切ない季節の農場記5『α』

■シリーズシナリオ


担当:やよい雛徒

対応レベル:3〜7lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 45 C

参加人数:7人

サポート参加人数:5人

冒険期間:01月21日〜01月26日

リプレイ公開日:2005年01月29日

●オープニング

 罵声が響いた。それはある貴族の屋敷だった。
「なんてことをしてくれたんだ!」
 声は青年のようだった。青年の前には冒険者らしき者の姿があった。見るからに好意的なものではなく、どこか野蛮で冒険者というより野党と言う言葉の似合う者たちだった。彼らは二、三人でひそひそと青年を眺めて話し合い、やがて眉をしかめてこう答えた。
「だんなぁ、物事にはやりやすい方法ってもんがありまさぁ。こうしたほうが手っ取り早いってもんですぜ」
「確かに話を伺ってきてくれないかと君たちを派遣した。やり方も任せた。だが誘拐してこいだなんて一言も頼んでない!」
 子供の泣き声など聞こえなかった。聞こえるはずがなかった。男たちの手には一本の綱が握られ、その先には少女が縛り上げられていた。五歳かそこいらの幼い少女だった。名をミゼリというこの少女、親を失ったショックで言葉を失っていた。感情にも何かしら欠落したものがあるらしく、強面の男たちを見上げても無表情を崩さない。
 農場から誘拐されて、ここにいた。
「不気味な娘っ子だぜ」
「少しは泣いてくれねぇと面白みにかけるよなぁ」
「まるで人形じゃねぇか」
「い、今すぐ帰して来い! 今すぐだ! こんな方法は望んでない! 雇い主が命令する! いいか、今すぐこの子をかえすんだ!」
「んだとぉ、いいかライズ坊ちゃま。おれらはゲッ」
 男の声は途中で途切れた。
 男の喉から剣が生えた。
 いや違う。男は背後から首を細い剣で貫かれていた。突然の事にその場の者が硬直している。いつの間にか、今の今まで誰もいなかった男の後ろには異国の衣装を纏った男が立っていた。剣は男の喉を貫き、そのまま天に向かって振り上げられる。硬い頭蓋や脳を問答無用で裂いた刃は夥しい血に濡れた。喉を貫かれた男の顔は二つに割れ、血飛沫をあげる。絶命した男が膝をつき、床に倒れたところで他の男たちとライズは正気に戻った。
「あひゃああああ!」
 悲鳴。そして悲鳴を上げたままの、恐怖に引きつる顔が宙に舞った。ポンッという軽い音がして胴から離れた生首は、ごとりと床に落ちて玉のように片隅へ転がってゆく。残りの一人も、続けて刃の餌食となり瞬く間に事切れた。部屋は不気味な静寂に満ち生臭い血のにおいと、黒々とした血で覆われている。
 頭から血に濡れたミゼリはただ、肉の塊となった男たちを眺めていた。生首の目はまだぴくぴくと痙攣していた。
 男たちを手にかけた者はライズに向き直り、白い顔に軽薄な笑みを浮かべる。
「こんばんわ子爵殿。私はトランシバと申します。残念ですが今ここで死んでいただきますよ。なぁに所詮貴方は呪われた血筋の子、やがて動かなくなり死ぬだけの運命。短命の一族の生まれであるが運のつき。死期が早まったと思えばたいしたことではありますまい」
「‥‥あ?」
 刃はすでに彼の心臓を捕らえていた。痛みはなかった。刃が引き抜かれて溢れた血が噴水のように弧を描く。ライズはそのまま地に倒れた。心臓を押さえても、背中からあふれ出る。死にたくないと瞳は語るが、もはや救う手立てはなかった。喉の奥にこみ上げる血を吐きながら床に崩れた。瞳は徐々に光を失っていく。
 やがて男は先ほどはねた男の生首を拾い上げ、白い壁に血文字を書きつけた。乱暴な文字である。
 終わるとミゼリを振り向いた。
「さぁおいで、罪人に連なる血筋の娘よ。私もバートリエも暇ではないのだ」

