【異国の忍】郷愁

■シリーズシナリオ


担当:やなぎきいち

対応レベル:5〜9lv

難易度:普通

成功報酬:5

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:10月18日〜10月23日

リプレイ公開日:2005年10月24日

●オープニング

●闇色の忍
 ──暗闇に風が吹く。
「‥‥‥」
 風に煽られて揺れた布が月明かりを受け、そこに何者かが潜んでいることを告げた。
 目を凝らしても気付きにくいが、闇の色の衣を纏った少女が二人、その闇に身を静めていた。
 足元に広がる漆黒に視線を落として大きな少女がぽつりと兄の名を呼び‥‥懐から兄を模した人形を取り出した。
『‥‥兄様‥雛、雛‥‥』
『雛ちゃん、お仕事しないといつまで経っても帰れないよ?』
 目の高さを飛ぶ小さな少女が雛‥‥雛菊の額をぺちんと叩く。
 けれど俯いた雛菊の口からは、哀しげな溜息が零れ落ち‥‥重く、肩を落とした。
『でも‥‥‥雛だけ、ひとりぽっちなの‥‥』
『茉莉がいるよぅ?』
 小さな少女‥‥茉莉は羽を動かし宙を進み、慣れた仕草で雛菊の頭に陣取った。けれどそんな仕草も雛菊を慰めるには足りず。
 少女の脳裏には、花の名を持つ友人が浮かび、そして消える。
 頬擦りしてくれる朋友が浮かび、そして消える。
 一緒にドレスを着た友人が浮かび、そして消える。
 肩車をしてくれる父と母のぬくもりをくれるおばちゃんが浮かび‥‥自分の親ではないのだと胸を痛めた。
 雛菊は、パリに、ノルマンに、欧州に、1人で来た。父も母も、大好きな兄も、遠い遠い祖国に置いて。

 ‥‥雛菊は、ひとりぽっち。

 服と簪、そして小さな巾着。それが雛菊が持っている全てで、帰るお金も無い。勝手に帰ることも許されていない。
 言葉もよく分からない異国の地に佇み、進むことしか許されず。

 ‥‥雛菊は、ひとりぽっち。

『お仕事しようよ、雛ちゃん。お仕事できない子は、兄様に嫌われちゃうよ。要らない子だって言われちゃうよ』
『‥‥ヤなの! 要らない子じゃないの! 雛、雛‥‥兄様に褒めてもらうの!!』
 全てが霧散してしまうかのように、全てが小さな手から零れ落ちてしまうかのように、夜色の瞳を絶望に染めて見開いた。
『雛‥‥頑張る』
 そう、進むことしか許されていない。
 小さな心が拠り所を失って迷走していようとも‥‥


●忍を見守る者たち
 雛菊の親衛隊とか、お世話係とか、弄る会とか、そんなことを言って遊んでいた者たちはしょんぼりしている雛菊が気になって、気になって、気になって仕方がない。
 その謎団体に数えられているエルフのギルド員リュナーティアは茉莉と言葉を交わしていた。
「んー‥‥まぁ、ぶっちゃけホームシックって奴ゥ? まぁったく、甘ったれだよねぇー?」
「そういわないで下さい。雛菊さんはまだ小さいのですもの、仕方ないのではないですか?」
 転じた視線の先では、大人用のイスに腰掛けた雛菊が足をプラプラさせながら、ぼーっと揺れる爪先を見つめていた。
 時折り零れる溜息が痛々しくて、何も出来ないギルド員は手を握り締めた。
「そんなこと言っても、今は月道も開いてないしぃ〜。そもそも帰っちゃいけないって、雛ちゃんが一番良く知ってるンでしょー?」
「そうなのですけれど‥‥」
 ホームシックに陥った者を救うには家に帰すのが最良なのは自明の理。
 しかしそれが出来ないとなれば‥‥
「気晴らしになれば良いのですけれど‥‥」
 手にしているのは掲示するつもりだった、とある依頼の依頼書。それを握ったまま、ギルド員は雛菊に声を掛けた。
「雛菊さん、このお仕事を受けていただけませんか?」
「お仕事‥‥?」
 どこか虚ろな瞳がなぞった文字はゲルマン語で、こんなことが書かれていた。

