灰の教団?―1つの結末と風の分岐―
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■シリーズシナリオ
担当:やよい雛徒
対応レベル:2〜6lv
難易度:難しい
成功報酬:5
参加人数:7人
サポート参加人数:5人
冒険期間:12月03日〜12月08日
リプレイ公開日:2004年12月13日
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●オープニング
華やかな町だった。
王都キャメロットから遠く離れた場所の絢爛とも言える町の片隅にまじって、静かな佇まいの家がある。近くの住民には『若い夫婦』が『住んでいる事になっている』家だった。道行く老人に窓から穏やかな笑顔で手を振っていた男が、急に感情の欠片もない顔で後ろを振り向く。
「でな、ネイからシフール便が届いた。アレにお気に入りができたそうだ、しかも多数」
「‥‥珍しいわね」
「オモチャだろ? 順調に進んでいたのに。珍しがった所で意味もない。アレは異端だ」
どうでもいいじゃないかと、物陰の荷物の隅でごろりと横になっている男が呟く。その脇に小さな子供が居た。フリフリの白く愛らしい衣装に身を包み、腕に花束を抱えている。
「やれやれでしゅ。悪趣味でしゅ。気まぐれしゅぎは困るでしゅ」
怒ったような声に窓際の男が苦笑する。子供に向けるにはあまりにも『らしくない』言葉で話を続けた。
「さしたる問題ではあるまい。アレは余裕がある。しいて言うなら‥‥『気の毒』かな」
「お前が言うと嘘臭いぞ」
「人の言い方としてはまっとうな言葉だ。所詮、我々には無縁だがね」
「きゅーは悪魔よりも悪魔でしゅ。きゃふふ」
口論を眺めていた女が立ち上がった。手に握られた、一枚の羊皮紙。
「いたぶるのが関の山、気に入られるとは大変な連中。まぁた妙な約束してなきゃいいんだけどね。後で名前覚えとかないと‥‥行くよ、ポワニカ」
「あい。親愛なる方はいつになったら答えてくれるでしゅか」
「知らない。届けているのは一方的。あとは夜の王都を遊び歩いてるネイ任せよ」
子供の手を引いた女は、そのまま扉の奥へと消えていく。彼らはまだ知らなかった。
アレと異端視されている者が、とんでもない約束をしてしまった事を。
† † †
近くもなく遠くもない未来。いずれ大きな波紋を呼ぶ。
『見逃すチャンスをあげますよ。望んだ時に一度だけ。それで我々を破れるとは思えませんし。会わない可能性もありますしね』
ひとつの『約束』という鎖。過信が招いた唯一の風穴。
† † †
●現在(PC情報)
冒険者達を呼び出したのはあどけない少年だった。あわせたい人がいるのだと有無を言わさずギルドから連れ出す。たどり着いたすす汚れた古い家。冒険者達が入った刹那、少年の体は粘土細工の如くぐにゃりと歪んだ。
「やはり慣れませんね。お見苦しい格好で申し訳ない、着替えてきます」
少年はレモンドだった。着替えたレモンドは冒険者を一室へ連れてゆく。中にはホーリーフィールドを張ったあのクレリック達が寝台の上の人物を看ていた。プシュケである。
「駄目です。全く変化が」
「うん分かった。疲れたろう、休んできてくれたまえ」
「いいえ看させてください。恩人ですから。看病しすぎて過労死するのでしたらそれこそ本望ですもの。私の命なんてちっぽけ。そちらの方々と大事な話があるのでしょう?」
「‥‥レモンドさん」
寂しげに笑う。
願いが叶う石として持ち込まれたブラッディーローズは教祖の心を闇に染め、と同時に『灰の教団』は坂を下りだした。完成に多くの者の血が居ると言われ、大勢の命を刈る。
「今、下の部屋にいる気の狂った妹が抱いている赤子。あれ、兄との不義の子です。当時結婚していたんですが。兄と妹の関係も、この人は容認してしまっていた」
