【異国の忍】献花
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■シリーズシナリオ
担当:やなぎきいち
対応レベル:6〜10lv
難易度:難しい
成功報酬:4 G 34 C
参加人数:8人
サポート参加人数:2人
冒険期間:10月30日〜11月08日
リプレイ公開日:2005年11月09日
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●オープニング
パリのとある建物の一室。
静寂が支配し、必要最低限の物すらない質素すぎるその部屋で目を引くものは桜色の巾着。
大きめのものは半開きで口元からは金貨が覗き、小さめのものはその主の懐に納まっている。
さほど明るくない部屋の陰に沈むような小さな人影はもっと小さな人型の何かを大事に抱え、ゆらゆらと舟を漕いでいた。
──雛菊だ。
「雛ちゃん、シフール便預かってきたヨ〜★」
支配的な静寂を破って窓から飛び込んできた羽ある人影は、両の腕で抱えていた羊皮紙を雛菊へと送った。
ぺろりんと広げると紙面には流れるような文字が躍っていた──ノルマンではあまり目にする機会のない、ジャパンの文字だ。
心なしか嬉しそうな雛菊の目が文字をなぞる。
反対側から羊皮紙を覗き込んでいた羽ある人物──茉莉が頸を傾げながら雛菊へと視線を転じた。
「何か良いコトでも書いてあったワケ〜?」
「兄様からのお手紙なの〜! 早く帰ってこれるように頑張ってお仕事してほしいって書いてあるなの〜。兄様、早く雛に会いたいって──」
恋人からの熱烈なラブコールでもこれほどまでに蕩ける女性は珍しいだろう。それだけに、雛菊の兄への傾倒振りが伺える。
「新しい仕事?」
「そーなのー。茉莉ちゃ、よろしくなのね〜」
「面倒だけどォ、面白そうだから手伝ったげる。うーん、茉莉ってばやっさしィ→♪」
歯を覗かせて笑い、くるんと宙を一回転すると、弦から放たれた矢の如く入ってきた窓から飛び出していった。
それが数日前の話。
「ん〜」
友人たちの尽力によって元気を取り戻した雛菊。羽のある友人・茉莉と共に首を傾げていたが、見覚えある冒険者たちを見かけてとてとて──っと駆け寄り‥‥
「雛菊、走ったら‥‥!」
「──あっ」
‥‥ぽてち。
見事にすっ転ぶ雛菊。ああやっぱり、と天を仰いだ人物の目の前をころころと転がる。そんな雛菊を慌てて抱き起こしたその中の一人は怪我の無いことを確認して、涙が浮かんでいないことも確認して、安堵の息を吐いた。
そして、雛菊がなにやらもじもじと言い辛そうにしていることに気づく。
「あのねぇ、雛のお仕事手伝って欲しいなのね」
促すこと数回、雛菊がやっと口にしたのはそんな言葉だった。
雛菊、自称忍者。実は自称ではなかったということだろうか。
「本当はね、雛一人でやりたいなの。でも周りに人がいっぱいでちょっとうにゅ〜なの、だからきゃーってしたりお手伝いしたりしてほしいなのよ〜?」
「えっと‥‥陽動と、仕事のサポートをすればいいのね? 具体的にはどんなお仕事なの?」
「えとね、内緒にしてくれる? してくれないと、雛、メッ! ってしなきゃダメになっちゃうなのよ〜」
雛菊が見つけて頼った冒険者たちは、うるりと潤んだ大きな瞳と捨てられた仔犬のような縋り付く眼差しに負け、信頼でき、実力も相応にあり、かつ口の堅い仲間を数名掻き集めたのだった。
●リプレイ本文
●出発
声を掛けられた友人たちは定刻より早く、待ち合わせの公園へ集った。『お手伝い』の内容があまりに不穏だったから、である。
「雛菊さんのお手伝いですか。どんな仕事なのですか?」
フィニィ・フォルテン(ea9114)の言葉に冒険者たちは視線を交わす。
「聞いていませんか? 雛菊さんが『おばちゃんの大切なもの』を盗み出す、その手伝いだそうですが‥‥」
「‥‥せ、窃盗ですか‥‥。雛菊さんのご任務とは言えど‥‥ああ、葛藤です!」