 ──迷子の熊を探してください。

 パリから1日の場所に在る村の、ある少年からの依頼である。妹が何処に行くにも連れて歩いていた白い熊を探して欲しい、という依頼だった。
 兄と妹。その偶然にハッとしたのは、雛菊が依頼書を眺めた後だった。
(「あんた、バカ?」)
 茉莉の囁きが耳に痛い。じっと依頼書を見ていた雛菊が小さく頷くと、また胸が締め付けられるような気がした。
 そっと雛菊の頬に手を添えるリュナーティア。
 自分の不手際も越えて雛菊がまた元気をだせるように尽力してくれる、そして依頼もきちんとこなしてくれる‥‥そんな冒険者を探すのが自分にできる最良の仕事だと気を取り直して、依頼書を掲示するのだった。

●今回の参加者

 ea2730 フェイテル・ファウスト(28歳・♂・バード・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea3117 九重 玉藻(36歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea5766 ローサ・アルヴィート(27歳・♀・レンジャー・エルフ・イスパニア王国)
 ea6738 ヴィクトル・アルビレオ(38歳・♂・クレリック・エルフ・ロシア王国)
 ea8539 セフィナ・プランティエ(27歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)
 ea8989 王 娘(18歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb0342 ウェルナー・シドラドム(28歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)
 eb1052 宮崎 桜花(25歳・♀・志士・人間・ジャパン)

●サポート参加者

リュシエンヌ・アルビレオ(ea6320)/ フィニィ・フォルテン(ea9114

●リプレイ本文

●忍と仲間たちの出立
 晴れるでもなく、雨が降るでもなく‥‥けれど曇っているわけでもない、スッキリしない空模様。
 そんな空模様と同様にスッキリとしない表情の少女が冒険者ギルドの片隅に佇んでいた。
「雛ちゃん‥‥」
 いつものようにぎゅっと抱きしめてすりすりと頬を寄せて‥‥と思っていた宮崎桜花(eb1052)は痛々しい雛菊の様相に伸ばした手を引いた。
「にゃんにゃん、ほら、雛ちゃんも待ってるってば〜☆」
「馴れ馴れしく呼ぶな!」
 憔悴した雛菊にどう接して良いか解らず遠目に眺めていた王娘(ea8989)を見つけたローサ・アルヴィート(ea5766)はその手を握り引きずるようにして雛菊の元へ連れて行く。
『雛ちゃん、久しぶりー!』
 この再会のために覚えたジャパン語と共に桜花のお株を奪う勢いで抱きつく赤い瞳の友人に、雛菊はようやっと我に返った。
『あ〜‥ローサお姉ちゃんに、娘お姉ちゃん‥‥桜花お姉ちゃんなの〜‥‥』
『んー、元気ないねぇ。どした?』
 ふみゅ‥‥としょんぼりする雛菊。しゃがんで目線を合わせるローサへと向ける空元気すらないようだ。ごそごそとちま人形を取り出した娘は何とか笑顔を取り戻させようと元気良く雛菊に声をかける。
「こんにちは! 久しぶりに会えて嬉しいの〜」
「それくらいで元気になるなら、アタシもリュナーティアも苦労しないってバ〜」
 茉莉がスススーと宙を切り、娘の頭部をペシッと叩いた。じろっと睨まれ、慌ててフェイテル・ファウスト(ea2730)の背後に隠れる。
「私も雛菊さんのファンですから〜♪ 私の婚約者も心配していましたし、早く元気にならないと皆さんが心配してしまいますからね〜」
 歌うように流れるように言葉を紡ぐフェイテルの脇をヴィクトル・アルビレオ(ea6738)が肘で突いた。それでは逆効果だ。
『初めまして、九重玉藻よ。貴女と同じ忍者ね、よろしくお願いするわ』
 九重玉藻(ea3117)は彼女に出来る精一杯友好的な挨拶を送ると、ウェルナー・シドラドム(eb0342)も人懐こい笑顔を浮かべて雛菊へ自己紹介をする。
『ウェルナー・シドラドムです、よろしくお願いしますね』
 相次ぐジャパン語の挨拶だが‥‥いつもは好奇心にくりくり動く大きな瞳もどこか焦点を失い、ぼんやりとしてしまっていた。
「‥‥雛菊さんのお心にも、秋風がお吹きのようですわね。このつやつやの頬っぺたも、心なしか、少しお色が褪せたような気が致します‥‥レーヌのようにつやつやな毛並みになってくださいね」
 以前も抱かせた愛猫レーヌを抱かせ、元気のない頬を撫でながら微笑んだその笑顔は『微笑みの聖女』の二つ名のとおり慈愛に満ちたセフィナ・プランティエ(ea8539)の穏やかで優しい笑顔。そして母の温もりを持つリュシエンヌ・アルビレオがぎゅっと雛菊を抱きしめた。
「‥‥大丈夫、雛ちゃんはちゃんと立派に『お仕事』できる。大丈夫」
 そのつるりとした額に押し付けていた自分の額を離し、微笑んだ。
「‥‥‥おまじない。風邪や怪我に気をつけて行ってらっしゃい」
 立ち上がると旦那が行って来ると頬に軽くキスをした‥‥のは大人の話。
 その隣に立つフィニィ・フォルテンは夜明けを連想させるような段々と明るくなっていく曲を奏で、雛菊の心にも再び陽が差すようにと祈った。
「いってらっしゃい、雛菊さん」
「‥‥うん、雛、頑張ってくるなの〜‥」
「もー、早く行こうよォ〜!」
 急かす茉莉に服を引っ張られて小さく手を振る雛菊を中心に、冒険者たちはパリを離れた。


