【死の輪番】行商人の謎

■シリーズシナリオ


担当:やなぎきいち

対応レベル:5〜9lv

難易度:やや難

成功報酬:3 G 57 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:10月21日〜10月29日

リプレイ公開日:2005年10月30日

●オープニング

●再び来訪する女商人──冒険者ギルドINパリ
 ゆったりした服に身を包み冒険者ギルドを訪れたのは──一人の女性。商人ギルドでも一目置かれる若手の女性商人、ルシアン・ドゥーベルグだ。結い上げられた燃えるような赤毛はルシアンのキリッとした面を強調し、湛えられた笑みは不敵な雰囲気を放つ。彼女が確かに男性と対等に渡り合える人物であろうことは、その佇(たたず)まいだけでも容易に窺い知ることができた。
「お久しぶりです、ルシアンさん。またダンジョンを作られたのですか?」
 自作のダンジョンを冒険者に攻略させるなどという好事家っぷりは強烈な印象を与えていたようで、エルフのギルド員リュナーティア・アイヴァンは女商人ルシアンにそんな声を掛けた。
「残念ながらそっちはまだ製作中よ、今度こそ冒険者が降参するようなものを作って見せるわ! でも、今は商人としての仕事が先なの」
 拳を握り熱く語るルシアンは、途中で目的と行動が乖離(かいり)していることに気付き軌道修正を図った。
 その表情は真摯という言葉そのもので、逼迫(ひっぱく)した事態を思わせ──ギルド員はハッとある依頼に思い至った。
 それは、カルロス元伯爵が再びパリに脅威を与えた夏の終わり。ルシアンを通じて商人ギルドから発された依頼。
 ギルド員の穏やかな表情に僅かに走った緊張。ルシアンは認めるように大きくゆっくりと頷いた。
「──報告書によれば行商人は1人ではなかった。まだ、商人ギルドの顔に泥を塗った人物が健在だということよ」
「探すのですね?」
「当然よ」
 短い言葉が何よりもその固い決意を表していた。けれど次の瞬間、カウンターに肘をついて肩を竦める。
「でも、残念ながら居場所はつかめていないの。探し出せたのは、死んだ行商人の実家だけ‥‥だからとりあえず其処に行って、何か手掛かりになるものを探してほしいワケ」
 面倒は嫌いなんだけど‥‥ほら、1000マイルの道も1マイルから、って言うじゃない?
 悪戯っぽく笑ったルシアンは居住まいを正し、再び表情を引き締めた。
「ここから徒歩で3日、シュティール領の中にある町よ。報告書にはやたら強い少女の存在もあったし、こんな依頼を出したことが知れれば妨害の可能性もあるわ。その辺りの対処もしっかりできる冒険者をお願いするわね」
 商人ギルドにとって、いや殊によってはパリにとって、どれだけ影響を及ぼすかも知れない依頼──リュナーティアの頬が引きつった。
「そうね、難しい依頼よね。でもそんな顔をしないで頂戴、依頼人を不安にさせるのがギルド員の仕事ではないでしょう?」
「いえ、あの‥‥はい‥‥」
 弁明すれば余計に不安にさせてしまうだろうと、叱責をその身に受けるリュナーティア・アイヴァン。
 彼女の頬を引きつらせたのは‥‥言うまでもない。依頼人ルシアンの後ろでやる気を漲(みなぎ)らせている直進型ファイター、ラクス・キャンリーゼの姿だった。

 リュナーティアにできることは、この依頼が無事に達せられるように祈ること‥‥それだけだった。

●今回の参加者

 ea4817 ヴェリタス・ディエクエス(39歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea5254 マーヤー・プラトー(40歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 ea5380 マイ・グリン(22歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea7431 フィソス・テギア(29歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea8988 テッド・クラウス(17歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 ea9471 アール・ドイル(38歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ea9909 フィーナ・アクトラス(35歳・♀・クレリック・人間・フランク王国)
 eb0031 ルシファー・パニッシュメント(32歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)

