切ない季節の農場記6

■シリーズシナリオ


担当:やよい雛徒

対応レベル:3〜7lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 45 C

参加人数:15人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月03日〜02月08日

リプレイ公開日:2005年02月10日

●オープニング

 色々と問題もおきたり、それでも世話をこなしたり。
 一定の期間をおいて農場の世話をしてきた冒険者達であったが、ギール農場へ来るのは今回で終わりである。長期の依頼としてもともと受けたものだ。親を亡くして言葉を失った少女、頑固者の爺、怪しい影もうろついていたことがあった。市に出て行ってかわりに売りさばいたりしたのは何度だったろうか。今回の依頼の最終日に、新しく雇われた者達が正式に農場で働き始める。
「お前たちに会うのも今回で最後か」
「そんな永遠に会えないような発言しないでくださいよ。さびしいですね」
「さあどうだろうな。わしの体は期限付きだ。保証はないぞ?」
 いやな冗談を返してくれるものだ。それでもギールは笑っていた。ミゼリは誘拐されて一度塞ぎこんだが、今は何もなかったかのように相変わらず普段は無表情を通している。
「さーて、最後の市に世話。がんばりますか」
 簡単に過去の市と今回のをおさらいしておこう。
 収穫した卵が920個。卵は安い時は二個1Cで買い取られるが、上手く交渉すれば1個1Cで買い取ってくれる。
 牛乳105リットル、内冒険者達がバターに加工した分が65リットル分あるわけだが、ギールの農場の地域では、バターについては100g(五リットル消費)は30Cから40Cで売ることが出来る。
 牛乳は1リットル最低3C、高くて4C。
 採取した15束の薬草は一束10C〜30C、最高で50C近くとなる。幸運にも取れた良質の薬草二束は一束1Gといった所だろうか。
 倉庫のカブ1200個中500個はピクルスになった。不恰好なもの、傷みの早そうなものを気にした結果だろうが、今回の加工品の質は前より上がっている。カブの価格は四個1Cから3C。ピクルスの価格は一個分が2Cである。期待はかかるが、市の農家同士の取引は少々厳しくなっていると聞く。先頭ではないが口のうまい方々を侮るのは危険だ‥‥と思う。交渉しだいではさらに値段を引き上げることもできそうだが、さて。
 
 最後の農場記がいかなものか、のんびり眺めるとしよう。

●今回の参加者

 ea0369 クレアス・ブラフォード(36歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea0702 フェシス・ラズィエリ(21歳・♂・レンジャー・エルフ・イギリス王国)
 ea1493 エヴァーグリーン・シーウィンド(25歳・♀・バード・人間・イギリス王国)
 ea1916 ユエリー・ラウ(33歳・♂・ジプシー・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea2194 アリシア・シャーウッド(31歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea3053 ジャスパー・レニアートン(29歳・♂・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea3451 ジェラルディン・ムーア(31歳・♀・ファイター・ジャイアント・イギリス王国)
 ea3524 リーベ・フェァリーレン(28歳・♀・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea3799 五百蔵 蛍夜(40歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4435 萌月 鈴音(22歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea4844 ジーン・グレイ(57歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea5810 アリッサ・クーパー(33歳・♀・クレリック・人間・イギリス王国)
 ea5928 沖鷹 又三郎(36歳・♂・僧兵・人間・ジャパン)
 ea6030 タチアナ・ユーギン(32歳・♀・バード・エルフ・ロシア王国)
 ea7218 バルタザール・アルビレオ(18歳・♂・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)

