灰の教団?―歯車の軋む音―

■シリーズシナリオ


担当:やよい雛徒

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:5

参加人数:7人

サポート参加人数:3人

冒険期間:10月09日〜10月19日

リプレイ公開日:2004年10月15日

●オープニング

 かの人は守るべきモノを亡くして忘れた。
 アイした人、アイした記憶、イトオシクも叶わぬユメの片鱗。
 歯車はどこから狂ったのか、道は何処から外れたのか。
 今ではもう知る由もなく。
 辿りし道は黒き薔薇で埋められて消え。
 多くの者で血塗られた珠は止まるすべを知らず。

 後はただ、大河に流れ着く水のように――‥‥

                       ――――とある画家の手記より

   †††

 とある賢者は古びた本に質問を残している。

 一つ目。家族で川に遊びに行って、愛する妻(又は夫)と大切な子供が川で溺れた。川から街まで救助も呼びにいけず、近くに人影も無い。助けられるのは一人だけ。どちらを助けますか? それとも自分も溺れますか?
 二つ目。百を犠牲にして一を救うか、一を犠牲にして百を救うか。一が賢君で百が民なら、貴方はどちらを助けますか?
 三つ目。現実に対して私たちが持つ観念が変われば、現実も変わるものだと思いますか?
 四つ目。全ては無意味だと。人に説き続けるニヒリストを駆り立てるものは何なのでしょうか?

 答えられぬ者がいると知ってあえて問おう、と賢者は最後に書き残した。

   †††

●現在
 日の沈みと共に茜に染まる天空。
 青く澄んだ空は影を潜め、白い月と共に広がり行く藍色の闇。
 人も疎らになり始めた頃になって、青年が二人、冒険者ギルドの窓口に向かった。一人は黒い法衣を纏ったクレリック、もう一人は貴族の子息である。二人の顔は過去に見たことが無いほど切迫していた。受付嬢は急ぎ、古株のギルド職員を呼びに行った。
 すでにこの時。
 辛辣な運命の歯車は廻り出した後であった。