●サポート参加者

ヴィグ・カノス(ea0294

●リプレイ本文

●冬の足音のする空の下で‥‥
 冷えた空気が首筋を撫で、冒険者たちは冬の足音を聞きながら行商人の実家があるという町へ歩みを進めていた。
「気にいらねぇな」
 不機嫌な何度目かの鼻息と共に、とうとう呟きが溢れた。
「気持ちは痛いほど解るけど、仕事よ? ずっと腐ってるつもりじゃないわよね」
 一年近くも共に戦って、アール・ドイル(ea9471)の実力は良くわかっている。その腕も充分すぎるほどに知っているし、気性だって承知している。自分以外の仲間との溝を深めるハーフエルフを気にし、アールの隣に移動したフィーナ・アクトラス(ea9909)は、つんつんとその豪腕を引いて声を掛けた。仲間たちに溝を悟らせぬよう、いつもの笑みを絶やさぬまま。
「さぁ、どうだかな? 俺ぁフィーナみてぇに聞き分けがいいわけじゃねぇからな」
「あら、聞き分けが良いなんて初めて言われたわ」
 不意打ちの言葉に目を大きくしたが、どこか殺気立った空気が和らがず‥‥苦笑した。こういうフォローが得意なのは自分ではないのだが。
「聞き分けじゃなくて割り切りじゃないかしら。世の中、常に希望通りにはいかないもの」
「まぁな」
「それくらいにしておけ、気付かれるぞ」
 散々嫌味を口にした時点で深すぎる溝が出来ていた。これ以上好き好んで深くすることもあるまい、とフィーナとは反対側に付いたフィソス・テギア(ea7431)も小さく忠告した。
「構わねぇよ」
「アール殿が構わなくとも私が構うのだ。仲間内に不協和音があれば仕事がやりにくくなる」
「それこそ、別問題じゃねぇか」
 頬を歪めたアールだが、二人の理解者の心遣いに口を噤んだ。
 転じた視線の先では、アールの玩具‥‥ではなく不本意ながら友人らしいラクス・キャンリーゼがルシファー・パニッシュメント(eb0031)に絡まれていた。
「おい、ラクス。アンデッドの襲撃はまだか?」
「何で俺が知る道理があるんだ?」
「アンデッドを呼ぶ男なんだろう? さっさと呼べ」
 さほど親しくもないラクスに絡むなど余程退屈なのだろう。サイズをくるりと一周させて担ぎなおしたルシファーはサイズを振るう相手を探すようにぐるりと周囲を見回した。苦笑したマーヤー・プラトー(ea5254)は気性なのだろう、やんわりと注意を促した。
「ルシファー、キミは些か好戦的すぎると思うよ。私たちの行動は表立てるべきではないし、襲撃なんて無いに越したことはないと思うよ」
「‥‥けれど、どちらかのギルドに敵が潜り込んでいたり、町に張り込みがあったりする場合等は、まず確実に私達の行動もばれるでしょうから‥‥襲撃の可能性は高いですよね」
 現状を分析し、マイ・グリン(ea5380)は可能性を示す。他に手掛かりがないというような用心深い相手なのだから、その可能性は限りなく高い。
「そうだな。それがアンデッドの襲撃である可能性は否定しないし、警戒をしておくこと自体は良いことだと思うが」
 ラクスが友人から与えられたという二つ名を思い出し、ヴェリタス・ディエクエス(ea4817)は頷いた。恐らく、この仕事を請けた仲間たちは殆どがアンデッドへの備えをしているだろう‥‥ラクスのせいで。
 そこかしこで不穏当な相談が繰り広げられる中、テッド・クラウス(ea8988)が外見相応の幼い声を上げた。
「見えましたよ、目的地です!」
 歩むにつれて徐々に大きくなっていく町を前に、テッドはバンダナを締めなおした。‥‥万が一にもハーフエルフであることが面倒を生じることのないように、と。
 町が見え、行動を起こしたものがもう一人いた──アールだ。
「ラクス、到着前にもう一度手合わせしねぇか? 町に入ったらそうそうできやしねぇからな」
「望むところだ!!」
 それがアールの弄した策であることに気付くはずもなく、毎度の如くボロボロにのされるまで剣を交えることを二つ返事で了承し切りかかるラクスだった。


