【昏き街道】死角から再来するモノ

■シリーズシナリオ


担当:やなぎきいち

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 83 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:10月06日〜10月14日

リプレイ公開日:2005年10月18日

●オープニング

 その街道はパリ南西に位置するシュティール領から、その西方に位置するガーランド領までを抜けるように走っていた。
 ガーランド領内では『オーガの巣』と呼ばれる場所を抜けるその街道は、冒険者の働きによりオーガ種が激減したことにより再び活気を取り戻そうとしていた。
 その街道は、シュティール領内でとある湖のほとりを抜ける。深く澄んだ藍を湛えるその湖は、晴れた日は湖面が陽光を反射してきらきらと輝き、春夏秋冬、旅に疲れた旅人を癒す。
 しかし、その輝きを見ることができる者はとても少ない──なぜなら、深く澄んだ湖は日々濃い霧を発生させているからだ。
 昼間でも灯りが必要になることがあるほどで、湖のほとりの村にある雑貨屋は松明やランタンの油を切らすことはないのだそうだ。宿を求めて立ち寄った旅人たちも雑貨屋の世話になることは珍しくなかった。

 その街道へ棲みついてしまったのはジャイアントクロウ。
 街道の一角を占めていた『オーガの巣』が駆逐され、街道が活気を取り戻そうとしていた矢先の事態だった。
 シュティール領領主代理を務め施政を取り仕切っていた領主婦人フィリーネ・シュティールの采配もあり、冒険者の手を借りてジャイアントクロウを退治したのであったが‥‥今度は運悪く、その死体へモンスターが群がってしまったのだ。
 死体を喰らうのはジャイアントラットの群れ。それだけならまだ対処できたかもしれないが、ジャイアントラットの群れは村に疫病を運び、また、街道へとジャイアントオウルを招き寄せてしまったのだ!

 その村は、街道を通る者たちの宿場町として栄え、街道を通る者たちが落としていく金銭によって細々と生き延びている‥‥そんな村であったから、棲みついたジャイアントオウルはもちろん脅威であったが、疫病を発生させた村という悪名が轟き宿場町として利用されなくなるということもまた、何より恐ろしい脅威であった。それはもう、迷惑などという段階の話ではなく、領主夫人フィリーネはすぐに手を打ってくれたのだが‥‥


 最初にそれに気付いたのは、町へ買出しに出た青年だった。
「‥‥何だ、この臭い‥‥」
 それは鼻を突く、霧の澱んだ臭い。空気の腐った臭い。
 肌に纏わり付くそのねっとりとした粘着質な気配の源は、足元にあった。
「‥‥う、うわぁぁぁっ!!」
 ほうほうの態で逃げ出した青年からの情報で村長は三度(みたび)領主の館を訪れ‥‥領主夫人フィリーネはパリの冒険者ギルドへ依頼する費用を負担したのだった。


「勝手の解る冒険者の方が良いでしょうね、やはり‥‥」
「そうですのぅ、できれば今までの方に来ていただいた方が、我々も安心ですじゃ」
 その村からの依頼を毎度担当していたエルフのギルド員リュナーティア・アイヴァンは話を聞いて柳眉を寄せた。やはり、彼を関わらせたのが間違いだったのだろうか、と‥‥
「クラウドジェルのズゥンビ、ですか‥‥」
「その青年が見たのはクラウドジェルじゃな。もっとも、空は飛べぬらしいのじゃが‥‥わしらも、霧の中で死したものは弔わねばいかんと、伝えておかんかったのが悪かったのじゃろうが‥」
 リュナーティアは新米のギルド員へ関連する報告書を運ばせ、再びさっと目を通す。
「クラウドジェルの他に冒険者が退治したモンスターはジャイアントクロウ、ジャイアントラット、取り逃がしたのがジャイアントオウルですか‥‥」
「ジャイアントラットは魔術師殿が焼いてくださりましたぞ。病気の蔓延を防ぐためだと申されましてな」
 しかし、と続いた村長の言葉にリュナーティアは軽い眩暈を覚えた。
「──巣穴を燻されて死んだジャイアントラットはそのままになっているかもしれませぬが‥‥」
 不死なるもの、いや死の安寧すら拒んだもの、アンデッド。それは生を営むものを憎み、恨み、彼らと同じ死の世界へ引き摺り込もうとする存在。
 つまり、生きとし生けるものたちの敵。
 生を失い道に迷った哀れなる敵。
「その全てがズゥンビになっているとは限りませぬ。しかし、アンデッドがおることを知りながら放置するわけにもまいりませぬ。難敵であるとは思いますが、どうか、どうかよろしくお願いいたします!」
「彼らなら、しっかり対処してくれると思います。ご安心くださいね」
 その『彼ら』にラクス・キャンリーゼが加わるのだろうことは、リュナーティアの口から村長に伝えることはできなかった。