●リプレイ本文

 花は揺れる。
 道端で見つけた、まだ肌寒い季節に何か間違えて咲いてしまったような霜の中に咲く小さな花だ。触れたらはらりと零れてしまいそうな儚い花を摘み取り、アリッサ・クーパー(ea5810)は冷ややかな墓前に備えた。人の気配は他にない。そこはダニエル家の子爵を冠した青年が所有した屋敷の一角だった。昼間にも関わらず、人の気配はない。屋敷にはもう、人の影を見ることはなくなった。館の主人は冷たい大地の下にいる。
「ライズ様、私の声が聞こえますか」
 死者の言葉は返らない。アリッサはハァッと凍える手に吐息を落とす。アリッサにとって、墓石の下の青年は数ある出会いの一つであり、顔見知りにしか過ぎない存在だったに違いない。それでも、言葉の返らぬ墓前に報告に訪れたのは何故だろうか。
「ミゼリ様は怪我はなさっておりましたが、取り戻すことができました。ライズ様がなさりたかったことは私にはわかりません。何故、誘拐などされたのでしょうか」
 死後二十年分もの手紙をしたためた母親と、それを毎年欠かさず息子に渡し続けた父親。青年は今頃彼らの元にいるのだろう。依頼を受けてアリッサは手紙探しに協力した事を思い出す。この青年は、生きるはずだった。アリッサ達の成果で、絶望の淵から這い上がって限りない可能性を秘めた将来へ歩みだしたばかりだった。けれどもう、彼は居ない。
「ですが、これからミゼリ様のことは私どもができる限り見守っていきたいと思います」
 アリッサの胸中には少なからず怒りがあったらしい。このままで終わらせる気など無いと、仲間に言ってのけた。理不尽に殺された命の無念がいかほどか、思い知らせるまで。
「別れは言いませんよ。この世ではない世界で、どうか貴方に幸福がありますよう」
 私は私の道を行きましょう。アリッサは立ち上がって、亡き青年の墓を後にした。

 人でごった返す其処は『市』だ。
「あーっはっはっは、見切りました、見切りましたよ。俺の目を誤魔化せるとでも!?」
 突如勝ち誇ったような高笑いが響き渡る。市に出ていたユエリー・ラウ(ea1916)の高笑である。市は善人ばかりが訪れるわけではない。狡猾に執念深く、其処は市という名の商売人達の戦場に他ならない。ユエリーは今、市場の商売敵と戦いに勝ち抜いた直後だった。ある品物の見極めが出来るかと挑戦状をたたきつけられ、俺に勝てたら言い値で勝ってやる、という賭け事の最中だった。良い物とすり替える、相手の悪徳な手際の早さをユエリーは優れた動体視力で見極めた。
「汚いですね、それで市の猛者とは笑わせる。この優れた目を持つ俺に小細工など通用しません! さぁあきらめて約束守って貰いましょう。ついでに次は俺ではなく、そうですね、舎弟のような者に修行として市に来させる予定なんですが‥‥またそんな真似したら許しませんよ?」
「く、くそぉぉぉぉ!」
 にっこりと極上の笑顔で勝利宣言と脅しを含んだユエリーにひげづらのオッちゃんは地面に拳をたたきつけた。この市に置いてナンバーワンの売り上げを誇る相手の薄汚い商売方法を見抜いたのだ。ふふふ、とユエリーの表情は愉悦に包まれている。被害に遭っていたギャラリーのお客さんと農家の皆さんに愛想を振りまきながら、ジャスパー・レニアートン(ea3053)を手招きした。
「さぁ真の戦いはこれからです。ジャスパー君、君の腕にかかってますからね」
「ユエリー、よくやるよ。僕じゃとってもそこまでやり通せるは度胸ない」
 此処は猛者の集まりか、とジャスパーはえもいわれぬ涙を流しながら遠くを眺めた。今更な実感である。
 とはいえジャスパーも数度目の市となる、ここは交渉の腕の見せ所、確かに今回微妙な具合で赤字が埋められる可能性が高い。ジャスパーの愛馬リオと、ユエリーの愛馬ヴィオラとロサ、五百蔵蛍夜(ea3799)の愛馬である赫・狛二頭から午後の分の加工品の荷物を下ろし始めた。今回正真正銘のコックをランプ亭から呼んで作った加工品の類もある。質は大幅に向上していた。荷車からカブや牛乳を運び二人揃って与太話しながら並べていく。
「何、妙なところに感心してるんですか。赤字を取り返すためにも、売って売って売りまくるんです! というわけで後は任せました」
「あれ? ユエリーはどうするんだ」
「俺は勘定をします」
 ゴゥッと双眸に闘志を燃えさせながら、ジャスパーの真横で先ほどの売り上げを「ひぃーふぅーみぃー」と数えながら凄まじい早さで計算を始める。お金を貯めるのが好きなユエリー、これは自分の金ではないが、きっと勘定を間違うことはないだろう。絶対。
 ジャスパーは午前中よりも増したギャラリーに視線を移し、神経を集中させる。そう、注目集めはユエリーがこなした。今度は自分の度胸と技量と口のうまさが試される!
「ご覧下さい、皆さん。今回は特別なんだ‥‥失礼、特別です。森の守り神と歌われるトレントお墨付きの薬草に加え、コックを招いて直に作った加工品は‥‥」
 質の向上をうたいながらも心理戦を続けるジャスパーを遠くから眺める二人の男。蛍夜とジーン・グレイ(ea4844)は商売を二人に任せて買い出しに行っていた。量が多いので本来ユエリーとジャスパーの荷物持ち担当だったはずのジーンが、蛍夜の荷物持ちを担当している
「ああ、こんな場所にうら若い女性がそうそういるとも思えなかったが、いやはや年輩のご婦人方のハートを射止めるのも複雑だよなぁ」
「まぁそう申されるな。おかげで先ほどの見せ物に加えて、あなたが自分の所はこれがおすすめだと言い放った効果もあるだろう。そら、隅のご婦人とかな」
「うーむ。酷く複雑だ」
 そう、年のいった女性改め年輩のご婦人の皆様というのは若い男に目がない。若いというのは自分から十以上年下ならば当然。というより、市に出てくるのは大抵しなびたジーちゃんと年輩の奥様方が非常に多い。いや農家のおじさまおばさまに対して暴言と知りつつあえて言うが、やはり年を重ねたおばさま軍団というのは学より実地で鍛えたプロである。蛍夜は気さくにおばさま達に話しかけ、農場居残り班の皆様に頼まれた買い出しに精を出し、時にはフレイムエリベイションを使って押し切られそうになったのは押し切りとか言う荒技を披露しながら市を徘徊していた。
「えーっと、買い物は後少しか。悪いな、ジーン。俺の愛馬はジャスパー達に貸しちまってるもんでな。何せ、何十人分もの材料だから1人じゃなぁ」
 さすがにこれは人1人では持ちきれない、と苦笑する。
「なに。私も力仕事担当できたんだ。礼には及ばんよ」
 たまにはこんな平穏な暮らしも良いものだ、そんな他愛もない話を繰り返しながらも、二人は帰りの集合までに残りの買い物をすませなければと人混みに消えていく。