ある時、プシュケの目を盗んで兄妹は子を連れてピクニックに行った。ミケラは赤子共々溺れ、アモールは愛する妹を助けた。子供は当然、‥‥溺れ死んだ。
「やがて兄が生き返らせる方法を見つけて来たと言いました。それが『灰の教団』の宝石です。二人は入団し、この人は兄が心配で後を追いかけた。私は止めたけれど、兄を愛しているからと」
エレネシア家に不義の子の事は知らされていない。嘘で塗り固められた家庭で従順に夫を慕っていた彼女。教団の幹部になったある日教祖に呼び出され、宝石を狙うアモールの殺害を命じられた。彼女は衝動で教祖を殺してしまった後、宝石の秘密と共に教団が乗っ取られている事実を知った。
確信づけたのがバルデロ戦。キュラスは特定の貴族や権力者を教団に潰させていたらしい。意図など知る由もない。最後は諸悪の権化に仕立て上げられたエレネシアとセンブルグ潰しに加えて、証拠隠滅として教団の派閥討伐が始まった。
「分かってたんでしょうね。この人が、見捨てられない性格をしてた事」
キュラスに把握されぬよう、無実の命を守る為に『敵』に回る。冒険者達が裏に気づけば『カルト教団に立ち向かった英雄』として暗殺が決まっていた。キュラスと結託していた要人達から情報が漏れる事を恐れ皆殺しにしたプシュケの願いは一つ。灰の教団は潰して欲しい、けれど無実の命を守る為に全力で抵抗する。
「彼女の退団後からキュラスが君臨していたようです。ユダを探せ、強制的にでも人を救え、神の御業を我らが前に。そう言って強硬派を動かしていたと彼女達から聞きました」
今までプシュケを看ていたクレリック達の事だろう。
「もう報告を遅らせるのも限界です。デルタとヴァルナルド老に『結果』を提示しなければなりません。この人を生かすも殺すも、誰かを教祖に仕立てないとできない。けれど」
向ける言葉が無かった。
ミケラを差し出せば、レモンドは家族を失う。そして彼の家も大きな損失を受けるのは明らかだ。プシュケも人を殺した事実を持つし、公には教団の教祖として広まっている以上、誰かを代理にしなければ逃れる事が出来ない。かといってセンブルグ家をとってミケラを生かすために未だ意識無いプシュケを差し出せば、依頼人のデルタとヴァルナルドの権威は失墜。報酬の4Gは両方とも水の泡。エレネシア家は終わりだ。
「私には決められない。ミケラは血の繋がった妹です、でも意識が無い彼女を殺すなんて出来ません。デルタは幼なじみで、皆で暮らしてきた。もう、他の手が考えつきません」
レモンドはもはや正常な判断ができなかった。
この過酷な決定は、正義の討伐者として事件に関わった冒険者達にゆだねられていた。誰を生かすも、誰を殺すも、全て彼らの手の内。決めなければならない時が、きたのだ。
「あの、先日こんなものが届きました」
看病をしていた白クレリックが引き出しから何かを取り出してきて手渡した。
黒い薔薇が描かれた。丸い札が二枚。それは‥‥
「か、陥落の印? でも教団はもう」
「そう言う意味じゃありません。裏を見てください」
黒い文字が書かれていた。全く違う字体。片方の滑らかな文字は此処から一日ほどかかる小さな酒場を、もう片方の達筆な文字は半日ほどで着く町の教会前に来るようにと書いてある。両方同日、日の変わる深夜の時を指定。『ブラッディローズ』を無条件でさしだすべし。そうすれば命までは取らないと。
「私達が持つルビーは一つだけです。酒場か、教会か、どちらか選ばなければなりません。どうしたらいいのか。こんなもの手元に置いて置くわけにもいきません」
デルタとヴァルナルドへ報告者として出向く者を決めるのがまず第一。誰を贄に誰を生かし、どう報告するかを決めねばならない。加えて誰か一人がルビーを持ってどちらかに出向く事。此処に届けられたと言う事は何者かがつけ狙っている可能性もある。
一体何が良策か。他に逃げ道があるのかどうか。
彼らは最後の分岐点に立っていた。
●リプレイ本文
