【水戸城解放】戦局之壱

■シリーズシナリオ


担当:やなぎきいち

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:6 G 22 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:04月19日〜04月29日

リプレイ公開日:2006年05月03日

●オープニング

●水戸解放軍
 江戸より北東に位置する水戸は、源徳家康の兄弟頼房が封じられた地である。奥州藤原氏への牽制という意味も含め源徳に連なる者が配されたのは、少々政情に興味のある者であれば考えの至る処であろう。
 その地が突如出現した黄泉の軍勢に蹂躙されたのは、おおよそ半年前の事である。
 北方より攻め入り、水戸藩の北に位置する霊峰御岩山を取り囲みそのまま南下、そして水戸藩の政治行政商業全ての面での中心であった水戸城を瞬く間に攻め落とした。
 水戸を覆うゆるりとした風土は弱者を助け強者を挫くという理想論を地で行くものであったため、一般人への被害は少なかった。水戸城主源徳頼房が無為に抵抗することよりも人々を救う道を選んだためだ。結果、早々に落城、源徳頼房と腹心本多忠勝は生死不明。御庭番として頼房の子息光圀を守護していた雲野十兵衛もまた生死不明と相成った。
 現在水戸城は関東に於ける黄泉の軍勢の駐留地として機能しており、少数の生存者が江戸への侵攻を阻止しているような状況である。当然彼らへの支援者は少なくなく、黄泉の軍勢は彼ら──名称がなければ少々扱い辛い故、この場では仮に水戸解放軍と呼ぶが──水戸解放軍の本拠地を探り当てることも出来ず、ただただ膠着状態が続いている。
 水戸解放軍の主な構成員は水戸の君主に連なる面々である。双翼を為すのは闘将本多忠勝が腹心渡辺則綱と、御庭番二代目頭目慧雪。そして旗印として担ぎ上げられているのは水戸君主が子息、光圀である。
「──いつまでも守りの姿勢だけでは駄目だと思うのです」
 その朝、光圀は則綱と慧雪を手元へ呼び、そう切り出した。もちろん、黄泉の軍勢への姿勢の話である。
「恐れながら光圀様。我らの手勢は決して多くはありませぬ。その上、黄泉の軍勢や魔物の跳梁を防ぐため各地へと分散してしまっております。呼び戻せば民草への被害は甚大なものになるかと心得ますが」
「わかっているよ、則綱。御庭番‥‥慧雪の部下も私の護衛の任にある春日以外はここにいることの方が少ない。そうだろう」
「御意に」
 言葉少なに頭を垂れる慧雪。
「費用がばかにならないことは解っているけれど、冒険者の手を借りようと思う」
「なりませぬ! 確かに彼らの戦力は侮れぬものがありますが、この事態は張り詰めた蜘蛛の糸のようなもの。どこの馬の骨とも知れぬ者の手を借りられぬほどの余裕はありませぬ」
「けれど則綱殿。その烏合の衆の手を借りねば我らの戦力は何れ尽きよう。光圀様のお言葉にも確かに一理あると思われるが、どうか」
 慧雪の言葉が慧雪より僅かに年長であろう則綱の眉間に深い皺を刻ませる。則綱は隠密部隊である御庭番と実働部隊である自分の部下の比率を単純に比較し、そして憂いの滲んだ瞳を閉じた。先頭に立つ彼らの数は水戸藩に対してあまりに少ない──皮肉なことに、確実を期したい則綱が誰よりも正確にその事実を把握しているのだった。
「死霊の軍勢は人々の細やかな幸せすら踏み躙る。今の水戸には僕‥‥私のように親とはぐれた子が多いのも知っているよ」
 人も、動物も。守られるべき幼子が守られる、そんな平和が父の望みでもあった。親とはぐれた白い子供。確かに心を繋いだ小さな家族を想い、光圀は自ら旗印となることを決意した。
「これから僕たちは雪狼軍と名乗り、水戸から黄泉を排除する!」
 そして光圀が提案したのは。
 人々の心の支えとなるべき水戸城を奪還することであった。