●生まれ育ちし町で‥‥
 真実ではない言葉を口にする罪悪感と緊張を感じながら、マイは町中のとある家の扉を叩き、現れた年老いた女性と言葉を交わす。
「‥‥実は、息子さんがある事件に巻き込まれて亡くなられました。‥‥私たちは、犯人を捜すために商人ギルドに雇われてこちらに伺ったのですが、手掛かりがないか調べさせていただいても宜しいでしょうか?」
 行商人の家で間違いが無いことを確認し、用意してきたそんな口述を述べた。
 息子が殺されたと聞き調査に協力しない母親など、そう多くはないだろう。行商人の母親もまた然り。
「息子は家を出て久しいのよ。だから、手掛かりというようなものも無いと思うわ‥‥」
 あまり交流がないという母親の言い分が正鵠を射ているのだろう、動揺はあるようだが取り乱すこともなく母親は冒険者たちを家へ招き入れた。
「ジミィさんの名前が載った顧客リストなんかがあったりすると手掛かりになるかも、とか思うんだけどね‥‥」
 ミミクリーを唱えたフィーナが人間サイズの犬の姿に変わり鼻を利かせる。その口にはラクスの服の袖を咥えて離さないのだから恐れ入る。本人の口が自由にきけたなら「余計なことを言われてからじゃ遅いもの」とにっこり微笑んだことだろう。
 もっとも、直前に行ったアールとの激しすぎる模擬戦の疲労で、余計な行動を起こすほどの体力は残っていないようだったが。
 そんな二人の意を汲んだフィソスもラクスから離れることなく、行商人の部屋を調べる。
「気付いたことがあれば言ってくれ」
 この一件に一番長く関わっているのは誰あろうラクス。彼がいかに問題児であろうとも、その事実は覆らない。となれば、ラクスをいかに効率的に扱うかが問題になる。万一にもこの気分屋の機嫌を損ねるわけにもいかないのだ。
 頷くラクスは綺麗に片付いた部屋で情報になるものを探し始めた──散らかしているようにしか見えないのは気のせいだろう。
 そしてラクスが放り出した書物や服などを一つ一つ仕舞うのはいつしかマイの仕事となっていた。片付けながら部屋をくまなくチェックするマイはメイドの視線で部屋を眺める。
 この部屋の主がもう長いこと踏み入れていないことは、時間をかけずとも見て取れた。
「どれくらい戻っていないのか、教えてもらっても構わないだろうか」
 言葉を選びながらマーヤーが母親に尋ねると、老婦人は眉間のしわを深くして暫く考え込み、朧な記憶を手繰り寄せた。
「そうねぇ‥‥かれこれ10年は戻っていないのは覚えているのだけれど。子供の頃からあまり家にはいない子だったのもあってねぇ、こんなことを言ったら薄情と思われるかもしれないけど‥‥あまり、悲しくないのよ」
 母親失格かしらねぇ、と老婦人は寂し気な笑みを浮かべた。
 この母親は行商人の為したことを知らないのだと、マーヤーは悟った。


 一方、実家以外への聞き込みを敢行した冒険者もいた。
 酒場やゴロツキ共の溜り場から攻めたのはルシフェル、友人関係から聞き込んだのはヴェリタス、商人関係から調べたのはテッド──アールは「俺ぁ情報収集には向いてねぇ」と放棄し、テッドについて回っていた。
 別行動をしていても情報を交換する必要はある。数時間のインターバルを置き、情報を照らし合わせることにしたのだが‥‥十数年戻っていないというだけあって、情報収集の成果は芳(かんば)しくはない。
 まず、酒場やゴロツキを調べたルシフェル──不満を隠さず鼻を鳴らす。
「こっちはハズレだな。十数年も戻っていないとなると知っている者も少ないようだ。行商人を知っているという奴の話では、ゴロツキ共と行動を共にするタイプではなかったらしい」
 次に、商人関係を調べたテッドとアール──耳を隠さないハーフエルフ・アールが共に行動していたとあって、テッドに疲労の色が濃い。
「商人関係で気になったのは、行商人が事業を立ち上げようとして人を集めていたことがある、という情報なのですが‥‥集められた人についての情報は、生憎入手できませんでした」
「10人も集まらなかったみてぇだがな」
「それでは、情報を探しにもう一箇所行ってみよう」
 ヴェリタスの唐突の提案にテッドが首を傾げる。心当たりはあたったはず。まだ何処か探していない場所があっただろうか。
「友人から聞いた話では、行商人は昔から実家ではなく町外れにある従兄弟の家に入り浸っていたようだ。今は誰も住んでいないらしいから、調べるのも簡単だろう」
「それなら、全員で行ったほうがいいですね。‥‥危険すぎます」
 一人一人が受け持つ敵が減る、とアールとルシファーは難色を示したが、打ち漏らした敵に情報を握りつぶされる危険を鑑みて渋々了承した。
「‥‥細かい作業に向いた連中は殆ど向こうに行ってるしな」
 家捜しをするためにも、実家へ向かった仲間たちと合流する方が賢明な判断のようだった。


