灰の教団?―アデラの烙印―
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■シリーズシナリオ
担当:やよい雛徒
対応レベル:2〜6lv
難易度:難しい
成功報酬:3 G 6 C
参加人数:7人
サポート参加人数:3人
冒険期間:10月30日〜11月09日
リプレイ公開日:2004年11月08日
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●オープニング
当時の私たちは疑うことを知らなかった。
「お久しぶりです。南獣のアデラ、プシュケ殿」
犯罪すらも正当化された籠の中で、ただ、怯えながら生きて祈る。
「何をしにきたのキュラス」
終わりがない教祖をあがめ他人を『救う』べく動く日々。
「警戒しないでください。僕は貴女の後に反旗を翻した。単刀直入に言います。『灰の教団』を根本から壊滅させたい。今も貴女を崇拝する部下がいるはずだ。ご協力願いたい」
監視されたサルビアスの中で。
「‥‥いいわ、ただし指揮権は冒険者達に預けるわよ」
相手を強制的に救済する異常な毎日を繰り返していた‥‥
†††
それは一通の手紙が届いた日。
「初代ブラックローゼンの密書か。今尚、事あるごとに来る報告書。少し前までの隠れ家はカルト教団だったらしいが、今はどこにいるのやら。教育した連中は教団に残ったそうだが。あれから早数年、律儀といえば律儀だが‥‥慕われてるな、マレア」
「黙りなさいミッチェル。昔の言葉を繰り返すわ『これは私の汚点』だとね」
――――ある絵師達の会話より
†††
●現在地:冒険者ギルド(PC情報)
冒険者ギルドを通じて、プシュケの回復と事件の進展を聞きつけた冒険者たちはレモンドとプシュケの待つ部屋へと足を運んだ。全く呂律が回らず動くことすら難儀だった女性は顔に生気を取り戻している。ほっと胸を撫で下ろした者もいただろう。
「なぜ『灰の教団』に狙われるのでしょうか。もう話してくれますよね」
「事の経緯を教えてください。これからの為に。それに、そちらの方は?」
「見つけ出した協力者ですよ」
見知らぬ青年が立っていた。レモンドの言葉に続き、青年は軽く微笑んで席につく。表情が険しいプシュケとは対照的に、話を切り出した。
「はじめまして、キュラスです。率直に言うと、私と彼女は灰の教団の元幹部です」
キュラスは襟元を緩めてある傷跡を見せた。胸の傷はアデラの証である黒薔薇の刺青を抉ったものだという。当然プシュケにも黒薔薇の刺青はあるそうだ。
レモンドがぴらっと一枚の依頼書を見せた。
「例の町に居座っていた支部が動き出しました。二十名の子供、他に町の要人や貴族を含めて約四十名を誘拐したそうです。教団破壊の代議名文ができたわけですが、その前に教団について知りうる限りの情報提供をしてくれるそうです」
灰の教団は階級や分野ごとに構成されていたという。頂点に教祖が立ち、その下にアデラと呼ばれる幹部が五人、いわば諮問、行政、司法、観察、軍事の5系統それぞれの統治者として教団に君臨。サルビアスと呼ばれる施設の中で信者達を徹底管理していたそうだ。
西獣のアデラにキュラス、東獣のアデラにアモール、北獣のアデラにバルデロ、南獣のアデラにプシュケ、心獣のアデラにミケラ。実質この五人が教団を動かしていた。
「アデラは初期のメンバー、こと有力貴族などの高い立場にある者が多い」
灰の教団はすでに分裂を繰り返して弱小化しており、アモールの死亡は確認済みだと語った。プシュケの表情がかげる。
「残るは軍事を司っていたバルデロと、観察を司っていたミケラだけになりますか。教祖に最も近かったミケラの居場所が掴めませんし、王都から二日ほどの町に居着いているバルデロから聞き出す他ありません」
「‥‥あまり貴方を信用できないけどね」
プシュケが言い放つ。冒険者にも疑わしいと見ているものもいたようだ。
「では証明を。退会した際、配下の者達を連れて海辺の村へ移り住みましたが教団側に居場所がバレて、再び仲間になれと言われて断ったら、後日、呪術で命を狙われました。僕の父は犠牲になりました」
二ヶ月ほど前の話になる。キュラスの父は猟師で、ある満月の晩に賭博に行って帰ってこなかった。発見された体はズタズタだったらしい。原因を探った所、証拠品が幾つか出た。中の一つに教団に在籍していた者達の名前がずらりと並んだ羊皮紙があったという。
「報告書があるはずです。調査の冒険者の皆さんには何も言いませんでしたが、内心ひやりとしましたよ。あの時に教団の抹殺を決めたんです。これは復讐です」
貴方も入団を拒否して狙われたのではないですか、という言葉にプシュケは無言を通した。思い出したように冒険者の一人が懐を探る。
「そうだ。これの意味、わかるかしら」
黒い薔薇が書かれた丸い札。
「陥落の印ですね。支部や重要な役目を担っている者が、役目の失敗時に教団や重要幹部に飛ばすものです。どこでそれを?」
プシュケを救出した際に手に入れたものだと語ると、キュラスは眉をひそめた。
「教団は弱体化に危機感を抱いているのか過去の幹部や信者を強制的に呼び戻そうとしている。広がらないうちに叩くべきだ。僕と彼女には忠実な部下がいますので手伝いを」
バルデロは『ブラックローゼン』という暗殺集団を配下として抱えているらしい。破滅を呼ぶといわれた宝石を灰の教団に持ち込んだ連中で、教団に残ってるのは二代目だという。宝石に魔力が宿るとの逸話を信じて数多くの命が犠牲になったと語った。少し前にブラックローゼンは宝石がらみで騒ぎを起こして何人か死んだようだが、注意するに越した事は無いだろう。現在Y字型の建物に立てこもっているらしい。一階建てで入り口は一つ。右棟にアデラが暮らし、左棟に人質が何処かに隔離されているらしい。敵の数は分かるが、内部構造や何人が位置されているかは不明である。果たして制圧できるのか?