●水戸城
 問題の水戸城は水戸藩の中心に在る。
 北は那珂川、南は仙波湖、東は崖という台地上に位置し、五重の堀が外周を廻る城である。天守はなく質素な造りの城は水戸の気風を大いに現しているといえよう。しかし、東西一里十二町にも及ぶ広大な敷地はやはり源徳の威光を感じさせるものである。
 本丸、二の丸、三の丸という構成そのものは他の城郭と変わることはない。三の丸の城下に広がる町が城下町である。
 水戸城近辺はどこで、何が黄泉人と通じているかも知れず、雪狼軍の者たちも迂闊に近付くのを避けているのが現状である。先ずは水戸城及び城下の様子を調べねば動くことも適わぬのだ。雪狼軍は真実、数日前までは黄泉人へ対抗する地下組織にすぎなかった。現在も状況は変わっていない。つまり、こちらの情報は1つでも多く守り抜きたい──それが光圀や則綱の偽らざる本心であろう。
「ならば光圀様、先ずは冒険者に水戸城や水戸城下の情報を偵察していただくのはいかがでしょう。信頼に足るものであれば、その役目見事果たしてまいりましょう。さすれば則綱殿にも信頼していただけようもの」
 ちらりと則綱を見遣る。これほどに饒舌な慧雪は初めて見る、やる気を出してくれたようだと光圀は幼い表情を綻ばせた。渋い表情を浮かべていた則綱も、この案には不承不承頷いた。
 どちらにしても城や城下の情報は必要であり、雪狼軍の手は少なすぎる。元より信用していないのだから、失敗しても則綱にとっては当然のこと──成功すれば僥倖といえよう。そして何より、冒険者というものが信用に足るのであれば雪狼軍の大きな戦力となる。光圀の身を守る手立てさえあれば、則綱にとって全く問題はないのだ。
 そして、慧雪に限って光圀の周囲へ護衛を配さないなどという愚を犯すはずがなかった。

 こうして、隠密裏に冒険者ギルドへ依頼が運ばれたのである。
 決して口外してはならぬという条件を附して──‥‥

●今回の参加者

 ea0508 ミケイト・ニシーネ(31歳・♀・レンジャー・パラ・イスパニア王国)
 ea0548 闇目 幻十郎(44歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea3869 シェアト・レフロージュ(24歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea4492 飛鳥 祐之心(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea6764 山下 剣清(45歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea6855 エスト・エストリア(21歳・♀・志士・エルフ・ノルマン王国)
 ea7123 安積 直衡(38歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb2413 聰 暁竜(40歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)

