●リプレイ本文
●招かれた城
死の幻影に冒されていたシュティール城。しかし、音無影音(ea8586)にすら死の気配を感じさせぬほど、訪れたシュティール城も城下も活気に溢れていた。
「矢張り、人が住む場所にはこう言う活気があるのが何よりだな。私には既に縁遠い場所なのかもしれないがね」
一年間、活気の失せた地ばかりを巡り続けたマーヤー・プラトー(ea5254)は影音とは逆の感慨を抱き人波を見ながら、隣接するガーランド領へ想いを馳せた。同じ依頼で共にオーガどもに死を振り撒いたルシファー・パニッシュメント(eb0031)は昼間の健全さを孕んだ喧騒には興味が持てず、酒の匂いに時折り視線を泳がすのみ。
食べ物の香りに逸れそうになるフィーナ・アクトラス(ea9909)を力ずくで止めようとしたラクス・キャンリーゼが鳩尾に痛烈な肘鉄を食らったり、知人を見かけたミィナ・コヅツミ(ea9128)が駆け出しそうになったり、珍しい食材に目を奪われ足を止めたマイ・グリン(ea5380)が皆から遅れそうになったりしながらも何とかシュティール城の門を潜った。
人々へ開放されたシュティール城前庭、そこにフィリーネ・シュティールの姿はあった。まだ二十歳に満たない容姿に暖かみを感じさせるオレンジのドレスを纏い、微笑みつつ毅然とした態度を貫く新しい領主。周囲に人の絶えることがないフィリーネの居場所は前庭を一望するだけで判別できる。
「本日はお招きいただきありがとうございます」
「僭越ながらこの地の平穏が続き更なる繁栄が齎されるよう祈念いたします」
礼服に身を包んだテッド・クラウス(ea8988)とマーヤー、無礼講といえども礼を逸しない二人の騎士が簡素ながらも丁寧な挨拶をする。そして言葉こそ発さなかったがフィソス・テギア(ea7431)とレインボーリボンをカチューシャのように飾ったマイも深々と頭を下げた。──レインボーリボンがジャパンのハチマキみたいだとのたまわったラクスは紫微亮(ea2021)にきっちり一発食らわされたこともここに記しておこう。
「いえ、礼を述べなければならないのはわたくしの方ですわ。言葉では言い尽くせぬほど感謝しております。領地と領民を守っていただいたうえ‥‥」
僅かに口ごもり、ヴィルヘルムを解放していただいて、と付け加えた。
「‥‥食べる方も飲む方も沢山いる絶好の機会ですから。‥‥腕を振るう機会を与えてもらえないでしょうか」
マイの頼み、客人にそんなことはさせられないと一度は渋ったフィリーネだが、それが希望であり食材も買い込んできたと言われれば断る理由は無かった。
「よろしくお願いします。是非、このパーティーに彩を添えて下さいませね」
「フィリーネ様、今日はヴェロニカさんは来ないのか‥‥ですか」
「予定はありませんけれど、伝えることがあるのなら使いをやりましょう」
使い慣れぬ敬語を繰りながら話す亮へ春の日差しのように微笑みながら、そう答えた。
「お願いします。『あの子』の話を聞きたがってると‥‥」
フィリーネは笑顔で快諾してくれた。
◆
「ラクス殿、もう具合はいいのか? ふふ、しっかり食べて体力を取り戻すことだ」
「任せろ!」
何をどう任せろというのか、珍しく酒を嗜み料理を口に運ぶフィソスにニカッと笑ったラクス。その頬に飛び散ったソースがついているのを見、ぐいっと拭ってやる。そこへ割るように飛び込んできたのはテッドだった。
「ラクスさん、やっと見つけましたよ!」
「ふが?」
頬に料理を頬張ったラクスの腕を取り、模擬戦をしましょう、と確認しておいた修練場へと引きずり出す。
「いつでも受けてくれると言ったの忘れてませんよね、ラクスさん」
仕事中にという鎖を解かれ、遠慮なく戦おうと刃を潰した剣を手に取った。今のラクスに大技で勝てるとは考えない堅実なテッド。幾度となく共に戦い、彼が決して思われているほど力の無い戦士でないことに気付いたのだ。その活かし方を知らず、愚昧な行いで鈍らせているだけだと‥‥。
「ふっふっふ‥‥怪我しても知らないぜ!?」
「望むところです」
──ギィン、ギィィン!!