† † † キュラスが調べた組織勢力 † † †
■バルデロ:手下幹部四人。配下十人。人質四十人。配下の内数名がすでに死亡(参照可能の過去報告書『紅蓮の星を守りぬけ』。死亡者数:水及び地のウィザード○人)
■キュラス:手下幹部一人。配下六人。(風のウィザード)
■プシュケ:手下幹部なし。配下八人。(火のウィザード)
□アモール:手下幹部四人。配下十五人。人質五十人。以前強行を行い冒険者たちの手により壊滅。(参照可能の過去報告書『眠れぬ夜のニヒリスト』。アモール、幹部及び配下すでに死亡。人質五十人は救出・生存)
□ミケラ:本拠地及び勢力不明。
●リプレイ本文
「私達は教祖について何も知らされていない。教団を壊滅させるなら元凶である教祖を捕縛する必要はないでしょうか」
突入する前の日の話になる。シアン・アズベルト(ea3438)は準備にいそしむキュラスに問いかけた。手を止めて視線が交錯する。訝しげな顔をしたシアンにキュラスは答えた。
「まだ、言っていませんでしたね。貴方の意図する『教祖』は――もういないんですよ」
「どういう事ですか」
「灰の教団にもうそんな、貴方達が想像している教団を創始した人物はいない。我々が追っている『教祖』は『ユダ』と呼ばれる者の事です。初代教祖に近かったミケラがユダだと、私はにらんでいますが」
「ユダ?」
「闇あらばこそ光は輝く。そんな事を聞いた事はありませんか?」
シアンは奇妙な話を聞く事となる。
バルデロ捕縛班が突入した後、教団の中は一種の混乱状態に陥った。通路にいた用心棒達数名。キュラスと冒険者達の調べて教団本体は衰退していると分かっている。一同は敵をなぎ倒して進んだ。息を潜めて気配を探り子供の救出に向かったオイル・ツァーン(ea0018)とエルザ・デュリス(ea1514)が敵対したのは女の白クレリック二人。子供の監視に適任だったのかもしれないが、警備には不十分。
「子供を返せ」
オイルの静かな怒りを含んだ声。片方はコアギュレイトを、片方はホーリーフィールドを唱え始めた。攻撃型ではないらしい。エルザは火打石で松明に火をつけた。高速詠唱に長けているエルザの前で通常の術者など恐るに足りない。
「ファイヤーコントロール!」
松明の炎が大きく揺らぐ。炎はホーリーフィールドを唱えるクレリックに向かって行く。炎に巻かれて呪文をやめ、悲鳴を上げて転げまわるクレリック。コアギュレイトを受けたエルザに代わり、オイルが地を駆けた。その手に握ったナイフは敵の健を切り裂く。極力殺すのではなく情報収集のために生かしておくようだ。自殺をしないように配慮する。部屋には首から番号札を下げた子供達がざっと数えて十五人‥‥足りない。
「大丈夫か」
子供の顔を覗き込む。子供は無邪気な顔で笑い「次は僕が神様になるの?」とオイルとエルザに聞いた。どの子供も似たような言葉を放つ。長い時間拘束されていた事を考えると洗脳されているのかもしれなかった。助けに来たのだと教えてやる。だがしかし。
「誘拐された子供は二十人‥‥いたはずだが。他の子はどうした?」
子供が指を指した方向に、もう一つドアがある。オイルが鍵開けの技術で鍵をあけた。部屋に立ち入った刹那、エルザは口を押さえて後退した。室内が異常なほど冷えきっている。エルザとオイルの視線は釘付けになった。
「なによ、これ」
部屋に置かれた巨大な氷の中に、歪な『人形』が封じられていた。縫い目もあらわな腕や足は生々しく、其々を無理につなぎ合わせている為に長さはバラバラ。近くに『原料』となったモノの無駄な部分が同じく氷付けになって保管されていた。言葉が、でない。
「皆、神様になるんだって」
オイルの服の裾を握り締めた子供が、無邪気な声で笑う。
一方貴族の救出に向かったのはキリク・アキリ(ea1519)とエルドリエル・エヴァンス(ea5892)、マナウスだ。要人に関してはプシュケの班に完全に一任したらしい。貴族の部屋にはウィザードが二人、待機していた。数ではこちらが優勢。回避に長けたキリクが走る。詠唱を始めた相手にエルドリエルがウォーターボムを唱え始めた。