●サポート参加者

ミフティア・カレンズ(ea0214

●リプレイ本文

●旅芸人一座
 旅芸人の一座が水戸の地に踏み入れた。
 歌物語の綴り手、月銀のシェアト・レフロージュ(ea3869)を中心とした旅芸人──を装った冒険者である。
「気の休まる間がありませんね」
 水戸と称される地へ踏み込んで以来、魔物との接触が増えている。不死者にこそ全くといって良いほど遭遇しないが、正直、唯一つ気の休まる集落での一時を旅芸人一座としての仕事に費やさねばならないのは疲労の点から考えると辛いものがある。
「でも、これが現状でできる精一杯ですぅ。休めるときにしっかり休んでおけばいいのです〜♪ だから、シェアトさんも! きちんと休んでくださいねぇ?」
 薬草使いに扮したエスト・エストリア(ea6855)が労いの言葉を掛けるのを見計らったかのように闇目幻十郎(ea0548)が宿へ戻った。
「やれやれ、子供たちの相手というのも疲れるものだな」
 軽業師という目立つ職に扮したためか、道中、子供たちに取り囲まれてばかりの闇目は最も消耗が激しいようだ。とは言っても、眠りが深くなっている程度で行動に支障は無いようである。
「なんや、芸人が思っとったより少のうなってしもたしな〜」
 弓の手入れをする手を止め、ミケイト・ニシーネ(ea0508)が笑う。心得の無い手品で旅芸人に扮するには無理があったため、急遽闇目の相棒の弓使いに演目を変えたのだ。アネゴ肌できっぷの良いミケイトは上方の言葉と相俟って、こちらもまた子供の格好の標的となっていた。
「俺、いや、私も何か芸があれば良かったのですけれど‥‥申し訳ありません」
 馬鹿丁寧に話すのは護衛を選んだ飛鳥祐之心(ea4492)、畳に頭を擦り付ける辺り馬鹿丁寧にも程がある。
「責めたわけやないし、気にせんでええよ。結構楽しんどるねん」
「き、気を遣わせるつもりでは‥‥す、すすすみませんっ」
 再び頭を擦り付ける飛鳥を見兼ね、山下剣清(ea6764)は軽く息を吐くと肩を叩いた。
「度も過ぎれば礼を失する。その程度にしておけ」
 そんなやりとりをもう一度繰り返し、飛鳥は漸く顔を上げる。彼にとって何より負担になるのは女性といることなのだろうか。寧ろ女性と語ることに安らぎを見出す山下とは別の種類の人間のようである。
「しかし、明日は城下に到着する。旅芸人としての立ち居振る舞いも重要だろうが、本来の目的を忘れぬようにせねば」
 唯一人疲れ知らずであるのは常日頃から健康に人一倍気を配っている安積直衡(ea7123)、シェアトが簡単に記した水戸城周辺の地図に目を落とす。この地図も、今回の以来終了後に古賀へ預けることになっている。簡易なものとはいえ城内の見取り図が藩外に渡ることを嫌ったようだ。
「常に行動を共にすること、それだけは忘れないように」
 敵の巣窟、関東における黄泉人の総本山──そう認識している聰暁竜(eb2413)はくれぐれもと念を押した。今までがいかに連戦であったとはいえ、問題はこれからなのだから‥‥


●潜入、水戸城下
 まずは城下を歩く。
「問題は生存者がいるのかどうかだな‥‥」
 そう懸念していた聰は拍子抜けする。それもそのはず──城下町には一般人が溢れ、日常生活を営んでいるのだから。
 最も、確かに考えてみれば古賀は城下の人々が皆殺しになったとは一言も口にしていない。
 しかし、生存者から情報を聞き出そうにも生存者で溢れているとなれば話は別である、闇雲に聞き込みをするわけにもいかぬし、当てずっぽうでテレパシーを送るわけにもいかないのだから。
「何故人々を生かしておくのか、それすら我々には判りませぬ」
 これが黄泉人に蹂躙された京都の地であったのであれば何か手がかりが在るのやもしれぬが、現在の水戸ではその理由を探ることもままならぬ。魔物に対して知識を有するミケイトと闇目にしてみても、その知識は未だ浅きもの──ただでさえ不死生物に対しての知識は一般に出回るものではない、その道の専門家にでも尋ねねば詳細を探り当てることもできぬだろう。
「懸念しなければいけないことは、人々が黄泉人の下での生活に慣れ始めていることでしょうか‥‥」
 囁くように小さく告げるシェアトの言葉に、エストも同意する。
「確かに、人間の順応力は高いです〜。不死者たる黄泉人の下であっても、虐殺も無く半年も生活を続ければ慣れてしまうことも考えられますねぇ」
「そして、黄泉人の統治に慣れた領民が水戸の正当な御領主を忘れてしまうことも」
 安積の言葉に一同は身を硬くする。確かに、見張りと思しき黄泉人の姿を目撃することはできず、傍目には雁字搦めの統治をしているようには思えない。そのような状態で統治が浸透してしまえば、領主の交代は反発を招くばかりであろう。解放軍に残された猶予は、少ない。
「黄泉人と頼房殿を一緒にするな! ‥‥城下も、以前はもっと活気あふれる土地であったのだ‥‥」
「現実を見ろ。全てはそこからだ」
 その冷たく突き刺さり、古賀も真一文字に口を噤む。
「この纏わり付く様な空気がわからぬとは‥‥其れほどまでに飼い馴らされているということか」
 腐臭が混じっているわけではない。けれど腐敗した遺体を思わせるねっとりとした空気は、聰をはじめ冒険者たちの肌を粟立たせ息苦しいような錯覚に陥らせている。
「問題は他にもあるぜ」
 飛鳥の言葉に山下が振り返る。シェアトたちが芸を疲労している間、そういえば何やら観客と言葉を交わしていた。離れて警戒しているのかと思っていたが、どうやら情報収集をしていたようだ。──どうせ話すなら女性と話せば良いものを。
「飛鳥、何か判ったのか?」
「──どうやら、一般人の中に黄泉人の側に付いている人間がいるようだ」
「裏切り者が!?」
「古賀、気持ちは汲まんでもないが落ち着け。飛鳥、人物の特定は?」
「警戒されずに聞き出す自信がなくてな、残念ながらそこまでだ」
「恐らく、生き延びるための命綱がほしかったのですね‥‥そうすることで理性を保とうとしたのかもしれません」
 人々の心を想い、悲しげに睫を振るわせるシェアト。たおやかな歌姫の優しい心は、人々の弱い心を責めることはしない──ただ、斯様にもか弱く愛しい皆の心を守りたいと祈り願うだけ。
「旅芸人を歓迎する心は失くしてないようやしな」
 観客を逆に観察していたミケイトは人々の心に脈々と通う暖かい心に気付いていた。
 忘れていただけかもしれない心を呼び覚ましたと考えれば、旅芸人一座に扮してきた疲れも消し飛ぶというものだ。
「中にはちっとくらい本心から寝返った奴もおるかもしれんけど、そういう輩は古賀はんとお仲間はんに突き出せばええだけやしな」
「そうですぅ。それに、水戸城解放の後に待つのは、復興なのですよ〜。私たちの頑張りがきっと藩の皆さんの気持ちを動かすと信じましょう〜♪」
 ──心を動かすのは心と、誠意ある行動だけなのだから。