 一方、大樹は変わることなく森の中にあった。
 夏場と違い、枝は丸裸の樹齢何百年という大樹は意思を宿していた。森の守り手トレント。その言葉に相応しくかのトレントは森を害する者には猛威を振るい、愛する者には慈愛をたれる。何度となく薬草の採取に訪れた萌月鈴音(ea4435)とバルタザール・アルビレオ(ea7218)は今は丸裸の大樹を見上げた。こぶのように見える顔は、何も語らず静かにしていた。鈴音に手を引かれたミゼリもじっと大樹を見上げている。やがて彼らは周囲の掃除や手入れを始めた。このままにしておくのは忍びない。最後とは言わないけれど。
「毒草の‥‥芽は、一応‥‥摘んでおきました」
 一度は荒らされた場所。日が沈み始める頃、鈴音が小さな雑草の山を前に言った。大樹に寄生を始めた蔓のようなものもある程度取り除く。さすがに手早い。薬草も草、毒草も草、ツタもそう、森の仲間ではあるだろうが、薬草のために大樹のためによくないからと一言わびて、バルタザールはジュゥッと焼いてしまった。
「新しい人の‥‥報告‥‥するんです、か?」
「え、あ! そうだすっかり忘れてた。実はですね、僕たちと入れ替わりの人たちがくるんですよ」
 これは一応依頼だったから、私達はもう来ることは出来ないけれど、と言葉を濁す。確かに依頼だった。農場を管理し、売り上げを上げて維持してくれと、そういう依頼であったことは確かだった。けれど、依頼と割り切るにはあまりにも長い滞在期間である。
 ほんの数週間だけホームステイ、というのとは訳が違う。長く農場に通い続けた者には第二の家、あるいは家族として感じる者も仲間の内にいた。彼らとて其れは例外ではない。
 いまは、いままでは確かに依頼であり、雇われの身であり、冒険者と依頼主だった。
 けれど次に訪れるときは家族として受け入れてもらえると確信に近く信じてもいる。
「傷、養生してくださいね。土の魔法で、グリーンワードという魔法があるそうです。きっと収得しますから、次にここにくる事があったら、お話しましょう」
 この頃になって鈴音が妙なことに気がついた。ミゼリの呼吸がおかしい。ひゅぉ、ひゅぉ、と何か苦しそうな呼吸音。‥‥一瞬、ポゥッと淡く茶色い光が灯った気がした。
「ミゼリ‥‥ちゃん、大丈‥‥夫?」
 どうかしたの? と顔を覗き込む。ミゼリは首を横に振り、ててて、と大樹に歩み寄った。そのままバルタザールのように片手をあてるかと思いきや、ぎゅぅっと抱きつく。真似をしているのだろうか。子供は子供だなと二人は笑った。
「ほら、木屑が指に刺さらないようにしてくださいね。どやされるの私達なんですから」
 しかたないなぁというようにひょっと抱き上げてトレントから引き離し、大地に下ろす。
 体力があれば肩に乗せてやることも出来ただろうけれど、とぼんやり考えていた。
「‥‥じっとしてて‥‥くださいです‥‥」
 鈴音は服に付着していた木屑を払いのけてやっていた。ミゼリにとって姉のような、むしろ最も年が近い事から姉妹か仲の良さそうな友のようにも見えた。微笑ましい光景をのほほんと眺めるバルタザール。ふと、ミゼリがバルタザールに顔を向けた。
「どうしたんですか、楽しそうにして」
 にこにこと笑っていた。バルタザールの服の裾をひき、空き手でトレントを指さす。
 大樹は心なしか、微笑んでいたような気がした。

