下弦遊戯BR 01 ―復讐のロンド―

■シリーズシナリオ


担当:やよい雛徒

対応レベル:2〜6lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 3 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:11月21日〜11月26日

リプレイ公開日:2004年11月30日

●オープニング

 十の人影が言葉を交わす。
「準備は着々と進んでいる」
「我々はかの御方の御意志に従うのみ」
「まだ小川は大河に合流せぬ今、我々は雨を降らせ大地を固めよう」
「これはさだめ」「これはあがらえぬもの」
「しかしもしも計画が狂う事があるならば、我らは選択を迫られるに違いない」
「いずれ来るであろう選択の時に、選ぶのは自らの意志に従え」
 仲間内で定められた不干渉の領域。誰がどちらにつくのかは分からない。
 やがて時は巡る。裏切るのは果たして誰か。
 今はまだ、知ることはできないけれど。
 
† † †

 幾多の者達が同じ詩を読み、同じ物語を読み。
 されば果たして、皆が同じモノを読んでいるのかどうか。

 例えばそれはこんな風に。
 とある古い古い書物の隅に。賢者は人が答えられなかった問いを残す。
 それが果たして何のためにあるのか。理解できる者は誰もいない。
 すべては残された者にすぎないのならば、ただひたすらに議論は繰り返されるのみ。
 長きに渡り、人は人を語るが故に、いつしか人は人について何も語れなくなってしまったという言葉があるように。
 書物はただ、文字を残す。

 難しい事、楽な事、本当に難しいのはどちらだと思いますか?

† † †

 結婚式が着々と迫っていた。
 貴族同士の結婚となれば、それはさして民間人にとっては大したことがない話なのかもしれなかった。領地の人間あたりになれば影響がでるとも限らないが、今回の依頼人については少々と曰く付きの相手である。
 次期プリスタン家の当主であり、アリエスト家の次女と婚約を結んだ男の名をディルスと言った。彼は出生自体が特殊であり、現在の立場に至るまで色々とゴタゴタがあったのだが、今此処で語るべき事ではない。問題は過去の経緯にあった。
 彼の優柔不断さと不必要な優しさが様々な惨劇を引き起こしていた。元凶となったのは今は無きプリスタン家の娘。その巻き添えとなった一番の被害者、それが過去を含めた婚約者達である。死者が出たこともあったのだが、今回の厄介事は姉を殺された復讐心に駆られた娘が発端となっている。
 そしてまた、別所からも不穏な気配が迫っていた‥‥
「暗殺者の出入りが多くなった、といえばいいのかな」
 みすぼらしい平民服ではなく、ディルスは正装でギルドに赴いていた。話し方も態度も、品はあれども元々の育ちが田舎者。さして気取った風でもなく、淡々と話を続ける。
 前々から暗殺者におびえて暮らしていたディルスだが、今度こそ洒落にならない状況に追い込まれているという。
 日夜問わず襲撃にあうことが多くなり、食事や飲み物にも毒物が混入されることが多くなった。巧妙といえば巧妙。元々冒険者として暮らしていた為、ある程度には身を守れるそうなのだが、数日前はうっかり毒を飲んで死にかけたという。
「屋敷の中に内通者が居るらしいんだが、全員古い馴染みで想像できないんだ。むしろ調べても調べても証拠どころか痕跡すらでてこない。そろそろ長期でギルドから正規のプロを雇った方がいいと父上と相談していてね」
「よく生きているな、あんた」
「悪運が強いんだよ」
 ディルスは冒険者達に苦笑を返す。
「今はアリエスト家との結婚話も佳境に入っているから余裕がほしいんだ。せめて外部から命をねらわれる分は鎮めたいと思っている。まぁ、婚約者に狙われかねないんだけど」
「洒落にならんな」
「野生の感と言えばいいのかな、今後厄介事が増えそうな気がしないでもないけれど、どうだろう? 護衛になってもらえないかな? 報酬も出すし、名目上は使用人になるけど部屋も用意するし」
「古い馴染みばかりなら、こちらが警戒されかねないんじゃないか?」
「それでいいんだよ。向こうも君たちに警戒を働かせると思うしね。聞きたいことがあれば可能な範囲で答えよう。命もかかっていることだしね」

 命を狙われているとは思えないほど長閑に、依頼の話は進んでいった。

●今回の参加者

 ea0439 アリオス・エルスリード(35歳・♂・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ea3109 希龍 出雲(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea3449 風歌 星奈(30歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea3519 レーヴェ・フェァリーレン(30歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 ea4358 カレン・ロスト(28歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 ea6151 ジョウ・エル(63歳・♂・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea6154 王 零幻(39歳・♂・僧侶・人間・華仙教大国)
 ea6368 ナツキ・グリーヴァ(33歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