セフィナ・プランティエ(ea8539)はウェルナー・シドラドム(eb0342)が困惑気味に言った言葉に葛藤を隠せない。クレリックのセフィナにとって犯罪は大きなタブー‥‥神の教えに背くことだから。
「何か他に解っていることがあったら教えてもらえますか?」
フィニィの言葉に泳いだ視線が赤い瞳のレンジャーを見る。
「あたしあまり悩んだ事無いから、今頭パンクしそうなんだけど‥‥」
前置きをして、居心地の悪そうな表情を浮かべたローサ・アルヴィート(ea5766)は心当たりを語った。
「『大切なもの』は解んないけど、『おばちゃん』は‥‥多分、シュティール領領主夫人のフィリーネ様だと思うのよね」
フィニィと王娘(ea8989)が目を剥いた。領主夫人という立場ながらハーフエルフにも理解の在る貴重な人間、貴重な理解者‥‥依頼が成功すれば彼女が悲しみ、失敗すれば雛菊が悲しむ。
出会った時は復讐しかなかったが今は守りたい者がいる‥‥過去を振り切るように娘は頭を振る。板ばさみでも娘には迷いはない、問われれば迷わず雛菊を選ぶだろう。雛菊は数少ない、けれど確実に増えつつある『守りたい者』の1人なのだ。
「フィリーネ様‥‥」
歌姫の困惑の呟きに、苦悩に塗れていたセフィナがふと目を瞬いた。
「何かおかしくありませんか? 領主夫人ともなれば、お側に仕える方も、警護にお当たりの方もいらっしゃいますでしょうし、確実に成功させたいのでしたら、もっと手練れの方が任命される筈です」
「そうかもしれないわね。可能性は大きくないけれど、否定も出来ない‥‥」
雛菊に命が下されたことに、何か意味があるはず──九重玉藻(ea3117)は自分の身に置き換えてそう思う。
雛菊が関わることで何かが動くのだ、恐らく、いや確実に。
そしてそれは静かな湖面に投じられた石のように、小さく、そして遠くまで波紋を広げるのだ。
「‥‥この任務、何か裏が在るような気が致しますわね」
徐々に重くなる空気を纏ったその場所に、やがて出し抜けに明るい雛菊が現れた。
「おーはよー?」
「おはよう、雛ちゃん♪」
抱きしめ頬を摺り寄せる宮崎桜花(eb1052)も娘と同様‥‥いや彼女以上に、雛菊を大切に想う1人だ。
毎度頬を摺り寄せられる雛菊はそれを挨拶だと思い、セフィナやローサへも頬擦り☆ ぷにぷにぽっぺがぷるるんと揺るぐ。
「皆、よろしくなのー。雛、お仕事がんばるぅ!」
明らかに犯罪であろう仕事。幼く純真な雛菊にそのようなことをして欲しくない、それが冒険者たちの正直な気持ちだった。頬擦りしやすいように屈んだヴィクトル・アルビレオ(ea6738)も同じ気持ちだ。
「決行日までは風邪やらなんやらにも気をつけねばなるまいな」
「気をつけねばにゃるまいなの!」
見守る冒険者の周囲をいつの間にか現れた茉莉が愉しげに飛ぶ。黒髪の陽気なシフール、冒険者たちが不信感を抱いたことを知ってか知らずか、いつもと全く変わらぬ様相だ。
「それじゃ、しゅっぱーつ★」
意気揚揚と先陣を切るシフールを追いかけるように、一同はパリを後にした。
「あ、準備し忘れたものがあるわ。悪いけど、先に行っていてくれるかしら? 後から追いかけるから」
そういう玉藻を残して‥‥
●策略
──ホゥ、ホゥ‥‥
夜に棲む鳥が遠くに鳴く。
寝静まった冒険者たち‥‥起きているのは夜警の順番に当たっているフィニィと桜花、そしてセフィナ。
「桜花さん、雛菊ちゃんは?」
「ヴィクトルさんと一緒に寝ています。大きなはにわが小さなクジラを抱えているのがすごく可愛いんですよ」
それは聞いてない。
ちなみにはにわはフィニィのまるごとはにわを着たヴィクトル、クジラは雛菊がペットから発掘してきたウェルナーのまるごとホエールだ。絶対着るなの〜! と主張する雛菊に苦笑しながらウェルナーが貸し出した。
「あ、彼女は一緒じゃありませんよ。ヴィクトルさんかセフィナさんといれば寄らないようです」
彼女とは言うまでもなく茉莉のこと。ウェルナーが密かに警戒していることにフィニィが気付いたのだ。事情を聞けば、以前、シフールと良く似た『リリス』という種族のデビルと遭遇したことがあるのだと言う。
──ガサッと茂みが揺れた!
