●リプレイ本文
此処は農場。広がる草原は手入れもされていなかった為か荒れていた。
雨や獣の被害を考慮すれば、長い間とはいかぬものの、広大な敷地を放置したままという事が、これからどれだけ作業に骨が折れるのか想像に難くない。ギール・ダニエルが動けなくなって以来、微々たる人の手伝いこそあれ、少女が生き物の食事の世話を一日かけてすることが精一杯だったときいた冒険者達は、軽い相談をした後に早速、それぞれの担当地に移動していった。
「やれやれ、容易に済みそうにないな」
家の中のミゼリと寝込んでいるギール、そして犬一匹。
クレアス・ブラフォード(ea0369)を始めとした家の中担当兼世話を買って出た者達は、まずは台所でため息をこぼした。食器類も洗っていることはいるし、掃除もしているのかもしれないが、何せ五歳位の少女が全てしていたのだ。当然物は‥‥散らばる。
「クレアスさん。やっぱり他の部屋も散らばってますね、使用してない部屋も埃がたまっていたり物置状態ですし。皆で宿泊するには掃除が必要です」
西側の部屋を見て回ってきたユエリー・ラウ(ea1916)がこれから大変です、と言いつつも熱意を見せていた。そこへ東側の部屋を見ていた沖鷹又三郎(ea5928)も戻ってくる。
「今回は一日二日、数名が外で寝てもらう羽目になりそうでござる。向こうの部屋も人が寝るには片づけないと無理でござろう。あと開かない部屋があったでござるよ」
沖鷹の言葉にクレアスとユエリーが顔を見合わせてから首を傾げた。
「開かない部屋、ですか?」
ユエリーの言葉に沖鷹が頷く。
「まず扉が鍵で閉められてる上に、数カ所釘を打ってあったでござるよ。外から見ても木窓が釘で打ち付けてあって中を覗くこともできなかったでござる。だいぶ昔から閉じてあったような気配が」
「妙な物でも閉じこめてあるんじゃないだろうな」
クレアスが唸った。もしモンスターの類なら排除すべきであろうが、長年閉じられたままとなると話が変わる。見られたくない物があるのかもしれないが、その辺はギールに聞くしかないだろう。ふとユエリーがギールの看病をしているエヴァーグリーン・シーウィンド(ea1493)の所から帰ってきた。困った人は助けるべきと、クレアスとユエリー、沖鷹が室内の掃除をしている間にギールの看病をすることになっていた。
「ミゼリ君、ミゼリ君」
ユエリーがミゼリを呼ぶ。ミゼリはニコリともせず無表情で近寄ってきた。クレアスが腰を折って視線を合わせる。クレアスは話さないミゼリと会話をするのが上手かった。
「東の方にある開かない部屋、あそこはモンスターなどがいるのか?」
ミゼリは首を横に振った。はい、いいえを判別できればなんとかなるものだ。
「あの部屋はそっとしておけばいいんですか?」
ユエリーの言葉に首を縦に振るミゼリ。とりあえずは他の部屋の掃除だ。
「‥‥後でギールさんに聞いた方がよさそうでござるな」
沖鷹が呟く。ミゼリは何も言わない。
一方こちらは畑班。果てしなく広がっているように見えてしまうのは目の錯覚と思いたくなるに違いない。畑は全部で四つあるのだが、内二つは今回完全に放置する事が決定していた。なぜならば。
「とりあえず。やれるだけやろうか」
フィル・クラウゼン(ea5456)がギールから聞いた通り、ダニエル宅の方から持ち出してきた『鎌』を手に気合いを入れる。傍らにたたずむアリッサ・クーパー(ea5810)と萌月鈴音(ea4435)、バルタザール・アルビレオ(ea7218)の三人も同様に『鎌』を手にしている。断じて雑草刈りではない。彼らが刈るのは‥‥果てしなく広がる牧草。
「なんだか始める前から気の遠くなるような作業ですね」