シアン・アズベルト(ea3438)は仲間と共に深夜、指定の教会に赴いていた。たいまつを手にしたエルザ・デュリス(ea1514)とキリクのたった三人。教会の前には石像があった。その石像の上に跨っている影がある。彼らを裏切り教団を操り、全てを思うがままにしていたキュラスだ。石像の足下にも人影が現れる。護衛だろうか。キュラスは全身傷だらけだった。話しかけてもいないのに「これかい?」と相手は我が身を見下ろす。
「我々は『約束』を重視する。我を通したら上司に折檻されてね。流石の僕もボロボロ。来てくれて嬉しいけど、何でそんなに物々しいのかな」
重装備で赴いたシアン。エルザ達の表情も厳しい。シアンは懐から『陥落の印』を取り出して掲げて見せた。
「同じ脅迫内容が来ました。一体どういう事です。これでは私達の身の安全は保障されません。最初に約束を破ったのはそちらではないのですか」
シアンの発言に相手は何故か、眉間にしわを刻んで考え込んだ。
「君達自身には害が無いように動いたはずだけど。‥‥それ投げてくれない?」
シアンは札を投げ放つ。器用に受け取ったキュラスはしげしげと筆跡を眺めた。シアンは皮肉そうな言葉を投げた。
「宝石を持った者は酒場に向かわせました。どうせあなた方の仲間でしょう」
「この筆跡はウチの人間じゃないよ。やれやれ」
意味不明な言葉を紡ぐ。酒場の交渉にはゼシュト・ユラファス(ea4554)が赴いているはずだ。ということはブラックローゼンでは無い相手がどういう経緯か彼らと同じ手段を用いて呼び出し、宝石を狙っていると言うことだ。エルザ達は到底、彼らが宝石に執着する理由が分からなかった。
「宝石など集めて何がしたいの」
「何がしたい? 違うね。我々は一刻も早く宝石全てを回収しなければならないだけだ。他の手に渡る前にね」
「回収? 何故固執するの、どうして」
「エルザだっけ。我らが親愛なる方は君にとって赤の他人。言っても理解不能さ。守りたい者がいるから戦う、譲れないモノがあるから剣を抜く。その為にどれだけ犠牲になろうと知った事じゃない。君達だってそうじゃないの?」
集める事に意味があるとでもいいたげだ。何にせよ言葉がかみ合わない。シアンはため息一つついて剣の柄をにぎった。
「そうですね。どうしても退けない瞬間があります。プシュケさんが目覚めた時に笑顔でいられるよう、この狂った運命に楔を打ち込みましょう」
「成る程。では、それに答えようか。‥‥別の形で君達と会えたら良かったのに」
悲しいね、キュラスはそう呟いてタンッと石像を蹴った。相手はその手にライトニングソードを生み出す。シアン達三人と、物陰に隠れていた者達に緊張が走った。
単独で酒場の交渉に出向いたゼシュトを迎えたのは、バートリエと名乗る異国の衣装を纏った、穏やかな容姿をした女だった。食事代は持つからと酒場の小部屋に招かれ、酒をつがれる。ゼシュトは相手を観察するような目を向けた。
「お前と別の奴が、この時刻、違う場所で同じ物を渡すよう言って来た。面倒事が起こりかねん。受け取った後、暫くは我々に干渉しないで貰いたい」
「へぇ‥‥別の方が。成る程。ご安心を。私はただ、返して頂きたいだけ。ブラッディローズは私どもが主の持ち物ですの。盗賊に盗まれて困っていた所でした、感謝します」
「少々小話に付き合ってはくれないか」
「私も聞きとうございますわ。その『別の奴』とやらの話を」
女の双眸は天使の微笑みを浮かべた。不自然なほどに。
ジャイアントソードを構えたシアンの攻撃がキュラスに向かった。戦闘技術は鍛え抜いたシアンである。相手はシアンを危険と判断したのだろう。まず二人係でシアンを潰そうと攻撃を繰り返した。エルザはファイヤーコントロールの詠唱を完成させ、護衛だけでもとらえるつもりらしかった。逃げられては、困るのだ。
「冬華さん! 月夜さん!」
物陰にいた九門冬華(ea0254)と月夜が戦闘に加わった。相手の舌打ちが聞こえる。