咄嗟に剣を抜く桜花!!
「私よ、剣を引いてくれる?」
投降するように両手を上げ姿を見せたのはパリに残った玉藻だった。
「す、すみませんっ。──何か見つかりましたか?」
「全然、雛菊の部屋はリュナーティアも、花屋のドナも知らなかったわ。子供といっても忍者ね‥‥呆れるくらい徹底してるわ」
桜花やリュナーティアが知っているだろうと高を括っていた雛菊の部屋‥‥その場所は誰も知らなかった。
「だけど、ゴールドと調べたシフール便の方は収穫があったわよ。あのシフール便を茉莉に預けたシフール飛脚が実際にいたの。内容はわからないけれど、ジャパンから届けられたのは事実だったわ」
フィニィの友人ゴールド・ストームと協力して調べ上げた所では、届けられたシフール便に怪しい所はなさそうだった。
「もっとも、茉莉が書き換えていなければ、だけれどね?」
「茉莉さんじゃなかったら、本当にお兄さんが‥‥雛ちゃんに犯罪を?」
「可能性はできることから1つずつ検証しましょう、まずは茉莉さんです。‥‥普通のシフールだったら、それに越したことはないと思いますけれど」
「‥‥違ったら、こっそり調べたことをお詫びしなければなりませんわね」
交わす言葉は‥‥否定したい、確信めいた感覚を誤魔化すためか酒場で交わす言葉のように明るかった。
「それじゃ、燃やしますね」
バックパックから取り出した『天使の羽のひとひら』を、そっと炎にくべる。
固唾を飲んで見守る4人の目の前で‥‥
炎に巻かれたはずが、墨に染まるように黒く‥‥そしてボロボロと崩れ落ちる、美しいひとひらの羽。
「ま‥‥茉莉さんじゃないかもしれませんよ、100メートル以内にデビルがいるかどうか調べられるだけですから」
「‥‥でも、疑惑は強まってしまいましたわね」
「甘いわよ、二人とも。最悪の事態を想定していた方が良いわね」
「そうですね。夜が明けたら皆さんに知らせましょう。でも、できれば‥‥雛ちゃんには内緒のままで」
悲しませたくない少女がいるのだ。このまま、何もなければ‥‥そしてひっそりと姿を消してくれれば、丸く収まるのだが‥‥
──淡い期待を胸に、女たちは風に砕かれ消えていく羽を見つめていた。
●潜入
「こーんにちわっ♪」
ローサとフィニィはシュティール城を訪れていた。冒険者ギルドに護衛依頼を掲示していたのは友人レイ・ミュラー。友人のジプシーらがレイに協力することを小耳に挟んだが、彼らがシュティール城に辿り着くのは明日のはず──今日なら隠れず堂々と扉を叩くことができる。
侍女に導かれるままに勝手知ったる城内を進み、奥方の私室に辿り着く。扉を開くと奥方フィリーネが振り向いて微笑んだ。
「シフール便ありがとうございます、フィニィさん。ローサさんもお元気そうでなによりですわ」
騒ぎの収まった城内はすっかり平和になった。領主ヴィルヘルムも以前より幾分元気を取り戻したようで、医者からはいつ急変してもおかしくないという警告をうけながらも生を謳歌しているようだ。
「ヴィルヘルムに会って行かれますか?」
顔を見合わせた二人は、小さく首を振った。いつ来るとも知れぬレイたちが到着する前に済ませたいことがある。
「実は、フィリーネ様の『大切なもの』を狙っている不届き者がいるらしいの」
「‥‥どこでそのような話を?」
「そ、それはちょっと‥‥その‥‥い、いろいろ事情がありまして‥‥」