アリッサがため息をはきながらもギールが括ったまま放置していた牧草刈りを開始した。これから季節は寒くなっていく。小屋といっても乳牛八頭を飼育している小屋の脇にある建物に、此処一帯の牧草を刈り取って放り込み、寒い季節を越せるように蓄えの準備をしておかねばならない。よくもまぁ爺一人で管理できたなと、フィルは頭の隅で考える。
「アリッサ、鈴音。無理はしないようにな」
「気をつけますが、多少の無理をしないと数日の内には終われそうにありませんし」
そっけない言葉、無愛想はお互い様だろう。鈴音はといえば。
「‥‥うん、がんばる」
軽くではあるが農業や毒草に関する知識を持つ鈴音も畑の担当を申し出た。本来は農作物を見て回る予定ではあったのだが、ギールによれば雨や嵐で駄目になる前に牧草を刈って置いてほしいという。小さい身なりではあるが鎌を手に一生懸命作業にいそしんでいるところが健気で愛らしい。一方バルタザールは、農作物の方も可能な限り見に行かねばと言いながら、やっぱり腕を休めることはない。
「農作物の収穫以前にこちらをやらないといけませんからね。ああ、筋肉痛が容易に想像できますが‥‥筋肉痛上等!」
根性は燃えていた。
体力がないエルフのバルタザールや女性陣にとってきつい作業だが仕事は仕事。寒い季節に牛が飢え死にしたら大変だ。四人は一列になってすでに括られている束の根本を刈ってゆく。四人とも驢馬や馬を持っていたのが幸いし、ある程度刈り終えると、交代で馬や驢馬に束を乗せて指定の建物に運ぶ。ギール曰く、外に干すのも限界なんだとか。
「それにしてもミゼリ様は気になりますね。あの年で達観されておられるとは思えませんし、ご両親もどうされたのか」
作業をしながら軽く会話が飛ぶ。沈黙は作業が早く進むかもしれないが、これだけ広いと苦行に近い。体力抜群のフィルが一人、猛スピードで牧草を刈っていくのが頼もしい。
それはともかくアリッサの疑問は的を射ていた。
「ミゼリぐらいの年頃の少女なら、まだ親に甘えていそうな気がしますが、両親が居る気配がないのも変ですね。それに、ひと気が無さすぎるというか」
鈴音よりも幼い少女。普通ならば駆けて遊んでいるくらいの子供だというのに、感情の片鱗も見られない。どこか人形じみた少女を頭の隅に思い浮かべる。ギールの孫なのかもしれないが、面立ちが似ているとは思えない。
「まぁ、詮索は好きではありませんし、お会いしたばかりですのでいずれ話していただけることを期待しますか」
彼らは当分、ギールとミゼリに接することになる。十日前後のサイクルで顔を合わせるのだから家族にも似た面を持つのかもしれない。
「そうしましょう。とりあえずは‥‥牧草と格闘です」
現実を見なければ話は進まない。フィルが彼らの二倍の早さで刈っている事も考えると、皆で励めば今回の期間内に牧草の貯蔵は終わりそうだ。‥‥たぶん。
「畑とか、こういった農作業をしていると昔を思い出すな」
きらりと光る汗が眩しい。故郷が農家なのかどうか記録係に知るすべはないのだが、フィルの視線は辺りを見回す際、どことなく哀愁に満ちている気がしないでもない。バルタザールの服の裾を鈴音が引く。
「‥‥そろそろ‥‥運んだほうがいい?」
「あ、だいぶたまりましたね。じゃ、今度は私達が運びますか」
鈴音がこくこく頷く。鎌を目立つ場所におくと、小分けにしておいた牧草の束を運び始める。アリッサが、かーなーり離れた場所に立っているフィルを呼んだ。
「フィル様! 運ぶのを手伝っていただけますか!?」
「む。運び手が必要か。よし、今行く」
鎌をおいて肩に担ぐでかい束。すでに括っている束のでかさが違う。この辺体力に優れたフィルには利点だ。二束三束抱えて平然としている。とはいえ実際、貯蔵場所まで運ぶのは馬や驢馬。飼い主の為に頑張るべし。筋肉痛になるのは果たして何人か?