●進入、水戸城内
 ──ピチャン‥‥

 先頭を行く安積の額が水に濡れる。

 ──ピチャン‥‥

 暗い地下道を照らす微かな灯りはシェアトの掲げるランタン一つ。地図は水に触れるのを懸念し一時的にバックパックへと仕舞い込んだ。
「流石に5重の堀を潜るだけのことはあるな」
 所々敷かれた石が水に濡れ滑りやすい足元に気を配りながら数百メートルも歩けば水戸城の二ノ丸敷地内の一角に辿り着く。
「古賀殿、城はどちらか」
「ここから十八町ほども進めば」
「あの〜、十八町ってどれくらいなのでしょうか〜?」
「ああ、欧州でいうところの2キロメートルだな」
「‥‥大きなお城ですねぇ」
 城の敷地内、二ノ丸と三ノ丸には武士たちの屋敷も立ち並ぶ。西洋の城や城下町とはだいぶ趣が違い、エストは目を瞬いた。
「今後、会話は出来るだけテレパシーで行うようにしましょう〜。シェアトさんと私でテレパシーを使用しますので〜」
 対象を変える度に詠唱をし直さねばならないのは厳しいが、安全を優先することとした。
「本丸への壁は越えるぞ」
 登攀に秀でた聰のかけた縄梯子を使用し、門を抜ける危険を避ける。
 本丸内に植えられた松林を十数分も歩けば、質素な本丸が見えてきた。
 誰かが息を呑む音が何故か大きく耳に届いた。

   ◆

 ──‥‥城下に出ない分、ここに溜まっているようだな。
 山下の声がエストの脳裏に響く。対象が一人というのは何と不便なことだろうか‥‥分隊どうしの連絡を取るというのであればこの上なく便利であるというのに。
『古賀殿、大丈夫か? 辛ければ隠し通路まで戻っていて構わない』
『問題ない‥‥』
 愛した場所が蹂躙されているという事実に胃を抑える古賀へ、テレパシーを待てず小声で語りかける安積。どの部屋にもアンデッドが溢れ、美しかったはずの畳も襖も何もかもが腐敗した体液や腐肉で汚され、顕現した地獄という有様である。
 ──生存者がいる。
 シェアトの脳裏に闇目の声が響いた。気配を消すことに秀でたミケイトと忍者である闇目と2人で地下牢に足を運んでいたのだ。
 ──ミケイトの『石の中の蝶』には反応がない、デビルではないらしいが‥‥本物の人間かどうか判別しかねる。
 ──わかりました、直ぐに伺います。
 広げた簡易見取り図の地下牢に矢印を引き、『生存者?』と走り書きする。それだけで何のことか判ってくれたようで、もう一人気配を消す手段に長けた飛鳥がシェアトをエスコートして地下へと進むこととなった。
 ポン、と肩を叩いて健闘を祈る山下に啖呵を切ろうとして慌てた安積に口を塞がれるという一幕もあったが、何とか地下へと足を踏み入れた。