●忍の受けしもう1つの試練・1
 先ず何より先に確認しなければならないことがあった。ヴィクトルは依頼人である少年へ歩み寄る。
「少し聞きたいことがあるのだが」
 決して人当たりが良いとは言えない男にビクッ! と怯える少年。妹は玉藻の足にぎゅっとしがみつく。そんな様子を見てにゅふふ、と内心で笑ったローサが少年にこっそりと耳打ち☆
「このおぢちゃん、怖いけど‥‥大人しくしてれば取って食べたりしないから大丈夫よ」
「大人しくなくても取って食べたりしない!」
 聞こえているぞと軽く睨むと少年はますます怯え、楽しそうに笑った──いや、見かねたフェイテルが割って入った。
「大丈夫ですよ、本当に怖いのは顔だけですからねー」
 フォローになっていないのは仕様なのだろうか。不本意そうなヴィクトルはさておいて、フェイテルは改めて少年に尋ねた。
「あの、私たちが探さないといけない白い熊というのは、どれくらいの大きさなのでしょうかねー?」
「コイツが連れて歩けるくらいだよ!」
「‥‥はぁ、なるほど〜。それでは、その熊はやっぱりぬいぐるみなのでしょうか?」
 少年を傷つけぬよう、理解した振りを織り交ぜながらフェイテルは言葉巧みに誘導する。白くてふわふわと柔らかく、もう何年も抱えて歩いていた‥‥要するに、予想通りのぬいぐるみのようだ。
「もう探したところと、探していないところを教えてもらえますかー? そうしたら、少しは早く見つかるかもしれませんし」
「思い出せるところだけでも、話して貰えるかしら?」
 膝に抱き上げた依頼人の妹を怖がらせないように噛み砕くように話しかける玉藻。
「あのね、あたし、おうちはいっぱい探したの。でもクマちゃんいなくって‥‥お外にいるのかもしれないの」
「あの日は、俺、薪拾いに行ったり香草摘んだりしてたんだ。こいつ、ずっと付いて回ってたから‥‥森も草原もあちこち歩いたんだよ」
「クマちゃん、きっと寂しくて泣いてると思うの。だから、早く探してあげて」
「必ず見つけるわ」
 小さな髪を撫でて、冒険者たちは森へ草原へと散ったのだが‥‥生憎その日は『白い熊』を見つけることは出来なかった。


●忍の眠る夜景
 星が瞬く。複雑な想いで雛菊の寝顔を見つめていた娘が物音を立てないように腰を上げると、テントの外で見張りをしていたウェルナー、セフィナ、ヴィクトルが視線を上げた。
「もう行くのですか?」
 ウェルナーの問いに少女が「ああ」と短く返すと同行を決めていたヴィクトルが立ち上がった。セフィナは焚いた炎が消えぬよう木の枝をくべる手を止め、セーラへ安全を祈る。
「いってらっしゃい、気をつけてくださいませね」
 見送られる温もり。くすぐったい違和感に娘はぎこちなく頷いた。
 テントから遠ざかるヴィクトルと娘の気配を感じながら、桜花は隣に眠る雛菊の手を撫でる。
「寂しい、一人ぽっち、ですか‥‥私じゃ駄目なのかな‥‥」
 普段の毅然とした桜花から漏れることのない弱気な言葉。聞こえたわけでもないだろうが、ぷっくりした温かい手のひらが撫でる桜花の指を握った。そして玉藻が髪を撫でると、小さな寝顔が穏やかな笑顔になる。
『桜花お姉ちゃん‥‥母様‥‥』
「なァんかラブラブでヤな感じィ〜」
 温和な空気に包まれたテントから離れ、茉莉は小さく舌打ちしてテントを蹴った。