ショウゴ・クレナイ(ea8247

●リプレイ本文

「家に対する忠誠が篤いからこそ、か。面倒なものだな」
「うむ、全く、貴族の事情というものはよくわからぬのぉ」
 草木も眠る真夜中。アリオス・エルスリード(ea0439)とジョウ・エル(ea6151)はひっそりと呟いた。現在彼らは仲間と共にプリスタン家の使用人として迎えられている。
 唐突に加えられた使用人は人間だけでなくエルフもいた。見るからに警戒の為。彼らはここ数日、使用人として内部を探っていたのだが、彼らが来た途端、怪しい動きはぱたりと見なくなった。敵が警戒しているのだろう。
「幸いワシはタダの教育係になったがのぅ」
「よくやるな、あんた」
 狙い通りじゃ、とからから笑うジョウを眺め、アリオスはため息と共に感心したような声を出した。使用人、護衛、庭師、教師、皆様々な名目で入っているのだが、中には完全に新しい使用人と思われている者も少なくない。のんびりと静かな時間が過ぎてゆく。
 夜間の場合、外の屋敷周辺は希龍出雲(ea3109)が、屋敷内部はレーヴェ・フェァリーレン(ea3519)がランタンを手に巡回している。ディルスの部屋の近くにはナツキ・グリーヴァ(ea6368)がいるはずだが何故か気配がしない。風歌星奈(ea3449)を含め、皆が皆、それぞれの打ち合わせ通り生活を送っている。
 ディルスに対して体調を崩したと適当に言って屋敷から当分出ていてくれと言う出雲の願いもあったが、ディルスが居なければ暗殺者とて屋敷に来ることはないだろう。彼を追いかける危険もある。危険は増すばかりだ。彼本人も無意味だからと拒否した。
「むぅ、眠いのう」
 徹夜に慣れないジョウはこっくり、こっくり、と眠りの船をこぎ始めた。アリオスはかろうじて目を覚ましている。さて深夜に一体何人が起きていられるか。
 数分後、廊下から罵声が聞こえてくる事になる。


 時は昼間に舞い戻る。
 話の最後に訪ねたい事があるなら、と言われ、カレン・ロスト(ea4358)が不意に手を挙げた。
「アニマンディ様とエルザ様に関して、色々と訊きたいです。ディルス様なりの考えを」
 第一婚約者のラスカリタ家四女エリキサクア。その双子の弟をアニマンディと言った。エルザは現婚約者であり、彼女の姉シエラはディルスの元婚約者である。エリキサクア嬢もシエラ嬢も、レイス化したディルスの妹に殺されたのだが。
「二人とも私が憎いだろう。殺したのは私ではないけれど、家族の罪だ。罪滅ぼしや報いが出来ればいいと思う。エルザ嬢については政略結婚だから、尚更大事にしたいけど」
 愛でも恋でもない。カレンの表情は決して軽くはなかった。それまで黙っていた王零幻(ea6154)が口を開く。どうやら問題は今回の暗殺者だけではないらしい。元婚約者のシエラ嬢がアンデットとなってディルスを狙っているという。エルザが加勢していることも。
 カレンも零幻もプリスタン家とアリエスト家に何度か関わりがあった。
「エルザがお主に復讐しようとするのも道理だ。お主の優しさが招いた悲劇の報いだからな。だが元婚約者の死霊に罪を犯させたくはない。結婚式前に何か機会はないものか」
「来週か再来週あたりにエルザ嬢が来るんだ。数日間は滞在する。危険は高いけれど、好機だと思う。どうだろう」
「ふむ。分かった。しかし真に暗殺を止めたければ、政治力を行使して暗殺者を雇いそうな‥‥ラスカリタ家に交渉を持ち込んだらどうだ」
「王、あの家に交渉を持ち込むのは難しいんだ」
 零幻の提案にディルスは首を振る。