 一日目はこうして過ぎていった。市は大きな成果を生み出す。
 二日目になると今度はパーティーにむけて忙しく皆が動き始めた。家事を担当していた者達は二度行われるパーティーにむけて準備が忙しい。そう、料理は彼らだけの分ではない。彼らと入れ替わりに来る者達との引継をかねた盛大なパーティと、その後深夜に行われる身内だけのささやかな祝杯にむけて。
 そう、祝杯だ。別れの前の祝杯である。別れは寂しい、だが永遠に会えないわけではない。祝うべき事もある。農場は黒字を取り戻した。潰れてしまうこともなく、冒険者達が来る以前よりも栄えたと言うべきだろう。冒険者達の役目は今回で終わってしまう。彼らはあくまで雇われた者でしかなかった、ふとした興味を抱いてあつまった血の繋がりもなき赤の他人同士。これが終われば十五人は皆、それぞれの道を歩んで各地へ散ってゆくに違いない。顔ぶれ全員が揃う機会は、もう無いに等しいだろう。
 けれど、それだけではないと記憶に刻みつけておきたい。
 皆が家族だと実感できる者は何人居ただろう。今は雇われた冒険者という立場だが、今再び訪れることがあるならば家族でありたいと思う者も多いかもしれない。農場で暮らした者は勿論、最初から最後までいた者達はとくに。だからこそ『身内だけのささやかな祝杯』をあげる、形が必要だったに違いない。他人同士だったという立場に別れを。
 着々と『別れの祝杯』は近づいてゆく。あっさりと最後の日はやってきた。