 さて、夜の闇に負けぬようランタンを灯し、娘とヴィクトルは夜の森を歩く。
「──娘殿」
「!! ──急に振り向くなッ」
 ビクッと飛び跳ねた娘の身体。ランタンに照らされた強面のヴィクトルを見ればそれも当然の反応である。ぶっちゃけ、怖い。
「いや、足元に段差があるようだから気をつけろと言いたかったのだが」
「‥‥ああ」
 前を向いたヴィクトルの背後で安堵する娘。悲しいかな、そんな反応にも徐々に慣れつつあるヴィクトルだが、内心で涙した。
 何度目かのディティクトライフフォースを唱えるヴィクトルの目には、星空が滲んで見えた。


●忍の受けしもう1つの試練・2
 前日、ローサや桜花、セフィナに手を握られているにも関わらずあまりに器用にころころと転ぶのが見ていられなかったヴィクトルは雛菊を肩車した。
「高いところから見れば、見つかるかもしれないからな」
 綻びていたら繕わなければな‥‥などと思いながら、森の中を歩き回る。
 ──その薄汚れた、けれど白い塊が枝に引っかかっているのを発見したのはウェルナーだった。
「ローサさん」
 小声でローサを呼び止めるウェルナー。白い塊を目で示し、何かこそこそと相談をしている──悪巧みだろうか。
 示された木に登ろうとし、一行を振り返る。
「あ、男衆は下向いてて。今、上見たら酒場とギルドで言いふらすから♪」
 赤面した男衆に加えてセフィナたち女性陣もなんとなく気恥ずかしく、ローサを見上げられずにいると、見辛い所にあった熊が見やすいところに移動していた──そう、ちょうど肩車された雛菊の目線辺りに。
 釣られて下を向いていた雛菊が目を上げると、目の前に熊のぬいぐるみが‥‥!
「あったなの!!」
 ただ一人全てを見ていた玉藻は小さく微笑んだ。
 綻びを繕い、目立つ汚れだけは洗い落とし、急いで熊を連れ帰ると‥‥妹は泣いて喜び、兄は手に握り締めた7枚の銅貨を差し出した。
「いいから、そのお金で妹のクマちゃんに服でも買って上げなさい」
 一生懸命貯めたのだろう7枚の銅貨──玉藻は再びその手に握らせたのだった。