「物陰か、ブレスセンサーでもやればよかったかな」
「観念なさい」
「その首、頂戴するでござる」
「悪いけど退いて欲しいなぁ。君達には手が挙げられないんだ」
余裕をかましているが流石に組み合わせが悪い。キュラスはウィザード。稲妻の剣はせいぜい六分。長期戦に持ち込めば明らかに不利。冬華は皮肉気に笑う。
「舐められたものですね、後悔しますよ」
「嘘じゃない。親愛なる方のお気に入りに属する者は斬るべからず、て掟でね」
刹那、キュラスの言葉がうめき声に変わった。話に気を取られ背中がお留守だった所為だろう。最後に隠れていたオイル・ツァーン(ea0018)が彼の肩をえぐった。絶叫が口からこぼれる。「逃がさん」という低い声と共にオイルは筋を切ってしまった。ふと、エルザを守っていたキリクは、オイルの足下の地面から腕が生えている事に気づいた。象牙の如き白い女の腕が、キュラスの動きを封じている。思い当たる節は‥‥無い。皆が地面に生える腕に気づくと腕は地面へ潜り、なんと彼の護衛を地面に引きずり込んで消え去った。
「は、仲間にでも裏切られたか?」
「僕がこんな雑魚に! くそっ、少数派めが」
オイルの言葉に続き、地面になぎ倒されながら悪態をついたキュラスは気味悪い笑みで笑うと、重い腕を上げて指をさす。指した相手は――冬華と月夜。
「君達は将来僕達と同じモノを守る。必ず、僕を、女を助ける為に黒薔薇多数派の動きを封じた事を後悔する。女が助かる代償に親愛なる方が犠牲となるんだ」
覚えておくといいよ。
言い放って自ら声帯を潰した。どんなに拷問をされようが、一切口を割らなくなった。
一方こちらは酒場。バートリエという女は宝石を辿っていて偶然教団の事を知ったという。調べに調べ、そうしてどうにか宝石を返してもらおうと今回のような手に出たと言った。教団にもブラックローゼンにも関わりはなく、宝石は一般人からすればただの宝石に過ぎない物だと。
「では関わりも特別な力があるというわけではないのか」
「勿論です。しいて言うなら我が主にとって思い入れが強い品というだけ」
「当てがはずれたが。約束だ、持っていけ」
ゼシュトは渡すなり颯爽と身を翻して帰っていった。突如、微笑む女の後ろに、同じ異国の衣装を纏った男が現れる。賑やかな酒場に突如として現れたにもかかわらず周りは気づいていない。二言三言言葉を交わし男女はいつしか姿を消した。
それから忙しい日々が続いた。
ヒックス・シアラー(ea5430)とジョーイの二人が教団の影に怪しい者の影があったと噂を撒き散らし、教団の情報操作をして回ったのだ。そして教団の指導者として捕縛したキュラスが引き渡され、罪故に死刑に処されたと数日後に噂は流れる事になる。エルドリエル・エヴァンス(ea5892)やシュナ、エルミーシャを含めた五人が隠れ家を心配して警護を続けたが一度として襲撃はなかった。またエレネシア家の説得にエルドリエルとヒックス、ジョーイが赴いた。その成果だろう。普段と違い、政治の為ならば家族すら切り捨てる冷徹な当主は無報酬とプシュケとの絶縁を条件に生存を許し、逆にデルタからは報酬の4Gが支払われた。センブルグに至っては一切関与しないと告げた。
尚、エルドリエルが考案したギルドの襲撃は実行不能だった事を記す。
国家的な要でもある王都キャメロットのギルドである。ギルドの信用、沽券に関わる問題であり、ギルドには彼らに勝る手腕の警備がいる。奇襲などしたところで返り討ちどころか、国家統治も問題視されるに違いなく、騎士団も黙ってはいない。ギルドにそんな発案を持ちかけた時点でエルドリエルは危険視され、拘束されて詳細を聞かれた。半日後に口添えを含めて何とか拘束は解けたようだった。とんだ騒ぎである。
「報告に行ったけど、思うじゃなくて確固たる証拠を提示しろって言われちゃった」
