱いでくださいね」
村へ戻った冒険者たちを迎えたのは小さなレンと水を得た魚の如くいそいそと働くマイだった。
「まだ残っている傷は念のためワインで洗ってからサーシャさんに回復してもらってください」
「ええ? そんな、勿体無いわよ」
「‥‥飲む分は別に用意しますから。‥‥疫病を持ってパリに帰るわけにはいきませんし」
村人から借りた着替えを押し付け、染みついた汚れが良く落ちるようたっぷりの水で洗濯するマイとお手伝いのレン。‥‥血の汚れは落ちにくいのですよね、など呟きながらも手は絶え間なく布地を擦り合わせている。
「ジャイアントオウルには逃げられたが、ジャイアントラットは全て焼き払っておいた」
洗い晒した村人の衣類を纏い不服を露にしたレイジが村長へそう報告する。
「皆さんの装備品は後で私が浄化いたしますので」
「浄化、ですか?」
「せんせーは、しさいさまなの。ピュアリファイでじょうかしておけばあんしんなの」
「なるほど‥‥ジャイアントラットが残っている状況でピュアリファイを使っても疫病に終わりはありませんものね。わたくしもお手伝いさせていただきますね」
教えながら足取りをふらつかせるレンから、その両手に抱えた衣類をそっと受け取るサーシャ。
「それじゃラクス、今日はゆっくり飲み比べでもしましょうか」
「酒を飲むだけなら負けないぜ!」
こうして冒険者たちは、村人の衣類や布団を洗濯し、薬を煎じて飲ませ、全ての浄化が終わり疫病の恐怖が去るまでの数日間、霧に覆われた退屈なまでの平和を図らずとも堪能することとなったのだった。
「‥‥つまらんな」
そう呟いたのが誰だったか、それは彼らの名誉のために伏せさせていただくことにする──
●闇より蠢き出ずるモノの嫉み
霧が街道を森を覆い隠すように深く深く立ち込める。
夜の帳と白い闇の向こうで、遠い遠い旅路から戻り蠢くモノがいた。
それは生への狂おしいほどの嫉みを抱き、同時に生への狂おしいほどの渇望を秘め、
‥‥生を蹂躙せんと欲していた。
──一面を覆い尽くすは深い霧。
──蠢くは闇よりも深く暗いモノ。
そして闇を見通し蠢くモノをじっと見つめる一対の瞳。
闇のように白く包み込む深い霧は、全てを、存在も真理までもその内に抱こうとするように‥‥
‥‥しかし何の意思もなく、ただ、ただ、そこに在った。