【水戸城解放】戦局之屍

■シリーズシナリオ


担当:やなぎきいち

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:5 G 39 C

参加人数:10人

サポート参加人数:3人

冒険期間:07月20日〜07月28日

リプレイ公開日:2006年07月30日

●オープニング

●水戸城天守
 ──ゴーン‥‥
 ──ゴーン‥‥

 遠くで響く弔いの鐘の音色が、夕刻を重厚に彩る。
 取り戻した城は腐肉や骨、或いは皮や腐汁が至る所を穢し、腐臭が篭り、とても人の居る場所ではなかった。
 けれども、そこに居るということが人の心の支えになる‥‥そのためだけに二代目水戸藩主光圀は水戸城を出ることを頑として拒み、民に身を窶(やつ)して耐え忍んでいた奥女中や三の丸に居を構える侍の母娘等が汗水垂らして清め、どうしようもない襖や畳、屏風などは取り外し、実に、そして今までに輪をかけて簡素な城となったものの、なんとか人の居られる場所となった。襖や何百という畳等は解放された者たちが精魂混めてこしらえている最中であるが、一月もせずにまた質素ながらも上品な水戸城が見られることだろう。
「城主としての最初の仕事は、城の大掃除ですね」
 そう苦笑した若君の傍らには相変わらず、姿は見えずとも必ず御庭番・春日が付き従っている。そして闘将本田忠勝が戻ってからは、常に某かの武人の姿も光圀と共に在るようになった。万が一のことがあってはならないと考えているのか、それとも光圀を守りきれなかった先代・頼房と重ねているのか、周囲の者には測りかねた。しかし、多くの者が散ったことも、雪狼軍として戦っていた時より多くの目に晒されている事も事実で、大げさだと笑い飛ばすものは皆無であった。
「死者27名か‥‥戦の規模を思えば軽易な被害でございましょうな」
「散った命に経緯も何もないです、忠勝殿。しかも、その数字には御庭番が含まれていませんよね?」
「光圀様。威厳を持たずば軽んじられますぞ」
 部下に敬語を使うなと嗜める。闘将忠勝の仕事ではないだろうが、他に注進するものもない。人材の登用は大きな課題であろう。
「はい‥‥いや、そうだな。御庭番の被害状況はどうだ」
 頭目慧雪、そして光圀の護衛春日。その他に4名ほど戦線に加わっていたはずだと光圀は慧雪に答えを求める。
「4名中、2名が。1名は怪我が酷く、忍としてお役に立つことはできませぬ」
「では、1名か‥‥」
「某を城内から脱出させた2名は」
「混乱の最中に」
 芝居掛かった所作で視線を伏せる慧雪に、ふん、と鼻を鳴らす忠勝。二人の態度に、光圀は小さな溜息を零す。渡辺則綱と慧雪の折り合いも悪かったが、忠勝と慧雪はそれ以上のようだ。救いを求めるように見遣った春日は氷壁のように取り付く島もない。雲野十兵衛と忠勝はさほど付き合いの悪いこともなかったのだ。それを証すように、春日と忠勝は比較的巧くやっている。
「そう言えば。忠勝、結局あれはどうするつもりなのだ?」
「冒険者、不死人を問わず、使用した形跡のある箇所は全て埋めてしまおうかと」
「そうか‥‥」
 数々の抜け道のことを話題にしているようだ。先日新たに連れて来られた冒険者の一人はどこか信用し切れぬものがあった。忠勝の口を借りれば、忍の胡散臭さとは違う子供の厄介さ、とでも言うべきか。隠しおかねばならぬ事実もあるということをいまいち認識しきれていない、そんな印象を受ける人物だ。冒険者に明かしておく機密は少ないに越したことはない。
 彼の存在は、慧雪にとって嬉しい誤算だった。
「慧雪が抜け道を全て明かさなかったのは、それを懸念していたのか。見習わねばならないな」
「ありがたきお言葉」
 恭しく下げたる頭に、二人分の冷ややかな視線が注がれていた。


