【死の輪番】地に潜む謎

■シリーズシナリオ


担当:やなぎきいち

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 3 C

参加人数:9人

サポート参加人数:7人

冒険期間:11月09日〜11月17日

リプレイ公開日:2005年11月22日

●オープニング

●女商人ルシアン・ドゥーベルグの執務室
 ルシアン・ドゥーベルグは羊皮紙に記された文面に目を通した。焼け焦げ、あちらこちらが抜け落ちた文面はひどく読み辛く難解であったが、それは彼女が普段よくみる羊皮紙にとても良く似ている、ような気がした。
 そして、その一点がとても気にかかった。

 ──契約の保証として‥‥

 羊皮紙に記された文字を指でなぞるルシアン。行商人について関わったことのある冒険者を雇ったはずだが、この羊皮紙について何か知っている者はいなかった。
「『商品』と『行商人』について、もっと詳しい冒険者が欲しいわね」
 経験と情報は何物にも代え難い。金で買えるものならそれに越したことは無い。
 この一件を綺麗に片付けた後、商人ギルドにおける発言権が増大するであろうことを考えれば微々たる投資だ。

 ──ドンドンドンドンドンッ!!

 彼女の部屋の扉を、誰かが乱暴に叩いた!!
「ルシアンさん、ルシアンさん!! 大変です!!」
「ルシアンさん!!」
 響き渡る声は、聞き覚えのある部下の声。しかも、2人。
「どうかしたかしら? 足元でも見られたの?」
 大口の取引においては僅かな金額の差も大きな影響となる。守銭奴と自認するルシアンにとって、それはとても重要な問題だった。
 しかし、青い顔をした部下たちは大きく首を横に振った。
「違います! ルシアンさんの家に泥棒が!!」
「アンデッドが暴れだしたという報告が届きました!!」
 どちらもルシアンの整った顔から血の気を引かせるには充分すぎる情報だった。
 真っ先に向かったのが自宅だったのは、ルシアンだから‥‥だろうか。


●冒険者ギルドINパリ
「悪いんだけれど、腕の立つ冒険者を集めてもらえるかしら」
 いつもはきつめに結い上げている髪は見苦しくない程度に梳かしただけ、服装にも気を使う余裕の無い状態は全くルシアンらしくないと、ギルド員リュナーティアはぼんやりとそんなことを考えた。
「例の問題ですか?」
「それももちろん何とかしないといけないのだけれど、緊急性はこちらの方が高いわね」
 勧められるままにイスに腰掛けたルシアンは頭(かぶり)を振って眉間に手を当てた。
「以前、カルロス元伯爵がシュバルツ城へ攻め入ってきた事件があったわね。あの時に冒険者に行商人の馬車を止めてもらったのよ。4台中2台だったけれど‥‥」
「そのアンデッドが‥‥どうかしたんですか?」
 嫌な予感を覚えたのはリュナーティアの勘が鋭いからではなく、何事もなければ冒険者ギルドに依頼が持ち込まれることはないのだという経験則にすぎない。
 ルシアンは深く荒い溜息を吐いて、掻い摘んだ事情を説明する。

 アンデッドを浄化するために、棺桶に入ったまま一箇所に保管していたこと。
 司祭の手配が整わず、今だ浄化されていなかったこと。
 そして、何者かがそのアンデッドたちを解放してしまったこと。

「場所は、解っているのですか?」
「ええ。半端な場所には置けないもの‥‥以前私の作ったダンジョンに運び込ませていたわ」
 そう、ルシアンはダンジョンを自作するという妙な趣味を持っていた。それはリュナーティアも知っている。
 だからこそ、一瞬‥‥本当に一瞬だけ、ダンジョンにアンデッドモンスターを配置したかっただけではないか、などという考えも浮かんだのだが‥‥流石にそこまで悪い人物ではない。
 いや、やりかねないという思考は拭い去れないのだが、趣味にかまけて信用を失墜させ商売に支障を生じさせるとは思えない。
「では、ダンジョンの図面などはご提供いただけますね?」
「‥‥出来ないわ。協力したくないわけじゃないのよ。──盗まれてしまったの」
 そう、部下が齎した情報の一方はルシアンの家に泥棒が入ったというものだった。
 金目のものを盗まれたのではないかと真っ青になっていたルシアンだったが、盗まれたのは金品ではなく──ダンジョンに関わる設計図を含む全ての図面だった。
「棺桶を確認していないから何が出るかわからないけれど、彼らの商品だからアンデッドであることは確かよ」
「では、アンデッドの殲滅が目的‥‥ということで宜しいですね」
「ダンジョンには出来るだけ被害を与えないようにしてほしいけれど、ね」
 決して少なくはない数のアンデッドとの戦闘、それが熾烈なものであることは承知しているが‥‥希望は捨ててはいないようだ。
 示された依頼書に所定の事項を書き込むルシアンに、リュナーティアがひょんなことを指摘する。
「前回は8名でしたけれど、9名になさるのですか?」
「ええ。行商人や商品に詳しい冒険者を加えていただけるかしら。それでなければ、冒険者の希望に沿う人を、ね」
 ペンを滑らせて自分の名をサインし、ルシアンはそんな一言を添えて依頼書を手渡したのだった。