金属の鈍い音が汗の匂いの染み付いた修練場に響き始めた。
◆
「フィリーネ様‥‥」
タイミングを見計らい寄ったマーヤーが声を掛けるとフィリーネは何でしょうか、と振り返った。彼女へ、ずっと気にかかっていたことを尋ねる。
「以前、受けた依頼の‥‥街道沿いの霧に覆われた村の現状‥‥そして、その村から街道を進んだガーランド領、『オーガの巣』の近辺の現状が判るのなら教えていただきたい」
「その節は本当に助かりました。あの村は‥‥地形上の問題ですので相変わらず濃霧の発生率は高いのですけれど、とりあえず旅人に足を止めてもらうこともできるようになって、何とか自活に向けて持ち直していますわ」
街道が捨てられた何よりの原因はガーランド領に内包されたオーガの巣と呼ばれる場所だった。そして寂れ始めた街道は野党や山賊、モンスターの格好の住処であり標的となっていた。
「オーガの巣はウィリアム様が整備を進めておられますわ。既に街道沿いには衛視が配備されているようですし、来年の聖夜祭はもっと賑やかに迎えられると信じております」
シュティール領は要になっていた街道が棄てられた影響で交易があまり発展していない。それも懸念が晴れて、徐々に活気を取り戻していくことだろう。
「そうですか、それは良かった。あの街道に関わる仕事を請けることが多くありましたので、気に掛かっていたのです」
胸を撫で下ろしたマーヤーの希望は、確かに現実に実を結び始めているようだった。
●人波の街
「あ、ダイちゃ‥‥ゴホゴホッ、ディックさん、またお会いできて嬉しいですよ〜♪」
見かけたディック・ダイ(ez0085)に駆け寄り、彼が好まぬ名を口にしたミィナは顔に吹きかけられた煙で咳き込んだが、彼の咥える高級葉巻に気付き顔を綻ばせた。
「ふふふ、実は今日も持ってるんですよ〜。頂きものなんですけど、どこかで会えたらお渡ししようと思って」
「ありがてぇ。土屋のヤツ、気ィ抜いた瞬間に斬っちまうからな‥‥」
差し出された葉巻を無遠慮に受け取ったディック、しかし葉巻を吸う間だけは相手をする気になったようだ。
「そういえば、一味の皆さんお元気ですか〜?」
「あいつらは殺しても死なねぇよ。特にホリィはな」
よほど馬が合わないのだろう、浮かんだ渋面に苦笑しながら今後はどうするつもりなのかと訊ねた。
「さぁな、行きたくなった場所に行くさ‥‥旨い話のある所に行くのも面白ぇけどな」
ひょいと肩を竦める男は、仲間の動向も含めて口にする気はないのだろう。それとも、本当に気ままに行動する一団なのかもしれないが。
滲み出した少しばかりの寂しい気分を紛らわすべく、ロイヤル・ヌーヴォー、どぶろく、発泡酒、ベルモット、シードル等ずらりと並べた酒からどぶろくを器に注ぎ、その器から一口呑んで手渡す。その行為は警戒心の強い彼を安心させるための毒見にすぎなかったが、どこか遠い国の、誓いの儀式のようだった。
◆
「あら?」
フィリーネへの挨拶もそこそこに、ただひたすら食べ物の気配だけを追い求めていたフィーナ、そろそろ八分‥‥七分目に達しようかという腹具合に漸く辺りを見回して、そこがどこなのか途方にくれた。
「ええと、確かヴィグが何か言ってたわよね‥‥」
ヴィグとシルフィリアが礼儀作法や道に迷ったときの対処法を教えてくれた、ような気がする。が、そんな眠くなる話は聞き流していたような気もする。賑やかな通りに出れば、城の方向やお勧めの店も判るかもしれない──そう思い澄ませた耳に聞きなれた声が届いた。