「灰の教団、というのをご存知ですか」
 その日、ギルドを訪れたエレネシア家の長男デルタは話の末にそういった。

 彼には姉がいる。名をプシュケ。黒い長髪に白磁の肌をした女性で、結婚後に不慮の事故で夫が他界。子供もいなかった為、次男夫妻に家を譲り、ふらふらと冒険者として暮らしていた型破りな女性だという。
「事の始まりはつい先日、家に帰ってきた姉に客人が来た事でした。女性のクレリックだったと祖母が言っていたんですが‥‥私も含め、家の者が帰ってきた時には」
 彼らが帰ってくると、姉のプシュケは神隠しの如く忽然と姿を消していた。
 机に一厘、黒く変色した薔薇を残して。
 そのうち帰ってくるだろうと祖母は言っていたのだが、驚いた事に二日経っても三日たっても、とうとう一週間以上経っても姉は帰ってこなかった。
「また冒険にでも出たんじゃないのか」
 人騒がせな、と一緒に話を聞いていたギルドのおっちゃんが呟くが、デルタの表情は険しくなった。おっちゃんを睨視して首を振る。
「違います」
「違うったって」
「姉は何も言わずに立ち去るような人間じゃない。シフール便くらい送るマメな人だ。第一、荷造りもせず、金も持たずに冒険に出る手馴れた冒険者が何処にいるんですか」
 おっちゃんが眉を顰める。
 デルタの話によれば、彼女の旅道具は帰って来た時のままの状態で、客人を迎えていた応接間では紅茶も、そのままの状態で冷めていた。プシュケが応接間に入った後、出入り口にはメイドが控えていたそうだが出て行くところは見ていないという。
「誘拐か、何かか?」
 貴族の娘ともなれば誘拐する価値は十分ある。上手くやれば一生遊んで暮らせる金が手に入らなくも無い。また冒険者となれば旅の行き先で様々な恨みを買うこともあるだろう。
「かもしれないと調べて回りました。色々噂も立つ人ですが、性根は真面目だし。ただ、昔一度『あの女に関わると一週間以内に衰弱死する』と妙なデマが出た事があるそうで‥‥この噂ともう一つ、嫌な名前が出てきたんです」
「嫌な名前?」
「灰の教団、というのをご存知ですか」
 布教者という存在はいつの時代にも必ずいる。 また宗教とは、『神』または『超越的絶対者』、もしくは『聖なるもの』への信仰を言い、一般的に、帰依した者は精神的共同体(教団)を営む。
 おっちゃんは記憶の糸を手繰り寄せた。一ヶ月か二ヶ月ほど前の話になるだろうか。ある町に、新たなジーザス教名乗るカルト教団がすみつき、町の若者を騙し攫って集団自殺を計画した記録がある。冒険者によって企みは阻まれたが、カルト教団は『灰の教団』と名乗っていたはずだ。
「緑衣のクレリックで構成された薄気味悪い嫌な連中だとか」
「‥‥姉は一時期、その教団に所属していたことがあるんです」
 時が止まった。
「実の所、表向き事故死になっている姉の夫のアモールは狂信的な信者でした。姉は無理矢理入会させられたと。半年ほど経った頃、堪忍袋の尾が切れて別れたと帰ってきました。姉の夫がセンブルグ家から勘当された理由もそれです」
 ある種の可能性がおっちゃんの脳裏に浮ぶ。
「別れた夫に連れ戻されたとか」
「其れはありません。私が旅から帰ってきて数日後に『アモールが死んだ』と姉が話してくれた事があります。何故知ったのか窺った所、特殊な連絡が届いたからと、それだけ。ただ、カルト教団に姉が攫われた可能性は高い」
 姉のプシュケは『灰の教団』から退会した後も度々、それらしき連中に狙われていた事があるらしい。その所為で一流の冒険者として通じる武芸の腕前を磨いたことも。
 今回姉が姿を消し、例の教団に攫われたのではないかという疑惑が確信に繋がったのは幾つか理由がある。
 昨夜の聞き込みで王都から約二日、馬車で走らせた町に例の教団と思しき連中が現れ居座っているという話と、王都から出て行く旅一座に混じって緑衣のクレリックがいた事、その中にプシュケと思しき容貌の女がいたらしい。
 二十人にも及ぶ一座は教団が居座る町へ向かったという。
「脅されたか騙されたかわかりませんが、部屋に残された黒薔薇を見て確信した。以前姉が話してくれました。黒薔薇は灰の教団の象徴だと」
「その旅一座、馬車の移動か」
「否、荷馬車が二台。残りは歩きだったようです」
 おっちゃんは冒険者達を眺めて唸った。
「今から馬車を出せば町に着く前に間に合うな。依頼は姉さんの奪還、でいいのかな」
 デルタはこっくりと頷いた。
「できるなら姉を脅かす教団の破壊も、と行きたい所ですが誘拐だけでは教団ごと退治できませんし。――時を見ます。今回の件に関しては姉の奪還だけを依頼、長丁場になると覚悟して頂きたい。あと私の幼馴染を同行させます」
「黒のクレリック、レモンドです。よろしく皆さん」
 レモンドは依頼代理人の役目。話の末、一つだけ馬車を貸し出す事になった。
 果たして救出できるのか?

●今回の参加者

 ea0018 オイル・ツァーン(26歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 ea0254 九門 冬華(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea1514 エルザ・デュリス(34歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea1519 キリク・アキリ(24歳・♂・神聖騎士・パラ・ロシア王国)
 ea3438 シアン・アズベルト(33歳・♂・パラディン・人間・イギリス王国)
 ea5430 ヒックス・シアラー(31歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea5892 エルドリエル・エヴァンス(22歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