●今回の参加者

 ea4817 ヴェリタス・ディエクエス(39歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea5254 マーヤー・プラトー(40歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 ea5380 マイ・グリン(22歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea7431 フィソス・テギア(29歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea8586 音無 影音(31歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea8988 テッド・クラウス(17歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 ea9471 アール・ドイル(38歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ea9909 フィーナ・アクトラス(35歳・♀・クレリック・人間・フランク王国)
 eb0031 ルシファー・パニッシュメント(32歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)

●サポート参加者

ヴィグ・カノス(ea0294)/ フィア・フラット(ea1708)/ クライドル・アシュレーン(ea8209)/ ウォルター・バイエルライン(ea9344)/ ヴィオナ・アストーヴァル(ea9970)/ ヴィゼル・カノス(eb1026)/ キルト・マーガッヅ(eb1118

●リプレイ本文

●羊皮紙の記憶
 ダンジョンへ旅立つ仲間たちを見送ると、依頼人ルシアン・ドゥーベルグの切れ長な瞳が冒険者たちを舐めるように見回した。調査要因としてパリに残ったのは‥‥ナンバリングされたアンデッドをかれこれ1年間も追い続けているだろうかフィーナ・アクトラス(ea9909)、同じくそれを斬り続けてきた音無影音(ea8586)、2度ほど対峙し剣を振るった経歴を持つテッド・クラウス(ea8988)の3人。
「ラクスさんを連れて行ってもらえて助かりましたね」
「‥‥もしかしたら、役立ったかも‥‥しれないのに‥‥アール、恨むよ‥‥」
 一番詳しいのは自分だと言い張り、残ると喚いていたラクス・キャンリーゼはアール・ドイル(ea9471)に引き摺られ連れて行かれた。他の仲間より場数を踏んでいる分情報量はあるかもしれないが調査自体にはあまり自信のない影音、仲間を引き摺り込めずに見えなくなった仲間の後姿を睨んだ。
 フィーナは仲間を見送ったウォルター・バイエルランを振り返った。
「ウォルターさんとは最後まで一緒だと思い込んでたわ。家のことなんて放っておけばいいのに」
「すみません。それまで手伝えることは手伝いますので」
「話は後にしてもらえるかしら。時間が無いのなら先に羊皮紙を見ていただきたいのだけれど?」
 促したルシアンに頭を下げ、申し訳なさそうなウォルターも含め4人でルシアンの自宅へ足を向けた。
 市街地にあるルシアンの自宅で、使用人に預けていた羊皮紙を受け取り4人で改めて文面に目を通す。
「ああ、そうです。ちょうどこんな契約書でした」
 破け、ズゥンビに踏まれ、ほとんど判別できなかったが‥‥ズゥンビについていたプレートと同じ『0170〜0173』という文字と、ズゥンビの棺桶を保管していた錬金術師のサインを読み取った。
 羊皮紙の表題は、これと全く同じものだった。
「売買契約書、ね。まったく、舐めたまねをしてくれるわね」
 忌々しげに息を吐くルシアン。
「少なくとも、一連の事件は行商人の仕業と判ったわけですね。あとは、行商人の仲間をどうするか‥‥でしょうか」
 行商人がアンデッドを『売り物』にしている以上文面が『売買契約書』になるのは仕方がないことなのではないかと思ったのだが、そんなことを口にして依頼人の機嫌を損ねるテッドではない。
「‥‥その前に‥‥この契約書から、調べられること‥‥全部、調べよう‥‥」
 そのためにパリに残ったのだから‥‥入手したばかりの忍者刀を愛おしげに撫でながら、依頼人ルシアンから羊皮紙を借り受けた。仲間たちが戻るまでに調べられるだけのことを調べ上げる、そのためにパリに残ったのだから。