正直かつ奔放なローサ、悪戯ではない嘘は慣れないのだろう、怪しさ全開だと見ているフィニィのほうがハラハラしてしまう有様だ。二人の少女が言葉を選びながら事情を掻い摘んで説明する。
「狙われているものが何か解れば、先にお譲りいただこうと思ったのですが‥‥」
思いのほか雛菊の口が堅く、娘が「仕事を成功させるためだ」と言っても、ローサがそれとなく話を振っても、フィニィやウェルナーが尋ねても、桜花が泣き落としを仕掛けても、頑として口を割らないのだ。それでもなんとか聞き出せた唯一の情報が『ターゲットはフィリーネ・シュティールである』というものだった。盗むものが装飾品なのか命なのか他の何かなのか、それすらもわからない状況では──この依頼を失敗に導くしか、友人フィリーネを守り雛菊の手を汚さないという希望を叶える事は出来ない。
「とにかく、泥棒なんてさせられないしっ!」
「私たちも失敗するようにそれとなく邪魔をするつもりです。でもこの機に乗じる輩がいないとも限りませんから、フィリーネ様もご自身の身の回りには気をつけてください」
二人の言葉にフィリーネは力強く頷いた。
「‥‥それでレイさんがこちらに来るのですわね。ありがとうございます、できる限りの策は講じるようにしますわ」
フィリーネとて今倒れるわけにはいかないのだ。未だ晴れぬ疑念がシュティール城を覆っている限り‥‥
そして二人が領主を見舞った二日後、領主夫人フィリーネ・シュティールの視察は予定通り決行された。
●接触
ターゲットの視察先はシュティール城下町の市場だ。人が多い場所は犯人が特定されにくいが、逃げるのも困難を極める。未遂で終わろうとも顔をさらすわけにはいかないと、玉藻は自分の顔をしっかりと隠した。
「雛菊もしっかり顔を隠すのよ」
「大丈夫なのー♪」
顔を覆う布を邪魔そうに除けながら雛菊は愛らしく笑った。
そんな雛菊が友人たちに頼んだサポートは襲撃ではなく、護衛の冒険者や騎士たちを引き離すこと、だった。
「一人でやらないと帰れないのね〜」
あっけらかんと言う雛菊。娘は普段と変わらぬ淡々とした口調で茉莉を手招いた。
「空からだったら相手の動きも分かりやすいだろう‥‥手伝ってくれ」
「タダ働きはゴメンだからねっ?」
うふふ♪
ウィンクする茉莉に内心で嫌悪感を抱きながら、とりあえず雛菊から引き離せた事に安堵する娘。
雛菊と知り合ったのはパリに来てから──そう聞いて以来、娘は敵愾心に近い感情を抱き続けていた。
「せめて、狙いは帰り際にしてくれ。気が緩む時でもあるから」
「はーいなのー」
不安気なヴィクトルに頭を撫でられ目を細め、雛菊は人混みに紛れた。
「見失わないようにしてくれ」
溜息を吐き言ったヴィクトルに、娘と桜花が小さく頷いた。
日差しが傾く頃合、今だ賑やかな市場にできた人だかりの1つから、小さな泣き声がこえた。
「っく、ひっく‥‥うう‥‥」
「どうかなさいましたか?」
尋ねた領主夫人の前に、道が開いた。人だかりをなしていた住民たちが口々にフィリーネに伝える──迷子だ、と。
「泣かないでくださいな、お父さんかお母さんは一緒ではないのですか?」
ぷるぷると首を振る少女。
「ほら、泣かない泣かない、ね?」
そっと抱き上げたフィリーネ‥‥その瞳が驚愕に見開かれる!! そっと触れた自分の首筋──そこに突き立つ、雛菊柄の玉簪。そっと目を転じれば、欧州らしい面立ちだった少女はジャパン人の面立ちに変わり微笑んでいた‥‥人遁の術だ!!