●冒険者の酒場
「お届けものだよー☆」
 関わりのあった冒険者の手元に、シフール飛脚によるシフール便が届けられた。中に記されていた内容は、大きく分けて二つ。
 1つは、水戸城二の丸の一角に先達ての戦で命を落とした者たち、そして不死人たちを弔う塚を立てる事となった報せ。
 もう1つは、弔いと戦勝の祝いを兼ねたささやかな宴への招待。

 全てが終わったのだ、と、その文面を見て思う。
 反面──まだ終わらぬと、死者が騙りかけてくるような気がしていた。

●今回の参加者

 ea0508 ミケイト・ニシーネ(31歳・♀・レンジャー・パラ・イスパニア王国)
 ea3225 七神 斗織(26歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 ea3869 シェアト・レフロージュ(24歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea3947 双海 一刃(30歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea4492 飛鳥 祐之心(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea6855 エスト・エストリア(21歳・♀・志士・エルフ・ノルマン王国)
 ea7123 安積 直衡(38歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea9028 マハラ・フィー(26歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・インドゥーラ国)
 ea9342 ユキ・ヤツシロ(16歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・フランク王国)
 ea9711 アフラム・ワーティー(41歳・♂・ナイト・パラ・ノルマン王国)

●サポート参加者

アルバ・シャーレオ(ea8003)/ 天風 誠志郎(ea8191)/ 火射 半十郎(eb3241

●リプレイ本文

●其は祝いか弔いか
 ミケイト・ニシーネ(ea0508)とアフラム・ワーティー(ea9711)の息のあった手品に歓声が上がる。事前に訓練でもしたというのだろうか、二人の連携は何だか妙にスムーズだった。ロープ使った抜け縄を披露したり、切った筈のロープが切れてない、金貨が手から消えたり茶碗を通り抜けたり、などというまことに手品と言うべきものである。
 一方、宴の席でも酒を辞退し、傷を見て回るのは七神斗織(ea3225)である。
「皆様、怪我の具合は如何ですか?」
 水戸城を解放するため、共に戦った水戸の武人たち。彼らの記憶に医師である斗織はまだ鮮明に焼きついていた。
「だいぶ癒えたぜ」
「日々、無理をされていませんか? 怪我の回復が遅いようですけれど」
 図星を指され頭を掻く武人へユキ・ヤツシロ(ea9342)を紹介する斗織。
「先日とは別の司祭様ですけれど優秀な方ですから、回復魔法をお受けになってくださいね」
「あ、あの‥‥不束者ですが、精一杯お祈りさせていただきますの」
「ええとぉ〜、それは、お嫁に行くときの挨拶だと聞いたような〜?」
 今までのように偽る必要がなくなり金の髪を二つのお団子にしたエスト・エストリア(ea6855)が首を傾げる。お団子を包む布は洒落た白や高価なピンクではなく、喪に服するための黒。衣装の黒と合わせて白い肌と金の髪がよく映えている。けれど、客人のはずのエストは、自分より水戸藩士の方が功労者の名に相応しいと言わんばかりに給仕に徹していた。
「そうでした‥‥」
 頬を染めてリカバーを唱えるユキ。日数が経った今、クローニングで意味があるものといえば傷跡を目立たなくすることくらいのもので、それよりは一人でも多くの傷を癒して回るほうが得策だという斗織の判断に寄るものだ。
 そんなユキの視界の隅に賑わいから外れて周囲に視線を巡らせる慧雪が映る。
(「──雛ちゃんの、お兄様」)
 チクンと胸が痛む。
「忠勝殿、その後のお加減はいかがです」
 慧雪が雛菊の兄だとユキに教えた双海一刃(ea3947)は、光圀から少し間をおき歓談中の忠勝へ声を掛けた。
「光圀様と共に動いた忍か。あの時は世話になった」
「俺は仕事をしただけで──全ては皆の、そして水戸の方々の力があってこそ」
「面白いことを言う。それにはおぬしも含まれていように」
 愉快そうに笑う忠勝の腕に、首筋に、癒えきらず醜く残る傷跡を認めると一刃は河童膏を差し出した。
「忠勝殿は水戸の武の柱、邪魔にならない薬は後々役に立つかと」
 重さも無く嵩張らぬ薬は最後の切り札となり得るものだ。忠勝は在り難く受け取り、駆け寄ってきた光圀へ冒険者の話題を振る。
 そんな三人の歓談を、マハラ・フィー(ea9028)が静かに見つめていた。
 しかし、宴のざわめきも通し矢の奉納を申し出た安積直衡(ea7123)がシェアト・レフロージュ(ea3869)を伴い現れると、水を打ったように静かになる。
 袖口に銀糸を施された神事服、月下の浄衣を身にまとい、銀の弦も美しい繊細なリュートを手にしたシェアトは一礼をし弦を爪弾く。