「うわあぁぁぁん、ローストぉ、ローストぉ!」
 突如、鶏小屋で鶏飼育担当アリシア・シャーウッド(ea2194)の奇声(泣き声)が聞こえてきた。アリシアの腕の中で腕力に締め上げられたデブィ鶏ローストが半ば意識を失いかけてもがくことすら出来ずに目を回している。隅で新しい鶏となじみ深い鶏の顔合わせをさせていたジャスパーがぎょっとアリシアを眺めた。
 尚、鶏を食い物にする場合、袋かぶせて首を捻って絞めるというのは本当だろうか。
「あ、アリシアさ、ろ、ローストの首、ローストの首が絞まってる絞まってる」
 一体何度見たのか分からない光景だが、今回ばかりは格段違った。というのもまぁ雇われてくる、という世話係も今回で終わりだからだろう。アリシアは並ならぬ愛を注いでいた鶏を抱きしめてボロボロ泣いていた。ローストはすでにアリシアにとってタダの食い物になりうる鶏ではない。
「安心してねロースト!」
 アリシアはローストを腕から解き放つと、つぶらな瞳をみつめ。
「めちゃくちゃ美味しそうに育ってくれたけどっ! 死んでも君を焼かせたり焼いたりしないから! 愛情込めて育てたローストを食べるなんて出来ないよぉぉ!」
 そしてまた『きゅっ』と複雑な愛を込めて抱きしめる。周りの鶏が怯えている。
「‥‥‥‥あ、アリシ‥‥、食べるつもり‥‥満々だったんだ」
「だって! こんなに美味しそうに育ったんだよ!? 焼いたり煮たり、ハーブとのバッチリだと思わない!? 脂がのったぷりぷり且つ引き締まった鶏肉‥‥テーブルの中心に置いただけでゴージャスさはより一層引き立つこと間違いなし!」
 えらい変わった観点だが、今に始まったことではないのでジャスパーはそうなんだぁ、と涙ながらにこくこく頷いた。つっこみどころが満載過ぎて細かく問う気にもなれない。いや、育て方は間違っていない。ただ最後になって食べられなくなっただけの話だ。そう、それだけのことだと考えよう。ついでに実はこのあとギールが一つくらい儂が手料理を、とローストを連れ出そうとしたのだがアリシアによって阻まれ、別メニューになったのはちょっとした笑い話だ。
 そんな一面を見せつつも、アリシアとジャスパーはこまめに餌を与え水を換え、掃除をして散歩もさせた。鶏達も何処か寂しそうな雰囲気をしている。ジャスパーが言葉が通じないなどとは承知の上で、苦笑一つして鶏に語りかけた。
「みんな、仲良くするんだよ」
 こっこっこ、何やら気弱な泣き声が聞こえた。
「そうだよね。最後なんだっけね」
 アリシアはすぐ近くの別の建物に視線を投げる。牛達の飼育小屋の方だ。

 昼も過ぎた頃になる。
「これより卒業試験を執り行うわ」
 厳正なる声で言い放ったリーベ・フェァリーレン(ea3524)、その横にはジェラルディン・ムーア(ea3451)が拳をゴキゴキ鳴らしながら同じ方向を見ていた。目の前にいるのは気性の荒い牛全四頭。それを切なく心配そうに眺めるのはフェシス・ラズィエリ(ea0702)と気性の大人しい牛達だ。フェシスの真横の雌牛が「うも〜」と声を上げる。いいの? いいの? ほっといて良いの? という眼差しを感じ取ったフェシスは牛の首を肩の上に置くような格好で「心配するな」とばかりにぺしぺし軽く叩いた。
「俺には止められないよ。大丈夫、二人ならなんとかするさ」
 もう女帝だしな、と胸中でぽそりと零す。今日でこいつらともお別れか、とフェシスは感慨深そうに牛達を見つめていた。なぁに、なぁに、どうしたの、と鼻を押しつけてフェシスの様子をうかがう牛達のなんと従順なことだろう。それに比べ。
「あぁーやる気満々なんだ」
 ジェラルディンが確認するように呟く。今なお気性の荒い牛どもはぶしー、ぶしー、と鼻息を荒くしながら牛達の女帝となったジェラルディンとリーベを見ている。すでに屈してはいるが、より高い者へ挑む精神は忘れない、それが野生の(つまり気性の荒い)牛達である。ジェラルディンの頬がふっと穏やかな笑みでゆるんだ。
「散々手を焼かせてくれたけど、そのぶん愛着がわくよね。そう思わない?」
 愛情は込めてきた。こまめに餌や水やりを重ね、掃除を重ね、ストレスをためないように散歩をかかさず、ブラシをかけ。大凡出来る限りの世話はしてきたつもりだ。
「まあね。可愛さ余って憎さ百倍、とかならなくてホントに良かった」
「リ、リーベさん」
 離れた場所にいるフェシスがたらりと冷や汗一つ。冗談よ、なんて声がかえってきた。
「二頭ごとかな。で、どっちから?」
「私は後者で良いわ。ちょっと考えてることがあるし」
 リーベは戦いの末に牛達に名を進呈することにしていた。ともわれ、ジェラルディンがオッケーと声を返して一人果敢に立ちふさがる。四頭の牛が横一列に並ぶ。まさか一気に突進する気か! とジェラルディンも冷や汗な光景に。
「お前達ー」
 離れた場所で静かな牛達をあやしている微笑みの貴公子フェシスが気性の荒い牛達に向かって声をかける。一瞬牛がビクゥと体を痙攣させたが、ジェラルディンとリーベはフェシスが何をしたのか目の当たりにしていないので「ん?」とばかりに牛とフェシスを見た。
 フェシスはあくまでも微笑んでいた。
「卑怯なことはするんじゃないぞ?」
 笑顔だ。限りなく白い笑顔だ。笑顔だが、果てしなく‥‥黒い。
 微笑みの貴公子(ブラック)フェシス。表だって牛に危害を与えたことはないのに笑顔で重圧を与えるあたり空恐ろしいものがある。フェシスの声を聞いた気性の荒い牛達は真横一列から縦一列に隊列を組み直した。整列である。‥‥さすがキング。
「ん? まいっか、さて。真昼の牧場での決闘ってやつだね! こいっ!」
 んもぉぉぉぉぉ!
 タダノ雌牛のはずなのに闘牛の如く向かってゆく。さすがにスピードは対して早くないようだが。相手の一撃を真っ向から受け止め、交錯する刹那に渾身の一撃を鼻面に叩き込む! いや、悔いないように戦うのは良いが、牛が骨折したらどうするんだろう。
 素朴な疑問はさておいて。素手で立ち向かうジェラルディンに対し、リーベは魔法をふる活用して見せた。アイスコフィンで動きをとめるなんてもんじゃない。アイスブリザードとか、正直容赦がなかった。
「は! まだまだ甘いね!」
「其れで私に勝つつもり!? ふ、笑止!」
 いや、お二人さん。いくら気性が荒くてもただの牛ですから。
 そんなこんなで傍観すること数時間。牛達と女帝二人の間にはお約束というなかれ、戦友を見るような、いや、この戦いを誇るような眼差しがあった。牛がそんな感情いだくのかとつっこんではならない。動物だっていきている。
 それはともかく牛達は格闘の末に能力順に『ブリュンヒルデ』、『ゲルヒルデ』、『オルトリンデ』、『ヴァルトラウテ』の名前を授かった。
「今この時をもって、あなたたちはただの乳牛を卒業する。あなたたちはこの楽園を守る『戦う乳牛、ワルキューレー』よ!」
「もぉぉぉぉぉ!」
 牛達の声が聞こえた。夕日がバックなのはお約束だ。

