【死の輪番】魔法陣の謎

■シリーズシナリオ


担当:やなぎきいち

対応レベル:6〜10lv

難易度:難しい

成功報酬:3 G 71 C

参加人数:9人

サポート参加人数:2人

冒険期間:12月14日〜12月19日

リプレイ公開日:2005年12月30日

●オープニング

 月の明るい夜、影から影へ、闇から闇へ渡るように‥‥その古城に数人の人物が侵入した。警戒心は解いていないのだろうが、その慣れた所作はまるで古城の住人であるかのように、違和感を感じさせない。しかし人目を忍ぶ姿は古城の住人ではありえないことを示している。
 彼らは隠し通路を抜け、一室へと辿り着いた。用心深く聞き耳を立て、周囲に気配がないことを確認した上で扉を叩く。
「どうぞ、お入りなさい」
 女性特有の高い声に命じられるままに扉を開けると、暖炉の暖かな空気と燭台の蝋燭に灯された明かりが侵入者を包み込んだ。一人は女性、他は全て男性──忠誠を表すように彼らは揃って毛足の長い絨毯に片膝を付く。見え隠れするその特有の耳は、彼らが総じてハーフエルフであることを物語っていた。
「ヴィルヘルム様‥‥いいえ、ビフロンスの居場所が判明しました。また、ビフロンスの配下と目されるデビル・リリスがジャパン人の少女を連れ領内に侵入しております」
 中央に陣取るリーダー格の男が低く通る声で告げる。明るい月の光を遮るよう閉じられた厚い布地のカーテンを通り抜け、身を凍えさせる外気が滑り込んできたような感覚に捕らわれる。
「ナスカを運ぶ行商人も領内に侵入したようです。恐らく、行方を眩ませていたインキュバスが同行しているものと‥‥」
「破滅の魔法陣は」
「紋様を浮かび上がらせております。恐らく、国内に於いて既に発動した破滅の魔法陣の影響かと‥‥」
 部屋の主は一瞬長い睫毛を悲しげに震わせたが、想いと決別するように瞳に強い意志の炎を宿らせた。
「領内にもデビルが頻繁に現れています。オウガ、貴方たちは領内のデビルたちの相手をしていただけますか」
「御意に」
 オウガと呼ばれた中央の男は頭を下げ言葉と共に命を受諾した旨を示す。それを確認し、部屋の主は唯一の女性へと視線を転じた。俯いた表情は濡れた様な長い黒髪に殆ど隠されているが、垣間見える面立ちも秀麗な眉目を思わせる。女王の名を冠された女性だと、見るものが見れば一目で解るだろう。
「ヴェロニカはパリに戻り私の名で冒険者ギルドへ依頼を。橋渡しは一任します‥‥間違っても破滅の魔法陣が発動しないように、領民にもそれ以外の方にも極力被害の無いようにお願いします」
「フィリーネ様のお心に沿うよう、力を尽くしますわ」
 顔上げたレジーナ・ヴェロニカは領主代理として采配を振るうフィリーネ・シュティールへ微笑んだ。
 水蠍へ私兵となることと引き換えに金銭的な支援をしていたのは誰あろうヴィルヘルム・シュティールその人だった。領主の突然の心変わりにより支援を打ち切られた後接触してきたのは夫の行動に不信感を抱いたフィリーネ・シュティール。この非常時、契約の通り水蠍はフィリーネの私兵として領内で忙しなく時には諜報活動を、時にはデビルの討伐を行っていた。
「よろしくお願いします。夫も、こんな事は望んでいないでしょうから‥‥」
 深々と頭を下げたフィリーネが顔を上げたとき、そこにいたはずの水蠍の頭目も幹部たちも姿を消していた。
 パチパチと暖炉で火の爆ぜる音だけが、そっと静寂を彩っていた。