♪ 日翳る営み続くとも 繋ぐ人の手 心は死なず
 暁の空に輝ける 望みの星の支えとならん

 散っていった水戸藩士の名を刻んだ碑を思い出し、安積は安寧を込めて鳴弦の弓をかき鳴らして──射る。
 リュートの音と歌声と、それは互いに響きあい広がっていく。

♪ 数多の朋の支え得て 解き放たれし志
 暗き霧を振り払い 眠る風の香 取り戻さん

 無骨な岩で作られた碑と、弔われた不死人たちを想い、再び鳴弦の弓をかき鳴らして、再び射る。
 髪を風になびかせて、一刃が数珠を握り締める。

♪ 白き月の投げかける 清けし光も今は満ち
 安き眠り 守りたもう 永久に常世に守りたもう‥‥

(「‥‥月並みな事しか言えないが、安らかに眠ってくれ‥‥。貴方達の思いは、水戸に居る全ての人々が継いでくれるだろう‥‥」)
 碑へ捧げた祈りを再び胸に、飛鳥祐之心(ea4492)は弦から離れ一直線に飛んで行く矢をじっと見つめていた。


●其は誠か嘲りか
 宴の席は藩士に譲り、藩主光圀、忠勝を筆頭に則綱ら数名の武士と春日、慧雪が御三階櫓へと足を運ぶ。姿は見えぬが数名の御庭番が会話を伺っていることだろう。
 誘われた冒険者は──いや、誘ったのが冒険者である。
 斗織と一刃、そしてマハラは立ち入らぬこととした。一刃は櫓が見える場所にある、水戸藩士たちを祭った碑の前に腰を下ろし、亡き武士らと共に酒を酌み交わす。マハラは櫓周囲の警戒を行い、斗織は水戸の医師と意見を交わしながら、不自然に宴から姿を消すものがないか目を光らせる。
「すみませんが‥‥ご無礼をお許しいただきたいですの」
 ぺこりと頭を下げ非礼を詫びてからデティクトアンデッドを唱え、黄泉の者が紛れていないことを確認するユキ。
「単刀直入に言わせてもらいます」
 視線を交わし、雪狼の焔の名を与えられた飛鳥がきりっと光圀を見据えた。
「死人の軍勢と戦ったときに、黄泉人が黄泉将軍なるものの存在を口にしていた」
「黄泉将軍‥‥とは?」
「其の名の通り、黄泉の軍勢を率いる将軍です‥‥」
 求められた知識を差し出すことに徹したユキは口を噤む。
「水戸の地はまだ狙われているかもしれない。一丸となって、警戒を緩めないでほしい」
「うちら冒険者は所詮流れモンや。魔に苦しむ人らを放っておけんかって、水戸に来た。せやけど、次の危機に必ず駆けつけられるとも限らへん」
 飛鳥とミケイトの言葉に則綱は頷く。
 解放されたのは水戸城近辺のみ。霊峰御岩山は未だ不死人に囲まれており、藩の北部は不死人が支配している──水戸が狙われていることは誰の目にも明らかなのだ。
「しかし、その黄泉将軍とやらはどのような者なのだ?」
「京の都を混乱に貶めた、というのは耳にしたことがありますねぇ。西国の方々と京都の冒険者が共闘して死闘を繰り広げたとか、流れてきた方から聞きましたわ〜」
 京の都を襲った際には黄泉将軍の上に立つ存在もいたというから、それほどまでに大きな戦いにはならぬだろう。しかし、無事にすむようなレベルの話ではない。
「黄泉将軍・・・・・・かつて東国に大乱を起こした逆賊がいたそうだが、彼の者が黄泉帰ろうとしているのだろうか」