「お命、頂戴なの〜‥‥あれ?」
フィリーネだったはずの人物は、気付けば女性の忍者になっていた。
「どぉして雛の邪魔するなのー!? メッってするなのよ!?」
さっと抜いた簪が宙に赤い筋を残す。そしてその赤い煌きは眼窩を狙い──‥‥
●逃走
(「させない!!」)
人遁の術が解けて直ぐに詠唱を始めた玉藻の大ガマの術がタイミング良く成功し、大ガマのエリザベスが召喚された!! とっさにヴィクトルも声を張り上げる!!
「うわああ、化け物だ!! 逃げろ!!」
「逃げろー!!」
「きゃああああ!!」
人混みに紛れた仲間たちが煽動し、騒ぎは瞬く間に市場中に伝播した!!
パニックに乗じウェルナーが雛菊を抱き抱える!! 逃げ出すウェルナーの背後を守るため娘と桜花が飛び出した!!
「く!!」
「ごめんなさい!」
──ギィィン!!
追っ手も仲間のはずの冒険者、雛菊を抱えるウェルナーも傷付けずに戦わねばならない娘と桜花も必死だ。
騎士を、冒険者をあしらいつつウェルナーと雛菊を守るが‥‥徐々にその距離が縮まる!
「茉莉ちゃ、手伝ってなのー!」
「オッケ〜★ 貰うモノはきちんと貰うからネ♪」
叫んだ雛菊の声に姿を消していた茉莉がどこからともなく現れた! 雛菊へ向けて手を差し出すと、雛菊の体が一瞬淡い黒に光り、茉莉の手元に10センチほどの白い珠が出現した。
「頼まれちゃったらヤルしかないよねぇ? ドカーンと燃えちゃえー──ファイヤートラップ!!」
殿を走る桜花の足跡に白い珠を弄びながらファイヤートラップを仕掛ける。
雛菊たちの後を追っていた冒険者たちがトラップを踏み、炎が吹き上げる。
「きゃはは、ダッサーい★ ダサいのって見るのも嫌だよねぇ〜‥‥ってことで吹っ飛んじゃえ──マグナブロー!!」
ほらほら、気を抜くと丸焦げだよォ? 愉しそうにくるくると宙を舞う茉莉、その不意打ちは敵冒険者の息を乱し、隙を作り出す!!
「ちっ、やりすぎだ茉莉!!」
娘が舌打ちし茉莉を止めるが、そんなことで収まる茉莉ではない。
「‥‥雛ちゃんは悲しむかもしれませんが、あちらの冒険者が退治してくれれば申し分ありませんから‥‥」
駆け出そうとした娘を桜花の苦渋の一言が止める。ファイヤートラップもマグナブローも、致死ダメージには至っていないと判断したのだ。
二人の少女が離れすぎないよう一旦脚を緩めたウェルナーが周囲を見回し、事前にピックアップした多くの抜け道を脳裏に展開する──こちらから抜けられるはず!
「シド、そっちは回り込まれた、こっちだ!!」
再び走り出そうとしたシド──ウェルナーを止めたのは大ガマの騒ぎから抜け出したヴィクトル!! ウェルナーは声の上がった方向に駆けた!!
そうして市場を抜けた一行は何食わぬ顔をして城下町から抜け出した。
「‥‥兄様に怒られちゃうなの‥‥雛、嫌われちゃう〜‥‥」
「大丈夫、これくらいで嫌われたりしないわ。元気を出さないと、皆が寂しがるわよ」
抱きしめた玉藻の腕の中で涙をこぼす雛菊を、静かに慰めながら。