「マナウスさん! そっちを」
キリクの掛け声でウィザード其々につく。マナウスの矢が片割れの呪文を中断させた。 一方敵の攻撃はエルドリエルに当たり、彼女ははじき飛ばされた。だが、敵に当てたという一瞬の歓喜が背後に回ったキリクにチャンスを生む。敵の後頭部をメイスで殴る。スタンアタックでもすれば即気絶させられたのだろうが、生憎そんな技術はない。手加減を前提としていたからか、死にはしなかった。だがほとんど一方的に殴る状態でウィザードは弱り動かなくなった。
「ごめんね」
自殺しないように考慮しながら人質用だろう、部屋にあったロープで縛り上げる。エルドリエルはといえば、マナウスと共にウィザードをすませてシルバーナイフで貴族を拘束している縄を切り裂いた。
「全く。助けに来るのが遅い」
嫌味だけは言うあたり貴族である。エルドリエルは一瞬どうしてくれようか、と頭に血がのぼったが、考え直してやめた。今は私情を挟んでいる場合ではない。
「あはは、――申し訳ありません。捕まってる子供や他の人達も仲間達が救出に向かっていますので皆さんも早く脱出を! 長居は出来ませんので!」
貴族を連れて外に向かって走り出す。
「どうして捕まったりしたんですか? もし何かあっての理由なら教えて欲しいんですけど。そうだ、キミ達は外に出たらレモンドさんに知らせて」
貴族に問いつつ、キリク達に指示を出す。その言葉に反応した者がいる。
「レモンド? レモンド・センブルグの事か?」
「! ご存知なんですか?」
「存じるも何も。彼処の人間がワシ等を誘い出して拘束したんだぞ。次男のルーガン氏は逸材だが、長男のアモールといい末娘のミケラ嬢といい、どうなってるんだあの家は」
それを聞きたいのは冒険者の方だった。そんな事は知らされていない。
バルデロの確保に向かったのはシアンとヒックス・シアラー(ea5430)、九門冬華(ea0254)とエルミーシャ、キュラスの部隊だった。立ちふさがる用心棒達雑魚はキュラスたちが受け持った。
「皆さん信じてますからね。御武運を」
「もちろんです。あなた方はバルデロを!」
ヒックスの声に返答が返された。バルデロの部屋にいたのは黒のクレリックとウィザード一体、そしてバルデロであったらしい。突然の侵入者を見つめ、驚くまもなく戦闘に突入する。白銀の刃が煌いた。
「話は後にしましょう、今は大人しく倒れなさい」
「ヒックス・シアラー参る!」
響く怒号。轟音。破壊の呪文は容赦なく向かってくる。だがしかし、数を捕らえるにはあまりにも無謀だった。エルミーシャが傷ついたものを癒してゆく。捕縛したバルデロにシアンが言った。
「教団はもう終わりです。そしてこの戦力差では抵抗は無意味です。素直に降伏して下さい」
「――エリエリ、レマ、サバクタニ」
「なにを」
異国の言葉を放った後、バルデロは何度か独り言をつぶやく。
「そうだ、我らが負けることなどあるものか。愚かなり、ギルドの犬ども。喜ぶのも今のうちだ。我等は黒き薔薇ともにあり! ユダ様は我らを見捨てない、見捨てるものか。攻めてくるなど百も承知よ、何のために奴等を捕らえたか、思い知るがいい」
バルデロは低く笑う。
陥落したバルデロの砦。貴族の救出と生き残った子供の救出、そしてバルデロの捕縛を行った班が帰ってきていた。
ふと、数名が気づく。
「――プシュケさんがいませんね?」
冬華の言葉に愕然とした一同が、捕虜と救い出した者達をオイルとエルザ、キュラス達に任せて戻らないプシュケと要人達の身を心配して建物の中に戻ってゆく。そこで彼らは信じられないものを見ることになった。
「何があったんですか」
呆然としたヒックスの声が血塗れた部屋に響く。要人の部屋は生々しい血の臭いで溢れていた。視界に飛び込む一面の赤。すでに人質の要人も、部屋で守っていたらしい敵の二人も事切れていた。プシュケの配下数名の姿が無い。部屋にいる配下はじっとプシュケを眺めている。ヒックス達は再び声をかけた。背を向けている相手の声が耳に届く。