 安積は眉間を顰め考える。脳裏に浮かぶは逆賊将門。
「忠勝殿、慧雪殿。黄泉人が水戸へ攻め込んできたときに聞こえてきた人物名などはないだろうか」
 しかし、水戸の志は揃って首を振る。
「黄泉から湧き出した不死人の軍勢としか耳にしなかったが」
「黄泉人は地下通路を使って攻め込んで来たと聞いた。秘密通路など城主か深い関わりにある者しか知り得ないはず。将門が元城を建てたか使っていたかすればその可能性は高いとみる」
「父から学んだ限りでは、将門に通じる脈はありません」
 敵を将門と仮定するための情報も少ないようだ。沸いて出た死体の素性など解るわけでもなく、この説を押し通すためには相当根気の要る情報収集が必要なようである。
「水戸を巡る戦いはこれからが正念場となるのでしょうが‥‥水戸城を巡る戦いは本当にこれで終わったのでしょうか」
 ただ力を貸して欲しいと求められ馳せ参じた訳アフラム。直接的な戦いは終焉を迎えた、そのはず──である。
「うーん。アフやんの懸念に不本意やけど同意するわ。水戸城の解放には漕ぎ着けたけども‥‥まだ何や引っ掛かる様な感じやねん」
 ミケイトが小さく唸る。
 とりあえず、憂いは少しでも断っておくべく、戻る前に、出来るだけの隠し通路を埋めるなり隠蔽するなりしておこうとは考えている。恐らく、それは拒否されないだろう。更に大きな戦いが待ち受けているのだから、警戒はいくらしてもしすぎることは無いはずである。
 その後、数刻にも渡り対策や情報交換が図られたが、それ以上得るものはなく、慧雪が控えていた御庭番の忍たちを情報収集のために放ち、祝いと弔いの宴へ戻ることとした。
「光圀様。水戸城の解放は達成したことですし‥‥預かっていた『雪狼の焔』の名、お返しいたします。今の水戸には、必要のない名でしょうから」
 水戸城の解放を達成し、雪狼の名もいずれ歴史の波に飲まれていくことだろう。
「雪狼は必要の無い名かもしれません。けれど、冒険者の皆の義勇は、希望を繋ぐ灯としてまだこの地に必要です」
 出会った時の少年に戻り、聡明さと人懐こさを感じさせる素直な表情で、光圀は飛鳥にそう告げた。
「『雪狼の焔』の役目はこれで終わりですが‥‥‥光圀様がそう思って下さる限り、必要とあらば、幾度でも水戸の人々の為に再び戦います」
「人の為に多くの冒険者は動いています。それだけは忘れないでください‥‥」
「万一うちらが来れんかっても、仲間の冒険者がおる。救いを求める手を払うことのできん奴ばかりや」
 シェアトは穏やかな微笑みを、ミケイトは弾けるような笑顔を、光圀へ送った。
 僅かにしこりを残すものの、全ての仕事が片付いた──そう思うとユキの心は遠く友人の下へと飛び立った。
「‥‥‥雛ちゃんに会いたいです‥‥早く追いかけたいですの‥‥」
 ちまユキとパリ行きの転移護符を握り締め、ぽつりと呟きながら瞳を伏せるユキに声を掛けることなく──慧雪は感情の読めぬ目で少女を淡々と眺めていた。

 その日、一人のシフール飛脚が一通の手紙を携え飛び立ったことに気付いた者は、天守のない水戸城で一番高い御三階櫓で、遠く森に覆われた地を眺めながら月見酒と洒落込んでいたアフラム、ただ一人であった。