 こうして、冒険者ギルドに一枚の依頼書が掲示されたのだった。

●今回の参加者

 ea2924 レイジ・クロゾルム(37歳・♂・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea4509 レン・ウィンドフェザー(13歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea5254 マーヤー・プラトー(40歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 ea5380 マイ・グリン(22歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea5840 本多 桂(32歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea9096 スィニエーク・ラウニアー(28歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb0031 ルシファー・パニッシュメント(32歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb1502 サーシャ・ムーンライト(19歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・ノルマン王国)

●サポート参加者

轟天王 剛一(ea8220)/ 紗夢 紅蘭(eb3467

●リプレイ本文

●みたび、出発の刻
「今回はまたズンビィの大集合ですね、ふぅ」
 依頼書に目を通したサーシャ・ムーンライト(eb1502)は珍しくその表情に疲労を滲ませ、軽く溜息を吐いた。ぽん、と慰めるように肩を叩いたラクス・キャンリーゼの表情は反対にどこか活き活きしていて、マイ・グリン(ea5380)は出発前からやや疲れ気味‥‥頭痛気味と言うべきか。
 彼女の頭痛の原因はラクスだけではない。彼より分別はあるものの、その外見の愛らしさを含むとある意味では彼よりタチの悪い破壊神、レン・ウィンドフェザー(ea4509)も間違いなく頭痛の一因だろう。
「ズゥンビがいっぱいなのー。がんばって『どっかん』するのー♪」
「ふふん、俺様のいるところアンデッドあり!! 素晴らしい才能だな!」
「すばらしくないの。こないほうがいいにきまってるのー。でもきちゃったならしかたないから、レンもがんばって『どっかん』するのー」
「アンデッドを呼ぶ男、というのは結構なことだ」
 幾分は歓迎していることを否定しない発言は、ラクスとレンだけには留まらない。闇を愛する男、ルシファー・パニッシュメント(eb0031)もまたアンデッドを歓迎する一人のようだ。
 しかし‥‥
「クラウドジェルのアンデットなんてなかなか素敵なものがいるわね‥‥。それにしても、本当に次から次へとびっくり箱みたいな霧よね‥‥ちっとも楽しめないけどね」
 苦い笑いを浮かべた本多桂(ea5840)の言葉に表情を渋らせた。不必要なまでに過度の試練を与えられることを好むルシファーだが、アンデッド化したジェルと対峙した経験はあまり良い記憶ではないようだ。酸で武器を溶かし、カウンターとしか言い表せぬタイミングで攻撃を仕掛けてくるその厄介さは、確かに良い記憶にはなりえないものだろう。
 同じくアンデッド・ジェルと対峙した経験をもつスィニエーク・ラウニアー(ea9096)は浮かない表情でローブを被りなおす。
「‥‥私がちゃんと処置しておくべきでしたね‥‥ごめんなさい」
 ジャイアントラットの巣穴を燻したスィニーが、死体の処理を怠った自分を責めていることに気付き、マーヤー・プラトー(ea5254)はスィニエーク殿だけの責任ではないよ、と自嘲気味に笑った。
「我々全員が気を配るべきことだったのだからね」
 そういうマーヤーに限ったことでもなく‥‥冒険者は総じてモンスターの遺体を処理しない。街道や森に討ち取られたモンスターの遺体が転がっているなどということは日常茶飯事。スィニーやマーヤー、この件に関わった冒険者の落ち度などということではない。