●ルシアン・ダンジョンへの入り口
「確か、この湖でいいはずなんだけど‥‥ああ、あれみたいだね」
 輝く湖面を見つめながら見回したマーヤー・プラトー(ea5254)の目に小さな小さな石造りの礼拝堂が映る。
 湖の傍らに佇むその礼拝堂は日々の生活の中で神に祈りを捧げる、そのためだけの小さな礼拝堂──数本の石柱が屋根を支えジーザスの像が奉られているだけという、東屋といっても良いほどのとても小さく質素なものだった。
「このジーザス像を回転させれば良いんだな?」
「ええ、そのように伺いました」
 マイ・グリン(ea5380)が頷くのを確認し、ヴェリタス・ディエクエス(ea4817)はジーザス像に掛けた手へ力を混める──と然程力を要さずにジーザス像が右に回転し、正面を向いていたジーザスの向きが90度変わった。同時に大掛かりな仕掛けの動く重い音が『ゴゴゴゴゴ‥‥』と足元から響く。
 回転したジーザス像がゆっくりとスライドし、その足元に地中へ続く細い階段が姿を現した。
「ジーザス像をこのようなことに使うのは感心しないが‥‥道楽という割には本格的だな」
 白亜のジーザス像の横顔を眺めフィソス・テギア(ea7431)が小さく感想を漏らす。
「ジーザスの足元には深い闇がある。あながち間違いでもない面白い揶揄だと思うがな?」
 クックックと愉快そうに嗤うルシファー・パニッシュメント(eb0031)を一瞥し、明かりを、とヴェリタスに頷いた。
 細い階段は一人ずつしか下りられないが、以前の報告書やルシアンの言を信じるならば崩れるような階段ではなく、罠もない。這い上がってくるかもしれないアンデッドを警戒しておけば問題はないだろう。
「ま、どんなに本格的だろうとルシアンの言葉が信用できるなら致死性の罠はねぇんだ。俺たちゃアンデッドのことだけ考えてりゃいい」
 ランタンに明かりが灯されるのを待ち、シールドソードをひょいと担ぎ上げたアールを先頭にダンジョンへの階段をゆっくりと下りていった。


●羊皮紙を読み解く?
 羊皮紙の文面に繰り返し繰り返し目を通すテッド。
 その傍らでシルバーナイフを弄びながら、影音はフィーナと言葉を交わす。
「羊皮紙は売買契約書って事で良いんだろうね‥‥‥数字ばかりなのは、おそらく商品を番号で呼称しているから‥‥ああ、そうするとあるいは、商品一覧みたいな物が出回っているのかもしれない‥‥」
「でも、同じズゥンビ同士でも数字は違ったわよ? 荷物に番号を振っているとか考えた方が自然じゃないかしら?」
「確かに‥‥その方があり得るかも‥‥この契約書にも番号は4つ記されてるけど、商品は全部ズゥンビだったわけだし、ね‥‥」
 番号で商品を管理しているという考え自体は間違っていないようだ。
 商品の売られた先は解らないが、例えばカルロス元伯爵や偽花嫁が買い求めたアンデッドがそうであったように、プレートが付されナンバリングされたアンデッドをみれば商品だと判別ができるだろう。
「行商人の仲間も、名前を知っておくのはいいことだけど‥‥ルシアンさんでも見覚えの無い名前ばっかりだものね」
 これじゃノーヒントも同然だわ、と頭を捻るフィーナと影音。慣れぬ作業に頭痛に見舞われる気分だ。
「うーん‥‥ちょっと、見てもらってもいいですか?」
 そんな二人を救うかのようにテッドが声を掛けた。
「何? どうかしたの?」
「ちょっと、読んでみてください。ここです」
 テッドが指で指し示したのは料金に関する項目だ。当然、商品が決まっていない未記入の契約書では金額の欄は空欄となっているのだが‥‥
「‥‥何かおかしい? ‥‥ごめん、わからないや‥‥」
「うーん‥‥」
「これ、お金の他に必要なものがある、という風に読み取れませんか?」
 そう言われて改めて文面に視線を落とす。