 ミゼリは何もいわない。

  † † †

「こりゃひでぇ」
 ギルドの依頼を受けて派遣された冒険者は眉をしかめた。壮絶な光景はもはや語る必要はないだろう。最初彼らは農場から誘拐された少女を取り戻すために来た。だが、きてみれば誘拐犯は殺されていた。壁には生首で書かれた『罪びとの末に裁きあれ』という血文字と羊皮紙が貼り付けられていた。羊皮紙には家宝を持って下記の城に引き渡しにこられたし、さすれば娘は無傷で帰そうという短い文字だけ。手紙の主は名前も何も書いていなかった。
「家宝って何のことだ?」
 悲しみにくれていた老メイドが答えた。
「‥‥我が家を含めてバース地方に領土を持つ貴族家の一部が所有していた『紅蓮の星』あるいは『ブラッディローズ』の名を持つスタールビーの事でございましょう。元はいくつあったか存じませぬが近年他家の多くが賊に盗まれるなど被害にあっており、現在当家を含めて限られた家にしか現存しておりませぬ。当家のスタールビーはギール様がお持ちゆえ、ライズ坊ちゃまは所有などしておられなかったのに、なぜ、なぜ」
 老メイドを無視して再び文面を見る。相手が指定してきたのは、ここから少し離れた古城跡のようだ。モンスターが徘徊し、複雑に入り組んでいる為、迷宮に近い。時折財宝探しに訪れた冒険者が白骨化して見つかったりすることもある。
「家宝目当てねぇ。さてどうするか」

●今回の参加者

 ea0369 クレアス・ブラフォード(36歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea3451 ジェラルディン・ムーア(31歳・♀・ファイター・ジャイアント・イギリス王国)
 ea3524 リーベ・フェァリーレン(28歳・♀・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea3799 五百蔵 蛍夜(40歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4435 萌月 鈴音(22歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea4844 ジーン・グレイ(57歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea5810 アリッサ・クーパー(33歳・♀・クレリック・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

沖鷹 又三郎(ea5928)/ タチアナ・ユーギン(ea6030)/ カノ・ジヨ(ea6914)/ モニカ・ベイリー(ea6917)/ フルーレ・リオルネット(ea7013

●リプレイ本文

「また横からきましたか。ジェラルディンさんいまです」
「まったく次から次へわらわらと、邪魔だよ!」
 アリッサ・クーパー(ea5810)がコアギュレイトで敵の動きを封じる。ジェラルディン・ムーア(ea3451)が舌打ちとともにクレイモアを一閃。鈍い動きで鋭い爪を向けてきた活死体の腕をなぎ、沖鷹やモニカ達がピュアリファイを叩き込む。道をふさぐ者を彼らは着実に排除していた。リーベ・フェァリーレン(ea3524)はジェラルディンが事前に内部構造について聞き、メモした地図を片手に溜息を吐いていた。元が複雑でさらに老朽化が進んだ不気味な城。
「ぞっとしないわねぇ。全く、何でこんな場所を選ぶのかしら」
 ズゥンビが徘徊する古城に急いだ冒険者達は、薄気味悪く続く回廊を進む。迷宮の如く入り組んだ回廊の行き着く先で時折現れる朽ちた遺体。紛れ込んだ冒険者のなれの果てと言ったところだろうか。元々此処は没落した貴族の所有地であったらしい。
「は、俺達が死んだらどうするつもりなんだか。リーベ君、次の道はどっちだ」
「右に進んで突き当たった場所を左に行くと広間があることになってるわ」
 五百蔵蛍夜(ea3799)は再び前を見た。ジーン・グレイ(ea4844)を含む先頭はホーリーライトを照らして進む。聖なる光に近寄れないアンデットではあるが、光が届かなくなった途端寄ってくるなどズゥンビの巣とも言う有様だった。ジェラルディンやフルーレ達がアンデットの露払いを行いながら目指す先は城の中枢、地図上では晩餐会などが開かれる位の広い空間がある場所だ。相手は目立つ場所にいるはずだと見当をつけていた。
「‥‥まて」
 唐突にクレアス・ブラフォード(ea0369)が皆の動きを止めた。どうしたんだと蛍夜の声に応えることなく、クレアスは壁の一点を見つめて手を伸ばす。壁岩の窪みに小さな破片のような物が見えた。小さな貝のような白いモノ。手にとったクレアスの瞳が凍った。
「‥‥あの‥‥それ‥‥みて、ください」
 クレアスが白いモノを拾った真横。萌月鈴音(ea4435)の指さした先に、黒ずんだ長い十本の線があった。小さな子供が手に絵の具をつけて遊んだような線だった。だが。
「どうしたのクレアスさん。みせて。‥‥つ、め?」
 タチアナの顔が凍り、皆の脳裏に嫌な想像が走り抜けた。それは『子供の生爪』だった。何者かに担ぎ上げられた子供が、壁に爪を立てて散々抵抗した痛々しい痕跡である。壁の不可解な線は『血』が黒ずんだあとだろう。狭い道はもうじき突き当たろうとしている。
「そんな、あんな年端もいかない女の子を」
「たかが宝石一つの為に‥‥私達の娘を誘拐してくれるなどと、ゆるさんぞ馬鹿者めがっ」
 壁に残っている爪を掌に載せ、怒りで顔を朱に染める。逆にすうっと顔から表情ごと消えた者も、苦渋の表情を浮かべた者も居た。分かっている事。許さないと言う一つの決心。

