灰の教団?―ユダの目覚めα『破壊』―
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■シリーズシナリオ
担当:やよい雛徒
対応レベル:2〜6lv
難易度:難しい
成功報酬:5
参加人数:7人
サポート参加人数:1人
冒険期間:11月16日〜11月26日
リプレイ公開日:2004年11月24日
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●オープニング
かの人は守るべきモノを亡くして忘れた。
アイした人、アイした記憶、イトオシクも叶わぬユメの片鱗。
歯車はどこから狂ったのか、道は何処から外れたのか。
今ではもう知る由もなく。
辿りし道は黒き薔薇で埋められて消え。
多くの者で血塗られた珠は止まるすべを知らず。
後はただ、大河に流れ着く水のように――‥‥
――――とある画家の手記より
† † †
そこは暗い、闇の砦。
「ああ、お義姉さま! 戻ってきてくれると信じていたの」
「――淋しい思いをさせたわね、ミケラ。アレは私が守ってあげるわ。私が」
愚かな愚かな可愛い義妹。お前も私も同じ穴のムジナに過ぎぬ。
我が名はユダ、仲間を裏切る愚か者。
ソドムとゴモラが滅ぼされたように。さだめは決められた道を行く。
眠れよ愛し子、背徳の都に。
涙に叫び、悲しみに笑う。憎き愚者にふさわしい陰惨なる未来をくれてやろう。
今は遠き親愛なる者達よ、血で血を贖う終焉の鐘を鳴らしてたもれ。
我等、道化となりて結末を彩らん。
† † †
●現在(PC情報)
バルデロの砦を制圧して数日後。冒険者達はギルドの一室に呼び出された。
色々と訪ねたいこともあったろうが、何故か部屋にいたのはキュラス一人であった。窓の外を眺めてぼんやりとしている。その手に握られた二枚の羊皮紙。
声をかけられずに立ちつくしている冒険者達に気がついたキュラスは何処か皮肉めいた悲しそうな笑みを浮かべた。
「よい知らせとよくない知らせがあります」
「でしょうね」
冒険者達も何処か悟ったような節がみられた。救えなかった命。まさかの裏切り。心的な疲労もあるのかもしれない。キュラスは一枚の羊皮紙を広げながら話し始めた。
「よい知らせはバルデロを拷問にかけた所、ミケラの勢力と居場所が判明したことでしょうかね。悪い知らせですが、二つあります。一つ目がこれです」
キュラスは冒険者達に羊皮紙を見せた。羊皮紙はエレネシア家現当主のヴァルナルド・エレネシア直筆の依頼書。書かれた文字を目で追ったものは顔をこわばらせたに違いない。当主を知る人間からすれば、想像もつかない痛烈な文が記されていた。
「本気なんですか」
「書いてある通りです。長女プシュケ・エレネシアを『殺害の上、当家に引き渡す事』をヴァルナルド氏は要求してきました。エレネシア家の恥さらしを許すわけにはいかないとのことです。教団の指導者として知れ渡れば家名に傷が付くことは明白。そこで皆さんに教団を潰す際、別の人間を指導者に仕立て上げ、無傷の遺体を持ち帰る事で報酬の4Gを支払うと言っています」
「遺体をどうするつもりですか?」
「病死に仕立て上げるそうですよ。本人の遺体さえあればどうにでもなるそうです」
貴族としては当然の処置なのかもしれない。まだ娘を遺体でも受け入れると言っているのだから、寛大な処置かもしれなかった。それでも教団潰しの過程において、たとえ生存していても殺して連れ帰れというのだから、非難の声が挙がっても無理はないかもしれない。冒険者達は貴族が関わっている事態を嫌でも思い知るしかなかった。
「二つ目は何です?」
「依頼書を受け取った翌日、レモンド・センブルグが行方不明になりました。色々調べていた所、本人の意思で姿を消した可能性が高いです。と、ここで皆さんに確認しておきたいことがあります。プシュケに対して許せないと意志が明確になっている方はいますか?」
そこで何人かが手をあげる。
キュラスは手を挙げなかった者に足手まといにしかならないからと廊下へ呼び出し、レモンドの捜索を頼んだらしい。呼び出された冒険者達はすでに出発して姿はなかった。何故かキュラスの手に握られていたはずの残りの羊皮紙がみあたらない。