キラ・ヴァルキュリア(ea0836)/ シュナ・アキリ(ea1501)/ マリウス・ゲイル(ea1553

●リプレイ本文

 廻れ、廻れ、歯車よ。
 複雑に絡み合う糸を一本に紡ぎ出せ。

 エルドリエル・エヴァンス(ea5892)は気まずそうな顔をして謝っていた。保存食の準備を忘れてきたのだが、買い込んでいる間に時間ロスになる可能性が高いと判断して余分に所持している仲間に分けて貰うことになった。
「御免ねぇ〜、依頼が済んだら所持金から貰った分は返すわ」
「仕方ありません。買い込んでいる間に逃げ込まれては目も当てられませんし。気にしないでください。出発します!」
 シアン・アズベルト(ea3438) が苦笑一つ。一行は現在、王都を出発したという旅一座を追っていた。上手くいけば教団が居座っているという町に到着する前にくい止めることが出来る。半数の者が馬車に乗り込み、騎乗技能を持ったシアンとキリク・アキリ(ea1519)、マリウスが強襲をかけることになっている。ヒックス・シアラー(ea5430)は当初強襲班だったようだが、馬に乗って走るだけの技量がない。幸いシアンが乗馬に関して専門的技量の持ち主であったため、シアラーが彼の後ろに乗った。スピードは落ちるが仕方があるまい。顔の判別を出来る人間が二人しかいない為、なかなか苦しい状態だ。一座の足を止めて確実に顔を判別するしかない。
「いたよ。このままギリギリまで接近して」
 馬車を護衛する形で接近。例の旅一座を遠くにみつけた。キリクの言葉にシアンとマリウス、ヒックスが頷く。馬車の中で待機中のエルドリエル、及びオイル・ツァーン(ea0018)と九門冬華(ea0254)、エルザ・デュリス(ea1514)、キラ、シュナに合図を送る。
 短いようで長い、手に汗を握るような沈黙の時。
 やがて――

「いきます」
 シアンの低い声と共に馬が嘶く。シアンとキリク、マリウスは一気に旅一座の周囲と間を駆け抜けた。シアン達が馬で集団を追い抜ながら駆け抜けざまに馬車の車軸に一撃をたたき込んで機動力を奪う。
「『灰の教団』への討伐です。教団と関係ない方は地面に伏せて下さい」
 シアンに続きヒックスが叫ぶ。
「僕達に敵意がないなら地面に伏せてください」
「わけわからん事いいおって‥‥賊がっ。町にいた時からつけ狙っていたのはお前達だな。どうせ大人しくしたら儂らの荷物をかっさらう気なんだろう!? クレリック殿!」
 思いっきり逆効果だ。
 相手にしてみたら、いきなり盗賊じみた連中が襲ってきたのだから大人しくしろと言われて大人しくするわけがない。旅一座の頭らしき男はクレリック達に助けを求めた。これでは立場が逆。しかし冒険者達の狙いはただ一つ。馬車の方の援護の者達が呟く。
「ねぇ、旅芸人って本当の旅芸人なんじゃ」
「そのようですね。ですが、話は後です。私たちの役目は」
 浚われたプシュケの奪還。
 冬華やオイル達が走り出し、エルザとエルドリエルが呪文を唱え初めた。現れた緑衣のクレリック総勢五名。全身から黒く淡い光が立ち上る。どうやらクレリックの黒のようだ。
 何故か、たった一人、馬車の傍で身動きをとらないクレリックがいた。ぼうっとした虚ろな動き。何処かふらふらとしたクレリックが顔を上げると。
「――その人です!」
「‥‥ひッく‥くぅ?」
 言葉がおかしい。舌打ちが聞こえた。
 二人が近くに接近しつつあったシアンとヒックスが乗る馬とマリウスが乗る馬に、もう一人が馬車の馬にディスカリッジを放つ。行動と思考が鈍った馬達。人間にかけるより効果的だ。これでは馬車に乗せて逃げ切ることは難しい。――手強い。クレリック達はシアン達を殲滅するつもりだ。
「仕方ありません。排除します、キラ!」
「おっけー! まかせて冬華!」
 接近戦に持ち込めばこちらの勝ち。冬華の声に答えてキラが走る。最後の一人がディストロイを放とうとした所へ白刃が閃いた。攻撃をしてくるなら攻撃で返す。二人の刃がクレリックの片腕を片足を剔った。ようは動けなくしてしまえばいい。
「あと三人」
 冬華から修羅のような闘志があがる。鋭く凍てついた瞳の先には次の標的が映っていた。
 冬華とキラが走り出した頃、エルザは旅一座のほうへ向かった。この分ならファイヤートラップを仕掛ける必要はなさそうだ。問題は‥‥
「安心して。攻撃しないから」
 攻撃的なクレリック以外、旅一座は何の動きもない。というより、エルザが燃やした松明によるファイヤーコントロールで旅一座を囲い込んでいた。
「くそ、わしらは絶対に」
「敵意がないなら危害は加えないから、さっきの話詳しく聞かせてちょうだい」
「なんじゃと?」
「旅一座に用はないわ。私たちは人を追ってきただけよ。町でつけ狙われたってどういう事かしら?」
 さて、必要でない命を奪うのは嫌、という考えの者も多い。
 馬から下りたシアンとマリウス、ヒックス、キリクとシュナは残る三体のクレリックのうち危険な魔法を繰り出す者二人を狙っていた。ディストロイやビカムワースを容赦なく放ってくるが、攻撃するなら仕留めるまで。冬華やキラもこちらへ向かってきている。
「彼女を返してもらおう」
 ヒックスの低い声。
「出来れば必要以上に攻撃して命を奪ったりしたくないな。降参してもらえないかな」
 キリクの哀願。
 戦力差は明らかだった。接近戦に持ち込まれては為すすべがない。
 一方、旅一座全体が敵ではないと判断したエルドリエルは、緑衣のクレリックに敵を限定しウォーターボムを放つ。馬は行動が鈍っているし、ただの旅芸人を振りきる必要はない。エルザが騒いでいる旅芸人を押さえている間に、さっさとカタをつけた方が楽だ。敵はたった四人のクレリック。気を抜かなければ勝てるはず。
 ウォーターボムではじき飛ばした一体をオイルが追った。腱を狙って動きを封じる。そしてぼうっと立っているクレリックに近づくと。
「プシュケ・エレネシアだな?」
「‥‥ぃ、あ‥‥ぅ」
「プシュケ・エレネシアだな?」
 女はぼうっとした動きでこくりと頷いた。何か薬でも使われたのか、呂律が回っておらず今にも倒れてしまいそうだ。ため息を吐いたオイルが抱き上げて肩に担ぐ。と、そこへクレリックを倒したヒックスが朦朧とした彼女の所へやってくる。
「お久しぶり。ジョーイという男が心配していると伝えてくれって‥‥またいい男大会でも開きましょう」
 まともに声は聞こえていないかもしれないが。
「和んでないで! 逃げるわ!」
 エルドリエルの声だった。オイルが先程動きを奪ったクレリック、どうやら鳥に変じたらしい。このままでは逃げ切られてしまう。
「逃がすか、シュナ!」
「おぅ!」
 プシュケを傍らのヒックスに投げ渡したオイルが吠えた。ミミクリーで鳥に変じた信者を野放しにするわけにはいかない。オイルとシュナが空へ高く飛び去ろうとした信者を仕留める。ぼとりと大地へ落ちてきた人間は首に奇妙な札を下げていた。
 気がついた時には捕獲した信者は毒をあおって果てていた。