 ──通常どおり放置されたモンスターが、通常とは違いアンデッド化した。それだけの話。

「お待ちかねのアンデットの登場だぞ。アンデットについて知っていることは全部吐いてもらおうか」
 偉そうに胸を張り見下すレイジ・クロゾルム(ea2924)の態度‥‥しかしラクスは気付いた。自分が上位に立っていることに!!
「何も知らないんだな。偉そうなのは態度だけか、はっはっは!!」
 ──ドガッ!!
 問答無用で正面から鳩尾に蹴りを入れ、レイジは冷ややかな目でラクスを見下ろした。しかしラクスも傍若無人な友人に心身ともに痛烈な攻撃を受け続け、そう簡単には屈さなくなっている様子。
「それが人にものを頼む態度か?」
 地面に倒れ伏しながらもじっと見上げるラクス、どうやら臍を曲げたようだ。
「追々聞けばいいわよ、とりあえず出発しましょう」
 知っていると思ったのか、知らないと思ったのか‥‥それとも多すぎる敵に時間なんていくらあっても足りない、そんなことを思ったのか、桂はラクスへの追及の手を止めさせ、事態の進展を図った。


●穴を掘れ! ‥‥掘れ!!
 ジャイアントラットの巣穴を把握しているスィニーを中心に、マイ、マーヤー、レイジが先行し問題の村へと到着した。
「ラクスが役に立たなかったからこちらに時間をかけるわけにもいかんし、助かった」
 感謝しているのかしていないのか解らないレイジだが、その言葉が真実であることがなんとなく伝わって、褒められることになれていないスィニーは照れて頬を赤らめた。燻した巣穴を雑駁(ざっぱく)な地図に起こし、エックスレイビジョンのスクロールを駆使するレイジによって1つ1つ確認された。
「‥‥死体から病気が再発生しても困りますし、これからズゥンビになっても困りますから、ちょっと大変ですけれど全部燃やしてしまいましょう」
 幸い、以前村へ届けた薬には余裕があり、彼ら冒険者が発病しないよう服薬しても問題はないようだ。
「肉体労働か‥‥ラクスの首に縄でもつけて引っ張って来るべきだったな」
 舌打ちし荷物からスコップを取り出すレイジに、マイとスィニーは小さく笑った。何だかんだと言っても準備が良いのは冒険者として好感が持てる点であるし、慇懃なレイジの人柄を垣間見せている気がしたのだ。
「‥‥そう仰らないでください、レイジさん。‥‥微力ですけれど、私もお手伝いしますから」
 笑みを隠してマイスコップを取り出した少女の手からそっとスコップを取り上げたのはマーヤーだ。
「女性に力仕事を押し付けるわけにはいかないからね」
「‥‥冒険者に男女の差はないと思いますけれど‥」
 ピンと伸ばした姿勢は凛とした意思を感じさせるが、その中から困惑を滲ませてマーヤーを見上げた。
「それなら、少しでも力のある私が働いた方が効率が良いと言った方がいいかな? 疲れたら交代してほしいところだけどね」
 悪戯っぽくウィンクしたマーヤーに頷いてスコップを預け、スィニーと共にラットを処分するための油や薪を調達するために村の家々の扉を叩いた。
 後発の冒険者たちが村につくころには、村の端から黒煙が立ち上っていた。