「――抜け出した時のままの想いで、皆を応援して、憎しみだけを募らせて、今この場所へこなければ仲間のままでいられたかもしれない。‥‥もしになってしまったけれど」
「プシュケ――さん?」
エルドリエルの脳裏に嫌な予感が駆け巡る。要人達とプシュケの間に何があったのか、要人救出を完全に任せていた冒険者達に知る由はない。
プシュケが振り向く。底冷えするような瞳が、彼らを眺めた。
「親愛なる配下達。ユダとして命じるわ‥‥我が敵となる者達を排除せよ」
冷たい声にシアンの顔が凍りついた。
冒険者の脳裏にフラッシュバックする昨夜の記憶。
『灰の教団は人物信仰ですが、信仰対象は二つ。それがジーザスとユダの存在です』
『信仰対象ですか』
『聖書の一節に次の言葉があります。この中に私を裏切る者がいる、と。ジーザスは裏切りにより磔にされ、死後三日目に復活。ユダはジーザスを売った愚か者として書かれている訳ですが灰の教団の考え方は、ユダの裏切りなくしてジーザスは神の子にはなりえなかった。裏切りのユダこそが真の使徒である、と。教祖が今代のジーザスとして名乗り始めた頃、教祖が殺害され信者達は神の子再来の時が来たと騒ぎました。アデラの誰かが犯人だと分かりましたが、当時は分裂期。信者達は信仰に従いユダを崇めている‥‥教団が元アデラに固執する理由です。現在、灰の教団は残ったアデラの支配下、言いなりですよ。金集めも思いのまま。ユダの存在を消さねば、教団は止まらない』
それは、正体を現した。
予想もしていなかった。
プシュケの班が人が変わったように攻撃してくる。外へ逃げ出すと見慣れぬ馬車があった。御者はプシュケの部下、オイルたちは事を知らぬが故にきょとりと彼らを眺めている。プシュケたちは助け出した人質やバルデロには目もくれず、逃走を図る。仲間だった冒険者達を必要以上攻撃せず、近づけない程度に間合いを取った。プシュケ達が乗った馬車は今にも走り出そうとしている。
「プシュケさん、どうして!」
ヒックスが声を上げる。プシュケは眉一つ動かさない。
「見て見ぬフリはもうできない。私には何が正しいのか何処から間違ったのか、もう分からない。犯した罪は消せない。愚かなのは百も承知よ。だから最後の決定権は貴方達に託すわ」
「義務など無い筈でしょう。貴方は教団から脱した、だからこちらにいたのはないの!?」
「義務じゃなくてエゴ。私は今も夫に囚われている‥‥さっき思い知ったわ。私が負けたら理由くらいは話す、私を負かして教団を終わりにして頂戴。私は全力で抵抗するから」
エルドリエルの叫び声に、少しだけ感情がこもっていた。
言っている事が矛盾しているが、はっきりしている事。プシュケは敵につく。彼女は教団の頂点に立ち、全力で抵抗すると冒険者達に告げた。意図はわからない。知る由もない。冬華がプシュケを見上げた。
「次に会う時は敵ですか。私は、全て救いたいと思うほど寛容ではありません。貴女が貴族でも多くの命に害を及ぼすのなら、愚行を容認する事はない。経緯を聞いたとしても決心は揺るがない。共感もしかねます。覚悟して頂かねばなりませんよ。それでもですか」
「いっそ、その方が嬉しいわ。ヒント。我が家の書庫にある賢者の質問の一、あれに似ているわ。私の事ではないけどね。‥‥ありがとう、――ごめんね」
ユダはプシュケ。最悪の引き金は引かれてしまった。
使い道を失った『道具』を捨てて馬車は走り去る。導かれてしまった『ユダの目覚め』。可能性は可能性に過ぎず、時の道は引き返すことが叶わない。もしかしたら存在したかもしれない別の道。別のさだめ。新たな時間。大きな選択の分岐点はとうに過ぎた。後はただ、結末を決める為だけに選ばれた道の歯車は動き続ける。
いずれ来る最後の分岐が生み出すのは、微笑みか悲しみか。
廻れ、廻れ、歯車よ。歪んだ音を響かせながら。