 さて家の中は騒がしかった。引継後の人々を招いたパーティーである。
「次はできたの!?」
「今少しでござる。いやはや、あれだけつくって置いたのに凄いでござるな」
 走り込んできたタチアナ・ユーギン(ea6030)に対し、作り手は呆れるような感心するような。次から次へと料理は消えてゆく。底なしか、とふと背中が白くなった。
「感心してないでくれ。次は?」
「そちらの材料を任せる出ござるよ。あああ、盛りつけの皿が違うでござる!」
 クレアス・ブラフォード(ea0369)やエヴァーグリーン・シーウィンド(ea1493)が、沖鷹又三郎(ea5928)のアシスタントとなって料理づくりに励んでいた。人があまりに多いので料理人がたりない、場所も足りない。タチアナが散々宴の部屋と料理場を往復していた。料理のできない者は基本的に接待役。
 勿論農場での注意事項を含めて、わざわざ文面に可能な限り記した者達もいる。牛はこうだ、鶏はこうだ、畑は春になって準備に入れば、市での注意は。まさしくいっぱしの農家のような会話が飛び交っていた。皆が1Gずつ出し合った費用で、食事は豪華。農家の引継式のようなパーティーは深夜に近くなって終わりを告げる。可能な限りを伝えた。
 彼らの役目は、此処で終わる。それが仕事としての出来ることだ。
 だが、これで最後ではない。
「料理は、これで。さて、みんな揃ったでござるな。タチアナ殿」
 沖鷹が促すと、タチアナが酒の入った杯を掲げる。
「では」
 こほん、と咳払い。パーティー会場を見苦しくない程度に片づけた十五人は、ギールと半分寝ぼけ眼のミゼリとともに最後の食卓を囲んでいた。これから短い時間だが、家族だけのパーティー時間である。
「市の成功おめでとう。そして長くて短い間お疲れさま」
 乾杯、というタチアナの声に従ってわぁっと歓声が上がった。
「ちょっときいて、今日は真面目に対決してきたのよ! それはそうと市がすごかったんですって? なにがあったの?」
「市の方は凄い売れ筋だったよ。何が‥‥ああ、色々あって」
 今日はどんなことをやったか、実はこんな事があったんだと、皆それぞれ自分の担当場所についてワイワイ話し始めた。のんびり杯を楽しむ者もいる。アンズと戯れているユエリーの前を通り過ぎ、エヴァーグリーンは寝ぼけ眼でも必死に起きていたミゼリの前に顔を出した。
「みーぜり、ちゃん。おきてる」
 う? と丸い瞳がエヴァーグリーンを見上げた。
「ミゼリちゃんに忘れて欲しくないのと、思いは近くにいたいから。受け取ってくれる?」
 この時のために用意した、プレゼントだった。宴の終わりに渡そうと、皆、思い思いのプレゼントを用意していたのだ。聖夜祭とはちょっと違う。別れの前の、真心の篭もったものが多い。記念に、忘れないで欲しい。そんな思いも込めて。
 皆に次々プレゼントを手渡されて躊躇う。何故? という眼差し。
「拙者からも」
「これは私達から、ミゼリの家族からのプレゼント」
 受け取ってくれるわよね、と不安げな声。うなずく顔。
 宴は賑やかだった。最初のパーティとは違う、静かな賑やかさである。数時間後に迫る別れに知らぬ振りをして、今のこの時、刹那の楽しみを各々の思いで楽しんでいる。農場を去っては訪れ、去っては訪れ、其れを何度も繰り返してきたが。今度ばかりは数日後に再び来ると言うことはない。意味が全く違うのだ。