「では我々は教団の破壊とプシュケの殺害。ミケラに関しても同じです。プシュケは炎のウィザードを八人。ミケラに関してはクレリックの白と黒が四人ずつ。他にジプシー五人と聞いています。白は強力で四人全員併せて一通り使えるとか。本拠地はキャメロットから四日ほどの山岳地帯にある忘れ去られた古城、元は領主の持ち物だったそうで周囲は湖で取り囲まれ入り口は正門が一つ、湖から入れる裏口が二つです。内部構造は不明ですのでご注意を」
歯車は回る。やがて結末を決めるために。
●リプレイ本文
闇夜に浮かぶ二人の人影。片方は男、もう片方の女は物陰で深紅の唇をつりあげた。
「ハィ。そっちの様子はいかが」
「どう転ぼうと両家の弱体化は免れない。教団も風前の灯火。準備は着々と整ってます」
「相変わらずえげつない。せいぜい善人を演じて頂戴。黒のクレリックに頭を潰したのを見られたのは落ち度だったんじゃない?」
「煩いですよ。全ては主君と親愛なる方の為。ネイこそいい加減にかの方を引き戻して来てください。いずれ戻ってもらわねばなりません」
皮肉を残して消えた男の居た場所を眺め、ネィと呼ばれた女はため息をこぼす。
「個人的には、そっとしておきたいけどね」
いつの間にか人影は消えた。
† † †
‥‥古より悪魔が光の使者を装うは希なる事にあらず‥‥
冒険者達は奇妙な光景を目の当たりにすることになった。保存食を忘れた九門冬華(ea0254)の分は買い求める時間も惜しいため仲間が補うことになった。旅立った討伐班はキュラスと共に古城へ到達。彼らが正面から立ち入ろうとした刹那、何者かが彼らの影をかすめた‥‥ような気がした。冬華が訪ねる。
「どうかしましたか」
「いや、なんでも」
ヒックス・シアラー(ea5430)は眉をひそめた。まだ誰にも気づかれていないはずだ。
「あはは、若呆けかしら」
「失礼な。気を引き締めてくださいよ。僕らは」
エルザ・デュリス(ea1514)の軽い冗談に紛れて、やはり言葉の隅々に闇が覗く。気を重くしないようにしても、やることは変わらない。彼らの目的は教団の破壊。そして。
「彼女を斬るのに迷いはない。彼女の選択を尊重しよう」
悲しみを覆いたいのか、マスカレイドを装着した。彼の表情はもう見えない。キリク・アキリ(ea1519)がシュナ・アキリ(ea1501)の傍らでため息を吐いている。無言のゼシュト・ユラファス(ea4554)は門をくぐり扉の前で考えにふける。エルドリエル・エヴァンス(ea5892)がくるりと仲間を見回した。
「あの、開けられる人いるかしら?」
扉は鍵がかかっていた。シュナが試そうとしたが、道具もない。技術的にも無理らしい。誰も侵入用の準備をしていないのだ。しばし無言が支配する。
「なぁ、今思ったんだが。あたしら全体的に準備がずさんだったんじゃ」
「後悔しても仕方ないわよシュナ。予定より遅れてるのに、まいったわね」
いくらなんでも時間を食いすぎている。立てこもっていることを考えれば急ぐ必要もないのだが、一行はしばし相談した後、‥‥実力行使で扉を破ることにした。
難点は一つ。敵に存在を明らかにし、戦闘の回避が出来なくなること。
「できるだけ走って!」
九門が先頭を行く。カウンターで轟音を聞きつけ集まってきたウィザードをなぎ倒す。エルドリエルとエルザは魔法を詠唱する暇がなかった。何しろ扉を破壊するためにキュラスの配下とエルドリエルが予想外の魔力を消費し、破壊するまでに集まってきた敵を把握するためにエルザがインフラビジョンで監視する。言ってしまえばヘトヘトだ。
混沌とした小さな戦場だった。冒険者に向けて黒のクレリック数名が放ってきたディストロイ。その犠牲者は冒険者を庇ったキュラスの配下だった。冒険者を殺すわけには行かないから、盾になるしかないと判断してだったかもしれない。ヒックスが叫ぶ。
「ひるむな! 進め!」
悲しむ暇はない。ヒックスが、キリクが、冬華が、ゼシュトが。各々の剣を振るう。服が焦げ、髪が焦げ、腕や足のあちこちに傷を負う。癒す暇もなく、彼らは奥へと突き進んだ。広い空間、横たわる闇、彼らはただ奥を目指す。怪我の手当はエルミーシャ・メリルがやってくれた。
「おい、キリク。何ぼさっとしてんだ、あたしらには重要任務があるだろう!」
「待って姉ちゃん、何故だろう。彼らおかしくない?」
キリクが指摘したのは、黒クレリックの奇妙な行動だった。自ら攻め来る自分たちを退け倒すべく魔法を放ちながら、いざ命中して相手が散ると、呆然とその場に立ちつくすのだ。走り寄る者もいる。だがそんな者達もまた、隙を見せたとして倒されるのだ。
「変ですね。人の命をゴミとしか思っていないような連中なのに」