さてその頃、ダニエル宅では沖鷹が夕食に向けて料理にいそしんでいた。元々ギールとミゼリしか暮らしていない家、食事の材料は少ない。採取に行っている者もいるのだが、とれるかどうか怪しい面もある。よって朝食と昼食は保存食を徹底、せめて夜食ぐらいはまともな物を食べられればいいが、冒険者達が居ない間のギールやミゼリの生活を考えれば滞在中毎日材料を失敬するわけにもいかない。底がつきてしまう。
沖鷹は腕前は小さな料理屋を営める程度には鍛えているというもの。ある程度掃除が終わったユエリーが匂いにつられて台所にやってきた。足下には犬がまとわりついている。
「懐かれたでござるな、疲れたでござろう」
「ある程度の修繕とかもしましたからね。技術的に素人で申し訳ないですが、やらないよりはましでしょう。身の回りの世話とミゼリ君と愛犬の世話は俺がしますから、とギールさんにも宣言しましたし。ドクターストップがかかってるんですから油断は禁物! 後でエヴァーグリーン君と交代しないと」
なんだかんだ言いながら忘れ去られていそうな犬の世話もきちんとやっているユエリー。と、そこへエヴァーグリーンがやってきた。
「ねぇ、本当にギールさんて怪我だけなのかな」
「駄目だったでござるか」
料理中の沖鷹とエヴァーグリーンの言葉にユエリーがいぶかしげな顔をする。
「どうかしたんですか?」
「お薬も駄目、ヒーリングポーションを勧めてみたけどいらないって。沖鷹さんがリカバーをかけようか聞いたけど、拒否したですし。お年寄りなのはともかく宗教嫌いで薬まで拒否するのっておかしくないかな。具合が悪いのは確かみたいですけど」
ギールが偏屈ということを考えると無理もないかもしれないが、それにしても怪我を早くよくする可能性がある方法を全て拒否するのも妙な話だ。ふとユエリーは言葉をこぼす。
「ドクターストップは怪我の所為だけでしょうか。‥‥持病ってなんでしょうね?」
時同じくして場所は牧場。
牧場を担当したのはフェシス・ラズィエリ(ea0702)とリーベ・フェァリーレン(ea3524)、五百蔵蛍夜(ea3799)の三人だ。動けるのが少女しか居なかったため、牛八頭と馬二頭は長いこと牛小屋なる場所にそろって繋がれたままだったらしい。食事は何とかしていたようだが、それにしてもストレスはたまるのは間違いないだろう。というのも。
「あ〜〜〜、もう! 言うこと聞かないんだから!」
牛は暴れ牛に近い状態になっていた。ストレスって怖い。
リーベは強硬手段に出た。野生の生き物を従わせるにもっとも有効な方法は、それすなわち格の違いを本能的に思い知らせてやることだ。躾は体感すべし。久々の気分転換にと牧場に放してやったのに、牛達は根性がひん曲がっている。
というわけで。
「言うこと聞かない子はこうよ! アイスコフィン!」
ぱきょーん。
いともあっさり凍る牛。残る牛はしばし硬直。リーベを見る目には怯えが混じっているに違いない。それまで全く言うことをきかなかった牛の群。何故か急に静かになった。
「お、おみごと」
フェシスの拍手が聞こえる。傍らには愛馬のウォルナッツ。
蛍夜はといえば牛小屋の鎖や金具の腐食、鍵を始めとして修理を行っていた。世の中思いもよらぬ時に役立つ技術とかもあるものだ。毎日彼らが管理できるわけではないので、また暴れ牛化しないとも限らない。脱走されたり泥棒に入られたりするのも問題。場合によってはモンスターの被害から守るためにも修繕は必須。