 翌朝。日が昇り始めた頃に冒険者は戸口の外にいた。本来なら仕事を始める時間だが、彼らは今日、王都に帰る。
「なご、名残惜しいです‥‥ギールさん‥‥お大事に。ミゼリちゃんも、元気で!」
 バルタザールが一際ぼろぼろ泣いていた。ぐすぐす鼻を鳴らし、半ばおんおん泣きながら二人に握手を求める。ジーンがバルタザールに「涙でも拭くがよろしかろう」とささやかな気配りで布を手渡す。皆、思い思いのプレゼントを渡していた。クレアスが呼ぶ。
「ミゼリ、おいで」
 ミゼリはあくまでも頑なな表情だった。きゅうっと抱きしめられる。
「寂しくなるかもしれないが、泣くんじゃないぞ。泣いたらその可愛い顔が台無しだ。私たちの仕事は終わりだが、会えなくなる訳じゃない。会いたいなら何時でも会いに来る。私たちはもう家族だ、お前は娘だ。だから、泣かないでくれ。お前に泣かれると、私も辛いからな」
 別れは辛い。笑顔で見送って欲しいというのはわがままだろうか。
「また、会おうな?」
 覗き込んだフェシスが言った。他に言葉は必要ない。エヴァーグリーンがギールの所へ歩いていって軽く微笑んだ。ユエリーもエヴァーグリーンとともにギールと向き合う。
「また畑が忙しくなって手が欲しかったらギルドに募集出して下さいね、待ってます」
「悪いのぅ、助かるよ」
「『さようなら』は言いません。生きていれば、また会えるから。だから」
 握手ついでにユエリーはギールに囁く。
『ギールさんも生き抜いて下さい。あの開かずの間。親を亡くした時のように、またミゼリを悲しませたくはないでしょう? 亡くなった人の代わりは誰にもできませんよ』
 ふっと表情がかげる。似たような経験でもあるのか、ユエリーの言葉は重く囁かれた。だが、離れたユエリーの表情は笑顔で飾られている。切り替えの上手い若者に、ふっとギールは緩く笑った。「努力するとしよう」と声を返す。ジャスパーも軽く礼をとる。
「御世話になりました‥‥楽しかった。でも、できるなら、また皆と会いたい。俺はそう思ってます」
 会えればいい。昨夜のように笑って騒いで。あっという間に時間が過ぎると思えるほどの日々を。冒険者達は大抵が流浪の身。血なまぐさい戦場や悲しみの中に身を投ずることも数多い身だ。会おうと思えばいつでも会える。けれど、何十年先の未来までは保証できない生活の中にいる者がいるのもまごう事なき事実だった。
「何かまた面倒が有ったら、キャメロットでギルドに来なよ。幾らでも手を貸すからね?」
 ジェラルディンが念を押す。
「必ずまた遊びに来るし、大きくなったらミゼりんもらんぷ亭に遊びにおいでよ? 『お姉ちゃん』との約束ね」
 努めて明るく振る舞いながらアリシアはミゼリに言った。鈴音がこっそり用意したハーブの鉢植えを手渡す。手渡しながら、じわっと瞳に涙がにじんだ。
「また、会えますから。私達は皆‥‥家族、です、から‥‥」
「ミゼリ殿は良い子でござる。それも滅多にいない位の良い子でござる。拙者達はミゼリ殿が大好きでござるよ。また会いに来るでござる」
 鈴音は涙声である。沖鷹が腰をかがめて何度も囁くように言った。
「ギール様、ミゼリ様しばらく暇をいただきます。また、何かありましたら駆けつけさせていただきます」
 アリッサが静かにそう言った。蛍夜もまた軽く笑む。
「爺さんもミゼリも、元気に頑張れよ? たまに様子見に来るからな。俺には力仕事ぐらいしかできないかもしれんが」
「充分じゃよ。ほんに助かった。儂は今後農場と‥‥孫の後始末をせねばならん。いずれ再び出会うことはあるじゃろう。その時は宜しく頼むぞ」
「ああ。さて、これで終わりだ」
 クレアスの声が名残惜しさに終止符を打つ。そろそろ出発しないと夜までに帰り着けないだろう。ビクリ、とミゼリの肩が揺れた。
「ミゼリ、元気で。爺さんも元気でな。また、きっと何時か会おう」
「時々は私のことも思い出して オカリナの練習もしてみてね いつか聞かせて貰えるのを楽しみにしているから」
 タチアナがぽんっと頭に触れたのが最後だった。大きく手をふる者もいれば、背中を向けたまま振り向かないと決めた者もいた。だんだんと遠ざかってゆく。
 少女の口がわずかに開く、刹那。
「ぅ、ぁ、‥‥やぁ――――っ!」
 背から聞こえてきたのは幼い、甲高い少女の声だった。泣きもせず笑うときですら声を出したことの無かったミゼリが初めて聞かせた声。大きな咆吼。それが別れ時になってというのは皮肉か、果たして。
「これ、ミゼリ」
「う、ぁ、やあ、あ――――っ!」
 親を失い言葉を忘れかけた少女。それが今、去りゆく家族にむけられていた。ギールが待ちなさいと腕を掴んだ。けれど泣きやまない、静まらない。
 帰ってこないのか。もう来てはくれないのか。
 もう会えなくなってしまうのか。そんなのは嫌だ。空に響く声はそう取れた。
 小さな手がむなしく虚空を掴んでいる。うめき声が刺す意味は一つだ。