ヒックスの言い様は当たっている。彼らは今まで、嫌と言うほど教団の悪行を見てきた。
「思い当たる事、考える事はあれど、真実は本人のみにしか答えられ無いのですよね」
激動の中で、冬華が呟く。
襲い来るウィザードをなぎ倒しプシュケの待つ庭にたどり着いた頃には冒険者達とキュラス及びその片腕だけとなっていた。さして広くもない中庭。吹き抜けの天井の空に星が輝いている。彼らがプシュケに向かおうとした刹那、反対側の入り口からタイミング良く人影が現れた。それはレモンドを捜索しに行ったはずの仲間だった。様子からして、レモンドについたのか、こちらに向かって剣を向ける。冬華が剣の矛先をプシュケから敵と見定めた捜索班に向けた。
「何を考えているのかだいたい想像はつきますが、邪魔する者は排除します」
「プシュケ、わが友。僕は君の決意を尊重する。全力を持って答えよう」
ヒックスがプシュケに向かって言ったのに続いて、厳しい顔をしていた冬華がふっと一瞬微笑んだ。
「言った通り来ましたよ‥‥私は、月影の剣姫は優しく無いし馬鹿だから、貴女を倒して答えてもらいましょう――真実を」
ごうっと音を立てて燃えるが如く彼らの瞳に闘志が宿る。誰がレモンドの率いる捜索隊を担当し、誰がプシュケの命を奪うか。今まさに視線で役割を分担し駆けたその時、皆の前を遮るようにエルドリエルが飛び出した。
「双方やめて! 悪いんだけど、私の話を聞いて。プシュケさんもよ、一部の人には夜にこっそり話したけど、今一度言うわ。この事件には、何かしらの貴族というか、影が関わってるように思うの。これは私の直感で申し訳ないけれど」
「‥‥貴方!」
「最後まで聞いて。私、報告書を調べ直したの。教団については分裂を繰り返したなら派閥があったんじゃないかしら? 人質は教団として許せない人達かもしれない、粛清ならありえるわ。それにアモールは死ぬ間際『我らが君主より〜』と言ったそうよ? 教祖は存在してる。居ないなら確信めいた発言はないと思った」
エルドリエルはどうやら一から情報を調べ直したらしい。ギルドに保管されている報告書だけはざっと洗い直したようだ。眈々と言葉をつづる。
「殺される? 元幹部を連れ戻そうとしてるのに? ブラックローゼンは呪殺などはしない。これはでっち上げだわ。貴方は最高位で思うがままにしたかった。‥‥何か違うかしら、キュラスさん」
言った刹那、ゼシュトが地を駆けた。それに気づいたヒックスがキュラスを庇うように剣を振るう。力で押されるヒックス。ヒックスは渾身の力で押し返そうとした。
「その男は此処で死なねばならぬ‥‥神に仇なす‥‥俺の手で」
「僕は常に仲間を信じる。キュラスさんは僕の仲間だ!」
討伐班の仲間割れという事態についてゆけなかった周囲が唖然と様子を眺めていると、キュラス本人がやれやれと首をならす。
「‥‥賢い方を相手に私はみくびり過ぎたかな? ならお遊戯はやめましょうか」
声は途切れ、目の前を何かが通り過ぎた。プシュケの首筋から間欠泉の如く吹き上げる血潮。近くにいた者を含めて衝撃波が彼らを巻き添えにした。狙いはプシュケの首。もう少しずれていたら完全に首と胴を切り離していただろう。しかし危険な状態にかわりない。
絹を引き裂く悲鳴が上がる。レモンド達が駆け寄った。
「欺くはまず味方から。祖父の出方も知っていて、私の情報網に知られずに目的を全うし証拠を残し、冒険者の手を借りて自らの命と引き替えに家の名誉を正す。悪くない策ですが、それも僕の策の内、残念でしたね」
「キュラスさん、あなたやっぱり!」
「おや、キリク君。勘の鋭い人はもう一人居ましたか。‥‥おい」
言うや否や、彼の側に控えていた片腕が魔法を放った。ヒックスを除く者達が数メートル吹き飛ばされる。ただ一人、攻撃を免れたヒックスが呆然と仲間を見渡した。
「まずはイエスと答えましょうか。貴方の言うとおり『我々』は呪殺などといった不確かな方法はしません。教祖説に関しては不正解かな? 真の教祖は正真正銘プシュケが殺している、僕はその後を少し利用させてもらいましたが。気づくのが遅かったですね」
地面に叩きつけられたエルドリエルが言葉もなくにらみ返す。他も同様だ。ヒックスが現状を把握できぬまま、すぐ背後に佇む仲間だったはずの男を振り向けずに声を絞り出そうとする。
「知ってます? 報告書の欠点は、事件の当事者以外は対象の顔が分からない事です」
「キュラス、さん、あなた。僕は信じな」