●命なきモノどもの抵抗
 闇を濃くする霧へオレンジの炎がちりちりと舌を伸ばす。先を見通させぬ濃霧は炎をも拒もうとしたが、暖かな光はじんわりと霧を抜けていく。霧に対して少なすぎる炎によってそれが晴れることはなかったが、視界は確実に広く確保された──炎がない時に比べれば。
「しかし熱いな」
「しかたないの。まわりがみえないほうが、ずっとこまるの。そしたらレン、みんないっしょに『どっかん♪』しちゃうかもしれないの」
 トレードマークでもあるふさふさの襟飾りを外せばだいぶ涼しいだろうが、真夏でも外さなかったものを今更外すわけがないとレイジの襟飾りには触れないレン。どちらが大人なのか‥‥もっとも、エルフの経験と年齢は外見から推し量ることはできないのだが。
 当の本人であるレイジとレンの放った炎は撒かれていた油を吸い上げて、霧の重圧に負けずに周囲を照らし続ける。
「アンデッドが相手ならわざわざ探す必要がないし、楽だな!」
「そうなのですか? 神に仕える立場なのに不勉強で‥‥皆様にもセーラ様にも御迷惑をおかけしてしまって申し訳ないばかりです‥‥」
 ラクスの言葉に小さくなるサーシャ。態度は変えないが、ルシファーも耳を欹(そばだ)てているようだ。経験から知ったことか、それとも誰かからの受け売りか‥‥元は何であれ今は確実に自分の知識としているのだろう、今日の天気を語るように自然に口にした。
「あいつらは生きてる奴が憎くてたまらないんだ。だから、近くにいれば探さなくても寄ってくる」
「‥‥なるほどな」
 顔を顰めるレイジ。彼の嗅覚には遠くから漂う微かな腐臭がだんだん強くなる様がリアルタイムに感じ取れた──決して嬉しいわけでも気分が良いわけでもなくやがて鼻を抑えるような激臭となるわけだが、一種の探知機能と思えばありがたくないわけではない。
 やがて誰の鼻にもその腐臭が感じ取れるようになると──霧の向こうに蠢くものが見えた。レイジのバイブレーションセンサーが蠢く敵の数を把握する。
「事前に準備する時間が取れるのはありがたいことなんだけどね」
 マーヤーの体が淡いピンクに包まれ、オーラエリベイションが発動する。次いでアンデッドへの攻撃力を増加させるためにオーラパワーを自らの武器へかけ、仲間達の武器へもオーラパワーを付与していく。マーヤーの言葉に頷いたスィニーはフレイムエリベイションのスクロールを広げ、士気を上げた。
「ズゥンビならえんりょはいらないの、どっかんするの♪」
「腐臭で頭痛がしそうだな、死体は死体らしく死んでおけ!」
 二人のウィザードのグラビティーキャノンが右へ左へ放たれる!! ズゥンビ=ラットが吹き飛ばされ、巣食っていた蛆が飛び散る!!
「魔法って便利よねー」
 桂が振るうのはワイナーズ・ティールと呼ばれる名剣。持ち前の剣技に付与されたオーラパワーの力も加わり、ズゥンビと貸したジャイアントクロウの翼がもげる!!
「飛べない鳥はただのズゥンビ、ですか‥‥これ以上迷う前に、セーラ様の御許へお送りしなくてはいけませんね‥‥」
 避けることもせず、ただがむしゃらに目の前の冒険者を突付こうとするジャイアントクロウにもの哀しさを覚え、サーシャは改めてショートソードを握りなおした。
 弾力を失った腐肉。足元にぞろぞろと群がるラットは斬っても突いてもぐずぐずと崩れていくだけ。時折り繰り出されるその歯や爪の攻撃を注意深く避けながら──それでも圧倒的な数に少なからぬ傷を負ったが──二度と動かぬよう、その腐った体へ攻撃を浴びせ続ける。
 そんな群がるラットの後ろにずるりと翼を引きずったジャイアントオウルを認めて、ルシファーは片頬を歪めた。
「‥‥飛べない鳥、か。フン、確かにただのズゥンビだな」
 しかし、ラットよりはるかに戦い甲斐のありそうな相手に目標をシフトし、血と腐った体液で汚れた頬を乱暴に拭った。
「‥‥でも、ただのズゥンビもその攻撃力は充分に驚異的です。‥‥気をつけてくださいね」
 比較的距離をおいての戦闘を得意とするマイは同じく距離をおいて戦闘に挑んでいたはずの後衛のスィニーやレイジ、レンたち共々ラットにすっかり囲まれてしまっていた。
 そして、後衛の付近にその姿を現したのは‥‥アンデッドジェル。
「任せろ!!」
「バカか、戻れ!!」
 迷わずスタッキングを敢行したラクスへ不本意ながらフォローを入れるルシファー、躊躇わずスピアを突き刺した!!
 捕らえようと蠢くジェルから距離を置くとスィニーのライトニングサンダーボルトがジェルを貫く!!
「ギャァァッ!?」
 ──酸の体液が飛び散り、ラクスが巻き込まれる!!
「ラクスさんも、じゃまするとまとめて『どっかん』するの♪」
 狙っているとしか思えない至近距離をグラビティーキャノンが掠め、ラクスは慌ててジェルから距離を取る。しかしジェルは周囲へと攻撃を仕掛ける!!
「チッ、面倒だ、石化させるぞ。生きることも朽ちることもない世界へ行くがいい──ストーン!」
 周辺の大地まで溶かしながら移動するアンデッドジェル。 武器で攻撃すれば回避のそぶりすら見せずカウンターで武器を捕らえて溶かし、素手で攻撃すればその手を溶かそうとする。魔法で吹き飛ばせば酸の体液を飛び散らせ‥‥厄介なことこの上ない。
 ゆっくりと移動するその端から徐々に石化していき‥‥やがて、周囲の石と見分けがつかない程に自然な石となった。
「──最初からそうしておけば面倒はなかったのだ」
「退治できなかった奴が何を言っても負け犬の遠吠えにしか聞こえんぞ?」
 嫌な記憶を再び引きずり出されたルシファーがレイジを睨み、ふんぞり返って威圧的に見下すレイジとの間に火花が散る!!
「レイジ様、ルシファー様、仲のよろしいのは結構ですけれど‥‥まずは傷を癒してからにされた方が宜しいですわ」
 剣を振るっていたため魔力に余裕のあるサーシャは些細な対立など気にも留めずたおやかに微笑み、気まずくなった二人はお互いにフンとそっぽを向いた。
「傷を癒したらさっさと村に戻って、美味しいワインでもご馳走になりましょうよ。こんな腐った相手ばっかりじゃこっちの気分まで滅入ってきそうだわ」
 滅入りそうもない桂は大仰に肩を竦めて、アンデッドすら押し隠していた殺伐とした白い霧を、照らし出す炎のように暖かな雰囲気へと変えた。
 率先したマーヤーと共に退治したズゥンビの群れを焼き払い、サーシャを中心に祈りを捧げ、魂が霧に囚われることがないように送り出したのだった──