●其は夢幻か現実か
「季節は過ぎましたが、話に聞いた紫陽花を見たく‥‥伺わせていただいても宜しいでしょうか?」
 そう言ってシェアトは忠勝をなおも続く宴の輪の外へと誘った。
「歌姫の頼みとあっては断るわけにもゆくまいな」
 不敵に笑い腰を上げる忠勝。光圀に一礼する所作に紛れ、視線が春日へと投げられると女は目礼を返す。
 光圀の許可を得、宴の席を辞すると‥‥一歩引き待機していたマハラがそっと二人に加わった。
 そして、星の瞬く夜の中を歩き──やがて薬師門を潜り本田邸へと足を踏み入れた。否、踏み入れようとした。
「わたくしには、本田様のお屋敷に足を踏み入れる資格がありませんわ」
「何故、そのようなことを」
「水戸藩の危機、本田様の窮地──知ることなく馳せ参じることができませんでした。申し訳ありません」
「マハラさん」
 忠勝が口を開くより先に声をかけ、微笑むシェアト。その笑顔の意図を察したマハラは再び頭を下げると恐縮しながら本田邸へと足を踏み入れた。状況が状況だけに荒れた庭の一角、時期を過ぎた紫陽花の株に触れてシェアトは口を閉じた──二人の会話の邪魔をせぬように。
「わたくし達が調べ始めていた不穏な動きはこの度の騒ぎの元だったのでしょうか? わたくしには判断しかねますが」
「得ずして終わった情報を後から推測すれば如何様にも言えるだろうな」
 自嘲気味に返された言葉はマハラや黒牙衆と名乗る者たちを責めるものではなく、事前に察知し食い止めることの出来なかった自分に対する自嘲そのものだ。
「お許しいただけるなら黒牙衆として再び本田様の下で動かせていただきたいです」
 真摯に見つめるマハラの視線に忠勝の答えは光を与えるものではなかった。
「黄泉人の捕虜になるなどという不覚を取った俺にこそ黒牙衆を使う資格がないだろう。それに──」
 直属の名を与えるということは、全ての責を負うということ。そして今の忠勝には、責を負うに相応しいと万人が納得をする確固たる何かがない。
 そして、続く言葉を飲み込み。改めて口を開く。
「しかし、もしそれを望むなら己を磨き刻を待て。必要となる、刻を」
 噛み砕くようにゆっくりと言った忠勝に頭を下げ、マハラは了承の意を表した。そして紫陽花に目を転じた忠勝の脳裏に涼やかな声が響いた。僅かに月の光を纏ったシェアトのテレパシーだ。
『その節は名乗りもせず、失礼致しました‥‥』
 構わぬ、と思考が返される。
『失礼を重ねますが‥‥秘密通路、あの時点でどれ程の方が存知でしたでしょう? 疑えばキリがなく亀裂が深まるだけかもしれませんが‥‥』
 一度腹を探らず話すのも一つかと思いましたので、と続いたシェアトの脳裏に幾人かの名が届く。
 ほぼ全ての経路を把握しているであろう者は、前水戸藩主である故・源徳頼房。前御庭番頭目、雲野十兵衛及び御庭番関係者──ただし、春日を除き生死不明。二代目頭目、慧雪及び御庭番関係者。そして本田忠勝。
 一部を把握しているであろう者は、現水戸藩主の源徳光圀、忠勝の腹心である渡辺則綱。もちろん、奥の女中や水戸藩首脳陣も多少の経路は把握している。
 その殆どが光圀の傍に控える者であることに言葉を失うシェアト。忠勝が積極的に会話に加わらなかったのには、相応の理由があったのだ──星を遮るのは雲や霞だけではない。鬱蒼と茂る木々や花吹雪、時には月の光でさえ星明かりを隠匿することは多い。水戸を導く星を遮るものが暗雲だけであると誰が言っただろう。
「星とは意のままにならぬ運命(さだめ)のようなもの。星読みの姫よ、数多の星を読むことと運命を読むことはよく似ていると思わぬか」
「星と運命‥‥隣に在る物が自身と全く違うものであるという点では似ているかもしれませんが‥‥星は読むもの、けれど運命は紡ぐもの──私はそう思います‥‥」
「与えられるものではなく、この手で、か‥‥」
 小さく呟いた忠勝は、懐に差していた扇子をスッとシェアトに差し出した。
「導きに感謝する。いずれ、この風が霞を払う時がこよう」

 水戸城は、人の手に戻った。
 しかし──頭上で光り輝く月は、導(しるべ)を明るく覆い隠す。
 人の手で紡がれる運命は何処へと向かうものか──咲くことを忘れた紫陽花ならば、識っているだろうか‥‥