「来ましたか。お待ちしていました、人の子ら。我が名はトランシバ。ダニエル家の家宝は所持しておいでか」
 言葉の主は、古びた椅子にまちかねたとばかりにそう言った。敵意も何も感じない。ただ水面のような静かな微笑を浮かべた男。年の頃は二十五、六あるいは上か。年齢はよく分からない。異国の様な衣装を纏い、腰に剣を携え、頭を鮮やかな布で巻いている。
「ミゼリはどこだ。どうして此処にいない。どこに置いてきたんだ!」
「いるではありませんか」
 相手は組んでいた片手を天井に向けた。ミゼリが居ないと気づいて外へ探しに行こうとした鈴音の視線が天井で止まる。少女はいた。胴をロープで巻かれて縛り上げられていた。名を呼んでもぴくりとも動かない。目は閉じたままだ。ジーンが声を上げた。
「ミゼリ嬢に何をした!」
「別に何も。静かなものです。最初は暴れていましたが、今は衰弱しています」
 さあ宝石は何処ですか、そう問うた相手に冒険者達はギールから手渡された宝石を見せる。ギールからはミゼリと引き替えならば、ミゼリの命を優先してくれと言われていた。
「ミゼリを先にかえしてもらおう」
「ならばそのまま娘の真下に進み出よ。一人だけです」
 私が行くとジェラルディンが宝石を持って進み出る。妙な真似をしたら宝石を粉々に壊すぞと脅しをかけると、トランシバは懐からナイフを持ち出した。「こうします、うけとりなさい」と言った刹那、彼の手からナイフが消えた。ナイフは宙づりのミゼリを支えているロープを貫く。支えを失った小さい体は、ジェラルディンにむけて落下した。
「ミゼリ!」
 宝石を床に置いて後ろに下がれと命令される。宝石を床に置いて少女を抱えたジェラルディンは、仲間の元まで戻ると、クレアス、カノ、沖鷹、鈴音、ジーン、モニカ、フルーレの七人を連れて全力で逃走を開始した。大した驚異ではないズゥンビでも数が多い。のんびり排除せず、彼らはさっさと脱出する計画になっていた。逆にリーベ、蛍夜、アリッサ、タチアナがその場に残っている。トランシバは宝石を拾い上げて首を傾げた。
「何故君達は帰らないんです」
「お聞きします。ライズ様を殺したのは貴方ですね」
 アリッサは真剣な眼差しで敵を見つめた。ミゼリを最初に誘拐して殺された者達の中に、アリッサは知り合いが居た。数ヶ月前、依頼を受けて亡き親のメッセージを届けた引きこもりの青年はライズである。前向きに生きるようになって、農場で偶然再会して、立ち直ったかと思えばこんな仕打ちが許されて良いのか。もう少し話せば良かった、そんな後悔がアリッサの脳裏をかすめては消える。蛍夜達もこのままで済ます気はなかった。
「それがどうかしたのかな」
 アリッサ達の表情が変化した。此が何か分かるかしら? とタチアナの掌にある『スタールビー』に相手は目を奪われる。片方が偽物か、もう一つも本物か、一瞬戸惑った相手は最後に「ではそちらも頂きましょう」と言って地を蹴った。
 刹那、すぐ目の前にいた。
「成る程、確かにコイツは化け物だな」
 戦慄が駆け抜ける。奪い返す気で、彼らは悪あがきを試みようと計画した。だが、相手のスピードが早い。トランシバが手にしている宝石を奪う前に、ダミーを手にしているタチアナが危険だった。殺気。敵は『腕ごと』もっていく気だろう。
 守るため肉体の壁となった蛍夜の日本刀がナイフを弾く。舌打ちした敵が攻撃を繰り出そうとする前に、リーベの呪文が完成した。水の塊がトランシバと蛍夜達を引き離す。アリッサがコアギュレイトを発動させようとするも、範囲内から彼は逃れた。
「全く人の子は血の気が多い。バートリエが手を焼いている盗賊どもといい。何故、我々の気を逆なでしようとするのかわかりませんね」
「はっ! 貴方が、何人殺したか分かってるの!?」
 鼻で笑い飛ばしたリーベの声に「おおそういえばそうでした」と気楽な声が聞こえる。二言、三言声をかわして再び奪おうかと動き始めた頃、幻影の宝石は虚空に溶けるように消えてしまった。其れを眺めて相手は呆れたような視線を蛍夜達に向けたが、我らとゆかりのない人間を殺す気はないと、立ち去るように言ってきた。相手は剣を抜いていない、ただナイフを一本手にしているだけだ。剣を抜いた敵が何をするのか、彼らの脳裏にライズ達が殺された現場が浮かんだ。相手が、分が悪すぎる。
 今は、まだ。
「一つだけ聞く。ミゼリに、あの現場を見せたのか?」
「あの現場? ああ、当然でしょう。泣きも叫びもしなかったですが」
「次に会ったら必ず斬る。『約束』だ」
 怒れる獣。視線だけで殺しかねない目つきの蛍夜に、相手は一瞬目を点にして爆笑した。肩を振るわせ腹を抱える様に、青筋が浮かんだ者は何人居たか。トランシバは言う。
「失礼しました人の子よ。よもや真っ先に約束を裏切り我ら一族を陥れた『人』より『約束』を持ちかけられるとは思わなかった。あぁ君達は罪人に連なる血筋ではありませんでしたね。なれば人の子よ。その約束必ず果たせ、我は其れまで生き延びてみせましょう」
 強くおなり人の子よ。
 相手は意味深に言葉を発した。まるで幼子に言うように。