●忍と色とりどりの華
 ウェルナーとヴィクトルが鼻腔を擽る匂いを立たせる秋の草原。あちらこちらに咲く花を摘み、転がる木の実をひろいながらペットや友人たちとあちらへこちらへ歩き回る雛菊は少しばかり元気を取り戻したようだ。
「桜花お姉ちゃんと一緒に母様に会う夢を見たなの〜♪」
 そういえば兄の話題は出るが母の話は聞いたことがないと、ローサが興味を示した。
「雛ちゃんのお母さんってどんな人なの?」
「ん〜‥‥雛、よく解んない。母様ずっとお仕事でいなくて、もう死んじゃったみたいなのねー」
 あっけらかんと言ってのける雛菊に慌てたローサは話題を転換する。
「え!? あ〜‥ごめん。じゃあお父さんは??」
「えっと、父様は怖い人だと思うなのよー」
「思う?」
「えっと‥‥全然会ってくれないなのねー」
 どう言い表して良いか解らなかったのだろう。しばらく思案の色を浮かべていた雛菊は使い慣れたジャパン語で言葉を紡ぎ始めた。
『父様、雛と会ってくれないなの。雛がもっとお仕事ちゃんとできないと、父様、雛のこと要らないのね』
 予想外に厳しい父親の話に藪を突いて蛇を出したことに気付くローサ! しかしここで引いたら名が廃る!!
「う‥‥じ、じゃあお兄さんっ!!」
「兄様はね〜、優しくって、強くって、かっこよくって、雛、だぁい好きなのー!! 雛がきちんと修行するとね、きゅってしてくりくりってして褒めてくれて一緒に寝るなの〜。今も、雛が雛の内緒のお仕事もっともっと頑張るの、兄様待ってるなのねー」
 ちまにいさまを取り出して自慢気に見せびらかす少女からは、その想いの強さが伝わってくる。
 そして見る間に元気になる雛菊へ、すかさずちゃきっとちま人形を取り出した娘とフェイテルが自己紹介☆
「雛菊さんの仲間のフェイテルです〜」
「お友達のちまにゃんだよ〜、よろしくね〜」
 ほわわんと和やかなムードを振りまく娘。
「ちまにゃんとひなちゃんは、お友達なのー? じゃあ、娘お姉ちゃんと雛は、お友達ー? 桜花お姉ちゃんとローサお姉ちゃんはお友達なのー。娘お姉ちゃんは、お友達ー?」
「む‥‥‥」
 難しい顔で言葉に詰まる娘をきゅるりんと見上げる雛菊。
「‥‥まぁ、な」
 ──落ちた。
「楽しく話すのも良いが、腹も空くだろう? 食事が出来たぞ」
 自分の担当分である保存食の仕上げを終え、ヴィクトルは子供たち(?)に声をかけた。
「すみません、ジャパンの料理を作れれば良かったんですが、材料が手に入らなくて。これで雛菊さんのお口に合うかわかりませんけど‥‥」
 フェイテルから提供された小豆味の保存食。赤みを帯びた飯を湯で柔らかく戻し、手に塩を振って握り上げた──ジャパンの携帯食・オニギリ。白い飯にフィニィから少しだけ譲り受けた干物「紀紅」を埋め込んだオニギリも添えられている。
「ふわぁ〜‥‥お赤飯のおにぎりなの〜! 梅干おにぎりなのー! ウェルナーお兄ちゃん、ありがとー!!」
 ぎゅむっと抱きつかれておろおろとするウェルナーに、桜花が何かを促すように頷いてみせた。決心したウェルナーが、恐る恐る、抱きついてくる小さな少女に触れると──柔らかな髪の毛が手のひらを擽(くすぐ)る。
「えへへ〜♪」
 その手をきゅむっと握ってきた手はぷにぷにと柔らかくて、思わず頬が緩んだ。
「ねぇ、確かにジャパンでの親しい人に会えないのはつらいかもしれないけど、ここにもあなたと親しい、そして友達になりたいって人は一杯いるのよ。それでも雛菊ちゃんは自分が一人ぼっちだと思う?」
 珍しく膝を折り目線を雛菊と同じ高さに下げた玉藻は、その大きな眼(まなこ)を覗き込むようにして尋ねた。
「寂しいって思ったら、ギルドの人にお願いして。私もローサさんも娘さんも、何を置いても駆けつけるから。あなたの為に何かしてあげたいって思ってる人が沢山居るの、忘れないでね」
 玉藻の言葉に、雛菊の大切な友人たちが一斉に頷き口を開く。
「雛ちゃんは大切な友達。寂しい時は言ってね。少しでも忘れさせてあげるから‥‥だって、皆でいつまでも笑っていたいしね!」
「寂しいと言うのなら私がいつも傍にいてやる‥‥」
 華の名を持つ朋友に瞳に薔薇を抱く友、そして視線を逸らしつつも手を握る天邪鬼な東方の友‥‥見上げればノルマンでの父様、温もりを与えてくれる友、大好きな人を独り占めしない約束をしたエルフに、母国の味をくれた優しい戦士。皆が穏やかな視線と一緒に溢れるほどの愛情を雛菊へ注いでいることに気がついた。
 大きな目がうるりと揺らめいて‥‥ずっと堪えていた涙が溢れてしまいそうで、雛菊は慌てて唇を真一文字に結ぶ。
「泣きたい時は泣いたほうがいいのよ。つらい事や悲しい事を我慢する事と強いという事は別よ。そんな無理して頑張って強くなったって誰も喜ばないわよ。あなたを大事に思っている人間ならみんなそう思っているから、たまには皆に甘えなさいな」
 目の前で母のように穏やかに微笑む玉藻は、雛菊と似た境遇を味わった過去があるのだろうか──同じ忍者として、温かく雛菊を抱きしめた。
「──ね?」
「雛‥‥雛‥‥‥皆大好きなの〜‥。だけど、兄様に会いたいなの‥‥う、うぇぇ〜‥‥うわぁぁん!!」
 ぎゅっと玉藻を抱きしめて、堰を切ったように涙と嗚咽があふれ出す。
 玉藻はじっと、雛菊が泣き止むまでその背中を優しくなでていた。
 雪(しゅえ)、レーヌ、リラといった猫たちが寂しげに泣き、鷹のシアが旋回した。
 泣くことで強くなれることもあるのだと知って欲しい──そんな父親そのもののようなヴィクトルの想いは、きっと雛菊へ通じることだろう。

 溜まったものを涙で洗い流し、また笑顔を溢れさせて‥‥

●忍を見つめる者
「なーんか、つまんない結果よネ〜」
 木々に隠れた視界の外で、不貞腐れたように茉莉がくぅるりと一回転した。