「君のそういう純粋なところ、好きですよヒックス君」
にこり、と微笑む。
「人を信じて疑わない。その年にして無垢で純真な、情に脆い愚かさは」
キュラスはヒックスの首筋を舐めた。ざらりとした舌の感覚。
「うわぁ!」
背筋に悪寒が駆け抜けた。ぶんっと剣を振るうが、片腕に守られキュラスには届かない。
「君にぴったりの名を思いつきましたよ。『無垢なる守り手』と呼びましょう。仲間にも伝えておきます。君の優しさに免じて、将来、一度だけ見逃すチャンスをあげます」
討伐班は目を見開いた。何を言っているのか理解できなかった。
「予言します。エレネシア、センブルグ、プリスタン、アリエスト、我が主君と親愛なる方。現状いずれかに関わるならば嫌でも我々と対峙する時が来る。もっとも二度と会わない可能性もありますがね。これは大事な事ですよ? ヒッ・ク・ス・君? この事件をなんと呼ぼう『邪教狩り』がいいかな? 多くの命を奪った悪しき教団、討伐する正義の使者、例えば、教団は分裂を繰り返し正しい者もいて『何者かの策略によって討伐対象に無実の者が混ざっていた』としても、正義の使者には何の罪もないよねぇ?」
天使のような微笑みは、悪魔が悪事の成功にニタニタと笑うような笑みにしか見えない。
「貴様ァァっ!」
立ち上がったゼシュトと、シュナが地を駆けた。その顔は怒りに染まっている。突入時のキリクの危惧は当たっていた。攻撃しておきながら殺した事実を受け入れない。彼らはただ、『突然教団に襲いかかってきた者に立ち向かった』だけなのだ。
「あははは! 無駄無駄、仮にも初代の一人、僕を殺したいのならもう少し腕を上げていただかないと役不足ですよ! ‥‥おぃ、任せるぞ」
「御意」
「待ちなさいっ!」
ゼシュトとエルザ、エルドリエルが逃亡を図った二人を追う。冬華達が嵐のような出来事を前に呆然としながらも立ち上がった。のろのろとプシュケの方をみやると、彼女は出血多量で瀕死の状態らしい。アイスコフィンに閉じこめられ、その前に騎士が一人。見知った顔だ。冬華達が近づくのに気づき、ばっと前に立ちはだかる。
「彼女の殺害で本当にこの事件の決着を付けれるのでしょうか。お願いします。時間をいただけないでしょうか」
例えキュラスが何であろうと目的はプシュケの殺害。黒髪の騎士がシルバーナイフを構えて懇願した。すると、冬華が進み出る。
「聞けましたか」
「どういう意味です」
「十分時間はあったのでは? 真実を‥‥彼女が何を守りたかったか、聞けましたか」
相手はただ頷いた。偶然遭遇するには時間が経ちすぎていた。侵入に手間取っていた討伐班と違い、彼らにはいくらでも侵入できる技術者がいたはずだ。
ふとキリクが気づいたように冬華をみやる。
「貴方まさか、忘れたのは‥‥わざと。でもだって、彼らの事なんて知らなかったはず」
「――さぁ?」
冷たくも見える微笑と共に短い返答だけを冬華は返す。どうやら出遅れた結果は大きな意味を持った。ただし、それを狙ったのかどうかは知らない。
「いいか、あたし達の役目はなぁ!」
「やめてよ姉ちゃん! 甘いって殴られるかもだけど、僕はまだ姉ちゃんみたいに強くなれないよ。僕、出来ればプシュケさんを殺したくない。お願いだから」
今なら、エルザの魔法を用いれば簡単に氷の棺は溶けるだろう。だが、キリクが家族を始めとして皆を止めた。止めたと言うより、自分の考えを語っただけだが、有無言わさず命を奪う行為に了承しなかったのだろう。しばらく話した後に皆、武器を納めた。
「では後々聞かせていただきましょう。裁定はそれからでも遅くない」
冬華告げる。相手はほっと胸をなで下ろした。
それから数時間して。
救出班が白のクレリックを発見していたことから早々に連れてきた。
プシュケが一命を取り留めたのが不幸中の幸い。悲劇の連鎖は免れた。冒険者達がいなければ彼女は死に、事実は知らされなかった。ただし、蘇生させるには時間が経ちすぎていたのだろう。生命の鼓動を取り戻した後、彼女の意識が回復する事はなかった。ゼシュトを除きひどい傷を負った者は、皮肉な因果だが教団の白クレリックが手当を行った。
事実上は灰の教団は崩壊。破壊班はキュラスを取り逃がし、踊らされていた事実と現状の把握の為も含め両班は休戦。ギルドを経由し長引いているという偽りの届けを出す事で両依頼主への報告を延長。不気味なほど静かな沈黙の日々が続く。
数日後、数名がギルドを通じ匿名で呼び出されることになる―‥