最後の日。報告や疑問を抱えながら、下の部屋でエルドリエルはため息を吐いた。ラスカリタ家の事についても言ったそうだが、相手に納得をしてもらえなかったというより、場が悪かった。エルドリエルが報告に向かった所、ラスカリタ家の子息サンカッセラが社会的評価で大幅なダメージを受けたエレネシア家に援助を申し出に来ていたという。
「奇妙な話ですね。直接的なつながりは吐かせられませんでしたし、思ったより複雑です」
「少しでも確信に食い込めたのか、微妙なところだな」
ヒックスとオイルがため息を吐く。ふと白のクレリック達に、エルドリエルを含む女性陣が眠るプシュケの部屋に呼ばれた。何事かと顔色を青くした一同に返ってきた言葉は。
「プシュケさんの‥‥目が覚めました」
「ほ、ほんとか! って、オィ」
何故かレモンドの様子が妙だった。絶望的な悩みを抱えている時とも違う。ジョーイに声をかけられても項垂れたまま他の部屋に消えた。ヒックスが首を傾げる。
「具合でも悪いんですかね」
「失恋したんですよ」
冬華だった。続いて女性陣がくすくすと笑いながら出てくる。今は着替え中だから男子の立入禁止だそうだ。レモンドが横恋慕していたという話は冒険者達も聞いていたのでアモールの事ですか、と暗い顔で呟くように問うが冬華達は首を振る。違うらしい。
「じゃあ何故」
「好きな人が出来たから、だそうですよ。しかも一人じゃないとか」
事件についての顛末とエレネシア家との契約内容はすでに話してきたという。それはともあれ本人の居ないところでこんな話をしていいのか。そんな事を漠然と考えながらシアンやヒックス達は顔を見合わせる。喜ばしい事だが、これまでの暗い空気はどこへやら。
「目覚めてすぐに? 誰ですか」
女性陣は顔を見合わせる。エルザが苦笑しエルドリエルが軽く笑った。
「鈍いわね」
「命を助けてくれた恩人に恋をするってのは、なかなかありがちだと思わない?」
部屋から閉め出されていた男達は互いに顔を見合わせた。
「楽しそうだね」
いつから居たのか、窓際にジプシーが立っていた。見たこともない顔である。女はいぶかしげな顔をしている冒険者達に向かって声をかけた。
「初めましてになるかな。第四の薔薇、ネイというの」
刹那。浮かれ気分は一気に吹き飛び、皆が警戒の色を露わにする。女は「そう脅えるな」と苦笑した。だが警戒せずにはいられない。彼らは結果的にブラックローゼンの一人を捕まえ、ギルドに突き出した。今日あたりにでも死刑になっているはずだ。シアンが問う。
「負け犬の遠吠えにでも来ましたか」
「言ってくれるね。まずはおめでとう、娘どもの命は救われ、両家は安泰。お前達の予想外の行動で、我々は迂闊に動けない。さぞ気分はいいだろう」
皮肉のようにも聞こえるが、女は殺気の欠片もなく笑みを浮かべるだけ。エルザは不敵に微笑んだ。
「大勢の無実の者を殺した非道な連中の良いようにはさせないわ」
「事実は否定はしない。私はただの観察者、教えに来ただけ」
「狙いでも教えてくれるのか」
オイルも手にナイフを構えていた。ネイと名乗る女は「あら怖い」と返すだけ。
「簡潔にね。宝石は奪われ、我らの存在は『連中』に知られた。『関』の役目を果たすブラックローゼンの動きを鈍くした影響は甚大。将来バース北方領土で数多の命が消える」
不穏な言葉に皆は耳を疑った。ネイはおかしそうに笑う。
「何を驚く。お前達が導いた結果よ。小娘一人二人の命など比にならぬ幾千万の命を肩に背負う役目が、我々ではなく何も知らぬお前達になっただけの事。我らとて好きで殺しているわけではない。数多の仕事と狙いは別物だ」
「な‥‥にを。一体どういうことだ!」
「選択の時は潰えり」
突進してきたゼシュトの腕を逃れてネイはひらりと窓の外へ逃れた。
「――いずれ『LostPlan』を‥‥地獄の道を、歩くがいいよ」
呪いの言葉を吐き捨てて。
観察者は何処かへと姿を消した。
こうして灰の教団事件は幕を閉じた。業火となりうる火種を燻らせたままで。