 ──運搬のため尊き白き貨幣を徴収‥‥

「‥‥運搬代を料金と別に取るって‥‥なんだかケチくさい‥‥」
「影音さん‥‥」
 ボソッと所感を述べた影音に思わずがくりと肩を落とした騎士の向かいで、フィーナが眉間にしわを刻む。
 尊き白き貨幣‥‥尊き白き‥‥

 その答えに思い至ったとき、フィーナは二人の手を引いて走り始めていた。
 多くの蔵書を抱える、王宮図書館へ向かって。


●ルシアン・ダンジョンとアンデッド
 階段を降りて程なく、周囲から現れたズゥンビの対応に明け暮れる。
「アール、突出しすぎだ! 戻れ!」
「無駄だ、ヴェリタス殿。もう彼の耳には届かない。ラクス殿、無茶はするでないぞ」
 ヴェリタスの静止が届かないのも無理は無く、アールは既に瞳を血の色に染めてズゥンビの只中でひたすらに右手のシールドソードで斬り、左手のシールドで殴りつけている。
 突出したアールの代わりに前衛に出たラクスに声を掛ける。リカバーの使い手でもある自らに中衛を課していたヴェリタスもランタンをフィソスに預けマイやオリバーと入れ替わり前衛や後衛に立つことが増えた。
「‥‥アールさんに付いていくのがやっとです」
 滲んだ汗を拭い、上がった息を整える間もなく‥‥突出したアールのために文字通り足元を固める。
 デュアラブルセンサーとストーンのスクロールを交互に使いダンジョン自体の補強をし、罠は事前にストーンで固めてしまう。
「マイ君、無理は禁物だよ‥‥といっても、無理をしなければ自分の身も危うい訳だけれどね」
「マーヤー、オーラパワーを寄越せ」
 回避することなど考えぬズゥンビにアルマスの重量を活かしきった一撃を浴びせ、こんな時でも女性への気遣いを忘れないマーヤーへルシファーがそんな言葉を浴びせた。
「ヴェリタス、後衛を頼めるかな?」
 頷いたヴェリタスと場所を代わるマーヤー。デモンズシールドでズゥンビの鈍く重い攻撃を防ぎつつサイズを差し出す黒き神聖騎士。
「彷徨える屍よ、在るべき場所に還れ! ──ピュアリファイ!!」
 伸ばした手で示されたズゥンビが浄化の魔法を受け崩れ去る!
 決して広くはないダンジョン内では二人が武器を振るう幅がやっと。魔法で攻撃を行えるフィソスが序盤から中衛という居場所を選んでいたのは幸運だった。
 シールドへ群がるズゥンビへ、ピュアリファイが唱えられる!
 ルシファーのみならず仲間たちへとオーラパワーを付与し、自らにオーラエリベイションを唱えるとマーヤーは再び場所を代わる。ヴェリタスは貴重な癒し手、誰にでも手が伸ばせる範囲に居てもらわねば困る。
「くっ! 暗いところは嫌いではないが‥‥ダンジョンに気を使わねばならんのがな!」
「‥‥駄目ですルシファーさん、窮屈かもしれませんが我慢してくださいませ。‥‥ダンジョン自体の強度が低いようですから、下手をしたら生き埋になってしまいます」
 忌々しげに唾棄し、再び窮屈そうにサイズを振るうルシファー。

 生き埋めになろうともズゥンビは退治できない。奴らは息などしていないから。
 ──そしていずれ地中から這い出すのだ。
 今は、窮屈な現状に耐えて武器を振るうしかない。