 ──満月まで、あと1週間。


 数日後。シュティール領領主夫人フィリーネ・シュティールの名で冒険者ギルドへ掲示された依頼が3件あった。興味を示したのは‥‥興味を『示してしまった』のは他ならぬラクス・キャンリーゼ。手招きされ、エルフのギルド員リュナーティア・アイヴァンは諦めたようにラクスの招きに応じた。
「これって、俺が調べてたヤツだよな?」
「ええ、ラクスさんの調べていた『ビフロンス』というデビルです」
 掲げられた依頼の1つ。それは、他ならぬビフロンスの排除と破滅の魔法陣の破壊の依頼である。
「じゃあ、俺が受けないわけにはいかないだろう!!」
 無駄に胸を張るラクス・キャンリーゼ。無意味な勢いに乗ってしまった彼は、操り手の女性たちでも止めることはできまい。操り手でもできないことをギルド員リュナーティアに出来るはずもなく。
「病み上がりの身体では危険すぎると思いますが‥‥」
「そんなことはない! 仲間たちの見舞いと看病ですっかり本調子だ!!」
 ニカッと笑うラクス・キャンリーゼ。しかし、もし生命力を視認できる者がいたなら、ラクスの生命力が不自然に減少していることに気付いただろう。
 ──そう、ラクスは奪われた魂の一部を未だに取り戻していないのだ。
 アルジャーンの死体へ憑依していたビフロンス。ラクスの魂の欠片でもある白い玉は、恐らく‥‥まだ、ビフロンスの手元にあるのだろう。
 リュナーティアも、ラクス本人も知らないが‥‥魂が呼び合っている、ということなのかもしれない‥‥?

 そんな冒険者ギルドの様子を、少し離れた場所から眺める影が1つ。目差し帽を目深に被りパイソンと名付けた弓を持つハーフエルフの男だ。
「デビル相手となりゃ手伝わねぇわけにもいかねぇな」
 まるでそれが使命であるかのように呟くと、葉巻に火を点け、揺らめく煙越しに依頼を受ける冒険者たちを眺めるのだった──‥‥

●今回の参加者

 ea5254 マーヤー・プラトー(40歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 ea5380 マイ・グリン(22歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea7431 フィソス・テギア(29歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea8586 音無 影音(31歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea8988 テッド・クラウス(17歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 ea9128 ミィナ・コヅツミ(24歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ea9471 アール・ドイル(38歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ea9909 フィーナ・アクトラス(35歳・♀・クレリック・人間・フランク王国)
 eb0031 ルシファー・パニッシュメント(32歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)

●サポート参加者

ヴィグ・カノス(ea0294)/ ユリア・ミフィーラル(ea6337

●リプレイ本文

●魔法陣の刻限
 足となり長距離を走破した高速馬車に別れを告げると空はもう夕闇に包まれ始めていた。鈍い空の色は広がる雪雲の影響だろう、今にも降り出しそうな気配は冷たい風となってマイ・グリン(ea5380)の肌を痛めつけた。
「‥‥夕方から行動を開始して深夜に行われる儀式の阻止となると、時間的な余裕の無さから強行軍が確定しそうですね。‥‥長い夜になりそうです」
 珍しく身を震わせたマイ、その震えは寒さか、武者震いか、それとも森の何処からか放たれる異様な気配に本能が反応したものか──自分では解らなかった。併走させていた手入れの行き届いた2頭の軍馬、アリスとビリーまでも何処か落ち着かない所をみると、最後の可能性が高いような気もする。
「魔法陣は西南西の方向ですか‥‥荷物は邪魔になりますし、ここに置いてしまっても構わないですよね」
「こんな時に出る盗賊もいないだろうからね」
 テッド・クラウス(ea8988)の言葉にそう返したマーヤー・プラトー(ea5254)は、どうせ戻ってくるのは分かっているのだから置いていても問題は無いさ、と微笑を浮かべた。
「破滅の魔法陣‥‥‥か。許せないな‥‥」
 魔法陣を歓迎してしまいそうな印象の音無影音(ea8586)だが、どうやら使命感があるようでその眼差しは強い光を孕んでいた。ミィナ・コヅツミ(ea9128)も神の道を歩むものとしての使命感からか、大きく頷く。
「そうですよね。何が目的か知りませんが大量虐殺なんて、どんな理由があろうとしちゃいけませんよね‥‥」
「血の流れない大量殺戮なんて、情緒の無い事‥‥‥なんとしても、止めないと、ね‥‥‥」
「ええと‥‥‥とりあえず、止めるっていうのは共通目標ってことでー」
 どうやら二人の使命感には大きな差があるようである。馬車の中での発言といい、どうも影音は独特の感性があるようだとミィナも深く触れなかった。冒険者なんて変わり者ばかりだと世界をまたに架けるミィナは人一倍実感している。
「破滅の魔法陣‥‥発動すれば一体どれくらいの者が犠牲になるか想像もつかん。なんとしても阻止せねばならんな。我が命に代えても‥‥!」
 思いつめた表情で呟いたフィソス・テギア(ea7431)をフィーナ・アクトラス(ea9909)がぺしっと叩いた。僅かに驚きを表情に滲ませるフィソスへ、笑みを消したフィーナがぴっと指を突きつける。
「いつも通りに、ね? 力みすぎたら良い結果を招かないものよ」
 そしてにっこりと何時ものように微笑むフィーナ。ラクスの操り手の名の通り、彼を目の届く範囲においておくためラクス・キャンリーゼへとランタン、油、聖遺物箱を大事なものだと強調して預ける。どう見ても荷物持ちだろう、とルシファー・パニッシュメント(eb0031)は内心でせせら笑った。
 まあ、ラクスの管理をするため彼と共にいることで逸れたり迷ったりということが防がれ、結果的にフィーナも助けられていたのでお互い様と言ったところか。
「‥‥アールさん?」
 テッドが声を上げた。いつの間にか最後尾を歩いていたアール・ドイル(ea9471)の姿が見えなくなっていることに気付いたのは魔法陣が間近に迫り、ヴェロニカから陽動開始の連絡がテレパシーでミィナに届き、今にも開始される戦闘の準備のために魔法を詠唱しようとした時だった。見張りらしきインプを退治したときには、確か一緒に居たはずなのだが‥‥
「大方、道にでも迷ったんだろう。気にすることはない、奴のことだ、戦闘が始まれば何処からでも嗅ぎ付けて現れるだろうからな」
 どこか通じるものがあるのだろう、我が事のように語ったルシファーは気にかけずミミクリーの詠唱を開始した。
 そう、仲間一人の安否よりも優先しなければならないことが眼前に広がっているのだ──そう言い聞かせ、テッドも静かにオーラパワーの詠唱を開始した。