リーベが牛の群に脅威という名の躾を与えていた頃、蛍夜は修繕を終え、愛馬をつれて牧場にやってきた。凍っている牛に目を丸くする。
「‥‥何をやってるんだ、リーベ君」
牛と眼光で何やらどっちが上かと張り合っていたリーベが、ふと振り返った。
「あ、おっかえりー! お疲れ。ストレスで牛が言うこと聞かないから躾してみたのよ」
「‥‥自分の馬も骨休めに放そうと思ってきたんだが、凍らせないでくれよ?」
「失礼ねー」
ぷくっと頬を膨らませる。蛍夜は苦笑いしながら愛馬の赫と狛の馬具を外す。冒険者ともなると激しい戦いの中に身を置くことも少なくない。となれば愛馬も自然と酷使することもあるし、疲れもたまるものだろう。馬具から解放された馬は、すでに牧場の中でのんびりしている馬の元へと走っていく。
満足そうに眺めている蛍夜の所へ、同じく愛馬を放したフェシスが近寄った。
「修繕任せっきりですまなかったな蛍夜さん、疲れただろう」
「いや。たまには、こんなまっとうな仕事も悪くはないさ。修繕もプロ並みにってわけにはいかないが、壊れたらまた直せばいい。ギール爺さんから聞いた限りの事はやってるわけだ。どうにでもなるさ」
「ああ。牧場管理は大変かと思えば‥‥牛だけならリーベさん一人でも管理できそうな」
どうやら遠くで牛の頂点に立ちそうな気配のあるリーベが、ぐりんと後ろを振り向く。
表情は笑顔だが。
「どういう意味かしら〜〜?」
「‥‥なんでもないです」
声が小さい。
「ははは、でもまあ愛馬の気分転換になりそうでよかった」
「旅をしていると引きずり回してしまう節があるからな。うちのお嬢も普段より幾分か機嫌が良さそうだ。幸い仲間もいることだし、仲良くなれるといいんだけどな」
依頼とはいえこの上ない長閑な光景だ。ギール曰く餌も与えて牧場で適度に運動させなければならないのも確かだが、牛は肉牛ではなく乳牛だ。他にもミルクを絞ったり、まだ小屋の掃除もしていない。まだやることは残っている。
リーベがからからと笑った。
「まーまかせてよ。少しなら牧畜に関して知識もあるし、ただ蛇も出るって言ってたし気をつけなきゃいけないよね。ギールさんの様子だと頼みたい事も色々あるみたいだけど、順番にこなせばなんとかなるでしょ」
とその時、牛が一頭突進してきた。果敢といえばいいのか、お馬鹿と言えばいいのか。
何にせよ今回の牧場班の重要使命はただ一つ、根性ひん曲がった牛をてなづける事。
「学習能力もうちょっと高くないのかしら。アイスコフィン!」
ぱきょーん。
牛の氷漬けは増える一方だ。フェシスは当初、時間ができたら狩りに出る予定だった。
「たまには、こういう依頼もいいよな‥‥?」
語尾が疑問形になっている。なにやら自分に言い聞かせているのは彼だけではない。
「たまにはこういう仕事も悪くないな。‥‥たぶん」
蛍夜は思う。ここで根性悪の牛の世話をギブアップしたら終わりだ。
さて牧場班が牛に手をやいていた頃、時刻は夕方。
ダニエル宅にタチアナ・ユーギン(ea6030)が戻ってきていた。タチアナは午前中、馬を走らせて農地をチェックしに出かけていた。馬の嘶きを聞いたクレアスが、タチアナの出迎えに現れる。
「大変だったな。お疲れさま」
「ごきげんよう、クレアスさん。ドゴーダと色々見回ってみたのだけれど、とてもじゃないけど今回で全てするのは無理ね。柵も部分的に壊れていたから修繕しないといけないし」
ひらりと愛馬から舞い降りる。
愛馬のドゴーダを労りながらもタチアナは話を続けた。