●ルシアン・ダンジョンとナンバーズ
「雑魚も数がいると面倒だな」
「アールが傷だらけになったときは途方に暮れたぞ」
「悪ぃな」
 狂化し突出したアール。リカバーを唱えようにもズゥンビに囲まれ、狂戦士の如く戦う彼に容易に近付くことはできない。回復1つとっても命がけだ。
 そうそう攻撃を食らうことも無かったのが不幸中の幸い──いや、そんな状況でも十二分に戦い抜けるのがアールの実力なのだろう。
「‥‥それにしても‥‥何故賊はアンデッドの封を解放しただけで、それを外に誘導せずに引き返したのでしょうね」
 魔力が尽き退避し、再び挑み‥‥そんなことを数日も続け、ダンジョン内のズゥンビやグールを駆除した彼らはそんな疑問を解くためにも、手掛かりを求めてダンジョンの探索を開始した。
「おお、また発見だ♪」
「ラクス殿、プレートを集めるのが趣味になったのか?」
 フィソスの呆れ顔も当然だろう。アンデッドに付いていた数字の刻印された金属片を拾い集め嬉しそうにしている姿は子供そのものだったから。
「‥‥それを貸してくれぬか?」
 ふと何かを思い至ったフィソスの頼みに、必ず返すよう念を押してプレートを差し出すラクス。
「何に使うんだ?」
「棺桶の番号と照合するんだろ」
 ラクスの疑問にぽろっと零したアール、喋りすぎたとばかりに口を噤んだ。
「アール殿の言うとおりだ。アンデッドはプレートと同じ数字の棺桶に保管されていたからな。気休め程度かもしれぬが、手伝ってもらえないだろうか」
「手伝わせてもらうよ」
「何から情報が得られるか解らないからな」
 マーヤーとヴェリタスの言葉で、俺は知らねぇと昼寝を決め込んだアール以外の冒険者がその作業に当たった。

 借りたプレートは、結果的には必要がなかった。
 数字以外の記された棺桶の蓋が空いていたから。
 記されていたのは、まだ退治していない──アルジャーン、その名だった。


●羊皮紙に隠された‥‥
「いきなりアンデッドが動き出したみたいだし、ダンジョンの図面だけが盗まれた、って事は何者かが意図的にアンデッドを動かした、と見るのが自然よね?」
 腕を引きながら、フィーナはそう告げた。頷くテッドに影音。
「ですけど、情報が無さすぎて犯人の特定は‥‥」
「影音さんは、敵にデビルを想定していなかった?」
「まあ‥‥最近アンデッド並みによく会うしね‥‥」
 ──血が出ないから嬉しくないんだけど。
 そんな言葉を飲み込んだ影音の腕を握る手に力がこもる。
「デビルとして考えれば、『尊き白き』って──」
 誘導された思考が、1つの答えを導き出す。
 それは、全てのデビルが扱うことの出来る忌むべき能力‥‥
「──デスハートンの白い珠ですか‥‥」
「‥‥でも、デビルなら‥‥契約書を残すようなヘマはやらかさないんじゃないかな‥‥」
 そう呟く自分の言葉にハッと気付く。
 ──そんなヘマはやらかさないだろう、デビルなら。
 ──では、昨今パリを騒がせているデビル信奉者なら?
「‥‥証拠が無いよ、フィーナ」
「それを探すのよ。デスハートンが通貨として通るものなのか」
「アンデッドと関わりの深いデビルがいるかどうかも、ですね」
 地を蹴る足取りも力強く、王宮図書館へと向かうテッドとフィーナ。
 二人に引き摺られながら、‥‥こんなことなら、ダンジョンで忍者刀の試し斬りしてた方が‥‥マシだったかも‥‥と影音は遠く太陽に照らされる稜線を見つめた。

 貴重な本に埋もれすっかり目が疲れ果てた頃。
 古い書物の片隅に、白き珠で交渉を重ねるデビルの絵姿を見つけた。
 そして‥‥

「‥‥海で死んだ死体を使役するダゴンと、死体に憑依するビフロンス‥‥これくらいみたいだね‥‥」
 いつもの余裕が失せ疲労に支配された影音はそういって数冊の本を机に並べた。他に調べていない本も、それこそ山となっているが‥‥もう限界。影音の瞳がそう告げていた。
「アンデッドとは直接関係がないですけれど‥‥他よりは可能性が高いでしょうか」
 王宮図書館ともなれば人目が気になるのであろう、フードをしっかり被ったテッドも他のデビルに関する記述と見比べながら頷いた。
「そう言えば‥‥今暴れてるアンデッドを輸送してた行商人が『あの方』とか言ってたけど、関係あるのかしらね、やっぱり」
 ‥‥もう一騒動ありそうな、そんな予感を胸に抱いて漏らしたフィーナの溜息は、蔵書の山を越えず行き場をなくして彷徨うこととなった。