 古城から大分離れた場所に彼らは集まっていた。
「爪はげちゃったね、痛かったでしょう?」
 リーベが頭を撫でた。沖鷹から好物を含めた食事を与えられたミゼリは、飢えていたからか安全な場所に来ても泣きもせずにかぶりついた。あぐあぐとかぶりつく少女の手は両手は爪が禿げ、あるいは潰れていた。子供の抵抗などたかがしれるというものだ。
 怪我を負った者は応急処置やカノのリカバーで傷を癒した。カノの魔法でミゼリの指も傷は治ったが、禿げた爪までは再生できない。
「ミゼリちゃん‥‥帰りましょう‥‥ギールさんが、待ってますよ」
 鈴音がほほえみかけた。生きて帰れた、死なずに済んだ、それで十分ではないか。死者は帰らない、それならせめて冥福を祈ってやることだ。よく分からぬ事に巻き込まれた冒険者達だったが、家族全員無事という事にほっと胸をなで下ろす。
 物言わぬ不気味な宝石。あれの所為で犠牲者が出た。一部の者には嫌な不安が根付いたままだった、きっとまた、あの化け物のような男に会うような予感が拭えない者もいたかもしれない。何しろ、不吉な約束をとりつけてしまった者もいたからだ。
「まぁほら、無事だったんだし喜ぼうよ」
「ジェラルディン殿の言うとおりですな。怪我も治ったことですし、農場に戻ったらいっぱいやりたいところです」
 ジーンが場の空気を明るくすべくそんなことを言った。もぐもぐと食べ物を口に放り込んだままの少女をクレアスが抱き上げる。
「怖かったか? もう大丈夫だからな、安心しろ。‥‥一緒に帰ろう、ミゼリ」
 少女は何も言わなかった。ただこくりと頷いた