●行商人が好んだ家で‥‥
「ズゥンビだけじゃなくてマミーとかグールが出てくる可能性もあるから、警戒しておくに越した事はないでしょうね」
 そんなことを言っていたフィーナが最初に動いた!!
「聞いてないわよ!?」
 マイが開けた扉の中へ、ロープの付いたブレーメンアックスが一直線に吸い込まれていく!!
「デビルであれば容赦をする必要はない!!」
「ギャアア!! ‥‥痛イ‥‥でもモウ効かナァイんだナァ」
 そう、扉の中にいたのは鉛色の皮膚を持つインプたち。勢いを殺さず手に取ったアックスを投擲するも、不思議の力に阻まれる!!
「‥‥エボリューションですか、厄介ですね」
 マイの投げたダガーもインプに傷を与えるが、2投目は意味を成さない。
 しかし、インプとはいえデビル。デビルは総じて通常の武器は通じない──フィーナの他にすぐに動けたのは聖剣「アルマス」を装備していたマーヤーとダガーofリターンを装備していたマイ、それだけだった。
「アール、使ってくれ!」
「ありがてぇ!」
 聖剣「アルマス」とシールドソードを交換し、アールが飛び込んだ!! 持てる技を駆使し、アールの豪腕から繰り出される重い一撃は、デビルの半身を吹き飛ばす!!
 負けじとバックパックから魔剣「トデス・スクリー」を取り出したルシファーも屋内へと飛び込む!!
 インプを抉ると、インプではない断末魔の声がどこか遠くからかすかに聞こえた──けれどそれはインプの断末魔ではない!!
「後衛になるとは思わなかったよ。──オーラパワー!!」
 同じ攻撃が通じなくなるという厄介すぎるデビル魔法『エボリューション』に阻まれる二人の騎士を援護すべく、魔法武器を手渡したマーヤーは次々と仲間の武器へオーラパワーを付与していく!
「我に神の加護を! ──レジストデビル!!」
「神の拘束を受けよ! ──コアギュレイト!!」
 フィソスとヴェリタスは神聖魔法を詠唱し、オーラパワーを付与された仲間たちの援護だ!!
 誰一人として攻撃魔法を使えない‥‥偏りすぎた編成の冒険者に選択できるほど多くの攻撃手段は存在しなかった。そんな彼らにとって救いとなったことは、屋内に潜んでいた十数匹のインプの全てがエボリューションを覚えていたわけではなかったことだろう。
 そしてインプにとって不幸だったことは‥‥
「お前、邪魔だナ!! ウサギにでもなって怯えテロ──トランスフォーム!!」
「ゲハハハハ!!」
「ギャハハハハ!!」
 狂化し暴れ出したアールをウサギに変えてしまったこと。冒険者に向くかもしれなかった大きすぎる攻撃力はウサギの脚力となって何度も何度もラクスの向う脛を容赦なく蹴り上げる程度に留まってしまったのだから。

「しかし、アンデッドではなくデビルが出てくるとはな‥‥行商人、予想以上に厄介な人物だな」
 デビルの気配がなくなった部屋で、フィソスが呟いた。
「‥‥でも、それなりの収穫はありましたね」
「そうね。行商人の仲間がまだ4人も残っているとは思わなかったけれど」
 溜息をついたフィーナの手には、マイが見つけた比較的新しい羊皮紙が握られていた。
「顧客データ、ですか。でも‥‥アンデッドがどこに引き取られたかよりも、その入手経路が問題なんですよね‥‥」
 親元には戻らずともこの家には何度も戻っていたのだろう、羊皮紙には春先までに行われた取引の集計が、担当する者の名と共に走り書きされていた。借金取り対策にマミィを購入したジミィの名も記されている。
「懐かしい名だな。しかしジミィは借金を抱えるほど金に困っていたはずなのだが‥‥マミィを購入する金はどこから捻出したのだろうか」
 ヴェリタスが首を傾げる。そもそも、走り書き自体が数字だらけで、金額以外のものも多いのだ。
「‥‥俺、コレに似たもの見たことがあるぜ!」
 暖炉を引っ掻き回していたラクスがひょいと拾い上げたのは焦げ跡の残る羊皮紙。テッドとアールも、どこかで見たことがある、ような気がした。刻印のないプレートが収められた小さな木箱を腕に抱きながら、羊皮紙を覗き込んだテッドは首を傾げた。
「何でしたっけ、これ‥‥持って帰って調べてみましょうか。ラクスさん、預かっていただけますか?」
「おぅ、任せておけ!!」
 数枚の羊皮紙とプレートを回収し、冒険者たちは報告のためにパリへと戻ることに決めた。
「ちょっと寄る所があるんでな、先に向かってくれ」
 そう言って一行の元を離れたアールが行商人の母親に全ての真実を告げるなどとは夢にも思わずに。


 ──数日後。
 行商人の母親が自殺したとの報が、届けられた‥‥。