「‥‥ね。フィーナの歩いた後には‥‥ぺんぺん草も生えない‥‥こっちでは何て言うんだろ、パセリすら生えない‥‥?」
「あら、そこまで食べないわよ。そんなことしてお腹が膨れちゃったら、屋台制覇ができないじゃない」
ちなみに目安にしたものは迂闊にもフィーナに声を掛けてしまい飛来したブレーメンアックスの柄に昏倒させられた愚かな男達だったりする。
「聞くまでもない気がするけど‥‥参考までに‥‥全屋台? それとも、全メニュー‥‥?」
「両方ね」
道案内を確保したフィーナは手近な店から串焼きを買い、口に運ぶ。血の色をしたワインを味よりその色ゆえに口に運ぶ影音と料理を口に含み続けるフィーナ。何だか常日頃から見ている姿のような気がして、ラクスは負けじと串焼きを買いフィーナに奪われた。
「行商人をとっ捕まえちゃえば終わりかな、とか思ってた頃は、デビルが出てくるなんてあんまり考えてなかったわね」
「‥‥でも、大当たりを引いた気分‥‥」
「アンデッドは血が出ないからなー」
うんうんと頷くラクス。二人がラクスのことを理解するのと同様に、ラクスも二人の本質をしっかりと理解したようだ。
フィーナに付き合いながら、あの時アールが狂化して‥‥、止めに入ったのにノリノリ、死にかけた感想は、魂が抜けるような感覚って魔法陣に魂抜かれかけただけ、など話に花を咲かせ歩いていると屋台街の外れに辿り着く。
不意に忍び寄る静寂に、フィーナはそっと二人を振り返る。
「そう言えば、二人はこれから先どうするつもりなの? いや、何となく気になったから」
「結婚はまだだぞ?」
酔狂なことを口走るラクスを軽やかに無視し、影音は懐から2枚の紙を取り出した。
「この国よりもっと濃い血の匂いのする国へ行こうと思う‥‥鮮血を奏でられる場所、あたしの居場所を探して、ね‥‥。で、ここに転移護符が2枚あるわけ‥‥1枚はあたしが使う、1枚余る‥‥。‥‥面白いかな‥‥」
「見てみたくはあるわね」
そんな2人の気紛れで与えられた一枚の紙──数日後から彼の姿が見えなくなることと無関係ではないかもしれない。
●覚めやらぬ夢
宵闇が訪れる頃、艶やかな女性がどこからか城内に訪れた。近衛らしき騎士に声をかけられフィリーネは亮を招いた。
「どうしたんですか?」
「ヴェロニカさんが来たらしい。頼んだ甲斐があったぜ」
「ボクも連れて行ってください」
興味を示したテッドへ亮が答えると、ミィナもちらりと耳を見せながら同行したいと口を開いた。同胞の同席を拒む相手ではなかろうと判断し、快諾した。
そして招かれたのは今は亡きヴィルヘルムの私室である。主のない部屋──その部屋で祈りを捧げるように、ヴェロニカ・シュピーゲル(ez1050)は佇んでいた。迸る想いを封じるように強く強く拳を握った亮は女王と呼ばれる女性へと一歩進み出た。
「あの時の、あの少女の様子を教えてくれ。‥‥出来ればその姿を‥‥!」
「そんな思い詰めた顔は子供の教育上どうかと思うけれど?」
「‥‥え?」
手招いたヴェロニカに応じた小さな影は確かに、オーガに育てられていたあの少女に間違いなかった。
「初めまして、ヒルダです。こんばんは」
「初めまして‥‥ちゃんと挨拶できるなんて、偉いぞ」
溢れる涙を見せないようにぎゅっと少女を抱きしめた亮へ、ヴェロニカが微笑んだ。
「幸せに育っているようで、安心しました」
テッドも釣られて微笑んだ。少女の倍程度にしか見えぬ幼きテッドの心にちくりと刺のように残っていた懸念が晴れた。