 そして──遠くで火の手が上がり、俄かに魔法陣付近が騒がしくなった。


●魔法陣に与した者
 大地に刻み付けられた破滅の魔法陣は、その名称や効力を思わせぬ月光色の輝きをほんのりと放っていた。直径は少なく見積もって20mはあろうという大きさ。その魔法陣も、描かれたというよりは──大地に降り注いだ月光がそのキャパシティを越え、大地から滲み出してきたと言った方が近いかもしれない。中心にはその輝きを集約したような、小さな月のようなオーブが姿を見せていた。
 否、月の光というには禍々しすぎた。傍らに立ち何か呪文のようなものを口にしているシュティール領領主ヴィルヘルム・シュティールが影響を与えているのだろう事は想像に難くない。
 ヴィルヘルムの他には、ズゥンビと思しきアンデッドが10体。インプが8体。ただし、これは目視できる数なのであてにはならない。

 ──今だ!

 全ての視線が自分たちの方向から逸れたとき、先陣を切ってマーヤーが飛び出した!!

 ──ギィン!!

 そのアルマスを受け止めたのは、鬼面を着けた体格の良い男。短く刈り込まれたその白い髪、防御をも捨てぬその重装備‥‥どちらも見覚えがあった。
「アール!?」
「そんな奴ぁ知らねぇな」
「でも‥‥どこから見てもバレバレだから、それ」
 影音が薄い唇を歪めた。当然のように群がるインプやズゥンビへ月露を向ける。血は流れないが、斬らないよりは斬る方が良い。血が見たければ自分の血を見れば良いだけだ。
「影音さん、退いてっ!」
「──え?」
 反応の遅れた影音を巻き込み、1つの壷に纏められた清らかな聖水が盛大に魔法陣へぶちまけられた!! 影音やアールとは違う意味で独特の感性を持つフィーナの行動だ。
「‥‥馬車の中でやってたの、このため‥‥?」
 ミミクリーで伸ばした腕で反動をつけ飛ばした聖水は飛距離を伸ばし、巻き込んだ影音から一直線にビフロンスまで伸びた。聖水によって形成されたズゥンビの立ち入れない空間を抜け、領主の懐へ飛び込んだ!

 ──ギィィン!