   ◆

 ──声は出さないでください。私は水戸城の調査を依頼された冒険者です‥‥拘束されているのですか?
 ──そうだ。
 ──古賀、というお侍様をご存知でしょうか?
 ──古賀? ならばお前たちの雇い人は古賀なのか──いや、古賀はそこまで独自に動かぬな。頼房様か光圀様がご存命であるということだな?
 ──失礼ですが、貴方のお名前をお聞かせ願えますか?
 ──本多忠勝と申す。美しき声の女人。
 本多忠勝といえば、水戸藩主源徳頼房の腹心と謡われる人物である。常勝の象徴とされた武将は、拘束されながらも、その瞳から輝きを失うことはない。
 本物であると判断し牢の格子越しに小声で語りかける飛鳥。その目には乾きこびり付いた褐色の血が映り、大きく斬られた腹部に乱雑に巻かれた薄汚い布も痛々しい。
『今は騒ぎを起こしたくありません、怪我を回復させることも出来ぬこと、お許しいただきたい』
『構わぬ、頼房様や光圀様の枷となる気は無い。我は死なぬ、必ず生きて御許に馳せ参じますると‥‥伝えてくれ』
『その言葉、確かに。本多殿、生きてください──水戸様のために』
 にやりと不適に歪んだ口元に溢れる生気を滲ませた本多に深く頷く。
 ──シェアトさん、戻ってください〜! み、見つかってしまったみたいですぅ!
 ──エストさん、落ち着いてください。すぐに戻りますので‥‥
『あちらの方々が見つかってしまったようです、戻りましょう』
 足音を忍ばせながら合流を図った──戦闘ともなればこの情報収集も失敗となってしまう。
 本多に目礼を残し、その場を去った。


●江戸に戻りて‥‥
「今回の結果は、全て報告させていただく。その上で信頼に足ると判断されれば‥‥再びこちらから連絡を取らせていただくことになろう」
 自分たちに出来ることは全てしたのだ、とエストは自分を落ち着かせる。結局、ウォールホールで土壁を抜け二ノ丸へ飛び出し、水戸の血に連なる者に目通りすることも適わぬままに江戸へと舞い戻ることとなってしまった。
「しかし、本多殿がご存命だったとは‥‥皆喜びます」
 全ての情報の書き込まれた見取り図を手渡し、今回の依頼は終了である。
「今回の件に関しては口外無用だ、それだけを守ってもらえれば恐らくは再び世話になることだろう」
「闇目幻十郎、ギルドの召請とあればいつでも馳せ参じましょう」
「頼む」
 水戸の外れでそのような言葉を交わし、古賀は冒険者と袂を分かつ。
 そして更に丸一日も歩いたところで活気の溢れた江戸の町並みが見えてきて‥‥そしてシェアトの耳に小さな声が届いた。

 ──にゃあ‥‥

 出迎えたのは友人に預けてきたはずのシェアトのペットたちである。
「イチゴ、プラムまで、どうしてこんなところに‥‥ミフさんにきちんと預けてきたはずなのに」

 ──まっかせて☆ シェアトのイチゴとプラムはちゃんと棲家で預かっておくから!

 そう言ってくれた友人のことは信頼している。けれど、都合が付かなくなった可能性も皆無ではない。
「寂しくなって抜け出してきたんと違うん? 主人にしか懐かん子も多いしな」
「そうでしょうか‥‥でも、無事で良かったです」
 プラムをぎゅっと抱きしめると、その細腕でイチゴを抱き上げ、江戸へと歩き始めた。

 ──ほんのひと時、日常に舞い戻るために‥‥