「――なるほど」
 一通り話を終えた後、旅の一行は厄介なものに巻き込まれたとぼやきながら再び立ち去る準備をしていた。エルザが旅一座から聞き出した話を皆に伝えた後、オイルは呟く。
「手始めに目標の街に向かう商人や旅一座を狙い、いずれかに自分達を雇わせ、大人数にまぎれて姿を消す。もし追っ手がきても組織的なものと錯覚させて撹乱する――か。あざといな」
 近い将来対峙するであろう黒い存在を思ってオイルは去り行く一行を眺めた。こうしてプシュケの救出は上手くいったが、毒物漬けにされて言葉もままならない彼女から情報を聞き出そうとしても無理というものだろう。気が動転してふさぎ込んでいる今、話を聞き出すのは無理と判断し、おって連絡するとレモンドは伝えた。
「これ‥‥なにかしらね?」
 鳥が首から提げていた薔薇の描かれた丸い札。
 エルザは残された物を手にぽつりと呟いた。


 彼らはまだ知らない。賢者の問いに其々の答えを書き込むことが何を示すのか。
 彼らはまだ知らない。流れ出した水は勢いを増して流れていくことを。
 手駒は揃った。物語のページは捲られた。
 黒薔薇の歯車はただ廻る。
 からから、からからと音をたて――――いつしか、糸が途切れる時に向かって。