「何故邪魔をするんだ!! 退いてくれ!」
「うぜぇな」
 命のかからない戦闘などラクス相手の模擬戦と大差はない。狂化するほどの緊張感を味わうでもなく、至極冷静に握った剣を振るう。ラージクレイモアの重さを利用した一撃はライトシールドを容易く粉砕した!
「ほう、我が側に付くか、面白い。しかし『アルマス』に『月露』、『トデス・スクリー』‥‥ずいぶんと豪勢に揃えたものだな」
 狙い済ました鋭い一撃に肉体が破損したが2撃目は通じず、エボリューションを使用された事を悟った。
「‥‥でも、時間切れを待てばいいだけだから、ね‥‥」
「耐えることが出来ればな。だが‥‥」
 至近距離の影音を蹴り飛ばし強引に間合いを取ると優雅にロングソードを振るう。そのダメージは同じ型の剣より明らかに甚大で──
「魔法剣を持っているのが自分たちだけだとは思わないことだ」
「一人で抱えるな、影音殿。神は私たちを見捨てはしない」
 同じ道を抜けたフィソスが領主へシルバーダガーを振るう! 同時に後方からルシファーの変幻自在な腕が間合いを無視した攻撃を仕掛ける!! 回復をポーションに頼る以上、複数の人数で戦うことは必須事項だった。
 しかし、格下と見た相手の足掻きににやりと笑った領主は、しかしフィソスよりも確かに戦場を把握していた。
「ぐはっ!!」
 防御一辺倒になっていたマーヤーはほぼ運だけで鍔迫り合いを制され転倒し、無防備な彼へアールの無造作な一撃は重傷を与えた。2撃目は飛来しアールの腕に突き立った矢が逸らしたが、堪らずテッドが飛び出す!
「ラクスさん、皆さんをお願いします!」
 武器を破壊されるリスクを押し、マイ、ミィナ、フィーナという後衛をラクスと確実に戦場に身を潜めているディック・ダイ(ez0085)に託したテッド。領主、アールの力量は共に自分たちに軽くはない一撃を与える‥‥そう悟ったとき、アールを初めて敵として認識した。


●破滅の魔法陣、その誘惑
 その変化に先ず気付いたのは前線から一歩引いていたルシファーだった。
「魔法陣が血に染まる、か」
 月光色だった魔法陣は流れた血を吸い、徐々に紅に染まりつつあった。唯一清らかな色を保ったオーブも、しかし急速に紅に染まってゆく。その元凶は‥‥
「ラクスさん!!」
 武器を折られたテッドの前に身を投げ出し、アールの兇刃を身を以って防いだラクスだった。ある意味では純粋、いつかそう言った影音の言葉は正鵠を射ていた。清らかであるに越したことはなかろうが、発動させるだけであれば純粋な魂であれば良い。
 しかし重要なのは魂の欠けたラクスにとってその一撃は確かに致命傷であり、破滅の魔法陣が動き出したということ。溢れる禍々しい気配に中てられ、恐慌を来たした軍馬が森へ逃げ出した。
「‥‥スクロールっ」
「こっちを使え」
 愛馬の行動に一瞬気を取られたマイが慌ててストーンのスクロールを取り出すと、いつの間にか姿を現したディックがアイスコフィンのスクロールを手渡した。頷き読み解くマイの魔力を糧に、ラクスの身体が氷の棺に封じられてゆく。この氷が解けるまでに魂を取り戻せばラクスの命が失われることはない。
「発動中の魔法陣の影響か? 発動し易くなっているのか‥‥ふふ、面白い」
 北東のパリ付近に1つ、南西に数個、発動中の魔法陣がある。
「ディック、どうなってやがる」
「この地は月道が開く要件を兼ね揃えているらしい。恐らく、魔法陣は精霊力を増幅し生贄を使って捻じ曲げるためのもんだろうな」
 視界のズゥンビたちを紅の瞳で睨むミィナに小さく応じるディック。発動すれば森の精霊をも喰らい威力を増し、数日でシュティール領を飲み込むだろう。そして、発動の鍵は差し込まれた。ラクスが死ねば、動き始める。
「なら、てめぇはもう用済みだ」
 俄かに歩み寄ったアールが領主へとラージクレイモアを叩き付けた!!
「貴様、何をッ!」
 無言で振られる第2撃。魔力を帯びぬ武器はビフロンスを傷つけることは無かったが──しかし遺体は別だ。領主の遺体は確かなダメージを与えられ、右腕ごと武器がぼたりと地に落ちる。
「アール、貴様どういうつもりだ、何がしたい」
「神を消す。それが俺の目的だ。世界を壊してきゃ姿でも現すんじゃねぇかと思ってな」
 何の感慨もなく吐かれた言葉は尋ねたルシファーを、そしてポーションを嚥下する影音を揺さぶった。