一方、自分の反応に戸惑うヒルダへオーラを込めて、亮は天使の羽飾りを差し出した。
「近くに居なくてもオレはいつもヒルダのことを想ってる。‥‥君の事をいつでも想っている人がいる事を忘れないでほしい」
小さなヒルダの頭を撫でて立ち上がると、今度はヴェロニカに深く頭を下げた。
「‥‥ヴェロニカさん、応援してます。ヒルダを‥‥よろしくお願いします‥‥」
「あら、ここまで子守りをしてきた私を一晩くらい休ませてはくれないのかしら?」
「‥‥ありがとう」
顔を輝かせた亮は再び少女を抱きしめた。
そんな様子を見守るヴェロニカの隣に進み、ミィナはスッと髪を掻き上げて耳を見せ微笑んだ。
「ハーフエルフへの偏見もいつか変わりますよ、いえ、いつかきっと変えられるよう頑張りましょう‥‥」
少女ヒルダや同胞たちの未来を切り開く、希望となるように──‥‥
◆
料理を運んできたマイが気に留めていたのは、ルシファーの呑み比べを何故か受けたフィソスだった。杯を重ね、自慢の料理を肴に数々の種類の酒を片端から飲み干していく二人。それだけ飲めばいい加減に酔いも回ろうものだが、ルシファーは全く変わらない。それどころか、フィソスを口説く余裕すらあるようだ。
「身を委ねてみろ‥‥夢を見させてやる」
「ふむ‥‥あれだけの働きをしたのだ。それくらいの息抜きをしてもバチは当たるまいよ」
「‥‥あの、フィソスさん。‥‥酔ってます?」
顔色は何も変わっていないが‥‥口走る言葉がどこか変だと感じたマイは恐々フィソスの顔を覗き込んだ。
「そうかもしれんな、あまり酒は強くないのだ‥‥しかし勝負とあらば全力を尽くすまでだ」
このままでは酔いつぶれたフィソスがルシファーの毒牙に掛かってしまう!
「‥‥ミードもありますが、いかがでしょう?」
──そう懸念したマイはルシファーへ、こっそりと蜂蜜の黄金酒を差し出した。
「注げ」
偉そうにふんぞり返るルシファーの杯へ蜂蜜の黄金酒を注ぐマイ‥‥数分後、見事に高鼾をかくルシファーの姿がそこにあった。
「ルシファー殿、も、まだまだ修行が足りんな‥‥」
そう言い掛けたフィソスもまた、睡魔の虜となった。
●訪れる朝
数度目の朝、パリに戻る朝。
「そういえば、あの破滅の魔法陣の地は月道を開く要件を備えてるって聞いたけど‥‥月道開くってことじゃないかな‥‥」
影音は気になっていたことを口にした。国に届け月道を開けば多額の報奨金が出る、財政の足しには丁度良いだろう。
「‥‥去年は慌ただし過ぎて本業に力を入れる暇もありませんでしたし‥‥、やはり平和なのが一番ですね」
腕を振るい満足気なマイ。自分の料理だけが残されることなく完食されていたというのも彼女が上機嫌な理由のひとつだろう。テッドとラクスの手当ても彼女の役割だった。ちなみに結果は、圧勝ではなかったがテッドの勝利だった模様。
「今、この時間を皆と共に過ごせることを嬉しく思う。先の戦いは熾烈を極めたが、無事勝利することが出来た。全ては皆が尽力してくれたおかげだ」
酒が抜けきっていないのだろうか、饒舌なフィソスが口にしている言葉は──けれど彼女の本心だった。
「‥‥この先の道が同じとは限らんが、忘れるな。我らは友だ。例え離れても、それは変わらない。私は皆と出会えた事を誇りに思う。ありがとう」
1つの出会いは1つの別れを生む。
その積み重ねこそが人生であり、社会であり、生きるということなのだろう。
彼らはこの地で、新たな地で、変わらぬまま変わり続けて生きていく──‥‥