●白き霧の中で‥‥
「まぁったく、次から次へと良く出たものよね。──もう余計なモノは呼ぶんじゃないわよ?」
 村人からちゃっかりとせしめたワインで喉を潤しながら、桂はラクスの頭を軽く小突いた。
 生きていようと死んでいようと、無辜(むこ)なる人々にとって脅威であるものは多い。冒険者はその人々の脅威を取り除くために活動しているのだと、ワインで赤く染まった頬に手を当ててサーシャは改めてそう思った。
 摘みたての葡萄を絞ったジュースを両手で抱え嬉しそうにちまちまと飲むレン。無邪気な外見にデストロイヤーな内面を持つ姫君が蹴散らしたズゥンビの数は多く──村人はジュースを喜ばれているのだと思ったが、共に戦った面々は、満足行くまで『どっかん』しただけなのだと知っている。
 純真な笑顔でにっこりと『どっかんするの♪』と脅されたラクスは頬を引きつらせて外見も内面も距離もレンから一番遠いと思われるサーシャの影に、桂に小突かれながら隠れている。その手には手渡されたワインをしっかり確保している辺りが何ともちゃっかりしているものだと、サーシャは軽やかに微笑んだ。
「あまり飲んでは体を壊すよ?」
 苦笑しながらマーヤーは、桂に好き放題にワインを注がれ、彼女同様に浴びるように──いや、むしろ競うように飲んでいるルシファーへ注意を促した。
「酒には強い方だ、女には負けん」
「お、言ったわね? それじゃあ今日は朝まで祝杯ね! マイ、じゃんじゃん運んじゃって〜」
 自他共に認める酒豪、桂。生業以上に最早性分と化しているのだろう、祝杯の席にはつかず村人に紛れてせっせと給仕に努めているマイへ追加のワインを頼んだ。
「‥‥でも‥‥本当に、無事に収めることが出来て良かったです」
「私の希望も入っていますけど‥‥これで‥‥‥この村も平和になりましたよね‥‥」
「きっとね。だが、村が栄えるかは今後の村人次第。出来るなら、この街道のより良き再開を願うよ」
 そう、マーヤーの言うとおりこの村の正念場はこれからだ。
「私たちに協力できることがあれば、いつでも呼んでほしいね。この霧には‥‥まだ、何か潜んでいるとも限らないから」

 見通せないほどに白い濃霧。
 闇と呼ぶほどに視界を奪う霧。
 その中に何も脅威がないなどと、冒険者たちには保障もできないのだけれど。
 けれど、輝かしい未来も、繁栄のきっかけも、この白い濃霧の中に隠れているに違いない。
 ──未来という濃霧の中に。