「待て! そこの不審者!」
 夜中に真っ黒い服で刃物持って彷徨いてたらそりゃ不審者である。屋敷の中を巡回していたレーヴェは現在、黒い人影を追いかけていた。ディルスの部屋の近くで睡魔に勝てず眠りに誘われ床に崩れていたナツキ。彼女の傍らをすり抜け、ドアノブに手をかけようとしていた刹那であった。
 声に気づいて部屋に控えていた者達や眠っていた者も飛び出してくる。
「くそ、こうなったら。悪く思うな」
 レーヴェは徐々に縮まりつつある距離を考慮し、さらに距離を狭めると利き腕を前方に突き出しオーラショットを放つ。対象に向けられて放たれた衝撃はレーヴェの代わりに不審者の背中をとらえた。「がはっ」という鈍い声に続いて、黒い人影はぐらりと倒れる。
「観念しろ」
 ロープで縛り上げて自由を奪う。ランタンの明かりを照らすと、それはメイドの一人だった。やはり内部の、と思い始めたところで「まちやがれ!」という出雲の声が外から聞こえる。驚いて窓を開けはなって見下ろすと、そこにはメイドと比べものにならない早さで地を駆ける者と後を追う出雲、星奈、ショウゴの姿があった。
 レーヴェの後を追ってきたアリオスとナツキが苦々しい顔をする。
「一人とは限らないってわけね。行きましょ、この家、アリバイのない人間も多いわ」
「俺はこのメイドをひとまず連れて行く。ディルスは」
「俺がジョウと一緒に叩き起こした。カレンと零幻に任せたから問題ない」
 彼らは下の階へと走る。


 昼間の続きになる。難しいのだとディルスは言った。零幻が何故だ、と問いかける。
「心優しい、領主としては理想に限りなく近い伯爵様に何の証拠もなく『貴男、私を暗殺しようとしてませんか、やめてください』なんて言えると思うかい? 黒い噂も確信もあるのに証拠が無い。弱小子爵家のプリスタンは潰されてしまうよ」
「ではどうするつもりだ。シエラの亡霊だけでも手を焼くことになるぞ」
「予防策は今やってる。協力者がなかなかいい返事をくれないが」
 黙っていたカレンがぱっと顔を上げた。
「ディルス様、もしかしてこの前の」
「うん? あぁ、カレンもあの場所にいたんだっけ。そう、あれ」
 今回の依頼を受ける前、カレンとディルスは一度別の場所で顔を合わせていた。幻想画家として名をあげている絵師マレア・ラスカのアトリエで、偶然にもモデル役を引き受けたカレンは、来訪していたディルスと出会った。
「マレア様と何のお話をしていたのか、‥‥此方は、流石に失礼に当たりますよね」
 出過ぎた発言をしましたというような様子のカレンに苦笑一つ。
「戦力且つ物的証拠。マレアは最悪の切り札さ」
 ディルスは短く告げるとすっと立ち上がった。
「まだいいんだ。私の場合は完全な私怨だ。他が絡んでたら、暗殺じゃ済まないと思う。エレネシアとか、センブルグみたいに身も心も立場もボロボロにされる。‥‥君達は知らないね。亡霊の事も含めて証拠つかむの、頼んだよ」


「くそ、あんだあいつ!」
 出雲は悪態をついた。逃げ足が早い。手ぶらなのか彼らの倍近い早さで距離はどんどん引き離されていた。このままでは逃げ切られると感じたところで、アリオスと共に現れたナツキが進行方向の前方にグラビティーキャノンを放つ。怪我を負うと共に転倒した不審者はすぐさま立ち上がった。間合いが一気に縮まる。星奈がこぶしを突き出すが、侵入者は怪我を負っても尚逃亡を図った。
「あそこは‥‥出雲、まずいわ!」
 星奈の示した先には、ディルスがまだ貴族の子息として身分を受けていなかった時代に使っていた抜け穴があった。この屋敷には抜け道や抜け穴が多数存在しているのである。知る者は少ない。敵は穴を抜けて逃亡した。ショウゴが姿を獣に変えて後を追う。


「部屋にも来ただと!?」
 どうやら二人では済まなかった様子である。とらえた女の給仕からは現在、話術に優れた零幻が取り調べを行っている。ショウゴがミミクリーでオオカミに姿を変えて後を追ったところ、西の森で見失ったという。だがそれだけではなく、彼らが侵入者二人にかまけている間に部屋にも来たらしい。今度は、男が。幸いジョウのアッシュエージェンシーと、カレンと零幻の働きで事なきを得たようだが、厳重な警備の中を突破してくるのだから驚異だ。ナツキ達の調べによるとプリスタン家の使用人はアリバイが空白になっている者が多いという。今回はなんとかなった。しばらくは失敗を考慮し、静かだろうが‥‥
「どうやら俺は、とんでもなく暢気だったらしいな」
 一人称が『私』から、かつての『俺』に戻ってしまうほど、ディルスは動揺を隠せなかったようだ。冒険者達を前に、部屋に乾いた笑いが響いていた。