 ――――いかないで。

 その手をとってやることは、彼らには出来ない。それは、してはいけないことだ。
「あれほど泣くなと、言って聞かせたのにな」
 クレアスが自嘲気味に呟く。幼い子供にそれを、言って聞かせるのは酷である。
「代わりに。思われていると、うぬぼれても良いではござらんか?」
 沖鷹の声に皆が農場の家を眺めた。皆が暮らした古ぼけた家。
 さらば我が家よ、今再び訪れるその時まで。
 雪は溶け、大地は芽吹き、朝陽とともに朝は上る。新しい季節は訪れる。
 少女はずっと、冒険者達が旅立った方向を眺めていた。また会おうと、声を放つ彼らの姿が親指ほどになり、爪ほどになり、砂粒になって消えるまで。
 農場は今も、そしてこの先も。

 家族の帰りを、待ち続けている‥‥


●現在経済状況●
ギール農場元財産:957G
前回の総出費:0G(値引き前―G)
前回の交渉成績:A
前回の売上金額47G(四捨五入)
ギール農場現在財産:1004G

●ピンナップ

ジャスパー・レニアートン(ea3053


PCパーティピンナップ
Illusted by 天瀬たつき

タチアナ・ユーギン(ea6030


PCパーティピンナップ
Illusted by 多岐川隼砥