 ──秩序の無い世界、実力がモノを言う世界。なんと甘美な響きか。
 ──神に血は流れているのか。それは温かいのか、赤いのか。

「理由なんざこの世界が嫌いだっつうだけで十分だろ」
 しかし、だからといってデビルの好きにさせる気もなかった。アールにとってはそれが全てで、さらに武器を振り翳した!
「くっ!」
 領主の輪郭がぶれ、巨大な頭が浮び上がった。3mはあるだろう、巨大な人間の頭。そして本体についてならば、先日、嫌というほど調べ上げた。
「ビフロンス本体は領主の剣術も知識も持っていない、攻撃するなら今だ!」
 フィソスの声と同時に投じられたフィーナのブレーメンアックスがビフロンスの眉間にクリーンヒット!
 宙に浮く敵だろうと気にせずミミクリーの掛かった腕を伸ばし攻撃を仕掛ける。ロングソードの代わりにたいまつにオーラパワーを付し、ソードボンバーを放つテッド。投じられたマイのダガーが、歪な瞳を抉る。
 ほうほうの態で現れたインプにナスカ、アルジャーン双方の身体を奪還されたことを告げられたビフロンスは張ったカオスフィールドをアールに破壊され、影音へのフォースコマンドは自刃で破られ、レジストゴッド・トランスフォーム・エボリューションは3度に1度程の率でミィナのニュートラルマジックで解除され‥‥打つ手も無く、マーヤーのアルマスに打ち落とされた。
 アールにとっては残念なことに、オーブに魂を融合させるためにはデビルの存在が不可欠であったようで‥‥ビフロンスが消滅すると同時に、融合していたラクスの魂が分離した。
 依然紅のままの魔法陣を前にし、フィソスは眉間にしわを寄せた。
「効果があるかは知れぬが‥‥。慈悲深きセーラ様、精霊の棲むこの地を‥‥要となるこの魔法陣の穢れを祓い給え」
 ピュアリファイの詠唱を込めた祈りはセーラに通じたのだろうか。
 舞い始めた粉雪を吸い込むように、紅の魔法陣はその色を薄め──‥‥

 満月が姿を消すと同時に、その輝きを消した。


●一時の別れ
 高速馬車に揺られた往路とはうって変わり、揺るがぬ大地を踏みしめて王都パリへ静かな凱旋を果たした。
 陽光を浴び、けれど毎日変わらぬその光景に溶け込むべく、ディックが数歩離れて片手を上げた。
「じゃあな」
「今回はありがとうございました」
 依頼とは無関係に戦いに加わったディック。デビルの脅威がマント領にすら見え隠れしない頃から、怪盗一味は密やかにデビルを追っていた──経験から来る彼の深い造詣とパイソンの確かな射撃には何度助けられただろう。丁寧に頭を下げて礼を述べたミィナは、よいしょっと大きな荷物の中から取り出した月道チケット4枚と高級葉巻き、そして日本酒・どぶろくをディックに手渡した。
「心ばかりですが、これ、良ければ一味の皆さんにどうぞ。ジャパンのお酒、お口に合えば良いですが‥‥」
「お、高級葉巻か。ありがてぇ、遠慮はしないぜ?」
 受け取った葉巻を早速咥え、口元にニヒルな笑みを浮かべるディック。そんな彼に、背伸びしたミィナがキスをした──といっても頬にだが。
「な‥‥っ!」
「いつかまたお会いできる事を祈ってます♪ それから‥‥いつまでもそんな格好してて、風邪ひいたりしないでくださいね?」
「チッ、どいつもこいつも‥‥」
 忌々しげに舌打ちしたその姿が雑踏へと歩き出していく。扇状にしたチケットを天にかざしてひらひらと振った浅黒い肌の男の姿は、やがて人波に飲まれて視界から消えていった。
 後に残るのはパリの日常そのものの光景で──‥‥
「この光景を守れて良かった‥‥」
 そう呟いて、フィソスは穏やかな笑みを零した。他愛もない日常──何よりも愛しいそれを守るためならば幾度でも剣を振るうことを、ありふれた雑踏に誓った。
「流石に疲れたね。この剣にもずいぶんと助けられた‥‥鍛え直してあげないといけないかな」
 刃毀れしたアルマスを手に肩を竦めたマーヤーは軽く息を漏らした。そんなマーヤーを見上げたフィーナも大きく頷いた。
「この事件を追い始めた頃はこんな大事になるとは思ってもみなかったけど‥‥これで、終わりになりそうね」
「いや、勝負はこれからかもしれないよ? まだ、祝杯を挙げなければならないからね」
「ああ、そうだ! ラクスさん、今度は僕とも模擬戦してみませんか?」
「いつでも受けて立ってや‥‥」

 ──ぐぅう〜

 ラクスの返事を遮って、祝杯を求めたフィーナの腹の虫が勝ち鬨の声を上げた。