「農地に関しては詳しくは後で。あと近所の人の所へ行って話を聞いてみたけれど、この辺は蛇の被害とラージバットが多いらしいわ。小屋の修理はきっちりした方がよさそうね」
クレアスがため息をこぼす。家畜が被害にあっては困るというものだ。
「爺さんはよく管理してたな。やはり定期的に来て見直さないといかんな」
と、その時。タチアナが入り口に視線をやると、何やら落ち着きなさそうにキョロキョロしているミゼリの姿があった。タチアナが戻ってくる少し前、空が茜色に染まり始めた頃になってミゼリの様子がおかしくなった。始終窓の外を眺め、出入り口の側を彷徨く。
「ねぇクレアスさん」
「なんだ」
「ミゼリさんってギールさんのお孫さんなのかしら」
外見上面影を探してもミゼリとギールは似通っているとは思えない。孫と言われたらそれまでだが、普通の子供に比べて感情が薄いことや広い農地に爺と少女だけということも考えると奇妙である。クレアスはミゼリを呼んだ。ぽてぽてと歩いてくるミゼリに、タチアナが再び同じ質問をする。親はどうしたと聞いてもミゼリは何も言わないように、イエスかノーかで答えられるようにしなければ、うんともすんとも言わない少女の返答は‥‥
「‥‥どういうことだ?」
二人は眉をひそめる。
ギールの孫かと問われたミゼリは、きっぱりと首を横に振ったのだった。
さて夕方になっても落ち着かない場所がある。
それが馬と牛がいた方ではなく、もう一つの小屋。中身は‥‥約八十羽の鶏。
「あー、もう、毛だらけぇ」
悲鳴が聞こえる。さらに混じって聞こえる『こっこっこっこ、こーけこけ』という喧しい鳴き声。アリシア・シャーウッド(ea2194)とジャスパー・レニアートン(ea3053)は二人だけで鶏の世話をしていた。卵は気をつけて回収しろよとギールに言われ、さらに小屋の修理と掃除、ストレス満載の鶏がつつきあっており、一匹一匹とっつかまえて汚れた身を洗う。いやはや知らない相手に警戒心も高くなり、鶏は逃げに逃げる。
「悲鳴あげても仕方ないさ。頑張らないとノルマこなせないよ」
「むー、分かってはいるんだけどね。ジャスパー君根気強いよね」
「多分だけど、みんな苦労してると思うし。此処の小屋はそれほど直す場所もなかったから、僕らは楽な方だろうと思う。ギールさんよく一人でこなしてたな、なかなか真似できることじゃないよ」
「んー、慣れの問題なのかもしれないね。なんか鶏に踊らされてる気分」
「慣れ、か。慣れればいいんだけど」
とはいえ逃げる鶏を捕まえるのも一苦労だ。
アリシアは気を取り直して拳を握る。
「そうだねー、とりあえず夕飯までには一段落つけちゃおう。農地の近くに罠仕掛けといたけど何かひっかかんないかなぁ、個人的には保存食温存しときたいんだよね」
いざとなったら野草でもと昼間に呟いていたのだが、薬草や山菜、茸を探すにしても、その手の知識がない以上、むやみやたらと食べるのも危険だ。毒草や毒茸食べたら危ないと言うことでジャスパーが考えあぐねるアリシアを踏みとどまらせている。
「何か面白いものでてこないかにゃ〜」
「面白いものか、長いこと手伝うことになるから何か発見できたら面白そうだな」
働きっぱなしで保存食すらまともに食べていない二人。日はもう傾いているし、なれない作業に疲れもかなり溜まっていることは間違いなし。筋肉痛組はここでも出そうである。はたりと何か思い立ったようにアリシアが鶏を見つめる。
「兄さんが差し入れとかで来てくれないかなぁ」
「さっき料理店営んでるって言ってたコックさんの?」
会話しながらも作業は進む。始めたばかりの時に比べて余裕は生まれているようだ。ジャスパーが何気なく聞いたのだが、後ろ向きのアリシアは手の中の鶏を見下ろし。
「うん。兄さん料理人だからおジィさんに頼んでさー、一匹ぐらいもらって酒場のグローリハンドで出してるみたいにローストチキンにしたら美味しそうだなって思ったんだけど。この子とか丸々太っててさー‥‥、どう?」
殺気。
「‥‥‥‥一段落したら戻ろうか」
ジャスパーが冷静な判断を下す。
「‥‥‥私もちょっとそう思った」
どう? とかいう問題ではない。そろそろ何かしら腹に入れないと雑念が沸々浮かぶようだ。二人は一瞬沈黙した後、それまでの二倍の早さで鶏の世話、ひいては掃除を終わらせていった。昔の人はちょうどいい言葉を残してくれたと思う。そう。
腹が減っては戦ができぬ。
さてそうこうする内に、アリシア達がダニエル宅へ戻ると二人は最後だったらしい。夕食時にはよい時間だろうが、二人が泥だらけで帰ってくるとミゼリが飛び出してきた。
「? ミゼリちゃん?」
アリシアとジャスパーの顔を確認するやいなや、ミゼリの両目に涙が溜まった。二人には何がなんだか分からない。ミゼリはしばらくじぃっと二人を眺めた後、クレアスの足下にへばりついた。服の裾を握りしめて、睨むような目つきをしている。ユエリーの足下にいた犬もミゼリのそばに寄った。見ていた者達が苦笑する。
「そら、爺さんの所に行こうか」
ミゼリを抱き上げたクレアスが廊下に消えてゆく。二人が目を点にしていると、フェシスと蛍夜、リーベの三人が「俺達も泣かれた」と言った。ユエリーが手をたたく。
「はぃ、泥まみれの方は手を洗って。泥や汚れを落としてからにしてくださいよ、すぐ夕飯です」
「ねぇ、どゆこと?」
身なりを正して戻ってきた二人。アリシアが再び問いかけた。泣かれる心当たりがない。と、エヴァーグリーンが二人の所へ寄ってくる。
「お酒で体あったまるっていいますですし、飲めたらどうぞ」
自前の酒の入ったカップを渡しながら、理由を話した。
「私達を家族だと思ってるみたいです」
「家族って、まだ初対面に近いんじゃないのか」
ジャスパーが疑問を飛ばすと料理を運んでいた沖鷹とユエリーが二人を見やる。
「ギールさんが教えてくれたでござるよ」
「ミゼリ君の両親が昔、夕方までに帰ると行って森に入り、夜になっても帰ってこなかったそうです。モンスターに襲われたそうで。それ以来、夕方になると落ち着きが無くなるんだとか。最初に僕らを家族だと思いなさい、とギールさんが紹介したでしょう、あれが‥‥かなりきいたみたいですね」
牧草刈りに出ていたフィルとアリッサ、鈴音とバルタザールの四人は見切りをつけて明日に、とタチアナの後に続いてダニエル宅に戻ってきていた。つまり夕方までに帰ってきていたのだ。
逆に生き物をまかされた、牧場と小屋、この二班が帰ってきたのは日が暮れてから。ミゼリは帰ってこない五人がモンスターに襲われたのではないかと思いこんでいたらしい。無理もないかもしれないが。
「となると早く帰ってきた方がいいって事か」
どうやら色々問題もあるらしい。
「さて、今日の結果報告含めて食事にしましょうか」
広大な農場を代理で管理することになった十五人は、その夜現状報告を含めて会議を行った。中にはチェスを持ち込んで深夜に仲間と楽しんでいた者も居たようだが。こうして数日間の作業を終え、冒険者達は一旦帰っていった。また再び来るであろう農場にしばしの別れを告げる。
やがてミゼリが再び、冒険者ギルドに依頼書を持ってくるその時まで。